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地底妖怪トーナメント・12:『1回戦12・鬼人正邪VS黒谷ヤマメ』

2015/02/06 16:43:43
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 怪力の鬼によって放たれる奥義、三歩必殺。
 鬼の『三歩』内にいれば、その者を必殺できるという名前通りの技である。先程の試合ではかわされてしまったにも関わらず、鬼によって放たれた拳はあらゆる者に恐怖を与え、かつ魅了する。
 それは観客に限らない。南東控え室にいる華人小娘の紅美鈴は今、試合どころか組手の相手がいないにも関わらず構えていた。
「一……」
 先程の試合で戦っていた鬼のごとく、一歩目を強く踏みしめる。地響きは起きない。
「二」
 一歩目の足で強く踏み込み、壁の端から端へ一瞬で跳び、二歩目を着く。
「三!」
 地に着けた両足の踏み込みを拳に送り、音速を越えるごとき正拳を繰り出した。相手がいないのでその拳は当然空を切ったが、もし触れれば鉄であっても粉砕されただろう。しかし、美鈴は不満そうに右手の平を見つめていた。
「やはり『必殺』とまではいかない……。もう少し跳ぶ距離が短ければ……」
 美鈴は星熊勇儀の『三歩必殺』を見様見真似で行っていた。しかしそれは自分の思い描くような威力にならない。彼女は気を操る程度の能力を持っている。それによって鬼のような恐ろしい間合いの詰め方を真似することはできるものの、一方で破壊力へ使う気が不足してしまうのだ。
「やはり、近距離のカウンターで放つか……いや、それなら『大鵬墜撃拳』で間に合ってる。うーん……」
 迷いを表すかのように美鈴の右手が握られては開くのを繰り返し、それを壁に背を着けて見ていた一人の少女は笑う。第一試合を勝ち抜いた小柄な神の洩矢諏訪子だった。
「あぁ、すみません。煩かったですね」
「いやいや気にしないでいいよ。見てて飽きないさ。しかしいいのかい。せっかく編み出す必殺技なのに、私に見られてて」
 美鈴は第二試合の勝者である。諏訪子と美鈴は二回戦第一試合でそれぞれが対戦相手なのだ。
「あー。まぁ、見られて対策されるようでは『必殺技』とは言えませんし」
「違いない」
 諏訪子が笑う中、さとりが選手入場を促す言葉が響く。一回戦第十二試合がもうすぐで始まる事を意味していた。
「よし」
 美鈴は研鑽を一時中断するかのように闘技場を映す映像の前に行き、胡坐を組むように座る。それが可笑しかったのか、諏訪子は思わず苦笑した。
「あら、修行はもういいの? 他人の試合に余所見するなんて余裕だねぇ」
「そんなのではありませんよ。これも立派な修行です。自分とは接点もないような武術を使う者の戦いを見て閃く技もありますから」
「その通り。見聞を広めることも強さに繋がる」
「直接的な功夫を積むより、強くなる実感が湧きづらいのが難しいところですけどね」
「それはあなたが勉強不足だからよ。文武両道はどちらが欠けても中途半端にしかならないよ」
「善処します」
 互いに小さく笑う中、映像では既に第十二試合目を戦う者達が闘技場に足を着けていた。

 今試合を行う闘技場も、観客は沸いていた。
 一方の、土蜘蛛である黒谷ヤマメは鬼ほどではないにせよ地底妖怪から人気がある。それでも今現在、観客が大きく騒いでいるのにはもう一方の選手に向けてのものだった。
「あいつ……地底で何してきたのよ」
 苦笑いする霊夢の耳には、天邪鬼の鬼人正邪に対する罵詈雑言がこれでもかと言うほどに飛び交っていた。それに対し天邪鬼はただ自信ありげに笑みを浮かべている。前試合を戦った豊聡耳神子の様に周りの者達による影響で強くなる能力を持っているわけではなく、ただ天邪鬼にとって、貶され嫌われることは寧ろ誉め言葉でしかないのだ。
 中央で正邪とヤマメが向かい合い、その二人を見据えるように閻魔が立つ。
「では、両者離れて」
 閻魔の言葉に対し、正邪はある物を置いた手のひらを見せ、ヤマメが背を向けることを制する。ヤマメの目に映ったのは、手に収まるほどの小さな石の人形である。それは地蔵のようにも見えた。
「これが私のアイテム、『身代わり地蔵』だ」
 ヤマメの表情の変化をじっくりと見つつ、正邪はいやらしげに微笑む。
「文字通り、私への致命傷を四回身代わりになる優れもの。故にお前は、私を五回殺さないといけないわけさ」
 ヤマメは笑顔を崩さないまま映姫の方を見る。
「こいつの首を切って、それであの道具が発動したらどうなるの?」
「失格です。首が落とされきる前に発動し復活したと判断した場合は失格とは判定しません」
「だってさ」
 映姫との質疑応答を終えたヤマメは余裕の笑みを崩すことはない。
「まぁ、五回倒せばいいんだね。これは骨が折れそうだ」
「悩む必要はないさ。あんたみたいな雑魚に私を一回も殺すことはできないよ」
 言いたいだけ言って天邪鬼はすぐに背を向けて定位置まで歩きだす。
「はは、とことん天邪鬼だねぇ」
 ヤマメ、映姫共に試合を始めるべき位置に着く。ヤマメを好きな者は健闘を祈るべく応援をする。正邪を嫌う者は無惨な敗北を見せてくれるようヤマメを応援する。方向性は違えど、観客の声援は今や一つになっていた。ただ一人の小人を除いて。
「正邪……」
 頭に乗せている針妙丸の様子を萃香は感じ取った。
「お前は天邪鬼じゃあないんだろう?」
「!」
「お前は一回戦勝者だ。何を言っても、文句を言う奴なんていやしないよ」
 萃香の言葉で迷いが断ち切れた針妙丸は正邪を見据え、言葉を吐き出す。
 ――頑張れ正邪!
 その小さな言葉は沢山の歓声に混ざり一瞬でかき消された筈である。しかし正邪は親指を立てた腕を萃香達の方へ向けていた。
 小人が顔を綻ばせる中、戦いの開始が宣言される。
「一回戦第十二試合、始め!」
 閻魔の宣言により大きくなる歓声の中、低く構えるヤマメに向かい正邪は普通に前に歩みより、「地上戦と空中戦、どっちが得意だ?」と問う。
「地上戦」
 ヤマメの返答に正邪は口元を歪め、笑いながら高く飛び上がった。
「思い通り」
 それに対しヤマメも渋い顔ひとつせず地面を蹴り飛び上がる。途中から、円柱状である結界の所々に足を着けながら跳び、上っていく。同じ高さの地点になった時、ヤマメは正邪の方に向かって跳ぶべく結界を踏む。そのやや無防備な蹴りを正邪はかわすも反撃はせずその場に留まる。ヤマメは反対側の結界まで跳び、そこから更に正邪に攻撃を放つべく跳ぶ。それを正邪は再びかわす。余裕ありげにかわすがまたも反撃することはない。
「おや、反撃してこないのかい。それとも、そんな余裕はないのかな」
「言ってるだろ。あんたみたいな雑魚なんて、私がいつ仕留めるかは自由だ」
「ふーん……」
 正邪の挑発にヤマメは表情を崩さず、側面の結界を蹴り再び跳ぶ。土蜘蛛の爪による攻撃を放つが正邪はまたもひらりとかわす。しかし先程と違うのは、彼女に反撃の意思があった事だった。
「隙あり!」
 慣性の働くまま向かいの結界まで行こうとしていたヤマメの無防備な背中に正邪は蹴りを放つ。しかし、突如ヤマメは真上に飛ぶ。それは正邪にとって困惑するものだった。幻想郷の強者は空を自由に飛べるとはいえ極端な方向転換には僅かな隙が生まれるはずである。予めその方向に移動すると決めていたとしても、ヤマメのそれはあまりにも隙がない。まるで自分を何か別の力で引っ張ったようなものだった。
 上を見た正邪はすぐに理解する。ヤマメは土蜘蛛という種族であり、上にいる彼女が更に上に伸ばした右手からは白い糸が伸びていた。その長さを操り、先程の不自然な飛行を可能にしていたのだ。
 ――壁をちょろちょろしながら上ってたのはこのためだったのか!
 しかしどうやって真上に糸を仕掛けたのか。その答えを考えきる前に、ヤマメは予め上げていた右足を降り下ろし、正邪の肩に渾身の踵落としが繰り出された。
「あっがっ!」
 激痛を堪えて、何とか着地して激突を免れた正邪同様、ヤマメも地に足を着けた。
「どう。これで私を雑魚として見ないようになったかしら?」
 多少困惑の様子を見せるも正邪はにやけた笑みを崩さず、両手を開きヤマメに襲いかかる。ヤマメが同じく両手を出し、互いに手を掴み合う体勢になると、正邪は更ににやけた。
「馬鹿正直に掴んだな! 言っておくが、天邪鬼とはいえ『鬼』の文字を持つこの私に力比べで――」
 正邪の言葉は止まる。小細工なしの純粋な力比べ。その対決で、ヤマメの手が正邪の手を下側に押し込んでいた。
「なん……だとぉ!?」
 困惑しつつ必死にヤマメの力に対抗している正邪を見る萃香は苦笑していた。
「ヤマメを嘗めすぎだよ。あれでもあいつは器用で、まぁ力は強い方なんだよ」
 ヤマメの力強さを風の噂で聞いた事があるさとりは、鬼に『力強い方』と言わせる程なのか、と納得していた。
 萃香の言葉を証明するかの如く、ヤマメに手を掴まれている正邪の身体は沈み元々小さかった体躯の膝が曲がりだしていた。
「嘗めるな……なんの……これしき……!」
 正邪は今以上の力を発揮し、手を押す。しかしヤマメはその手を引いた。正邪が崩れた瞬間に自らは身体を後ろに沈ませつつ引く力を一瞬だけ強め、強引に巴投げを放った。相手の意思によって視界を引っくり返されては流石の天邪鬼であっても受け身をとること叶わず全身を地面に叩きつけられた。
 思っていた以上に華麗な戦いを見せるヤマメに魔理砂は口笛を鳴らす。
「肉弾戦なら強いんだな、あいつ」
 表情を変えない霊夢に代わり、幽香が応える。
「でも可哀想ね。勝ったとしても二回戦で同じ地底に住む鬼と戦わなければいけないなんて」
 その言葉に霊夢と魔理砂は不思議そうに幽香の方を振り向いた。
「何か失言だったかしら」
「そういえばお前は正邪と戦ってないんだったな。まぁ、面白いのはこれからさ」
 会話の中でも、闘技場では俄然ヤマメが優勢であった。
 複数の足を持つ蜘蛛の如く、多彩で器用に動かす足から放たれる蹴りの一つを正邪は顔面に喰らい吹き飛ばされる。ヤマメは追撃しようとするが思わず足を止めた。ゆっくりと起き上がる正邪は尚も不敵に微笑んでいた。
「いいねぇ。まぁ、こういう戦いづらい相手こそ、私にとって格好の相手なんだけどねぇ」
「……何の話かな」
「結局私にとっては、誰であろうと雑魚には変わらないってことさ。いや、変わらないといけない、と言った方が正しいかな」
 正邪は真上を向き、満月をその目に捉える。
「お前は何時でも、誰にでも平等なんだな。なら、その力を私に貸しな」
 言葉の真意をヤマメが理解する前に、正邪は一度指を鳴らす。
 体感的に何も変化を感じないとヤマメは思いつつ、再び間合いを詰める。しかしある瞬間、正邪は一瞬で右真横にまで迫っていた。寸での所で正邪の回し蹴りを腕で防ぐが、更なる連撃に襲われる。しかもそれは、今度は自分が捌ききれない程の圧倒的に速いスピードで。間合いを取るために一度後ろに跳ぶも、それに合わせるように正邪も跳び、ヤマメの腹部に蹴りを当てた。呻きつつもヤマメは後ろに宙返り、受け身を取る。
「あぁ……そういういうことか。あんた、引っくり返したね?」
 正邪は笑みを崩さない。彼女は何でも引っくり返す程度の能力を持っている。普段はそれを完璧に使いこなすほどの妖力を有していないが、今闘技場は満月の光が注ぎ、妖力が満ち満ちている。
「秘宝の魔力を少しだけ分けてもらった。そしてこの戦いは常に一対一。私の前では雑魚は雑魚に、強者は雑魚になるのさ」
 正邪は再びヤマメに襲いかかる。連撃を捌ききれずヤマメは傷を蓄積していく。
 観客も初めとは一転した戦況に困惑する中、ヤマメは側頭部に蹴りを喰らい膝を着いた。
「凄いねぇ……まるで敵わないよ」
「これが私の力さ。だが、まだまだこんなものじゃない。まだ参ったなんて言わせないよ」
 正邪はヤマメの胸倉を取り、無理矢理立ち上がらせる。その瞬間、思わず笑みを溢したヤマメは正邪の首に目掛けて口に含んでいた何かを吹き飛ばした。
「いづっ!」
 刺されたような痛みを覚え、正邪は思わずヤマメから手を放して首を叩く。手を見ると、薄橙色の蜘蛛が潰れていた。
「まさか……」
「そう、私の能力で改良した『樺黄小町』さ。まぁ、そのせいで、その子より弱いやつにしか毒が効かないようになっちゃったけどね」
「……ははっ」
 正邪は半ば焦るように、再び素早くヤマメに攻撃を繰り出す。
「馬鹿かい。そんなものが妖怪に効くわけ――」
 正邪の拳がヤマメに当たる寸前、それは止まる。突如正邪は膝から崩れ落ち、胸を押さえる。
「はっ…………がぁぁぁぁぁぁっ!」
 突如地面をのたうち回り、錯乱しだす。樺黄小町という蜘蛛は神経毒に限らず、激痛や嘔吐、ショック症状を引き起こす毒を有している。
「即効性を強めた代わりに、その子より弱いやつにしか効かない。つまり単純に考えれば、初めは私より弱いあんたより、弱い蜘蛛。もしそれが逆転したらどうなるかねぇ」
 尚も苦しみ続ける小鬼を見下す土蜘蛛の口元はつり上がっていた。
「あんたと戦うと分かった後、道具を変更する期間ができてから直ぐにその子を道具として申し込んだよ。天邪鬼ならそういう能力はあると思ってたからね。問題は、天邪鬼にこの毒が効くかどうか、だったけど、どうやら問題ないみたいだ。一対一であんたが有利なのは分かったよ。なら簡単。強い私と弱いその子であんたを挟めばいいだけさ。引っくり返されてもその子が強くなる。言っても即死するほどの毒でもないから、あんたが持ってる地蔵も発動しないようだね」
 正邪は呻きながらも立ち上がろうとする。しかし、全身に激痛が走るのか立ち上がりきることはできない。ヤマメはそれを見て、地面に肘まで着けている正邪に向けて再び何かを吹き付ける。その粘着性のある白い糸は正邪の腕を地面に縫い付けた。
「なっ……!」
 糸に戸惑う正邪の視界からヤマメは消えていた。背後に回っていた彼女は膝を着いている正邪の足までも糸で動きを封じた。
「いい様だねぇ、涎が出てきそうだよ」
 四つん這いになっている正邪の正面にヤマメは周る。
「な……何を……」
「あんたの手足を喰いちぎる」
 対面する正邪だけに見せるヤマメの表情はとても邪なものだった。
「あんたの持ってる道具が手動で発動できないことはよく分かった。なら、致命傷にならないこの方法が最も安全に勝てるってことさ。一応今の私はあんたより弱くなってるから、もしかしたらあんたを殺しきる事ができないかもしれないしね」
「ふざ……けん……な!」
 必死にもがく正邪だったが、糸が彼女の腕や足にまとわりつき続けている。
「まるで妖精みたいな悪あがきだねぇ。さて、両手足首、何本喰いちぎられるまでその強気を保っていられるかね? 降参するなら今の内だよ」
 少しの沈黙が訪れる。それでも正邪は退く様子を見せない。
「馬鹿か……。これくらいの戦況……私にかかれば、簡単に引っくり返るに決まってるだろ……」
「……残念」
 ヤマメも手を地に着き低く構え、正邪同様四つん這いになる。開けた口から見せる牙は障気を思わせるように怪しく輝く。
 窮地に陥ってもへらへらし続ける正邪の左手をヤマメは喰らう。しかし牙が寸前まで近づいた瞬間、正邪の口元はよりつり上がった。毒を打ち込まれ満身創痍である天邪鬼の左手は自由を塞ぐ糸を引き千切り、その勢いのままヤマメの鼻に裏拳を叩きつけた。
 思わず立ち上がって後ずさるヤマメを気にせず、正邪は糸に縛られている他の四肢も力付くで解放させた。更に、どこに隠していたのか、自分の頭程度の大きさをした小槌を取り出す。
「な。引っくり返っただろ!?」
 気付いたものの防御できる間もなく、小槌はヤマメの側頭部に叩きつけられる。強烈な打撃に頭が揺らされ、両手を着いて倒れるしかできない。立ち上がれないほど強烈な打撃という事もさることながら、色々な事象がヤマメの頭を混乱させていた。
「な……なんで……あの糸を……。というより……毒は……?」
 正邪はもう苦しんでいる素振りひとつ見せていない。毒など初めから喰らっていなかったかのように、怪しく笑い続けている。
「どくぅ? そんなもの、初めから喰らってなかったよ」
「そ、そんなばかな……。まさか、あの状態からさらに引っくり返して……毒を消し――」
「違う。そもそもずれてるんだよ。私は、お前を倒した霊夢や魔理砂と戦って、勝ったことがある」
「……?」
「つまり、全部ではないけど、あいつらの弾幕を私は避けれる。能力も、道具も使わずにな。私以上に、あんたが私を雑魚と思って油断してただけなんだよ」
 歪む視界と困惑する頭で、ヤマメはようやく一つの結論にたどり着く。その驚いた表情を見て、正邪は更に喜んでいるようだった。
「まさか……」
「そう、何も引っくり返してなんかいないんだよ。最初の不利な格好も、私が能力を使ったと思ってるあの指鳴らしも、全部演技さ。引っくり返ってないから、毒も効いてない。あの蜘蛛は見たことはあるからね。それらしい症状が起きた振りをすればいいだけのこと。強いやつと弱いやつで私を挟むというのはもちろん悪い作戦じゃない。でも、お前自身が私より強いと思ってた時点で、既にお前は負けてたんだよ。しかも、お前は蜘蛛の毒が私に効くかどうか分かってなかった。これも私からしてみれば信じられないね」
 正邪は地を這うヤマメの前に立ち、小槌を振り上げる。
「道具は、ちゃんと用量や回数を理解しないとね!」
 脳天に再び小槌が降り下ろされ、ヤマメはもはや手で自分の身体を支えることもできなくなり倒れる。
「地蔵も……嘘だったの……か……」
「当然。『二個使用してはいけない』とあるだけで、誰も、二個持ち込んではいけない、なんて言ってないだろう」
「はは……そうかい。そんな実力でそんな能力を持ってるなんて……しかもその性格。全く、なんて反則的な生き物なのかね」
「私は天邪鬼だからな」
 三度、正邪はヤマメの頭に小槌を叩きつける。とうとうヤマメは気絶したのか倒れたまま動かなくなった。
「そこまで! 勝負あり!」
 正邪の正しい実力を知らぬ者にしてみれば、毒で苦しみ糸で自由を封じられたにも関わらずあっという間に逆転した、という事であり、理解が追い付かず客席は静まり返っていた。
 正邪はそれを鼻で笑い、適当な客席に向けて人差し指を立てる。それだけで観客の妖怪達は息を吹き返したように勝者である正邪に再び罵声を浴びせ始めた。
「どーしてそういうことをするかなぁ」
 親友であり本物の小槌を所有している針妙丸が額に手を当ててぼやく中、正邪はこちらに向かい近付いてくる。
「あの鬼がいないから、代わりにあんたに伝えとくよ」
 針妙丸の方を向くことなく、正邪は萃香に話し続ける。
「これでお前とあのでかい鬼が、我が親友と私の二人と戦うことになった」
「……それで?」
「私達が全勝し、何もかも引っくり返してやるよ」
 得意気な笑みを浮かべ、正邪は背中を見せる。それに向かい「こらぁ正邪!」と針妙丸は呼び止めた。
「おぉ、噂をすれば! しかし、何故そんなところに」
 ――私に気付いてなかったのなら、最初に親指を上げたのは何だったのよ。
 色々文句を言いたかったが、針妙丸はとりあえず試合の反省点を指摘することにする。
「そんなことより。あんな隙丸出しで偽の小槌を使って……相手が奇襲をして『地蔵』が発動したらどうするつもりだったの?」
 正邪本人も言っていたが、自らが持ち込んだ道具を二つ使用すれば問答無用で失格になる。
「おぉ、そうだった思い出した」
 突如正邪は闘技場を歩き回り、内周の端に落ちていた地蔵を拾い、戻って来た。
「そんなもの、発動しないように捨てておきましたよ。必要なら必要で小槌を捨てればいいだけのことです」
「この罰当たり! それに、 小槌は勝手に動くわけないでしょう!」
「えぇ……? あ、あの異変を起こした方にそんな事を言われても……」
 思ってた以上に強く言われ苦笑いする正邪達を前に、針妙丸を頭に乗せる萃香は思わず笑い出す。
「面白いや。その道具があれば有利に殴り合えるのに。わざわざ捨てて普通の武器らしい道具を使うとはね!」
 会話を止められ、正邪はそれ以上何も言わずヤマメが出てきた方の出入り口から退場していった。
「あらら、嫌われてるのかな。何にせよ、あの天邪鬼の言う通り二回戦は私達鬼があんた達二人と戦う事になる。逃げるなよ」
「もちろん」
 二回戦の第三試合を戦う者同士であろう二人は互い、自信あり気に笑いあっていた。

 北東の控え室で、遂に少女――魂魄妖夢は長く閉じていたその目を自らの意思で開く。
「どうか見ていてください、幽々子様」
 地底妖怪武道会の最後の部である八名の戦い。その先陣を切る妖夢は静かに立ち上がった。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
正邪の逆転振りはまさしく天邪鬼。楽しませていただきました。
妖夢頑張れえ!
2.名前が無い程度の能力削除
永遠亭と地底以外の主要な実力者を相手に、お遊び無しの弾幕勝負を10日間ぶっ通しで乗り切ったんだから、下手すりゃ自機勢の中で最強の実力を持っていてもおかしくないもんな。究極反則生命体だとしたら尚更。作中最強の霊夢だって、本人より博麗の恩恵みたいなところが強いし。
3.名前が無い程度の能力削除
えッ 正邪さん普段わざと実力隠してるの?(天邪鬼的に)
「力で以て語るなど邪道!」
「裏をかけ、意表を突け、それでこそ天邪鬼の正道!」 とか?
いやむしろヤマメが弱すぎたという可能性も…奴は地霊組の中では(ry
屠自子頑張れ!
4.名前が無い程度の能力削除
二次で正邪と対戦するキャラはかわいそうだな
まず間違いなく正邪上げの餌にされる