「茨華仙さま、此度の一件、お疲れ様でございました」
「あなた、どこでその話を」
「布都ちゃんに聞きました。神子ちゃんは、何やら面白くなさそうにしていたので聞くのはためらわれましたが」
ふむ、とうなずいてお団子もぐもぐ頬張るのは茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃん。
その隣には、お茶をたしなむ青の邪仙、霍青娥の姿。
「まあ、今回の一件と言いますか、オチに関しては、あまり看過できぬものもありますが」
「しかしながら、そういうオチがよくあるのも、この幻想郷ではよくあることでございます。
そうでなくては、世の中ひっくり返すような大事を起こした輩が、大手を振って通りを歩くなどということは出来ぬものでしょう?」
「まあ、確かにそれはその通りなんですが」
変な意味で寛容というか、おおらかというか。
それがこの世界と、この世界に住んでいるものたちの気質と言ってしまえばそれまでである。
こういうところがあるから、世の中には騒動の種が尽きぬと同時、何やら色んなものが内から外からあふれてくるものなのかもしれない。
「とはいえ、仙人である華扇さまが動かなくてはならぬほどの一件と考えれば、なるほど、おおごとだったのもわかります」
「基本、私達は世捨て人。世の中には干渉しませんから」
「それって、早い話、『他人任せ』ととらえることも出来ますね」
「それはそれ、これはこれ」
全く便利な言葉もあったものだ。
言葉に費やせば長くなりそうなものも、たった一つで、この言葉はまとめてくれる。
それを『説明拒否』と言ってしまえばそれまでなのだが。
「ですが、何事もなく終わってよかったよかった、と。
言ってしまえばよろしいでしょうか?」
「いいのではないでしょうか」
「華扇さまも大変ですね」
「全くです」
ふぅ、と肩をすくめる華扇。
彼女はお団子食べ終わると、お金を置いて立ち上がった。
その後を、なぜか青娥がついてくる。
「何か用事ですか?」
「いえ。お買い物の続きです」
「そうですか」
人通りの多い表通りには、たくさんの店が軒を連ねている。
この中を歩いていく彼女の後ろを誰かがついて歩こうとも、それは文句の言えないことである。
「今夜は何を作りましょうか」
「ちゃんと、栄養のバランスを考えて作ってあげてくださいね」
「それはもちろんです。
わたくしは、好き嫌いする子は許しません。
ちゃんと、美味しく、おなか一杯、残さずご飯を食べられる子が一番です」
しかし、嫌いなものも無理強いするのではなく、『嫌いなものもきちんと食べられる』ようにして食卓に並べてあげるのは自分の義務だという。
そういう姿勢は、実に好感が持てる。華扇もそこは否定せず、『そうですね』とうなずいて、
「さて、と――」
そろそろ帰るか、とその場から足早に離れようとする。
――と、
「ん?」
ちょんちょん、と右手がつつかれた。
何かと振り返ると、そこには先日の一件で、オカルト背中に背負って辺りをうろうろしていた妖怪の姿がある。
「ねぇ、アタシ、キレイ?」
「まだ続けているのですか?」
「驚いてくれた人がいたから」
秦こころという妖怪である。
彼女は、表情のない、掴みどころがない……というか、何となく間抜けで愛嬌のある顔を華扇に見せている。
「別に、あなたは人を脅かすことが信条の妖怪ではないでしょう」
「あ、そういえば」
そういう、自分の根本に近いところのことすら忘れて、ぽん、と手を打つこころである。
この彼女は間抜けなのか阿呆なのか、それとも単に、ちょっと間の抜けたおちゃめさんなのか、いまいちわからない。
こういう妖怪であるからして、その見た目のかわいらしさとあいまって――、
「あ、やべ」
即座に華扇は振り返った。
振り返りながら右手の拳を硬く握り締め、目の前の相手に向かって突き出す構えを取っていた。必殺、『ロケット華扇ちゃんパンチ』である。
しかし、
「まあ、こころちゃん」
「こんにちは」
その一撃は放たれることなく、ただ、拍子抜けする光景があった。
青娥はにこにこ笑いながら、こころへと近づいていく。
ここから彼女の見せる行動を65535通りほど考えて、その結論がいずれも『殴る』で終わる華扇。油断は解かず、すぐさま、音速で飛び出す『アトミック華扇ちゃんパンチ』の用意はすませたままで、その視線を青娥に向ける。
「こころちゃんは、少し間違っていますよ」
「え?」
『がーん!』という擬音が背後に見えるようなポーズで驚くこころ。
他人を驚かすはずが、なぜか自分が驚かされるという、幻想郷では稀によくある光景である。
「そう。違います。
よろしいですか? こころちゃんは、『綺麗』ではないのです」
「……そうなんですか」
傍目に見ても、しゅんとなってしまうこころ。
顔は変わらず、雰囲気と、その周りを飛び交う面だけが形を変えるのが奇妙な感じであるが、とりあえず、相当落ち込んでいるようではある。
「霍青娥、それはあまりにも……」
と、横から口を挟もうとする華扇。
「こころちゃんのような子は、『綺麗』ではなく『可愛い』というのです」
「かわいい?」
首をかしげて青娥を見上げて、こころが復活した。
よくわからない単語……というよりは雰囲気に興味が惹かれたのだろう。
それはどういう意味なのか、と尋ねるこころに青娥は答える。
「可愛いというのは、すなわち、こころちゃんのような子を言うのですよ」
「……?」
全く説明になっていない。
しかし、青娥の顔は、『全ての証明を、今、私は終えた』といわんばかりに充実していた。
たった一つの文章で、世の中の全ての疑問を氷解させる、まさにぱーへくつな答えを出したといわんばかりであった。
こころは理解が出来てないらしく、頭の上にいくつもの『?』を浮かべながら首をかしげている。
「では、試してみましょう」
「試す?」
「そう。
先ほどのセリフを『可愛い』に変えて、ポーズはこんな感じで、あの辺りに向かって言ってみてください」
何やら演技指導が入った。
華扇は、次の瞬間、人里に、先の異変など相手にもならぬほどの異変が起きるのを感じ取った。
やめさせるべき――それを判断し、だが、次の一撃はためらわれる。
こころの後頭部めがけて『ドリルプレッシャー華扇ちゃんパンチ』を放つのは簡単だ。
しかし、彼女は『悪くない』のである。本当に、今、打ち倒すべきはその隣の青娥である。
だが、青娥を倒したところで何も意味はない。何も変わらない。今また幻想郷に、再び、大きな異変が起きる。
どうするべきか――それを迷った、わずか一瞬が、幻想郷の秩序が崩壊する引き金を引くことととなる。
「……わたし、かわいい?」
足下は内股に、少し体をくねらせて、右手は口元に、左手は前に。
もじもじとした空気を演出させ、頬は少し赤らめて上目遣い。
声のトーンを少し上げて、はにかみモードを表現する。
その仕草は、まさに完璧であった。
――今、幻想郷に、異変が起きる――
「かわいい!」
「かわいいぞ!」
「死ぬほどかわいいわ!」
「かわいすぎる!」
「こころちゃんのかわいさで幻想郷がやばい!」
「かわいすぎて俺が死ぬ!」
「ならば俺も貴様の後を追おう!」
「ならば共に逝こうぞ、兄弟!!」
幻想郷の人里に集う紳士淑女たち。その数がどれほどのものかを華扇は知らない。彼らは普段、普通の人々と見分けがつかないからだ。
だから、今、この場を歩いている奴ら全員がそれに属するなんてこと想像もしてなかった。
していたら、即座に『スクリュークラッシャー華扇ちゃんパンチ』で奴らの側頭部まとめて薙ぎ払っていた。
「さあ、皆さん、もっと正しい『こころちゃんかわいい』コールを! はい!」
『こころちゃん、かわいい!』『こころちゃん、超かわいい!』『こころちゃん、最高にかわいい!』
青娥が音頭を取り、混乱と騒ぎを広めていく。全力で。
邪悪なる仙人――故に、邪仙。
しかし、彼女自身は、己を邪悪とは考えていないだろう。此の世で最も邪悪なものは、己を邪悪と考えず、ただ己の『善意』のみで行動する輩であるからだ。
「うわ、すごい。みんな、何かすごく驚いてる」
こころはその現状にいたく満足し、彼ら彼女らの前で、見につけたあのポーズとあの声音で『わたし、かわいい?』を繰り返している。
――人が、逝った。
少女への愛をほとばしらせて、幻想郷の空を赤く染めた漢たち。
人里が熱と血に染まる。
このままではまずい。誰かがこれを止めないといけない。
しかし、誰が? 一体、誰が、これをどうにかすることが出来るというのか。
華扇は悟る。
自分には、無理だ、と。
もはやこの異変は己の手に余る。どうすることも出来ない。何かをしても、何にもならない。
「そう、そうです! こころちゃんはかわいい! これはもう、幻想郷の、永遠普遍の真理!
少女はかわいい! かわいいは少女! 全てのかわいらしい少女に、幻想郷の、無限の幸よあれ!」
何か青娥がテンションマックスモードに突入して、辺りの連中を誰彼かまわずアジりまくっていた。
華扇は、しかし、諦める前に、己に出来るただ一つのことを達成すべく、右手を持ち上げた。
ゆっくりと指を折り、拳を握り締める。
両足でしっかりと地面を踏みしめ、構えた拳に己の全てを乗せて――放つ!
「ターボスマッシャー華扇ちゃんパァァァァァァァァンチッ!!」
「なぁ、霊夢」
「どうしたの? 魔理沙」
「何か人里の一角が抉れたようになって吹き飛ばされる事件が起きたらしい」
「マジで?」
その日の夕方、博麗神社へとやってきた白黒魔法使いが差し出す鴉の新聞には、確かにそのような記事が掲載されていた。
巨大に抉り取られた人里の一角。
『何が起きたのか。これはまさか、異変では?』
そう締めくくられる記事を見て、彼女は首をかしげた後、
「……何なのかしら」
「何だ。いつもの勘は働かないのか」
「うん。これっぽっちも」
この神社の主である巫女は、そう言って、新聞を魔法使いへと返した。
ちょうどその時である。
神社の石段を登って、境内へと、こころが現れた。
彼女は二人の姿を認めると、小走りに近寄ってきて、尋ねる。
「ねぇねぇ、わたし、可愛い?」
「かわいいんじゃない?」
「まぁ、かわいいな」
「わーい」
そんな風に、今日も一日、博麗神社の日は暮れていくのだった。
「あなた、どこでその話を」
「布都ちゃんに聞きました。神子ちゃんは、何やら面白くなさそうにしていたので聞くのはためらわれましたが」
ふむ、とうなずいてお団子もぐもぐ頬張るのは茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃん。
その隣には、お茶をたしなむ青の邪仙、霍青娥の姿。
「まあ、今回の一件と言いますか、オチに関しては、あまり看過できぬものもありますが」
「しかしながら、そういうオチがよくあるのも、この幻想郷ではよくあることでございます。
そうでなくては、世の中ひっくり返すような大事を起こした輩が、大手を振って通りを歩くなどということは出来ぬものでしょう?」
「まあ、確かにそれはその通りなんですが」
変な意味で寛容というか、おおらかというか。
それがこの世界と、この世界に住んでいるものたちの気質と言ってしまえばそれまでである。
こういうところがあるから、世の中には騒動の種が尽きぬと同時、何やら色んなものが内から外からあふれてくるものなのかもしれない。
「とはいえ、仙人である華扇さまが動かなくてはならぬほどの一件と考えれば、なるほど、おおごとだったのもわかります」
「基本、私達は世捨て人。世の中には干渉しませんから」
「それって、早い話、『他人任せ』ととらえることも出来ますね」
「それはそれ、これはこれ」
全く便利な言葉もあったものだ。
言葉に費やせば長くなりそうなものも、たった一つで、この言葉はまとめてくれる。
それを『説明拒否』と言ってしまえばそれまでなのだが。
「ですが、何事もなく終わってよかったよかった、と。
言ってしまえばよろしいでしょうか?」
「いいのではないでしょうか」
「華扇さまも大変ですね」
「全くです」
ふぅ、と肩をすくめる華扇。
彼女はお団子食べ終わると、お金を置いて立ち上がった。
その後を、なぜか青娥がついてくる。
「何か用事ですか?」
「いえ。お買い物の続きです」
「そうですか」
人通りの多い表通りには、たくさんの店が軒を連ねている。
この中を歩いていく彼女の後ろを誰かがついて歩こうとも、それは文句の言えないことである。
「今夜は何を作りましょうか」
「ちゃんと、栄養のバランスを考えて作ってあげてくださいね」
「それはもちろんです。
わたくしは、好き嫌いする子は許しません。
ちゃんと、美味しく、おなか一杯、残さずご飯を食べられる子が一番です」
しかし、嫌いなものも無理強いするのではなく、『嫌いなものもきちんと食べられる』ようにして食卓に並べてあげるのは自分の義務だという。
そういう姿勢は、実に好感が持てる。華扇もそこは否定せず、『そうですね』とうなずいて、
「さて、と――」
そろそろ帰るか、とその場から足早に離れようとする。
――と、
「ん?」
ちょんちょん、と右手がつつかれた。
何かと振り返ると、そこには先日の一件で、オカルト背中に背負って辺りをうろうろしていた妖怪の姿がある。
「ねぇ、アタシ、キレイ?」
「まだ続けているのですか?」
「驚いてくれた人がいたから」
秦こころという妖怪である。
彼女は、表情のない、掴みどころがない……というか、何となく間抜けで愛嬌のある顔を華扇に見せている。
「別に、あなたは人を脅かすことが信条の妖怪ではないでしょう」
「あ、そういえば」
そういう、自分の根本に近いところのことすら忘れて、ぽん、と手を打つこころである。
この彼女は間抜けなのか阿呆なのか、それとも単に、ちょっと間の抜けたおちゃめさんなのか、いまいちわからない。
こういう妖怪であるからして、その見た目のかわいらしさとあいまって――、
「あ、やべ」
即座に華扇は振り返った。
振り返りながら右手の拳を硬く握り締め、目の前の相手に向かって突き出す構えを取っていた。必殺、『ロケット華扇ちゃんパンチ』である。
しかし、
「まあ、こころちゃん」
「こんにちは」
その一撃は放たれることなく、ただ、拍子抜けする光景があった。
青娥はにこにこ笑いながら、こころへと近づいていく。
ここから彼女の見せる行動を65535通りほど考えて、その結論がいずれも『殴る』で終わる華扇。油断は解かず、すぐさま、音速で飛び出す『アトミック華扇ちゃんパンチ』の用意はすませたままで、その視線を青娥に向ける。
「こころちゃんは、少し間違っていますよ」
「え?」
『がーん!』という擬音が背後に見えるようなポーズで驚くこころ。
他人を驚かすはずが、なぜか自分が驚かされるという、幻想郷では稀によくある光景である。
「そう。違います。
よろしいですか? こころちゃんは、『綺麗』ではないのです」
「……そうなんですか」
傍目に見ても、しゅんとなってしまうこころ。
顔は変わらず、雰囲気と、その周りを飛び交う面だけが形を変えるのが奇妙な感じであるが、とりあえず、相当落ち込んでいるようではある。
「霍青娥、それはあまりにも……」
と、横から口を挟もうとする華扇。
「こころちゃんのような子は、『綺麗』ではなく『可愛い』というのです」
「かわいい?」
首をかしげて青娥を見上げて、こころが復活した。
よくわからない単語……というよりは雰囲気に興味が惹かれたのだろう。
それはどういう意味なのか、と尋ねるこころに青娥は答える。
「可愛いというのは、すなわち、こころちゃんのような子を言うのですよ」
「……?」
全く説明になっていない。
しかし、青娥の顔は、『全ての証明を、今、私は終えた』といわんばかりに充実していた。
たった一つの文章で、世の中の全ての疑問を氷解させる、まさにぱーへくつな答えを出したといわんばかりであった。
こころは理解が出来てないらしく、頭の上にいくつもの『?』を浮かべながら首をかしげている。
「では、試してみましょう」
「試す?」
「そう。
先ほどのセリフを『可愛い』に変えて、ポーズはこんな感じで、あの辺りに向かって言ってみてください」
何やら演技指導が入った。
華扇は、次の瞬間、人里に、先の異変など相手にもならぬほどの異変が起きるのを感じ取った。
やめさせるべき――それを判断し、だが、次の一撃はためらわれる。
こころの後頭部めがけて『ドリルプレッシャー華扇ちゃんパンチ』を放つのは簡単だ。
しかし、彼女は『悪くない』のである。本当に、今、打ち倒すべきはその隣の青娥である。
だが、青娥を倒したところで何も意味はない。何も変わらない。今また幻想郷に、再び、大きな異変が起きる。
どうするべきか――それを迷った、わずか一瞬が、幻想郷の秩序が崩壊する引き金を引くことととなる。
「……わたし、かわいい?」
足下は内股に、少し体をくねらせて、右手は口元に、左手は前に。
もじもじとした空気を演出させ、頬は少し赤らめて上目遣い。
声のトーンを少し上げて、はにかみモードを表現する。
その仕草は、まさに完璧であった。
――今、幻想郷に、異変が起きる――
「かわいい!」
「かわいいぞ!」
「死ぬほどかわいいわ!」
「かわいすぎる!」
「こころちゃんのかわいさで幻想郷がやばい!」
「かわいすぎて俺が死ぬ!」
「ならば俺も貴様の後を追おう!」
「ならば共に逝こうぞ、兄弟!!」
幻想郷の人里に集う紳士淑女たち。その数がどれほどのものかを華扇は知らない。彼らは普段、普通の人々と見分けがつかないからだ。
だから、今、この場を歩いている奴ら全員がそれに属するなんてこと想像もしてなかった。
していたら、即座に『スクリュークラッシャー華扇ちゃんパンチ』で奴らの側頭部まとめて薙ぎ払っていた。
「さあ、皆さん、もっと正しい『こころちゃんかわいい』コールを! はい!」
『こころちゃん、かわいい!』『こころちゃん、超かわいい!』『こころちゃん、最高にかわいい!』
青娥が音頭を取り、混乱と騒ぎを広めていく。全力で。
邪悪なる仙人――故に、邪仙。
しかし、彼女自身は、己を邪悪とは考えていないだろう。此の世で最も邪悪なものは、己を邪悪と考えず、ただ己の『善意』のみで行動する輩であるからだ。
「うわ、すごい。みんな、何かすごく驚いてる」
こころはその現状にいたく満足し、彼ら彼女らの前で、見につけたあのポーズとあの声音で『わたし、かわいい?』を繰り返している。
――人が、逝った。
少女への愛をほとばしらせて、幻想郷の空を赤く染めた漢たち。
人里が熱と血に染まる。
このままではまずい。誰かがこれを止めないといけない。
しかし、誰が? 一体、誰が、これをどうにかすることが出来るというのか。
華扇は悟る。
自分には、無理だ、と。
もはやこの異変は己の手に余る。どうすることも出来ない。何かをしても、何にもならない。
「そう、そうです! こころちゃんはかわいい! これはもう、幻想郷の、永遠普遍の真理!
少女はかわいい! かわいいは少女! 全てのかわいらしい少女に、幻想郷の、無限の幸よあれ!」
何か青娥がテンションマックスモードに突入して、辺りの連中を誰彼かまわずアジりまくっていた。
華扇は、しかし、諦める前に、己に出来るただ一つのことを達成すべく、右手を持ち上げた。
ゆっくりと指を折り、拳を握り締める。
両足でしっかりと地面を踏みしめ、構えた拳に己の全てを乗せて――放つ!
「ターボスマッシャー華扇ちゃんパァァァァァァァァンチッ!!」
「なぁ、霊夢」
「どうしたの? 魔理沙」
「何か人里の一角が抉れたようになって吹き飛ばされる事件が起きたらしい」
「マジで?」
その日の夕方、博麗神社へとやってきた白黒魔法使いが差し出す鴉の新聞には、確かにそのような記事が掲載されていた。
巨大に抉り取られた人里の一角。
『何が起きたのか。これはまさか、異変では?』
そう締めくくられる記事を見て、彼女は首をかしげた後、
「……何なのかしら」
「何だ。いつもの勘は働かないのか」
「うん。これっぽっちも」
この神社の主である巫女は、そう言って、新聞を魔法使いへと返した。
ちょうどその時である。
神社の石段を登って、境内へと、こころが現れた。
彼女は二人の姿を認めると、小走りに近寄ってきて、尋ねる。
「ねぇねぇ、わたし、可愛い?」
「かわいいんじゃない?」
「まぁ、かわいいな」
「わーい」
そんな風に、今日も一日、博麗神社の日は暮れていくのだった。