Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

下駄と草履

2014/11/13 05:14:45
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寺で薦められるままに酒を飲んだのが間違いだったのだろう、帰る道がひどく左右に揺れた。
秋の夕方、里へ説法にしに出かけた主を欠いた寺は重心を失って、うわばみ揃いの本領を(あるいは本性を)現し、瞬く間に酒宴の会場となってしまった。
部外者の私がそこにいたのは本当に偶然のことだ。
最近知り合った、その時たまたま遊ぶ約束をしていたぬえに誘われて、私はこの妖怪寺の敷居を跨いだ。

鬼の居ぬ間に盛大に洗濯をしようということで、出家の信者たちはどこから持ち寄ったのか、平生から集まって食事をする長机の上に舶来の葡萄酒だの牛肉だのを並べた。
何もかもが終わった後に私は泊まるように薦められたのだが、酔って使い物にならなくなった頭でこれを断り、アルコールで麻痺した脳髄の許す限り丁重に礼を申し述べ、寺を辞した。
出て行く直前になってぬえが心配だから送っていくと言い出す。
どうやら鼻緒も結べない状態の私としては断る理由は何もなかった。

ぬえは一升を空けてもぴんぴんしていて、ふらふらする私の様子に呆れながらもしきりと気にした。
「足元やばいよ」「肩貸そうか?」と言った。
遂には「下駄止めた方が良いんじゃない」と言って自分の草履と取り換えてしまった。
でも確かに草履に履き替えると地に足がついて歩きやすかった。
その後も彼女がしきりと何か話すのだが、もう言葉がわんわんと唸りのようになって私の頭蓋の周りを取り巻くばかりで、意味を持った文章としては頭の中に入って来ず、私は口の端から生返事だけを垂れ流した。

墓場の入り口まで来て、不意に吐き気が襲ってきた。
ぼうっとして口をぱくぱくさせる私を見てぬえが慌てて背中を擦った。
吐瀉物がひりひりとした酸を残して喉を滑り出ると、少しアルコールが身体を抜けて楽になった。
視界が比較的明瞭になっておろおろしているぬえの表情がちゃんと見えた。
そこで私は奇妙な気持ちになった。
ある意味では合点がいった。

酔いで変質した意識を通してようやく、今まで何だかよく分からなかったこの娘の正体が見えた気がしたのだ。
それはもしかすると錯覚かもしれないけど、その後の私の時間のうちの幾らかを彼女と過ごそうと決めるには充分なだけの強度を持った認識だった。
私は彼女の肩を借りた。
傘を持ってもらっても良いとさえ思った。

それから何年かが過ぎたけれど、その時交換した草履は今でも寝床に置いてある。
風邪を引きました。
古戦場マイク
コメント



1.絶望を司る程度の能力削除
お大事に。
で、これはこがぬえということで間違いありませんね?
2.奇声を発する程度の能力削除
短いながらも良かったです
3.名前が無い程度の能力削除
この掌編すき。
4.名前が無い程度の能力削除
素晴らしい