Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・19:『2回戦3』

2015/07/24 13:14:37
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 地上と地底を繋ぐ大穴。
「ふぅ。ここから寺まで、確か近かったはず」
 月や星に照らされる地上に、地底にいたはずの妖怪鼠であるナズーリンが立っていた。穴を通って地上に辿り着き、一息吐いていたところである。
「もうご主人様が戦った辺りかな……。急げば間に合いそうだ」
 彼女は、とある理由で大会の一回戦終了による休憩時間から、地上にある寺に向かっていた。その理由に本人であるナズーリン自身が苦笑してしまう。
「私も馬鹿だな。何を必死になってるんだか。しかしあの一回戦を見て、ご主人様が優勝できるとは……。……何にせよ急ご――」
 彼女が大穴から背を向けた際、突如何かが猛烈な速度で真上から大穴に入って行った気がした。
「今……何かが……? ……もしかしたら、私の考えは杞憂ではないのかもしれないな」
 今は自らに与えた使命を全うするべく、命蓮寺に向かって彼女は飛んだ。願わくば、寅丸星が二回戦を勝ち、三回戦が始まる前に闘技場へ辿り着けるように。



 地底闘技場の選手入場用廊下。
 一人の妖怪が、自らの番である試合を今か今かと待ち続ける小人を見つけた。
「もしかして緊張してるんですかい?」
 小人――少名針妙丸は振り向かずとも、背後から声を掛けて来た者が天邪鬼である鬼人正邪であることを理解した。
「わからん。心のどこかでこの展開を待ち望んでいたはずなんだ。元々、下剋上の際に鬼をも打ち倒すつもりだったのだから」
 相手の神妙な面持ちを見て正邪は逆ににやけた笑みを浮かべる。
「とはいえ、ここであなたが負けてくれれば、それでいて私が鬼に勝てば完全に私があなたより勝る事になる。私にとってはあなたの勝ち負けなど、どっちでもいいのですよ」
「……ふん。あんたのその、真っ直ぐに逆さまなところが気に入ったのかもしれんな。正邪や」
「はい?」
 古明地さとりの選手入場を促す声が廊下に響く。
「あんたと私で鬼に勝つぞ」
「……えぇ」
 今、この大会における目的はほぼ同じ。故に天邪鬼であろうと、捻くれる事無く肯定したのだろう。針妙丸はそう思いつつ闘技場へ足を踏み出した。観客席は二回戦で一番の盛り上がりを見せている。強き亡霊を打ち倒した小さき人と、人形師の奇策を力でねじ伏せた小さき鬼。その者達がこの二回戦でどのような戦いを見せるか、という期待で盛り上がらずにはいられない。その客席の中で、魔法使いの霧雨魔理沙は自分が元いた席に戻って来た。
「よう」
「おかえり」
 博麗霊夢は視線だけ一瞬向け、すぐに闘技場へ戻す。
「アリスの所に行ってたんだって?」
「あぁ。マジックポーションを作りにな。でもなんだか……多分飲んでくれなさそうだな。ま、タイミングとしてはちょうど良かったようだな」
 闘技場では試合をする二名と審判長である四季映姫が試合についての最終確認を行っている。鬼である伊吹萃香は戦いが楽しみなのか、じっとしていられない雰囲気を醸し出しているのが遠くからでも見て取れる。
「一回戦は驚いたけど、さすがに今度はなぁ。博麗霊夢としては、この試合はどう見る? やっぱ本命の萃香を推すか?」
「そうね。十中八九萃香が勝つわ」
「そりゃ凄い」
 針妙丸と萃香は、映姫に促され互い距離を取る。
「萃香を相手に一、二割勝つ見込みがあるなんてな」
 太鼓番である堀川雷鼓も少名針妙丸を見据える中、閻魔による宣言が行われる。
「二回戦第三試合、始め!」
 観客席の盛り上がりとは反比例するかのように、闘技場の二名は大きく動かない。針妙丸は右手に打出の小槌を持ち、萃香は登録した道具らしい、酒の入った瓢箪を腰に携え、立ったまま動かない。
「どうした、かかってきなよ」
 腰に両手を当てて萃香は相手を待ち構える。ところが針妙丸は突如萃香から背を向け、闘技場の外側に向かい歩き出す。その突然の行動に萃香を含め、さとりを除いた全観客が疑問に思った。試合放棄か、と萃香が思う中、針妙丸は外周の端で何かを拾う素振りを見せる。
「あ?」
 それを何度か繰り返すと、ようやく萃香の方を向き、右手にある小槌を上げながら歩いてくる。よくわからないまま構える萃香は小槌を見据える。故に今、針妙丸が左手に持っている、先程拾った物には全く警戒していなかった。
「大きくなあれ」
 その言葉に萃香は疑問に思う。何を大きくすると言うのか。何気なく萃香は小槌ではなく針妙丸全体を見据えて、気付き、回避行動に移った。針妙丸は左手で突如巨大化させた針で萃香の顔面を貫こうとしたのだ。
「針だと!?」
 萃香の言葉は観客の総意でもある。針妙丸の手からはまるで槍のような巨大な針が現れたのだ。しかし、一回戦で針妙丸と戦った幽々子は真っ先にその異常に気付いた。今、針妙丸は左手に巨大な針、そして右手に小槌を持っている。当然、その様を映姫が見逃すはずがなかった。
「待て」
 しかし試合を中断させたのは副審である八雲紫だった。同じく試合を中断しようとしていた映姫が困惑する中、紫は自分の前部分だけ結界を開き針妙丸と萃香の前に辿り着く。
「まずはあなたの言い分を聞きましょう」
 映姫ではなく紫が出てきた事に針妙丸は若干の笑みを浮かべていた。
「この針は、一回戦の時に落としてしまっていたらしい。天邪鬼がやったのとは少し違うが、この針は一回戦の時は使ってないから反則でも何でもないはずだ。だから、この二回戦も、使ってる道具は小槌だけ」
「ほう?」
「この針は道具でもなんでもない。たまたま闘技場の端にあったから拾い、武器にした。それだけだよ」
 その何の悪びれもない言い方に思わず丸くした目を紫は萃香と合わせる。さとりの方に顔を向けるも、針妙丸は一切嘘を吐いてはいないことを伝えられる。
「だそうですが、どうですか? あなたが抗議した場合、一応は少名針妙丸を反則負けにできますが?」
 紫は半ば答の判っている問答を萃香に投げ掛けた。
「あるわけないじゃん。最高だよ」
「分かりました。では一応、始めの位置に立っていてください」
 紫は席に戻り、観客に説明を始める。その中で映姫は額に手を当てていた。彼女は針妙丸を一切の余地なしで反則負けにするつもりだった。一見規則の穴をついたような考えだが、この事象を認めてしまっては後の試合で様々な行いが認められてしまう可能性がある。しかしそれを紫が制した。副審と対戦相手である萃香が認めてしまった事で、もう先程の針妙丸が行った事にとやかく言えなくなってしまった。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。『疑わしきは罰せず』とも言いますし」
 映姫は一睨みで小町を黙らせ溜息を吐く。済んだことはしょうがないと自分に戒め審判長としての責務を果たすことに集中する。
「始め……!」
 試合再開早々、すました表情の萃香に向け、針妙丸は巨大化した針を槍の様に投げ放った。
「おっと」
 何の問題もなく針を掴んだ萃香は見逃さない。針妙丸はすぐさま、懐から何かを取り出そうとしていた。
「ばればれだよ」
 案の定別の針を出して巨大化させ萃香に向かい振り下ろす。しかし萃香の手には先程手にした針があり、互いのそれが交差する。その中で針妙丸は冷静に、右手に持つ小槌を振った。
「元に戻れ!」
 萃香が手にしていた針だけが元の大きさ、手の平より小さい大きさまで縮み、離れる。
「え?」
 遮ろうとするものが無くなった針妙丸の針はそのまま振り下ろされ、萃香の頭に一閃を入れる。小人である針妙丸が先に一撃を入れた事に観客は驚嘆した。怯む萃香を見て好機と思い、針妙丸は再び針を振ろうとする。同時に萃香は身体を右に回し、その勢いを乗せた裏拳を針妙丸の顔面に向け放つ。咄嗟の事に身体を止める事ができず、しかし彼女は自由だった口を動かす。
「小さく――!」
 観客席にまで響き渡る風切り音を放った萃香の裏拳は、針妙丸が突如小さくなった事により空振りに終わった。小槌を持って萃香から間合いを離すように飛び、十分な距離を離してから針妙丸は童子程の体躯に戻る。先程の拳におののきつつ、首元を触っていた。
 ――当たってないのに、頭がちぎれた場面が浮かんだ!
 先程の突撃によって頭に軽傷を負い血を滲ませる萃香は笑みを浮かべたまま近付いていく。
「どーしたぁ。まさか今ので怖気づいたって言うんじゃないだろうね?」
 それは彼女自身が痛いほど理解している。自分は小人で相手は鬼。生半可な策では返り討ちにあうのは目に見えている。しかし彼女は持っていた。相棒が天邪鬼という捻くれ者であったためか、相手が鬼であろうと自らを勝利へと導く奇策があった。
「『お前がおおきくなあれ』!」
 針妙丸は振った小槌の力を萃香に放った。
「お……お?」
 元々針妙丸より少し大きい程度であった小柄な萃香の体躯は徐々に大きくなっていく。それをただ紫は黙って眺める。彼女の行いは当然反則ではない。
「かつて一寸法師は、自分が二つの指でつままれる程の大鬼と戦った。相手の口の中に入りめった刺しにし、内側から目をくりぬき、鬼を退治した」
 それを横で聞いていた親友の西行寺幽々子は頬を膨らませた。
「どうせ私は、小人に騙されて一回戦負けになってしまったわよ」
 紫が扇子で隠しつつ笑みをこぼす中、萃香は既に闘技場で動ける高さの内半分を占める程の大きさになっていた。
「これは……さすがに大きすぎない? しっかし、これじゃあただ私が有利になるだけだと思うけどねぇ」
 体躯の大きさと弾幕に密接な関係があるか完全に明らかにはなっていないが、何かの術によって自らの体躯に大きな変化が生じた際、弾幕を撃てなくなる場合がある。しかし今は自他共に弾幕を撃てない規則があり、傍目には、ただでさえ腕っぷしがとても強い萃香が更に強くなっただけとしか思えない。
「当然、私の身体には入らせないよ」
 歯を食い縛りながら器用に話す萃香を見上げつつ針妙丸は更に小槌を降る。
「もっと……大きく!」
 更に萃香は巨大になっていく。
「はは、こんなにでかくなったのは久しぶりだねぇ」
 余裕な態度の萃香だったが、その頭上には徐々に天井に張られた結界が近付いていた。
「お……おいおい」
 既に天井には手が届きそうで、尚も萃香は大きくなっていく。その針妙丸の暴挙とも言える行動に勇儀も困惑する。彼女は何気なく、隣にいるさとりではなく開催者である紫の方に目を向ける。彼女は萃香を見上げた状態で、まるで憐れんでいるかの表情で微笑んでいた。同時に、針妙丸には何か意図があり、それを対処できなければ萃香は敗北する可能性がある事を勇儀は直感する。
 ――今あるルールで萃香が負ける原因……そうか!
 気付くとそれはすぐに言葉になる。さとりから針妙丸の意図を聞かされた場合、公平を期すため口を閉じていたかもしれないが、同属である鬼の敗北はあってはならない事を勇儀は優先した。
「馬鹿野郎! 結界壊すな!」
 勇儀の言葉を萃香が疑問に思うと同時に天井に手が着き、上の方で何か亀裂が走るような音を聞いた。咄嗟に手を放したところでようやく、巨大化した自らの手によって天井の結界が破壊されつつある事に気付く。
「やばっ……!」
 萃香は自らの一部を霧のように雲散させ少しずつ小さくなっていく。それを見て針妙丸は思わず小槌を振る手を止めた。試合規則の一つに『なんらかの方法で破壊された闘技場の結界から外に出る』というものがある。それは横だけでなく縦にも適応される。気付かれた事を残念そうに溜息を吐いている紫は、あのまま萃香が結界を突き破っていた場合問答無用で失格を宣言しようとしていた。萃香は知らないが、針妙丸が三回戦に上がった場合、紫は自らが相手になると宣言しているのだ。
「紫! なんで上の結界だけ脆いんだよ?」
 紫が無視する中、針妙丸が掛けていた術の効力が無くなり、萃香の身体は小さくなっていく。
「おっとと」
 途中で自分が小さくなった分を忘れていて、本来の体躯を過ぎて小さくなった萃香は、身体を萃めてようやく元の大きさに戻った。振り向くと、彼女は針妙丸の様子に苦笑する。
「大分無茶をしたんじゃないの?」
 彼女は疲弊し、肩で息をしているようだった。
「だけど、私も負けれないんだ」
 萃香は手を大きく広げて針妙丸に突進する。襲い来る小鬼に対し、針妙丸は左手に掴んでいた大きな針から手を放し、懐に手を入れた。構わず前に出る萃香に向けて、針妙丸は塵のようなそれを投げた。ただの目潰しと思い、しかし萃香は目を閉じて防ぐ。少しばかり口に入ったのか唾とともに排出した様を見て、針妙丸は行動に出た。
「元に戻れ!」
 今は互い、巨大な針など持っていない。そう思った瞬間、萃香は口から鋭い痛みを感じる。萃香の足元からは突如、多量の針が現れた。彼女が先程投げた塵は、能力によって小さくしていた針だった。それが彼女の一声によって全て元の大きさに戻ったのだ。萃香の口に入った塵は数粒がまだ吐き出せずに残っていて、元の針に戻ったそれは萃香の口を内側から貫き、飛び出していた。
「づっ! ……ぐっ!」
 流石の鬼も内側からの痛みには慣れてなく、怯む。次に針妙丸に視界を向けた時、彼女は手に持っていた小さな針を萃香に向けている。紫はそれを見て微笑んでいた。
 ――一寸法師は鬼の中から口を刺し、その針で鬼の目をくりぬいた。
「大きくなあれ!」
 構えた針はあっという間に大きくなってその長さを伸ばす。頭を貫こうとした針を萃香はかわし、咄嗟に出した手のひらが代わりに貫かれた。
 ――なら、もう一度!
 針妙丸は針を引き、萃香の手の平から放そうとする。しかしその行為は完全に失策だった。元に戻す魔力の消費さえ惜しんでしまったのか。とにかく、彼女は針を抜くことができなかった。貫かれた手の指を握り、中指と薬指で針を挟む。鬼にとってはそれだけで、小人の針を抜く力に勝る事など容易だった。
「針から手を放しなさい!」
 霊夢の助言も歓声に紛れて小人の耳には届かない。引くために力を込めていたせいで、鬼が少し力の軸をずらすと、針と共に針妙丸は前に出る。そして鬼も前に出た。貫かれた針を伝い針妙丸に密着した。
 最悪だ。彼女を応援する者達を含め、針妙丸はそう直感した。
「中々面白かったよ」
 相手の右手を強く掴み、彼女はそれを振り回しながら高く飛び上がる。針妙丸が被っていたお碗は投げ出され、振り回される勢いはどんどん増し、落ちる。容赦なく小人を頭から地面に叩きつけ、その衝撃音から想像される一撃は客席に沈黙を与えた。
「これで……終わりかよ……」
 前の試合と比べ短い時間で勝敗がついた事に魔理砂は少し残念そうな表情を浮かべる。そんな事に構わず、闘技場で唯一立っている萃香が右手を上げると、静まり返っていた観客が爆発するように騒ぎ始めた。
「あー……。……痛いねぇ」
 闘争からの開放により、彼女の身体に刺さっている四本の針による鋭い痛みを改めて感じるようになる。
 一時の激痛に耐えながら萃香は手を貫いている針を強引に抜く。口元から飛び出している針は、唇を片方の手で伸ばし、もう片方の手で慎重に取り除く。
「いったぁ……」
 間の抜けた言葉を出しつつ、彼女は冷静に今の状況を把握する。観客達がどう騒ごうと、映姫は試合終了の旨を一切口にしてはいなかった。
「よし……取れた」
 口に刺さっていた針を全て取り除くとすぐさま萃香は後ろから襲いかかろうとしてきた者に裏拳を放つ。既に立ち上がっていた針妙丸は、来た道を戻るように後ろへ跳び、それを回避する。奇襲が失敗した事よりも、針妙丸が起き上がった事に客席がざわつく中、萃香だけが笑みを浮かべていた。
「互いに殺気がバレバレだったようだね」
 右の顔が腫れ、先程以上に呼吸は乱れ今にも眠ってしまいそうな針妙丸を見て、萃香はふと勇儀の方を向いた。
「無意識っていうのは辛いな」
 そして、針妙丸の方に向き直る。
「見掛けによらず大した根性じゃないか。……まだ二回戦だけど、せっかくだ。私の口に入る機会でもあげようか?」
 両手の拳を握り、全身に力を溜めるような体勢になる。
「鬼神『ミッシングパープルパワー』」
 針妙丸の小槌ではなく彼女が本来持つ能力によって巨大化し始めた。大会参加者の中ではほぼ同程度だった体躯の差は最早圧倒的に開きつつある。しかし針妙丸は大きくなり続ける萃香に奇襲することはなかった。
 ――最早これまで。普通の奴等ならそう思うかもしれない。だけど、きっとあいつならこんな状況でもへらへら笑ってるはずだ。それに、こんな体格差など慣れている。
 針妙丸に妨害されず、尚も大きくなる萃香を見るさとりは勇儀の方に目を向ける。
「勇儀さん。伊吹萃香が言った『無意識』とは……?」
 萃香は思った通りの事を口にしただけだ。直接『あなたが言った無意識とは、何の意味を孕んでいるのか?』と聞かない限り、さすがのさとりでも言葉の意図は読めない。
「私が言うのも何だが、悪い癖なんだよなぁ。何十年、何百年と生きてようが私達にとって心から楽しめる戦いというのはそうそうない。だから私も萃香も枷を付けてるのさ」
「どんな攻撃でも受けると言う……?」
「それは私にとっての枷だ。あいつは、相手があらゆる策で対抗する機会を得させるよう、わざと殺すまでの力を入れなかった。自分が楽しむためにね。とはいえ、あくまで倒れないギリギリだ。それ相当の力加減をした萃香もそうだが、立ち上がる根性を見せた小人も大したもんだよ。あの力で顔面から落とされて、まだ鬼に勝つ気でいやがる」
 会話の中で萃香の巨大化は完了していた。その体躯は闘技場の半分の高さこそないものの、小槌で少女程度の大きさになった針妙丸では、大人と童女の差よりも更に大きい。
「この程度じゃ……お前の両足くらいしか入らないね。でも悪いね。これが、私が慣れてる大きさなんだ」
 巨大な鬼と化した萃香を見上げる針妙丸は、しかしその圧倒的な大きさに恐れていなく、微笑んでいた。
「いける……」
 懐に残していた針を手に持ち槍程度に大きくし、彼女は飛び上がった。
 ――一発でも受けたら勝ちは絶望的だが、問題ない!
 素早く萃香の背後に回り込む。
「あなたが大きさなら、私は小ささを活か――」
 振り向く萃香の、後ろに向けた巨大な平手が、気付いた時には自分の真横にある。針を向けて迎撃する事も叶わず、平手は全身に叩きつけられ針妙丸は吹き飛び、結界に叩きつけられた。
「私自身がでかくなっただけだ。でかくなったから動きが鈍るとでも思ったのかい?」
 地面に落ちた針妙丸は小槌を握りしめたままうつ伏せで動かない。観客も萃香の放った攻撃の威力を前に声を出せない。
「我ながらあっけなく終わらせちゃったねぇ。もうちょっとだけ楽しもうと思ったのに――」
 小さく笑っていた萃香だったが、突如異変を察知する。戦いが終わり、元の大きさに戻そうとした体躯が大きくなっていくのだ。
「な……これ……!」
 自分が能力を使っているわけではない。さとりを見ても、彼女は戦闘不能を示すための手を上げていない。意識どころか、針妙丸は戦意さえ失っていない事を意味していた。それでいて、自分が大きくなる勢いは先程の比ではない。先程の行いで亀裂が走る天井の結界なら、このまま巨大化すれば萃香の身体は恐らく結界を突き破るだろう。しかし萃香には、それでも勝算があった。巨大化したスペルが原因で巨大化に勢いが増している。ならば――
「元に戻ればいいだけ」
 萃香はスペルを解き、徐々に元の大きさに戻っていく。
「もう諦めなよ。これ以上やっても――」
 しかし、思っていた大きさまで戻らなかった事に萃香は驚愕する。それどころかスペルを解いたにも関わらず大きくなる勢いはまったく変わっていなかった。
「かけ算じゃなくて……足し算……?」
 スペルの効果によって巨大化したせいで、相手からの巨大化させる効果が大きくなってしまったのだと萃香は思っていた。しかし実際は実に単純であり、小槌による巨大化の力が先程より強いものになっているだけだったのだ。
「あり得ない……あの体力でこんなに魔力をつかえば……。相討ちする気かい」
 先程の巨大化させる戦法でさえ針妙丸は疲弊していた。今は瀕死で、しかも先程以上に力の消費は激しい。そもそも今、立てるのかどうかさえ怪しい状態だが、さとりにはしっかりとその心の声が聞こえていた。
 ――なぜここまで頑張るかなんて、自分だってよく解らない。でも、誰のせいでこうなったかと言えば……。
 選手入場口で、最後になるであろう攻防を見ている正邪は一切の動じを見せていない。
 ――狡猾で手段を選ばなくて。自分勝手で我儘なやつで。だけど、色んな奴をあしらった。強さを見せ、自分の想いを突き通した!
 巨大化する中、萃香は人差し指を針妙丸に向ける。
「悪く思うな!」
 巨大な鬼の人差し指は小人に襲いかかった。まるで隕石が落ちたかのように地面は粉塵を巻き上げる。同時に体躯の巨大化も収まった。
「ふーう」
 しかし砂埃が収まった闘技場が見せたのは起き上がっていて背を見せて逃げる、戦闘不能ではなかった針妙丸の姿だった。
「私には……この小槌がある!」
 闘技場の端に背を付け、小槌を振る。針妙丸が逃げる事に意識を注いでいたため一度途切れた小槌の魔力は再び萃香に注がれ、巨大化を促していく。それでも萃香はまだ余裕を見せていた。
「残念だったね。自分を小さくすれば、こんなもの」
 先程の、巨大化した萃香が結界を破壊しそうになった直後に見せた、自らの一部を雲散させ、小さくなる技を使う。
「無駄だよ! いくら小さくなっても、私の術からは逃れられない!」
「……本当にそうかい?」
 萃香の言葉に針妙丸は苦い表情になり、しかし小槌を降り続ける。小槌の力を知る者達は、本人を含め、針妙丸の霊力切れを懸念せざるを得ない。それでも針妙丸は引かない。負ければ終わりの大会。そして元相棒と交わした言葉。諦めていい理由など一つもなかった。そして、伊吹萃香は針妙丸の力みによる隙を見逃さなかった。そもそも彼女は、針妙丸が力尽きることによる勝利など初めから望んでいなかった。小さくなっても大きくされてしまう。ならば、小さくなりながら攻撃すればいい。自分には、大きくなりながら攻撃する技がある、その仕組みをひっくり返せばいい。
「四天王奥義『三歩壊廃』・裏」
 それはこの状況にのみ効果的だった。
「一!」
 巨大化している萃香は針妙丸に向けて一歩を踏みだす。それと同時に萃香は急激に小さくなっていく。
「二!」
 限界を振り絞る力でも大きくできない事に針妙丸が戸惑う中、二歩目を地面に付けた萃香は更に小さくなる。
「三!」
 萃香が先程自らのスペルで大きくなった時まで『小さく』なり、針妙丸に向けて拳を降り下ろす。地面と垂直になるよう放たれた拳では結界を破壊してしまう心配はなく、もちろん多少巨大化させられても対応できる。
 視界いっぱいに映る鬼の拳を前にしても、しかし針妙丸が真に見据えるのは純然たるひとつの勝利である。
 ――全て……私の策通りだ!
 尚も針妙丸は小槌を振り、言葉を放つ。その言葉は――
「元に戻れ!」
 萃香の拳は針妙丸に当たらなかった。結界を破ってしまうよう巨大化させた萃香の身体を針妙丸は元に戻したのだ。一瞬で萃香の身体は元の大きさに戻る、どころではない。それまでの、巨大化に対抗するべく小さくなった分、そしてスペルの応用で小さくなった分、萃香の体躯は縮み、文字通り一寸程度になった鬼の拳はそもそも小人に届かなかった。
「なっ……!」
 小人が映っていた視界には既に広々とした地面しか映らない。
「大きくなあれ!」
 声がして見上げると、遥か前方には相対的に見て巨大な小人が萃香の目に入り、そこでようやく自分の巨大化は解除され自らの縮小能力だけが作用してしまっている事に気付く。同時に、針妙丸の手には何故か小槌がない事にも気付いた。途端、萃香の周りが突如薄暗くなる。先程針妙丸が言った言葉、彼女の手元にない小槌。導き出せる答えは一つだった。
「押しつぶせぇぇぇ!」
 見上げた萃香の視界に映ったのは、今や萃香より巨大な小人より遥かに大きい物体が落下してきている様だった。如何に鬼であろうとも、山を壊せる者であろうとも、落ちてくる山に対抗できるか。その答は今明らかになる。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」
 巨大な小槌は萃香目掛けて地面に落ち、地を鳴らし埃を巻き上げる。
 既に限界を超えて力を出した針妙丸はのそのそと前に歩き、既に小さくなっている小槌の前にたどり着く。
「やった……」
 持ち上げられた小槌のあった地面には、小さくなったままうつ伏せで動かない小鬼の姿があった。安堵し、針妙丸は膝を付く。しかし突如客席はどよめきだす。顔を上げた針妙丸はその光景に驚き、僅かな力ながらも目を見開く。目の前にも萃香の姿はあったのだ。体躯も元の少女程度に戻っている。
「え……」
 再び下を向いた時、その地面に倒れている小さな萃香の姿はなく、何か白い霧のようなものがあるだけだった。
「あ……?」
 事象の理解に頭を巡らせようとするが、戦いは終わってなどいない。
「鬼符『ミッシングパワー』」
 再び巨大化した萃香は、その巨大な拳を針妙丸に放ち、その様を紫は眺め、見据える。
「伊吹萃香は二度目に巨大化させられた際、小さくなるために身体を霧にした。では、その身体は何処へ。答は簡単、少名針妙丸が針を隠したように、闘技場の端で寝転がっていた。あの熱戦、わざわざ、闘技場の端で誰かがいるかもしれないと余所見をする者など皆無。しかし当然、大きさが目まぐるしく変わる伊吹萃香も彼女自身。それでもあそこの閻魔は、熱戦を繰り広げていた方の伊吹萃香が寝転がっている方より小さくなるや否や、端の方の萃香を本体と改めた。故に分身となった伊吹萃香を倒しても意味はない。実に残酷な裁定ですわ」
 しかし、針妙丸の肉体を打つ寸前、萃香の拳は止まった。客席がざわめく中、攻撃に対し一切動けなかった針妙丸に萃香は言葉を放つ。
「尊敬するよ。よくそんな小さな身体で私を追い詰め。そして最後の最後でも私の拳を恐れなかった」
 力尽きた針妙丸は既に目を閉じ、しかし決して後ろには倒れず、その身体は前に倒れ萃香の拳に受け止められていた。
「天邪鬼との下克上……あんたならできたのかもね」
「そこまで! 勝負あり!」
 小人の様々な奇策。そして、最後は意見が分かれるが、小人の策を真っ向から打ち破った鬼。それぞれに向けられた称賛の声は混ざりあい、闘技場中に響き渡る。スペルの効果が切れ元の大きさに戻る萃香と共に、突如針妙丸の体躯も小さくなっていく。
「えっ……ちょ、ちょっとちょっと……」
 困惑しつつ、思わず掬うように上を向けて開かれた鬼の両手の平に収まる程度まで針妙丸は小さくなった。萃香はそのまま左手に針妙丸を乗せ、小さくならず地面に落ちた小槌を右手で拾った。
「あぁ。これが本来の大きさなのね。……それであの力か。はえー、たいしたものだよ」
 しょうがない、と思いつつ萃香は針妙丸側の選手入場口を向く。途中、思い出したように勇儀の方を向いて親指を立てる。それを見て勇儀も静かに笑みを浮かべていた。
「八雲紫」
 その中で、紫の元を訪れた映姫は真顔であるにも関わらず、とてつもない威圧感を放っていた。紫の後ろにいる観客達は、閻魔である彼女の片鱗を見せられ指一つ動かせない程に恐怖を刻み込まれている。橙と比那名居天子も思わず席を立った。
「話があります」
「あら、私達はこの試合の感想を話し合いたいのだけど」
 映姫は何も言わない。その無言こそが何より彼女の怒りを表している事を幽々子も悟る。
「はいはい、分かりました」
 一方、選手入場口の通路に入った萃香は、そこにいた天邪鬼の正邪に針妙丸と小槌を持つ両手を見せた。
「ほら」
「……いらないね。あんたの頭にでも乗せておきなよ」
「あ?」
 仲間ではないのか。と訝しく思う萃香から正邪は背を向け通路を後にしようとする。
「鬼に負ける小人なんて私には必要ない。やはり信じられるのは己だけだったのさ。見てな、あの単純そうな鬼の負ける姿を見せてやるからさ」
 わざとらしく下卑た笑い声をあげながら天邪鬼は通路からいなくなり、萃香の手には針妙丸と小槌が未だ残されていた。
「ま……いっか。聞こえたかい、あんた。『あとは私に任せておけ』だってさ」
 萃香は一回戦が終わってからのように針妙丸を頭に乗せたまま歩く。
「特別だよ、鬼の頭に乗れるなんて」
 退治こそできなかったものの鬼に認められた一寸法師は、共に闘技場を後にして行った。



コメント



1.名前が無い程度の能力削除
力有るからこその美しき矜持と、力無いからこその不退転の生き様ぶつかり合う素晴らしい試合だった。相手を尊する萃香の真面目さ 針妙丸と正邪の真っ直ぐさ 泣ける程かわいい 可愛い。
2.非現実世界に棲む者削除
すくなん凄く頑張りましたね。今回も見所満載の対戦でした。
3.名前が無い程度の能力削除
つまんない