Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・11:『1回戦11・豊聡耳神子VS星熊勇儀』

2015/01/16 16:26:42
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 主に一回戦の十三から十六試合を戦う者達が控えている北東の控え室。その扉を開けたのは、守矢神社の巫女である東風谷早苗だった。
「神奈子様!」
 彼女が信仰するうちの一柱である八坂神奈子は振り返り、早苗に気が付く。
「おっ、早苗じゃないかい」
 神奈子に応えるように早苗は側へ行く。そこで神奈子と対峙し、何故か戦いの構えを見せている氷精のチルノが目に入った。
「チルノ……さん?」
「一回戦を戦う前に、私と準備運動をしてたのさ。こいつの相手は炎使い。妖精といえど驕ってはいないってこと」
 神奈子は第十五試合を月の兎と、チルノは第十六試合を不死の炎使いと戦う。
「こらー! よそ見するな!」
 チルノは能力で生み出した氷の剣で神奈子に襲いかかる。
「ペース配分は大切だよ。が、その負けん気、嫌いではないね」
 神奈子はそれを素手で掴み、チルノの腹を蹴りとばす。剣を手放され床を転がるチルノは受身をとり、再び氷剣を創り跳ぶ。
「どうしたんだい、そんなんじゃ二回戦で私の相手は務まらないよ!?」
 まだ試合でないにも関わらずどちらも楽しそうに身体を動かす二人を見て早苗は苦笑いする。
「そ、そんなに暴れては他の方々に迷惑……」
 言おうとして、早苗は部屋に入った時から感じていた違和感を確認するために部屋中を見渡す。何度見直しても今いる控え室には自分を除いて三人しかいなかった。その内の二人は依然動き続ける神奈子とチルノであり、早苗は残り一人の側へ行く。
 その者は壁際で正座し、目を瞑りじっとしていた。
「お久しぶりです、妖夢さん」
 二刀を腰元に置いている白髪の半人半霊少女である魂魄妖夢はゆっくりと目を開き、早苗を捉えた。
「あぁ、東風谷早苗さん、お久しぶりです。神霊の異変の時は助かりました」
「いえいえ。……こんな固い床に正座ですか。……瞑想?」
「はい。まぁ、こればかりは座蒲団を用意してなかった自分の落ち度ですね。郷に従うしかありません」
 会話する妖夢を神奈子は鼻で笑い、チルノと戦いつつ早苗の方を向く。
「凄いよそいつ。主の亡霊が負けてからずっとそんな感じさ」
 早苗は無言のまま妖夢へと振り返る。
「幽々子様はあの小人に騙され、まだ戦えるにも関わらず降参を言わされてしまいました。初めは幽々子様に促されるまま参加した大会でしたが、目的ができました。あの者は同じ剣士として、私が仇をとらなければ」
 チルノの頭を自らの右腕で絞め、宙に浮いた状態で胡座をかく神奈子は妖夢の真面目な言葉にまたも笑う。
「おいおい、まず私達は片方の鬼を相手にするかもしれないんだよ。反対側の奴らとどうのこうのするなら、まずはそれを考えないと。……しっかし、勝ち上がり続けても、最悪、鬼と二連戦か……。諏訪子がなんとかしてくれないか……あぁ、でもそれじゃあお前さんが小人と戦えないね」
 神奈子が妖夢をからかう中、さとりの声が部屋に響く。聖人と鬼の入場が促された。
「始まるみたいだね」
 見ることも立派な修行だ、と諭したチルノと共に神奈子は壁に映る闘技場の映像を見る。
 早苗も映像を見るために歩こうとして、依然じっとしたままの妖夢に気付く。
「試合……見ないんですか?」
「あの神様の言う通りですよ。地底の鬼を倒さなければ小人とは戦えない。それでいて私は、初め亡霊を倒さなければその鬼と戦うことさえできません」
 妖夢は二つ次の試合で亡霊の蘇我屠自古と戦わなければいけない。
「目の前に迫る戦いに集中できなくて、その後の試合に集中する事などできません」
 魂魄妖夢は再び目を閉じる。早苗も妖夢から背を向け、闘技場の映像を見る。それは画面越しでも異様に盛り上がっているのを感じることができた。

 地底の闘技場は歓声によって大きく震えていた。闘技場の中央に聖人と対峙して立っている星熊勇儀へ、ほとんどの観客が声援を送っていた。勇儀は地底に住む鬼である。地底に住む者の中で彼女の強さを知らない者はいないだろう。その期待が轟音と熱気に表れる中、さとりの座る審判席の列に一人の者が現れた。
「隣、座るよ」
 勇儀と同じ鬼である伊吹萃香はさとりの返答も待たずに隣へ座った。
「何度も言いますが、此処は審判以外座ることは……」
「固い事言わない。勇儀の戦いを後ろから見れるわけないだろ?」
 何を言っても無駄だと思ったさとりはそれ以上何も言わない。というより、萃香の頭にある『もの』を見て、そちらへの興味が勝る。彼女の頭には小人が乗っていた。
「その方は……」
「ん? あぁ、私の二回戦の相手」
「それは分かってます。なぜ一緒に……」
 萃香が答えるより早く、彼女の心を読んだ事によってさとりは答えを知る。萃香と小人である少名針妙丸は互いの一回戦が終ってから会話を交わすようになり、気が合い仲良くなっていた。
「なるほど」
「というわけで、いいだろ? 私達は両方、二回戦進出者だよ」
 強引な理屈にさとりは何も言わず、しかし非難もしなかった。
 闘技場の中央では既に聖人の豊聡耳神子と勇儀が睨み合っていた。神子は身体全体を覆える程の外套を背中に羽織っており、その姿は以前、ある面霊気が起こした異変の時の格好と瓜二つだった。
「あんたの戦い、見てたよ」
 勇儀は自分より少し小さな背丈の神子を見下げ、笑みをこぼす。
「あんたと寺の住職、一度戦ってみたかった」
「私もです。かつて私が人の身として生きていた時代でも、伝承でしかその存在を認識できなかった鬼。それでもその存在は人から恐れられていた。時空を越えて私は今、その鬼と戦う事ができる。これほど光栄なこともない」
「そうかい。ま、せいぜい期待してるよ」
 戦いを始めるため一度背中を向ける勇儀に対し、神子は口を開く。
「あぁ、そうだ。最後にもうひとつ」
 ――聖白蓮と戦うのは、私だ。
 神子が言った言葉の意味を読み取り、背を向けたまま勇儀は小さく笑う。
 嵐の前の静けさと言わんばかりに、先程とは打って変わり観衆が一度収まっていく中、閻魔は宣言する。
「一回戦第十一試合、始め!」
 まるで爆発のように客席の騒ぎ声が響き渡る。それらのほぼ全てが勇儀に向けられているものだったが、対して神子は寧ろ微笑んでいた。
 ――この観衆の矛先を全て私の方へ向けよう。
 七星剣と呼ばれる剣を腰から抜き、神子は勇儀と共に歩いて間合いを詰めていく。
 ある程度の間合いになった瞬間、勇儀は跳んで一気に間合いを詰め、右腕を振りかぶる。
 対して、攻撃をいなして右手に持つ剣で反撃する、という戦法を神子は考える。しかし目の前で起きた光景に神子は困惑する。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 勇儀は右腕を振りかぶり、相手の顔面に向けて拳を振り下ろす。しかしその速度は、まるで亀が歩くがごとく、ゆっくりとしたものだった。声まで力ないものになっている勇儀の行動に一瞬状況が呑み込めなかったが、その事実を理解した神子は心中激昂した。
 ――嘗めるな!
 相手が鬼とはいえ、自分はただの人ではない。それを思い知らせるため反撃しようと神子は左手で勇儀の右腕を振り払う。しかし彼女の左手は勇儀の腕に触れた途端、ぴたりと動きが止まった。
「なっ……?」
 力の方向に逆らったわけではなく、ただ受け流すように神子は勇儀の腕を振り払うつもりだった。しかし、勇儀の力は純粋にそれさえも打ち消す程だった。そのまま、勇儀の拳は相手の左手ごとゆっくりと神子の顔面に向かっていく。対して神子はそれ以上の対処ができずにいた。圧倒的な力の差に一瞬思考が止まってしまった事もあるが、本能的に、自分が行動を起こす前に勇儀の拳が自分に届く、という事を察知してしまっていた。
 何事もなく神子の左頬に拳が触れ、勇儀は落胆する。この程度の力にも対抗できないのでは遊び相手にもならない、というのが率直な感想だった。
「残念だよ」
 右腕を振ると同時に勇儀の前から神子が消えた。そう観客が認識した瞬間、少し離れた場所で神子は地を転がっていた。勇儀はほぼ棒立ちで腕の力だけであるにも関わらず、神子は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、そのまま闘技場の壁に叩きつけられる。
 数瞬の沈黙後、観衆は一層湧き上がる。期待に違わぬ鬼の力を生で見ることができ、既に見たことがある者にとってもその驚異的な力は崇拝の意すら覚えてしまう。
「ま、一回戦はこんなものか」
 観衆に手を振りながら勇儀はぼやく。しかし歓声に紛れた、砂粒を踏む音を彼女は聞き逃さない。音の方にいた神子は既に立っていて、攻撃を受けた左頬をさすっていた。
「いたた……。せめて先制だけはとっておきたかったのですが……。なるほど、見事と言っていい力ですね。まぁ、おかげで緊張もほぐれました。大勢の人の前に立つのと妖怪とでは、少し勝手が違っていたので」
 余裕そうな態度を見せているが、目が覆われる程ではないものの神子の左頬は明らかに腫れ始めている。
「少し煩いですね。これでは肝心の、あなたの欲が聞こえない」
 神子は大きく息を吸う。何試合前か同じようなことをしていた聖白蓮の姿が勇儀の頭に思い浮かぶ。
「喝っっっ!」
 客席ではなく中央からの怒声は結界を伝って響き渡り、妖怪達を黙らせた。
「はは。見た目と違ってそんな声を出せるんじゃないかい」
 笑う勇儀に対して神子は目を閉じる。
「よく聞こえます。あなたの欲、あなたの欲するものが」
 鬼である自分を相手にして目を閉じる神子の姿は勇儀の癪に障る。
「前にもいたねぇ、心眼云々とか言って立ち向かおうとするやつ」
 勇儀は余裕綽々にゆっくりと歩み寄っていく。
「まぁ……捻じ伏せてやったけどね!」
 先程とは違い左拳、しかし腰が入った一撃は神子を粉砕するべく襲い掛かる。
 ――聞こえます。あなたはこの攻撃を受けても尚、私が立ち上がることを最も望んでいる。しかし、『この攻撃で私をすり潰す』という欲が、どんなに小さくても聞こえますよ。
 勇儀の左拳が神子に触れる。しかし神子は身体を回転させて勇儀からの衝撃を消す。そのまま回転の勢いを乗せた裏拳は勇儀の顎を撃ちぬいた。
 怯みによって勇儀が見せた数瞬の隙を見逃さず、神子は飛び上がる。跳躍ではなく幻想郷の強者が持つ飛行能力、その飛び上がりを利用し、両膝で再び勇儀の顎を蹴った。
 勇儀は後ろによろけ、中空にいる神子はそれを見逃さない。その場で更に勇儀の顎を刈り取るべく、回し蹴りを放つ。しかし足首を掴まれ、その攻撃は届かなかった。
「私を人間と勘違いしてないかい?」
 勇儀は神子の足を掴む左手と腹筋に力を入れ、目の前にある地面を見る。
「人間には、鬼の頭を揺らせられないさ!」
 左腕を振り、神子を目の前の地面に叩きつけようとする。しかし偶然目が合った神子の表情は、笑っていた。この状況も読んでいたのか、と勇儀が思った時には自らの後頭部に衝撃が叩きつけられる。神子は地面に叩きつけられたもののそれほど痛手を受けているわけではなくすぐに受け身を取って立ち上がる。対して謎の反撃を受けた勇儀は倒れこそしなかったものの、手を膝に着いていた。その攻防は観客席からは一目瞭然だった。地面に叩きつけられそうになった神子は体勢を強引に変え、左足の方で勇儀に踵落としを放っていた。それこそ、勇儀は鬼である自身の力を利用されて後頭部にぶつけられ、その反動故か神子は地面に叩きつけられたものの軽傷で済んでいた。
 体勢を起こせないでいる勇儀に対し、優勢に立った神子は剣を向けて近づいて行く。
「あまり気乗りはしませんが……鬼であるあなたの首を落とさせてもらおう」
 横に立ち、振り上げた剣を神子は振り下ろす。しかし、それは勇儀の右手払いだけで、剣は神子の後方に飛び、結界にぶつかった。
「いいのかい、私の間合いだよ」
 勇儀は両腕を開いて襲い掛かる。殴打と投げに対し華麗な反撃を喰らわされた勇儀の次なる一手は、羽交い絞めだった。
「構いません」
 しかし、神子はその欲さえも聞いていた。前に出た勇儀と同じ距離だけ後ろに跳び、その体勢のまま後ろ宙返りをする。伸ばした足は見事な月面を描き、射程にあった勇儀の顎を三度捉えた。
「私の間合いであることをお忘れなく」
 そこで勇儀は、剣はあくまで囮だった事に気付く。
「ははは。……あんたを人間扱いした事は撤回するよ」
 数度の有効打を受けて尚膝さえ着かない勇儀は頬を吊り上げて微笑む。一度深呼吸をして、再び息を吸いきると、途端に攻撃を再開する。
「ようやく、私を対戦相手として倒す事を思ってくれましたね」
 殺意を込め速度を優先した勇儀の乱打さえも、神子は華麗に捌いていく。反撃の隙を与えない勇儀の乱打に神子は動揺の色を見せていない。
 ――攻撃と防御を両立させる事は難しい。どちらかを選べばどちらかがおろそかになる。
 勇儀の攻撃を神子は捌き続ける。それ自体が勇儀には疑問だった。初めの攻防の時、手加減したにも関わらず神子は自分の攻撃の軌道をずらすことさえできなかったはずなのだ。力も、速度も、試合が始まった時とは別人のようなものになっている事を勇儀は悟る。
 ――顎は鬼にとって致命傷ではない。故に……。
 神子は再び、綺麗に裏拳を勇儀の顎に当てる。
「危険と思わず、学習しない」
 その攻撃も、先程のものと比べはるかに重い攻撃に勇儀は困惑する。鬼である自分を相手に手を抜いていたのか、と思う中で別の可能性が思い浮かび、思わず一度攻撃を止める。
「そうか……。長く戦い続けてると色んなやつがいる。あんたは、あれだ。戦ってる最中に強くなる奴だ。しかし妙だね。いつだったかは忘れたけど、前に戦ったそういう奴は、戦いながら私の力を吸収して強くなる奴だった。でも、私の力が無くなってる感じはしない」
「……半分、正解です。私は確かに、ある力を吸収して強くなっています。まぁ、あなたのそれを吸収するのもいいかもしれませんが、それよりも早く大量の力を得る方法があります」
 神子は右手を上げ人差し指をくるりと回し、客席中を示す。
「『私にあなたを倒してほしい』という欲を生み出しはじめている、全ての観客です」
 勇儀が驚いた隙を狙い神子は動く。突如外套で自身を勇儀の視界から隠す。途端、神子は外套諸共消え去った。先程神子が言った言葉以上に驚いた勇儀の腹部に突然衝撃が走る。いつの間にか神子は自分の懐に居て、肘打ちを繰り出していた。
「なにぃ……!?」
 隙を逃さず、神子は連撃を繰り出していく。
 ――先制こそ許しましたが、私は鬼であるあなたに幾度のカウンターを放ち観客が望んでいたあなたの完全勝利を打ち砕いた。少しずつ、無意識に、私の勝利を望む者が増えている。
 神子の連撃に対し強引にねじ込むように、力を込めた右拳を勇儀は放つ。再び神子は外套で自身を覆って消え、瞬時に勇儀の背後に現れる。その無防備な背中に蹴りを繰り出した。
 神子が体勢を整えた時、ちらほらと自分に対し声援を送る声がはっきりと聞こえるようになっていた。
「これが全て私への声援になれば、あなたを倒す事もきっと容易いだろう」
 背中に攻撃を放ったが、それでもまだ片膝さえ着かない勇儀がこちらへ向き直った時、神子は違和感を覚える。
 ――気付かれたか……。
 勇儀は今、初めて後手で攻撃を仕掛けようとしていることを神子は察知する。神子は『この攻撃を喰らって欲しい』という勇儀の欲を聞き、それを対処して捌き反撃してきた。つまり望まずとも後手に回らざるを得ない。勇儀はそれに気づき、自らも後手に回ろうとしていた。それでいて勇儀は今、頭の中で神子に対する攻撃手段を一切決めておらず、ただ近づいて来るだけである。
 ――確かに正解です。私はあなたの欲を聞いて反撃した。つまり私が対処できない短い時間に、攻撃手段を決めてそれを放つのも手だろう。
 今、勇儀は様々な攻撃方法が頭に考え付くも、それら一切を全て保留する。防御もせず、ただ相手に向かい歩いて来るだけであるにも関わらず、先程まで華麗な反撃の数々を観客に見せてきた神子が恐れるように下がり始めた。神子を応援し始めていた妖怪は困惑し、その声援を止めてしまう。
 ――確かにこれでは格好がつかない。しかし、迂闊に前に出るわけには……!
 神子は先程、目を瞑り勇儀の攻撃を対処していたが、それは挑発や戦法のどちらにも当てはまらない。あの時、神子の視覚は正常に働いていなかった。試合が始まった際に受けた鬼の一撃は、たったそれだけで神子の頭を揺らし、視界を歪ませていたのだ。今でこそ視力は正常であるが、その攻撃力と言う恐怖はしっかりと刻み込まれてしまっていた。
 ここぞとばかりに鬼の勝利を望む妖怪達は神子の後退を非難し始める。観客の欲を糧にする神子にとってこれほど辛い事はない。
 ――惑わされるな! 優れた者ほど危険を伴うような試みをすることはない。しかし今、私は窮地に陥っている。この一度、ここ一度の窮地を乗り切った後に私の勝利が決まる程の作戦を編み出せば……!
 とっさに神子は審判達の顔色を伺う。恐らく自分と鬼に対する評価が平等に戻ってしまっただろう、と悟った神子は腹を括る。
「良い目になったね。戦いはそうであるべきだよ。一方的な喧嘩なんて私だって面白く思わない。だから私も初め、あんたの大声を邪魔しな……か……」
 突如、勇儀の言葉が止まる。徐々に勇儀の口元は吊り上がり、その真意を望まずとも欲として聞いてしまった神子の表情は青ざめていく。
「あった、簡単な方法が」
 勇儀は突如大きく息を吸う。神子の次にその意味に気付いたのは心を読んださとりと、鬼の親友である萃香だった。
「観客どもぉ! 耳を塞げぇ!」
 突如萃香の怒声が飛ぶ。勇儀をよく知る妖怪達はこの時点で耳を塞いでいて、他の妖怪達もつられて耳に手を当てる。妖怪達は先程神子が放ったそれを忘れておらず、それでいて地底に住む者なら、近くにいなくても聞こえることがある勇儀の『それ』の恐ろしさは知っていた。耳を塞いでいない者は、ひねくれ者の妖怪である八雲紫、誇り高き吸血鬼のレミリア・スカーレット、強い妖力を持っている風見幽香。そして鬼の対戦者である神子も耳を塞ごうとはしない。結界越しの通路で見ている、部下である亡霊の蘇我屠自古は神子が耳を塞がない事に疑問を持ったが、すぐにその理由に気付いてしまう。
 ――耳を塞げない! 私が耳を塞げば、鬼の欲を自らの手で聞こえないようにしてしまう! 
 神子は上空に飛び上がり、とにかく勇儀から距離を離す。
 ――障害物が何もないこの闘技場、音による攻撃はまさに全方位の回避不能攻撃! ……なるほど、私が大声を放ったせいで、鬼は今のその戦法に辿り着いた。まさか自ら首を絞めていたとは……。
 万遍なく身体に空気を溜めた勇儀は闘技場の中央に立ち、飛び上がる。高さで見てもちょうど中間の場所に到達し、勇儀は『それ』を放った。
 ――今一度堪えろ! 私の耳!
 神子が構える中、咄嗟に紫も結界を強固にする。それでも勇儀から放たれた壊滅的な咆哮は、もはや声という枠から外れ衝撃波として闘技場にいる全ての者の身体に叩き付けられる。
 後の話で、それは地上にいた別の吸血鬼の耳に届く程のものであった。
 耳を塞いでいた妖怪達であっても思わず耳鳴りがする程であり、それでも結界によりそこまでの惨事になることはなかったが、内側は当然そうではない。耳当てを着けているにも関わらず神子は身体が硬直し、中空で止まっていた。衝撃波に立ち向かうことはできたが、その音は耳から頭を揺らし、思考を完全に止められていた。
「驚きだ。まだ意識があるとはね」
 地に落ちる事のない神子の足を勇儀は掴む。その感触を覚えても、神子の身体は麻痺していて無防備だった。
「『金剛螺旋』!」
 足を掴んだ腕を回し、勇儀は急降下する。腕の振り回しと下降を乗算させた勢いを乗せて神子を地面に叩き付ける。揺れる地面と地に走る亀裂を見て、その破壊力を見せつけられた観客は、たとえ勇儀を支持する者達であっても言葉を出せなかった。
 その中で「見たかい、さとり」と萃香が口を開く。
「ええ。文字通り、鬼のような破壊力、という言葉しか思い浮かびません」
「そう、でもこれが鬼さ。初めから持ってる力でぶん殴り、投げつける。戦術や作戦も何もない。それでも他の奴らは鬼に追いつけない。自分で言うのも何だけど、圧倒的なんだよ」
 言いながらさとりの方を向く。彼女は何故か話を聞いていないかのように闘技場の方を向いていて、目を丸くしている。
「話聞いてるかい?」
「……眠って……いない?」
「はぁ?」
 自分の話を無視して何を言っているのか、と萃香が疑問に思った時、「萃香、あれ……」と頭上にいる針妙丸が闘技場の方を指し示す。
 訝しく思いながらも萃香が闘技場に目を移したとき、その表情は驚嘆のものに変わる。闘技場に立つ同じ鬼である勇儀も似たような表情を見せていた。
「あんた……何で立てる」
 神子は鬼による致命的な攻撃を受けたにも関わらず立ち上がっていた。しかし、死体が動いているのかと思わせるほどにふらふらとしていて、俯いているその表情を窺い知る事はできないが、伝う鮮血が顎から滴り落ちていた。
 思わず勇儀は審判を見る。自らの困惑を解消するかのように、審判長である映姫は左手を上げていた。しかし副審二名を見て苦い顔をする。紫とさとりは神子の戦闘不能を示そうとする様子がなかった。戦闘不能による勝敗は審判長を含めた二名以上の宣言が条件である。
「は、はは。これ以上何ができるっていうんだい。もうこいつには何も――」
 苦笑いしながら勇儀が呟いてる最中、突如観衆が沸く。鬼の咆哮や攻撃をまともに受けても立ち上がる不死身の人間だ。そう印象付けられ、妖怪達の興味や歓声の矛先は一気に神子へと偏っていた。
 それに対し、観客席に座る魔理沙も笑う。
「腐っても聖人、ってやつか? それとも、試合に負けて勝負に勝つ、と言えばいいかな」
「何にせよ、勇儀にとっては気持ちのいいものではないわね。初めほとんどが自分を応援する声だったのに、ここまで人気を持ってかれるなんて」
 言いながら、霊夢は勇儀に対して何か嫌な予感を察知する。現に今、星熊勇儀の表情は真顔そのものになっていた。
「なるほど。こういう形で鬼に勝るか。だが、今意識があるかどうか判らないあんたにとって残念なのは、まだ試合は終わってないって事だ。そして礼を言うよ、まだ楽しませてくれる事に。覚えておくよ、一回戦でこの技を出させたあんたの名を……」
 勇儀は今一度構えを取る。萃香や地底の妖怪が、見覚えのある構えに驚愕する中、彼女はその技の名を宣言する。
「四天王奥義『三歩必殺』!」
 その宣言だけで、ある程度の声援が勇儀の方に戻っていく。単純だな、と勇儀が苦笑する中、同じ鬼である萃香は慌ててさとりの方を向く。
「おい、早く試合を終わらせなよ。もういいだろ」
「それは……できません。あの方はまだ戦えるはずです」
「馬鹿か? 結界越しでも分かる。立ちはすれども、勇儀に勝てる力なんて感じない。殺されちまうぞ、あいつ」
 萃香とさとりの様子を横目に見る勇儀は、何にせよ勝負ありが宣言されない事に微笑む。八雲紫も依然として動かない。
「恨むなら、私を本気にさせた自分自身と、試合を止めない審判を恨むんだね」
 見せかけでも何でもなく、力強く握られた右の拳を上げ、勇儀は右足を前に出す。
「一」
 その一歩だけで再び闘技場は大きく揺らされる。
 式神や鬼が一週間も掛けて丈夫な造りの闘技場にしたのは鬼による地響きにも耐えられるようにするためだったのかもしれない、と萃香は思う。
「二」
 前に跳び、左足を着いて着地した勇儀は一瞬で神子の目前に迫っていた。それでも神子は依然棒立ちのままで、一切の力を感じない。このままなら間違いなく神子の顔面を吹き飛ばすことができるだろうと勇儀は察知する。しかし一切の力加減をするつもりはない。手加減は自身が嫌う事であり、この技自体、彼女なりの神子への敬意であった。
「三っ!」
 楽しかった。心の中で神子に礼を言い、右足を着けた勇儀は全力で地を踏みしめる。力を象徴する鬼が全身全霊を込めて放った拳は音さえ置き去り、その圧倒的速度は衝撃波となって結界に叩き付けられる。
 しかし、それでも、その拳を神子はかわしていた。
 さとりであっても、今の神子の思考は乱れていて本当にこれ以上勇儀の相手ができるのかは判らなかった。故に勇儀の会心の攻撃が不殺となった事実に観客は当然、審判団全員が驚く結果となる。前のめりになって身体を沈め、倒れてしまうのではと思わせる神子の体勢は、しかししっかりと地面に足を着けていた。
「かわした……だと」
 その攻撃は勇儀による全身全霊の攻撃である。後の事など一切想定していない、あらゆる守りを捨てた攻撃だった。
「聞こえる……あなたの欲が……」
 依然俯いたままである神子の呟きには、徐々に力が籠められていく。
「聞こえる……私に声援を送る全ての者の欲が!」
 一瞬で神子に力が漲っていく。この瞬間の神子に対する声援は今試合の中で最も多く大きいものだった。その力を勇儀が感じた時には、神子の右手は既に腹部に添えられていた。
「人は……鬼に勝てる!」
 ――十七条のレーザー!
 神子の手から放たれた光は勇儀の腹部を貫き、背中から幾筋の閃光として広がっていく。遠目からでも分かった神子の華麗な必殺技に再び歓声が神子に向けられていく。
 ――まさしく、これは鬼が嫌う騙し討ちに近いのかもしれない。しかし、騙し討ちであっても、人は鬼に……。
「いい攻撃だ……」
 鬼の声に神子は目を見開く。
「腹に穴を開けられるなんて、どのくらい振りか……。三歩必殺もかわしやがって」
 勇儀の左腕で、低く構えていた神子の身体は軽々と起こされてしまう。
 ――分かっていたさ。この程度では、鬼を傷つけることはできても、滅ぼすことはできないと。
「あんたとは、もっと戦いたかったよ」
 勇儀同様、先程の神子が放った攻撃は、鬼の身体を貫くまで力を注いだものである。故に、神子は後の防御を一切考えてはおらず、『三歩必殺』と比べればとんでもなく遅い勇儀の左拳をかわす術もなく、頬で受け止める事しかできない。拳が振り抜かれても吹き飛びこそしないものの、その攻撃によって糸の切れた人形のように神子は力なくその場に崩れ落ちていった。その最中、結界越しの屠自古と目が合う。
 ――屠自古。そして布都。あなた達ならば、きっと……。
 前のめりに倒れた神子を見て、勇儀は勝負を決めた自らの左腕を天に突き付けた。
「そこまで! 勝負あり!」
 今度こそ八雲紫と古明地さとりも神子の戦闘不能を認め、勝敗が決する。最後まで鬼の勝利を疑わなかった妖怪達が、まだ一回戦であるにも関わらず狂喜する。その中央にある闘技場の地に足を踏み入れる者がいた。
「太子様!」
 姿を見せたのは神子の部下である物部布都だった。第四試合で霊烏路空の攻撃を受け気を失っていた布都は、つい先程目を覚ましていた。医務室から起き上がり、救護員の八意永琳が見ていた、長である神子が鬼と最後の攻防を交わしている映像を見て布都は居てもたってもいられず救護室を飛び出す。しかし、屠自古のいる通路に辿り着いた時には既に勝敗は決していた。
 神子の身体を仰向けにし、力なく眠っている事を悟る。勇儀が放った咆哮の影響か、耳や目からも血が流れていたその顔からは、紛れもなく死闘を行ったのだと、先程まで眠っていた布都にも理解させる。同時に、主が負ける悔しさと怒りもこみ上げ、それを立ち去ろうとしている勇儀に向けずにはいられなかった。
「星熊勇儀!」
 面倒そうに振り向いた勇儀だったが、布都の思考がなんとなく読めたのか僅かに口元は緩んでいる。
「我と戦え! 今すぐに!」
「ほう」
 神子をその場に寝かせた布都に勇儀は近付いていく。
「腹に穴が開いている今なら、私に勝てるとでも思ってるのかい?」
「太子様の元に仕える者として、ここでお前を見逃す事は――」
 言葉の最中、布都は後ろから肩を掴まれる。同じ神子の部下である屠自古が彼女を制するように肩を強く掴んでいた。
「何の真似だ屠自古……。まさか、ここで引けと……」
「慌てる必要はないってことさ」
 布都の言葉に勇儀が答え、審判席の紫を見る。
「ここであんたと喧嘩するのもいいけど、『トーナメントを乱した』なんて理由で失格扱いにされるのは勘弁だね。勝ち上がれば、普通に戦ってやるさ」
 余裕を見せる勇儀を屠自古が強く睨む。
「おおっと、あんたの方が早く私と当たるんだったね。ま、楽しみにしてるよ」
 観客の声援に右手を振って応えながら、勇儀は布都達に背を向けて立ち去って行った。
「屠自古……何故止め――」
 屠自古の隠そうともしない怒りの形相に味方である布都は思わず怯んでしまう。黙って神子の左肩を背負って闘技場から出ようとする屠自古を見て、布都は慌てて反対の方についた。
「すまなかった。太子様を想う気持ちは、お前も同じだったな」
 布都の言葉に屠自古は何も返さない。
「だが、もちろん太子様が勝てなかったからといって、このまま引き下がるわけでもなかろう」
 屠自古は何も否定しない。
「太子様が素晴らしい戦いをしたのは、この観客の声を聞けば分かる。しかしそれでも鬼が勝ち、上がってくる。我らが何をすればいいのかは当然分かっておるな」
 屠自古は何も言わず、頷く。
「われにまかせろ!」
「やってやんよ!」
 勇儀の勝利に騒ぐ観衆の声に対抗するかのごとく物部布都と蘇我屠自古は強く叫ぶ。その想いは『自分達の手で鬼を倒す』という強い欲となって耳に届いたのか、気を失っているはずの神子の口元は微かに笑っているようだった。



コメント



1.名前が無い程度の能力削除
勇儀が勝つのは想定内。それでも緊迫する試合だった。太子様あぁぁぁ!
勝負とは残酷。そこにどんなドラマがあろうと必ずどちらかは負ける。主の仇討に奮える屠自古も妖夢に勝ち二回戦に上がることは実力的に難しい。そして我らが正邪さんは一体にどんナ姑息な手段で観客の罵声を浴びるか! はたまた度肝を抜くのか、期待します。
2.非現実世界に棲む者削除
手に汗握る戦いでした。負けたけどそれでも太子様は強かった。