「早苗さん。いつもぬえと響子の面倒を見てもらって悪いわね」
「ああ、いえいえ」
本日、命蓮寺に来客が一人。
山の上の神社の巫女、東風谷早苗である。
彼女の、テーブルを挟んで正面と隣には幽谷響子と封獣ぬえが座って、一心不乱に、手に持ったおもちゃで遊んでいる光景がある。
ガラスのはまった筐体にいくつものボタンがついたおもちゃであり、早苗が言うに『げぇむ機』というものであるらしい。
「これを与えておけば静かなものですから」
「あはは。確かに」
そこにやってきたのは村紗水蜜である。
彼女は、手に持ったお盆からお茶を三つとお菓子を三つ、テーブルの上に置いた。
普段ならすぐにお菓子に飛びつく子供二人は、今、手元の『げぇむ機』に熱中していて、それに気づいていないようだ。
「もう少しで聖の説法も終わるので。
待たせてごめんなさい」
「いえ、構いません」
今日、早苗がここに来たのは、この寺の住職である聖白蓮と何やら交流を行うのが目的であるということだった。
その『交流』というのが宗教間のそれなのか、はたまた人間としての交流なのか、そこまでは村紗も知らないのだが。
「二人とも、それ、面白い?」
「面白い!」
「面白いですぅ!」
「ふーん」
何をどうしたらどうなるかがさっぱりわからない謎のおもちゃ。
一度、手を出してみたいと思う反面、どうにも抵抗がある。
わたしも年を取ったもんだ、と村紗は苦笑した。
「この頃、どう? 神社の方」
「相変わらずです。マミゾウさん風に言うなら『ぼちぼち』ですね。
こちらは?」
「普段は閑古鳥」
「そうなんですか」
「妖怪ばかりの寺に好き好んで集まる人間が、そう多いわけもないし。
妖怪にとっても『仏さまって何?』だからね」
そんな感じで世間話をする二人。
そうこうしていると、ぬえの方が『やった! クリアした!』と歓声を上げた。
「ねぇ、早苗! 別のゲームないの!?」
「ありますよ。どれがいいですか?」
と、早苗がたくさんの、小さな板のようなものをポケットから出してくる。
よくわからない絵が表面に描かれた板を、ぬえは『う~ん』とうなった後、『これ!』と選び出す。
すると早苗は、ぬえが持っている『げぇむ機』を取り上げると、その後ろから、それらと同じ板を抜き出した。
「よっし!」
ぬえは、手に持ったその板を、『げぇむ機』の後ろに取り付ける。
そして電源を入れると、『げぇむ機』に、それまでとは違う画面が映った。
「響子も終わったですぅ!
早苗さん、次のソフトくださーい!」
「いいですよ」
「何それ?」
「何だ、村紗。知らないの? 遅れてるー。
これね、後ろのこの部分に、『ソフト』を挿すと、色んなゲームが出来る道具なんだよ」
「……そふと?」
ソフト……つまり、『やわらかい』?
目の前にある板は、手に持ってみてもわかるが、堅い。とてもじゃないが、やわらかくなんてない。
不思議なものだが、これはつまりそういうものであるらしい。
「それに飽きたら、まだまだ別のゲーム機、たくさんありますからね」
「『げぇむ機』って、色んなのがあるの?」
「ありますよ。
ただ、わたくし、自称、ゲーマーなのですが。ゲームの歴史は深くて長いので、やはり最初から入っていくのがいいと思うんです。
ボーイからカラー、アドバンスは当然として、ギアやポケット、SにP、V。もちろんスワンやバーチャルも持ってます」
「……そ、そう」
何やら、この『げぇむ機』とやらには、色々不可解なものがあるらしい。
早苗は『飽きたら言ってくださいね』とぬえと響子に言うのだが、この二人がこれに飽きて、別の『げぇむ機』に手を出すのは、まだまだ先になりそうだ。
「そういえば」
そんな感じで時間は過ぎて、また早苗がぬえに声をかける。
「ぬえちゃんって、人間に退治されたんですよね?」
「そうだよ。ずっと昔にね。
あの頃の人間は強かったなぁ」
「まぁ、そうよね。今の時代と比較して、武器も術も、すごく発達していたし」
自分も『人に害をなす』妖怪であった村紗が、何やらしみじみとした口調で言った。
彼女は彼女で、自分の過去を思い出しているのかもしれない。
「それって、やっぱり、あれですか?
穴に落とされて?」
何か突飛なことを、早苗が言い出した。
村紗が『いやいや、何言ってるの、早苗さん。ぬえは矢で撃たれたんですよ』といおうとしたところで、
「そうなんだよ」
――ぬえがそれを肯定した。
しばし、村紗は沈黙する。
「あいつら、妙に穴掘るのうまくてさ。
掘ったら埋めるのもものすごく早いし」
「ですよねー」
「わたしも、何度も穴に落とされて、『やばい!』って時に仲間に助けてもらったもんだよ」
「ははぁ」
「検非違使って怖いよね」
「……け、けびいし?」
いやちょっと待て。ぬえ、それなんか違わないか。
村紗はそれを言おうとするのだが、ぬえが、妙に遠い眼差しで『げぇむ機』を見ているのが気になって、言い出せなかった。
何となく、過去に思いを馳せているような、そんな風に見えなくもないからだ。
「何回やっつけても何度も何度も出てくるし」
「やっぱりそうなんですね」
「もうこっちも飽き飽き、へとへとになってさ。
ちょっと油断した時に埋められちゃったんだよ」
「大変だったんですね」
「けど、まぁ、おかげで今の時代に復活できてるんだけどね」
だから、それがよかったのか悪かったかはわからない、とぬえは言う。
何が何だかわからない、と村紗は言いたくなった。
言いたくなったのだが、何といえばいいかわからなかった。
その場の空気というか雰囲気に、彼女はついていけていなかった。
「お待たせしました、早苗さん」
「ああ、白蓮さん」
「では、お部屋を変えて。
よろしいでしょうか?」
「はい。
ぬえちゃん、響子ちゃん。ソフト置いていくから、飽きたら好きなものをプレイしていてね」
「はーい!」
「やったー!」
「村紗さん。それじゃ」
早苗は立ち上がると、ふすまを開けて現れた白蓮と一緒に、部屋を辞した。
子供二人が、また『げぇむ機』に集中する時間がやってくる。
特徴的な電子音が響き渡る中、村紗はぬえを見て、尋ねた。
「……どういうこと?」
「そういうこと」
ぬえは特に興味も感慨も持たず、さらりと答えてくる。
村紗は微妙に動揺しながら視線を逸らし、ふと、テーブルの上に並ぶ、早苗が置いていった『そふと』を見た。
その中の一つに、こう書いてある。
『平安京エイリアン』
「ああ、いえいえ」
本日、命蓮寺に来客が一人。
山の上の神社の巫女、東風谷早苗である。
彼女の、テーブルを挟んで正面と隣には幽谷響子と封獣ぬえが座って、一心不乱に、手に持ったおもちゃで遊んでいる光景がある。
ガラスのはまった筐体にいくつものボタンがついたおもちゃであり、早苗が言うに『げぇむ機』というものであるらしい。
「これを与えておけば静かなものですから」
「あはは。確かに」
そこにやってきたのは村紗水蜜である。
彼女は、手に持ったお盆からお茶を三つとお菓子を三つ、テーブルの上に置いた。
普段ならすぐにお菓子に飛びつく子供二人は、今、手元の『げぇむ機』に熱中していて、それに気づいていないようだ。
「もう少しで聖の説法も終わるので。
待たせてごめんなさい」
「いえ、構いません」
今日、早苗がここに来たのは、この寺の住職である聖白蓮と何やら交流を行うのが目的であるということだった。
その『交流』というのが宗教間のそれなのか、はたまた人間としての交流なのか、そこまでは村紗も知らないのだが。
「二人とも、それ、面白い?」
「面白い!」
「面白いですぅ!」
「ふーん」
何をどうしたらどうなるかがさっぱりわからない謎のおもちゃ。
一度、手を出してみたいと思う反面、どうにも抵抗がある。
わたしも年を取ったもんだ、と村紗は苦笑した。
「この頃、どう? 神社の方」
「相変わらずです。マミゾウさん風に言うなら『ぼちぼち』ですね。
こちらは?」
「普段は閑古鳥」
「そうなんですか」
「妖怪ばかりの寺に好き好んで集まる人間が、そう多いわけもないし。
妖怪にとっても『仏さまって何?』だからね」
そんな感じで世間話をする二人。
そうこうしていると、ぬえの方が『やった! クリアした!』と歓声を上げた。
「ねぇ、早苗! 別のゲームないの!?」
「ありますよ。どれがいいですか?」
と、早苗がたくさんの、小さな板のようなものをポケットから出してくる。
よくわからない絵が表面に描かれた板を、ぬえは『う~ん』とうなった後、『これ!』と選び出す。
すると早苗は、ぬえが持っている『げぇむ機』を取り上げると、その後ろから、それらと同じ板を抜き出した。
「よっし!」
ぬえは、手に持ったその板を、『げぇむ機』の後ろに取り付ける。
そして電源を入れると、『げぇむ機』に、それまでとは違う画面が映った。
「響子も終わったですぅ!
早苗さん、次のソフトくださーい!」
「いいですよ」
「何それ?」
「何だ、村紗。知らないの? 遅れてるー。
これね、後ろのこの部分に、『ソフト』を挿すと、色んなゲームが出来る道具なんだよ」
「……そふと?」
ソフト……つまり、『やわらかい』?
目の前にある板は、手に持ってみてもわかるが、堅い。とてもじゃないが、やわらかくなんてない。
不思議なものだが、これはつまりそういうものであるらしい。
「それに飽きたら、まだまだ別のゲーム機、たくさんありますからね」
「『げぇむ機』って、色んなのがあるの?」
「ありますよ。
ただ、わたくし、自称、ゲーマーなのですが。ゲームの歴史は深くて長いので、やはり最初から入っていくのがいいと思うんです。
ボーイからカラー、アドバンスは当然として、ギアやポケット、SにP、V。もちろんスワンやバーチャルも持ってます」
「……そ、そう」
何やら、この『げぇむ機』とやらには、色々不可解なものがあるらしい。
早苗は『飽きたら言ってくださいね』とぬえと響子に言うのだが、この二人がこれに飽きて、別の『げぇむ機』に手を出すのは、まだまだ先になりそうだ。
「そういえば」
そんな感じで時間は過ぎて、また早苗がぬえに声をかける。
「ぬえちゃんって、人間に退治されたんですよね?」
「そうだよ。ずっと昔にね。
あの頃の人間は強かったなぁ」
「まぁ、そうよね。今の時代と比較して、武器も術も、すごく発達していたし」
自分も『人に害をなす』妖怪であった村紗が、何やらしみじみとした口調で言った。
彼女は彼女で、自分の過去を思い出しているのかもしれない。
「それって、やっぱり、あれですか?
穴に落とされて?」
何か突飛なことを、早苗が言い出した。
村紗が『いやいや、何言ってるの、早苗さん。ぬえは矢で撃たれたんですよ』といおうとしたところで、
「そうなんだよ」
――ぬえがそれを肯定した。
しばし、村紗は沈黙する。
「あいつら、妙に穴掘るのうまくてさ。
掘ったら埋めるのもものすごく早いし」
「ですよねー」
「わたしも、何度も穴に落とされて、『やばい!』って時に仲間に助けてもらったもんだよ」
「ははぁ」
「検非違使って怖いよね」
「……け、けびいし?」
いやちょっと待て。ぬえ、それなんか違わないか。
村紗はそれを言おうとするのだが、ぬえが、妙に遠い眼差しで『げぇむ機』を見ているのが気になって、言い出せなかった。
何となく、過去に思いを馳せているような、そんな風に見えなくもないからだ。
「何回やっつけても何度も何度も出てくるし」
「やっぱりそうなんですね」
「もうこっちも飽き飽き、へとへとになってさ。
ちょっと油断した時に埋められちゃったんだよ」
「大変だったんですね」
「けど、まぁ、おかげで今の時代に復活できてるんだけどね」
だから、それがよかったのか悪かったかはわからない、とぬえは言う。
何が何だかわからない、と村紗は言いたくなった。
言いたくなったのだが、何といえばいいかわからなかった。
その場の空気というか雰囲気に、彼女はついていけていなかった。
「お待たせしました、早苗さん」
「ああ、白蓮さん」
「では、お部屋を変えて。
よろしいでしょうか?」
「はい。
ぬえちゃん、響子ちゃん。ソフト置いていくから、飽きたら好きなものをプレイしていてね」
「はーい!」
「やったー!」
「村紗さん。それじゃ」
早苗は立ち上がると、ふすまを開けて現れた白蓮と一緒に、部屋を辞した。
子供二人が、また『げぇむ機』に集中する時間がやってくる。
特徴的な電子音が響き渡る中、村紗はぬえを見て、尋ねた。
「……どういうこと?」
「そういうこと」
ぬえは特に興味も感慨も持たず、さらりと答えてくる。
村紗は微妙に動揺しながら視線を逸らし、ふと、テーブルの上に並ぶ、早苗が置いていった『そふと』を見た。
その中の一つに、こう書いてある。
『平安京エイリアン』