「……おなかすいたなぁ」
ある日のこと。
お部屋でお気に入りのくまさんを抱えていたフランちゃん。
自分のおなかを押さえながら、そんなことをつぶやきました。
お昼ごはんはおなか一杯食べたのに、その後、一杯遊んだのがいけなかったのかもしれません。
時計を見ると、まだ午後三時よりも前。おやつの時間はまだまだです。
「う~……」
一回、おなかを押さえてしまうと、もう我慢できません。
きゅ~、とかわいい音を立てたおなかを押さえて、フランちゃんはぴょんと立ち上がりました。
お部屋を出て、とことこ、歩いていきます。
「……」
大きな頭をふりふり、考えます。
おなかがすいたからおやつを食べたい。おやつを食べたいけど、まだおやつの時間じゃない。
どこかからおやつをもらおうか。
だけど、勝手におやつを食べたことが知られたら、メイドさんに怒られてしまいます。
罰は当然、『明日のおやつは抜き』です。
そんなの困るし、いやだ。じゃあ、どうしよう?
「そうだ! それなら、フランが自分でつくればいいんだ!」
ここでフランちゃんに名案が。
頭にぴこんと電球が点って、ぽんと手を打ちます。
そうなれば、善は急げ。
ぱたぱたおうちの中を走っていきます。
そうして、ひょこっと、メイドさん達が大勢働く、いい匂いの漂う厨房へとやってきました。
「えっと、えっと……」
頭の中に、色んなおやつが浮かんでは消え。浮かんでは消え。
大好きなケーキにチョコレート、クッキー、アイス、キャンディ、その他たくさん。
自分に作れるのはどんなおやつだろう。
メイドさん達のお仕事をじっと見つめながら、考えます。
――よし!
ここで見ていても仕方がありません。
もうおなかは限界。急いでおやつを作らないと、腹ペコで倒れちゃうでしょう。
「じゃあ……」
この厨房で、食べ物がたくさん入っているところを、フランちゃんは知っています。
とことこ、やってくるのは大きな大きな冷蔵庫の前。
それの取っ手に向かって、『ん~……!』と手を伸ばすのですが、届きません。
ぴょんこぴょんこ飛び跳ねても、やっぱり無理。
しょんぼりしたところで、フランちゃんを、ひょいと抱えてくれる人がいました。
「どうなさいました? フランドール様」
メイドさんです。
どうやら、フランちゃんが、何かをしようとしているのに気づいたようです。
「おやつ!」
「申し訳ございません、フランドール様。おやつの時間は……」
「うん! だから、フランが自分でつくるの! それなら、いつだって、おやつ、食べられるよね!」
にっこり笑うフランちゃん。
その笑顔に、メイドさんも笑顔になると、『わかりました』と言いました。
そして、ぱかっと冷蔵庫のドアを開けます。
「フランドール様は、どんなおやつを作りたいですか?」
「えっとね、えっとね……。
そうだ! ホットケーキ! ホットケーキ、たべたい!」
「畏まりました。
では、フランドール様の、初めてのおやつ作り。僭越ながら、わたくしがお手伝いさせていただきます」
「うん!」
何か少し、最初に考えていたことと違うような展開になってきましたが、フランちゃんには関係ありません。
メイドさんは冷蔵庫からホットケーキの材料を取り出そう――として、やめました。
「普段は、ホットケーキの材料も、一から作るのですが。
今回は、ホットケーキの種を使いましょう」
「ホットケーキの種?」
鸚鵡返しに繰り返して、フランちゃんは小首を傾げます。
種。
知ってます。畑にまくやつです。
ホットケーキの種。
それは、畑にまくと、ホットケーキの木がにょきにょき生えてきて、ホットケーキが一杯生る不思議なものなのかもしれません。
「……種?」
ところが、取り出されたものは違いました。
表面に『美味しいホットケーキ』と書かれた袋です。
メイドさんは、それと卵と牛乳を取り出しました。
そして、フランちゃんの手を引いて、『こっちですよ』と歩いていきます。
「では、フランドール様。ホットケーキを作りましょう」
「うん!」
脚立を用意してもらって、その上に立ちます。
目の前には銀色のボウル。
そこに、まず、『ホットケーキの種』が入れられていきます。
「これが『種』なの?
これをお外にまいたら、ホットケーキができるの?」
「うふふ。
あ、その前に。おててをきれいにしてくださいね」
「うん」
その作業を横目で見ながら、これまたいつの間にか用意されていた、小さな桶にためられた水で、ぱちゃぱちゃ手を洗います。
フランちゃんは吸血鬼。吸血鬼は、流れ水には触れないのです。
そして、フランちゃんがおててをきれいにしている間に、用意が終わりました。
ボウルの中には真っ白な粉。それの中へ、「では、まず、卵と牛乳を入れます」とメイドさんが言います。
「これを入れてください」
「はーい」
すでに用意された分量を、フランちゃんはボウルの中へ。
それから、「ゆっくり、しっかり、かきまぜてくださいね」と、何やら棒のようなものを渡されました。
それを手に、ゆっくり、しっかり、ボウルの中をかき混ぜます。
「よいしょ、よいしょ」
「そうそう。色が変わってきたら準備完了です」
このメイドさんは、どこまで準備がいいのでしょうか。
すでにフライパンが用意され、しっかりと熱で暖められています。
フランちゃんはボウルを『よいしょ』と持つと、「こぼさないようにしてくださいね」と注意を受けながら、フライパンの上に、ボウルの中身を入れていきます。
「はいストップ」
フライパンの上で、ボウルの中身が大きなまるを描きます。
メイドさんは、そこでフランちゃんをストップさせました。
じゅわ~、という音が響いて、ホットケーキ特有の、あの甘い香りが立ち込めます。
「おいしそう!」
「まだだめですよ。まだ焼けてません」
すでにフランちゃんのおめめはきらきら、お口はよだれがたらり。
ぐしぐしと、きれいなおべべの袖でそれをふいて、『はやくはやく』と目でせかします。
「さあ、フランドール様。上手に、これをひっくり返してください」
「えっと、えっと……これ?」
「そう。それです」
片手に、銀色の道具を手に取ります。
それは、先端部分が平たく、薄くなっていて、何かをひっくり返せそうです。
「横からそっと入れて……。生地がフライパンから上手にはがれたら……」
「えいっ」
「そうそう。お上手です」
初めてにしてはなかなか上出来。
くるんとひっくり返ったホットケーキ。最初から焼いていた側は、もうすっかりこんがり狐色。
とっても美味しそうな香りに、フランちゃんのお顔も笑顔がはじけます。
「さあ、もう少しですよ」
「うん!」
「焼き加減が大切なのです。
表面の部分を触って、確かめてください」
「手で?」
「手はやけどしてしまいますから。
その道具で、そう、そんな感じ」
ちょんちょん、手に持った道具でホットケーキを触って焼き加減を確かめます。
……よくわかりません。
「えっと……」
「フランドール様には、まだ早かったですか?」
「むぅ! そんなことないもん! フランだって、だいじょうぶだもん!」
しかし、そこで諦めないのがフランちゃんの偉いところ。
表面を触ったり、ひっくり返した側を覗いてみたり。
あれこれ試行錯誤して、「もういいよ!」とフランちゃんは言いました。
「では、試してみましょう」
メイドさんがフランちゃんの手を取って、一緒にフライパンを火から持ち上げました。
よいしょ、とフライパンをひっくり返して、お皿の上にホットケーキを載せます。
すると――、
「出来た!」
「はい、おめでとうございます」
そこには、裏側も、きれいに焼けたホットケーキ。
焦げた部分も全くない、美味しそうなホットケーキの完成です。
「もっとつくる!」
「もっと?」
「うん!」
フランちゃんに、何か考えがあるようです。
メイドさんは『畏まりました』と次のホットケーキの準備を始めます。
ホットケーキの『種』はまだまだ一杯あります。
まだまだ一杯、ホットケーキは作れそう。
「ああ、おなかがすいた。
咲夜、今日のおやつは何かしら?」
「ただいまお持ちいたします」
さて。
この屋敷――紅魔館の主(という名のぷちぷちますこっと)、レミリア・スカーレットの一言に、その従者、十六夜咲夜が答える。
彼女は一礼した後、今いる食堂の扉を開いた。
すると、
「……あら? フラン?」
そのレミリアの妹、フランドール・スカーレットが、笑顔を浮かべて、両手でお皿を持ってとことことやってくる。
何かしら、とレミリアが首をかしげていると、
「はい、お姉さま! 今日のおやつはホットケーキ!」
「あら、そう。ありがとう」
提供されたのは、湯気の立つ、熱々ほかほかホットケーキ。
大きさはそれなりなのだが、二枚もお皿の上に載っている。
蜂蜜、バター、ジャム、チョコレートなどなど。トッピングもすでに用意済み。
レミリアは、自分の隣にフランドールが座ったのを見て、「それじゃ、食べましょうか」と優雅に――と本人が思っているだけで、実際は気が急いた子供そのままに――フォークとナイフを手に取った。
そうして、姉妹そろって、一口ぱくり。
「あら、美味しい」
「おいしーね!」
普段食べるホットケーキと、そんなに味は変わらないのだが、それは常日頃から食べているホットケーキが『美味しい』ことの証明でもあった。
「ところで、どうしてフランがお皿を持ってきたのかしら? あなた、お手伝いをしていたの?」
「ううん、違うよ」
「……?」
「これ、フランが作ったの!」
「……えっ」
レミリアが目を見開いた。
そしてもう一度、目の前のホットケーキを見る。
ちゃんとしたホットケーキ。普通のホットケーキ。美味しいホットケーキ。
「これを……フランが?」
「そうだよ!」
「……すごいじゃない」
「えへへ~」
素直に、レミリアはそれを賞賛する。
フランドールは嬉しそうに笑い、自分で作ったホットケーキをぺろりと平らげると、『ご馳走様!』と元気な声を上げた。
レミリアもそれに倣って、お皿の上を空っぽにした後、ご馳走様でした、と小さな声で言う。
フランドールは椅子から降りると、「お片づけもするの!」と空っぽのお皿を回収して、メイド――普段から、彼女のそばにいる、彼女つきのメイドだ――と共に、部屋を去っていった。
そして、レミリアは、フランドールの姿が見えなくなってから、「咲夜」と言う。
「まぁ、そういうわけで。
レミィのために『初心者でも出来る簡単な料理の本』を探しに行くことになったわけ」
「それはそれは」
門の前で、青空見上げて佇む門番、紅美鈴が、珍しく館の外へと出て行く、魔女のパチュリー・ノーレッジを見ながら声を上げる。
そのそばで、『私は付き添いです』と微笑むのは、紅魔館奥の図書館で司書を務める小悪魔である。
「全く。自分が妹に追い抜かれたからって、子供っぽいったらありゃしない」
「けど、気持ちはわかりますけどね」
「確かに。初めて作ったという割にはまともな味でした」
フランドールはあの後、『全員分』のホットケーキを作っていた。
レミリアにそれを渡す前に、それぞれのところへと足を運び、『フランがつくったホットケーキ』を配って歩いたのだ。
美鈴は、「だけど、咲夜さんや他のメイドさんと比べるといまひとつでした」と笑う。
「厳しいですね」
「私は、料理に関してなら、特に厳しいですよ。
たとえお嬢様であろうとも、『下手なものは下手』と言い切っちゃいます」
「とか何とか言って。
『とっても美味しいですよ、フランドール様』って言ってませんでした?」
「そうでしたっけ? まぁ、レミリアお嬢様相手なら?」
「あなた、そんなだと明日から路頭に……と思ったけれど、負けず嫌いのレミィのことだから、『なにくそ』って逆に発奮するかしら」
レミリアは咲夜に、『わたしだって料理くらい出来るもん!』と訴え、『はじめてのおりょうり』に挑戦することとなった。
そのためにレシピがほしいとのことなのだが、メイド達が用意するそれには太刀打ちできず、パチュリーの元へ『誰にでも出来る、簡単な料理』の作り方を求めてきたというわけだ。
「本があれば出来るというわけでもないのに」
「だけど、あっても邪魔にはなりませんよ」
「それはそれ。話は別。
結局、経験とスキルがものを言うでしょ」
「さあ、それはどうでしょうか」
そんなやり取りをしながら、パチュリーと小悪魔は館を後にする。向かう先は、人里の鈴奈庵、という建物らしい。
それを『いってらっしゃい』と見送って。
「フランドール様は、本当に、元気なちび台風だな」
と、今頃はおなか一杯になって、すやすやお昼寝中の彼女を脳裏に浮かべて微笑むのだった。
ある日のこと。
お部屋でお気に入りのくまさんを抱えていたフランちゃん。
自分のおなかを押さえながら、そんなことをつぶやきました。
お昼ごはんはおなか一杯食べたのに、その後、一杯遊んだのがいけなかったのかもしれません。
時計を見ると、まだ午後三時よりも前。おやつの時間はまだまだです。
「う~……」
一回、おなかを押さえてしまうと、もう我慢できません。
きゅ~、とかわいい音を立てたおなかを押さえて、フランちゃんはぴょんと立ち上がりました。
お部屋を出て、とことこ、歩いていきます。
「……」
大きな頭をふりふり、考えます。
おなかがすいたからおやつを食べたい。おやつを食べたいけど、まだおやつの時間じゃない。
どこかからおやつをもらおうか。
だけど、勝手におやつを食べたことが知られたら、メイドさんに怒られてしまいます。
罰は当然、『明日のおやつは抜き』です。
そんなの困るし、いやだ。じゃあ、どうしよう?
「そうだ! それなら、フランが自分でつくればいいんだ!」
ここでフランちゃんに名案が。
頭にぴこんと電球が点って、ぽんと手を打ちます。
そうなれば、善は急げ。
ぱたぱたおうちの中を走っていきます。
そうして、ひょこっと、メイドさん達が大勢働く、いい匂いの漂う厨房へとやってきました。
「えっと、えっと……」
頭の中に、色んなおやつが浮かんでは消え。浮かんでは消え。
大好きなケーキにチョコレート、クッキー、アイス、キャンディ、その他たくさん。
自分に作れるのはどんなおやつだろう。
メイドさん達のお仕事をじっと見つめながら、考えます。
――よし!
ここで見ていても仕方がありません。
もうおなかは限界。急いでおやつを作らないと、腹ペコで倒れちゃうでしょう。
「じゃあ……」
この厨房で、食べ物がたくさん入っているところを、フランちゃんは知っています。
とことこ、やってくるのは大きな大きな冷蔵庫の前。
それの取っ手に向かって、『ん~……!』と手を伸ばすのですが、届きません。
ぴょんこぴょんこ飛び跳ねても、やっぱり無理。
しょんぼりしたところで、フランちゃんを、ひょいと抱えてくれる人がいました。
「どうなさいました? フランドール様」
メイドさんです。
どうやら、フランちゃんが、何かをしようとしているのに気づいたようです。
「おやつ!」
「申し訳ございません、フランドール様。おやつの時間は……」
「うん! だから、フランが自分でつくるの! それなら、いつだって、おやつ、食べられるよね!」
にっこり笑うフランちゃん。
その笑顔に、メイドさんも笑顔になると、『わかりました』と言いました。
そして、ぱかっと冷蔵庫のドアを開けます。
「フランドール様は、どんなおやつを作りたいですか?」
「えっとね、えっとね……。
そうだ! ホットケーキ! ホットケーキ、たべたい!」
「畏まりました。
では、フランドール様の、初めてのおやつ作り。僭越ながら、わたくしがお手伝いさせていただきます」
「うん!」
何か少し、最初に考えていたことと違うような展開になってきましたが、フランちゃんには関係ありません。
メイドさんは冷蔵庫からホットケーキの材料を取り出そう――として、やめました。
「普段は、ホットケーキの材料も、一から作るのですが。
今回は、ホットケーキの種を使いましょう」
「ホットケーキの種?」
鸚鵡返しに繰り返して、フランちゃんは小首を傾げます。
種。
知ってます。畑にまくやつです。
ホットケーキの種。
それは、畑にまくと、ホットケーキの木がにょきにょき生えてきて、ホットケーキが一杯生る不思議なものなのかもしれません。
「……種?」
ところが、取り出されたものは違いました。
表面に『美味しいホットケーキ』と書かれた袋です。
メイドさんは、それと卵と牛乳を取り出しました。
そして、フランちゃんの手を引いて、『こっちですよ』と歩いていきます。
「では、フランドール様。ホットケーキを作りましょう」
「うん!」
脚立を用意してもらって、その上に立ちます。
目の前には銀色のボウル。
そこに、まず、『ホットケーキの種』が入れられていきます。
「これが『種』なの?
これをお外にまいたら、ホットケーキができるの?」
「うふふ。
あ、その前に。おててをきれいにしてくださいね」
「うん」
その作業を横目で見ながら、これまたいつの間にか用意されていた、小さな桶にためられた水で、ぱちゃぱちゃ手を洗います。
フランちゃんは吸血鬼。吸血鬼は、流れ水には触れないのです。
そして、フランちゃんがおててをきれいにしている間に、用意が終わりました。
ボウルの中には真っ白な粉。それの中へ、「では、まず、卵と牛乳を入れます」とメイドさんが言います。
「これを入れてください」
「はーい」
すでに用意された分量を、フランちゃんはボウルの中へ。
それから、「ゆっくり、しっかり、かきまぜてくださいね」と、何やら棒のようなものを渡されました。
それを手に、ゆっくり、しっかり、ボウルの中をかき混ぜます。
「よいしょ、よいしょ」
「そうそう。色が変わってきたら準備完了です」
このメイドさんは、どこまで準備がいいのでしょうか。
すでにフライパンが用意され、しっかりと熱で暖められています。
フランちゃんはボウルを『よいしょ』と持つと、「こぼさないようにしてくださいね」と注意を受けながら、フライパンの上に、ボウルの中身を入れていきます。
「はいストップ」
フライパンの上で、ボウルの中身が大きなまるを描きます。
メイドさんは、そこでフランちゃんをストップさせました。
じゅわ~、という音が響いて、ホットケーキ特有の、あの甘い香りが立ち込めます。
「おいしそう!」
「まだだめですよ。まだ焼けてません」
すでにフランちゃんのおめめはきらきら、お口はよだれがたらり。
ぐしぐしと、きれいなおべべの袖でそれをふいて、『はやくはやく』と目でせかします。
「さあ、フランドール様。上手に、これをひっくり返してください」
「えっと、えっと……これ?」
「そう。それです」
片手に、銀色の道具を手に取ります。
それは、先端部分が平たく、薄くなっていて、何かをひっくり返せそうです。
「横からそっと入れて……。生地がフライパンから上手にはがれたら……」
「えいっ」
「そうそう。お上手です」
初めてにしてはなかなか上出来。
くるんとひっくり返ったホットケーキ。最初から焼いていた側は、もうすっかりこんがり狐色。
とっても美味しそうな香りに、フランちゃんのお顔も笑顔がはじけます。
「さあ、もう少しですよ」
「うん!」
「焼き加減が大切なのです。
表面の部分を触って、確かめてください」
「手で?」
「手はやけどしてしまいますから。
その道具で、そう、そんな感じ」
ちょんちょん、手に持った道具でホットケーキを触って焼き加減を確かめます。
……よくわかりません。
「えっと……」
「フランドール様には、まだ早かったですか?」
「むぅ! そんなことないもん! フランだって、だいじょうぶだもん!」
しかし、そこで諦めないのがフランちゃんの偉いところ。
表面を触ったり、ひっくり返した側を覗いてみたり。
あれこれ試行錯誤して、「もういいよ!」とフランちゃんは言いました。
「では、試してみましょう」
メイドさんがフランちゃんの手を取って、一緒にフライパンを火から持ち上げました。
よいしょ、とフライパンをひっくり返して、お皿の上にホットケーキを載せます。
すると――、
「出来た!」
「はい、おめでとうございます」
そこには、裏側も、きれいに焼けたホットケーキ。
焦げた部分も全くない、美味しそうなホットケーキの完成です。
「もっとつくる!」
「もっと?」
「うん!」
フランちゃんに、何か考えがあるようです。
メイドさんは『畏まりました』と次のホットケーキの準備を始めます。
ホットケーキの『種』はまだまだ一杯あります。
まだまだ一杯、ホットケーキは作れそう。
「ああ、おなかがすいた。
咲夜、今日のおやつは何かしら?」
「ただいまお持ちいたします」
さて。
この屋敷――紅魔館の主(という名のぷちぷちますこっと)、レミリア・スカーレットの一言に、その従者、十六夜咲夜が答える。
彼女は一礼した後、今いる食堂の扉を開いた。
すると、
「……あら? フラン?」
そのレミリアの妹、フランドール・スカーレットが、笑顔を浮かべて、両手でお皿を持ってとことことやってくる。
何かしら、とレミリアが首をかしげていると、
「はい、お姉さま! 今日のおやつはホットケーキ!」
「あら、そう。ありがとう」
提供されたのは、湯気の立つ、熱々ほかほかホットケーキ。
大きさはそれなりなのだが、二枚もお皿の上に載っている。
蜂蜜、バター、ジャム、チョコレートなどなど。トッピングもすでに用意済み。
レミリアは、自分の隣にフランドールが座ったのを見て、「それじゃ、食べましょうか」と優雅に――と本人が思っているだけで、実際は気が急いた子供そのままに――フォークとナイフを手に取った。
そうして、姉妹そろって、一口ぱくり。
「あら、美味しい」
「おいしーね!」
普段食べるホットケーキと、そんなに味は変わらないのだが、それは常日頃から食べているホットケーキが『美味しい』ことの証明でもあった。
「ところで、どうしてフランがお皿を持ってきたのかしら? あなた、お手伝いをしていたの?」
「ううん、違うよ」
「……?」
「これ、フランが作ったの!」
「……えっ」
レミリアが目を見開いた。
そしてもう一度、目の前のホットケーキを見る。
ちゃんとしたホットケーキ。普通のホットケーキ。美味しいホットケーキ。
「これを……フランが?」
「そうだよ!」
「……すごいじゃない」
「えへへ~」
素直に、レミリアはそれを賞賛する。
フランドールは嬉しそうに笑い、自分で作ったホットケーキをぺろりと平らげると、『ご馳走様!』と元気な声を上げた。
レミリアもそれに倣って、お皿の上を空っぽにした後、ご馳走様でした、と小さな声で言う。
フランドールは椅子から降りると、「お片づけもするの!」と空っぽのお皿を回収して、メイド――普段から、彼女のそばにいる、彼女つきのメイドだ――と共に、部屋を去っていった。
そして、レミリアは、フランドールの姿が見えなくなってから、「咲夜」と言う。
「まぁ、そういうわけで。
レミィのために『初心者でも出来る簡単な料理の本』を探しに行くことになったわけ」
「それはそれは」
門の前で、青空見上げて佇む門番、紅美鈴が、珍しく館の外へと出て行く、魔女のパチュリー・ノーレッジを見ながら声を上げる。
そのそばで、『私は付き添いです』と微笑むのは、紅魔館奥の図書館で司書を務める小悪魔である。
「全く。自分が妹に追い抜かれたからって、子供っぽいったらありゃしない」
「けど、気持ちはわかりますけどね」
「確かに。初めて作ったという割にはまともな味でした」
フランドールはあの後、『全員分』のホットケーキを作っていた。
レミリアにそれを渡す前に、それぞれのところへと足を運び、『フランがつくったホットケーキ』を配って歩いたのだ。
美鈴は、「だけど、咲夜さんや他のメイドさんと比べるといまひとつでした」と笑う。
「厳しいですね」
「私は、料理に関してなら、特に厳しいですよ。
たとえお嬢様であろうとも、『下手なものは下手』と言い切っちゃいます」
「とか何とか言って。
『とっても美味しいですよ、フランドール様』って言ってませんでした?」
「そうでしたっけ? まぁ、レミリアお嬢様相手なら?」
「あなた、そんなだと明日から路頭に……と思ったけれど、負けず嫌いのレミィのことだから、『なにくそ』って逆に発奮するかしら」
レミリアは咲夜に、『わたしだって料理くらい出来るもん!』と訴え、『はじめてのおりょうり』に挑戦することとなった。
そのためにレシピがほしいとのことなのだが、メイド達が用意するそれには太刀打ちできず、パチュリーの元へ『誰にでも出来る、簡単な料理』の作り方を求めてきたというわけだ。
「本があれば出来るというわけでもないのに」
「だけど、あっても邪魔にはなりませんよ」
「それはそれ。話は別。
結局、経験とスキルがものを言うでしょ」
「さあ、それはどうでしょうか」
そんなやり取りをしながら、パチュリーと小悪魔は館を後にする。向かう先は、人里の鈴奈庵、という建物らしい。
それを『いってらっしゃい』と見送って。
「フランドール様は、本当に、元気なちび台風だな」
と、今頃はおなか一杯になって、すやすやお昼寝中の彼女を脳裏に浮かべて微笑むのだった。
そしてお嬢様は愛玩生物…なんだこの館!?
そして、この光景を想像するに、あの淑女が黙ってはいなさそう(期待)
やっぱりこういうアットホームな紅魔館て良いもんですね〜
とっても面白かったです!
とっても面白かったです!