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地底妖怪トーナメント・14:『1回戦14・今泉影狼VS聖白蓮』

2015/03/06 17:40:31
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 一回戦も残り三試合になった地底闘技場。
 既に所々で、二回戦を勝ち上がる者の予想をするという気の早い会話が飛び交う中、客席の一角では、次の試合を戦う妖怪寺僧侶の聖白蓮が席に座ったまま目を閉じていた。
 がやがやと客席の話が飛び交う中、彼女の頭には、とある者の声が響いていた。
 ――姉さん。今は、あなたの望む世になっていますか?
 白蓮はゆっくりと目を開く。自分が先程目に焼き付けたものと変わらず、沢山の妖怪がこれからの試合を楽しみに会話している光景が映る。
「命蓮」
 白蓮はゆっくりと立ち上がる。
「聖?」
 彼女の下に就く寅丸星はその様子に戸惑い、見上げる。
 しかし白蓮は一度深呼吸をして自らを落ち着かせ、近くに座る命蓮寺妖怪の面々に呼び掛けた。
「行きましょう」

 北東控え室に突如現れた天人の比那名居天子に、八坂神奈子、チルノ、東風谷早苗の目が向けられた。
「天子……さん?」
 直接的に戦っていない神奈子と、忘れているチルノを除き、戯れに彼女と戦った事がある早苗はその名を思い出す。
 天子はゆっくりと歩き、大会参加者である神奈子とチルノを見据える。
「なるほど。まぁ、八雲紫のいる地上では、この程度しか集められなかったようね。そして、あの面々を相手に妖精が勝ち上がるとは到底思えない」
 妖精の頭であっても今の言葉に侮蔑の意があったことは理解できた。チルノは身体を天子の方に向ける。
「何にせよ、まだ一回戦が終わりきっていないこの武闘会。相応しくない者には立ち去ってもらい、相応しい者が参加しないと」
 腰元から剣を出し、天子は跳ぶ。その視線の先にはチルノがいた。しかしそれに割り込むように神奈子が入り、剣を持つ天子の手を掴む。思わぬ邪魔に天子は舌打ちして神奈子の手を払い、間合いを離した。
「何よ。あなたは見逃してあげるのよ。なのに何故邪魔をするの?」
「悪いがこの子は私と二回戦を戦うんだ。天人ごときには渡せないね。大体、大会の開催者が八雲紫だと知ってるなら話は早い。大会を乱されたら、あんた、参加する前に追い出されるよ?」
「分かってないわねぇ」
 小馬鹿にするような笑みを浮かべ天子は言葉を続ける。
「自分で言ってるじゃない、『八雲紫は大会が乱れる事を嫌う』って。例えば、今ここで妖精が大会に参加できなくなるくらいボロボロになり、この会場に私という実力者がいた場合、八雲紫はどう判断するかしら」
 神奈子は納得してしまった事に苦笑いする。紫はトーナメントが欠員なく順調に行われる事を最も望んでいるかもしれない。古明地さとりは『基本、選手補充は行わない』と言っていたが、神よりも物事を楽しむことのあるあの妖怪が、自ら開催したこの大会で一度でも試合が不戦勝で終わる事態を放っておくだろうか。
 対峙する一人一柱と一人。そこに更に早苗が割り込み、神奈子の側に立って天子を見据える。
「助太刀致します神奈子様」
 天子は鼻で笑う。相手の内二人が神であることなどなんの問題もないかのように。
「神二人に妖精。その程度で私を止められるつもりとは笑止千万」
 一度剣を下ろした天子は身体の霊力を開放していく。赤い霧が立ち込める彼女の周りには更に赤い雷光が走る。天人の力を見せられ、早苗は思わず後ずさる。
「あの時は手加減してあげたけど。なら、折角だし私の本気を見せてあげましょう。そして――」
 既に戦いの構えをとっている早苗、神奈子、チルノ全員の視線が一点に集中する。
「あなた達に代わり、私が新たな者として参戦しましょう」
 彼女達の視線は天子を通り、八雲紫が映っていた。言わずもがな、気配に気付いていない天子の後ろ姿を怒りの籠る冷たい視線で見下ろしていた。
「もし」
 その一言だけで天子は目を開き、身体中から冷や汗を流しながら壊れた機械のようにゆっくりと首を捻る。
「あ……あれぇ? ちょ、ちょっと早すぎない……?」
「暇潰しに、そちらの方に耳を傾けていたので。で、何の御用かしら」
 天子の霊力を飲み込むほどに、紫からは怒りが具現化したかのように霊力が溢れている。思わず早苗とチルノが驚愕するほどにそれはおぞましいものだった。
「ちょ、ちょっとあなたの大会に参戦を――」
「そういうことなら話が早い」
 紫は天子の後ろ襟を掴む。
「この私の手で、本当の戦いというものを見せてあげましょう」
 そのまま引き摺っていき、部屋から離れていく。
「ま、待って! 別にあなたの大会を壊すつもりなんて……。あ、あんた達、私を助けなさい! あんた達は狙わないであげるから……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 嵐のように連れ去られて行った天子に呆気にとられたように、部屋は沈黙で包まれた。
「何だったんだ……一体」
 天子と直接戦ったことのない神奈子には紫との関係も分からなかったので、そうぼやくしかなかった。

 狼女の今泉影狼が戦いのために選手入場口の通路を歩く。出入口付近で、闘技場の光に照らされるひとつの人影を前にした。
「あなた、竹林の……?」
 その正体であった元人間の藤原妹紅は苦笑いしつつ頭をかいた。
「じっとしてられなくてな。私の試合はまだだけど思わず来ちまった」
 影狼の戦うこの試合は第十四試合、妹紅が戦うのは十六試合目である。気恥ずかしそうに視線を反らす妹紅を見て影狼は苦笑した。
「気が早いねぇ。そんなにあの氷精と決着を着けたいのね?」
「いや……そうじゃないんだ。本当になんとなくさ」
 妹紅は闘技場の方を向き、誤魔化すように別の話を切り出す。
「強いぞ、お前の相手」
 一回戦十四試合を戦う影狼の相手である白蓮は身体強化の魔法を得意とする。かつて彼女が人里で激闘を繰り広げていた様を妹紅は見たことがあった。
 話をはぐらかされた事に対するものなのか余裕の表れなのか、影狼は小さく笑う。
「そうね。今日が何でもない日なら、私はそもそも参加さえしなかったでしょうね」
 ――慧音もそうだったのかな。
 闘技場に光をそそぐ月を見ながら妹紅は思った。
「今日は満月。そして私の相手は妖怪でも何でもない。あなたのお友達も似た種族だから説明する必要もないと思うけど。見てなさい、月の力が如何に凄まじく、恐ろしいか」
 半獣である上白沢慧音を親友に持つ妹紅はそれ以上何も言わなかった。

 対する方角の通路には聖白蓮を初めとする、命蓮寺に所属する面々が勢揃いしていた。参加者六人に山彦である幽谷響子、寅丸星の配下である妖怪鼠のナズーリンもいる。第九試合で重症を負った封獣ぬえも白蓮の治癒によって、包帯が巻かれているものの喉は既に口を利ける程度に回復していた。
「まだ一回戦だから見送らなくてもよかったのに……」
「何言ってるんですか。上司を応援しない部下がどこにいます!」
 雲居一輪は同じ一回戦で涙を呑んだ村沙水蜜と笑う。
 思わずつられて微笑む白蓮は星に目を向けた。
「星、ちょっといいかしら」
「え? は、はい」
 戸惑いつつも星は白蓮に選手出入口のぎりぎりまで連れられ他の面々から距離を離される。
「どうしました聖?」
「こんな時に言う話ではないのかもしれませんが……。あなた達の参加を許可した前の夜、命蓮の夢を見ました」
「へ?」
 突然こんな話をしては星が面喰うのも仕方ない、と思いつつ白蓮は話し続ける。
「ここしばらくは見ていなかったのですが」
「弟の……命蓮様」
 聖命蓮とは、聖白蓮が純粋な人間だった時に亡くなった弟である。伝説の僧侶と呼ばれる程にその法力は素晴らしいものだったと星は聞かされたことがある。
 白蓮も突発的に話したかったのか、それだけを交わすとすぐに沈黙が訪れてしまう。
「何か……お話をしたのですか?」
 思わず星が言ったその言葉を待っていたかのように、白蓮は小さく笑う。
「今は私の望む世界になっているか、と」
 白蓮が言い終わると同時に、さとりによる選手入場が促される。
「姐さん、頑張ってください!」
 一輪達が白蓮の元に近付き、思い思いに応援の言葉を掲げた。
 聖は一瞬だけ星に目配せし、「行ってきます」と言って闘技場に入って行った。
 ムラサや響子が騒ぐ中、星は未だ困惑し続けていた。
「不安かえ、聖が負けるのが」
 命蓮寺勢から放たれる歓声の中、マミゾウが星の隣に立つ。
「い、いえ。しかし、聖の様子がいつもと違ったので……」
「何を話してたかは聞かんが。もし二回戦がお前さんと儂の二人だけだと、寂しいのう。ま、問題はなかろう」
 マミゾウは星の肩を叩く。
「もしそうなったら、今度はお前さんが聖を助ける番じゃ。そうじゃろう?」
「……はい!」
 星は主の凱旋を願い、闘技場で始まろうとしている戦いを見据えることに集中する事にした。

 比那名居天子は目を丸くしながらその席に座っていた。
「で、どうしてこうなった……」
 彼女は闘技場の最前列に座っていた。左を向くと、亡霊の西行寺幽々子、八雲紫、式神の橙が並んで座っている。先程北東の控室に乗り込み、大会参加者である妖精を襲撃しようとした彼女だったがあっさりと紫に見つかり、引きずられた先であるこの場所で半ば強制的に座らされ、今に至る。
「『本当の戦いを見せる』って、そのまんまだったのね。でも……別に少し前から上の方で見てたわよ」
「あらあら、天人ともあろうものがあんな所で見る戦いで満足して。喜びなさい、かつて私の琴線に触れた者として、この光景を目の当たりにする権利を差し上げますわ」
 胡散臭い語り口調に天子は鼻を鳴らし闘技場を見据える。
「では、両者離れて」
 聖白蓮から背を向ける今泉影狼はやや困惑していた。
 ――あれが……これから戦う者の表情なのかしら?
 影狼は白蓮から闘気を感じることができなかった。表情も慈愛を仄めかせるようなもので、とても、相手を倒す、という気があるとは思えない。
 それは客席にいる天子も感じていた。
「何あれ。余裕なのか、戦う気がないのか」
「両方かもしれないわね」
「?」
 天子が紫の言葉を疑問に思う中、閻魔が宣言する。
「一回戦第十四試合、始め!」
 試合開始の宣言がなされ、影狼は前に出る。しかし白蓮の歩む気配は一向にない。
 ――やる気がないのならそれでもいいわ。あなたの噂は私も聞いた事はある。でも、今は満月。
 月をその目に捉えた影狼は腰を落として両手を地につけ、狼のような遠吠えを上げた。
 獣のような加速を見せ、しかし白蓮とそれほど間合いが詰まる前に影狼は横に跳ぶ。そこから猛烈な速度で白蓮の周囲を跳び跳ねまわっていく。その様は、かつて第二試合で天狗が初めに見せた飛び回りに似ていた。
「文程じゃないけどな」
 客席の魔理沙は言うが、その速さは並の妖怪では彼女の姿を捉えきれない程になっている。その満月の力には影狼自身も驚く程だった。八雲紫のスキマによって、地上から見る月と比べても、闘技場から見る月は大きいものだった。
 ――凄い、このみなぎる力。正面から仕掛けても攻撃が当たりそう!
 影狼の俊敏な動きに白蓮はあくまで正面を見続け動けずにいる。その様を見て、紫は天子の方に目を向ける。
「どうかしら。良い迫力でしょう」
「何言ってるのよ」
 影狼は油断せず、白蓮の左背後に足を着けた時、ついに攻撃するべく方向転換する。
「あっちの気配を読めない時点で、勝負は決まってるじゃない」
 しかし、影狼は動きを止めた。気付いた時には、ある程度離れていたはずの白蓮が前にいて、見本のような姿勢で放たれた右正拳突きが影狼の顎の前に置かれていた。それは影狼に限らず客席の妖怪から見ても、白蓮は一瞬で向きを変えて影狼に突きを放っている姿しか捉えられなかった。
 そしてもう一つ、今までの試合と比べても明らかに異質な点があった。
 ――す……寸止め!?
 完全に虚を突けていたにも関わらず、白蓮の拳は影狼に触れていなかった。
 客席にいる妖怪の他に天子も困惑する中、突如紫の笑みは消えていた。
 影狼は慌てて間合いを離し、苦い表情をする。
「油断したつもりはなかったのだけど……あの子が言ってた程はあるようね」
 動揺する心を一度整え、影狼は鋭い眼差しで白蓮を見据える。対する白蓮も影狼に視線を向けているが、その目は力が込められていないと思う程に静かなものだった。
 ――なら、思いきって!
 影狼は再び跳ぶ。一瞬で白蓮を通りすぎて結界まで跳び、その勢いを上手く乗せて三角跳びをする。
 ――まず一撃!
 影狼が自らの爪を降り下ろすまで、白蓮は確かに背を向けていた。しかし降り下ろしたその爪には如何なる者の血肉も付着してなく。代わりに自らの首筋に白蓮の手刀が置かれている事に影狼は絶句した。
「なっ……!」
 臆したわけでもなく、影狼は間合いをきちんと見計らった自信がある。つまり白蓮は影狼の射程ぎりぎりだけ下がり、回避と同時に攻撃を放った事になる。そしてその攻撃はまたも寸止めだった。二回も同じことをすれば客席の者達もその行いが故意ではないと悟る。しかし、相手を戦闘不能にさせることが基本的な規則となるこの大会でそれを行う意図が誰にも、通路で見ている命蓮寺の面々にも解らなかった。
「くぅ……!」
 この場で最も困惑する影狼は再び下がる。
 離れている時の白蓮は落ち着いたように静かに影狼を見据える。しかし、影狼が今度はゆっくりと近づいて間合いを詰め、絶好の距離になった際、牽制なしで真っ直ぐ跳んで攻撃して来れば。瞬時にそれを左手で払い、右肘を影狼の眉間寸前に置いた。
「な……なん……なのよ」
 後ずさる影狼は当然、審判長の映姫でさえ白蓮の行いに困惑する中、突如声を上げる。
「ま、待て!」
 突然試合中断を宣言した映姫の視線の先には、右手を上げる紫の姿があった。紫は自分の眼前部分だけ結界を消し、闘技場に足を踏み入れ、今戦っている二人の元まで歩み寄った。
「何故……攻撃を当てないのかしら?」
 姿勢を正していた白蓮は落ち着いた口調を見せる。
「この大会が始まってからずっと考えていました。八雲紫さんの言ってた『他者を知ると同時に自分を知ってもらう』というこの大会の趣旨について」
「ほう」
 紫は微笑み、黙って白蓮に続きの言葉を促させる。
「しかしこの大会のルールでは力の差がある場合、強者が一方的に相手を打ちのめして終わってしまいます。これでは力のある者はともかく、その相手をする方は相手の事を理解しきることができない。強き者が一方的に戦いを終わらせるという非情の行いでは、八雲さんの掲げる趣旨に反していると思うのです」
「なるほど……」
 なるほど。と言葉を反復し、紫は小さく笑う。
「あなたの言い分はもっとも。しかしこうしたルールにした以上、そして戦う者として参加した以上、従ってもらいます。そして私としては、あなたの言う『私の趣旨』の他にも、強き者に勝ち上がってきてほしい、という想いもあります。選手がどのように戦うかは自由と思っていましたが、あなたがそのような戦いをするなら、判定する身としては『引き分け』と判断する可能性が無くなる事はありません」
 紫はにやけた笑みで一瞬だけ影狼の方を向き、白蓮に言い放つ。
「今試合、次にあなたが寸止めを行った場合、『警告』を宣告します。当然、二回目であなたを失格にします」
 紫の言葉に最も反応したのは影狼である。この数分で三発の寸止めを食らっている。それはいずれも止めなければ有効打となっているものだった。もしそれが禁止行為とされた場合、次に白蓮の攻撃が来た場合、自分の顔が潰される可能性を想像してしまう。
 紫は既に観客席まで戻っていて、試合をする二人も一度元の場所に戻される。
「始め!」
 影狼は心中困惑していた。八雲紫は試合を中断したが、白蓮に対しての攻略法は未だ思いつかない。どうするかと悩んでいたが、その時間を与えないかのごとく、今度は白蓮の方から歩み寄る。
 困惑しつつ後ろに下がろうとする影狼に対し、白蓮は優しく微笑んでいた。
「安心してください。あなたは思う存分攻撃して構いません」
「はは。そうしたいのはやまやまだけどね。こうして冷静に見ると……あんた……全然隙が見えないよ。わざとその拳に殴られるほど私も馬鹿じゃないさ」
「ご安心を……。時間切れ寸前まで攻撃することはありません」
「……は?」
 白蓮は悪気なく言い放つ。
「寸止めで失格になるのなら、そもそも攻撃を放たなければいい。あなたは思う存分攻撃し、私はそれを受け、防ぎましょう。過程がどうであれ有効打を多く当てれば、里の方々ならともかく、あの方たちならきちんと勝者と判定してくれるでしょう」
 白蓮の悪気ない言葉は影狼の心を傷つける。曲がりなりにも人から恐れられるべき存在である妖怪が、元人間に赤子のように扱われてるのだ。
「あなたは……妖怪の味方なのよね」
「? ……えぇ、一応は」
「なら……」
 ――遠慮なく私を殴りなさい。
 しかしその言葉を影狼は口から放つことはできなかった。妖怪としての誇りか、白蓮の拳に対する恐れか。そしてこれ以上戦っても、自分の無様な姿を晒すことは想像に難くない。
「あの……?」
「悔しいわね」
「え?」
「満月の日なら楽勝と思っていた自分が恥ずかしいわ。あなたのその力……とても羨ましい」
「あの……」
 困惑する白蓮に対し影狼は諦めたように苦笑いした。
「参ったわ」
「え?」
「降参よ」
 影狼の言葉を当然聞き逃さず、「そこまで! 今泉影狼の降参宣言により、勝者、聖白蓮!」と閻魔は宣言した。
 過程がどうであれ互いに全く無傷での決着という終わりに客席は困惑する。
 悔しさに下唇を噛みつつも影狼は白蓮へ歩み寄る。
「私がもう少し強かったら攻撃を当ててくれたのかしら」
「えぇ。お望みでしたら、いつでも命蓮寺へいらしてください。今回は趣旨が趣旨でしたので私はこういう解釈と致しましたが、その際は是非」
 優しい笑みを見せる白蓮に対し、「悔しいわ」と影狼は苦笑いし、互いに闘技場を後にした。
 寸止めが禁止ならそもそも攻撃しないという行動をとった事に紫でさえ驚いている中、「なによあれ、性格悪いわね」と天子は愚痴をこぼす。
「純粋と無慈悲は表裏一体、と言ったところかしら。あの僧侶は互いが互いを理解する、という名目であのような行動をとった。それはつまり、互いの実力差を完膚なきまでに悟らせるという、それはとても残酷な事ですわ」
「あの狼は知らない幸せを選択したという事ね。でもいいの? あいつ、こうしてこの距離で見ると結構強いわよ。あんなのが優勝しても構わないの?」
「御心配には及ばなくて。あのような心構えを貫き通せるほど、この地上の者達は弱くはないわ。何にせよ、あと二つ」
 二回戦へ上る残りの椅子は二つとなった。

 一回戦第十五試合を戦う者である八坂神奈子は控え室の映像を見終わって早々溜息を吐いていた。
「神奈子様?」
「今の試合、つまらないと思ったのは私が弱いからかねぇ」
 早苗は何も応えられず、神奈子は言葉を続ける。
「勿論、生きとし生けるもの、十人十色の考えがあるってのは分かってる。でもやっぱり勝負ってのは、お互い手加減なく殴りあって騙し合って殺しあって。悔いなく決着を着けるべきものだと思うんだよ。あいつとは……三回戦か。ま、とりあえずはこの試合に勝たないとね」
 組んでいた足を解いて立ち上がり、座禅を組んで沈黙している妖夢や、チルノを横切っていく。
「さて、行くかい。あの兎も、私と戦うとは運がないねぇ。今頃厠で震えてるんじゃないかい?」
 いつも通りの快活な態度を見せ、早苗と共に神奈子は選手入場口へ向けて歩き出した。

 選手を含めた大会関係者のみが立ち入りできる手洗い場。
 そこには神奈子の相手をする月の兎である鈴仙・優曇華院・イナバがいた。
 鏡の前に立つ彼女は、その手に液体の入った緑色の小瓶を持っていた。
「私の相手は地上の神……か」
 薄い笑みを浮かべ、彼女は瓶に入っている液体を飲み干し、屑籠に捨てる。
 その瓶の貼り紙には達筆な字で『国士無双』と書かれていた。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
戦わずして勝つという聖本人が望まない結果となりましたが、温厚な彼女としてはまあ合ってるんじゃないかと思います。
ゆかりん天子に対して物凄く激怒ですね...天子、南無。
2.名前が無い程度の能力削除
聖白蓮は鬼・九尾に並ぶ優勝候補の一角、人狼が力及ばずは致し方無し
月兎は一人でも姫様の障害を潰すよう永琳あたりから厳命されてそうだよねぇ
詰まりは自爆による相撃ち狙いも有り得る