Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『少女秘封倶楽部 #3』

2014/09/17 21:10:21
最終更新
サイズ
9.07KB
ページ数
1
 




―― 安土桃山の昔より、旅は道連れと申しますが、秘封倶楽部は2人で1つ、どこへ行くにも付かず離れず。日本全国津々浦々、不思議を探して縦横無尽。さてこの度のお話は、遠い未来の夢の乗り物に、秘封倶楽部が夢を重ねるというお話。酉京都と卯東京、その間なんとたったの53分、瞬きの間にひとっ走りしてしまうという、卯酉新幹線が此度の舞台でございます。東京遷都も遠い昔のこととなった時代、日本国の都は再び京の都へと元通り。酉京都の大学校に通う蓮子とメリーは、休暇を利用して卯東京へと向かうのでありました。卯と酉を結ぶ新幹線なる電動車は超未来の交通機関。深く暗い地の下を走る間、その車窓に映るは雅も雅、広重の東海道五十三次。まさに夢のような乗り物なのでございます。さてさて秘封倶楽部は、夢の乗り物の中でどんな夢を見るのでございましょう ――





     ◆     ◇     ◆





「ヒロシゲは席は広いし、早く着くし便利なんだけど……」

 4人掛けのボックスシートの中、向かい合って座る相棒の声は少し遠く聞こえた。特急列車の走行音のせいか、それともトンネルによる加圧でおかしくなった耳がまだ元に戻っていないのか。私は大きく息を吸い込んでから耳抜きをした。多少はマシになった気がしたけれど、それでもまだ車内を満たす閉息感は消えない。薄絹で全身を包まれたような、ほんの僅かな息苦しさ。

「カレイドスクリーンの『偽物の』景色しか見られないのは退屈ねぇ」

 彼女の顔は淡い青に染まっている。偽物の空、偽物の富士。それらが照らす青だ。彼女の睫毛がぱちぱちと瞬く。その様がどこか物憂げに見えるのは、青い車窓のせいだろうか。
 平日の朝10時に酉京都駅を発った下り便に、乗客の姿はほとんどない。遅めの出張らしきビジネスマンがちらほら見える程度だ。学生ともなればきっと、私たちの他には誰も乗っていないだろう。京都の大学生がわざわざ東京くんだりまで遊びに出かける理由がない。

「これでもトンネルに映像が流れるようになって、昔の地下鉄よりは明るくなったのよ。まるで地上みたいでしょ?」
「地上の富士はここまで綺麗じゃなかいかも知れないけど、それでも本物の方が見たかったわ。これなら旧東海道新幹線の方が良かったなぁ」
「何を贅沢言ってるのよ。旧東海道なんて、もう東北人とインド人とセレブくらいしか利用していないわよ。ま、メリーは ―― 」

 そこで一瞬、台詞が途切れた。頭の中で火花がちりりと散った。
 強烈な違和感。しかしそれはすぐに燃え尽きて消える。

「 ―― メリーは東北人並にのんびりしているかも知れないけどね」
「セレブですわ」

 ふふん、と鼻高々に彼女は笑う。そうだったっけ、と思い返すものの記憶の中に答えは見つからない。

 酉京都駅と卯東京駅を53分で結ぶ超特急ヒロシゲは、線路の直線性と安定した高速度を実現するために地下チューブ内を走行する。そしてそのチューブ内壁は全面が『カレイドスクリーン』と呼ばれる3Dディスプレイにて構成されていた。乗客の目を愉しませるアトラクションというわけだ。歌川広重によって描かれた東海道五十三次が、最新鋭コンピューターグラフィックスにて映像化され、雅な幻想の世界を演出している。

 ……うん? なぜ私は今更、こんな当たり前のことを思い返しているんだろう? いやそもそも、これは当たり前のことだったっけ?
 むかむかしてきた胸に手を当てる。私がどうしてここにいるのか。そんなことさえ分からなくなるような不安。

 頭を振って雑念を追い払う。そうだ。私たちは、私の実家へ墓参りするために東京へ向かっているのだ。そのついでに東京にも多数存在するであろう境界の裂け目を暴き、その向こう側を探る。秘封倶楽部の活動のために。

「あっという間に着くのは良いけど、こんな偽物の景色を見てるだけじゃ蓮子は ―― 」

 カレイドスクリーンを眺めていた相棒の視線が、何かに気が付いたように私の瞳を捉えた。

「 ―― 蓮子は退屈じゃないの?」

 菫色の視線と、真正面からぶつかり合う。なぜだかそこから目を逸らすことができなかった。お互いに何かを探り合うような不気味な睨み合いが続く。そんな中でも、彼女は次の台詞を続ける。

「夜は夜で空に浮かぶのは偽物の満月、ってのもなんかねぇ。東海道も昔は53も宿場町があったというのに、今は53分で着いちゃうのよ? 昔よりも道のりも長いのに。こうなっちゃうと、もう旅とは呼べないわよねぇ」
「道中が短くなっただけで、旅行は旅行よ。東京観光巡りは面白いわよ? 京都と違って新宿とか渋谷とかには歴史を感じる建物も多いしね。そういう観光の時間が増えたと思えば良いじゃない」
「はいはいそうですね。あーあ、偽物の満月には、太古の兎が薬を搗(つ)いている姿が見えるのかなぁ」

 違う。違う、違う違う。いま大事なのはそんなことじゃない。何かがおかしいのだ。それなのに、私の口は止まることなく台詞を紡ぎ続ける。

「そうそう、こんな話知ってる? 実は、ヒロシゲは最高速を出せば53分も掛からないらしいんだけど、わざわざ53分になる様に調整したらしいわよ?」
「1分1泊ね。その調子なら3週間で老衰だわ。短い旅ねぇ」

 車窓に映る広重の富士山は、いつの間にか遙か後方へと過ぎ去っている。場面は由比宿、卯東京駅まであと16分。

 私が私であって私じゃないような、強烈な違和感はもう抑えようもないほどに膨らんでいた。原因は分からない。症状も理解できない。けれど心の奥底で、誰かが大声で叫び続けている。気が付け、目を覚ませ、そのお喋りを今すぐ止めろ。

 しかし抗えないまま、次の台詞が口をついて出る。

「メリー。東京のお彼岸には変わった風習が ―― 」

 そこで私は立ち上がった。台本が頭から吹っ飛んでしまった役者のように口をぱくぱくとさせながら、時速400キロの車内で、私は呆然としていた。

「……『メリー』?」

 相棒の名前を呼ぶ。名前……名前? 彼女はそんな名前だったっけ? ぐるぐると思考が逆再生で渦巻いて、綯(な)い交(ま)ぜになっていた真実と虚構を再構築していく。そうだ、それでいい、もう少しだ。
 視線をぶつけ合わせたまま、目の前の相棒も立ち上がった。瞳は大きく見開かれ、唇はわなわなと震えている。彼女は私の大事な相棒、ふたりでひとつの秘封倶楽部。秘封倶楽部、ふたりだけのオカルトサークル、大流行のキネマ、それは、現実?

「『蓮子』」

 メリーが、私の名前を呼んだ。
 違う、それは私の名前じゃない!

 それを自覚した瞬間、私の思考を恐慌が襲った。私は、私が誰なのかを全く思い出せなかったのだ。『蓮子』と呼ばれはしたけれど、それが自分の名前でないことだけは分かる。自分が秘封倶楽部などという存在でないことも理解する。それじゃあ、私は、一体誰なんだっけ?

 メリーはすっかり焦燥した表情で、何かを確かめるように自らの顔をぺたぺたと触れている。いや、彼女も『メリー』ではないのだ。私たちは同時にそれを自覚したのだ。自分たちがいつの間にか、自分ではない誰かに成り代わってしまっていることに。

「あなた、誰?」

 それが私と彼女の、どちらの声だったのかは分からない。
 音声を感覚した瞬間、突然、ヒロシゲの車体が大きく揺れた。同時にカレイドスクリーンが消灯し、車内が完全なる闇に包まれる。

 すぐさま赤い非常灯が点(とも)り、周囲の乗客も騒然とし始める。悪い予感しかしなかった。最後に車窓に映っていた風景は神奈川宿だ。あと3分で卯東京駅である。だというのに、ヒロシゲの速度は最高速から緩まる気配が全くない!

 不吉に染まっていくヒロシゲの中で、私と彼女は再びお互いを見つめ合った。もう少しで、あとほんのちょっとで答えが見つかりそうだった。これは現実ではない。私たちがいま存在する場所は、本物の世界ではない。

 それで、現実の私は、一体誰なんだったっけ?

 もう一度、さっきより激しく車体が揺れた。立っていた私は席へと叩きつけられる。隣の椅子に置いていた鞄が床へと放り出された。ヒロシゲは速度を落とすどころか、卯東京駅に向けて更に加速している。
 なぜ? 心の底の誰かが叫ぶ。「これ」はそんな物語ではなかったはずだ。

 そのとき、鞄の口が開いて中身がぶちまけられる。衣類を入れたビニールパックに、京都土産の生八橋。床に広がったそれらの中に、見慣れないものがひとつ混ざっていた。

「陰陽玉……?」

 いや違う。それはもうさんざん見慣れたものだ。東京が妖怪都市と化してから、ずっと私の傍らにあったものじゃないか。
 転がった陰陽玉を見た相棒も目を見開く。そして何かに気づいて、咄嗟に自らの両手を確認した。そこには青白い霊力光を放つ、退魔用の篭手が嵌(は)められている。

「『蓮子』!」
「『メリー』!」

 その瞬間、私たちは全てを理解した。しかし口をついて出る互いの名は、なぜか本当のそれではない。世界の理が私たちが本当の名で呼ばれることを禁止しているのか。
 とにかく、これは夢だ。このところ毎晩のように、眠りに就く度に陥ってしまう、まるで本物のような手触りの、限りなく現実に近い夢。その中に、私だけじゃなく、彼女も引きずり込まれている!

「いったい……」

 どういうことなの、と問おうとして、そこで全ては途切れた。車内に存在するあらゆる物体が、重力から解き放たれたようにふわりと浮き上がるのを私は見た。そしてそれら全てが鉄砲玉のごとく車両前方へと投げ出される。

 ヒロシゲは、全く減速することなく卯東京駅へと突っ込んだのだ。

 運動エネルギーの全てが、破壊の渦と化して私の全身を蹂躙した。あらゆる骨は微塵に砕けた。あらゆる内腑(ないふ)は擦り潰された。自分が粉々でドロドロな肉片と化していく過程を、1万分の1ほどに鈍化した私の体感時間は的確に知覚させてくれていた。





     ◆     ◇     ◆





「…………ッ!!」

 跳ね起きる。慌てて全身を掻き抱くようにして確認した。腕はある。脚もある。身体も頭も潰れてはいない。何が起こったのか分からないまま、私は荒れた呼吸を続けていた。頭だけが妙に冴え渡り、今しがたの夢の記憶を鮮明に残している。
 寝間着を探る自分の手は、冷や汗でじっとりと湿っていた。余すところなく全身から、汗が湧き水のごとく噴き出しているのだ。当然だろう。何せ限りなく現実に近い夢の中で、私は死んだのだ。命が尽きるその瞬間を経験してしまったのだ。決然たる終焉は最悪の経験だった。たとえどんなに頼まれようと、あんな感覚はもう二度と経験したくない。

 這々(ほうほう)の体でベッドからまろび出る。水でも飲んでいったん落ち着こう。そう思いながらふらつく脚で部屋を出ると、同時に隣の部屋のドアも開いた。客間から出てきたのは、憔悴しきった金色の退魔術師だ。

「……メリーベル、まさか、あんたも?」
「……桜子、やっぱり、あなたなのね?」

 真夏の夜は不気味な静けさを保っていた。廊下の窓枠にかかる満月が、私たち2人を冷酷に見つめていた。




 
勝手ながら、9/24(水)の更新はお休みさせていただきます。申し訳ありません。
うるめ
http://roombutterfly.web.fc2.com/laternamagika/index.htm
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
唐突にいつもの秘封が始まったと錯覚してしまったw
2.名前が無い程度の能力削除
果たしてこの夢にどんな意味があるのか…
盛り上がってきましたね