「はぁ……」
「アリスさん。どうされたんですか?」
「……ああ、早苗」
ここは人里のとある居酒屋。
まだ時刻は早いということもあり、人の姿はほとんどない。
その一角に座して、ちびちびと酒を煽りつつ、時たまため息をつく人物――アリス・マーガトロイドに声をかけるのは、東風谷早苗という人間である。
「何だかね……。
この頃、私の立場と言うか……」
「立場?」
「そうなのよ。
何かさ、私、忘れられてきてるんじゃないか、って……」
「どうしてですか?」
「どうして、も何も」
アリス・マーガトロイドはつぶやく。
「最近のナンバリングタイトル――輝針城では触れられもせず、深秘録では、心綺楼の背景にいたことすら忘れられ、そして今回の紺珠伝。
一服休憩を置いて復活したあなた以外の新キャラは、花映塚以来のうどんげと来たものだわ。
私なんて……ねぇ?」
「……」
「永夜抄以降、プレイアブルキャラになったのは非想天則までのこと。
それももう……何年前だったかしら」
ふっ、と彼女は冷めたような笑みを浮かべた。
思えば遠くまで来たものだ――彼女は語る。
唯一、旧作とのつながりを匂わせた状態で登場した妖々夢。その鮮やかな弾幕で人々を魅了し、続く永夜抄で、あっという間の自機キャラへ。
萃夢想や緋想天と言った格闘弾幕アクションでも活躍し、キャラ人気もすこぶる高い。
このまま行けば、ナンバリングシリーズレギュラーも夢ではない――そう思っていたはずなのに、今や、『背景にすら出られない女』となって久しい。
「やっぱり流行り廃りはあるものだからね……。
新しいキャラが出れば、必然的に順位も下がる。人気投票でもどんどん順位が落ちていく。
いずれ私も『あの東方キャラは今』シリーズで、顔に黒線入れられて出演するようになるかもしれないわね……」
ちなみにその番組は、幻想郷テレビランキングでは常に上位に入っている、視聴率の高い番組である。
この番組に出演するというのも、『ネタ』と言う要素以外に大切なものはあるのだが、アリスはそれに気づいていないようだ。
グラスの中で、からん、と氷の音がする。
彼女はそれを飲み干すと、『おかわり』とつぶやいた。
「アリスさん」
「早苗。
あなたは、自分を大切にしなさいよ。
霊夢や魔理沙はね、ほら、昔から立場が確約されている主人公だから。
その地位が揺らぐことはないわ。
けど、周りはそうでもない。
いつ、あなたの存在が脅かされるかわからないわ。あざとい娘は一杯いるんだから。
悪いやつらはね、天使の顔して心で爪を研いでいるものなのよ」
「アリスさん。ネガティブが過ぎます」
そんな彼女に、早苗ははっきりと、そしてしっかりとした口調で告げた。
少し、酒が回って、頬を赤く染めているアリスが『え?』という顔で振り返る。
「アリスさん。あなたは、『可能性』を自ら否定している。
それでは、新たな可能性を掴むことなど、出来ないのですよ!」
ばん、と早苗はカウンターを叩いて叫んだ。
驚くくらいに大きくて、そして鋭い言葉だった。
思わず、アリスはその場でほうけてしまう。
「アリスさん。わたしが今回、自機へと復活したこと――そして、新たに鈴仙さんが抜擢されたこと。
まさか、これが、『奇跡』か何かのおかげだと思っているのですか?」
「え……っと、そ、それは……」
「はっきり言うなら、『人気』でもありませんよ」
「そ、それは……その……」
「ならば、何だと思うのです!」
びしぃっ、と早苗は相手を指差し、右斜め45度に角度を取り、足と腕の位置にも気を配ったかっこいいポーズを決めた。
アリスが狼狽し、思わず、手に持っていたグラスを床に落としてしまう。
グラスの砕ける鋭い音と共に、早苗は言う。
「いいですか。
これは可能性の話です。いつだって、可能性は0ではない。
99%の確率で負ける勝負だって、1%の確率で勝てる可能性は残されている。
勝つか負けるかの二元論で考えれば、常に勝率は50%! そして! 己が『勝つ』意気込みで戦いに向かい、『勝てば』勝率は100%となるのです!」
「そっ、それは……!」
それは、実に単純かつ、誰も考えない事実。
勝てる勝負も勝てなくなる。負けるつもりで戦っていては、その勝率は常に『0%』となるからだ。
勝つために戦い、結果、勝つ。それこそが正しい。勝負とは、誰もが勝つために戦うものだ。
ならば、勝率100%の戦いをするほうが賢い。
アリスのように、戦う前から負けるものと思っているから『負ける』のだ。
「アリスさん。
あなたには、まだ、勝利への可能性が残されている。
それが何か、わかりますか?」
「それは……!」
「――恐らく、あなたはわかっている。わかっていて、あえて、その可能性から目を逸らしている。
いいでしょう。教えてあげます。
今回の自機キャラの基準! それはっ!」
早苗が、右手で天を示す超かっこいいポーズを取った。
そして、告げる。
「カップリングですっ!!」
「……カップリング……!」
「そう!
霊夢さん、魔理沙さん、鈴仙さん、そしてこのわたし!
いずれも、互いに何らかの関係を持っています!
『レイマリ』といえば大昔から、それこそ東方初期からの定番カップリングですっ!
そして『レイサナ』の勢力も根強く、『サナマリ』も新興のものながら、着々と勢力を広げている!
一方っ!
鈴仙さんといえば、『うどみょん』! 神霊廟にて華々しく復活を飾った妖夢さんからのつながりで、鈴仙さんが今回の復活を遂げた!
そう考えるのは、全くおかしくないっ! そうでしょう!?」
「……言われてみれば」
「そしてそして!
アリスさん、あなたもまた、東方シリーズ初期からの根強いカップリングである『レイアリ』『マリアリ』の持ち主! そうではなかったのですか!?」
まさしく、その瞬間、アリスは雷に打たれたかのように、その場に硬直していた。
自分が持つ『可能性』を二つも、自分は忘れていた――その事実を、今、ようやく思い出したのだ。
「どちらも東方カップリング論争では一大勢力!
どちらがタチでどちらがネコかでも、血で血を洗う紳士たちの殴り合いが日夜繰り広げられる、そこは常在戦場!
そして何より、カップリングと言う『絆』が! 『つながり』が! 今また、あなたを自機へと呼び戻す、その可能性が0であると、言い切ることが出来るのですか!?」
――沈黙。
そして、
「……そうね」
小さな笑み。
アリスは静かに、伏せた顔を上げた。
まだ、そこに、いつもの彼女の表情は見られない。
しかし、確かに、『彼女らしさ』の気配は戻ってきていた。
「言われてみれば、そうかもしれない。
私は自分の中の可能性を、自分で摘み取ってしまうところだった……愚かな話ね」
「そういうことです」
「一度や二度、……いいえ、三度、四度と押しのけられたとはいえ、所詮はその程度。
諦めない限り、そして、絆がある限り、いずれ『またいつか』の可能性は残されている」
「諦めなければ勝てる。
若さとは振り向かないこと、諦めないことなのです。そして、愛とはためらわず、悔やまないことなのです」
「そうね。
ありがとう、早苗」
「いいえ」
二人は静けさを取り戻して、席に戻る。
足下の割れたグラスを、アリスは『ごめんなさい』とかき集めて、店主へと戻した。
「……いつになるかわからないけれど、私はそれを信じて待ってみるとするわ」
「お互い、頑張りましょう」
「あら、余裕たっぷりね。勝者の余裕かしら」
「そうでもありませんよ。
わたしだって、油断したら、いつまた誰かに取って代わられるかわからないんですから」
「別に勝負をしているわけじゃないけど、負けないわよ」
「こっちだって」
段々、店に客が増えてくる。
にぎわってくる店の中、二人はお互いに顔を見合わせて笑っていた。
そこに漂うのは、間違いなく、『勝者』の気配。
彼女たちは、今、目の前に控えている戦いに勝ったのだ。そして、これからも続く戦いへと挑む勇気を手に入れたのである。
負けるつもりで戦ってはいけない。必ず勝つつもりで戦わなくてはいけない。
己の可能性を、最初から、自分の手で潰してしまうことほど愚かなことはない。
勝つのだ。
これからも。
戦っていくのだ。
この先もずっと。
自分の中の、勝利への道と可能性を信じて。
「アリスさん。どうされたんですか?」
「……ああ、早苗」
ここは人里のとある居酒屋。
まだ時刻は早いということもあり、人の姿はほとんどない。
その一角に座して、ちびちびと酒を煽りつつ、時たまため息をつく人物――アリス・マーガトロイドに声をかけるのは、東風谷早苗という人間である。
「何だかね……。
この頃、私の立場と言うか……」
「立場?」
「そうなのよ。
何かさ、私、忘れられてきてるんじゃないか、って……」
「どうしてですか?」
「どうして、も何も」
アリス・マーガトロイドはつぶやく。
「最近のナンバリングタイトル――輝針城では触れられもせず、深秘録では、心綺楼の背景にいたことすら忘れられ、そして今回の紺珠伝。
一服休憩を置いて復活したあなた以外の新キャラは、花映塚以来のうどんげと来たものだわ。
私なんて……ねぇ?」
「……」
「永夜抄以降、プレイアブルキャラになったのは非想天則までのこと。
それももう……何年前だったかしら」
ふっ、と彼女は冷めたような笑みを浮かべた。
思えば遠くまで来たものだ――彼女は語る。
唯一、旧作とのつながりを匂わせた状態で登場した妖々夢。その鮮やかな弾幕で人々を魅了し、続く永夜抄で、あっという間の自機キャラへ。
萃夢想や緋想天と言った格闘弾幕アクションでも活躍し、キャラ人気もすこぶる高い。
このまま行けば、ナンバリングシリーズレギュラーも夢ではない――そう思っていたはずなのに、今や、『背景にすら出られない女』となって久しい。
「やっぱり流行り廃りはあるものだからね……。
新しいキャラが出れば、必然的に順位も下がる。人気投票でもどんどん順位が落ちていく。
いずれ私も『あの東方キャラは今』シリーズで、顔に黒線入れられて出演するようになるかもしれないわね……」
ちなみにその番組は、幻想郷テレビランキングでは常に上位に入っている、視聴率の高い番組である。
この番組に出演するというのも、『ネタ』と言う要素以外に大切なものはあるのだが、アリスはそれに気づいていないようだ。
グラスの中で、からん、と氷の音がする。
彼女はそれを飲み干すと、『おかわり』とつぶやいた。
「アリスさん」
「早苗。
あなたは、自分を大切にしなさいよ。
霊夢や魔理沙はね、ほら、昔から立場が確約されている主人公だから。
その地位が揺らぐことはないわ。
けど、周りはそうでもない。
いつ、あなたの存在が脅かされるかわからないわ。あざとい娘は一杯いるんだから。
悪いやつらはね、天使の顔して心で爪を研いでいるものなのよ」
「アリスさん。ネガティブが過ぎます」
そんな彼女に、早苗ははっきりと、そしてしっかりとした口調で告げた。
少し、酒が回って、頬を赤く染めているアリスが『え?』という顔で振り返る。
「アリスさん。あなたは、『可能性』を自ら否定している。
それでは、新たな可能性を掴むことなど、出来ないのですよ!」
ばん、と早苗はカウンターを叩いて叫んだ。
驚くくらいに大きくて、そして鋭い言葉だった。
思わず、アリスはその場でほうけてしまう。
「アリスさん。わたしが今回、自機へと復活したこと――そして、新たに鈴仙さんが抜擢されたこと。
まさか、これが、『奇跡』か何かのおかげだと思っているのですか?」
「え……っと、そ、それは……」
「はっきり言うなら、『人気』でもありませんよ」
「そ、それは……その……」
「ならば、何だと思うのです!」
びしぃっ、と早苗は相手を指差し、右斜め45度に角度を取り、足と腕の位置にも気を配ったかっこいいポーズを決めた。
アリスが狼狽し、思わず、手に持っていたグラスを床に落としてしまう。
グラスの砕ける鋭い音と共に、早苗は言う。
「いいですか。
これは可能性の話です。いつだって、可能性は0ではない。
99%の確率で負ける勝負だって、1%の確率で勝てる可能性は残されている。
勝つか負けるかの二元論で考えれば、常に勝率は50%! そして! 己が『勝つ』意気込みで戦いに向かい、『勝てば』勝率は100%となるのです!」
「そっ、それは……!」
それは、実に単純かつ、誰も考えない事実。
勝てる勝負も勝てなくなる。負けるつもりで戦っていては、その勝率は常に『0%』となるからだ。
勝つために戦い、結果、勝つ。それこそが正しい。勝負とは、誰もが勝つために戦うものだ。
ならば、勝率100%の戦いをするほうが賢い。
アリスのように、戦う前から負けるものと思っているから『負ける』のだ。
「アリスさん。
あなたには、まだ、勝利への可能性が残されている。
それが何か、わかりますか?」
「それは……!」
「――恐らく、あなたはわかっている。わかっていて、あえて、その可能性から目を逸らしている。
いいでしょう。教えてあげます。
今回の自機キャラの基準! それはっ!」
早苗が、右手で天を示す超かっこいいポーズを取った。
そして、告げる。
「カップリングですっ!!」
「……カップリング……!」
「そう!
霊夢さん、魔理沙さん、鈴仙さん、そしてこのわたし!
いずれも、互いに何らかの関係を持っています!
『レイマリ』といえば大昔から、それこそ東方初期からの定番カップリングですっ!
そして『レイサナ』の勢力も根強く、『サナマリ』も新興のものながら、着々と勢力を広げている!
一方っ!
鈴仙さんといえば、『うどみょん』! 神霊廟にて華々しく復活を飾った妖夢さんからのつながりで、鈴仙さんが今回の復活を遂げた!
そう考えるのは、全くおかしくないっ! そうでしょう!?」
「……言われてみれば」
「そしてそして!
アリスさん、あなたもまた、東方シリーズ初期からの根強いカップリングである『レイアリ』『マリアリ』の持ち主! そうではなかったのですか!?」
まさしく、その瞬間、アリスは雷に打たれたかのように、その場に硬直していた。
自分が持つ『可能性』を二つも、自分は忘れていた――その事実を、今、ようやく思い出したのだ。
「どちらも東方カップリング論争では一大勢力!
どちらがタチでどちらがネコかでも、血で血を洗う紳士たちの殴り合いが日夜繰り広げられる、そこは常在戦場!
そして何より、カップリングと言う『絆』が! 『つながり』が! 今また、あなたを自機へと呼び戻す、その可能性が0であると、言い切ることが出来るのですか!?」
――沈黙。
そして、
「……そうね」
小さな笑み。
アリスは静かに、伏せた顔を上げた。
まだ、そこに、いつもの彼女の表情は見られない。
しかし、確かに、『彼女らしさ』の気配は戻ってきていた。
「言われてみれば、そうかもしれない。
私は自分の中の可能性を、自分で摘み取ってしまうところだった……愚かな話ね」
「そういうことです」
「一度や二度、……いいえ、三度、四度と押しのけられたとはいえ、所詮はその程度。
諦めない限り、そして、絆がある限り、いずれ『またいつか』の可能性は残されている」
「諦めなければ勝てる。
若さとは振り向かないこと、諦めないことなのです。そして、愛とはためらわず、悔やまないことなのです」
「そうね。
ありがとう、早苗」
「いいえ」
二人は静けさを取り戻して、席に戻る。
足下の割れたグラスを、アリスは『ごめんなさい』とかき集めて、店主へと戻した。
「……いつになるかわからないけれど、私はそれを信じて待ってみるとするわ」
「お互い、頑張りましょう」
「あら、余裕たっぷりね。勝者の余裕かしら」
「そうでもありませんよ。
わたしだって、油断したら、いつまた誰かに取って代わられるかわからないんですから」
「別に勝負をしているわけじゃないけど、負けないわよ」
「こっちだって」
段々、店に客が増えてくる。
にぎわってくる店の中、二人はお互いに顔を見合わせて笑っていた。
そこに漂うのは、間違いなく、『勝者』の気配。
彼女たちは、今、目の前に控えている戦いに勝ったのだ。そして、これからも続く戦いへと挑む勇気を手に入れたのである。
負けるつもりで戦ってはいけない。必ず勝つつもりで戦わなくてはいけない。
己の可能性を、最初から、自分の手で潰してしまうことほど愚かなことはない。
勝つのだ。
これからも。
戦っていくのだ。
この先もずっと。
自分の中の、勝利への道と可能性を信じて。