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ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『少女秘封倶楽部 #5』

2014/10/08 22:24:26
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 本当に大切なものは、いつだって失ってから気がつくものである。例えば、健全な睡眠とか。

「……本当にそれで大丈夫なんですか?」

 私は星さんに思わず問い返していた。終わりなき悪夢から解放されるための条件。それが余りにも不可解なものだったからだ。

「えぇ。確かにフイルムの所有者、森近清太郎から聞きました。『現実と幻想を分かつ境界』を夢から持ち帰ることができれば、終わりなき輪廻も終わる。そのように製作者から伝言を預かっている、と」

 すでにとっぷりと日の暮れた時刻、白蓮寺の私の部屋にて、私たち4人は額を突き合わせるようにして集まっていた。メリーベルと私は顔を見合わせる。互いに隈の酷い疲れ顔だった。眠れば必ず『秘封倶楽部』の宇佐見蓮子となった夢を見るので、全く睡眠を取った気になれないのだ。ただでさえこちらは相当参っているというのに、なぜこの期に及んで謎掛けのような真似をされなければならないのだろうか。

 もはや夢での感覚は現実と区別が付かないほどになっていた。同じ夢を何度も繰り返し見ているため、「これが夢の中である」ことに気が付くために要する時間もどんどん短くなってきている。そしてもうひとつ、何とも厄介なことに、私とメリーベルは2人同時にしか眠れなくなってしまっていた。『蓮子とメリーは2人でひとつの秘封倶楽部』ということらしいので、私たちもそれに倣(なら)わなければならないということだろう。

 迫真の夢の中で死ぬことには、何度経験しても慣れなかった。同じ夢を繰り返し見せられて、その中でも現実の記憶を保持できるようになると、当然夢の最後には自分が死ぬことが分かってしまう。分かっているのに、その結末を変えることができない。訪れてしまう確実な死を回避できない。そんな最悪な経験をするくらいならいっそ眠らない方が、とも考えたが、起きたままでいることもまた不可能なのであった。
 私たちはキネマ製作者の思惑通り、必ず眠って夢を見なければならない。暴走したヒロシゲの中で惨殺されなければならない。そしてその夢の内容が、翌日のキネマとなって上映されるというわけだ。

「いい加減にしてほしいわ……。宇佐見蓮子をあと何回殺せば、その誰かさんの気が済むわけ?」
「次で終わりにしましょう、桜子。私もそろそろ夢を見ないで、命の危険を感じないでぐっすり眠りたいわ」
「夢の中のことには、流石に私も那津も手出しできません。ですがそれ以外のことなら、解決に向けて万全を尽くしましょう」
「君たちは自分の問題の解決に集中していればいい。他のことは任せてくれ」

 星さんと那津の励ましは有り難い。しかしそれに笑顔で応える余裕すら、今の私にはなかった。ふらつく頭で何とか頷きを返す。

「で、何だっけ? 夢から持ち帰らなきゃいけないもの、って」
「『現実と幻想を分かつ境界』よ。といっても、ヒントがそれだけじゃあ、一体何のことだか」
「物なのかどうかすら曖昧だな。けど、『卯酉東海道』の舞台はヒロシゲの車内に限られている。候補はそれほど多くないはずだ」

 那津の意見に皆が首を捻ってみるものの、これという候補は浮かばない。特急列車の中にそんな不思議なアイテムがあるのなら、すぐに目に付きそうなものだが。

「まずは、『現実』と『幻想』がそれぞれ何を表しているのかを考えましょう」

 星さんの言葉に身を乗り出す。眠ってしまえば私とメリーベルは2人きりで夢の中に放り込まれ、星さんや那津の助言を聞くことは不可能になる。今のうちにきちんと聞いておかなければ。

「この婉曲的な表現は、明らかに何かの暗示です。それらを分かつ境界ということは、『現実』と『幻想』の間に位置するものが答えであるはず」
「うぅん……。起きている間が『現実』で、夢の中が『幻想』だとすれば、眠りに入る瞬間に答えがあるのかな。ひょっとしてこのシーツとか、あるいは枕とか?」

 メリーベルの推察に私は首を横に振った。

「向こうの要求は『夢から持ち帰る』ことよ。すでにここにあるものなんて、わざわざ夢から持ち帰るまでもないじゃない」
「やはり夢の中に答えはあるわけか」

 那津の尾がふらふらと揺れている。それを見ているとふっと意識が眠りに沈みそうになるが、頭を強く振って堪えた。

「ヒロシゲについて整理しておこう。京都と東京を53分で結ぶ、遙か未来の特急列車。秘封倶楽部の両名は、酉京都駅から卯東京駅に向けて乗車した。ヒロシゲはずっと地下を走るため、車窓には便名の由来でもある歌川広重の『東海道五十三次』が映像化されたものが流れている。車内は……」
「あ」

 閃きが走って、澱のようにわだかまっていた眠気を吹き飛ばす。

「それよ、きっとそうだわ。えぇと何だっけ……そうそう『カレイドスクリーン』」

 まさしく天啓であった。ヒロシゲの車窓に映るのは、浮世絵を題材にした人工の景色だ。『現実』ではない、『幻想』の東海道の風景。『秘封倶楽部』の舞台である遠い未来の日本はおろか、明治の今にだって残ってはいない景色だろう。

「ヒロシゲの車内が、秘封倶楽部の存在する『現実』。そして窓の外の景色が『幻想』なんじゃないかしら。とすると、それを分かつ境界というのは ―― 」

 発想は良い。着眼点は間違っていないと思うのだが、そこから導かれる答えには自信がなかった。

「 ―― ヒロシゲの窓硝子?」
「それこそどうやって持ち帰れっていうのよ」

 今度は私がメリーベルに半眼でじとりと睨まれる番だった。反論のしようがない。
 が、星さんが意外にも肯定的な反応を示した。

「妥当な線だと思いますよ。他に思い当たる節が全くないから、という消極的な理由ではありますが」
「いっそのこと、車両ごと持ってきたらどうだい?」
「他人事だと思って適当なことを」

 その後も議論はあぁでもないこうでもないと30分46秒間続いたが、しかしそれが実を結ぶことはなかった。この無意味な時間の浪費に最初に音を上げ、思考を放棄したのはメリーベルだった。
 行き詰まった議論を沈黙が支配すること3度目、彼女は腰掛けていたベッドへと背中から身を投げた。

「あぁ、もうやめやめ! 今日はもういいから、さっさと寝ましょう。こうなったら出たとこ勝負よ」
「そんなこと言って、また失敗したら死ぬのは私たちなのよ?」
「死ぬったって夢の中の話でしょう」

 ふわあと欠伸をしながら、メリーベルは私を見た。その目はもう半分ほど眠っていた。

「『夢を現実に変える』。いい言葉だわ、私は好きよ。でも夢には、現実と決定的に違う点がひとつある。それは、夢で済んでいるうちなら何度だってやり直しがきく、ってことよ。たとえ死んだとしたってね」





     ◆     ◇     ◆





 安土桃山の昔より、旅は道連れと申しますが、秘封倶楽部は2人で1つ、どこへ行くにも付かず離れず。日本全国津々浦々、不思議を探して縦横無尽。この度のお話は、遠い未来の夢の乗り物に、秘封倶楽部が夢を重ねるというお話。酉京都と卯東京、その間なんとたったの53分、瞬きの間にひとっ走りしてしまうという、卯酉新幹線が此度の舞台でございます。東京遷都も遠い昔のこととなった時代、日本国の都は再び京の都へと元通り。酉京都の大学校に通う蓮子とメリーは、休暇を利用して卯東京へと向かうのでありました。

「『メリー』の言うことは分かるけど。そりゃあ確かに、やり直しはきくわ。それでも嫌なものは嫌よ」
「もっと気楽にいきましょ? 『蓮子』があんまり神経質になるのは、それこそ誰かさんの思うツボだわ」

 卯と酉を結ぶ新幹線なる電動車は超未来の交通機関。深く暗い地の下を走る間、その車窓に映るは雅も雅、広重の東海道五十三次。まさに夢のような乗り物なのでございます。さてさて秘封倶楽部は、夢の乗り物の中でどんな夢を見るのでございましょう。

「でも、あなたの言ったことは正しいのかもしれない。このカレイドスクリーンの景色は、確かに『幻想』と称するに相応しいものだわ。動く浮世絵だなんて、いかにも魔法みたいじゃない」
「魔法っていうけど、これだって人間の技術が作り上げたものだわ。どんな仕組みなのかは全然見当もつかないけれど、人間が作ったものはやっぱり『現実』なのかもしれない」
「どんな技術だって、最初は誰かの見た夢から始まっているんじゃないかしら。夢を具現し続けてきたからこそ、現代の進歩した技術があるんだわ」
「夢から生み出した最新鋭のカレイドスクリーンで、映し出されるのは夢の光景、すなわち『幻想』ってわけね」
「夢を現に変えて、それで生み出されるのはまた新しい夢。螺旋階段を登り続けているようなものよ。この登り詰めた先には一体何があるのかしらね」

 列車は時速400キロの超高速で、滑るように卯東京駅を目指します。車窓に映るは掛川宿、広重の描いた大池橋が倉真川に美しい弧を描いております。そして行く手に現れたのは、日の本一の霊峰たる富士の山。雄大な裾野を広げるその姿は、まるで2人を威圧するように近づいてくるのでありました。

「あ、今……」
「どうしたの? メリー、急に怖い顔をして……」
「急に顔が重くなった気がしたの。蓮子は感じない? ここら辺の空間は少し他と感じが違うわよ。それに結界の裂け目も見える……。スクリーン制御プログラムのバグかしら」

 ふとメリーは額を押さえました。そう、彼女は世界に存在する境界の綻びを関知するという、超人的な能力を持っている少女なのであります。一体メリーは、ヒロシゲの中にいかなる境界を見つけたというのでしょうか?

「ああ、それはきっとここが霊峰の地下だからよ。少しは空気も違う、いや時空すらも異なるかもしれないわね。過敏なメリーにはちょっと緊張が走るかも知れないわ」
「なるほど、富士山の地下ね」

 物知り蓮子のちょっとだけ自慢気な顔に、メリーは思わず笑ってしまいます。

「なら判らないでもないわ。昔から富士の地下には冥界の入り口があるって言うもんね。でも、富士山って火山でしょう? そんな地下にトンネルなんて掘って大丈夫なのかなぁ」
「心配性ね。そういう時はお酒でも飲んで考えるのをやめましょう? 富士が世界遺産に認定された時に休火山から死火山になったと認定されたでしょう?」

 2人が鞄から取り出したるは、酒の詰まった小さな紙箱です。未来の技術では、日本酒だって僅か1時間で醸造ができますし、それをこうして手軽に持ち歩くこともできるわけです。
 しかし、しかし蓮子はひとつ勘違いをしておりました。ヒロシゲは実は、富士山の地下ではなく、麓の富士樹海直下を通過するのであります。富士樹海は不吉な場所でありますから、そこを通るということは鉄道会社も喧伝しなかったのです。

「ねぇ蓮子。トンネルスクリーンに映ってる富士山って、ちょっとダイナミック過ぎないかしら?」

 メリーの指さした先には、大きくそびえ立つ真っ赤な富士の山。まるで山体すべてが喜びに燃え上がっているかのようであります。背景を蒼天と鰯雲が彩る、その姿は見紛うことなき凱風晴天図。

「 ―― 『凱風晴天』?」

 蓮子が違和を覚えたのは、まさしくその瞬間でありました。富士の地下。冥界の入口。境界の裂目。そして深紅の富士。
 それら全てが、ヒロシゲの謎を解く鍵であるということに。

「ねぇ、『メリー』。とりあえず試してみるけど、失敗しても怒らないわよね?」
「試す、って何を」

 蓮子は相棒の返事を待ちませんでした。彼女はどこからかそれを取り出したのです。それは、おぉ、それこそは。この世のあらゆる魔を打ち祓う力を秘めた、神秘の陰陽玉!

「ま、駄目だったらやり直せばいいんだし」

 そして蓮子は、渾身の力とともに、ヒロシゲの車窓へと陰陽玉を叩きつけた! さァ大変、硝子の破片が飛び散って、車内に風が荒れ狂う! そしてメリーにははっきりと視えてしまったのでした。境界の裂け目がみるみるうちに綻んで、トンネルスクリーンの中に更なるトンネルが開かれた様子が……。

 さてさて、秘封倶楽部はどこへ向かうのでありましょう。




 
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