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地底妖怪トーナメント・7:『1回戦7・村紗水蜜VS八雲藍』

2014/11/14 19:40:46
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 人形師と鬼の戦いが終わってから五分程経ったにも関わらず未だ観客席のあちこちではその戦いについての話が交わされていた。
「うえー、すっごいねぇ。一輪てあんな中で戦ってたんだ」
 次の試合まで入場口前の通路で待つ舟幽霊の村紗水蜜は、自分を見送るために来ている寅丸星と聖白蓮の前ではにかんでいた。ちなみに同派閥の参加者である封獣ぬえと二ッ岩マミゾウはいない。客席と一々往復するのが面倒だ、とぬえは言い、マミゾウは山彦妖怪の幽谷響子共々その御守で残っている。
「もうすぐですね」
 試合開始が近づいている事を仄めかす顔が曇っている星の目前にムラサは顔を近づける。
「なーに暗い顔をしてるの?」
 後退る星の前でムラサは不敵に微笑んでいた。
「まさか私が一回戦で負けるとでも思ってる? まったく、自分が一回戦勝ったからっていい気なものだねぇ」
 やれやれと手を広げて身体を伸ばし始めるムラサを見て、聖も思わず微笑んでいた。
「一輪以上に、緊張してはいないようですね」
「どうでしょうかね。色んな試合を見せられましたし。ま、開幕一番の試合であの程度身体を動かせた一輪の方が大したものですよ」
 そして、選手入場を呼びかける古明地さとりの声が通路に響き渡った。
「よっし!」
 右手に持つ柄杓を回す様を見て、聖はムラサから預かっていた物を出した。
「村紗、これを……」
「あぁ! すっかり忘れてました、どうもすみません」
 聖から水が入った一升瓶を受け取った際、「ムラサ!」と叫ぶ声が通路から響く。そこには傷もほとんど癒えた雲居一輪が入道の雲山と共にいた。
「おお、一輪じゃん。もう怪我は大丈夫なの?」
「仲間が戦うんだ。寝てるわけにはいかないよ」
「そういう一輪の固いとこ、私は好きだよ」
 一輪に笑顔を見せた後、ムラサは瓶の蓋を開けて中に入ってる水を全て頭に掛けた。全身が水に濡れていくと同時に彼女から感じる妖力がとてつもなく禍々しいものに変化していく。全ての水がムラサに掛かった時、それは一層強まった。
「村紗」
 一輪や星が少したじろぐ中、白蓮は前に出る。
「行ってらっしゃい」
 振り返ったムラサの目は濡れた髪でほとんど隠れていて、それがより不気味さを醸し出していた。
 ――行ってきます。
 ムラサが去った後も星達は寒気を払えずにいた。
「うっかり無くして……忘れてましたよ、あの方が舟幽霊だってことを……」
「ムラサの力は人間を殺す事に特化していました」
 村紗水蜜はかつて、水難事故を引き起こす程度の能力によって多く人命を奪っていた。幻想郷に来た今では大人しいものの、時折死神の乗る舟を沈めているらしい。
「ですがその力が、もし妖怪に向けられていたら。時折そう思う時があります。だからこそ……息抜きでも何でもいいのです。この大会にあなた達の参加を許可して良かった」
 聖はただ、部下の勝利を信じて闘技場の方に目を向けた。
 水に濡れながら進むムラサは、身体から滲む妖力に紛れて笑顔を零していた。

 村紗水蜜の対戦相手である九尾――八雲藍は闘技会場の盛り上がりとは逆に静まり返っていた。見送ろうと側にいる橙が思わず心配してしまう程、藍は先程から言葉を発していなかった。
「さて、そろそろ行かないとな」
 数十秒前に会場へ入るよう促されていたが、彼女は入場口を潜ろうとせずただ深呼吸を繰り返していた。橙は彼女から闘気らしいものを感じ取ることができずにいた。
「ら、藍様」
「ん?」
 振り向いた藍の表情は倦怠感を感じさせるようなものだった。これから戦う者の表情とは思えず、橙は更に戸惑ってしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、何も心配いらないよ。橙も大丈夫かい? いざという時は、式として橙にも頑張ってもらうが……」
「わ、私は大丈夫です!」
「そうかそうか」
 藍はようやく笑顔を見せ、橙を優しく撫でる。撫でられるその手からも、橙は何故か力を感じることができない。
「ま、それまで紫様の隣で試合を見てるといい。紫様も了承してくれていた」
「わ、分かりました」
「さて……」
 藍は橙に背を向けて、指を組んだ腕を伸ばしながら闘技場へと足を進める。
「藍様……頑張ってください!」
「……ああ」
 力なく返事をして、藍はゆっくりと闘技場へ姿を現す。
 目の前にいた対戦相手は全身を水に濡らし、禍々しい妖力を身体から滲ませていた。
「なんて顔してるの、あなた」
 舟幽霊のムラサはぎょろりと藍を睨み、にやけていた。
「それがこれから戦おうって顔かしら? まさか今までの試合で怖気づいたんじゃないでしょうね?」
 ムラサの言葉に藍はゆっくりと顔を向け、小さく微笑む。しかしそれだけで何も言葉を返さなかった。
「これじゃあ本気で用意した私が馬鹿みたいじゃない。……もしかして星があなたの式神を倒したからやる気が無くなったのかしら」
「あぁ」
 一瞬で肯定された事にムラサは意表を突かれた。
「橙は準決勝で私と戦う事を望んでいた。それをお前の所の毘沙門天代理が打ち砕いてしまった。残念だよ」
 馬鹿馬鹿しく思ったムラサはやれやれと手を広げる。
「じゃあ棄権でもすれば?」
「そういう訳にもいかないさ。私は主催者である紫様の代理として参加してるようなものだ。逃げるわけにはいかないさ」
「あっそ」
 妖気だけでなく若干の殺気も滲ませるムラサを制するように「両者、離れて」と閻魔が試合の進行を促す。
 互いに背を向けて距離を離す中、尚もさとりの横にいる勇儀は藍の態度に疑問を持っていた。
「なんだあいつ? あれが八雲紫の式かい?」
 大盃に注いだ酒を飲みながら話しかける勇儀は、ふと、さとりの様子がおかしい事に気付いた。
「どうしたんだい?」
「……凄い殺気ですね」
「あぁ、あの幽霊、できるかもしれないね」
「いえ、そうではなく……」
 さとりはそれ以上何も言わず、藍の方を向いていた。
 そんな狐を観客席からみる二ッ岩マミゾウは苦笑していた。
「お前が狸なんぞ、百年早いわい」
 ぬえが理解したマミゾウの言葉に響子が疑問に思う中、閻魔の宣言が会場に響く。
「一回戦第七試合、始め!」
 底の抜けた柄杓を右の手に掴み、ムラサは藍の方へ振り返る。
「!」
 自分の向かい側に藍の姿はない。それ以前に、彼女は試合開始まで藍を見ないという失態を侵してしまった。
 相手の雰囲気で油断したのか。とにかくこの時、藍は既に試合開始時にいた場所から真上に跳び、ムラサの視界に入らない程度に高く、側面の結界に足を着けていた。
 そこから静かに、しかし瞬時にムラサへ跳んだ。
「あいつ……」
 未だ藍の姿を見逃したままでいるムラサの延髄に藍は渾身の回し蹴りをぶつけた。
「がっ!?」
 突如ムラサの視界が回り、衝撃によって地面を転がる。うつ伏せで受け身を取るも、その背中目掛けて藍の踏みつけによる追撃に襲われた。骨の軋む音が自分の耳に聞こえる。彼女はその足から逃れ、上空へ飛ぶ。
 それより早い速度で飛びムラサに追いついた藍は前方に宙返り、その勢いを乗せた踵落としを放った。寸でのところでムラサは両腕で防御するがその衝撃で地面まで吹き飛ばされる。
「な、舐めるな!」
 着地してムラサはすぐに柄杓を振る。自らの服を濡らしていた水分が刃の形となり、追撃に向かって来ていた藍に襲い掛かる。
 ――捉えた! 首を落とした!
 しかし、ムラサの思惑とは裏腹に藍の首に傷はなく、そのまま強烈な平手打ちを受け、再び地面を転がった。
「がっ! ……な……何で……?」
 ムラサの目に映る藍の首は藍色に発光していた。
「なるほど。紫様はあまり教えてくださらなかったが、結界術というのは存外役に立つものだな」
 その光景を最も高い客席から見ていた霊夢は驚いていた。今藍が使っている結界術は、霊夢との手合せで藍が密かに会得したものである。しかし実際、霊夢はその手ほどきを一切していないどころか、何も教えてはいなかった。ただ藍との組手の際に自らが使っただけである。
「何も驚く事ではないわ。あなたの何倍生きてると思ってるのよ」
 困惑する霊夢を嗜めるように幽香は微笑みながら試合に目を向け続ける。
 再び藍は追撃を始め、ムラサはそれに対し防戦一方である。その光景を望んでいたとはいえ、橙は藍の凄まじい強さに最下段まで階段を降りたところで足を止めていた。
「何をしているの。こっちにいらっしゃい」
 左方の席に座っている紫に呼び掛けられ「し、失礼します」と橙は紫の隣に腰を下ろす。
 藍はその方に顔を向けていたがムラサは攻めあぐねている。隙を突くことがまるでできなかった。
「よ……余裕じゃないかい」
「ああ、悪かった。どうしても橙の前で仇を討っておきたくてな」
「仇? あぁ」
 納得したようにムラサは後方にいる星を一目見やる。藍の式である橙は四つ前の試合でムラサと同門である寅丸星に敗北を喫している。
「待ってよ。それは八つ当たりっていうのよ」
「そうだな。お前を倒しても敵討ちというのは間接的でしかない。しかし、私は橙の主として教えておきたいんだ」
 藍は体勢を低く構えてムラサを見据える。
「お前の戦い方は決して間違などではなかった」
 前の試合で戦った鬼を彷彿させる飛び込みにムラサは反応できなく、藍が通り過ぎ去った時、自らの首は三分の一が抉れて無くなっていた。
 藍がムラサの首だった部分を地面に吐きだした時、それがようやく激痛として襲い掛かる。
「が……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 その場に崩れてのたうち回るムラサの様子に藍は意外な表情をする。
「幽霊は出血しないのか」
 しかしすぐに再び動き出す。だが藍はムラサに背を向け、八雲紫の方へ歩み寄って行った。
「橙」
 その隣で試合を見てる式に、結界越しに話しかける。
「お前はもっと強くなれる」
 唐突な言葉に橙は驚く中、藍は言葉を続けていく。
「その牙も、爪も、決して鈍などではない。ただ使い方を少し間違えていただけだ」
 その中で橙は、奥で立ち上がったムラサが藍の背中に向けて水の刃を放つのを見た。
「藍様――!」
「だから、私を見ていてくれ」
 振り向き様、藍はその手で水の刃を切り裂くように壊す。
 その光景に怯むムラサまで跳び、藍は素手で翻弄していく。
 華麗に戦いを有利に進めていく藍の戦いを精一杯記憶に焼きつけようとする橙を見て紫は微笑んでいた。
「楽しいわね」
「え? ……は、はい」
「あら。せっかく自分の主が勝っているというのに嬉しくないのかしら」
「嬉しいです。けど……」
 橙は客席を見回す。その歓声は試合開始前の時より小さくなっていた。
「こうまで一方的な試合は最初の試合ぐらいだったんで……」
 橙の大人ぶったような言い方に紫は思わず笑った。
「何を言ってるのかしら。戦いは一方的な展開の方が多いのよ」
 思わず目を丸くする橙を見て微笑む紫は言葉を続ける。
「才能、鍛錬、知識、戦術、気質、天命、その他色々。それらを混ぜ合わせた値が多い方が勝つのは至極当然の事。相性等と言うのはただの後付でしかない。強ければそれだけで、石は紙を突き破り、紙は鋏を欠かし、鋏は石を噛み砕く。逆転劇は確かに盛り上がるけれど、戦う者にとっては相手を倒す手段の一つが当たっただけに過ぎない。それこそ実力が本当に僅差に収まるのならば、この大会で言えば時間切れ、下手すれば引き分けになるものよ」
「そ……それじゃあ、それを見極めれば、誰が優勝するかも――」
「えぇ、簡単に導き出せるわ」
「じゃあ紫様にとって……この大会って……楽しいんですか?」
 急に子供のような問いかけになった事に紫は微笑んでいた。
「とても楽しいわ」
 紫の見据える先では、未だ藍の連撃が続いている。ムラサが強い妖力で反撃しようとするが、藍も即座に妖力を上げて攻撃する。またもや腹部に有効打となる藍の掌底が叩き込まれて吹き飛ばされたムラサは、立ち上がると同時に突如笑い出した。
「駄目よ駄目。あなた、強すぎるわ」
 藍は一度崩れた体勢を直してムラサを見据えなおす。
「今更言うのも何だけど、私、こういう催しは好きよ。見るのも、参加するのも」
 藍はじりじりと距離を詰めるのを見て、ムラサは小さく溜息を吐いた。
「だから、一方的に優勢な戦いになるのは避けたかったのよ……私にとってね!」
 ムラサは懐から一枚の札を取り出す。『スペルカード』はあくまでただの宣言でしかないのだが、自ら大会を盛り上げようとムラサは高らかに宣言する。
「幽霊『シンカーゴース――」
「キャンセルだ」
 藍は一発の妖力弾を放つ。それは間合いもあったせいで宣言に気を取られていたムラサの胸にあっさりと命中した。
「なっ……!」
 スペルカードの宣言を取り消され体質を変化させる事に失敗したムラサの前に藍は瞬時に迫っていた。
「待て!」
 藍の掌底がムラサの胸を貫く瞬間、閻魔が二人の試合を止める。映姫は左手で藍を指差した。
「『警告』!」
 妖力で練った弾丸であったが、八雲藍の攻撃は弾幕に似たものと判断された。第六試合から新たに取り入れられた試合規則である『警告』宣言は開催者の式である八雲藍が初めて受ける形となった。これにより藍は次の警告で強制的に反則負けとなってしまう。
「両者、一度初めの位置へ!」
 厳しい判定の閻魔に客席が少し静まる中、勇儀は試合をまだまだ楽しめることを喜ぶ。
「あの幽霊、命拾いしたねぇ」
「……勝負ありですね」
 一人だけ理解したかのようにムラサの心を読んでいる古明地さとりの口を勇儀は押さえた。
「むぐっ……」
「おいおい、あまりネタをばらすのはよしとくれ。試合を楽しめないじゃないかい」
 さとりの口を塞ぎつつちらりと見た勇儀の目に映ったムラサは、劣性であろうとへらへらしていた先程とは一変して何かに対する驚嘆を隠しきれていなかった。
 ――な、なぜ……。
 動揺を消し切れないまま、「始め」と言う閻魔の声が響き、すぐに目前まで藍が迫る。その手練な連撃を何とか捌いていく一方で彼女は一つの能力を発動しようとしていた。
 ――なぜ……完全な幽体になれない!
 そもそも彼女は幽霊の一種であり、端的に言うと彼女は物体や肉体をすり抜ける能力を持っている。しかしそれでは自らも対戦相手に触れる事は叶わないため、一時的にその能力を薄めている。先程のスペルカードは完全な幽体となり相手の攻撃を一切受け付けないようにするためのものであった。しかしスペルカードはあくまでも宣言でしかなく、黙っていても能力を使うことはできる。しかし今、ムラサはそれができなかった。
「何を……何をしたのよ!」
 防いだ攻撃の勢いを利用して跳び、間合いを取ったムラサは未だ困惑を隠せない。それを見た藍は立ち止まり、やれやれと溜息を吐いていた。
「竹林の奥の永遠亭には、優曇華院と呼ばれる月の兎がいる」
「……は?」
「彼女のスペルの中には、催眠なのか精神破壊なのか、とにかく相手のスペルカードを破壊するものがある」
「そ……それが一体……」
「まだ解らんか?」
 強がりつつも内心の動揺が表面に出ているムラサを見て藍は笑う。
「それと似たような事をした。ちょっとした催眠作用のある妖力弾をお前の胸に撃ちこみ、お前の頭から幽霊になる技の使い方を忘れさせた。それだけだ」
 衝撃の事実を突き付けられ怯んだムラサの側方まで藍は瞬時に近付き、背中に回し蹴りをぶつけた。
「紫様ならばこのような他人の業を使うような事などせず自分らしい戦い方をするだろうが私は違う。勝つためなら手段は選ばん。とにかく、お前はこの試合中、私の攻撃から逃げる事は許されない」
 藍がムラサにゆっくりと歩み寄っていく中、その様を客席から見る霊夢の元に一人の魔法使いが近づく。
「霊夢!」
 アリス・マーガトロイドを医務室まで送り届け、霊夢達の元に戻ってきた霧雨魔理沙だった。
「すげぇなあいつ。あんな事までできるのかよ」
「藍は幻想郷最強の妖獣。紫が月の兎と戦ってるのを見て覚えて、自分なりに改良したんでしょうね」
 いつも以上に他人事のような霊夢の言い方に魔理沙は違和感を持った。
「あの技教えたの……お前か?」
 霊夢は少しだけ黙った後に口を開く。
「あいつと組み手をした数日間、私は危なくなったら反射的に『夢想天生』を使ってたわ」
「うへぇ」
 夢想天生とは霊夢が使用するスペルの一つであり、あらゆる攻撃に当たらなくなり自分は弾幕で一方的に攻撃できるという、必殺技という枠組みにさえ収まりきらないものである。
「自分で言うのも何だけどあれは反則よね。肉体同士の戦いだから組み手とはいえ危険だと思うとつい使っちゃうのよ。さすがの藍も無想天生を使われると困った顔をしてたわ。でもあいつなりに攻略したいと思ってたんでしょうね。だから私は言ったのよ」
 ――スペルを使われるのが嫌なら使わせなければいいだけよ。
「私は『使われる前に倒せ』的な意味で言ったんだけどね。まさかああするとは思ってなかった。楽しみたがりな紫なら絶対しないことだけど、もちろんあいつは紫じゃない」
「……なぁ霊夢。今のあいつと紫ならどっちが勝つと思う?」
「さぁ」
 霊夢達が会話を交わす中、戦いは尚も藍の一方的な試合運びとなる。得意技を封じられたムラサは藍に有効な一撃を与えられることなく攻撃を受け続け、ついに尻餅を着いていた。
「幽霊だけあって思ったより丈夫だったな。だが、もう終わりだ」
 止めを刺そうと藍は拳を握る。
「一つ……いいかな」
 瀕死のムラサの何気ない一言が藍の攻撃を止めた。
「なんだ。命乞いか、降参か?」
「いやいや……ただの質問だよ。あんたが封じた私の技って、シンカーゴーストだけかい?」
「……あの技は催眠の一種だ。お前が『スペルカードの技』と思ったものは全て使えないはずだ」
「じゃあ、普通に攻撃することはできたんだね」
「ああ。何なら試してみると良い。だがその前に私の拳が届くがな」
「そうかい……それはよかった!」
 途端、ムラサの目に突如力が宿る。それと同時に藍は異変に気付く。いつの間にか水に濡れていたムラサの衣服は乾いていた。
 ――こいつの水は何処に……というより、いつから無くなっていた?
 一瞬だけ藍は目だけで辺りを見回す。今自分達のいる場所はちょうど、藍が警告を受けた後に試合再開をする時ムラサが立っていた場所だった。
 ――あの時に奴を観察してたが、水が空中に浮き上がる様子はなかった。つまり……地面!
 全てを理解した藍はすぐさま拳を放つ。しかし相手を追い詰めながら思考してしまったその驕りの時間はムラサにとって準備を終わらせる時間となっていた。
互いを挟んだ地面から水の玉が現れ、妙に粘度のあるそれはめり込んだ藍の拳を徐々に遅くさせ、ムラサの顔面に到達した時その勢いは完全に殺されていた。
「遅かったね」
 ムラサが笑うと同時に二人を円で囲むように地面が水色になる。突如現れた水は二人を半球状に包み込んだ。試合再開時に幽体に変化できない違和感を覚えたムラサは水を扱えなくなるリスクを冒し、身体に纏った水のほとんどを足元の地面に染み込ませていた。
 ――死ね、式神! 私が舟幽霊と呼ばれるその意味、教えてやるよ!
 驚く八雲藍は口に違和感を覚える。身体中にまとわりつく水が、自分の口に向かって流れて来るのを感じた。それは喉を通り、食道を通過していく。
「本当は溺死させたかったんだけど、あんたは人間じゃないから溺れるという概念がないかもしれない。だから、もっと残酷な方法にさせてもらったよ」
 水の中にいながらはっきりと喋るムラサが見据える中、水の流れる勢いのせいで口を閉じることができない藍に水はどんどんと流れ込んでいく。十秒程経ち、二人を包む水は消える。それら全てに侵入された藍の腹部はまるで妊婦のように膨らんでいた。
「う……ぶ……」
 苦しそうに腹を抑えつつも膝を着くまいと堪えている姿を見てムラサは笑う。
「私も興奮してきたわ。妖獣の内臓が飛び散る様を見れるなんてねぇ。……グロいのが見たくない奴らは目を閉じなさい! 今からそこら中に色んなものが飛び散るでしょうからね!」
 観客に警告する中、ムラサは藍に向き直る。
「正直、あなたは強すぎるわ。これが決まらなかったら、多分あなたの勝ちだったでしょうね」
 ムラサは今から目にする惨状を全て捉えようと少しだけ間合いを開け、後に藍に右手の平を向ける。
「さようなら」
 そして、藍の中にある水を操るため、その手を力一杯に握った。
「…………」
 数秒程の沈黙が場を支配する。
「……ん?」
 違和感を覚えるムラサは右手を再び握る。彼女の思い通りに行くならば、体内に入った水を膨張させて藍を破裂させるはずである。しかし藍には目立った変化はない。それどころか、膨らんだ腹は少しずつ元に戻っていた。
「何で……破裂しない?」
 そのまま腹部が元の大きさに戻った藍が一息吐いた。
「よく動いたからな。良い水分補給になった」
 まるで答えになっていない藍が放った言葉の中、ムラサは困惑する。
「な……なんで……。どうして私の水で破裂しないの……」
「確かにお前の技はいい線を行っていたよ。しかし、ただの水として吸収してしまえば何の問題もない」
「な……何言ってるのよ。私に触れてないとはいえ……その水には私の妖力がたっぷりと込められてるのよ。それは何処に……」
「お前は何を言っているんだ」
 至極当然といった風に藍は言い放つ。
「たかが舟幽霊の妖力が、九尾の体内に留まれるとでも思っていたのか?」
 藍の言葉に、戦意を支えていた何かが折れた村紗水蜜は引きつった笑みを浮かべていた。
「駄目ねこれは」
 若干怒りの形相になっている藍の跳び膝蹴りを顔面に受け、吹き飛ばされたムラサは大の字に倒れた。意識はあるものの諦めたように立ち上がらないムラサに対し審判が下される。
「そこまで! 勝負あり!」
 式神の圧倒的勝利に満足し沸き上る観衆の中、食いちぎられた首以外は意識共々五体満足なムラサはあっさりと立ち上がり、「負けちゃった」と言いながら頭を掻いた。
「おい」
 ムラサと戦った藍は試合が終わったにも関わらず鋭い視線を向けていた。
「あそこにいる毘沙門天代理に伝えておけ。準決勝まで上がってこい、と」
「はいはい。そんなことより」
 ムラサが右手を差し出したことに藍は疑問に思う。
「何だ」
「握手よ握手。これぐらいいいでしょう?」
「…………」
 にこやかに右手を差し出したままのムラサを見て、多少思案しつつも渋々と藍も右手で握り返した。
「最後の技は評価するよ。つい向きになってしまった」
「いえいえ。こうまでボコボコにされると逆にすっきりですよ」
 藍達の様子を見ていた紫は橙に話しかける。
「あなたには厳しい言い方になってしまうけど。私が先程言ったものの中で、天運と才能だけはまず変えることなどできない。それでいて、それらは他の要素よりはるかに差が大きい。力の弱い人魚やろくろ首、ワーウルフ。それらに生まれたとしても、私達はそれを受け入れなければいけない。それはそれは残酷な話ね」
 紫はそこで、橙が闘技場の方を向き続けている事に気付く。
「私の話、聞いてる?」
「あっ、はい。ええと……」
 一度向き直り、何かを指し示すかのように再び闘技場に向く橙の視線を目で追う。その先にいたムラサは、自分を称える言葉を贈る観客に向かい嬉しそうに手を振っていた。
「あの人、負けちゃったのにとても楽しそうです」
「そうね。無知は罪、という言葉があるように、己だけでは自分が強いのか弱いのか知ることもできない。他者を蹴散らし自らの強さを知り、ぼろぼろに打ちのめされて自らの弱さを知る。自らが強くなるためには自らが弱い事を知らないといけないのよ」
 紫は橙の頭に手を置いた。
「あなたは藍に追いつくことができるかしら」
 闘技場から去っていく主の姿を橙は眼に焼き付ける。その歩き方一つにさえ、強さや気品、資質が伝わってきた。
「頑張ります。いつか藍様が私と本気で戦ってくれるところまで……強くなります!」
 どこからか聞こえた妖獣の言葉に耳が動いた藍は陰ながら笑みを零し、闘技場を後にした。
 ――さて。まずは一勝。順当に行けば三回戦が伊吹萃香、決勝が星熊勇儀になるか。上手く準決勝にあの毘沙門天代理が昇ってくることを祈るとして。二回戦は……やはりこいつだろうな。
 出入口の通路を歩く中、向かい側から歩いてきた妖怪と藍は向き合った。
「一回戦突破おめでとう、賢者の威を借るきつねさんや」
 妖怪狸の二ッ岩マミゾウはいやしい笑みを浮かべて手を叩く。
「何の用だ」
「ん? 何を言っておる。儂は次の試合のためここに来ただけじゃ。あの賢者の式だけあって自意識過剰な奴じゃのう」
 飄々とした態度に鎮めている最中だった戦意が沸き上る。
「おう。なんじゃその顔は。これから試合の儂をなぶる気か? 八雲紫は試合が順当に進む事を望んでいる。それを式が壊すとは……なんとも自分勝手な奴じゃ」
 これ以上狸の無駄口に付き合う必要はないと藍は自分に言い聞かせるように舌打ちをして、マミゾウの横を通り過ぎていく。
「楽しくやろうじゃないか。この大会は祭りのようなものじゃ。恨みだ仇だの持ち込む方が間違っとるよ」
 通路を曲がりきって、藍は一度大きく深呼吸をした。
「仇が本当の目的ではない」
 主である八雲紫、この数日組み手を交わした相手である博麗霊夢、そして式である橙の顔が浮かぶ。
「ただの見栄。しかし、格好悪い姿は見せられないさ」
 開催者の式である八雲藍の目的は当然優勝であり、そこまでに至る戦法を編み出すため、静かに控室へ歩んでいった。



コメント



1.名前が無い程度の能力削除
くそ! 面白かったよ!
ああ藍様はどうして黄昏げーむに出れないんだ!
今大会が弾幕というリミッターを外したBattleであることに納得した。
今からマミゾウの試合が楽しみだ。
2.名前が無い程度の能力削除
藍様格好いいwww面白かったです更新楽しみにしてます
3.非現実世界に棲む者削除
キャラ一人一人がこれからどんな戦いを演じていくのかとても楽しみです
4.名前が無い程度の能力削除
しかしやたら酷い攻撃をするな
妖怪らしいしこれが本来って気がする反面女の子がいや女の子に限らずそこまでするなよとも思う