Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

稗田阿求、生みの苦しみ

2015/01/17 23:12:58
最終更新
サイズ
11.15KB
ページ数
1

分類タグ

 窓から見えたのは見渡す限りに広がる雪景色。白銀の世界だとか純白の世界と言えば聞こえは良いが、降り積もった雪が全てを真っ白に染めてしまっただけの事で、これと言って特別な思いをこの白い世界に抱く様な事はない。強いて言うならば歩きにくくて困る。
 机上に広がる真っ白な原稿。白銀の世界だとか純白の世界と言えば聞こえは良いが、ただ単に執筆が止まっているだけの事でこれと言って特別な思いをこの白い紙に抱く様な事はない。……嘘です。原稿が進まなくて困っています。
 幻想郷縁起編纂の為に転生を繰り返す御阿礼の子、つまりは私の事なのだけれど、筆が進まずに困っております。
 そもそも、幻想郷縁起の編纂は百数十年に一度。要は一代で一度の編纂作業を行っていた。過去形です。何故なら当代に関しては既に二度の編纂作業を行っているからだ。
 幻想郷縁起の編纂を始めたのは妖怪という脅威から我ら人間が身を守る為にと私のご先祖様、もとい私が筆を取ったのがきっかけだった。時代が変われば脅威となる妖怪も変わる。五代目位迄は使命感だとか責任感を持って筆を走らせていたのを記憶しているのだけれど、六代目頃からは何だろう、義務感と言うのだろうか、やらされ仕事の様に感じてしまっている。
 原因ははっきりしている。妖怪の仕業ではなく、世の中が悪い。長く続いた戦乱の世が終わり、この国が将軍家に統治される様になったのだ。
 そのこと自体はとても素晴らしい事だと思う。百年以上続いた動乱の時代。所謂、戦国時代が終わり、天下泰平の世を迎えた事はこの国にとって何よりも喜ばしい事だと思っている。
 ただ、幕府が民の移住を禁止した事がいけなかったのよ。
 幻想郷は元々、山奥の小さな小さな農村。人間の出入りがただでさえ少なかったのに、完全に出入りが無くなってしまった。もし見慣れない人間が来る様な事があれば、人相書きを貼られている様なお尋ね者位な者だった。
 人間が増えなければ人間を餌とする妖怪も増えない。
 結果的に人間の脅威になる妖怪はいつ迄も同じ妖怪だった。同じ妖怪への対処法を何度も書こうとは思わないし、幻想郷の住人達には生活の知恵と同じように親から子へと受け継がれている。
 話が少し脱線したかもしれないが、結論から言うと五代目の時に編纂した幻想郷縁起の内容と六代目の時に編纂した幻想郷縁起の内容はほとんど変わらない。更に暴露してしまうと八代目迄は文章や絵図の配置を変えてみたり、言葉使いを編纂当時の言葉に変えてみたりしているだけだった。
 八代目の頃に人里の長、博麗の巫女、妖怪賢者を集めて正直に話をした事があった。
 新しい幻想郷縁起を楽しみにしている。だとか、貴女の幻想郷縁起のお陰で毎日楽しい。だとか、貴女の幻想郷縁起は第一巻から集めてる。だとか完全に娯楽としてお楽しみ頂いている様で何よりです。
 いやはや、恐れ入ります。次に幻想郷縁起を編纂する際には飛び出す絵本にでもしてやろうかしら。そんな思いを持ったまま、八代目の私は一生を終えた。
 そして、九代目として転生し十数年。幻想郷は変化の時を迎えていた。妖怪賢者が張った結界の所為で外の世界で忘れ去られた妖怪が幻想郷に引き寄せられる様になった。また、信仰を求めた外の世界の神が結界を越えてやって来た。
 それだけならまだしも、天界から幻想郷に遊びに来る不良天人や法界に封印されていた僧侶が居ついたり、不老不死を目指した聖人が長い眠りから覚めたりと、幻想郷のパワーバランスは大きく変わった。
 里と山。至って単純だった人間と妖怪の勢力図に外来の妖怪や霊界、月を追われたお姫様の一派や地底に蠢く妖怪達の存在が明らかになった。更に神道、仏教、道教と宗教家達の勢力が混ざり合い、幻想郷の勢力図は混沌となった。
 また、その勢力図をひっくり返そうと企んだ妖怪もいるようで、人間も妖怪もどちらも一枚岩ではないのが現状だ。
 数百年振りに私は使命感と責任感を持って幻想郷縁起の編纂作業に取り組んだ。うん、数百年ぶりにやりがいのある編纂作業だったわ。
 毎年の様に異変が起こり、新しい妖怪が幻想郷に現れる今日。この激動の今を記録せずに何が御阿礼の子か。
 そんな熱い想いで筆を走らせ完成させた二冊の幻想郷縁起。どちらも好評で、鈴奈庵では常に貸し出し状態が続き、書店では特設コーナーを用意してもらっている位だ。ちなみに幻想郷始まって以来のベストセラーだと記憶している。
 
 こうなると三冊目の幻想郷縁起の編纂にも力が入るというものだ。読者が求めている内容は? どの様な趣向の企画が求められているのか?
 考えれば考える程深みに嵌ってしまい筆が進まない。
 気晴らしに散歩にでも行こうかと思い、席を立ちカーテンを開け窓から外を見たら辺り一面の雪景色。
 ああ、ようやく話が冒頭と繋がった。
……まあ、繋がった所でこれと言って話が進む様な事は無いのだけれど。
 ただ、物語は突然始まる。
 例えば、年頃の男の子が都合の良い異能の能力に目覚め、幻想郷にやって来て妖怪達を退治する。そして都合の良いヒロインの娘と都合良く恋仲になる。なんて読んでいて鳥肌が立つような内容でも、物を語るには始まりがある。それはいつだって突然なのだ。
 主人公が何月何日何時に産声を上げ、何日後に助産院から退院し、何月何日に離乳食を口にし、何月何日に言葉を覚え、何月何日によちよち歩きを始めた。そんな所から始まる物語、誰だって読む気になんてなる訳がない。
 話がズレた。修正。
 今の私は物語を求めている訳では無かった。三冊目の幻想郷縁起についてだった。読者が喜ぶ企画は何か……
 うーむ。と筆を上唇と鼻で挟み、両手で頬杖を付いた時だった。女中が私を呼ぶ声が聞こえた。
「阿求様、お客様です」
 お客様? こんな大雪の日にわざわざ足を運ぶとは、余程の急ぎの要件なのかもしれない。
 客室でお待ちする様にと伝え、着崩れた着物を直す。
 さて、誰かしら? と思いながら客室の扉を開ける。そこには見知らぬ男が座っていた。
「俺の名は鳳凰院朱雀。幻想郷に迷い込んでしまった。ここに来れば知恵を借りれると聞いてな」
 いきなりの自己紹介に沈黙。
「くっ右手に宿る火龍が反応している。お前も何か能力を持つ者か?」
 沈黙。そして思考する。
 突然始まる物語に巻き込まれる危険性を感じた私は彼にこう助言をした。
「幻想郷の外れにマヨヒガと呼ばれる地域があります。そこで大きな声でババアと叫ぶ。迷いの竹林を抜けた先にあるお屋敷の前でババアと叫ぶ。人里を抜けた先にあるお寺でババアと叫ぶ。妖怪の山の山頂にある神社でババアと叫ぶ。もし貴方が空を飛べる様なら霊界まで飛んで言ってババアと叫ぶ。後は太陽の畑でババアと叫ぶ。この中のどれかを選んで下さい。幻想郷から出られますよ」
「成る程。『ババア』と言うのは術式を発動させる為の呪文か。恐らく、今お前が教えてくれた場所は出入口を隠してある場所なのだろう。ふっ、幻想郷の魔術のレベルが何と無くわかったぜ」
 無言で頷く。
「しかし良いのか? 得体もしれない俺にそんな事を教えてしまって?」
「構いません。それより急いで下さい。日が暮れてしまえば術式は発動しません。速やかに退場して下さい」
「恩に着るぜ。あんた、名前は?」
「博麗霊夢」
「覚えておく。それじゃあな」
……危なかったわ。訳の分からない物語に巻き込まれる所だった。
 ふう、と大きく深呼吸をして客室を後にした。

 さてと、筆も進まないし昼寝でもしようかしら。
女中におやつの時間に起こす様に言いつけ、私は眠りについた。

 目を開けた。
 視界に飛び込んで来たのはむさ苦しい髭面の男性。名前は知っている。元上司の太安万侶その人だ。
 私に古事記の編纂作業の手伝いを命じた張本人で、文化人だった。顔はむさ苦しいけれど。
「阿礼、お前さんのお陰で無事に古事記を陛下に献上する事ができた。感謝しているぞ」
「いえ、私は聞いた事をそのまま安万侶様にお伝えしただけでございます」
 はっはっはっと暑苦しい顔で大笑いすると彼は続けた。
「聞いた事をそのまま伝える。それがどれ程難儀な事か。謙遜などよせ」
 謙遜を止めろと命じられたので、私は率直に疲れたと文句を言ってやった。
 素直でよろしい。とむさ苦しい顔で褒められた後に「だが、各地の神々の話や妖怪の話を聞かせて貰い、お互いに貴重な体験ができたのう」と嬉しそうに髭を撫でた。
 彼の言う通りで、古事記の編纂にあたり都の知識人だけでなく古代の神々に所縁のある地を旅して回り、その地の知識人から話を聞かせてもらった経験はその後の私の人生に大きな影響を及ぼした。
 ちなみにその旅の道中、妖怪に襲われた事があった。護衛に連れていた武人が退魔の知識を持ち合わせていたお陰で難を逃れたが、私も安万侶も死を覚悟した。
「しかし、妖怪に襲われた時は流石に死ぬかと思ったのう」と笑う安万侶。
「笑い事では無いです。あの時、護衛の方がいなければ私も安万侶様も揃ってあいつの腹の中でした」
あんなむさ苦しい髭面と小汚い妖怪の汚い腹の中に収まるなんて御免だ。とは言え、妖怪とは随分と不思議な存在だ。神々と似たような力を持つが、神々とはまた違う存在に私は心惹かれた。
 恐らく私が幻想郷縁起の編纂を始めたのはこの経験の所為かもしれない。

 はっと目を覚ます。
 目の前には刀を腰に差した武人が深々と私に向かって頭を下げていた。
「阿未様のお陰で鵺を退治する事が出来ました」
「頭を上げて下さい。私はただ書物を頼政様に差し上げただけでございます」
 そうだ。思い出した。この男は源頼政。都のお偉いさんだ。
 都で猛威を振るう妖怪を退治する為にわざわざ幻想郷縁起を読みに山奥の村まで訪ねて来た変わり者だ。だが、実力は相当なものらしく皇族から妖怪退治を依頼される程の腕前だそうだ。人間は古来より妖怪に怯え、恐れ、生きてきた。だがこの男は違った。自ら進んで妖怪と対峙し退けてきた。
 妖怪に恐怖心を抱くような事はないのだろうか。ふと気になって私は彼に尋ねた。
「貴方は妖怪に恐怖心を持った事は無いのですか?」
「阿未様には正直に申し上げましょう。某、妖怪に恐怖心を抱かなかった事はございません。奴らは人間の理解を超える存在。雷を落とす者、火を噴く者、風を操る者、巨岩を投げ飛ばす者。様々な妖怪を退治して参りましたが、この足が震えなかった事はございません」
 自尊心を何よりも大切にする都のお偉いさんの言葉とは思えず、私は思わず笑ってしまった。
「すみません。笑うつもりはなかったのですが、余りにも素直にお答えになられたので、つい。ですが、それでも妖怪と対峙する貴方は勇敢な武人なのでしょう」
「今後も都に害をなす様な妖怪が現れれば私はそれを退けなければならない。恐ろしくて堪りませんが、阿未様から頂いた書物と共に立ち向かってみせましょう」
 彼は恥ずかしそうにそれでも力強くそう言って私の前から立ち去った。

「阿弥殿、阿弥殿、これはどうだ」
 化猫の浮世絵を私に見せつけてくる男性。
「ふむ、猫又ですね」
「そんな事は見れば分かる。お前さんの知っている猫又かと聞いてるんだ」
「別に猫又に知合いがいる訳じゃありませんので、そんな事を聞かれても……」
 その返事を聞くと浮世絵を投げ捨て、懐から一冊の本を取り出す。そして大きな声で続けた。
「この本に書かれている猫又はお前さんの知合いではないのかい?」
「知合いの知合いです」
「名はタマではないか?」
「違いますね」
「くわぁぁ、ここでも無かったか」
 勢い良く立ち上がると頭を抱えて奇声を上げた。この変人は歌川国芳。江戸で売れっ子の浮世絵師の一人で数年前に知り合った。
 幻想郷縁起の噂をどこかで聞いたとの事でわざわざ通行手形を取りこんな山奥の田舎までやって来た変人だ。
 そして数年振りにやって来たと思ったら猫又の浮世絵を見せつけて知合いかどうかを尋ねて来た。やはり変人だ。
「国芳さん、タマとは?」
「江戸の城下町で出会った猫又でな、偉い美人だった」
 いい歳したおっさんが頬を赤らめていた。
 話を聞くと国芳はその猫又に一目惚れをしてしまった様だ。間違いなく変人だ。
 若い頃から妖怪を描き続けているこの男、何時しか妖怪に心を奪われ、更には恋をしてしまうまでになった様だ。どう考えても変人だ。
「妖怪ってのは人を食う。肉を食う奴もいれば心を食う奴もいる」
「それじゃあ国芳さんはそのタマという猫又に心を食われていますね」
「ははは、違いねえ。俺はあいつにぞっこんだ。いっそ身体も食われちまいたい位だ」
 変人、いや変態だった。

「阿求様、阿求様、おやつの時間ですよ」
 女中が扉越しに私を呼ぶ声で目を覚ました。
 随分と懐かしい夢を見た。阿礼、阿未、阿弥と過去の自分の記憶。
 時代と共に妖怪への認識が少しずつ変わっている事を思い出した。私も含め、周りの人間も。
 恐怖心を抱きながらも勇敢に妖怪に立ち向かった頼政、妖怪に恋心を抱いた変わり者の国芳も。
 あぁ、そうか。次の幻想郷縁起に面白い企画なんていらなかったのだ。どう捉えるかなんて読者次第。妖怪に立ち向かう勇気を抱こうと、妖怪に恋心を抱こうと私の知った事ではない。知った事ではないが、私の幻想郷縁起がきっかけになっている。読んだ者が百人いるなら百通りの感情を引き出す。それが大事なのだ。そうすれば百通りの妖怪との付き合い方が生まれる。
 幻想郷は変化の時を迎えている。妖怪との付き合い方、宗教との付き合い方、快適で素敵な幻想郷ライフを送る為の参考書になれば良いのだ。
「おやつは結構です。それよりも墨と紙をもっと用意して下さい。すぐに足りなくなると思うので」
 そう言って私は真っ白な紙に筆を走らせた。




海苔缶と言います。
久々にお話書きました。
海苔缶
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
中二ネームな奴の外伝を是非と思ったけどここだと不味いかなぁ
2.奇声を発する程度の能力削除
面白かった