ひまわり咲き乱れる、太陽の畑と呼ばれる場所に建つ、一軒の店。
いつでも人が並ぶ、その有名店に、今日はちょっと変わった来訪者がいた。
「えーっと……えーっと……」
「あら、あれ、チルノじゃない」
人でごった返す店内で、自分が使役する人形たちに事細かに指示を飛ばし、自分自身もてんてこ舞いの大忙しで駆け回る、アリス・マーガトロイドの視線が、お菓子の並ぶ棚の前できょろきょろしている小さな女の子に向く。
「あら、ほんと。いつものお目付け役はいないのね」
そして、この店の店主であり、店の名前ともなっている風見幽香が、その相手――チルノを見て言った。
「何しに来たのかしら」
「お菓子を買いに来たのでしょう?」
「あの子、お金の価値とかわかってるの?」
「……さあ」
事実として、そのチルノと言う少女――妖精である彼女は、一言で言えば『子供らしい頭の持ち主』である。
それを『バカ』と表現するのは簡単なのだが、要は『子供ゆえに物知らず』なのである。
そんな彼女といつも一緒にいて、彼女の面倒を見ている、年上のお姉さんが、今日は一緒にいない。
さて、何をしにきたのだろうと眺めていると、他の客から『すいません』と声をかけられる。
「幽香ー! 今、仏蘭西に足りないものリスト持たせたから、そのラインナップ作って持ってきてー」
「はーい」
「早っ」
レジをこなしつつ、足りないものを要求し、さらには棚に並べていく。
長時間放置されているお菓子は回収して新しいものと入れ替え、同時に『人気が低いので、今後のラインナップから外すかもしれないリスト』へ加えていく。
逐一、そんなことしながら働くアリスと比較して、お菓子作って店に出して、お客さんと笑顔で会話する程度の幽香の仕事は、実に少ないものである。
「ねえ!」
そんな彼女に、チルノが声をかけてきた。
「これ、ちょうだい!」
トレイの上に載せた、ケーキが二つ。
恐らく、これは自分の分と、いつも一緒にいる相手のものなのだろうなと思いつつ、幽香は「いいわよ。えっと……180円かしら」と笑いかける。
するとチルノはポケットを探って、『はい!』とお金を出してきた。
20円。全く足りない。
幽香は一瞬、困ったような表情を浮かべる。
対照的に、チルノは笑顔ときらきらした眼差しで幽香を見つめてくる。
幽香はやれやれと笑った。
「わかったわ。
あのね、チルノ。この金額じゃ、ちょっと足りないのだけど……今回はサービスよ」
「うん!」
「それじゃ……」
「ちょい待ち」
と、そこでアリスがストップをかけた。
レジを人形たちに任せて、二人の間に割ってはいる。
「ダメよ、幽香。お金が足りないでしょ」
「だけど……」
「だけど、も何もないの。
お金が足りないから売れない。それくらい当然でしょ」
「えー……」
チルノが、そこでがっかりしたような表情を浮かべた。
幽香は「仕方ないじゃない。この子、お金のこと、あまりわからないのだから」と擁護する。
この彼女、子供好きなのだ。
いつもこうやって、勝手に子供たちに売り物のお菓子を配ったり、内緒で値引きしたりするものだから、その後でアリスに怒られるのである。
「うちは慈善事業じゃないの。
ただでさえ、うちの商品は薄利多売なの。一個の赤字を埋めるのに、何個、ケーキを売らないといけないか、教えてあげようか?」
目を三角にして、腰に手を当てて、幽香を叱る時のアリスはいつもこういうことを言う。
幽香は『うぐ……』と言葉に詰まるのだが、『お菓子、買えないのか』とがっかりしているチルノを見ると、やはり、引くことは出来なかったようで、
「そ、それはまぁ、それとして。
今回くらいはいいじゃない。ね?
私がその分、頑張って、一杯商品を売ればいいのでしょ?」
「それとこれとは話が別」
しかし、アリスがそれで折れるはずもない。
普段、『どうやって黒字を出すか』で値段を苦悩して考え、商品企画を立て、売れ筋商品を見極め、顧客のメッセージをつぶさに拾い上げ、分析し――と、頭が痛くなるほどの苦労をしているのが、このアリスである。
その日々の苦労を簡単に無にされては困るし、何より腹が立つ。
「あなた、ほんと、いつもいつも言ってるけれど、お店の利益を出すつもりあるの?
ごっこ遊びじゃないのよ? 最近、ちょっと売り上げ落ちてきてるんだから、『一生懸命頑張る』のは当たり前のことなの。
そこからどうやって、黒字を積み上げていくかが大切なのよ。
だから、簡単にお菓子を配られると困るの。わかる?」
「うぐ……え、えっと……」
はぁ、とアリスはため息をついた。
「ちょっと奥に行きましょ。チルノ、あんたも一緒に」
少し、店の雰囲気が悪くなってきているのを、アリスは感じたのだろう。
やってきている客の視線の中に、『何もそこまで言わなくても』という視線が混じっているのを感じたのだ。
やれやれと肩を落として、アリスは幽香とチルノを連れて、店の奥へと移動する。
「……さてと」
ふぅ、と息をついたアリスは、幽香に「はい、あんたは仕事」といつもの指示を出す。
そして、
「チルノ」
「……何?」
「どうして、あなた、お菓子が欲しいの? 自分で食べたいの?」
「うーん……」
「ん?」
「そうじゃなくて、大ちゃんにプレゼントしたい」
「ふぅん?」
その『大ちゃん』というのが、彼女のお姉さん役として面倒を見ている妖精である。名前は不明。そもそも、何の妖精なのかも不明なのだが、とかく面倒見のいい世話焼きの女の子であるのは疑いようがない。
「この前、友達と遊んでたらさ。
『チルノ、たまには大ちゃんにお礼くらいしたら?』って言われてさ。
それなら、あたいも大ちゃんも、甘いお菓子大好きだから、お菓子買ってこようかな、って」
「短絡的ね」
「何だよ。悪いか」
ぷくっと膨れて、チルノが反論してくる。
「それで、お金持ってきたのね」
「そうだよ。あたい、お金なんて持ったことないから……。
たまたま、持ってたお金、持ってきたんだ。
……足りないの?」
「そうね。足りない」
ちぇー、とチルノが残念そうに舌打ちする。
彼女の掌に乗っているお金。恐らくは、それが彼女の全財産。それで、『いつもお世話になっている人にプレゼントしよう』とやってきたのだ。
「……じゃ、いいや」
「いいの?」
「うん。
だって、お金、足りないんでしょ?
あたいは買い物なんてしたことないから、お金とかよくわかんないし……。
だけど、足りないなら買えないってことはわかるよ。買えないなら……いいや」
その残念そうな声が聞こえたのか、ひょこっと、幽香が厨房の方から顔を覗かせる。
アリスはそれを『しっしっ』と追い払うと、
「いい? チルノ。
買い物がしたいなら、まず、お金の価値を覚えなさい。それが出来ないなら、買い物は、まだあなたには早いわ」
「……ぷ~」
「大妖精に頼めば、そういうことくらい、簡単に教えてくれるから。
いい?」
「……は~い」
「よろしい」
アリスはうなずくと、チルノの頭をわしゃわしゃとなでた。
そうして、『ちょっと待ってなさい』と言って厨房へと入っていく。
チルノは首をかしげて、『待ってるのもやだな』と思いつつ、その場に立ち尽くす。
彼女が『大ちゃんへのプレゼント、どうしようかな』と思っていると、しばらくして、アリスが戻ってきた。
「チルノは何でうちに来たの?」
「この前、大ちゃんと一緒にケーキ食べたら美味しかったから」
「そう」
子供なりの、素直な思考と感想だった。
アリスはうなずくと、『はい、これ』と手に持った小さな箱をチルノに渡した。
「何これ?」
「開けてみなさい」
ただし気をつけて、と付け加えるのを忘れない。
チルノは言われたまま、その箱を開く。
果たして、その中に入っていたのは、この店に並ぶケーキよりは少しサイズの小さいいちごのショートケーキが二つ。
「……え?」
「はい」
「……何?」
「お金」
「う、うん」
アリスが差し出した右の掌に、チルノは手にした20円を置いた。
アリスはそれを受け取り、取り出した財布の中へ入れると、
「これで契約成立ね」
「……え? えっと……」
「それ、大妖精に持って行ってあげなさい」
「いいの?」
「いいわよ」
「でも、どうして?
お金、足りないんだよ?」
「確かに、お店の商品を売るのには、お金、足りないわ。
でも、私があなたから依頼を受けて、20円でケーキを作って売ってあげたのだから。
お店は関係ない」
チルノは、アリスの言う意味がわからず首をかしげる。
そんな彼女の仕草に、アリスは小さく微笑んで、
「今度から、ケーキが欲しかったら、私に直接頼みなさい」
少し膝をかがめて、チルノと同じ視線になって、アリスは言った。
頭を優しくなでられて、ようやく、チルノはアリスの言葉の意味を察したのか、顔を笑顔に輝かせると、「うん!」とうなずいた。
「アリス、ありがとう!」
「ただし、お店の商品が欲しい場合は、ちゃんとお金を持って来ないとダメだからね。
あと、私はタダじゃ仕事は引き受けないから。
それだけは、胸に刻んで覚えておくこと。いい?」
「わかった!
ありがとう!」
もう一度、大きな声でそう言って、彼女は笑顔のまま、そこを駆け出し、店を飛び出し、空の彼方へと飛んでいく。
膝を伸ばして、ひょいと肩をすくめるアリス。
「何だかんだで、あなたも子供のわがまま、許すんじゃない」
そのアリスの背中に幽香が声をかける。
アリスは肩越しに後ろを振り返ると、
「だって、私も、子供って好きだもの。子供の頼みごとをむげに断るようなこと、するわけないでしょ」
と、いつもの口調で、それがさも当然のように返した。
そうして、わざとらしい口調で、「あーあ、だけど、お店の材料使っちゃったわ。家から持ってきて埋め合わせしないと」と言うと、店で働く人形を何名か、空の彼方に飛ばす。
「ああいうのも、『素直じゃない』って言うのかしら。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、笑う幽香。
彼女の近くで働く人形が一体、幽香の顔の前まで飛んでくると、
『マスターって、ああいう人ですから』
というフリップを出して、それを左右に、少しだけ楽しそうに揺らすのだった。
いつでも人が並ぶ、その有名店に、今日はちょっと変わった来訪者がいた。
「えーっと……えーっと……」
「あら、あれ、チルノじゃない」
人でごった返す店内で、自分が使役する人形たちに事細かに指示を飛ばし、自分自身もてんてこ舞いの大忙しで駆け回る、アリス・マーガトロイドの視線が、お菓子の並ぶ棚の前できょろきょろしている小さな女の子に向く。
「あら、ほんと。いつものお目付け役はいないのね」
そして、この店の店主であり、店の名前ともなっている風見幽香が、その相手――チルノを見て言った。
「何しに来たのかしら」
「お菓子を買いに来たのでしょう?」
「あの子、お金の価値とかわかってるの?」
「……さあ」
事実として、そのチルノと言う少女――妖精である彼女は、一言で言えば『子供らしい頭の持ち主』である。
それを『バカ』と表現するのは簡単なのだが、要は『子供ゆえに物知らず』なのである。
そんな彼女といつも一緒にいて、彼女の面倒を見ている、年上のお姉さんが、今日は一緒にいない。
さて、何をしにきたのだろうと眺めていると、他の客から『すいません』と声をかけられる。
「幽香ー! 今、仏蘭西に足りないものリスト持たせたから、そのラインナップ作って持ってきてー」
「はーい」
「早っ」
レジをこなしつつ、足りないものを要求し、さらには棚に並べていく。
長時間放置されているお菓子は回収して新しいものと入れ替え、同時に『人気が低いので、今後のラインナップから外すかもしれないリスト』へ加えていく。
逐一、そんなことしながら働くアリスと比較して、お菓子作って店に出して、お客さんと笑顔で会話する程度の幽香の仕事は、実に少ないものである。
「ねえ!」
そんな彼女に、チルノが声をかけてきた。
「これ、ちょうだい!」
トレイの上に載せた、ケーキが二つ。
恐らく、これは自分の分と、いつも一緒にいる相手のものなのだろうなと思いつつ、幽香は「いいわよ。えっと……180円かしら」と笑いかける。
するとチルノはポケットを探って、『はい!』とお金を出してきた。
20円。全く足りない。
幽香は一瞬、困ったような表情を浮かべる。
対照的に、チルノは笑顔ときらきらした眼差しで幽香を見つめてくる。
幽香はやれやれと笑った。
「わかったわ。
あのね、チルノ。この金額じゃ、ちょっと足りないのだけど……今回はサービスよ」
「うん!」
「それじゃ……」
「ちょい待ち」
と、そこでアリスがストップをかけた。
レジを人形たちに任せて、二人の間に割ってはいる。
「ダメよ、幽香。お金が足りないでしょ」
「だけど……」
「だけど、も何もないの。
お金が足りないから売れない。それくらい当然でしょ」
「えー……」
チルノが、そこでがっかりしたような表情を浮かべた。
幽香は「仕方ないじゃない。この子、お金のこと、あまりわからないのだから」と擁護する。
この彼女、子供好きなのだ。
いつもこうやって、勝手に子供たちに売り物のお菓子を配ったり、内緒で値引きしたりするものだから、その後でアリスに怒られるのである。
「うちは慈善事業じゃないの。
ただでさえ、うちの商品は薄利多売なの。一個の赤字を埋めるのに、何個、ケーキを売らないといけないか、教えてあげようか?」
目を三角にして、腰に手を当てて、幽香を叱る時のアリスはいつもこういうことを言う。
幽香は『うぐ……』と言葉に詰まるのだが、『お菓子、買えないのか』とがっかりしているチルノを見ると、やはり、引くことは出来なかったようで、
「そ、それはまぁ、それとして。
今回くらいはいいじゃない。ね?
私がその分、頑張って、一杯商品を売ればいいのでしょ?」
「それとこれとは話が別」
しかし、アリスがそれで折れるはずもない。
普段、『どうやって黒字を出すか』で値段を苦悩して考え、商品企画を立て、売れ筋商品を見極め、顧客のメッセージをつぶさに拾い上げ、分析し――と、頭が痛くなるほどの苦労をしているのが、このアリスである。
その日々の苦労を簡単に無にされては困るし、何より腹が立つ。
「あなた、ほんと、いつもいつも言ってるけれど、お店の利益を出すつもりあるの?
ごっこ遊びじゃないのよ? 最近、ちょっと売り上げ落ちてきてるんだから、『一生懸命頑張る』のは当たり前のことなの。
そこからどうやって、黒字を積み上げていくかが大切なのよ。
だから、簡単にお菓子を配られると困るの。わかる?」
「うぐ……え、えっと……」
はぁ、とアリスはため息をついた。
「ちょっと奥に行きましょ。チルノ、あんたも一緒に」
少し、店の雰囲気が悪くなってきているのを、アリスは感じたのだろう。
やってきている客の視線の中に、『何もそこまで言わなくても』という視線が混じっているのを感じたのだ。
やれやれと肩を落として、アリスは幽香とチルノを連れて、店の奥へと移動する。
「……さてと」
ふぅ、と息をついたアリスは、幽香に「はい、あんたは仕事」といつもの指示を出す。
そして、
「チルノ」
「……何?」
「どうして、あなた、お菓子が欲しいの? 自分で食べたいの?」
「うーん……」
「ん?」
「そうじゃなくて、大ちゃんにプレゼントしたい」
「ふぅん?」
その『大ちゃん』というのが、彼女のお姉さん役として面倒を見ている妖精である。名前は不明。そもそも、何の妖精なのかも不明なのだが、とかく面倒見のいい世話焼きの女の子であるのは疑いようがない。
「この前、友達と遊んでたらさ。
『チルノ、たまには大ちゃんにお礼くらいしたら?』って言われてさ。
それなら、あたいも大ちゃんも、甘いお菓子大好きだから、お菓子買ってこようかな、って」
「短絡的ね」
「何だよ。悪いか」
ぷくっと膨れて、チルノが反論してくる。
「それで、お金持ってきたのね」
「そうだよ。あたい、お金なんて持ったことないから……。
たまたま、持ってたお金、持ってきたんだ。
……足りないの?」
「そうね。足りない」
ちぇー、とチルノが残念そうに舌打ちする。
彼女の掌に乗っているお金。恐らくは、それが彼女の全財産。それで、『いつもお世話になっている人にプレゼントしよう』とやってきたのだ。
「……じゃ、いいや」
「いいの?」
「うん。
だって、お金、足りないんでしょ?
あたいは買い物なんてしたことないから、お金とかよくわかんないし……。
だけど、足りないなら買えないってことはわかるよ。買えないなら……いいや」
その残念そうな声が聞こえたのか、ひょこっと、幽香が厨房の方から顔を覗かせる。
アリスはそれを『しっしっ』と追い払うと、
「いい? チルノ。
買い物がしたいなら、まず、お金の価値を覚えなさい。それが出来ないなら、買い物は、まだあなたには早いわ」
「……ぷ~」
「大妖精に頼めば、そういうことくらい、簡単に教えてくれるから。
いい?」
「……は~い」
「よろしい」
アリスはうなずくと、チルノの頭をわしゃわしゃとなでた。
そうして、『ちょっと待ってなさい』と言って厨房へと入っていく。
チルノは首をかしげて、『待ってるのもやだな』と思いつつ、その場に立ち尽くす。
彼女が『大ちゃんへのプレゼント、どうしようかな』と思っていると、しばらくして、アリスが戻ってきた。
「チルノは何でうちに来たの?」
「この前、大ちゃんと一緒にケーキ食べたら美味しかったから」
「そう」
子供なりの、素直な思考と感想だった。
アリスはうなずくと、『はい、これ』と手に持った小さな箱をチルノに渡した。
「何これ?」
「開けてみなさい」
ただし気をつけて、と付け加えるのを忘れない。
チルノは言われたまま、その箱を開く。
果たして、その中に入っていたのは、この店に並ぶケーキよりは少しサイズの小さいいちごのショートケーキが二つ。
「……え?」
「はい」
「……何?」
「お金」
「う、うん」
アリスが差し出した右の掌に、チルノは手にした20円を置いた。
アリスはそれを受け取り、取り出した財布の中へ入れると、
「これで契約成立ね」
「……え? えっと……」
「それ、大妖精に持って行ってあげなさい」
「いいの?」
「いいわよ」
「でも、どうして?
お金、足りないんだよ?」
「確かに、お店の商品を売るのには、お金、足りないわ。
でも、私があなたから依頼を受けて、20円でケーキを作って売ってあげたのだから。
お店は関係ない」
チルノは、アリスの言う意味がわからず首をかしげる。
そんな彼女の仕草に、アリスは小さく微笑んで、
「今度から、ケーキが欲しかったら、私に直接頼みなさい」
少し膝をかがめて、チルノと同じ視線になって、アリスは言った。
頭を優しくなでられて、ようやく、チルノはアリスの言葉の意味を察したのか、顔を笑顔に輝かせると、「うん!」とうなずいた。
「アリス、ありがとう!」
「ただし、お店の商品が欲しい場合は、ちゃんとお金を持って来ないとダメだからね。
あと、私はタダじゃ仕事は引き受けないから。
それだけは、胸に刻んで覚えておくこと。いい?」
「わかった!
ありがとう!」
もう一度、大きな声でそう言って、彼女は笑顔のまま、そこを駆け出し、店を飛び出し、空の彼方へと飛んでいく。
膝を伸ばして、ひょいと肩をすくめるアリス。
「何だかんだで、あなたも子供のわがまま、許すんじゃない」
そのアリスの背中に幽香が声をかける。
アリスは肩越しに後ろを振り返ると、
「だって、私も、子供って好きだもの。子供の頼みごとをむげに断るようなこと、するわけないでしょ」
と、いつもの口調で、それがさも当然のように返した。
そうして、わざとらしい口調で、「あーあ、だけど、お店の材料使っちゃったわ。家から持ってきて埋め合わせしないと」と言うと、店で働く人形を何名か、空の彼方に飛ばす。
「ああいうのも、『素直じゃない』って言うのかしら。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、笑う幽香。
彼女の近くで働く人形が一体、幽香の顔の前まで飛んでくると、
『マスターって、ああいう人ですから』
というフリップを出して、それを左右に、少しだけ楽しそうに揺らすのだった。