朝から頭痛が激しい挨拶をくれやがった。
今日は、休もう。
「風邪ね」
とは、我が紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジの言だ。汗に濡れた寝間着を畳み、髪を整えて、階段を降りる。埃っぽい図書館に、紫の魔女が静かに座っていた。
一体その途方も無い量の蔵書の配置をどうやって覚えているのだろうか、使い魔に一冊の本を持ってこさせながら、彼女は適当に診断する。
「死にゃ治るわよ」
「果てしない荒療治ね」
そんな応酬をしながらも、私は頭痛と吐き気に絶え間なく苛まれていた。さっさと薬を処方しろってんだ。私は小粋なジョークを楽しみに身体を奮い立たせて図書館に直立しているのではないのだ。
「私は医者じゃないけどね、どっちにしたって寝てろとしか言いようがないわ」
溜息を零して、亡霊のように背筋を曲げながらゆらりと部屋に戻る。魔術も万能ではない、それは、完璧なんて言葉を二つ名に飾っている私ですら病床に伏すのと同じくらい、至極当然なことだった。
部屋に戻って第一に、クローゼットを開けて常備薬の救急箱を開けた。
昔の日記が並べられてあったので、全力を込めて壁にぶん投げる。昔の自分を呪った。「ここなら見つからないだろう」じゃねえんだ、自分が病気になった時にどうするつもりなんだ私。馬鹿なのか。死ぬのか。なるほど死ぬのか。はははなるほど。なるほどじゃねえんだよ馬鹿者。世を儚むにはまだ若すぎるぞ十六夜咲夜。
そこまで考えて、風邪で死ぬってのは流石に思考が飛躍しすぎだな、と自分の朦朧とした思考回路に苦笑した、まさにその瞬間だ。
「咲夜、危篤ってのは本当なの!?」
「本当じゃないですね」
突如として部屋の内側に響き渡る、ドアと壁とが奏でる衝突音と幼い吸血鬼の甲高い声。
ドアを蹴破るのかというような勢いで弾丸の如く飛び込んでくる主と、後ろから含み笑いを伴ってのそのそと歩く魔女。
「ああ、なるほど、ただの風邪か」
パチュリー・ノーレッジは一体私をどのように形容したのだろうか、本人を前にしているとはいえ、それを訊くほどの気力は無かった。とにかく今日は眠るのだ。メイドではないのだ。普通の女の子に戻ります。
「本当にお前は可哀想な奴だな」
「その言い方では慰めではなく罵倒ですわ」
お嬢様は日本語が堪能だったはずなのだが。嫌味か。休もうとする私への嫌味か。
「まあ今日は休め」
言われなくてもそうするつもりだが、有難い。主がそう言うなら、それを止める術も理由もない。しかしここですぐにやすみまーす! わーい! と飛びつくのは激しく瀟洒でない。一度引くことによって、本意ではないということを示さねばならぬのだ。
「しかしお嬢様、仕事が……」
「お前がいなくても館は回るぞ、新人教育の賜物だな」
理想の運びだッ、そして、もう一押し!
「大丈夫でしょうか、彼女らで」
「あーいやもうぜんっぜん大丈夫、ほんとアンタなんていなくてもぜんっぜん回るから、もうホント気にしなくていいから、存分に寝ろ、休め」
おう私の存在意義どこへ消え去った。私が気に病まないようにと配慮してくれているのはいいが、もう少し言い方があるだろう。辞めてやろうかメイド。
辞めないけど。
「美鈴も呼んであるよ。厨房に走っていったんだが、粥でも作るつもりなのかね」
お嬢様がそう言ったちょうどその時、ばたばたとけたたましく足音が鳴り始めた。ああ、美鈴、ありがとう……
「咲夜さん! 風邪らしいですね! お粥飲みます!? 唾液飲みます!? 足舐めます!? 靴舐めます!?」
「よーしありがとう帰りなさい」
「冗談ですよ、ほら用意しましたから」
台無しである。吐き出されかけた淡い感謝を全力で胃の中に押し戻して、微妙に悪寒の走る冗句を引き連れた彼女に向き合う。
「あら、お粥かしら? いやでもそんなの持ってるようには見えないわね……」
「ネギです」
「キングオブ民間療法」
ばばーん、と声を上げながら右手に長ネギを掲げた紅美鈴を睨み、溜息を吐く。おいパチュリー・ノーレッジ、後ろでずっと笑ってんじゃねえよこっちは今も意識すら虚ろに頭痛と戦ってるんだよ。
「これを首に巻くとよいのですよ」
「ちょっまっ貴女の力で巻いたらうがががが」
「美鈴ストップ、死人の血は不味い」
飲む気だったのかよ。咳き込んでネギをベッドに叩きつける。どうも、メイド長兼非常食の十六夜咲夜です。畜生。
「――もっとも、新鮮な死体ならそこそこの味だけれどね。病死した人間の血なんて飲みたかないわよ」
「ああ、なるほど、菌に『おかされて』いるから処女じゃない、ってことですね!?」
どのへんがなるほどなんだよ。どういう駄洒落だよ、チャイニーズジョークに品性ってものはないのかよ。
「レミィ、咲夜、私がこいつを押さえているから、諸共弾幕ぶっぱしてちょうだい」
パチュリー・ノーレッジが紅美鈴を羽交い締めにする。その力は弱々しいだろうから、彼女に振り解けないはずもないのだが、しかし笑いながら紅美鈴はされるがままになっていた。
「よしきた。ありがとうパチェ、絶対に忘れないわ。悪魔――」
「よしきたわ。貴女のこと、嫌いじゃなかったわよ。幻在――」
「ちょっまっ私が悪かったですから」
私とお嬢様がスペルカードを翳したら、一転、紅美鈴は慌て出した。困る部下の姿を見るのは嫌いではない。茶番を演じるのも、意外と悪くないものだ。笑いながら紙をポケットに捩じ込む。
「いや私を厭いなさいよ犠牲を拒みなさいよ」
「パチュリー様ならいいかなって」
「余りにも気軽な掌返しをまだちょっと受け入れられないでいるのだけれども」
私の雑な自白に対して困惑を顕にし、紅美鈴から離れ、首をがっくりを項垂れるパチュリー・ノーレッジ。私に見捨てられたことよりもお嬢様が躊躇なく攻撃準備に入ったのがダメージであったように見える。
「くそう、メイドの分際で……ネギは首じゃなくて尻に挿しても効果があるって豆知識を美鈴に吹き込んでやろうかしら」
「えっほんとですか!? 咲夜さん、四つん這いに……」
「風邪をひいただけでこんなにも友情が破壊されるとは思ってなかったわ」
「もー、冗談なのにそんなに怖い顔しないでくださいよ」
冗談に聞こえないんだよ。目がぎらぎらと光ってるんだよお前は。へらへらしてんじゃねえこっちは身の危険をエンドレスで感じてるんだ。
「ほら、早く寝た方が回復が早いですよ」
「主にアンタの所為なのだけれど」
「眠れないなら添い寝してあげますよ?」
「寝てる! すやすや! めっちゃ寝てるわ! すやすや! ぐーすかぴー! 全国的に寝てる!」
激しく寝た振りをして布団に潜り込り、馬鹿な部下を遮る。お前一回閻魔か仙人あたりにしっかり説教してもらえ。
「あー……怒らせちゃいましたかね?」
「いつものことでしょうに」
目を瞑って、声に耳を欹てた。反省しろ反省。怒ってはいないけれど、なんつーか、完璧で瀟洒なメイドの部下として、完璧で瀟洒な門番であって欲しいとは思っている。そうあれば、私の株も上がるだろうし、この館の高貴さも、門番から出来上がっているというのであれば、磐石のものになろうというものなのだ。
もしも本当にそうなってしまったら、少し、味気ないけれど。
「うーん、このおふざけ、控えるべきですか?」
「いや、変えなくていいわ。突っ込みもできなくてなにが完璧よ、常に受け答えの鍛錬はしておかねばならない」
おい紅魔の主、ここは養成所かなにかか。別にボケツッコミは幻想郷の必須スキルではないだろう。貴女はレミリアストレッチとかいう体張ったギャグを披露しても何とも思わないのかもしれないがこっちはマジカル☆さくやちゃんスターの傷を未だに引きずるほどなんだぞ。
「じゃあこれからもどんどんぶっぱなしていくことにしますね! 迷いが消えました! ありがとうございます!」
「いいのよ、これからも咲夜をよろしく」
よろしくねえよ。なんでお悩み相談室みたいになってんだよ。深夜ラジオか。違うわ。しかも背中を押してんじゃねえよ。自信ついちゃってるじゃないか。
「では咲夜さん! 起きてると思いますから! 寝静まった頃に夜這い掛けにきますね!」
そして、足音。眠りにくくなっただろうが。門番としての仕事に戻ったと信じておく。ネタの考案のために部屋に戻ったとかだったら処す。全てのボケをスルーの刑だ。
「それじゃ、私も戻ろうかしら。養生して頭を回せるようにしなさい、貴女がいないとボケが飽和するのよ。パチュリーだけではテンポが悪い」
メイド長だっつってるでしょうに。紅魔館はお笑いグループじゃあないんだ。真面目にボケツッコミの立ち位置を考察してんじゃねえ。なんでお笑いの方面に向上心を燃やしているんだ。
「んじゃ私も戻るわ、ちょっと読みたい本があるのよ」
がさがさとなにやらうろつきながら、パチュリー・ノーレッジもそう続けた。一人だけ普通かっ! と言いかけたあたり、私も毒されている。こんなつもりじゃなかったのだけれど、仕方ないのだろうか。ともあれ、二人も部屋から出て行って、咳をしても一人。深呼吸して、布団を抱いた。
静まり返った二階の端に、風邪のメイドが目を開く。まだまだ頭痛は喧しい。
眠ってしまっていたらしい、汗で張り付いた寝間着が気持ち悪い。取り替えようと、クローゼットを開けた。
救急箱が空いていて、中に何も入っていなかった。
魔女畜生が、最後まで悪戯心は忘れないらしい。
歯を噛み締めたら眩暈が増して、着替えも忘れて倒れ込んだ。
安眠は、できそうにない。
しかしながら皮肉なことに、翌朝起きた頃には頭痛は跡形もなく霧消していた。どうあれ幸いだ。さて、遅れを取り戻そう。あと魔女をぶっとばそう。そんなことを思いながら、着替えなかったツケの不快な寝間着を放り投げて、メイド服を着込む。
今日は、働こう。
今日は、休もう。
「風邪ね」
とは、我が紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジの言だ。汗に濡れた寝間着を畳み、髪を整えて、階段を降りる。埃っぽい図書館に、紫の魔女が静かに座っていた。
一体その途方も無い量の蔵書の配置をどうやって覚えているのだろうか、使い魔に一冊の本を持ってこさせながら、彼女は適当に診断する。
「死にゃ治るわよ」
「果てしない荒療治ね」
そんな応酬をしながらも、私は頭痛と吐き気に絶え間なく苛まれていた。さっさと薬を処方しろってんだ。私は小粋なジョークを楽しみに身体を奮い立たせて図書館に直立しているのではないのだ。
「私は医者じゃないけどね、どっちにしたって寝てろとしか言いようがないわ」
溜息を零して、亡霊のように背筋を曲げながらゆらりと部屋に戻る。魔術も万能ではない、それは、完璧なんて言葉を二つ名に飾っている私ですら病床に伏すのと同じくらい、至極当然なことだった。
部屋に戻って第一に、クローゼットを開けて常備薬の救急箱を開けた。
昔の日記が並べられてあったので、全力を込めて壁にぶん投げる。昔の自分を呪った。「ここなら見つからないだろう」じゃねえんだ、自分が病気になった時にどうするつもりなんだ私。馬鹿なのか。死ぬのか。なるほど死ぬのか。はははなるほど。なるほどじゃねえんだよ馬鹿者。世を儚むにはまだ若すぎるぞ十六夜咲夜。
そこまで考えて、風邪で死ぬってのは流石に思考が飛躍しすぎだな、と自分の朦朧とした思考回路に苦笑した、まさにその瞬間だ。
「咲夜、危篤ってのは本当なの!?」
「本当じゃないですね」
突如として部屋の内側に響き渡る、ドアと壁とが奏でる衝突音と幼い吸血鬼の甲高い声。
ドアを蹴破るのかというような勢いで弾丸の如く飛び込んでくる主と、後ろから含み笑いを伴ってのそのそと歩く魔女。
「ああ、なるほど、ただの風邪か」
パチュリー・ノーレッジは一体私をどのように形容したのだろうか、本人を前にしているとはいえ、それを訊くほどの気力は無かった。とにかく今日は眠るのだ。メイドではないのだ。普通の女の子に戻ります。
「本当にお前は可哀想な奴だな」
「その言い方では慰めではなく罵倒ですわ」
お嬢様は日本語が堪能だったはずなのだが。嫌味か。休もうとする私への嫌味か。
「まあ今日は休め」
言われなくてもそうするつもりだが、有難い。主がそう言うなら、それを止める術も理由もない。しかしここですぐにやすみまーす! わーい! と飛びつくのは激しく瀟洒でない。一度引くことによって、本意ではないということを示さねばならぬのだ。
「しかしお嬢様、仕事が……」
「お前がいなくても館は回るぞ、新人教育の賜物だな」
理想の運びだッ、そして、もう一押し!
「大丈夫でしょうか、彼女らで」
「あーいやもうぜんっぜん大丈夫、ほんとアンタなんていなくてもぜんっぜん回るから、もうホント気にしなくていいから、存分に寝ろ、休め」
おう私の存在意義どこへ消え去った。私が気に病まないようにと配慮してくれているのはいいが、もう少し言い方があるだろう。辞めてやろうかメイド。
辞めないけど。
「美鈴も呼んであるよ。厨房に走っていったんだが、粥でも作るつもりなのかね」
お嬢様がそう言ったちょうどその時、ばたばたとけたたましく足音が鳴り始めた。ああ、美鈴、ありがとう……
「咲夜さん! 風邪らしいですね! お粥飲みます!? 唾液飲みます!? 足舐めます!? 靴舐めます!?」
「よーしありがとう帰りなさい」
「冗談ですよ、ほら用意しましたから」
台無しである。吐き出されかけた淡い感謝を全力で胃の中に押し戻して、微妙に悪寒の走る冗句を引き連れた彼女に向き合う。
「あら、お粥かしら? いやでもそんなの持ってるようには見えないわね……」
「ネギです」
「キングオブ民間療法」
ばばーん、と声を上げながら右手に長ネギを掲げた紅美鈴を睨み、溜息を吐く。おいパチュリー・ノーレッジ、後ろでずっと笑ってんじゃねえよこっちは今も意識すら虚ろに頭痛と戦ってるんだよ。
「これを首に巻くとよいのですよ」
「ちょっまっ貴女の力で巻いたらうがががが」
「美鈴ストップ、死人の血は不味い」
飲む気だったのかよ。咳き込んでネギをベッドに叩きつける。どうも、メイド長兼非常食の十六夜咲夜です。畜生。
「――もっとも、新鮮な死体ならそこそこの味だけれどね。病死した人間の血なんて飲みたかないわよ」
「ああ、なるほど、菌に『おかされて』いるから処女じゃない、ってことですね!?」
どのへんがなるほどなんだよ。どういう駄洒落だよ、チャイニーズジョークに品性ってものはないのかよ。
「レミィ、咲夜、私がこいつを押さえているから、諸共弾幕ぶっぱしてちょうだい」
パチュリー・ノーレッジが紅美鈴を羽交い締めにする。その力は弱々しいだろうから、彼女に振り解けないはずもないのだが、しかし笑いながら紅美鈴はされるがままになっていた。
「よしきた。ありがとうパチェ、絶対に忘れないわ。悪魔――」
「よしきたわ。貴女のこと、嫌いじゃなかったわよ。幻在――」
「ちょっまっ私が悪かったですから」
私とお嬢様がスペルカードを翳したら、一転、紅美鈴は慌て出した。困る部下の姿を見るのは嫌いではない。茶番を演じるのも、意外と悪くないものだ。笑いながら紙をポケットに捩じ込む。
「いや私を厭いなさいよ犠牲を拒みなさいよ」
「パチュリー様ならいいかなって」
「余りにも気軽な掌返しをまだちょっと受け入れられないでいるのだけれども」
私の雑な自白に対して困惑を顕にし、紅美鈴から離れ、首をがっくりを項垂れるパチュリー・ノーレッジ。私に見捨てられたことよりもお嬢様が躊躇なく攻撃準備に入ったのがダメージであったように見える。
「くそう、メイドの分際で……ネギは首じゃなくて尻に挿しても効果があるって豆知識を美鈴に吹き込んでやろうかしら」
「えっほんとですか!? 咲夜さん、四つん這いに……」
「風邪をひいただけでこんなにも友情が破壊されるとは思ってなかったわ」
「もー、冗談なのにそんなに怖い顔しないでくださいよ」
冗談に聞こえないんだよ。目がぎらぎらと光ってるんだよお前は。へらへらしてんじゃねえこっちは身の危険をエンドレスで感じてるんだ。
「ほら、早く寝た方が回復が早いですよ」
「主にアンタの所為なのだけれど」
「眠れないなら添い寝してあげますよ?」
「寝てる! すやすや! めっちゃ寝てるわ! すやすや! ぐーすかぴー! 全国的に寝てる!」
激しく寝た振りをして布団に潜り込り、馬鹿な部下を遮る。お前一回閻魔か仙人あたりにしっかり説教してもらえ。
「あー……怒らせちゃいましたかね?」
「いつものことでしょうに」
目を瞑って、声に耳を欹てた。反省しろ反省。怒ってはいないけれど、なんつーか、完璧で瀟洒なメイドの部下として、完璧で瀟洒な門番であって欲しいとは思っている。そうあれば、私の株も上がるだろうし、この館の高貴さも、門番から出来上がっているというのであれば、磐石のものになろうというものなのだ。
もしも本当にそうなってしまったら、少し、味気ないけれど。
「うーん、このおふざけ、控えるべきですか?」
「いや、変えなくていいわ。突っ込みもできなくてなにが完璧よ、常に受け答えの鍛錬はしておかねばならない」
おい紅魔の主、ここは養成所かなにかか。別にボケツッコミは幻想郷の必須スキルではないだろう。貴女はレミリアストレッチとかいう体張ったギャグを披露しても何とも思わないのかもしれないがこっちはマジカル☆さくやちゃんスターの傷を未だに引きずるほどなんだぞ。
「じゃあこれからもどんどんぶっぱなしていくことにしますね! 迷いが消えました! ありがとうございます!」
「いいのよ、これからも咲夜をよろしく」
よろしくねえよ。なんでお悩み相談室みたいになってんだよ。深夜ラジオか。違うわ。しかも背中を押してんじゃねえよ。自信ついちゃってるじゃないか。
「では咲夜さん! 起きてると思いますから! 寝静まった頃に夜這い掛けにきますね!」
そして、足音。眠りにくくなっただろうが。門番としての仕事に戻ったと信じておく。ネタの考案のために部屋に戻ったとかだったら処す。全てのボケをスルーの刑だ。
「それじゃ、私も戻ろうかしら。養生して頭を回せるようにしなさい、貴女がいないとボケが飽和するのよ。パチュリーだけではテンポが悪い」
メイド長だっつってるでしょうに。紅魔館はお笑いグループじゃあないんだ。真面目にボケツッコミの立ち位置を考察してんじゃねえ。なんでお笑いの方面に向上心を燃やしているんだ。
「んじゃ私も戻るわ、ちょっと読みたい本があるのよ」
がさがさとなにやらうろつきながら、パチュリー・ノーレッジもそう続けた。一人だけ普通かっ! と言いかけたあたり、私も毒されている。こんなつもりじゃなかったのだけれど、仕方ないのだろうか。ともあれ、二人も部屋から出て行って、咳をしても一人。深呼吸して、布団を抱いた。
静まり返った二階の端に、風邪のメイドが目を開く。まだまだ頭痛は喧しい。
眠ってしまっていたらしい、汗で張り付いた寝間着が気持ち悪い。取り替えようと、クローゼットを開けた。
救急箱が空いていて、中に何も入っていなかった。
魔女畜生が、最後まで悪戯心は忘れないらしい。
歯を噛み締めたら眩暈が増して、着替えも忘れて倒れ込んだ。
安眠は、できそうにない。
しかしながら皮肉なことに、翌朝起きた頃には頭痛は跡形もなく霧消していた。どうあれ幸いだ。さて、遅れを取り戻そう。あと魔女をぶっとばそう。そんなことを思いながら、着替えなかったツケの不快な寝間着を放り投げて、メイド服を着込む。
今日は、働こう。