その晩、古明地こいしは暇であった。
では暇でないときはいつなのかと問われれば、首を傾げた末答えを導くことができないのが彼女の生活である。しかしとにかくやることがなかった。
そのため屋敷を抜け、地底を越え、地上の散歩に出かけるのは必然というべきものだろう。そうした彼女が、湖畔に聳える紅い館へ足を伸ばしたのは偶然だったに違いない。
ならば、そこで友人フランドールにこんな言葉を掛けられたのは必然だったのだろうか、偶然だったのだろうか。
「こいし、私を大人にして!」
地下で来訪者を出迎えた金髪の吸血鬼は、こいしに会うなりそう言った。
“私を大人にして。”
そうねだられたこいしは、常に無意識で行動する妖怪といえどもさすがにやや面食らった。
“大人にする。”その意味が分からないほど子供ではない。しかしその意味は親しい友人から放たれるには、あまりに常軌を逸していた。
念のため聞き返すが、「だーかーらー」と頬を膨らましながら同じ言葉を復唱するだけだ。どうやら聞き違いでも言い間違いでもないらしい。
こいしは時々、このお嬢様の思考が理解できないことがあった。出会ってから数えて半年、人間の子供の尺度で言うなら短い年月というほどでもない。
たまたま遭遇して、なんとなく波長が合った。境遇が似ていたこともあるのだろう、フランドールを気に入ったこいしはよく地下室に遊びに行っていた。
お互い世間知らずな考え方や常識外れな発言で、会話がすれ違うことはよくあった。今回もそれなのだろう、こいしは詳細を尋ねた。
聞けばフランドールを閉じ込める大悪党、これはフランドールの言い分であるが、レミリアやパチュリー、咲夜などは「まだ子どもでしょ」やら「あなたは幼いから駄目」やら「大人になったらですね」などとのたまい、屋敷の敷地から出してくれないそうである。
495歳の吸血鬼はこれに憤慨した。姉はともかく、魔女とメイド長は自身よりも年下である。それなのに子供扱いされる謂われはないはずなのだ。ならば大人になってやろう、そうすれば文句は言われまい。
その話は破壊の能力を有する魔法少女を外に出さないための方便であるとこいしは思うのだが、言えばへそを曲げるだろう。口には出さない。
とにかくフランドールが大人になりたいのには、そんな経緯があるそうである。
「だから、私を大人にするお手伝いして」
顔を覗き込まれるようにして、せがまれる。
一時の激情に任せているのが、元とはいえ覚り妖怪の目には容易に見てとれた。要するに、保護者達に見栄を張りたいのである。
精一杯背伸びをしている姿が、なんとなくいじらしい。
「うん、いいよ」
自分を初めての相手にすると言ってくれた可愛いげのある友人に応えるため、こいしは申し出に二つ返事で頷いた。それに面白そうでもある。
それを聞いて、フランドールは目をぱちくりさせていた。断られると思っていたのだろう。
非常識な頼み事にも関わらずこちらがあまりにも協力的なので、肩透かしをくらったような気分になっているのかもしれない。
言い出したはいいが目論見が簡単に進みすぎて逆に拍子抜けしている地下室のお姫様に、やり方を知っているのか尋ねる。おそらくは知らないだろうな、そう予測を立てていた。
そういえば分からない、と頬に人差し指を当てて首を傾ける吸血鬼。チャームポイントであるサイドテールが、軽く揺れる。
それはそれは好都合。こいしは内心ほくそ笑んだ。
「私が全部やるから安心して」
その言葉で、不安そうにしていたフランドールの顔がぱっと明るくなる。
こいしはこの笑顔が好きだった。そして、自分の言葉を何一つ疑わない純粋さが好きだった。世間知らずの箱入り娘は、こいしの言葉であるなら全て信用してくれるのだ。
純真無垢な吸血鬼を部屋のベッドに寝かせる。帽子と靴は脱がせるが、服は脱がせない。その必要はないと判断した。
本当にいいのかと聞くと、こわばった顔で頷く。少し緊張しているようだった。
「じゃあね、まず腕を伸ばして。それで頭の上で重ねておくの」
こいしが指示すると、フランドールは黙ってそれに従う。
すかさずその手首に、サードアイのコードを操って巻きつけた。両手を縛られ自由を奪われたフランドールが驚いて友人を見る。
「こうするのが普通なんだよ。だって我慢できないから」
「ふーん、そうなんだ」
納得したようで、それだけ言って再び口を閉じる。
この娘は、自分が毒牙にかかりつつあることに気付いているのだろうか、気付いていないのだろうな。全く疑いもせず自分の言葉を信用してしまう友人に、抱きしめたいほどのいとおしさを覚える。
自分だけが独占できる、お気に入りの玩具のような感覚だった。
「あれ。我慢できないって、何が?」
前戯も何もなく赤いスカートに手を潜らせたところで、不思議そうに尋ねられる。簡潔に、痛み、とだけ返す。
フランドールが宝石のような目を見開いた。どうやら痛みを伴うことを初めて知ったらしい。
「痛いって、どのくらい?」
「えーとね……」
考えられる限り最大限の比喩を用いて、激痛を表現する。身体が引き裂かれるような感覚。生きながらに全身を焼かれる痛み。
語っていくにつれ、フランドールの顔がどんどんと青ざめていくのが見てとれた。恐怖に染まる顔。怯える顔も可愛らしい。
「やっぱり、やめる」
こいしの手が下着に到達したときだった。消え入りそうな小さな声で、大人への階段を昇りつつあった少女が言った。
脅しをかけたことが原因なのは、明白だった。表情豊かなお嬢様は感情がよく顔に出る。心を読めない覚り妖怪であっても、心情を察することに不便が無い。
こいしは無視して、下着の中に指を這わせた。恐怖に塗りつぶされた吸血鬼が、小さな体を震わせる。「やだ、やだ」と首を横に振った。
「私はちゃんと、『本当にいいか』って聞いたでしょ。今さらそんなわがままダメだよ」
フランドールの頼みを素っ気なく却下する。左右にふるふるとサイドテールが揺れていた。
「ごめんなさい、ゆるして」と訴えかけられる。目尻には涙が溜まっていた。
そんなことをされては、許したくなくなるに決まっている。こいしは、指をさらに深部へと進めた。
こいしに弄ばれていたフランドールが、限界を迎えた。
小さな悲鳴を上げ、ぎゅっと目を瞑る。一筋の雫が、柔らかそうな頬を伝って滴り落ちる。
生まれ持った膂力を最大限に活用して、コードで拘束された腕を解放した。銀製の手錠でも用意すればよかったかな。そんなことを思う。
戒めから脱出した吸血鬼は、壁に向き膝を抱えてベッドに座り込んだ。
「あーあ、私はちゃんと確認したんだけど」
声の調子をわざと落とし、ぶっきらぼうに言う。いかにも機嫌の悪そうな声が、辺りに響いた。
友人に背を向けた吸血鬼は、俯いたまま動かない。罪悪感で気持ちがいっぱいであるのが手に取るように分かる。
「ふーん、私じゃイヤなわけね」
さらに不機嫌そうに言葉をぶつける。申し訳なさに耐えきれなくなったのか、サイドテールが振り返る。嗚咽を堪えながら、手の甲で涙を拭っていた。
「ちが、うの。そうじゃ、なくて」
涙で声を詰まらせながらも、否定の言葉を口にする。次に言いたいことは分かるが、わざと「そうじゃなくて?」と先を促す。
しかし、フランドールはもう泣きじゃくるばかりで会話ができそうになかった。仕方なく、怖くなったのかと聞いたところ、大きな頷きでの返答があった。「本当にごめんね」と謝られる。
フランドールの初めてをいただくつもりは、最初から無かった。前戯もなしにスカートに手を入れ、必要以上に怖がらせたのは、その「大人になりたい」という願望を諦めさせるためだった。
まだ早い。495歳の箱入り娘には、まだまだ子供でいてほしかった。怯えた表情や泣き顔が見たかった、という思いもあるのだが。
そろそろ優しくしてあげようか。涙ながらに謝罪する小さな子供を前にすると、抱きしめて安心させてあげたくなるものである。
こいしはその欲望に従った。両腕を幼い吸血鬼の背中に回して引き寄せる。
「私こそごめんね、ちょっと怖がらせちゃったね」
子供をあやすように頭を撫でた。金糸のような髪はさらさらと指に絡む。抱きしめている体は、とても柔らかい。
腕の中でえぐ、えぐ、という泣き声が次第に収まりつつあることを感じた。
「フランちゃんはね、大人になんかならなくてもいいの」
「……こいしまで私を馬鹿にして」
胸に抱かれている子供にゆっくり語りかけると、あどけなさを残した顔が不満そうにむくれる。
「だって、私は好きだもん。フランちゃんのかわいいところとか、純粋なところとか、ちょっといじっぱりなところとか」
からかいやすいところとか、という点は心の中に留める。
真正面から褒められ、フランドールが嬉しさや恥ずかしさでこいしの胸に顔をうずめる。あと甘えてくるところも子供かな、と口には出さず付け加えた。
「すぐには大人になんてなれないよ。段階を踏まなくちゃ」
「段階?」
「例えばさ、こういうのとか」
すぐ近くにあった小さな耳に齧りつく。腕の中で体が跳ねた。耳たぶに甘噛みして、舌を這わせる。くすぐったそうな、気持ちよさそうな声が聞こえた。
「こういうのとか」
続いて羽を優しく撫でる。付け根の部分が敏感なことは知っていた。肩甲骨の近くに手を這わせると、ビクリと顔を上げ、先ほどよりも色っぽい声を出す。腰に回されていた白く小さな手に力が籠った。
「あとは、こういうのとか」
目の前の蕩けた顔の、矯声を漏らすまいと必死になっている唇に、自らのものを押し当てた。ふんわりと柔らかい感触が広がる。
フランドールは吃驚したようで、声にならない声を上げた。咄嗟に顔を反らそうとしていたが、それを察知して後頭部を押さえつける。
舌を入れてみようかと少し考えて、やめた。この娘にはまだ早い。楽しみは今度に取っておこう。
「な、な、何するの!?」
秒針がたっぷり半周ほどしてからようやく解放されたフランドールが、耳まで真っ赤に染めながら詰問した。恥じらう顔も実に愛らしい。こいしの頬が緩む。
「大人になるっていうのは、こういうことから始めていくんだよ」
「で、でもこんなの恥ずかしいよ」
「じゃあやっぱり、まだ子どもだね」
「う……」
返答に窮して狼狽えるフランドールを見てこいしは堪らなくなり、もう一度抱きしめた。力を入れれば折れてしまいそうな、華奢な身体だった。
「ゆっくり成長していけばいいんだよ、ね?」
「……うん」
包容感が心地よかったのか、フランドールがゆっくり目を閉じた。こいしが子供を寝かしつけるように頭を撫でる。
この晩、古明地こいしは暇である。
どうせ家に帰ってもやることは無いのだ。それなら、このからかいがいのある、甘えたがりの友人を寝かしつけてから帰ったとしても遅くないだろう。
こいしも目を閉じながら、友人と共にベッドに横になった。
では暇でないときはいつなのかと問われれば、首を傾げた末答えを導くことができないのが彼女の生活である。しかしとにかくやることがなかった。
そのため屋敷を抜け、地底を越え、地上の散歩に出かけるのは必然というべきものだろう。そうした彼女が、湖畔に聳える紅い館へ足を伸ばしたのは偶然だったに違いない。
ならば、そこで友人フランドールにこんな言葉を掛けられたのは必然だったのだろうか、偶然だったのだろうか。
「こいし、私を大人にして!」
地下で来訪者を出迎えた金髪の吸血鬼は、こいしに会うなりそう言った。
“私を大人にして。”
そうねだられたこいしは、常に無意識で行動する妖怪といえどもさすがにやや面食らった。
“大人にする。”その意味が分からないほど子供ではない。しかしその意味は親しい友人から放たれるには、あまりに常軌を逸していた。
念のため聞き返すが、「だーかーらー」と頬を膨らましながら同じ言葉を復唱するだけだ。どうやら聞き違いでも言い間違いでもないらしい。
こいしは時々、このお嬢様の思考が理解できないことがあった。出会ってから数えて半年、人間の子供の尺度で言うなら短い年月というほどでもない。
たまたま遭遇して、なんとなく波長が合った。境遇が似ていたこともあるのだろう、フランドールを気に入ったこいしはよく地下室に遊びに行っていた。
お互い世間知らずな考え方や常識外れな発言で、会話がすれ違うことはよくあった。今回もそれなのだろう、こいしは詳細を尋ねた。
聞けばフランドールを閉じ込める大悪党、これはフランドールの言い分であるが、レミリアやパチュリー、咲夜などは「まだ子どもでしょ」やら「あなたは幼いから駄目」やら「大人になったらですね」などとのたまい、屋敷の敷地から出してくれないそうである。
495歳の吸血鬼はこれに憤慨した。姉はともかく、魔女とメイド長は自身よりも年下である。それなのに子供扱いされる謂われはないはずなのだ。ならば大人になってやろう、そうすれば文句は言われまい。
その話は破壊の能力を有する魔法少女を外に出さないための方便であるとこいしは思うのだが、言えばへそを曲げるだろう。口には出さない。
とにかくフランドールが大人になりたいのには、そんな経緯があるそうである。
「だから、私を大人にするお手伝いして」
顔を覗き込まれるようにして、せがまれる。
一時の激情に任せているのが、元とはいえ覚り妖怪の目には容易に見てとれた。要するに、保護者達に見栄を張りたいのである。
精一杯背伸びをしている姿が、なんとなくいじらしい。
「うん、いいよ」
自分を初めての相手にすると言ってくれた可愛いげのある友人に応えるため、こいしは申し出に二つ返事で頷いた。それに面白そうでもある。
それを聞いて、フランドールは目をぱちくりさせていた。断られると思っていたのだろう。
非常識な頼み事にも関わらずこちらがあまりにも協力的なので、肩透かしをくらったような気分になっているのかもしれない。
言い出したはいいが目論見が簡単に進みすぎて逆に拍子抜けしている地下室のお姫様に、やり方を知っているのか尋ねる。おそらくは知らないだろうな、そう予測を立てていた。
そういえば分からない、と頬に人差し指を当てて首を傾ける吸血鬼。チャームポイントであるサイドテールが、軽く揺れる。
それはそれは好都合。こいしは内心ほくそ笑んだ。
「私が全部やるから安心して」
その言葉で、不安そうにしていたフランドールの顔がぱっと明るくなる。
こいしはこの笑顔が好きだった。そして、自分の言葉を何一つ疑わない純粋さが好きだった。世間知らずの箱入り娘は、こいしの言葉であるなら全て信用してくれるのだ。
純真無垢な吸血鬼を部屋のベッドに寝かせる。帽子と靴は脱がせるが、服は脱がせない。その必要はないと判断した。
本当にいいのかと聞くと、こわばった顔で頷く。少し緊張しているようだった。
「じゃあね、まず腕を伸ばして。それで頭の上で重ねておくの」
こいしが指示すると、フランドールは黙ってそれに従う。
すかさずその手首に、サードアイのコードを操って巻きつけた。両手を縛られ自由を奪われたフランドールが驚いて友人を見る。
「こうするのが普通なんだよ。だって我慢できないから」
「ふーん、そうなんだ」
納得したようで、それだけ言って再び口を閉じる。
この娘は、自分が毒牙にかかりつつあることに気付いているのだろうか、気付いていないのだろうな。全く疑いもせず自分の言葉を信用してしまう友人に、抱きしめたいほどのいとおしさを覚える。
自分だけが独占できる、お気に入りの玩具のような感覚だった。
「あれ。我慢できないって、何が?」
前戯も何もなく赤いスカートに手を潜らせたところで、不思議そうに尋ねられる。簡潔に、痛み、とだけ返す。
フランドールが宝石のような目を見開いた。どうやら痛みを伴うことを初めて知ったらしい。
「痛いって、どのくらい?」
「えーとね……」
考えられる限り最大限の比喩を用いて、激痛を表現する。身体が引き裂かれるような感覚。生きながらに全身を焼かれる痛み。
語っていくにつれ、フランドールの顔がどんどんと青ざめていくのが見てとれた。恐怖に染まる顔。怯える顔も可愛らしい。
「やっぱり、やめる」
こいしの手が下着に到達したときだった。消え入りそうな小さな声で、大人への階段を昇りつつあった少女が言った。
脅しをかけたことが原因なのは、明白だった。表情豊かなお嬢様は感情がよく顔に出る。心を読めない覚り妖怪であっても、心情を察することに不便が無い。
こいしは無視して、下着の中に指を這わせた。恐怖に塗りつぶされた吸血鬼が、小さな体を震わせる。「やだ、やだ」と首を横に振った。
「私はちゃんと、『本当にいいか』って聞いたでしょ。今さらそんなわがままダメだよ」
フランドールの頼みを素っ気なく却下する。左右にふるふるとサイドテールが揺れていた。
「ごめんなさい、ゆるして」と訴えかけられる。目尻には涙が溜まっていた。
そんなことをされては、許したくなくなるに決まっている。こいしは、指をさらに深部へと進めた。
こいしに弄ばれていたフランドールが、限界を迎えた。
小さな悲鳴を上げ、ぎゅっと目を瞑る。一筋の雫が、柔らかそうな頬を伝って滴り落ちる。
生まれ持った膂力を最大限に活用して、コードで拘束された腕を解放した。銀製の手錠でも用意すればよかったかな。そんなことを思う。
戒めから脱出した吸血鬼は、壁に向き膝を抱えてベッドに座り込んだ。
「あーあ、私はちゃんと確認したんだけど」
声の調子をわざと落とし、ぶっきらぼうに言う。いかにも機嫌の悪そうな声が、辺りに響いた。
友人に背を向けた吸血鬼は、俯いたまま動かない。罪悪感で気持ちがいっぱいであるのが手に取るように分かる。
「ふーん、私じゃイヤなわけね」
さらに不機嫌そうに言葉をぶつける。申し訳なさに耐えきれなくなったのか、サイドテールが振り返る。嗚咽を堪えながら、手の甲で涙を拭っていた。
「ちが、うの。そうじゃ、なくて」
涙で声を詰まらせながらも、否定の言葉を口にする。次に言いたいことは分かるが、わざと「そうじゃなくて?」と先を促す。
しかし、フランドールはもう泣きじゃくるばかりで会話ができそうになかった。仕方なく、怖くなったのかと聞いたところ、大きな頷きでの返答があった。「本当にごめんね」と謝られる。
フランドールの初めてをいただくつもりは、最初から無かった。前戯もなしにスカートに手を入れ、必要以上に怖がらせたのは、その「大人になりたい」という願望を諦めさせるためだった。
まだ早い。495歳の箱入り娘には、まだまだ子供でいてほしかった。怯えた表情や泣き顔が見たかった、という思いもあるのだが。
そろそろ優しくしてあげようか。涙ながらに謝罪する小さな子供を前にすると、抱きしめて安心させてあげたくなるものである。
こいしはその欲望に従った。両腕を幼い吸血鬼の背中に回して引き寄せる。
「私こそごめんね、ちょっと怖がらせちゃったね」
子供をあやすように頭を撫でた。金糸のような髪はさらさらと指に絡む。抱きしめている体は、とても柔らかい。
腕の中でえぐ、えぐ、という泣き声が次第に収まりつつあることを感じた。
「フランちゃんはね、大人になんかならなくてもいいの」
「……こいしまで私を馬鹿にして」
胸に抱かれている子供にゆっくり語りかけると、あどけなさを残した顔が不満そうにむくれる。
「だって、私は好きだもん。フランちゃんのかわいいところとか、純粋なところとか、ちょっといじっぱりなところとか」
からかいやすいところとか、という点は心の中に留める。
真正面から褒められ、フランドールが嬉しさや恥ずかしさでこいしの胸に顔をうずめる。あと甘えてくるところも子供かな、と口には出さず付け加えた。
「すぐには大人になんてなれないよ。段階を踏まなくちゃ」
「段階?」
「例えばさ、こういうのとか」
すぐ近くにあった小さな耳に齧りつく。腕の中で体が跳ねた。耳たぶに甘噛みして、舌を這わせる。くすぐったそうな、気持ちよさそうな声が聞こえた。
「こういうのとか」
続いて羽を優しく撫でる。付け根の部分が敏感なことは知っていた。肩甲骨の近くに手を這わせると、ビクリと顔を上げ、先ほどよりも色っぽい声を出す。腰に回されていた白く小さな手に力が籠った。
「あとは、こういうのとか」
目の前の蕩けた顔の、矯声を漏らすまいと必死になっている唇に、自らのものを押し当てた。ふんわりと柔らかい感触が広がる。
フランドールは吃驚したようで、声にならない声を上げた。咄嗟に顔を反らそうとしていたが、それを察知して後頭部を押さえつける。
舌を入れてみようかと少し考えて、やめた。この娘にはまだ早い。楽しみは今度に取っておこう。
「な、な、何するの!?」
秒針がたっぷり半周ほどしてからようやく解放されたフランドールが、耳まで真っ赤に染めながら詰問した。恥じらう顔も実に愛らしい。こいしの頬が緩む。
「大人になるっていうのは、こういうことから始めていくんだよ」
「で、でもこんなの恥ずかしいよ」
「じゃあやっぱり、まだ子どもだね」
「う……」
返答に窮して狼狽えるフランドールを見てこいしは堪らなくなり、もう一度抱きしめた。力を入れれば折れてしまいそうな、華奢な身体だった。
「ゆっくり成長していけばいいんだよ、ね?」
「……うん」
包容感が心地よかったのか、フランドールがゆっくり目を閉じた。こいしが子供を寝かしつけるように頭を撫でる。
この晩、古明地こいしは暇である。
どうせ家に帰ってもやることは無いのだ。それなら、このからかいがいのある、甘えたがりの友人を寝かしつけてから帰ったとしても遅くないだろう。
こいしも目を閉じながら、友人と共にベッドに横になった。
成長しないって、すばらしい。
>2さん
きっとこいしちゃんが、立派にフランちゃんを育ててくれると思います。