賑わう観客席の中央にある闘技場に、突如八雲紫は足を踏み入れた。
「次の試合をお待ちしているところ失礼します。ここで試合規則についての補足をさせて頂きますわ」
観客と同じように振り向いた霊夢の目には、紫以外にも三人の者が映った。
「魔理沙?」
審判長である四季映姫と紫の式である八雲藍、そして魔法使いの人間である霧雨魔理沙が紫と同じ闘技場に立っていた。
後の言葉を任せる様に、紫は映姫にマイクを渡す。
「次の試合を始める前に、『弾幕禁止』ルールについての補足をさせて頂きます」
唐突に何か解説が始まった事に客席はどよめくも、閻魔は全く気にしていない。
「審判団に対し、『弾幕攻撃と見做す線引きが曖昧である』との意見があり、反則かどうかの判断を私達審判団が決めるとはいえ、観客の皆様にも楽しんでいただき何らかの不平不満が出ないようにするため、と八雲紫さんの意思により、この休憩時間に弾幕の関係する禁止行為について詳しい説明を行いたいと思います」
閻魔の後ろに立っていた魔理沙と藍は互いに距離を取る。およそ試合の開始する際の間合いまで離れた後、魔理沙は藍に向けて球状――一般的な弾幕を放つ。藍はそれを右手で防ぎ、弾幕は弾けて消えた。
「今のような、スペルカードでよく生み出される一般的な弾幕――」
次に藍がレーザーを放ち、魔理沙はそれを回避した。
「一般的なレーザーは禁止となり、反則負けとなります」
追撃するように藍は懐から出した短剣を観客に見えるよう掲げ、魔理沙に向けて放る。それを魔理沙は白刃取りのように受け止めた。
「次に道具についての説明ですが、始めに申した通り、道具を直接投擲することには何の問題もございません」
霊夢が魔理沙の行いを見て、「あいつ今、地味に凄い事したわよ」と言う突っ込みに幽香は何も返さず、説明は続く。
魔理沙も懐から八卦炉を出し、藍に一発の星弾を放つ。藍は再び手の平で防いだ。
「このような、先程のような弾幕は例え道具を利用して放っても失格です。しかし一つだけ例外があります」
魔理沙は再び八卦炉を構える。放たれたのは弾幕ではなく、一本のレーザーであり。それを藍は半身の姿勢になって回避する。
「道具を使用したレーザー。これを例外的に使用可能とします」
その言葉は大会参加者達を驚かせ、即座に新たな戦略を考えさせていく。
「しかし、連続で二本以上のレーザーを出すことは禁止です。前に出したレーザーが消滅する前に新たなレーザーを放った場合、即座に反則負けと見做しますのでお気を付けください。ちなみに――」
閻魔が向いた方にいる魔理沙は八卦炉を真上に構える。そのまま、いつの間にか結界が無くなっていた天井部分に魔理沙は極太のレーザーを放つ。黄金と虹を混ぜた様な色の巨大な光線はスキマに吸い込まれて轟音と共に消えていった。
「この様に一本のレーザーであるならば太さ等、ある程度の例外を認めます。あと、『道具』についてもルールの補足を致します」
藍は一枚のスペルカードを宣言する。
「式神『橙』」
藍の眼前に現れた魔方陣から参加者の一人である橙が姿を現す。橙は戯れる様に爪で襲い掛かり、魔理沙はそれをかわしていく。
「道具として式神や使い魔を使用する事を可能とします。しかしあくまで『道具』の一つなので、式神を使用する場合、別の道具を使用することはできません。式神が弾幕を放つことも禁止行為となります。ちなみに『スペルカード』についてですが。誤解を防ぐために予め言っておきますが、スペルカードはあくまでただの『宣言』であり物部選手や霊烏路選手があの場で宣言をしなくても、同じ技を扱うことはできます。故にスペルカードは道具として扱いません。もちろん、スペルを宣言せずに大技を放つことは何も問題ありません。もしこれらのルール補足により、新たな道具を登録したい選手がいた場合、二回戦開始前まで私に申し出てください」
ルール変更を聞き、霊夢はふと溜息を吐いた。
「あらかじめ道具の申し出ねぇ。結局はなんだかんだで、スペルカードルールみたいね」
それを聞いて幽香は小さく笑っていた。
「仕方ないわよ。怪物同士が戦う際の逃れられない弊害なのよ」
二人の会話をよそに、閻魔の説明はまだ終わらない。
「最後の補足を致します。弾幕ではなく、各々の選手が持つ能力、それを利用した飛び道具は認められます」
八卦炉を仕舞っていた魔理沙は球体を象った空間を両手で創り、腰に当てて低く構える。彼女の両手から光が溢れ、それを藍に向けて放つ。かわした藍の先にある結界に当たると、爆発を起こして噴煙を上げた。
「あくまで一例ですが、魔法使いが魔法による遠距離攻撃を行うことは可能と致します。しかし今のような技と弾幕の区別は、選手、観客の皆さん、そして私達審判団にとっても、やや難しいものがあります。よって審判団がそれを弾幕だと判断した場合、失格ではなく『警告』を宣言します。一試合に二度以上『警告』された場合、その選手の反則負けと見做します。以上がルールについての補足です。では、これより数分後に第六試合から再開致します。しばらくお待ちください」
大会参加者にとっては新たな戦法を練る時間の中、観客達は騒ぎ始める。何せ次は鬼の試合なのだから。
その中で霊夢は静かに考える。
「結局、禁止事項だけで考えれば……」
――審判長と副審一名に戦闘不能と判断される。
――はっきりと降参を宣言する。
――道具を利用したレーザー以外の弾幕を使用する。
――頭部を破壊されるか、首を切断される。
――大会を通して、四肢をそれぞれ一度以上切断される。
――道具を二つ以上使用する。
――事前登録されていない道具を使用する。
――なんらかの方法で破壊された闘技場の結界から外に出る。
――自らの該当する試合開始時間にも関わらず十分現れない状態が続く。
――一試合に『警告』を二度宣告される。
――その他の理由で、審判三人全員に失格と判断される。
「……思ったより増えたわけじゃないのね。要は道具を使ったレーザーが良くなっただけかしら」
普段、魔砲によるレーザー攻撃をよく使う魔理沙は一人、西側の選手出入口に入って行った。
闘技場を出ると、次の試合を戦う者の一人である人形師――アリス・マーガトロイドが魔理沙の視界に入った。
「よーう。景気はどうだ?」
「……お年寄りくさい物言いね」
「そのまま返すぜ。こんな大会なのに、はしゃがないのは損だ。まぁ、緊張してないようだな」
「緊張は準備不足によって起こるものよ。あらゆる状況を想定して万事を尽くさない者に戦いを楽しむことはできないわ」
「余裕があって何よりだ」
魔理沙はアリスの後方まで行き、通路により掛かる。それをアリスは疑問に思った。
「ちょっと、ここは立ち入り禁止よ。何で弾幕の説明にあなたがいたのか知らないけど、気が散るから早く――」
「私はお前のセコンドだぜ」
「……はい?」
「さっきのあれを手伝った報酬に、お前のセコンドになったんだ。これでお前の活躍を間近で見られるぜ」
アリスは一瞬だけ露骨に不満そうな顔をし、すぐに闘技場の方へ顔を向けた。
「はぁ。勝手になさい」
「なぁ。お前……何でこの大会に出たんだ?」
アリスは振り向かず、「どうしてそんな事を聞くのかしら」と問い返す。
「白蓮のようなタイプなら分かるけど、魔法使いがこの大会に出て……その……どうなるっていうんだよ? しかも、よりにもよっていきなり鬼と戦う。お前なら、これくらい想定できたはずだろ?」
「そうよ。それでも私がこの大会に参加した理由は……やっぱり欲かしら」
「欲?」
「単純な人形の性能テスト、という目的もあるけど。やっぱり優勝賞品、かしら」
「優勝賞品……あれ?」
魔理沙はふと疑問に思う。観客の盛り上がりで忘れていたが、八雲紫は入賞者への副賞について何も話してはいない。『決勝まで戦い、勝ち抜いたことこそが価値のある宝』という可能性も一瞬考えたが、いまいち納得できない。
「何が……手に入るんだろうな」
「何でも手に入るんでしょう」
魔理沙はアリスの一言で何となく納得できた。
「八雲紫なら優勝者の望む願いを叶える力を持っている。どんな無理難題でも現実にできる恐ろしい力。こんな祭事の商品を用意することくらいにしか使わないのだから、ある意味では大人しいわね。ま、何でも望むものが手に入るかもしれないと言ったのは、紫の式神だけど」
「藍が?」
「あの式神が言うなら、ほぼ間違いないでしょうね。大会が始まっても何も言わないのは、それこそ、外部の者達に大会を妨害されたくないから、と言ったとこかしら。例えばさっき負けた天狗の望みが、『天狗が鬼より上位となる形の社会にする』と発表されれば、下手すれば他の天狗達が大会参加者に妨害をけしかけるかもしれない。あの審判達だからそれは僅かな可能性でもあるけど、ただ審判としてそこにいる事を望む八雲紫はそれを恐れたんじゃないかしら」
「なるほどね」
「何にせよ、それは参加者にとってもありがたい事だわ。ただ目の前の相手に集中すればいい。それを五回行うだけで優勝できるのだから。あなたや霊夢の異変解決に比べたら、とっても楽な事だと思うわ」
いくらかの例外はあれど霊夢や魔理沙が異変解決の際に戦う強敵は七、八人程度である。しかし、数百と襲い掛かる妖精も油断すれば足元をすくわれる程度には弱くない場合もある。
「お前の場合、いきなり決勝クラスの相手と戦うことになったけどな」
アリスは尚も振り向ず、自虐するように小さく笑った。
「罰が当たったのよ」
「え?」
言葉の真意が解らず、魔理沙は疑問の表情を浮かべた。
「今までの試合、全員かどうかは判らないけど全力で戦い相手に敬意を示した。でも私は相手が鬼であっても本気で戦う気が湧かない。しかも――」
アリスは自分のよく使う道具である西洋風衣装の『人形』を足元に着地させる。その人形は鈍く光る一本の『剃刀』を右手に携えていた。
「多分鬼が了承してくれる事目当てで、私は武器を二つ用意している。勝ちに拘ってしまう故に本来のルールから逸脱した私への罰が、きっと萃香と戦うことなのよ」
魔理沙は何も言わない。弱気な言葉を放つアリスだったが、その後ろ姿は一切の恐れを感じていないように見えた。
「でもね。これはとても喜ばしい事だと思うの。他の誰とも戦うことなく、いきなり鬼と戦う資格を私は得た。ほとんどの観客が私には期待していない。そこで私が勝利して歓声の矛先を一気に変える。これも戦いの醍醐味の一つであると私は思ってるわ」
「はは、そうだな。こころの時の異変みたいだ」
再び起こる沈黙の後、古明地さとりによる選手入場が告げられた。
「アリス」
魔理沙は一度だけアリスを呼び止める。
「負けるなよ」
「……ありがとう」
アリスは魔理沙の方を向くことなく足を踏み入れた。先に闘技場に鬼がいたにも関わらず、自分が入場したことによる歓声の沸き上りもそれなりにあった。
その事には霊夢も驚いていた。
「なんでアリスに?」
その問いに「鬼に対しての大番狂わせを期待してるんでしょうね。でもそういうのは、中々起こらないから楽しいのに」と幽香が答えた。
「でも実際判らないわ。スペルカードルールでアリスはあいつに勝った事がある」
「あらあら、勘弁してほしいわね。あの鬼は私とあなたの予想する大本命の選手なのよ」
霊夢はそれ以上何も言わず、ただ試合が始まろうとする闘技場を見据え続ける。
「いいよ」
沸き上る会場の中央にいる鬼は人形と剃刀を使用したいと言うアリスの申し出を承諾した。審判三人も問題なしと判断し、それを八雲紫がマイクで伝える。
「選手間の交渉により、今試合においてアリス選手は二つの道具を使用することを認めます」
それだけで更に客席は盛り上がる。道具がいくら増えようとねじ伏せると、鬼の勝利を望む者達。道具を複数使用するならより番狂わせが起こるだろうと、人形師の勝利を楽しみにする者達。その盛り上がりに、尚もさとりの隣で試合を見ようとする勇儀も笑っていた。
「楽しませろよぉ萃香。一発で終わらすんじゃねぇぞ」
両者が互いに離れ定位置に付く。アリスが右腕を肩の高さまで上げると、小さな体躯の人形が意思を持ったように剃刀を構えて鬼を見据える。一方の小柄な鬼も楽しそうに姿勢を低く構える。酔っているのか顔が赤みがかっているものの、以前の様にふらついてはいない。
人形師と鬼の見せる戦いの結末を閻魔も少しだけ期待しつつ宣言する。
「一回戦第六試合、始めっ!」
試合開始早々、アリスは右腕から先を動かし、人形を操る。人に操られているとはいえ、それは正直に萃香の首目がけて剃刀を振った。
「遅いよ」
腰を落として潜るように回避すると同時に、萃香は両足にあらん限りの力を込める。地面を蹴る際にその力を地に放ち、爆発的な突進力を生み出した。両腕を開いて構えながら跳んでくる姿を見て、萃香の狙いが投げ技を狙っているものだとアリスは判断する。
――今更気付いても遅いよ。十分近付いたこの距離から逃げられるわけ……。
アリスの眼前まで近づいた瞬間、少しだけ姿勢を高くして飛び込む萃香の肩に人形の糸が触れる。
「!」
身体に電流の様なものが走り萃香は身体を仰け反らせた。
遠くに放った人形の糸に電流のような魔力を流し、罠のように攻撃する。その技を知っている魔理沙は「『トリップワイヤー』か」と反応していた。
仰け反った萃香を前にし、アリスは一瞬だけ魔法を詠唱する。
その覚えのある魔力に、客席にいる魔法使いの聖白蓮は目の色を変えていた。
「あれは……身体強化の魔法?」
前方に跳んだアリスが右足刀を放とうとすることを萃香は怯みつつある状態でもすぐに察知できた。
――馬鹿だねぇ。そんな見え見えの攻撃、余裕でカウンターを……!
瞬間、動こうとした彼女は、後ろから腰に衝撃を受ける。振り向かなくても、自分に蹴りを放ったのはアリスの人形だと理解する。しかしもう遅く、更なる隙を生み出してしまった鬼は反撃、防御共に機会を失い、魔法使いであるアリスに似合わない跳び蹴りに顎を貫かれた。
予想外の攻撃方法に萃香側どころかアリスを応援する者達もどよめいている中、アリスは後方に跳んで間合いを取る。しかし萃香は倒れこそしないものの未だよろめいている。好機と踏んでそこから前にアリスが前に跳び出した瞬間、萃香は足の指に力を込めてよろけていた不安定な体勢のまま飛び込んだ。
「!」
鬼である萃香の頭は不意を突かれたアリスの腹部に深々と沈み込み、内臓を掻き混ぜていく。ほんの数歩分だけ吹き飛ばされただけであるが、アリスの体内では激しい鈍痛が渦巻き、立ち続ける事を許さない。腹部を押さえて蹲ったまま、アリスは涙と共に呻きの声を漏らすことしかできない。
それを見て萃香は自分が勝者であると、人差し指を立てた腕を上げて見せた。観客は湧き上がるものの、視線をずらした先にいる閻魔は一切動じる気配がない。
――おいおい、立てるようなダメージじゃないんだよ?
観客席で同じ事を考えている鬼の勇儀もさとりの隣で苦笑いを浮かべていた。
「萃香の頭突きを腹にかよ……想像したくもないねぇ」
さとりは勇儀の額にある一角を見て、「そうですね。鬼の頭突きは嫌ですね」と答えていた。
一方で、観客席で試合を見る命蓮寺の面々はアリスが自分達の主である聖白蓮と似たような身体強化魔法を使った事について驚いていた。
「なんであいつが聖のような魔法を使えるんじゃ?」
次の試合のためにいない舟幽霊に代わり化け狸である二ッ岩マミゾウが白蓮に問う。
「そんな複雑な話ではありませんよ。ある程度の魔力と時間さえあれば、あの程度の身体強化は取得できます。あの方は人里で私の戦いを見てました。しかしそれでも幸いでしたね。魔法使いそのままの身体であの勢いの攻撃を受ければ、もう立てなかったでしょうね」
白蓮の予想通り、アリスは右手を地面に着き、ゆっくりと立ち上がる。
「おっ、マジ? 凄いね!」
思わずにやける萃香に対し、立ち上がったアリスの口元からは血が滴っている。内臓のいずれかを破られて肩で息をしているが、人間でない者にとってはそれほど致命傷ではない。
「さぁーどうする? もう降参した方がいいんじゃないの?」
「なに……言ってるのよ。このくらい……平気よ」
再びアリスは右手を動かし。いつの間にか手元に寄せていた人形を操縦する。
「はは。魔法使いなんて皆ひ弱な奴らだと思ってたけど、見直したよ!」
襲い掛かる人形に対し、萃香は右腕で創った手刀を上に掲げる。手刀で人形を破壊すると読んだアリスは、人形に一度萃香を通り過ぎさせた。再び挟み撃ちのような形になるが萃香の口元は笑っていた。
そして、その場に手刀を振り下ろした。
観客だけでなく、さとりや勇儀もただの空振りかと思う中、手刀の影響を受けた者が『一体』いた。
――糸。
魔理沙が気付いた時には萃香を挟んでアリスの向かいにいたそれは、文字通り人形のように動かなくなり地面に落ちた。アリスの操る人形は機械のように完全自立で動いているわけではない。あくまでも魔法の糸を介してアリスの意思で動いている。故に人形を機能させなくする方法としては、直接人形を破壊する他に、動きを伝達させる媒介である糸を切ればいい。その萃香の予想はあっさりと当たった。
「なっ……」
思わず動揺するアリスに対し萃香は再び地面を蹴る。しっかりと地面を捉え、そこに亀裂を入れる程の力で踏み込み、跳んだ。瞬きする程度の時間で、ある程度離れたアリスに近付き、抱きついた。
――しまった!
焦る中、アリスはすぐさま身体強化の魔法に魔力を集中させる。しかし、それでもしがみ付く萃香の両腕を切り離す事はできない。
「楽しいねぇ」
アリスの腹部に萃香は顔を埋める体勢になっている。
「私がまさか一回戦から無傷で勝利することができないとは。思わず本気を出しちゃいそうだよ」
「そ……そう。このまま羽交い絞めにでもするつもりかしら。苦しいのはあまり好きじゃないわね」
「安心しな。痛いのは三回だけだ」
「三回?」
自分が今まで戦ってきた中で、萃香が使う三撃の技を思い出す。
――『三歩壊廃』? ……いや、違う! 抱きついたこの姿勢、まさか……!
びくりとアリスの身体が強張った感触に萃香は怪しげな笑みを浮かべていた。
「鬼符『大江山悉皆殺し』」
萃香は掴んだアリス共々大きく跳ぶ。
「これに耐えれたら、あんたも三撃私に喰らわせていいよ!」
そのまま落ちて来る勢いでアリスを地面に叩き付けた。
「ぐゅぅ!」
鉄球を地面に落とすのとは少し違う鈍い音が闘技場に響く。先程とは違う外側からの痛みがアリスの全身を襲う。
「まだやるかい?」
小さく震えているもアリスは恐れずただ笑っていた。
「鬼というのは……そんなホイホイ手加減をする慎重な種族なのかしら」
ただの挑発というのは簡単に理解できる。しかしそれを流せない自分に萃香は苦笑いしつつ再び跳んだ。為す術もなくアリスは言葉にできない衝撃を再び叩き付けられる。先程の頭突きの時よりも多くの血を吐き出した。
「まだやるかい?」
萃香の言葉がおぼろげにしか聞こえない中――
「アリス!」
結界越しにいる魔理沙の声ははっきりと聞こえた。
「もう降参しろ! 無理だ!」
戦いを楽しむ鬼である萃香も、やや静かな面持ちになっている。
「魔理沙の言う通りだ。降参しないだけで十分立派だよ。でもね、どうあろうと次の投げで多分お前の頭は壊れる。魔法で強くなっていようとね。どのみち負けが確定してしまうんだ」
歪む視界の中、アリスは遠くで動かなくなっている人形を見据える。
「あんたの人形ももう動かない。あんたとはもっと戦いたいけど、殺したくはないよ」
しかし、魔理沙や萃香とは裏腹にアリスは微笑んでいた。
「あなただって……言ったでしょ。魔法使いは……意外に丈夫なのよ。それより……約束しなさいよ」
「あ?」
「この投げを耐えて……次の三撃で……あなたを倒してあげる」
「アリス!」と叫ぶ魔理沙の静止も叶わず、萃香の口元は吊り上がっていった。
「おもしれぇぇぇっ! やってみろっ!」
先程の二回とは比べ物にならない高さを萃香はアリス共々跳ぶ。アリスの頭を地面に向け、重力のまま落ちる萃香であったが、態度とは裏腹に思考は冷静を保っていた。故に今この瞬間、闘技場の地面に何もない事に簡単に気付くことができた。
――『あれ』は何処行った?
一方でアリスは微笑み、それでいて勝利を予感する。実は人形は萃香から見て右下側の結界に張り付いている。しかしその姿は騒ぐ観客達の服装に紛れて上手く隠れていた。それでいてアリスはさり気なく右手を広げ、萃香の左首筋近くに沿える。まるで――
「チェックメイト」
まるで、右手と人形の間にいる萃香の首を魔法の糸で切り落とすかのように。固定された人形より低い位置まで落ちた時、その糸が斬首台とは逆の要領で萃香の首を落とすように。
しかし、この時萃香はアリスを持つ手ではなく全身に神経を集中させていた。一瞬、自分の首筋に刃物の感触を受けた瞬間、その姿はまるで霧の様に消え、雲散した。
萃香の手から逃れて地面に叩き付けられる前に受け身を取ったアリスだったが、悔しそうに顔を歪ませていた。
「いやぁ、信じられないよ。あんたへの攻撃に集中してたら、死んでたのは多分私だった」
雲散していた霧はアリスの前に集まっていき、伊吹萃香そのものへと戻っていく。疎と密を操る程度の能力を持つ萃香は、自らを超巨大にしたり、逆に霧状になるまで細かく分裂することもできる。元に戻った彼女の右首筋からは噴き出しこそしていないものの、鮮血が流れ衣服の肩部分を赤く染めていく。
「しかしおかしいのは、あれだ」
萃香は足元にあった小石を拾い、人形に向かい全力で放り投げる。高速で跳ぶそれを人形はかわし、アリスの元に戻る。小石のめり込んだ結界には亀裂が生じていた。
「どういうことだい。私はあの時、人形の糸を切った。なのに何故動ける」
額から血を流し肩で息をしつつもアリスは微笑んでいた。
「私は普段、沢山の人形を操る。でも今回は一体だけ。だから、その分を集中させた。それだけよ」
萃香が思いついたものと答え合わせをするかのように、アリスは両手の指を開いた。
「糸はたった一本しか切られていない。あと九本残っているわ」
分かりやすくするため、アリスは人形の糸に魔力の電流を流す。右手中指以外の全ての指から電流を流された糸ははっきりと見える様になり、人形へと向かっていた。
「なるほどね。一本糸を切っていい気になってた私を騙すために、そのまま人形を動かさなかったのか。しかし私を油断させるからって、私の投げを二発も顔面に喰らって、綺麗な顔が台無しじゃないかい」
「……あなたに勝てるのなら……まぁ……安いものかしら」
傷だらけになり今にも視界を閉じてしまいそうになっているもののアリスは立っている。萃香の必殺の投げ技を攻略したのだ。
「そうだな……。……くふっ……は……あっはっはっはっは!」
嬉しそうに萃香は笑う。アリスに尻餅を付かせてしまうかというくらい、その声は闘技場を区切る結界を震わせていた。
「ま、約束は約束だ」
笑い終わった萃香は中腰で構える。
「三発、受けてやるよ。槍でも弓でも人形でも、何でも来な」
萃香は投げを中断したので厳密には技をアリスが受け切ったとは言えないかもしれない。それでも自らの技を破られた萃香にとっては、受け切られた事にほぼ等しい。
「ええ。でもきっと……一発で終わるわ」
「おいおい。技をかわしたのは褒めてやるけど、それだけで鬼に勝った気かい?」
「いえ……そうではないの。もう……時間が……」
アリスは力尽きるかのように、両膝を地面に付けた。
「お、おいおい……」
「さ……最初の一発が……効きすぎたわ。おかげで……本来は攻撃の一瞬だけ込める強化用の魔力を……常時注がなければいけなくなった……」
アリスは人形を自分の元に寄せ、優しく抱きしめる。
「だから……一発の攻撃に魔力を集中させただけで……私はもう戦えない。この攻撃であなたを倒せたとしても……もしかしたら眠ってしまうかもしれない」
徐々にアリスの人形は輝きだす。糸ではなく、直接魔力を流し込まれて。ふと、アリスは入場口で見守っている魔理沙の方を見て、微笑んだ。
「全力を出すつもりはない……一人で歩ける魔力は残す……でも、あなたを倒したい」
「構わないよ。私はそれを受け切って二回戦に進むだけだ」
既に強烈な黄金と青白い光を放つ人形をアリスは手放した。
「ごめんね」
アリスの手から放たれた人形は萃香の元に歩いて行く。これから繰り出される技のおおよそを理解した萃香も覚悟を決める。
「来いよ人形。お前の爆発なんて怖くもないよ」
強がりでも何でもない萃香の言葉を聞いて、アリスは人形に最後の命令を送った。
「魔操『リターンイナニメトネス』」
萃香の側まで近づいた人形は強烈な閃光を放ち大爆発した。それはアリスが普段使用するものと比べ遥かに巨大な爆発を放ち、青い光と共に金色の爆風が天井にぶつかり、闘技場を覆い隠すように広がっていった。
闘技場が爆風に包まれる中、魔理沙は技の正体を見破っていた。
「私のマスタースパークに似てる? ……はは、何が『全力を出さない』だよ」
自分の魔法術まで真似されるも魔理沙は笑っていた。ただでさえ強力なアリスの爆発魔法に自分の極太レーザーの威力が加わる。可能性ながらも、魔理沙はアリスの勝利を予感する。
しかし、それはあくまで予感でしかなかった。爆風が収まった時、自らも吹き飛ばされたアリスは手を付いて身を起こす。その先に見えたのは、先程と変わらず中腰の姿勢を保つ萃香の姿だった。
「き……効いたぁ」
衣服の所々が破れて多大な擦り傷があるも、彼女は平気そうに立ち上がった。
「ふぅー。……いいんだよ、あと二、三撃目を加えても。なんなら蹴りでも私の腹に入れるかい?」
「……遠慮しておくわ。何より……あなたの元まで歩いて、蹴る体力も残ってないわ」
アリスは満足そうに微笑み、閻魔の方を向いた。
「降参よ」
多少驚かされる展開がありつつも好敵手が無事勝利したことに勇儀が一息吐いていた。
「そこまで! アリス・マーガトロイドの降参宣言により、勝者、伊吹萃香!」
歓声が沸きあがる中、結界が解かれた入場口から出てきた魔理沙はすぐにアリスの元へと歩み寄る。
「アリス!」
「何よ。心配しなくても一人で歩けるわ」
ゆっくりながらも一人で立ち上がったアリスはふらふらと自分の足で選手出入口に向かう。
「魔法使い!」
魔理沙と共に、アリスは萃香の方を向いた。
「またやろうよ。次は完璧に投げてやる」
腰に携えていた酒を飲み、萃香は満面の笑みを浮かべる。それを見てアリスも小さく微笑み返した。
「遠慮するわ」
萃香の圧倒的勝利の中に、敗れたものの善戦した人形師を称える言葉が飛び交う中、アリス達は闘技場を後にした。
「いやー、まさか私の魔法まで真似されるとは思わなかったぜ」
「あなたの魔法は単純だからね。何なら……私が使う魔法でも教えましょうか」
「お、珍しいねぇ」
「えぇ。だから――」
魔理沙と共に歩くアリスは突然通路の端に倒れ込んだ。
「アリス?」
「医務室まで……運んでもらえるかしら」
顔を逸らしてアリスは申し訳なさそうに魔理沙へ頼んだ。彼女は一人で闘技場を去れる体力は残していたが、そこで最後に貯蔵していた力は尽きてしまった。
「あぁ」
魔理沙はアリスを労るように背負い、ゆっくりと歩みだす。
「使ってみて解ったわ。あなたの魔法……魔力の消費が大きすぎるのよ。同じ威力で魔力の消費を抑えるコツなんて……いくらでもあるわよ」
「そうかい。じゃあそれもついでに、いつかご享受お願いするぜ」
「……申し訳ないわね」
「え?」
「……負けちゃったわ」
「……かっこよかったぜ」
「……そう」
鬼と健闘しつつも敗れた人形師は、同じ魔法使いに背負われて静かに通路を去って行った。
「次の試合をお待ちしているところ失礼します。ここで試合規則についての補足をさせて頂きますわ」
観客と同じように振り向いた霊夢の目には、紫以外にも三人の者が映った。
「魔理沙?」
審判長である四季映姫と紫の式である八雲藍、そして魔法使いの人間である霧雨魔理沙が紫と同じ闘技場に立っていた。
後の言葉を任せる様に、紫は映姫にマイクを渡す。
「次の試合を始める前に、『弾幕禁止』ルールについての補足をさせて頂きます」
唐突に何か解説が始まった事に客席はどよめくも、閻魔は全く気にしていない。
「審判団に対し、『弾幕攻撃と見做す線引きが曖昧である』との意見があり、反則かどうかの判断を私達審判団が決めるとはいえ、観客の皆様にも楽しんでいただき何らかの不平不満が出ないようにするため、と八雲紫さんの意思により、この休憩時間に弾幕の関係する禁止行為について詳しい説明を行いたいと思います」
閻魔の後ろに立っていた魔理沙と藍は互いに距離を取る。およそ試合の開始する際の間合いまで離れた後、魔理沙は藍に向けて球状――一般的な弾幕を放つ。藍はそれを右手で防ぎ、弾幕は弾けて消えた。
「今のような、スペルカードでよく生み出される一般的な弾幕――」
次に藍がレーザーを放ち、魔理沙はそれを回避した。
「一般的なレーザーは禁止となり、反則負けとなります」
追撃するように藍は懐から出した短剣を観客に見えるよう掲げ、魔理沙に向けて放る。それを魔理沙は白刃取りのように受け止めた。
「次に道具についての説明ですが、始めに申した通り、道具を直接投擲することには何の問題もございません」
霊夢が魔理沙の行いを見て、「あいつ今、地味に凄い事したわよ」と言う突っ込みに幽香は何も返さず、説明は続く。
魔理沙も懐から八卦炉を出し、藍に一発の星弾を放つ。藍は再び手の平で防いだ。
「このような、先程のような弾幕は例え道具を利用して放っても失格です。しかし一つだけ例外があります」
魔理沙は再び八卦炉を構える。放たれたのは弾幕ではなく、一本のレーザーであり。それを藍は半身の姿勢になって回避する。
「道具を使用したレーザー。これを例外的に使用可能とします」
その言葉は大会参加者達を驚かせ、即座に新たな戦略を考えさせていく。
「しかし、連続で二本以上のレーザーを出すことは禁止です。前に出したレーザーが消滅する前に新たなレーザーを放った場合、即座に反則負けと見做しますのでお気を付けください。ちなみに――」
閻魔が向いた方にいる魔理沙は八卦炉を真上に構える。そのまま、いつの間にか結界が無くなっていた天井部分に魔理沙は極太のレーザーを放つ。黄金と虹を混ぜた様な色の巨大な光線はスキマに吸い込まれて轟音と共に消えていった。
「この様に一本のレーザーであるならば太さ等、ある程度の例外を認めます。あと、『道具』についてもルールの補足を致します」
藍は一枚のスペルカードを宣言する。
「式神『橙』」
藍の眼前に現れた魔方陣から参加者の一人である橙が姿を現す。橙は戯れる様に爪で襲い掛かり、魔理沙はそれをかわしていく。
「道具として式神や使い魔を使用する事を可能とします。しかしあくまで『道具』の一つなので、式神を使用する場合、別の道具を使用することはできません。式神が弾幕を放つことも禁止行為となります。ちなみに『スペルカード』についてですが。誤解を防ぐために予め言っておきますが、スペルカードはあくまでただの『宣言』であり物部選手や霊烏路選手があの場で宣言をしなくても、同じ技を扱うことはできます。故にスペルカードは道具として扱いません。もちろん、スペルを宣言せずに大技を放つことは何も問題ありません。もしこれらのルール補足により、新たな道具を登録したい選手がいた場合、二回戦開始前まで私に申し出てください」
ルール変更を聞き、霊夢はふと溜息を吐いた。
「あらかじめ道具の申し出ねぇ。結局はなんだかんだで、スペルカードルールみたいね」
それを聞いて幽香は小さく笑っていた。
「仕方ないわよ。怪物同士が戦う際の逃れられない弊害なのよ」
二人の会話をよそに、閻魔の説明はまだ終わらない。
「最後の補足を致します。弾幕ではなく、各々の選手が持つ能力、それを利用した飛び道具は認められます」
八卦炉を仕舞っていた魔理沙は球体を象った空間を両手で創り、腰に当てて低く構える。彼女の両手から光が溢れ、それを藍に向けて放つ。かわした藍の先にある結界に当たると、爆発を起こして噴煙を上げた。
「あくまで一例ですが、魔法使いが魔法による遠距離攻撃を行うことは可能と致します。しかし今のような技と弾幕の区別は、選手、観客の皆さん、そして私達審判団にとっても、やや難しいものがあります。よって審判団がそれを弾幕だと判断した場合、失格ではなく『警告』を宣言します。一試合に二度以上『警告』された場合、その選手の反則負けと見做します。以上がルールについての補足です。では、これより数分後に第六試合から再開致します。しばらくお待ちください」
大会参加者にとっては新たな戦法を練る時間の中、観客達は騒ぎ始める。何せ次は鬼の試合なのだから。
その中で霊夢は静かに考える。
「結局、禁止事項だけで考えれば……」
――審判長と副審一名に戦闘不能と判断される。
――はっきりと降参を宣言する。
――道具を利用したレーザー以外の弾幕を使用する。
――頭部を破壊されるか、首を切断される。
――大会を通して、四肢をそれぞれ一度以上切断される。
――道具を二つ以上使用する。
――事前登録されていない道具を使用する。
――なんらかの方法で破壊された闘技場の結界から外に出る。
――自らの該当する試合開始時間にも関わらず十分現れない状態が続く。
――一試合に『警告』を二度宣告される。
――その他の理由で、審判三人全員に失格と判断される。
「……思ったより増えたわけじゃないのね。要は道具を使ったレーザーが良くなっただけかしら」
普段、魔砲によるレーザー攻撃をよく使う魔理沙は一人、西側の選手出入口に入って行った。
闘技場を出ると、次の試合を戦う者の一人である人形師――アリス・マーガトロイドが魔理沙の視界に入った。
「よーう。景気はどうだ?」
「……お年寄りくさい物言いね」
「そのまま返すぜ。こんな大会なのに、はしゃがないのは損だ。まぁ、緊張してないようだな」
「緊張は準備不足によって起こるものよ。あらゆる状況を想定して万事を尽くさない者に戦いを楽しむことはできないわ」
「余裕があって何よりだ」
魔理沙はアリスの後方まで行き、通路により掛かる。それをアリスは疑問に思った。
「ちょっと、ここは立ち入り禁止よ。何で弾幕の説明にあなたがいたのか知らないけど、気が散るから早く――」
「私はお前のセコンドだぜ」
「……はい?」
「さっきのあれを手伝った報酬に、お前のセコンドになったんだ。これでお前の活躍を間近で見られるぜ」
アリスは一瞬だけ露骨に不満そうな顔をし、すぐに闘技場の方へ顔を向けた。
「はぁ。勝手になさい」
「なぁ。お前……何でこの大会に出たんだ?」
アリスは振り向かず、「どうしてそんな事を聞くのかしら」と問い返す。
「白蓮のようなタイプなら分かるけど、魔法使いがこの大会に出て……その……どうなるっていうんだよ? しかも、よりにもよっていきなり鬼と戦う。お前なら、これくらい想定できたはずだろ?」
「そうよ。それでも私がこの大会に参加した理由は……やっぱり欲かしら」
「欲?」
「単純な人形の性能テスト、という目的もあるけど。やっぱり優勝賞品、かしら」
「優勝賞品……あれ?」
魔理沙はふと疑問に思う。観客の盛り上がりで忘れていたが、八雲紫は入賞者への副賞について何も話してはいない。『決勝まで戦い、勝ち抜いたことこそが価値のある宝』という可能性も一瞬考えたが、いまいち納得できない。
「何が……手に入るんだろうな」
「何でも手に入るんでしょう」
魔理沙はアリスの一言で何となく納得できた。
「八雲紫なら優勝者の望む願いを叶える力を持っている。どんな無理難題でも現実にできる恐ろしい力。こんな祭事の商品を用意することくらいにしか使わないのだから、ある意味では大人しいわね。ま、何でも望むものが手に入るかもしれないと言ったのは、紫の式神だけど」
「藍が?」
「あの式神が言うなら、ほぼ間違いないでしょうね。大会が始まっても何も言わないのは、それこそ、外部の者達に大会を妨害されたくないから、と言ったとこかしら。例えばさっき負けた天狗の望みが、『天狗が鬼より上位となる形の社会にする』と発表されれば、下手すれば他の天狗達が大会参加者に妨害をけしかけるかもしれない。あの審判達だからそれは僅かな可能性でもあるけど、ただ審判としてそこにいる事を望む八雲紫はそれを恐れたんじゃないかしら」
「なるほどね」
「何にせよ、それは参加者にとってもありがたい事だわ。ただ目の前の相手に集中すればいい。それを五回行うだけで優勝できるのだから。あなたや霊夢の異変解決に比べたら、とっても楽な事だと思うわ」
いくらかの例外はあれど霊夢や魔理沙が異変解決の際に戦う強敵は七、八人程度である。しかし、数百と襲い掛かる妖精も油断すれば足元をすくわれる程度には弱くない場合もある。
「お前の場合、いきなり決勝クラスの相手と戦うことになったけどな」
アリスは尚も振り向ず、自虐するように小さく笑った。
「罰が当たったのよ」
「え?」
言葉の真意が解らず、魔理沙は疑問の表情を浮かべた。
「今までの試合、全員かどうかは判らないけど全力で戦い相手に敬意を示した。でも私は相手が鬼であっても本気で戦う気が湧かない。しかも――」
アリスは自分のよく使う道具である西洋風衣装の『人形』を足元に着地させる。その人形は鈍く光る一本の『剃刀』を右手に携えていた。
「多分鬼が了承してくれる事目当てで、私は武器を二つ用意している。勝ちに拘ってしまう故に本来のルールから逸脱した私への罰が、きっと萃香と戦うことなのよ」
魔理沙は何も言わない。弱気な言葉を放つアリスだったが、その後ろ姿は一切の恐れを感じていないように見えた。
「でもね。これはとても喜ばしい事だと思うの。他の誰とも戦うことなく、いきなり鬼と戦う資格を私は得た。ほとんどの観客が私には期待していない。そこで私が勝利して歓声の矛先を一気に変える。これも戦いの醍醐味の一つであると私は思ってるわ」
「はは、そうだな。こころの時の異変みたいだ」
再び起こる沈黙の後、古明地さとりによる選手入場が告げられた。
「アリス」
魔理沙は一度だけアリスを呼び止める。
「負けるなよ」
「……ありがとう」
アリスは魔理沙の方を向くことなく足を踏み入れた。先に闘技場に鬼がいたにも関わらず、自分が入場したことによる歓声の沸き上りもそれなりにあった。
その事には霊夢も驚いていた。
「なんでアリスに?」
その問いに「鬼に対しての大番狂わせを期待してるんでしょうね。でもそういうのは、中々起こらないから楽しいのに」と幽香が答えた。
「でも実際判らないわ。スペルカードルールでアリスはあいつに勝った事がある」
「あらあら、勘弁してほしいわね。あの鬼は私とあなたの予想する大本命の選手なのよ」
霊夢はそれ以上何も言わず、ただ試合が始まろうとする闘技場を見据え続ける。
「いいよ」
沸き上る会場の中央にいる鬼は人形と剃刀を使用したいと言うアリスの申し出を承諾した。審判三人も問題なしと判断し、それを八雲紫がマイクで伝える。
「選手間の交渉により、今試合においてアリス選手は二つの道具を使用することを認めます」
それだけで更に客席は盛り上がる。道具がいくら増えようとねじ伏せると、鬼の勝利を望む者達。道具を複数使用するならより番狂わせが起こるだろうと、人形師の勝利を楽しみにする者達。その盛り上がりに、尚もさとりの隣で試合を見ようとする勇儀も笑っていた。
「楽しませろよぉ萃香。一発で終わらすんじゃねぇぞ」
両者が互いに離れ定位置に付く。アリスが右腕を肩の高さまで上げると、小さな体躯の人形が意思を持ったように剃刀を構えて鬼を見据える。一方の小柄な鬼も楽しそうに姿勢を低く構える。酔っているのか顔が赤みがかっているものの、以前の様にふらついてはいない。
人形師と鬼の見せる戦いの結末を閻魔も少しだけ期待しつつ宣言する。
「一回戦第六試合、始めっ!」
試合開始早々、アリスは右腕から先を動かし、人形を操る。人に操られているとはいえ、それは正直に萃香の首目がけて剃刀を振った。
「遅いよ」
腰を落として潜るように回避すると同時に、萃香は両足にあらん限りの力を込める。地面を蹴る際にその力を地に放ち、爆発的な突進力を生み出した。両腕を開いて構えながら跳んでくる姿を見て、萃香の狙いが投げ技を狙っているものだとアリスは判断する。
――今更気付いても遅いよ。十分近付いたこの距離から逃げられるわけ……。
アリスの眼前まで近づいた瞬間、少しだけ姿勢を高くして飛び込む萃香の肩に人形の糸が触れる。
「!」
身体に電流の様なものが走り萃香は身体を仰け反らせた。
遠くに放った人形の糸に電流のような魔力を流し、罠のように攻撃する。その技を知っている魔理沙は「『トリップワイヤー』か」と反応していた。
仰け反った萃香を前にし、アリスは一瞬だけ魔法を詠唱する。
その覚えのある魔力に、客席にいる魔法使いの聖白蓮は目の色を変えていた。
「あれは……身体強化の魔法?」
前方に跳んだアリスが右足刀を放とうとすることを萃香は怯みつつある状態でもすぐに察知できた。
――馬鹿だねぇ。そんな見え見えの攻撃、余裕でカウンターを……!
瞬間、動こうとした彼女は、後ろから腰に衝撃を受ける。振り向かなくても、自分に蹴りを放ったのはアリスの人形だと理解する。しかしもう遅く、更なる隙を生み出してしまった鬼は反撃、防御共に機会を失い、魔法使いであるアリスに似合わない跳び蹴りに顎を貫かれた。
予想外の攻撃方法に萃香側どころかアリスを応援する者達もどよめいている中、アリスは後方に跳んで間合いを取る。しかし萃香は倒れこそしないものの未だよろめいている。好機と踏んでそこから前にアリスが前に跳び出した瞬間、萃香は足の指に力を込めてよろけていた不安定な体勢のまま飛び込んだ。
「!」
鬼である萃香の頭は不意を突かれたアリスの腹部に深々と沈み込み、内臓を掻き混ぜていく。ほんの数歩分だけ吹き飛ばされただけであるが、アリスの体内では激しい鈍痛が渦巻き、立ち続ける事を許さない。腹部を押さえて蹲ったまま、アリスは涙と共に呻きの声を漏らすことしかできない。
それを見て萃香は自分が勝者であると、人差し指を立てた腕を上げて見せた。観客は湧き上がるものの、視線をずらした先にいる閻魔は一切動じる気配がない。
――おいおい、立てるようなダメージじゃないんだよ?
観客席で同じ事を考えている鬼の勇儀もさとりの隣で苦笑いを浮かべていた。
「萃香の頭突きを腹にかよ……想像したくもないねぇ」
さとりは勇儀の額にある一角を見て、「そうですね。鬼の頭突きは嫌ですね」と答えていた。
一方で、観客席で試合を見る命蓮寺の面々はアリスが自分達の主である聖白蓮と似たような身体強化魔法を使った事について驚いていた。
「なんであいつが聖のような魔法を使えるんじゃ?」
次の試合のためにいない舟幽霊に代わり化け狸である二ッ岩マミゾウが白蓮に問う。
「そんな複雑な話ではありませんよ。ある程度の魔力と時間さえあれば、あの程度の身体強化は取得できます。あの方は人里で私の戦いを見てました。しかしそれでも幸いでしたね。魔法使いそのままの身体であの勢いの攻撃を受ければ、もう立てなかったでしょうね」
白蓮の予想通り、アリスは右手を地面に着き、ゆっくりと立ち上がる。
「おっ、マジ? 凄いね!」
思わずにやける萃香に対し、立ち上がったアリスの口元からは血が滴っている。内臓のいずれかを破られて肩で息をしているが、人間でない者にとってはそれほど致命傷ではない。
「さぁーどうする? もう降参した方がいいんじゃないの?」
「なに……言ってるのよ。このくらい……平気よ」
再びアリスは右手を動かし。いつの間にか手元に寄せていた人形を操縦する。
「はは。魔法使いなんて皆ひ弱な奴らだと思ってたけど、見直したよ!」
襲い掛かる人形に対し、萃香は右腕で創った手刀を上に掲げる。手刀で人形を破壊すると読んだアリスは、人形に一度萃香を通り過ぎさせた。再び挟み撃ちのような形になるが萃香の口元は笑っていた。
そして、その場に手刀を振り下ろした。
観客だけでなく、さとりや勇儀もただの空振りかと思う中、手刀の影響を受けた者が『一体』いた。
――糸。
魔理沙が気付いた時には萃香を挟んでアリスの向かいにいたそれは、文字通り人形のように動かなくなり地面に落ちた。アリスの操る人形は機械のように完全自立で動いているわけではない。あくまでも魔法の糸を介してアリスの意思で動いている。故に人形を機能させなくする方法としては、直接人形を破壊する他に、動きを伝達させる媒介である糸を切ればいい。その萃香の予想はあっさりと当たった。
「なっ……」
思わず動揺するアリスに対し萃香は再び地面を蹴る。しっかりと地面を捉え、そこに亀裂を入れる程の力で踏み込み、跳んだ。瞬きする程度の時間で、ある程度離れたアリスに近付き、抱きついた。
――しまった!
焦る中、アリスはすぐさま身体強化の魔法に魔力を集中させる。しかし、それでもしがみ付く萃香の両腕を切り離す事はできない。
「楽しいねぇ」
アリスの腹部に萃香は顔を埋める体勢になっている。
「私がまさか一回戦から無傷で勝利することができないとは。思わず本気を出しちゃいそうだよ」
「そ……そう。このまま羽交い絞めにでもするつもりかしら。苦しいのはあまり好きじゃないわね」
「安心しな。痛いのは三回だけだ」
「三回?」
自分が今まで戦ってきた中で、萃香が使う三撃の技を思い出す。
――『三歩壊廃』? ……いや、違う! 抱きついたこの姿勢、まさか……!
びくりとアリスの身体が強張った感触に萃香は怪しげな笑みを浮かべていた。
「鬼符『大江山悉皆殺し』」
萃香は掴んだアリス共々大きく跳ぶ。
「これに耐えれたら、あんたも三撃私に喰らわせていいよ!」
そのまま落ちて来る勢いでアリスを地面に叩き付けた。
「ぐゅぅ!」
鉄球を地面に落とすのとは少し違う鈍い音が闘技場に響く。先程とは違う外側からの痛みがアリスの全身を襲う。
「まだやるかい?」
小さく震えているもアリスは恐れずただ笑っていた。
「鬼というのは……そんなホイホイ手加減をする慎重な種族なのかしら」
ただの挑発というのは簡単に理解できる。しかしそれを流せない自分に萃香は苦笑いしつつ再び跳んだ。為す術もなくアリスは言葉にできない衝撃を再び叩き付けられる。先程の頭突きの時よりも多くの血を吐き出した。
「まだやるかい?」
萃香の言葉がおぼろげにしか聞こえない中――
「アリス!」
結界越しにいる魔理沙の声ははっきりと聞こえた。
「もう降参しろ! 無理だ!」
戦いを楽しむ鬼である萃香も、やや静かな面持ちになっている。
「魔理沙の言う通りだ。降参しないだけで十分立派だよ。でもね、どうあろうと次の投げで多分お前の頭は壊れる。魔法で強くなっていようとね。どのみち負けが確定してしまうんだ」
歪む視界の中、アリスは遠くで動かなくなっている人形を見据える。
「あんたの人形ももう動かない。あんたとはもっと戦いたいけど、殺したくはないよ」
しかし、魔理沙や萃香とは裏腹にアリスは微笑んでいた。
「あなただって……言ったでしょ。魔法使いは……意外に丈夫なのよ。それより……約束しなさいよ」
「あ?」
「この投げを耐えて……次の三撃で……あなたを倒してあげる」
「アリス!」と叫ぶ魔理沙の静止も叶わず、萃香の口元は吊り上がっていった。
「おもしれぇぇぇっ! やってみろっ!」
先程の二回とは比べ物にならない高さを萃香はアリス共々跳ぶ。アリスの頭を地面に向け、重力のまま落ちる萃香であったが、態度とは裏腹に思考は冷静を保っていた。故に今この瞬間、闘技場の地面に何もない事に簡単に気付くことができた。
――『あれ』は何処行った?
一方でアリスは微笑み、それでいて勝利を予感する。実は人形は萃香から見て右下側の結界に張り付いている。しかしその姿は騒ぐ観客達の服装に紛れて上手く隠れていた。それでいてアリスはさり気なく右手を広げ、萃香の左首筋近くに沿える。まるで――
「チェックメイト」
まるで、右手と人形の間にいる萃香の首を魔法の糸で切り落とすかのように。固定された人形より低い位置まで落ちた時、その糸が斬首台とは逆の要領で萃香の首を落とすように。
しかし、この時萃香はアリスを持つ手ではなく全身に神経を集中させていた。一瞬、自分の首筋に刃物の感触を受けた瞬間、その姿はまるで霧の様に消え、雲散した。
萃香の手から逃れて地面に叩き付けられる前に受け身を取ったアリスだったが、悔しそうに顔を歪ませていた。
「いやぁ、信じられないよ。あんたへの攻撃に集中してたら、死んでたのは多分私だった」
雲散していた霧はアリスの前に集まっていき、伊吹萃香そのものへと戻っていく。疎と密を操る程度の能力を持つ萃香は、自らを超巨大にしたり、逆に霧状になるまで細かく分裂することもできる。元に戻った彼女の右首筋からは噴き出しこそしていないものの、鮮血が流れ衣服の肩部分を赤く染めていく。
「しかしおかしいのは、あれだ」
萃香は足元にあった小石を拾い、人形に向かい全力で放り投げる。高速で跳ぶそれを人形はかわし、アリスの元に戻る。小石のめり込んだ結界には亀裂が生じていた。
「どういうことだい。私はあの時、人形の糸を切った。なのに何故動ける」
額から血を流し肩で息をしつつもアリスは微笑んでいた。
「私は普段、沢山の人形を操る。でも今回は一体だけ。だから、その分を集中させた。それだけよ」
萃香が思いついたものと答え合わせをするかのように、アリスは両手の指を開いた。
「糸はたった一本しか切られていない。あと九本残っているわ」
分かりやすくするため、アリスは人形の糸に魔力の電流を流す。右手中指以外の全ての指から電流を流された糸ははっきりと見える様になり、人形へと向かっていた。
「なるほどね。一本糸を切っていい気になってた私を騙すために、そのまま人形を動かさなかったのか。しかし私を油断させるからって、私の投げを二発も顔面に喰らって、綺麗な顔が台無しじゃないかい」
「……あなたに勝てるのなら……まぁ……安いものかしら」
傷だらけになり今にも視界を閉じてしまいそうになっているもののアリスは立っている。萃香の必殺の投げ技を攻略したのだ。
「そうだな……。……くふっ……は……あっはっはっはっは!」
嬉しそうに萃香は笑う。アリスに尻餅を付かせてしまうかというくらい、その声は闘技場を区切る結界を震わせていた。
「ま、約束は約束だ」
笑い終わった萃香は中腰で構える。
「三発、受けてやるよ。槍でも弓でも人形でも、何でも来な」
萃香は投げを中断したので厳密には技をアリスが受け切ったとは言えないかもしれない。それでも自らの技を破られた萃香にとっては、受け切られた事にほぼ等しい。
「ええ。でもきっと……一発で終わるわ」
「おいおい。技をかわしたのは褒めてやるけど、それだけで鬼に勝った気かい?」
「いえ……そうではないの。もう……時間が……」
アリスは力尽きるかのように、両膝を地面に付けた。
「お、おいおい……」
「さ……最初の一発が……効きすぎたわ。おかげで……本来は攻撃の一瞬だけ込める強化用の魔力を……常時注がなければいけなくなった……」
アリスは人形を自分の元に寄せ、優しく抱きしめる。
「だから……一発の攻撃に魔力を集中させただけで……私はもう戦えない。この攻撃であなたを倒せたとしても……もしかしたら眠ってしまうかもしれない」
徐々にアリスの人形は輝きだす。糸ではなく、直接魔力を流し込まれて。ふと、アリスは入場口で見守っている魔理沙の方を見て、微笑んだ。
「全力を出すつもりはない……一人で歩ける魔力は残す……でも、あなたを倒したい」
「構わないよ。私はそれを受け切って二回戦に進むだけだ」
既に強烈な黄金と青白い光を放つ人形をアリスは手放した。
「ごめんね」
アリスの手から放たれた人形は萃香の元に歩いて行く。これから繰り出される技のおおよそを理解した萃香も覚悟を決める。
「来いよ人形。お前の爆発なんて怖くもないよ」
強がりでも何でもない萃香の言葉を聞いて、アリスは人形に最後の命令を送った。
「魔操『リターンイナニメトネス』」
萃香の側まで近づいた人形は強烈な閃光を放ち大爆発した。それはアリスが普段使用するものと比べ遥かに巨大な爆発を放ち、青い光と共に金色の爆風が天井にぶつかり、闘技場を覆い隠すように広がっていった。
闘技場が爆風に包まれる中、魔理沙は技の正体を見破っていた。
「私のマスタースパークに似てる? ……はは、何が『全力を出さない』だよ」
自分の魔法術まで真似されるも魔理沙は笑っていた。ただでさえ強力なアリスの爆発魔法に自分の極太レーザーの威力が加わる。可能性ながらも、魔理沙はアリスの勝利を予感する。
しかし、それはあくまで予感でしかなかった。爆風が収まった時、自らも吹き飛ばされたアリスは手を付いて身を起こす。その先に見えたのは、先程と変わらず中腰の姿勢を保つ萃香の姿だった。
「き……効いたぁ」
衣服の所々が破れて多大な擦り傷があるも、彼女は平気そうに立ち上がった。
「ふぅー。……いいんだよ、あと二、三撃目を加えても。なんなら蹴りでも私の腹に入れるかい?」
「……遠慮しておくわ。何より……あなたの元まで歩いて、蹴る体力も残ってないわ」
アリスは満足そうに微笑み、閻魔の方を向いた。
「降参よ」
多少驚かされる展開がありつつも好敵手が無事勝利したことに勇儀が一息吐いていた。
「そこまで! アリス・マーガトロイドの降参宣言により、勝者、伊吹萃香!」
歓声が沸きあがる中、結界が解かれた入場口から出てきた魔理沙はすぐにアリスの元へと歩み寄る。
「アリス!」
「何よ。心配しなくても一人で歩けるわ」
ゆっくりながらも一人で立ち上がったアリスはふらふらと自分の足で選手出入口に向かう。
「魔法使い!」
魔理沙と共に、アリスは萃香の方を向いた。
「またやろうよ。次は完璧に投げてやる」
腰に携えていた酒を飲み、萃香は満面の笑みを浮かべる。それを見てアリスも小さく微笑み返した。
「遠慮するわ」
萃香の圧倒的勝利の中に、敗れたものの善戦した人形師を称える言葉が飛び交う中、アリス達は闘技場を後にした。
「いやー、まさか私の魔法まで真似されるとは思わなかったぜ」
「あなたの魔法は単純だからね。何なら……私が使う魔法でも教えましょうか」
「お、珍しいねぇ」
「えぇ。だから――」
魔理沙と共に歩くアリスは突然通路の端に倒れ込んだ。
「アリス?」
「医務室まで……運んでもらえるかしら」
顔を逸らしてアリスは申し訳なさそうに魔理沙へ頼んだ。彼女は一人で闘技場を去れる体力は残していたが、そこで最後に貯蔵していた力は尽きてしまった。
「あぁ」
魔理沙はアリスを労るように背負い、ゆっくりと歩みだす。
「使ってみて解ったわ。あなたの魔法……魔力の消費が大きすぎるのよ。同じ威力で魔力の消費を抑えるコツなんて……いくらでもあるわよ」
「そうかい。じゃあそれもついでに、いつかご享受お願いするぜ」
「……申し訳ないわね」
「え?」
「……負けちゃったわ」
「……かっこよかったぜ」
「……そう」
鬼と健闘しつつも敗れた人形師は、同じ魔法使いに背負われて静かに通路を去って行った。
頭突きは鬼の最終兵器かな?かなりヤバイということがわかりました。
慧音との頭突き勝負が見たいです。