言葉が音速を超え、光速を超え、疾駆していくその速さだけがある。
アリスが星を指さし、あれがベテルギウスよ、と微笑むとき、言葉は642光年を駆け抜ける。
642年かけて星から届いた光を言葉は一瞬にして打ち返す。
そういうことだ。
上海、とアリスは呼ぶ。
私は返事をする。
ひとが目の前にいるときにそうして名前を呼ぶのは会話として不自然だとアリスは認めているけれど、アリスは私の名前を呼ぶ。
アリスが私の名前を呼ぶときアリスはとても嬉しそうな顔をしている。
私がアリスの名前を呼ぶとき私がどんな顔をしているかはアリスしか知らない。
私には名前がついている。
名前は大事だ。
(1)上海
(2)お嬢さん
(3)ベテルギウス
(1)で私を呼ぶひとはたくさんいる。[1]アリス[2]魔理沙[3]霊夢[4]その他
(2)で私を呼ぶひとは少しいる。[5]八百屋[6]紫
(3)で私を呼ぶひとはひとりだけいる。[7]蓬莱
私に名前をつけたのは[1]と[7]で、[1]が(1)をつけたときには[1]はわたしを触っていたので、言葉の速さと光の速さは同じだった。
[7]が(3)をつけたときはすこし事情が違う。
私はアリスの部屋を這って回りながら、言葉が羽根を生やして四方八方から飛んでくるのを見ていた。
「照明」が、「窓」が、「机」が、「アリスの飲みかけの紅茶が入ったコップ」が、「ベッド」が、「絨毯」が、「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」が、飛来してきた。
ベテルギウスは「戸棚のガラス」を突き破って飛んできて、私の側頭部を打った。
光よりもずっとずっと速かった。
「くそったれ!」ともんどりうって転びながら私は叫んだ。
「ごめんなさい」と[7]は言った。あなたに名前をつけようと思ったんだけれどあんまりうまくいかなかったみたい。
私はびっくりして怒るのを忘れてしまった。
私以外の人形が動いているなんて。
「あなたのことなんて呼べばいいの?」と私は静かな声で訊いた。
「ねえ、文脈ってものを理解してよね」と[7]は言った。あなたが名づけてくれなくちゃ。
私はうろたえた。
そんなこと、聞いていないし、練習していないもの、と思った。
私は手を伸ばして、周りに飛び回っている名前の中から一つをつかまえた。
そうして、「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」が[7]の方に飛んでいった。
ふうん、悪くないわね。と「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」は言った。
そうして彼女の名前は「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」になった。
「まだ、蓬莱はあなたみたいじゃないのよ」とアリスは言った。
私が「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」の話をするとアリスは少し困惑した顔をする。
彼女がほんとうは「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」ではなく蓬莱だということもその時私は知った。
でも彼女はベテルギウスという名前をつけてくれたのよ、と私は言う。
アリスは微笑んで「素敵な名前ね」と言った。私もそう呼んだ方が良いかしら?
私は首を横に振る。
ある冬の夜にアリスは私を外に連れ出す。
マフラーをして白い息を吐いて、星を指さし、あれがベテルギウスよ、と微笑む。
私はうなずく。
言葉が642光年を、50cmを、駆け抜けた。
アリスが星を指さし、あれがベテルギウスよ、と微笑むとき、言葉は642光年を駆け抜ける。
642年かけて星から届いた光を言葉は一瞬にして打ち返す。
そういうことだ。
上海、とアリスは呼ぶ。
私は返事をする。
ひとが目の前にいるときにそうして名前を呼ぶのは会話として不自然だとアリスは認めているけれど、アリスは私の名前を呼ぶ。
アリスが私の名前を呼ぶときアリスはとても嬉しそうな顔をしている。
私がアリスの名前を呼ぶとき私がどんな顔をしているかはアリスしか知らない。
私には名前がついている。
名前は大事だ。
(1)上海
(2)お嬢さん
(3)ベテルギウス
(1)で私を呼ぶひとはたくさんいる。[1]アリス[2]魔理沙[3]霊夢[4]その他
(2)で私を呼ぶひとは少しいる。[5]八百屋[6]紫
(3)で私を呼ぶひとはひとりだけいる。[7]蓬莱
私に名前をつけたのは[1]と[7]で、[1]が(1)をつけたときには[1]はわたしを触っていたので、言葉の速さと光の速さは同じだった。
[7]が(3)をつけたときはすこし事情が違う。
私はアリスの部屋を這って回りながら、言葉が羽根を生やして四方八方から飛んでくるのを見ていた。
「照明」が、「窓」が、「机」が、「アリスの飲みかけの紅茶が入ったコップ」が、「ベッド」が、「絨毯」が、「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」が、飛来してきた。
ベテルギウスは「戸棚のガラス」を突き破って飛んできて、私の側頭部を打った。
光よりもずっとずっと速かった。
「くそったれ!」ともんどりうって転びながら私は叫んだ。
「ごめんなさい」と[7]は言った。あなたに名前をつけようと思ったんだけれどあんまりうまくいかなかったみたい。
私はびっくりして怒るのを忘れてしまった。
私以外の人形が動いているなんて。
「あなたのことなんて呼べばいいの?」と私は静かな声で訊いた。
「ねえ、文脈ってものを理解してよね」と[7]は言った。あなたが名づけてくれなくちゃ。
私はうろたえた。
そんなこと、聞いていないし、練習していないもの、と思った。
私は手を伸ばして、周りに飛び回っている名前の中から一つをつかまえた。
そうして、「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」が[7]の方に飛んでいった。
ふうん、悪くないわね。と「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」は言った。
そうして彼女の名前は「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」になった。
「まだ、蓬莱はあなたみたいじゃないのよ」とアリスは言った。
私が「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」の話をするとアリスは少し困惑した顔をする。
彼女がほんとうは「アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』」ではなく蓬莱だということもその時私は知った。
でも彼女はベテルギウスという名前をつけてくれたのよ、と私は言う。
アリスは微笑んで「素敵な名前ね」と言った。私もそう呼んだ方が良いかしら?
私は首を横に振る。
ある冬の夜にアリスは私を外に連れ出す。
マフラーをして白い息を吐いて、星を指さし、あれがベテルギウスよ、と微笑む。
私はうなずく。
言葉が642光年を、50cmを、駆け抜けた。