Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・18:『2回戦2』

2015/06/12 14:45:16
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 選手入場口へと通じる通路を歩く寅丸星は小さく驚嘆する。
 自らの仕える者である聖白蓮が自分より先に入場口で待ち構えていた。
「聖……どうしたのですか?」
「大したことではありません。先程向かいの通路で第一試合を見ていたので。せっかくだからこの試合もこの距離で見たかった」
「そうですか。……ところで聖、ナズーリンを見ませんでしたか?」
 大会が始まった時から常に星の側にいた妖怪鼠のナズーリンは一回戦後の休憩の途中から姿を見せなくなっていた。
「あぁ……あなたの側にいないのなら、きっと外にいるのでしょう」
「外……ですか?」
「えぇ。ですが、あなたが二回戦も勝ち上がる事を彼女は予想してました」
 恐らくナズーリンと白蓮は何か会話を交わしているが、その旨を濁している。それを察知した星は深く追従しない事に決めた。
「もちろん勝ってみせます。尸解仙、祟り神、そして恐らく鬼。それら全てを蹴散らし、あなたと戦う覚悟は既にあります」
 手に持つ槍の柄で床を鳴らし、星は気合を入れる。

 尸解仙である物部布都はただ一人、入場口前の通路で立っていた。
 聖人の豊聡耳神子、亡霊の蘇我屠自古は一回戦で敗退し、道教を信仰する者達での非脱落者は既に布都一人だった。
「寺の者達は半分が残り、我らは三分の一、か。屠自古め、あれほど我らで太子様の仇を討つと言ったのに……。まぁ良い。我がいれば何も問題はなかろう」
 強気の態度を取っている布都の左手は小さく震えていた。自分と同じ、命連寺勢の右腕である星と戦える武者震い。自分が負ければ道教勢は全滅という重圧。その二つが同時に押し寄せ、布都の身体を緊張させていた。
「はは、我ともあろう者がらしくない。しかし、こういう時のまじないは知っておる」
 震える手で逆の手の平に漢字を書く。それは明らかに『入』と三回書いていた。間違いにも気付かずそれを飲もうと口に手を近づける布都に向けて放たれた雷矢は背中に直撃した。
「ぎゃあぁっ!」
 唐突に身体を走る電流に驚き思わず飛び上がる。
「だ、誰じゃ!」
 振り返りつつも、自分に矢を放った者の正体を布都は何となく分かっていた。
「屠自古。……太子様」
 同じ派閥に属する神子と屠自古が布都の前に現れる。一回戦で魂魄妖夢に両断させられた損傷が治りきってないのか、数秒毎に身体が歪みかけている屠自古は布都の腕に手を触れる。
「やれやれ」
 緊張で身体が冷えている状態の布都に屠自古は半ば呆れる。
「どうしたの、あなたが緊張なんて珍しい」
「はは……。……我一人だけが残ってしまい、何か心細い気がして」
 いつものへらへらとした様子ではない布都を意外に思う神子と屠自古は互い目を合わせる。
「屠自古も私も……力が及ばなかった。それでも布都には一回戦を勝ち上がる力があった。それだけですよ」
「しかし、我も我で、相手の反則による勝ちです。素直に、勝ち、と受け取って良いものか」
「ふむ……」
 思った以上に緊張している布都に神子が少し困惑する中、既に道教勢が揃った三人の元へ更なる人影が近付いた。
「あれ、たくさん……。ああ、そっか。しかいせんさんは地上の宗教の人だったね」
 現れたのは布都と一回戦を戦った地獄鴉の霊烏路空だった。
「霊烏路……空殿?」
「『お空』でいいですよ」
 突如現れた一回戦の相手に布都は驚く。さほど親しいわけでもなく、彼女とは一回戦を戦っただけの関係でしかない。
「ちゃんと応援に来たよ」
 空の言葉で唯一事情を知っている神子だけが反応した。
「あなたが気を失った後に話してたんです。『反則を行った事は水に流すから、二回戦以降はあなたの応援をしてほしい』と」
 呆けた表情でいる布都の手を左手で握る空は笑顔を見せていた。
「頑張ってね、しかいせんさん!」
 その、緊張とはまるで無縁な笑顔を見せられ、布都の表情からも若干の固さが消える。それによって広がった視界は、空が背中に背負っている外套を捉え、布都に閃かせた。
「そうだ!」
 突如布都は神子の前に立ち、頭を下げる。
「お願いがあります太子様。この試合、そのマントを私の身につけさせてはくれないでしょうか」
「私の……ですか? しかしこれは、一朝一夕で使いこなせる物では……」
「いえ、あくまで身に着けさせて頂くだけで結構です。太子様の想いと共に戦いたいのです」
 純真な瞳で懇願する布都に神子は微笑み、外套を外す。
「これを着ければあなたは負けない、等と言うつもりはありませんが――」
 神子の手自ら、布都の正面から背後に回した外套を掛ける。その幼き体躯に似つかわしくないやや大きい外套を身に付けた姿に屠自古は口を押さえて小さく笑っていた。
「その真っ直ぐな想いが折れぬ限り、あなたは負けません。頑張ってきなさい」
「はい!」
 古明地さとりによる選手入場が促される。前試合とはまた違った注目の試合がもうすぐ始まろうとする。
「そうだ、屠自古」
 布都はすぐに闘技場に足を踏み入れず、同志である屠自古にも話しかける。
「よければ、お主からも何か貸してくれぬか?」
 訝しげな表情で腕を組んだまま屠自古は動かない。
「我ら三人の想いがあれば、この試合絶対に負けん」
 神子に見せた時と同じ、その馬鹿正直を思わせる目に屠自古は根負けする。
「やれやれ」
 彼女は布都に後ろを向くよう促した。言われるがまま背を向けた布都の背中に、彼女は雷矢を放った。
「ぎゃあぁっ!」
 再び海老の様に反って布都は跳ね上がる。
「な、何をするんじゃ!」
 これが自分からの贈り物であることを屠自古は言った。
「ま……まぁ、お主らしいと言えばらしいが……。……ありがとう」
 礼は勝ってきてから言う事を屠自古に言われ、布都は自らの応援に来てくれた神子達三人を見据える。
「では、行って参ります!」
「長久なる武運を……」
 神子の言葉を最後に、布都は闘技場へと足を踏み入れて行った。
 二回戦第二試合を戦う者同士、矛を持った寅妖怪の寅丸星、弓を持った尸解仙の物部布都が相対する。その様を霊夢と共に見ながら幽香は呟く。
「霊廟の道士は鬼に倒され、宗教家対決で釣り合う者同士と言ったらあれくらいしか残されてないわね」
「白蓮と神子ならまだいくらか予想はできるけど、これは微妙ね」
「あら。あの子の槍捌きも、あの子の秘術も中々のものだったじゃない」
「とは言うけど、寅は一回戦の相手が化猫だったからまだ底を見せることがなかったし、布都も反則勝ちとはいえ空に勝ってる。それより個人的にはどちらが勝つかより、勝った方はどのくらい諏訪子に立ち向かえるのか、って言う風に見ようかしら」
「二回戦が終われば、あれだけいた妖怪達がたった八人になるのね。それくらいになれば、誰であっても私と釣り合う程になるのかしら」
「……地味に見てみたかったわよ、あんたと鬼の対決とか。何で参加しなかったの」
「言ったでしょ、見てるだけで楽しめるって。八雲紫もそうじゃない」
「……あんた達年寄りの考えは分かんないわ」
 会話の中で既に星と布都の戦闘準備は終わっていた。客席や通路で試合を見守る命蓮寺の面々、向かいの通路で見守る神霊廟の面々、代表者同士というわけではないが、かつての異変で人里を賑わせた異教徒同士の戦いが始まる。
「二回戦第二試合、始め!」
 試合開始が宣言されて早々に布都は弓を構えて後ろに跳ぶ。例え相手が天狗であろうとも対処できる程の距離まで間合いを広げ、遠くの妖獣に向けて矢を放つ。
 一回戦では、退魔の力を秘めつつも神である空には今一つだった弓矢を布都は今回も用意していた。距離を取り、相手を見据え放たれた矢は、その正確な軌道故に星の槍であっさりと叩き落とされる。多少驚きつつも次の矢を構えようとする布都を見て星は一気に前へ跳ぶ。
「我の手が封じられているなら大丈夫とでも?」
 星の射程が相手を捉える寸前、布都が両の足で地面を強く踏む。それは彼女が戦った一回戦と同じ様に、斜めから岩が生え、星の顔面を捉え吹き飛ばした。
 中空に跳ね上げられた星だったが、地面に身体を打ちつけることはなく、後ろ宙返りの要領で着地した。鼻を押さえているだけでよろける素振りもない。
「ぬぅ、地獄鴉といい丈夫な奴らだな。まぁよい」
 星を見据えつつ布都は歩く。その先には先程の攻撃で星の手から放れた槍があった。
「これでお主の戦力は下がった」
 勝負を決めたとでもいわんばかりの得意気な顔で槍を掴んだ布都は微笑む。しかし、星の真価は槍術では決してない。それを忘れているような態度の布都に一回戦同様喝を入れようとした屠自古の肩を神子は叩いた。
「布都の顔を見てみなさい。天性のものかどうかはともかく、あの子の挑発の上手さは天性ですね」
 彼女達が見据える闘技場で布都の相手である星は慌てるでもなく、一度深く息をする。体勢を低く構え、両手を地に付く寸前まで下げて鋭く見据える。まるで猛々しい寅のように。
「寅符『ハングリータイガー』」
 その人ならざる雰囲気に布都は飲まれることなく、尚も笑みを浮かべていた。
「鴉の次は寅か。なら、こちらは人として道具を使い勝ってみせよう」
 左手に槍と弓を纏めて持ち、布都は右手で火球を生み出す。それを見て神子は一つの物事を布都に教える事を忘れていた事を思い出した。
「屠自古。私が眠っていた間、あなたは弾幕の規則が厳しくなった事を布都に伝えましたか?」
 一回戦第五試合を境に、弾幕による規則は初めのものと比べ若干修正されている。能力による飛び道具と判断されなければ警告を伝えられる可能性がある。そしてうっかり弾幕で攻撃しようものなら例外なく失格になってしまう。
 しかし、神子の不安とは裏腹に布都は星ではなく、先程の攻撃で生み出した岩に火球をぶつけた。一回戦を彷彿させるように、爆発と共に磐舟が生み出され、布都はそれに飛び乗る。
「お主がどれほど速く動こうとも我の舟に追いつくことはできまい」
 両手で槍を持つ中空の布都に臆することなく星は跳ぶ。それは布都の予想をも上回る速い踏み込みだった。強化された爪は更に予想外の強さを有していて、防御に構えた槍さえも叩き落とす。この時布都は両手で槍を持っていたため、本来の武器である弓矢を背中に差してしまっている。今、両手が無防備となった布都に星の追撃が放たれる。
「空殿よりも単純だな」
 突如星の顎に衝撃が走る。滑って転ぶかのように、弓でも槍でもない第三の武器――磐舟を直接ぶつけたのだ。
「弓を構えなかったのは、こうしてお主を油断させるため――」
 突如舟はぴたりと動きを止め、布都の身体が慣性で舟から離れる。
「お?」
 顔面に先端をぶつけられたにも関わらず星は吹き飛んでなく、磐舟の一部分を掴み止めていた。磐舟を後ろに放り投げ、宙に放り投げられたような体制の布都に再び星は襲い掛かる。とっさに生んだ球状の結界さえも腕の一振りで砕かれ、攻撃さえ受けなかったもののその勢いで布都は地上へ吹き飛んで行く。それを見てマミゾウは感心していた。
「ただの腕振りでチキンガードを砕くとは。よくも一回戦、緊張と遠慮だけであそこまで弱くなれたもんじゃのう」
「……相手が結界で守った瞬間、僅かに星の動きは止まりました。きっと瞬時に力を込め直したのでしょう」
 聖が見据える中、相手を叩き落とした星は着地する。受け身に失敗し怯む布都を見て、離れた場所に落ちた槍へ走り、手に取った。
「馬鹿め!」
 布都が印を結ぶと、突如槍は青白く光り星の右腕に絡みつく。矢についた魔封じの力は布都自らが付けたものであり、その力をつけられる対象は矢だけに限らない。一分程度ではあったが槍は常に布都の手を放れなかった。その間に込めた魔封じの力は今徐々に星の妖力を奪い取っていく。
「そのような素晴らしい力を持ちながら武具に頼るとは愚かな――」
 罵る布都に向け、反らせていた背を戻す勢いを乗せ、力のままに槍を投げる。魔封じの力と共に込めた霊力によって星が倒れるまで手を放せないはずだった槍は、星の手を放れ、音速は超えなかったものの布都に向かい飛んで行く。布都は投擲された槍に一切反応する事ができなかった。
「なっ……」
 魔封じの力が功を奏したのか星の狙いがそれ、自らの横を通り過ぎるだけだったが、後方を向いた布都の目に映った槍は固い結界に突き刺さっていた。しかし、いくら驚いたからといっても、ここで後方を向いてしまうのは甘さであった。気付き、向き直った時には既に星の姿は消えていた。
 星は空中に跳び、今布都に襲い掛かる。スペルによって強化されたその強靭な手で、こちらに気付いた布都の顔面を薙ぐ。布都は視界を回され、地面を転がり動かなくなった。
「ぐっ!」
 一方の星も呻く。困惑しつつも布都が警戒のため掴んでいた矢は一瞬であったにも関わらずこの攻防で星の腕を貫いていた。更に矢に込められている彼女の力によって妖力を弱らされ、スペルの時間切れが早く訪れてしまった。
 しかし、この攻防で深手を負ったのは布都の方である事は間違いない。星の一撃を受け、未だ地に手を付くだけで立ち上がる事ができていない。
 ――好機。ここで決める!
 すぐさま星は追撃する。スペルが時間切れとなったものの、元々の高い戦闘能力で地を踏み、布都の元へ跳び、首元を狙い爪を振り下ろす。
「なんの……!」
 布都は再び結界を張り、星の攻撃をはじく。再び星は爪を振り下ろすが、既に完全なものとなった布都の結界に触れると、反動で身体が後ろに下がった。
「今度はこちらの番だな」
 布都は槍に代わり弓矢を構え、放っていく。その様を見て、マミゾウは表情にこそ出さないものの、まずいのう、と呟く。
「何がまずいかって、今のやりとり、星の奴が劣性であることを裏付けた。過程がどうであれ奴は尸解仙のチキンガードを砕けなかった。二度目は力を込めたつもりなんじゃろうが、尸解仙の矢によって弱らされた力では破壊できなかった」
 マミゾウの言葉を聞く中、白蓮は黙って星を見据える。彼女の勝利を信じ、祈る。
 ――弓矢の能力が厄介だな……。やはり接近戦しかない!
 白蓮程ではないにせよ星は素早く布都に接近する。布都はそれを見て手を地につける。またも地中から岩が飛び出すが星はそれを横に回避した。布都への道を阻むものは何もない。この時、布都は半信半疑ながらもまた防御の結界を創る。初めに結界を砕かれた印象が刻み付けられていたものの、しかし結界は再び星の攻撃を弾く強靭さを見せた。
「はは……そうか。もう強化術の効果は切れたのだな?」
 星は苦い顔をする。槍という武器があるものの彼女にとっては素手の方が自信を持っていた。しかし今は、相手によって力を弱らされ防御を破る事ができない。間合いを取れば恐らく弓矢が襲い掛かるが近づいても打つ手がない。
「慌てるな!」
 困惑する星に激を飛ばしたのはマミゾウだった。それが意外だったのか星は布都を見据えつつマミゾウにも目を向ける。
「相手がチキンガードをするという事は、お前さんの攻撃は相当のものという事じゃ。既にでかい一撃を入れているお前さんの有利は変わらん。それに――」
 マミゾウは布都にも聞こえるように、それでいて意地の悪い笑みを浮かべる。
「臆病者が勝ち上がる事など、『公平な審判達』は望むわけあるまい」
 マミゾウの言葉により反応したのは布都の方であり、思わず紫の方を向く。紫はただ笑みを返すだけだったが、その視線には軽蔑、侮蔑の意が含まれている事を布都は何となく理解する。彼女はこの感覚を知っている。宗教大戦が行われ雲居一輪や白蓮と戦った際、いずれも猛烈なる攻撃に対し布都は結界防御を使わざるを得なかった。しかし、人々の注目を集めるのが主な目的だった当時は、その防御法は称賛に値するものでは決してない。その時の雰囲気を思い出し、布都は気付く。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 この試合には時間制限がある。時間切れになった際には審判団三名による判定によって勝敗が決められる。積極的に近づき布都に猛攻をしかけた星。遠距離で攻めつつ結界防御を多用した布都。防御は最大の攻撃、と言う者もいるだろうが、判定になればどちらが不利かは一目瞭然である。
 そして、布都が放った叫びに、神霊廟、命連寺の面々が共に困惑していた。
「あやつ、評価が下がる事に気付いとらんかったんか……あやつも前の異変で戦っとったはずじゃが」
 苦笑いするマミゾウの目と白蓮の目が合う。
「一回戦の時にお前さんも大声をあげたんじゃ。これくらいの助言はいいじゃろう。まぁ、儂もお前さんとあやつの決勝が見たくないわけではないんじゃ。負けてしまったぬえと部外者である儂を除けば、一、二を争う実力者なんじゃからのう。ま、その前に準決勝で儂と当たるがな」
 うすら笑いを浮かべるマミゾウが見る闘技場では、布都は立ち止まっていた。結界防御の間接的な弱点を思い出すも、少しするとまた得意気な笑みを浮かべた。
「いや……構わない。時間までにお前を倒せば良いだけだ!」
 布都は弓に矢を掛け、星は姿勢を低くして布都との間合いを詰めていく。互い間合いを詰める中、布都は自らが放った矢を踏んで折り、その拍子に体勢を崩す。その隙を見逃さず星は突進したが、それを待ち構えていた布都は後ろ宙返りの要領で跳んだ。真上に跳び、向かってきていた磐船に乗り、上空から弓矢を放つ。
「お前に矢を撃ち続け、降参を宣言させてやろう!」
 星は矢を横に跳んで回避したが、尚も苦い表情をしていた。
 ――すばっしっこい奴だ。しかしこれなら時間切れも狙えるかもしれないが油断はできない。まずは一番の問題である結界を砕く力がほしい。そのためにも……。
「あぁっ!」
 痛みを誤魔化すように叫び、腕に刺さっていた矢を強引に引き抜いた。
「ふう。……霊力を溜め、力を得なければな」
 星は布都を見上げたまま直立し両手を構える。それは一回戦で見せた、聖白蓮のものと似た構えだった。
「その構えで対空もできると言うのか?」
 布都は構わず矢を放つ。星はその場から動かず。左手一本で頭上から襲い掛かる矢を全て叩き落す。それは布都にとって予想外の事象だった。先程槍に込めた力と同様、妖怪である星にとってはたとえ叩き落す一瞬でも触れれば力を弱める効果がある。しかし地上にいる星からはその様子は感じられない。
「どういう……ことだ?」
 再び矢を放った布都は目を凝らす。すると、星が矢を振り払う瞬間、その左手を球状の青白い光が覆っていたのが見えた。
 ――目には目を歯には歯を……。結界には結界を……。
 左手を包む結界で星は直接触れる事無く矢を落とした。それは一見すれば布都と同じように観客や審判の評価を落としてしまうかもしれないが、矢を払うちょうどの瞬間、そして左腕のみという器用さにより、一般の観客には結界を使っている事など気付かず、逆に声援を送られる結果となる。布都にとってそれは当然、戸惑いとなる。
「なんのその程度で!」
 心の動揺で放たれた弓矢では星を仕留められるはずがない。
「狙いが疎かですよ。動かずとも当たりません」
 星に向かって放たれていく矢は三本に二本程の割合で狙いが外れ、地面に刺さる。残りの一本にあたる分も星によってあっさりと叩き落されていく。
「遠距離攻撃だけでは、この私は倒せませんよ」
「ふ……ふふふ。上ばかり見ていると小石に躓くぞ?」
 怪しげに微笑む布都の言葉に星は思わず下を見る。自分の周囲には先程布都が放った矢がそこらに突き刺さっている。ただそれだけなのだが嫌な予感を感じた。
「我の狙いは始めからこれだったのだ!」
 布都は火球を生み出し星に放つ。それさえも星からは大きく狙いを外し横切っていく。しかし横切ったはずの火球は自分の足元を通るように後ろから再び横切って来る。思わず下を向いた星の目に映った火球は、地面に刺さった矢に当たり、跳ね返るように軌道を変えていたのだ。矢は火球の軌道を変える代わりに燃え尽き、それが繰り返される。そして星は感付く。
 ――火球の力が……増している!?
 矢によって跳ね返る度に火球から感じる霊力が増している。最初程度の力ならば、せいぜい自分の顔程度の爆発だろうと思っていたその力は、大きさが変わらないにせよ、未知数な程に内側で大きくなっている事を星は直感する。逃げるために上を向くも、そこには矢を構えた布都の姿がある。
「飛んで火にいる夏の虫だ。さぁ、選ぶが良い。火球か、矢か」
 星の周りを囲んでいた矢が三、四本程度になった時、星は判断し、その場に留まった。布都の矢を受ける事を拒んだ。
「愚かな」
 最後の矢を燃やし、火球は星の元へ飛び込む。咄嗟に防御の体勢を取った星の身体に火球が触れた。一瞬の閃光の後、火球は闘技場の半分を占める程の爆発を起こした。
「う、ううむ?」
 普段屋外で戦っていた布都にとってもそれは予想外に大きな爆発だった。
「はっはっは! 我ながら大した威力だな! しかしこれでは奴の亡骸が見れな――」
 言いながら布都は気付く。思いもよらぬ爆炎で今、星の姿が見えていなかった。倒れていればそれに越したことはないが。そんな布都の想いを裏切るかのように星は現れた。正面から、しかし爆炎のためあっさりと接近を許し。
「ぐぅ!」
 振り下ろされた星の爪を布都はとっさの結界防御で受ける。攻撃が惜しくも届かなかったが、それ以上に星を驚かす事象があった。
 ――結界が……さっきよりも固い!?
 隙を見せた星に対し布都は既に弓矢を構えていた。
「自分から近づいた事、感謝するぞ」
 放たれた矢は星の反射神経によって掴みとめられる。しかし、それで十分だった。
「しまった!」
 思わず掴んでしまった矢にも、魔封じの力は込められている。左手の指を開くこともできず、星は力を失ったように降下していく。その最中、星は先程の謎を自問する。
 ――物部布都の結界は先程よりも強くなっていた! 奇襲のために溜めた力を少しだけ防御にまわしたからといっても、奴の結界を破るには充分な力だったはず……。何故だ。
 それは、布都と直接戦った経験がない星にとっては気付きにくい。しかしそうではない白蓮、マミゾウ、霊夢、そして神子は気付いていた。
「儀式の媒体を皿ではなく矢にしたのね」
 宗教戦争異変の際、布都は生み出した皿を自らの手で割るという『儀式』を繰り返して力を上げながら戦うという戦術を行っていた。しかし今大会、道具は一つしか持ち込めないという規則により布都は弓矢を選んだ。弓と矢という二つで一つの武器どころか、何本持ち込んでも皿より違和感のない矢を道具として。そんな規則の穴を突いたような布都の考えを見て、観客の天子は紫に苦言を呈する。
「完全にあなたと閻魔の落ち度ね。能力強化の道具を何本も持ち込ませるなんて」
「何の事かしら? 矢が何本もあるとはいえ、弓と矢で一つの武器として数えられるのは当然の事。それに、抗議する機会は試合開始前にきちんと設けていた。一回戦で物部布都は地獄鴉にきちんと抗議した。今回はそれがなかったから審判長含め私は何も言わなかった。それだけよ」
 会話の終わりと同時に、星に続き布都も地面に降り立つ。今、星の左手は封じられ、格好の餌食となろうとしている。それを打開しようと焦りから星は右手で左手の指を開こうという愚策に出てしまった。
「え?」
 布都でさえ、相手がそのような行動をとってくれるとは思っていなかった。その結果は、布都の力により矢とくっついた左手へ更に右手がくっついてしまい、状況としては最悪という他ない。マミゾウは思わず手を額に当てる。
「鼠がいたら激昂してたのう」
 予想外の自滅に布都も思わず笑ってしまう。
「この状況で笑わせられるとは思わなかったぞ、このうっかり者め」
 普段の自分を棚に置いて布都は両手に火を灯す。
「所詮獣に手を使う脳はなかったという事か」
 何気ない考えで思わぬ窮地に陥った星は尚も打開のため知恵を巡らせる。
 ――これはまいったな! 今私に残されている攻撃手段は……両足。しかし両腕を封じられてるこの体勢では十分な蹴りが……。
 初めに所持した武器は敵の力を込められて今は壁に刺さり、拳という武器も半ば絡められている。しかし彼女は紛れもない武器を持っていることに気付いた。
「終わりだ妖獣!」
 布都は体勢を低くして星に向かい跳ぶ。右手に灯した火球を無防備となった星の腹部へ叩き込んだ。しかし熱と衝撃に内臓を揺らされても尚、彼女は意識を失わない。星は攻撃を覚悟していた。会心の一撃を与えるために攻撃へと神経を向けている布都に武器を当てるために。
 ――刺され!
 封じられた両手の先に持っている矢を布都の肩目掛けて突き付けた。先程の攻撃により視界が歪んでいたものの、その攻撃は布都の右肩の皮膚を貫いた。
「あぁぁっ……ぐっ!?」
 自らの霊力が籠められているとはいえ矢自体の殺傷力は顕在していた。しかし星にとってはこれも更なる攻撃の準備でしかない。手から放れず、丈夫に作られてある矢、その性質を利用し、星は両手を落とすように引く。それは手に持つ矢に伝わり、それが刺さっている布都にも作用する。突如襲われた痛みに混乱する布都はあっさりと強引に前傾姿勢にされる。
 ――実力、策略、共に見事だった。だが、私がそれを砕く!
 星は自由に動かせる膝で、崩れた布都の顎を捉えた。布都の身体は矢から放れ宙を舞い、重力に引かれて落ちた。
「い、今のは見事じゃったのう」
 目まぐるしい窮地と逆転の連続にマミゾウが苦笑いする中、白蓮は一人困惑していた。
「あれほどの素晴らしいタイミングなのに……踏み込みが甘すぎる? まさか……」
 白蓮と同様の思いは星にもあった。
 ――お、思った以上に矢の効力が大きい……!
 先程の攻撃で呪縛が緩んだ矢を振り払ったが、それでも全身に力が漲りきらない。
「みごと……見事だったぞ妖獣……。我の矢が刺さってなかったら……意識はなかっただろう」
 矢によって力が雲散された結果、相手である布都は寅の一撃を顎に受けたにも関わらず立ち上がった。その際、右肩に温かい感触を覚える。触れた手には血がべっとりと付く。先程刺され、続けさまの攻撃で抜けた矢の傷口から流れる血は、彼女の慕う神子から借りた外套をも赤く染めていた。
「だが、我は貴様如きの攻撃で倒れるつもりはない」
 布都は左手で傷を治癒しつつ前へ歩む。
「私もです。あなたとは目的が違うと思いますが、倒れられない理由がある」
 星は失った力を溜めつつ間合いを詰める。その最中、布都は不敵に微笑んだ。
「先に謝っておこう」
 疑問に思いつつ星は前に歩み、前にあった一本の矢を踏んだ。
「こうでもしない限り、お主は倒せそうにないのだからな!」
 矢があった地面の周りが突如沼のように柔らかくなり星の右足を沈ませた。
「なっ!」
 怯む隙に布都は印を結び、あっという間に地面が元の固さに戻り星の右膝下半分は地面と一体化した様になった。
「降参するなら今の内だぞ? 今度こそおぬしの全てを封じた!」
 布都は両手で火球を練り、放つ。それは回避する自由を失い防御するしかない星の両腕に炸裂する。
「二発目!」
 間髪入れず布都は火球を放つ。一方星は為す術なく攻撃を受け続けるしかない。規則上弾幕を封じられ、武器である槍は離れた場所に刺さり、これといった独自の遠距離攻撃を持たない。ただ相手の攻撃を防ぐことしかできない。
 しかし、一方的ともいえるその攻防は、ある時を境に観客達を困惑させる。気が長い方である幽香も霊夢に問う。
「何分経ったのかしら?」
 攻撃、回避手段共に絶たれ、あとは力尽きて倒れるだけしかない星は、しかし一向に倒れる気配がなかった。度重なる火球の爆発で羽織はぼろぼろになり全身は、すす汚れる。それでも倒れない彼女に対し布都はおののいていた。
「なぜ……なぜ倒れん!」
「……私を倒す事ができるのは……聖のみです」
 自分で言って星は小さく笑う。
「あなたにも目的があるように……私にも……倒れられない理由がある。それは運悪く決勝まで行かなければ叶わないもの。しかしあの方のために……自らのために……此処で躓くなどという情けない姿を……見せるわけにはいかない」
 布都は星を恐れた。自らの主と決勝で戦いたい。その想いだけで数分間自分の攻撃で倒れないとは予想だにしなかった。そして時間切れを恐れた。今の星は間違いなく詰みの状態ではあるが自分は結界防御を使った分の不利な評価がある。時間切れによる判定でどう勝敗が下るかはわからない。それらの要素が重なり、布都を強行に走らせる。
「どう強がろうと、貴様は力尽きる! この技でな!」
 変わらず布都は火球を放つ。しかしそれは星には当たらず、横切っていく。
 ――まさか!
 振り向いた星の目に映った火球の先には、ぽつりと地面に刺さっていた矢が折れずにあった。火球は矢に当たり、体勢を変えられない星の背中へ向かう。
「止めだ!」
 布都は更に火球を放つ。火球が二つ同時に星へ炸裂するように。星は瞬時に判断し、布都が後に放った火球を前に防御をとる。自らの背が持つ耐久力を信じた。火球は同時に星に触れ、一際大きな爆発を放った。
「寅をかたどるだけはあったようだな。我ともあろうものが、恐れに恐れて――」
 爆炎から姿を見せた星は倒れていなかった。その姿に布都だけでなく観客達も息を飲む中、審判長である映姫は呟く。
「もしこれで倒れていれば私も口を挟むつもりはありませんでしたが――」
 布都が取った火球の挟み撃ちは、その完璧な同時炸裂故に、『芸術的評価を得た遠距離攻撃』と判断された。
「待て!」
 布都が攻撃を止めていた闘技場に映姫は声を響かせ、指差す。
「警告!」
 布都の攻撃が弾幕に酷似していたかは賛否が分かれただろう。映姫はあくまで審判長として、冷酷に判断を下した。この後の展開を思い心の中で布都に謝罪しつつ審判長として試合を進めるため言い放つ。
「両者元の位置へ」
 映姫の言葉に布都は目を見開き星の足元を見る。一方で、試合をつつがなく行えるよう映姫は紫に視線を向けた。
「もちろん、私にかかればこのくらい」
 紫が指を振ると星の足を封じていた部分の土が何かの蓋のように飛び出す。星自身驚きつつも先程まで地面に沈んでいた足を解放した。
「両者、元の位置へ」
 困惑するあまり立ち止まっていた布都に対し、映姫は声色を変えて言い放つ。後悔と焦りを隠しきれない表情のまま、布都も試合開始の位置に足を着ける。
「始め!」
 試合再開が宣言されるも、その光景は異様というしかない。全身に熱傷を負っている星は静かに歩み寄り、先程まで相手を追い詰めていたはずの布都が背中こそ見せないものの怖気づいたように後ろに下がっていく。
 ――聖、あなたがいなければ私は先程の猛攻で倒れていたかもしれない。かつてのあの時は、あなたに再びまみえる事を支えに。そして今は、あなたと戦える事を支えに私は立っている。あなたと戦いたい。もっと、あなたの側へ近づきたい!
 雄たけびをあげた。一回戦で見せたものと同じ勇ましき叫び。それは心が折れかかっていた布都にとって効果覿面だった。今、彼女の膝ははっきりと笑っている。
「まだやりますか」
「な……なな……にを言って――」
 後退る中で、自分の体躯程ある神子の外套を踏んでしまい布都は転んだ。
 観客の一部が失笑する中、神子達は黙って見ていた。布都の勝利を諦めてはいない。
 布都は自分が外套を背負っていた事を今更のように思いだし、触れる。そして唇を噛みしめ立ち上がる。
「太子様は……勇敢に鬼と戦った」
 布都は一歩前に足を進める。
「屠自古は……魂魄妖夢の殺気を恐れなかった」
 目には涙が浮かび身体は震えている。しかし下がる事はもうない。
「我がここで逃げながら勝っても、それこそ二人に顔向けできん」
 背中に感じる神子の装飾品と屠自古の雷矢による僅かな痺れ。前からどれだけ恐れに圧されようと、布都は耐えられる事を思う。
「決着をつけよう……寅丸星よ」
「もとからそのつもりです」
 物部布都は再び両手に火を灯す。闘技場中の矢は既に折れ、それによって布都の手に灯る炎はとてつもない力を感じさせる。
 寅丸星は四肢に力を込める。想いは殺気となり、殺気の込められた爪は如何なるものも粉砕させる事を予感させる。
 そして、二人は互いに万全と思った瞬間に前へ出る。その瞬間は奇しくも同時だった。その一方でマミゾウは冷静にその光景を分析する。
「勝負ありじゃのう」
 布都の腕に灯った炎は星の腹部を捉えようとする。
「どうひっくり返ろうが奴は人」
 星の爪は布都の頭を捉えようとする。
「寅の速さに勝つには、まだまだ色んなものが足りんのう」
 だが、布都は攻撃しようとした腕を引っ込め、此処でまたも球体結界を創りだす。渾身の力で放たれた星の爪を受け止める。その予想外の行為に、神霊廟勢に限らず白蓮、そしてマミゾウは目を見開く。
 ――あ、あれだけ大口叩いて、評価が下がると知っておきながらまたチキンガードとは、なんちゅう愚か……いや、たいした勝ちへの執念!
 さほど決闘を行った事がない妖怪観客は布都の行為に落胆する者もいるだろう。しかしそんな期待の裏切りは、あらゆる者の虚を衝いたという意味にもとれる。
 しかし、星はただ一人笑っていた。
 ――そう来る事は読んでいた。
 結界によって止められた手に力を込めそのまま強引に押す。するといとも簡単に布都の結界は砕け散ったのだ。
 ――あなたが私を罠にはめた時から力を溜め続けた。そして、力を込めた腕はまだ残っている!
 もう片方である右手が振り下ろされる。しかし布都も結界を割られて怯んではいなかった。彼女は初めから星が結界を砕くことを信じていた。その結果により、星に僅かながらの隙を生み、それでいて自分達を阻むものは今や何もない。
「炎符『大乙真火』!」
 布都の手から両袖までを包む大きな炎が星に向かい放たれようとする。
 星の爪がスペルを含めた布都の全てを薙ぎ払わんとする。
「そこまで!」
 しかしそれらが相手に触れる事はなく、互いに望まぬ決着となる。
「時間切れとなりました。これより判定に移ります」
 映姫の一喝によって相手に攻撃を当てる事無く動きを止めていた両者はそこで悟る。規則の一つである十五分の制限時間が尽きたのだと。
「それまで両者、元の位置へ」
 副審である八雲紫と古明地さとりは、紙に何かを書き二つ折りにして、映姫に渡すため客席を歩く。それを星は見据え続ける。
 ――問題はない。傷を負ったとはいえ、あちらはあからさまな結界防御をとっていた。中盤での攻撃で傷を負ったとはいえ、有効打なら私もそれなりに……。
 初めての判定に観客席もざわめいている。しかしその会話内容は、ほとんどが勇猛に攻めた星の勝利を予想するものだった。その中で副審判達の用紙を受け取り、公平を期すため映姫は自分の用紙含めて背後の席にいた小町に手渡す。
「では、先程指示した順番で」
「……わかりましたー……」
 一瞬だけ嫌そうな表情を見せつつも小町は三つの用紙を受け取る。
「では、判定――」
 映姫の宣言と同時に、小町は初めに八雲紫の用紙を開く。その内容に彼女は目を見開いた。
「八雲紫……。も……物部布都!」
 会場は大きなどよめきに満ちる。確かに終盤、星を追い詰めていく描写はあったものの布都への評価は良くて引き分けだろう、とこの場にいるほとんどの者が思っていた。しかし開催者である八雲紫は物部布都が勝者として相応しい事を示したのだ。
「こ……古明地さとり。寅丸星」
 もう一人の副審であるさとりは星が二回戦の勝者として相応しい事を示す。これで勝敗の行方は審判長である映姫に委ねられる。寅丸星は毅然とした態度の裏で歯を噛みしめている。物部布都は目を強く瞑り確信のない、自らの勝利宣告を願う。
「四季様……四季映姫・ヤマザナドゥ。……寅丸星」
 布都の表情が変わる中、星の勝ちを予感していた観客達が不安を掻き消すように歓声を上げる。
「よって判定により、勝者、寅丸星!」
 映姫の宣言にマミゾウと白蓮は安堵する。対する廊下にいた神子は一切の表情を変えなかった。布都は呆けたような表情で考えを巡らせる。やはり防御結界がいけなかったのか。星に対し恐れを見せてしまったのが一つの原因となったのか。思考しながら立ちすくむ中、目の前に手の平が差し出される。顔を上げると、そこには星がいた。
「良い戦いでした」
「…………。……うむ」
 素っ気なく応え握手を交わす両者を見据える中で比那名居天子は溜息を吐いて紫に話しかける。
「捻くれてるわねぇ。何をどう見たら寅妖怪よりあの人間が勝者だと思うのよ」
「細かい評価は閻魔様が下してくれるから、私は『三回戦を戦う姿が見たい方』に投票しただけの事。物部布都はあらゆる要素を駆使して戦ったわ」
「あぁ、こんな弾幕禁止ルールであんな変則的な飛び道具を使ってたわね」
「それもあるわね。しかし何より、あの子は今までの試合の中で唯一、時間という概念も利用して戦っていた。限られた時間で自身を強化し、そのままでは簡単に討たれたであろう寅丸星に対し真っ向から戦える力を得て。敗因があるとすれば、それは己しか見ていなかった事。自身を強くし相手を弱体化させるだけで、寅丸星の執念、圧力を考慮することを失念していた。己だけで相手を知る事を失していては、勝率は当然半分になってしまう。まぁ、もちろんそれを正面から打ち砕いた寅丸星を評価することも忘れてはいけないけど」
 寅丸星は既に闘技場を後にし、選手入場口の廊下で白蓮やマミゾウと相対していた。
「おかえりなさい」
「はい……」
 傷だらけではあるものの紛う事なく勝者である寅丸星を白蓮は優しく出迎え、マミゾウも頷く。
「八雲紫はああいっとるがお前さんが勝者なのは誰もが認めとったよ。仮にあそこで時間切れになってなかったらお前さんの爪が――」
 マミゾウが喋る最中、星は力尽きたように突如片膝を着いた。
「星……」
「はは……勝者として……情けないですね」
「いえ、あなたはよく戦ったわ」
 白蓮は星の前で背を向け腰を落とし、星を背負えるような体勢になった。
「聖……。いや、そんな、聖の手を煩わせる程では……」
「いいから乗りなさい。これから三回戦を戦わなければならない義務があるのだから、きちんと体力を回復させないと」
「……申し訳ありません」
 星を背負う白蓮という、体躯がさほど変わらない比較的長身の二人を見て、マミゾウは小さく笑いつつ先導を行く。
「医務室ならゆっくり休めるじゃろう」
「……脱落者でなくとも受け入れてくれるでしょうか?」
「何を言っておる。こちとら三回戦に進む者じゃぞ。八雲紫だって、山の神と毘沙門天が万全の状態で三回戦を行う事を望んでるはずじゃ」
「……心強いです」
「褒めるなら、そいつを褒めるんじゃな」
 三人の命連寺勢が二回戦に残り、最初に勝ち名乗りを上げた星と共に白蓮とマミゾウはその場を後にした。

 対する通路では。布都は神子の腰回りにしがみついていた。打ち砕かれた心と悔しさで戻り、よくやった、と言う神子の言葉に耐えきれず布都は我慢することなく泣いていた。
「やれやれ」
 呆れたような言葉を発し背を向けている屠自古でさえ、俯き、歯を食いしばり、応援をしていた空も布都の様子に言葉を出せなかった。
「ばれ……われは……やづに勝ちだかっだ……! 道教の……たいじ様のために……! みっともなくとも……ずるくても……勝ちたかった……!」
「大丈夫ですよ布都。その悔しさを忘れない限り。周りが反対しようと貫き通す意志と、寅に睨まれようと折れないその心がある限り。あなたはまだまだ強くなれます。だから今は涙を拭いて」
 何が起ころうと、どんな魑魅魍魎が並んでいようと頂点には一人しか残れない。その厳しさは誰もが理解している。自らの相手がどんな化物であっても、相手を変える事は許されず死力を尽くすしかない。負ければどう強がろうと、きっと後悔は残る。しかしだからこそ、次こそは、と強くなることができるだろう。
 次の相手が化物である事など重々承知している。それでも、彼女――二回戦第三試合を戦う少名針妙丸は己を奮い立たせ、闘技場へ向かって行く。



コメント



1.名前が無い程度の能力削除
「道具使用のレーザーは同時出現一本まで。形状も『ある程度』変な物でもOK」
大会規則の事考えるとやっぱり寅丸さん絡みで何か事件が起きそうな気がするな……
2.非現実世界に棲む者削除
白熱しました。あらゆる策を講じた布都に努力賞をあげたいです。
3.名前が無い程度の能力削除
あの、毎回神霊廟勢力が負けてる気がするんですけど。あまりないがしろにしないでもらえませんかね、不愉快です
4.名前が無い程度の能力削除
策に嵌めた上で真正面から打ち崩されるのだから妖獣の地力侮り難し。一回戦はアホの子相手に搦め手が功を奏したが、やっぱり魔術師系は制限有るガチ勝負辛いね。
・・・でも次試合は 「絶望しかない」 ・・・気がする 頑張れ!針妙丸!
5.名前が無い程度の能力削除
こういう事言うのもアレだが、廟好きとしては納得いかんのよなあ。
せめてもう一人くらい寺組を潰しt…
まあ、今回のはめっちゃ楽しかったけどね めっちゃ熱かったけどね!