「ごきげんよう、茨歌仙さま」
「どうしたんですか。また今日も唐突に」
「はい。実は折り入ってご相談が」
本日の、茨歌仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんのおやつはさくらもちとかしわもち。
かしわもちはともかくとして、桜の季節もとうに過ぎたというのにさくらもちなのは『冥界の桜はこれからが見ごろだから』という理由である。
何でも、ここ、幻想郷よりも冷涼な気候である冥界は桜が咲くのが少し遅いらしく、『冥界桜見物ツアー』が、それを理由に組まれるのだという。冥界の桜は色が薄く儚いイメージがまた美しく、大勢の人妖が、毎年、冥界に桜を見に来るのである。
もちろん、その状況に冥界の庭師は涙して場末の酒場でくだまいているとか何とかそれはさておき。
「実はですね」
と、人里の茶屋にてお茶と和菓子を楽しむ彼女の前にやってきた青の邪仙こと霍青娥。
華扇に『ともあれ、座って』と席を勧められ、『ありがとうございます』と腰を下ろしてから、
「このような」
……何だか分厚い、人間でも殴り殺せそうな本を取り出してくる。
「……これは一体」
さくらもちはこしあん。かしわもちはつぶあん。両方の食感と、使われている砂糖の違いから来る絶妙な味を堪能していた(なお、すでに三つ目である)華扇は、目を点にしてつぶやく。
「先日より、少しですが、金策というものを始めてみました」
「……はあ」
「元々、仙人の生活にお金は必要とされないものですが、やはり、人の世に溶け込んで生きる以上、先立つものは必要です」
「まあ、それはそうでしょうけど」
「それでなくとも、うちには食べ盛りの子達がいます。
子供には、いつだって、お腹一杯、美味しいものを食べさせてあげないといけません」
「それには同意しますけど」
「なので、少々」
それが、この『本』なのだという。
そしてその表紙を見て、華扇は得心する。
「……『株取引』?」
「はい。
昨今、過熱している、『幻想郷株式市場』での収益確立を目指しております」
「……え? そんなのあったの?」
「はい。
こちら、幻想郷株式市場の全銘柄が掲載されております経済新聞なのですが」
「……どこが発行してるんですか、こんなもの」
「何でも、その筋に詳しい天狗の方だそうです。
天狗の新聞は嘘ばかりのゴシップとして有名ですが、こと、この新聞に関してはかなりのものが。
かなり参考になる情報も多数ございまして、わたくしのような初心者にも、とてもわかりやすい内容となっております」
全12ページからなる『経済新聞』にはびっしりと、株式の銘柄と値段が書かれている。
それの中で、特に『目玉』となる銘柄には星マークがつけられており、その理由が客観的なデータと共に掲載され、さらに筆者の経済的な視点から来る『トレーダー情報』なども書かれていたりする。
「これを参考に、本も手に、最近、手を出してみたのです」
「……まあ、そういうのは人の好き好きですから、私は別に何も言いませんけれど。
そんな、昨日今日始めたようなものが、海千山千の輩とまともに勝負が出来るとは」
「株はゼロサムゲームではございませんし。
為替取引のほうが危険ですわ」
「そんなのもあんの!?」
「はい。
まあ、通貨ペアは魔界円と天界円しかございませんけれど」
「うわ本当だ」
「魔界円は安定している通貨ですが、魔界は農業立国ですので、天候などに景気と相場が非常に左右されます。時期によっては預金にもなりますし、危険にもなります。
一方、天界円は少々投機的な動きをする通貨ですので、一発目当てのギャンブル通貨として人気を集めておりますよ。
ですが、近年、これに関する金融的な法の縛りが少ないこともあって詐欺まがいの取引会社も出てきたことから、急遽、是非曲直庁を中心とした管理委員会が動いているという噂もございまして――」
初めて知った。
そんなこともやってんのかあの閻魔様、と思いつつ、青娥の示す『ここがそれですわね』という欄を見る。
確かに、そこには幻想郷の通貨と、対象となる二つの通貨との取引レートが書かれており、『天界円が大きな動き。一発を狙いたい方はチャンスを見てもいいかも?』などと書かれていた。
「わたくしは、そうしたギャンブルではなく、堅実に殖やす方向で。
資金の半分を紅魔館に、残り半分のうち、さらに半分を霧雨商会と月兎薬局に、残りを少しリスクの高い古明地リゾートと綿月運輸に入れております」
何か聞いたことある名前ばかりであった。
「……綿月運輸?」
「月面への軌道エレベーターを作って、物資と人の輸送をスムーズにする、という事業を手がけている、新興の運輸会社です」
幻想郷を覆っている結界ってのはどこいったんだか不明であるが、まぁ、世の中そんなもんである。
細かいことを気にしていたら、幻想郷では激しく毛が抜けるといわれるのは間違いではない。
「最初の頃はうまく動かすことが出来ませんでしたが、最近は徐々にですけど、資金が増えてきています」
「……そ、そうですか」
「そこで華扇さまにご相談を差し上げたいことなのですが」
「言っておきますが、私はそういうの、全く詳しくありませんよ」
「はい。
その点につきましてはご心配なく。お伺いしたいのは別のことです」
そういって、華扇の前に、青娥が取り出したのは、また別の本である。
それは、言ってみれば、カタログのようなものであった。
見ると『幻想通販』と書かれている。
「これらの中から適当なものを選んで……あと、お金をどうしようかと……」
「何がしたいのですか?」
「ああ、申し訳ございません。
わたくしが、このようなことに手を出しているのは、ひとえに子供たちのためでして」
「うわすっごいうさんくさい」
青娥の性癖を知っていれば、その言葉を口に出さずにはいられない発言であった。
しかしともあれ、話の続きを促す華扇。
「幻想郷、人里には寺子屋や、恵まれない子供たちを養う施設がございます。
こうしたところに金銭的な支援をしたいのです」
「なるほど」
実にわかりやすい『理由』であった。
そもそも、この青娥、金銭面で日々の生活に困るような人物ではない。どうやっているのか、『一家そろって、毎日暮らす』程度の収入は確保しているのだ。
にも拘わらず、お金にこだわる理由が、これだったのである。
「先日、慧音さまとお話をさせていただく機会がございまして、その際に、やはり金銭的なものに悩む子供や家族が多いと聞きました。
誰かがそれを支援する必要がある――そう思い立ったのがきっかけです」
「悪いことではないですね」
「はい。
ですが、やはり、恩着せがましく『どうぞ』などとするのはどうかと思いまして。
そこで可能な限り『わからないように』資金援助をする方法を探していたところ、山の上の巫女より『虎マスクさん支援なんていかがでしょう』といわれまして」
「それやめなさい今すぐ」
脳裏に浮かぶ緑色の頭したドヤ顔巫女。
ありゃダメだ。いや、色んな意味で頼りになることもあるのだが、足引っ張ることも多数ある。
今回のように、何かわけのわからんこと言い出したら警戒しなくてはいけない。イエローではなくレッドで。アラートがんがん鳴らさなくてはいけない。
「しかしながら、『正体を隠して贈り物をする』というのは悪くないアイディアだとは思いました。
誰からの『贈り物』かわからなければ、感謝のしようもございませんし」
「青娥。あなたは、受け取った相手がどのような気持ちになるか、まずはそれを考えましょう」
「……と、申されますと?」
「贈り物を受け取った相手は、当然、贈ってくれた相手に感謝するでしょう?
あなたは、それを、相手に迷惑をかけてしまうから、と控えめに避けようとしているのかもしれませんが、それでは困ることもあるのです。
贈ってくれた相手に、素直に感謝の意を表すのは、贈り物を受け取った相手の義務の一つです。
相手にその義務を果たす機会を奪ってしまうというのは、これは一つの迷惑でしょう。
第一、正体不明の相手から贈られた贈り物なんて、まず疑うものではありませんか?
知らない人からものをもらっちゃいけません、ついていっちゃいけません、なんていうのは当然のことです。
それよりは、誠心誠意、名前と正体を明かして、『どうぞお受け取りください』と、理由を告げて贈り物をするほうが、相手にとってはありがたく、そして何より、嬉しいもののはずですよ」
「……確かに」
整理して考えれば簡単な事実ではあるのだが、青娥は何やら真剣な表情でうなずいている。
なるべく前向きかつ好意的にその反応を解釈するのなら、相手のことを気遣うあまり、逆に相手に迷惑をかけていた事実に気づいた、ということか。
意味は少し異なるが、必要以上の謙遜は相手にとって無礼となるのと一緒である。
「……しかしながら、やはり、あまり大きな額を一度に渡すというのも」
「そんなに儲かってるんですか?」
「綿月運輸の軌道エレベーターがひとまずの成功を見せそうだという情報が市場に流れて、一気に買いが殺到したらしいのです。
おかげで、持っていた株が何倍にもなりまして」
「……あなた、地味に目がいいのね」
「月の技術は幻想郷一、というのが標語でしたので」
「何かそれ違う」
一体誰が先に立ってそんなことやってんのかはわからないが、とことん胡散臭い企業だなそれ、と華扇は思いつつも言葉に出すのはやめておいた。
何だかよくわからないが、『こういうことはばーっとやってどーんってなれば大丈夫なのよ』と笑っている姉と頭痛こらえている妹という構図が見えたからである。
「でしたら、そうですね。
現金ではなく、まずは、必要なものを贈ると言う形にしてはいかがでしょうか。
ほら、ちょうど、今の季節は子供たちが寺子屋に通い始める時期でしょう?
通学用の靴とかランドセルとか。お洋服なんかもいいですね」
「……なるほど」
「え?」
「さすがは華扇さま!」
何やら、青娥が立ち上がり、華扇の手をぎゅっと握り締めてくる。
目が輝いていた。ついでに勢いがやばかった。
そして、この光景に、華扇は思い当たるものがあった。
あ、やべぇ、と思ったときにはもう遅い。
「入学仕立ての、ぴかぴかの新一年生!
おめめを輝かせて、笑顔で顔を染めて! お友達と一緒に、毎日、楽しくお勉強へ!
これは確かにその通り!
そしてっ!」
華扇は拳を握り締めた。
青娥の次の言葉が放たれるより早く、それを振り上げようとした。
だが、遅い。
「そうした子供たちに、かわいらしいお洋服とランドセルは、必須の装備ですよねっ!」
――そう。それはもう遅かった。
華扇は、青娥に余計なことかました。いや、普通ならそれは必要なことなのだ。何せ、求められていたのはアドバイスなのだから。
しかし、華扇は最近忘れていた。
この青娥が、どういう輩なのかということを。
「男の子も女の子も、かわいらしいお洋服を身に纏い、新品のランドセルを背中に背負って! 元気一杯、道を走っていくその姿!
まさにそれは、わたくし達、紳士淑女が思い描く、理想の少年少女の姿! かわいらしい子供の生命の発露!
お日様だって笑顔で彼ら彼女らを見送ってくれる、そんな新学期の光景!
これに一役買うことの出来るなんて、わたくしはなんという幸運を手に入れてしまったのかっ!
ありがとうございます、華扇さま! さすがは、わたくしが理想とする仙人さま! 華扇さまに聞いて、本当によかったっ!」
「あんたまた激しく勘違いしてるわよね!?」
「いいえ、そのような!
華扇さまの慧眼に、ただただ感服するばかりでございます!
そう! 直接的にも間接的にも、優しく子供たちを見守る華扇さまのその瞳! それこそが、わたくしが追い求める、まさにわたくしの理想なのですっ!」
「全力でやめてちょうだいあんたと一緒にするのはっ!」
「ランドセルもお洋服も、高いものですものね!
だけど、これがなくてはいけないものですしね!
そうですわ、そうですわ! その通りですわ、華扇さま!
本当に、ただただ頭の下がる思いでございます! 参考に……いいえ! そのような失礼は致しません! お言葉を実行させていただきます!」
「本来なら止めるべきじゃないけれどお願いやめて!」
「華扇さまは、まさしく、わたくしの尊敬する仙人さまですわ!
皆さん、拍手を!」
――ぱちぱちと、割れんばかりの拍手が辺りに響き渡る。
振り向けば、そこらに佇む歩行者の皆様が、涙を流して華扇に対して『さすがは華扇さま!』『仙人さま!』『偉大なる淑女さま!』と賞賛する言葉をかけている。
高まる信仰。集まる情熱。そして、この、壮大な一体感。
「それではわたくしはこれにて! ありがとうございました、華扇さま! 結果は後ほどご報告させていただきます!」
「待てこら! そうやって、また私に変なイメージ植えつけて!? 言っておくけど、私の言ってることはそういうことじゃなくて!」
「急がないとお店が閉まってしまいます! それではっ!」
「ええい、逃げ足の速いっ!
っていうか、あんた達、そうやって私のこと拝むのやめてちょうだい!?」
人里を埋め尽くす『仙人さま』コールは、しばらくの間、鳴り止むことはなかった。
全力で、華扇が脱兎しても、それは響き渡り続けた。
そしてそれからしばらくの間、人里では、『理想の淑女 茨木華扇』のポスターが掲げられ、華扇への絶大な信仰が集まると共に、彼女はしばらく人里によりつけなくなったことを追記しておこう。
「何か通りを歩く子達が、真新しい感じよね」
「そうね」
さて。
人里の一角で、貸本屋を営む、ここは鈴奈庵。
その入り口から見える通りに、新品の服に袖を通し、ぴかぴかのランドセルを背負った、笑顔の子供たちが歩いていく光景が増えてきたのを、彼女、本居小鈴は感じていた。
その友人、稗田阿求が、『何でも、里の子供たちに寺子屋グッズが一斉に配られたらしいの』とコメントしてくれる。
「へぇ」
「みんな、とても喜んでいたらしいわ。
慧音さんも、『実にありがたい』って言ってたし」
「まあ、そりゃね。
学業にはお金がかかるもん」
「そうよね」
「そういうことしてくれる人って、どういう人なんだろう?」
「さあ?
そこら辺の詳しい事情は、子供には教えられてないみたいね」
そう言って、阿求は、『それじゃ、そろそろ帰るかー』と伸びをした。
日ごろの幻想郷縁起の執筆作業からの息抜き(現実逃避ともいう)に、友人の元を訪れていた彼女は、『よいしょ』とランドセルを背負う。
「これ便利よね」
「うんうん。わかるわかる。
本を仕入れて持って帰ってくる時とかにすごい便利」
「うんうん。
それじゃね」
そして、カウンターの上には、小鈴のものと思われるランドセルも置かれている。
――和服にランドセル。
なかなかこれも妙な組み合わせであるが、ある意味、一風変わった、子供ゆえの雰囲気を高めてくれる組み合わせでもあった。
現に小鈴と阿求の二人に、それはよく似合うのだから。
「わたしも、ちょっと本を仕入れにいってこようかなー」
阿求を見送った後、小鈴もよいせとランドセルを背負って、家を後にする。
――『ランドセル阿求and小鈴』のマスターグレードフィギュアが一個2000円で、守矢神社より販売が開始される一ヶ月前の出来事であったという。
「どうしたんですか。また今日も唐突に」
「はい。実は折り入ってご相談が」
本日の、茨歌仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんのおやつはさくらもちとかしわもち。
かしわもちはともかくとして、桜の季節もとうに過ぎたというのにさくらもちなのは『冥界の桜はこれからが見ごろだから』という理由である。
何でも、ここ、幻想郷よりも冷涼な気候である冥界は桜が咲くのが少し遅いらしく、『冥界桜見物ツアー』が、それを理由に組まれるのだという。冥界の桜は色が薄く儚いイメージがまた美しく、大勢の人妖が、毎年、冥界に桜を見に来るのである。
もちろん、その状況に冥界の庭師は涙して場末の酒場でくだまいているとか何とかそれはさておき。
「実はですね」
と、人里の茶屋にてお茶と和菓子を楽しむ彼女の前にやってきた青の邪仙こと霍青娥。
華扇に『ともあれ、座って』と席を勧められ、『ありがとうございます』と腰を下ろしてから、
「このような」
……何だか分厚い、人間でも殴り殺せそうな本を取り出してくる。
「……これは一体」
さくらもちはこしあん。かしわもちはつぶあん。両方の食感と、使われている砂糖の違いから来る絶妙な味を堪能していた(なお、すでに三つ目である)華扇は、目を点にしてつぶやく。
「先日より、少しですが、金策というものを始めてみました」
「……はあ」
「元々、仙人の生活にお金は必要とされないものですが、やはり、人の世に溶け込んで生きる以上、先立つものは必要です」
「まあ、それはそうでしょうけど」
「それでなくとも、うちには食べ盛りの子達がいます。
子供には、いつだって、お腹一杯、美味しいものを食べさせてあげないといけません」
「それには同意しますけど」
「なので、少々」
それが、この『本』なのだという。
そしてその表紙を見て、華扇は得心する。
「……『株取引』?」
「はい。
昨今、過熱している、『幻想郷株式市場』での収益確立を目指しております」
「……え? そんなのあったの?」
「はい。
こちら、幻想郷株式市場の全銘柄が掲載されております経済新聞なのですが」
「……どこが発行してるんですか、こんなもの」
「何でも、その筋に詳しい天狗の方だそうです。
天狗の新聞は嘘ばかりのゴシップとして有名ですが、こと、この新聞に関してはかなりのものが。
かなり参考になる情報も多数ございまして、わたくしのような初心者にも、とてもわかりやすい内容となっております」
全12ページからなる『経済新聞』にはびっしりと、株式の銘柄と値段が書かれている。
それの中で、特に『目玉』となる銘柄には星マークがつけられており、その理由が客観的なデータと共に掲載され、さらに筆者の経済的な視点から来る『トレーダー情報』なども書かれていたりする。
「これを参考に、本も手に、最近、手を出してみたのです」
「……まあ、そういうのは人の好き好きですから、私は別に何も言いませんけれど。
そんな、昨日今日始めたようなものが、海千山千の輩とまともに勝負が出来るとは」
「株はゼロサムゲームではございませんし。
為替取引のほうが危険ですわ」
「そんなのもあんの!?」
「はい。
まあ、通貨ペアは魔界円と天界円しかございませんけれど」
「うわ本当だ」
「魔界円は安定している通貨ですが、魔界は農業立国ですので、天候などに景気と相場が非常に左右されます。時期によっては預金にもなりますし、危険にもなります。
一方、天界円は少々投機的な動きをする通貨ですので、一発目当てのギャンブル通貨として人気を集めておりますよ。
ですが、近年、これに関する金融的な法の縛りが少ないこともあって詐欺まがいの取引会社も出てきたことから、急遽、是非曲直庁を中心とした管理委員会が動いているという噂もございまして――」
初めて知った。
そんなこともやってんのかあの閻魔様、と思いつつ、青娥の示す『ここがそれですわね』という欄を見る。
確かに、そこには幻想郷の通貨と、対象となる二つの通貨との取引レートが書かれており、『天界円が大きな動き。一発を狙いたい方はチャンスを見てもいいかも?』などと書かれていた。
「わたくしは、そうしたギャンブルではなく、堅実に殖やす方向で。
資金の半分を紅魔館に、残り半分のうち、さらに半分を霧雨商会と月兎薬局に、残りを少しリスクの高い古明地リゾートと綿月運輸に入れております」
何か聞いたことある名前ばかりであった。
「……綿月運輸?」
「月面への軌道エレベーターを作って、物資と人の輸送をスムーズにする、という事業を手がけている、新興の運輸会社です」
幻想郷を覆っている結界ってのはどこいったんだか不明であるが、まぁ、世の中そんなもんである。
細かいことを気にしていたら、幻想郷では激しく毛が抜けるといわれるのは間違いではない。
「最初の頃はうまく動かすことが出来ませんでしたが、最近は徐々にですけど、資金が増えてきています」
「……そ、そうですか」
「そこで華扇さまにご相談を差し上げたいことなのですが」
「言っておきますが、私はそういうの、全く詳しくありませんよ」
「はい。
その点につきましてはご心配なく。お伺いしたいのは別のことです」
そういって、華扇の前に、青娥が取り出したのは、また別の本である。
それは、言ってみれば、カタログのようなものであった。
見ると『幻想通販』と書かれている。
「これらの中から適当なものを選んで……あと、お金をどうしようかと……」
「何がしたいのですか?」
「ああ、申し訳ございません。
わたくしが、このようなことに手を出しているのは、ひとえに子供たちのためでして」
「うわすっごいうさんくさい」
青娥の性癖を知っていれば、その言葉を口に出さずにはいられない発言であった。
しかしともあれ、話の続きを促す華扇。
「幻想郷、人里には寺子屋や、恵まれない子供たちを養う施設がございます。
こうしたところに金銭的な支援をしたいのです」
「なるほど」
実にわかりやすい『理由』であった。
そもそも、この青娥、金銭面で日々の生活に困るような人物ではない。どうやっているのか、『一家そろって、毎日暮らす』程度の収入は確保しているのだ。
にも拘わらず、お金にこだわる理由が、これだったのである。
「先日、慧音さまとお話をさせていただく機会がございまして、その際に、やはり金銭的なものに悩む子供や家族が多いと聞きました。
誰かがそれを支援する必要がある――そう思い立ったのがきっかけです」
「悪いことではないですね」
「はい。
ですが、やはり、恩着せがましく『どうぞ』などとするのはどうかと思いまして。
そこで可能な限り『わからないように』資金援助をする方法を探していたところ、山の上の巫女より『虎マスクさん支援なんていかがでしょう』といわれまして」
「それやめなさい今すぐ」
脳裏に浮かぶ緑色の頭したドヤ顔巫女。
ありゃダメだ。いや、色んな意味で頼りになることもあるのだが、足引っ張ることも多数ある。
今回のように、何かわけのわからんこと言い出したら警戒しなくてはいけない。イエローではなくレッドで。アラートがんがん鳴らさなくてはいけない。
「しかしながら、『正体を隠して贈り物をする』というのは悪くないアイディアだとは思いました。
誰からの『贈り物』かわからなければ、感謝のしようもございませんし」
「青娥。あなたは、受け取った相手がどのような気持ちになるか、まずはそれを考えましょう」
「……と、申されますと?」
「贈り物を受け取った相手は、当然、贈ってくれた相手に感謝するでしょう?
あなたは、それを、相手に迷惑をかけてしまうから、と控えめに避けようとしているのかもしれませんが、それでは困ることもあるのです。
贈ってくれた相手に、素直に感謝の意を表すのは、贈り物を受け取った相手の義務の一つです。
相手にその義務を果たす機会を奪ってしまうというのは、これは一つの迷惑でしょう。
第一、正体不明の相手から贈られた贈り物なんて、まず疑うものではありませんか?
知らない人からものをもらっちゃいけません、ついていっちゃいけません、なんていうのは当然のことです。
それよりは、誠心誠意、名前と正体を明かして、『どうぞお受け取りください』と、理由を告げて贈り物をするほうが、相手にとってはありがたく、そして何より、嬉しいもののはずですよ」
「……確かに」
整理して考えれば簡単な事実ではあるのだが、青娥は何やら真剣な表情でうなずいている。
なるべく前向きかつ好意的にその反応を解釈するのなら、相手のことを気遣うあまり、逆に相手に迷惑をかけていた事実に気づいた、ということか。
意味は少し異なるが、必要以上の謙遜は相手にとって無礼となるのと一緒である。
「……しかしながら、やはり、あまり大きな額を一度に渡すというのも」
「そんなに儲かってるんですか?」
「綿月運輸の軌道エレベーターがひとまずの成功を見せそうだという情報が市場に流れて、一気に買いが殺到したらしいのです。
おかげで、持っていた株が何倍にもなりまして」
「……あなた、地味に目がいいのね」
「月の技術は幻想郷一、というのが標語でしたので」
「何かそれ違う」
一体誰が先に立ってそんなことやってんのかはわからないが、とことん胡散臭い企業だなそれ、と華扇は思いつつも言葉に出すのはやめておいた。
何だかよくわからないが、『こういうことはばーっとやってどーんってなれば大丈夫なのよ』と笑っている姉と頭痛こらえている妹という構図が見えたからである。
「でしたら、そうですね。
現金ではなく、まずは、必要なものを贈ると言う形にしてはいかがでしょうか。
ほら、ちょうど、今の季節は子供たちが寺子屋に通い始める時期でしょう?
通学用の靴とかランドセルとか。お洋服なんかもいいですね」
「……なるほど」
「え?」
「さすがは華扇さま!」
何やら、青娥が立ち上がり、華扇の手をぎゅっと握り締めてくる。
目が輝いていた。ついでに勢いがやばかった。
そして、この光景に、華扇は思い当たるものがあった。
あ、やべぇ、と思ったときにはもう遅い。
「入学仕立ての、ぴかぴかの新一年生!
おめめを輝かせて、笑顔で顔を染めて! お友達と一緒に、毎日、楽しくお勉強へ!
これは確かにその通り!
そしてっ!」
華扇は拳を握り締めた。
青娥の次の言葉が放たれるより早く、それを振り上げようとした。
だが、遅い。
「そうした子供たちに、かわいらしいお洋服とランドセルは、必須の装備ですよねっ!」
――そう。それはもう遅かった。
華扇は、青娥に余計なことかました。いや、普通ならそれは必要なことなのだ。何せ、求められていたのはアドバイスなのだから。
しかし、華扇は最近忘れていた。
この青娥が、どういう輩なのかということを。
「男の子も女の子も、かわいらしいお洋服を身に纏い、新品のランドセルを背中に背負って! 元気一杯、道を走っていくその姿!
まさにそれは、わたくし達、紳士淑女が思い描く、理想の少年少女の姿! かわいらしい子供の生命の発露!
お日様だって笑顔で彼ら彼女らを見送ってくれる、そんな新学期の光景!
これに一役買うことの出来るなんて、わたくしはなんという幸運を手に入れてしまったのかっ!
ありがとうございます、華扇さま! さすがは、わたくしが理想とする仙人さま! 華扇さまに聞いて、本当によかったっ!」
「あんたまた激しく勘違いしてるわよね!?」
「いいえ、そのような!
華扇さまの慧眼に、ただただ感服するばかりでございます!
そう! 直接的にも間接的にも、優しく子供たちを見守る華扇さまのその瞳! それこそが、わたくしが追い求める、まさにわたくしの理想なのですっ!」
「全力でやめてちょうだいあんたと一緒にするのはっ!」
「ランドセルもお洋服も、高いものですものね!
だけど、これがなくてはいけないものですしね!
そうですわ、そうですわ! その通りですわ、華扇さま!
本当に、ただただ頭の下がる思いでございます! 参考に……いいえ! そのような失礼は致しません! お言葉を実行させていただきます!」
「本来なら止めるべきじゃないけれどお願いやめて!」
「華扇さまは、まさしく、わたくしの尊敬する仙人さまですわ!
皆さん、拍手を!」
――ぱちぱちと、割れんばかりの拍手が辺りに響き渡る。
振り向けば、そこらに佇む歩行者の皆様が、涙を流して華扇に対して『さすがは華扇さま!』『仙人さま!』『偉大なる淑女さま!』と賞賛する言葉をかけている。
高まる信仰。集まる情熱。そして、この、壮大な一体感。
「それではわたくしはこれにて! ありがとうございました、華扇さま! 結果は後ほどご報告させていただきます!」
「待てこら! そうやって、また私に変なイメージ植えつけて!? 言っておくけど、私の言ってることはそういうことじゃなくて!」
「急がないとお店が閉まってしまいます! それではっ!」
「ええい、逃げ足の速いっ!
っていうか、あんた達、そうやって私のこと拝むのやめてちょうだい!?」
人里を埋め尽くす『仙人さま』コールは、しばらくの間、鳴り止むことはなかった。
全力で、華扇が脱兎しても、それは響き渡り続けた。
そしてそれからしばらくの間、人里では、『理想の淑女 茨木華扇』のポスターが掲げられ、華扇への絶大な信仰が集まると共に、彼女はしばらく人里によりつけなくなったことを追記しておこう。
「何か通りを歩く子達が、真新しい感じよね」
「そうね」
さて。
人里の一角で、貸本屋を営む、ここは鈴奈庵。
その入り口から見える通りに、新品の服に袖を通し、ぴかぴかのランドセルを背負った、笑顔の子供たちが歩いていく光景が増えてきたのを、彼女、本居小鈴は感じていた。
その友人、稗田阿求が、『何でも、里の子供たちに寺子屋グッズが一斉に配られたらしいの』とコメントしてくれる。
「へぇ」
「みんな、とても喜んでいたらしいわ。
慧音さんも、『実にありがたい』って言ってたし」
「まあ、そりゃね。
学業にはお金がかかるもん」
「そうよね」
「そういうことしてくれる人って、どういう人なんだろう?」
「さあ?
そこら辺の詳しい事情は、子供には教えられてないみたいね」
そう言って、阿求は、『それじゃ、そろそろ帰るかー』と伸びをした。
日ごろの幻想郷縁起の執筆作業からの息抜き(現実逃避ともいう)に、友人の元を訪れていた彼女は、『よいしょ』とランドセルを背負う。
「これ便利よね」
「うんうん。わかるわかる。
本を仕入れて持って帰ってくる時とかにすごい便利」
「うんうん。
それじゃね」
そして、カウンターの上には、小鈴のものと思われるランドセルも置かれている。
――和服にランドセル。
なかなかこれも妙な組み合わせであるが、ある意味、一風変わった、子供ゆえの雰囲気を高めてくれる組み合わせでもあった。
現に小鈴と阿求の二人に、それはよく似合うのだから。
「わたしも、ちょっと本を仕入れにいってこようかなー」
阿求を見送った後、小鈴もよいせとランドセルを背負って、家を後にする。
――『ランドセル阿求and小鈴』のマスターグレードフィギュアが一個2000円で、守矢神社より販売が開始される一ヶ月前の出来事であったという。
和服にランドセル、最高でございます。
いい暴食華扇ちゃんと淑女にゃんにゃんでした。