「……暑い~」
「また朝からぐだぐだしているのですか、霊夢。全く情けない。もっと背筋を伸ばして、しゃきっとしなさい、しゃきっと」
「あんたのやかましい声を聞いてると暑苦しくなるのよ、華扇! あとそういうの紫だけでいいから!」
せみさん合唱団の輪唱が響き渡る、ここ博麗神社。
その母屋で、縁側の上でへこたれている神社の主、博麗霊夢の叫びが境内にこだまする。
その叫びの対象――仙人の茨華仙こと茨木華扇は『全く、この子はこれだから』と肩をすくめる。
「こんな情けない巫女が博麗の巫女だなんて。全く、涙が出てきそうです」
「言ってくれるじゃない。
暑いものは暑いんだから仕方ないでしょ!」
「暑いというのなら、水垢離するとか、滝行するとかあるじゃないですか」
「どうしてそっち方面に持って行くかな?」
私は苦労しないで涼しくなりたいんだ、と霊夢は言う。
全くもってわがままなことこの上ないが、世の中の大多数の人間がそう思うような季節であるからして、まぁ、それも仕方ないといえば仕方ない。
夏の暑さは幻想郷であろうとも変わらない。
日々、涼を求めて、人は努力を繰り返すものだ。
「あ~……水浴び行きたい……」
「行って来ればいいでしょう。
そのついでに、川と土地への祈りを捧げ、豊漁・豊作を祈願してくれば、それで立派な巫女の仕事。誰も咎めるようなものはいないでしょう」
「めんどい」
「……あなたって子は」
「誰も見てくれないところでそんなことしたって、私に一銭の利益もないじゃない」
「巫女というのは、いえ、そもそも神仏に仕えるものは金銭という俗的なものを見返りに求めるものではありません」
「世の中、プライドじゃ腹は膨れないわ」
華扇の言うことも正しいのかもしれないが、ここは霊夢が一方的に『もっともである』という反論だった。
人間、食わねば生きてゆけぬ。食うためには先立つものが必要なのだ。
「なら、そうね。この日照りで、田畑の作物の生育が乱れている地域があると聞きます。
そこに行って、雨乞いでもしてきなさい。雨が降れば涼しくなるでしょう」
「風邪引くもん」
「雨に濡れた後、体を冷やすからです」
「体が冷えなかったら暑いままじゃない」
「あなたは『程度』を知らないのですか、全く」
そして結局、言い争いは口のうまいほうが勝つ。
仙人とは、人間を教え導くもの。要は口がよく回る。
「だーもー! わかったわよ!
なら、適当に仕事してくればいいんでしょ!」
「そう。適当とはいえ、きちんと仕事をすることで、あなたに対する民の信心は集まります。
その結果、この閑散とした境内にも、いずれ活気が戻ってくるでしょう」
「一言多い!」
「というわけで、はいこれ」
「……何これ?」
「困ってる人リストよ。頑張ってきなさいね」
「……また用意がいいな、あんた」
結局、言い負かされた霊夢は、この暑さの中、人里へと出発することになってしまった。
華扇への恨み節を口にしつつ、彼女は空へと舞い上がり、神社を後にする。
それを見送った後、華扇は、やれやれと肩をすくめた。
「あれをまともに、そして立派な巫女として育てるのは、何かと難しい」
それを誰がなすかには言い争い多々あれど、結局は、彼女に身近なものがやることになるのだろう。
その役目は、果たして自分に回ってくるだろうかと、彼女は苦笑した。
さて、無事、巫女を巣から追い出した華扇ちゃん。
意気揚々と、彼女は人里へとやってくる。
彼女の姿を見た人々が、『おお、仙人さまじゃ、ありがたやありがたや』と拝み倒す中、人里の様子を見て回り――、
「……」
――その足が止まる。
視線の先、ちょっとした茶屋。
そこに、『フルーツアイス始めました』の文字がはためいている。
「フルーツ……アイス……?」
それは一体どういうものなのだろう。
彼女は考える。
フルーツ。果物。
アイス。アイスクリームというお菓子。
この二つをあわせたもの? 一体どうやって?
そもそも、果物とアイスクリームを、一体どうやって合体させたというのだ。そんなことできるのか? 第一、そういうことをメインでやっている紅魔館などにだって、そんなメニューは見当たらない。
気になる。
すごく気になる。
そして即座に、彼女はお財布の中を見た。
――大丈夫だ、問題ない。
「いらっしゃいませー」
気がつくと、彼女は店の暖簾をくぐっていた。
笑顔で彼女を向かえた店員の女の子が、「ああ! いつもありがとうございます!」と笑顔をさらに深くする。
華扇は、どうやら、この店の常連であるらしい。
というか、人里に存在する、およそあらゆる甘味を提供する店に足を運ぶ彼女は、店の間では『仙人』以上の『神様』として認識されている。
曰く、『仙人さまに注目された店は、絶対に流行る』そうな。
華扇は席に着き、フルーツアイスを注文する。
「……そういえば、この頃、食事は質素だったわ。
断食というわけではないのだけど、まぁ、ダイエットというわけでも、ついでにないのだけど、ほら、修行してたし。
仙人は禁欲を是とするもの。豪華な食事とか、おなか一杯、美味しいものとか、そういうのに囚われちゃいけないし。
だけどほら、仙人だって、食べなきゃ生きていけないもの。たまには、自分の好きなものを食べても問題ないわ。
ほら、過度の我慢は体によくないって、永遠亭のお医者様も言っていたじゃない。それは人間でも妖精でも妖怪でも、もちろん、仙人でも変わらない、って。
今は、ついでに、すごく暑いし。暑い時は冷菓子が美味しいわ。食べ過ぎなければ問題ないのよ。
そう、いっときの幸せを味わう権利は、誰からも、誰にも否定されるものではないわ。
だから少しくらい、こういう時くらい、いいのよ。うん」
いわゆる一つの自己正当化である。
しかしながら、仙人とは、まぁ、色々大変な生き物なのだ。
たまには、そんな張り詰めた日々をふっと緩めて、幸せを満喫したところで、誰がそれを責められるだろうかいやない。
頑張る自分への、日々の努力に対する、ほんの少しの、ささやかなご褒美なのだ。
――などと自分を甘やかした結果、炎天下の日中だろうと、人目につかないところで全力ダッシュを繰り返す女性たちがいるのは、幻想郷だろうと変わらない、そして季節関係ない日常であったりするのだが。
「お待たせしましたー」
店員の言葉と共に、華扇の意識は現世へと蘇る。
目の前に、『ことん』と置かれたのは、桃だった。
――桃である。
一個丸ごと、桃である。
さすがに皮はむかれているが、どこからどう見ても、ただの桃。工夫は特に見当たらない。
置かれた皿とフォークは氷室などに入れておいてあるのか、冷えてきんきん。よく見なくとも、桃も同じく、とても冷えているのがよくわかる。
「……アイス?」
アイスクリームらしきものはどこにも見当たらない。
不思議に思っていると、先の店員が戻ってきて、『どうぞ』と熱いお茶を置いていった。
「……」
さて、どうしよう。
注文を間違っただろうか? 置いてある伝票を見ても、『フルーツアイス×1』と書いてある。
う~ん……?
腕組みして悩んだ後、ふと気付く。
「……これは?」
よく見れば、桃の上の部分に水平に切込みが入っている。
どうやら、蓋になっているらしい。
――それを見て、ティンと……ではなく、ぴんときた。
まさか、これは――!
華扇はフォークを桃に刺して、その『蓋』をよけてみる。
「なるほど……!」
果たして、答えはそこにある。
フルーツアイス。
なるほど、言いえて妙とはこのことだ。
桃の中身をくりぬき、その中に、アイスクリームが詰めてある。
なるほど、確かに『フルーツアイス』だ。
そういえば、グラタンやシチューなどといった料理をカップに詰め、その口をパイで覆った料理があると聞く。
これは、その系統をヒントに作ったものなのだろう。
「さてさて」
彼女は桃の中に詰められたアイスを口にする。
その瞬間、かっと、その目が見開かれた。
「これは……!」
ただのアイスではない。
いや、むしろ、これは『ソフトクリーム』というやつか。
ふんわりと柔らかなアイスの生地の中に、その形がはっきりわかるほど、桃の果肉がごろごろと入っている。
ただくりぬいただけではもったいない。この、見るだけでわかるくらい、季節の味を携えた、熟れた果肉を捨ててしまうなんてありえない。
その発想に加えて、アイス全体から香る桃の香り。
桃の果汁が、これに混ぜてあるのだ。
「……なるほど……!」
これは、素晴らしい。
華扇はこれまでに、このようなアイスクリームは食べたことがなかった。
いや、そもそも、『アイスクリーム』というお菓子自体、つい最近に至るまで、食べたことがなかった。
初めてそれを口にした時、その味に感動したものだ。
これは、その時の感動を蘇らせてくれる。あの、初めて、アイスを口にした時の驚きと幸せを、今、蘇らせてくれている。
「……素晴らしい!」
あとは言葉はいらない。
アイスを楽しみ、桃を楽しみ、口の中とおなかの中一杯にまで、その二つの味を堪能させて。
そうして、冷えた口とおなかを、熱いお茶で暖める。
――何という贅沢だろうか。
いっときの涼味で暑さを忘れ、この一口のお茶で、また季節を思い出す。
このような贅沢、幻想郷広しといえど、そうそう味わうことが出来るものではない。
この素晴らしい『夏』を提供してくれた店の主人に礼を言わなくてはならないだろう。
そんなことを考えながら、お茶をもう一口して――。
「……!?」
華扇の目が、壁に張られているチラシに向けられたのは、その時だった。
「おーい、霊夢ー」
「……何よ、魔理沙。今日も暑いんだから、あんたの相手して遊んであげる余裕なんてないわよ」
「そりゃこっちのセリフだ。
いや、こんなものがあったんだが、お前、知ってたか?」
「……んー?」
せみさん達の四重奏を聞きながら、今日も暑さにだらける霊夢は、やってきた白黒友人、霧雨魔理沙が取り出してきたチラシに視線を向ける。
「『人里恒例 第18回納涼大食い大会』……。
いやまぁ、参加したいなとは思うけど、この暑い時期に大食いはやだわ」
「今年の食い物は『スイカシャーベット』だったらしい」
「何それ」
「スイカを一個、丸ごと凍らせて、シャーベットにした食い物だよ」
「まぁ、スイカなんてほとんど水分だしね」
「んでだな、そこ、それ。優勝者」
「……」
どうやら、このチラシ、大会終了を記念した一枚であるらしい。
そこには、このように書いてある。
「……『優勝者 仙人 茨木華扇 様』……」
チラシを裏にひっくり返せば、いい笑顔の華扇がどーんとアップで掲載されている。
平らげたスイカシャーベットの数、何と15個。
普通の人間なら、間違いなく、おなか壊す量である。
「ついさっき、仙人とすれ違ったんだが、その優勝賞金で、今度、お前を美味しいご飯に連れて行ってやる、って言ってたぞ」
「……………………」
その一言は嬉しい。
嬉しいはずなのだが……何なのだろう、この、すさまじい脱力感は。
華扇のいい笑顔が、またそれに追い討ちでボディーブロー食らわしてくる。
じわじわ続くダメージから抜け出せず、霊夢は一言、つぶやいた。
「……このダメ仙人」
――と。
「また朝からぐだぐだしているのですか、霊夢。全く情けない。もっと背筋を伸ばして、しゃきっとしなさい、しゃきっと」
「あんたのやかましい声を聞いてると暑苦しくなるのよ、華扇! あとそういうの紫だけでいいから!」
せみさん合唱団の輪唱が響き渡る、ここ博麗神社。
その母屋で、縁側の上でへこたれている神社の主、博麗霊夢の叫びが境内にこだまする。
その叫びの対象――仙人の茨華仙こと茨木華扇は『全く、この子はこれだから』と肩をすくめる。
「こんな情けない巫女が博麗の巫女だなんて。全く、涙が出てきそうです」
「言ってくれるじゃない。
暑いものは暑いんだから仕方ないでしょ!」
「暑いというのなら、水垢離するとか、滝行するとかあるじゃないですか」
「どうしてそっち方面に持って行くかな?」
私は苦労しないで涼しくなりたいんだ、と霊夢は言う。
全くもってわがままなことこの上ないが、世の中の大多数の人間がそう思うような季節であるからして、まぁ、それも仕方ないといえば仕方ない。
夏の暑さは幻想郷であろうとも変わらない。
日々、涼を求めて、人は努力を繰り返すものだ。
「あ~……水浴び行きたい……」
「行って来ればいいでしょう。
そのついでに、川と土地への祈りを捧げ、豊漁・豊作を祈願してくれば、それで立派な巫女の仕事。誰も咎めるようなものはいないでしょう」
「めんどい」
「……あなたって子は」
「誰も見てくれないところでそんなことしたって、私に一銭の利益もないじゃない」
「巫女というのは、いえ、そもそも神仏に仕えるものは金銭という俗的なものを見返りに求めるものではありません」
「世の中、プライドじゃ腹は膨れないわ」
華扇の言うことも正しいのかもしれないが、ここは霊夢が一方的に『もっともである』という反論だった。
人間、食わねば生きてゆけぬ。食うためには先立つものが必要なのだ。
「なら、そうね。この日照りで、田畑の作物の生育が乱れている地域があると聞きます。
そこに行って、雨乞いでもしてきなさい。雨が降れば涼しくなるでしょう」
「風邪引くもん」
「雨に濡れた後、体を冷やすからです」
「体が冷えなかったら暑いままじゃない」
「あなたは『程度』を知らないのですか、全く」
そして結局、言い争いは口のうまいほうが勝つ。
仙人とは、人間を教え導くもの。要は口がよく回る。
「だーもー! わかったわよ!
なら、適当に仕事してくればいいんでしょ!」
「そう。適当とはいえ、きちんと仕事をすることで、あなたに対する民の信心は集まります。
その結果、この閑散とした境内にも、いずれ活気が戻ってくるでしょう」
「一言多い!」
「というわけで、はいこれ」
「……何これ?」
「困ってる人リストよ。頑張ってきなさいね」
「……また用意がいいな、あんた」
結局、言い負かされた霊夢は、この暑さの中、人里へと出発することになってしまった。
華扇への恨み節を口にしつつ、彼女は空へと舞い上がり、神社を後にする。
それを見送った後、華扇は、やれやれと肩をすくめた。
「あれをまともに、そして立派な巫女として育てるのは、何かと難しい」
それを誰がなすかには言い争い多々あれど、結局は、彼女に身近なものがやることになるのだろう。
その役目は、果たして自分に回ってくるだろうかと、彼女は苦笑した。
さて、無事、巫女を巣から追い出した華扇ちゃん。
意気揚々と、彼女は人里へとやってくる。
彼女の姿を見た人々が、『おお、仙人さまじゃ、ありがたやありがたや』と拝み倒す中、人里の様子を見て回り――、
「……」
――その足が止まる。
視線の先、ちょっとした茶屋。
そこに、『フルーツアイス始めました』の文字がはためいている。
「フルーツ……アイス……?」
それは一体どういうものなのだろう。
彼女は考える。
フルーツ。果物。
アイス。アイスクリームというお菓子。
この二つをあわせたもの? 一体どうやって?
そもそも、果物とアイスクリームを、一体どうやって合体させたというのだ。そんなことできるのか? 第一、そういうことをメインでやっている紅魔館などにだって、そんなメニューは見当たらない。
気になる。
すごく気になる。
そして即座に、彼女はお財布の中を見た。
――大丈夫だ、問題ない。
「いらっしゃいませー」
気がつくと、彼女は店の暖簾をくぐっていた。
笑顔で彼女を向かえた店員の女の子が、「ああ! いつもありがとうございます!」と笑顔をさらに深くする。
華扇は、どうやら、この店の常連であるらしい。
というか、人里に存在する、およそあらゆる甘味を提供する店に足を運ぶ彼女は、店の間では『仙人』以上の『神様』として認識されている。
曰く、『仙人さまに注目された店は、絶対に流行る』そうな。
華扇は席に着き、フルーツアイスを注文する。
「……そういえば、この頃、食事は質素だったわ。
断食というわけではないのだけど、まぁ、ダイエットというわけでも、ついでにないのだけど、ほら、修行してたし。
仙人は禁欲を是とするもの。豪華な食事とか、おなか一杯、美味しいものとか、そういうのに囚われちゃいけないし。
だけどほら、仙人だって、食べなきゃ生きていけないもの。たまには、自分の好きなものを食べても問題ないわ。
ほら、過度の我慢は体によくないって、永遠亭のお医者様も言っていたじゃない。それは人間でも妖精でも妖怪でも、もちろん、仙人でも変わらない、って。
今は、ついでに、すごく暑いし。暑い時は冷菓子が美味しいわ。食べ過ぎなければ問題ないのよ。
そう、いっときの幸せを味わう権利は、誰からも、誰にも否定されるものではないわ。
だから少しくらい、こういう時くらい、いいのよ。うん」
いわゆる一つの自己正当化である。
しかしながら、仙人とは、まぁ、色々大変な生き物なのだ。
たまには、そんな張り詰めた日々をふっと緩めて、幸せを満喫したところで、誰がそれを責められるだろうかいやない。
頑張る自分への、日々の努力に対する、ほんの少しの、ささやかなご褒美なのだ。
――などと自分を甘やかした結果、炎天下の日中だろうと、人目につかないところで全力ダッシュを繰り返す女性たちがいるのは、幻想郷だろうと変わらない、そして季節関係ない日常であったりするのだが。
「お待たせしましたー」
店員の言葉と共に、華扇の意識は現世へと蘇る。
目の前に、『ことん』と置かれたのは、桃だった。
――桃である。
一個丸ごと、桃である。
さすがに皮はむかれているが、どこからどう見ても、ただの桃。工夫は特に見当たらない。
置かれた皿とフォークは氷室などに入れておいてあるのか、冷えてきんきん。よく見なくとも、桃も同じく、とても冷えているのがよくわかる。
「……アイス?」
アイスクリームらしきものはどこにも見当たらない。
不思議に思っていると、先の店員が戻ってきて、『どうぞ』と熱いお茶を置いていった。
「……」
さて、どうしよう。
注文を間違っただろうか? 置いてある伝票を見ても、『フルーツアイス×1』と書いてある。
う~ん……?
腕組みして悩んだ後、ふと気付く。
「……これは?」
よく見れば、桃の上の部分に水平に切込みが入っている。
どうやら、蓋になっているらしい。
――それを見て、ティンと……ではなく、ぴんときた。
まさか、これは――!
華扇はフォークを桃に刺して、その『蓋』をよけてみる。
「なるほど……!」
果たして、答えはそこにある。
フルーツアイス。
なるほど、言いえて妙とはこのことだ。
桃の中身をくりぬき、その中に、アイスクリームが詰めてある。
なるほど、確かに『フルーツアイス』だ。
そういえば、グラタンやシチューなどといった料理をカップに詰め、その口をパイで覆った料理があると聞く。
これは、その系統をヒントに作ったものなのだろう。
「さてさて」
彼女は桃の中に詰められたアイスを口にする。
その瞬間、かっと、その目が見開かれた。
「これは……!」
ただのアイスではない。
いや、むしろ、これは『ソフトクリーム』というやつか。
ふんわりと柔らかなアイスの生地の中に、その形がはっきりわかるほど、桃の果肉がごろごろと入っている。
ただくりぬいただけではもったいない。この、見るだけでわかるくらい、季節の味を携えた、熟れた果肉を捨ててしまうなんてありえない。
その発想に加えて、アイス全体から香る桃の香り。
桃の果汁が、これに混ぜてあるのだ。
「……なるほど……!」
これは、素晴らしい。
華扇はこれまでに、このようなアイスクリームは食べたことがなかった。
いや、そもそも、『アイスクリーム』というお菓子自体、つい最近に至るまで、食べたことがなかった。
初めてそれを口にした時、その味に感動したものだ。
これは、その時の感動を蘇らせてくれる。あの、初めて、アイスを口にした時の驚きと幸せを、今、蘇らせてくれている。
「……素晴らしい!」
あとは言葉はいらない。
アイスを楽しみ、桃を楽しみ、口の中とおなかの中一杯にまで、その二つの味を堪能させて。
そうして、冷えた口とおなかを、熱いお茶で暖める。
――何という贅沢だろうか。
いっときの涼味で暑さを忘れ、この一口のお茶で、また季節を思い出す。
このような贅沢、幻想郷広しといえど、そうそう味わうことが出来るものではない。
この素晴らしい『夏』を提供してくれた店の主人に礼を言わなくてはならないだろう。
そんなことを考えながら、お茶をもう一口して――。
「……!?」
華扇の目が、壁に張られているチラシに向けられたのは、その時だった。
「おーい、霊夢ー」
「……何よ、魔理沙。今日も暑いんだから、あんたの相手して遊んであげる余裕なんてないわよ」
「そりゃこっちのセリフだ。
いや、こんなものがあったんだが、お前、知ってたか?」
「……んー?」
せみさん達の四重奏を聞きながら、今日も暑さにだらける霊夢は、やってきた白黒友人、霧雨魔理沙が取り出してきたチラシに視線を向ける。
「『人里恒例 第18回納涼大食い大会』……。
いやまぁ、参加したいなとは思うけど、この暑い時期に大食いはやだわ」
「今年の食い物は『スイカシャーベット』だったらしい」
「何それ」
「スイカを一個、丸ごと凍らせて、シャーベットにした食い物だよ」
「まぁ、スイカなんてほとんど水分だしね」
「んでだな、そこ、それ。優勝者」
「……」
どうやら、このチラシ、大会終了を記念した一枚であるらしい。
そこには、このように書いてある。
「……『優勝者 仙人 茨木華扇 様』……」
チラシを裏にひっくり返せば、いい笑顔の華扇がどーんとアップで掲載されている。
平らげたスイカシャーベットの数、何と15個。
普通の人間なら、間違いなく、おなか壊す量である。
「ついさっき、仙人とすれ違ったんだが、その優勝賞金で、今度、お前を美味しいご飯に連れて行ってやる、って言ってたぞ」
「……………………」
その一言は嬉しい。
嬉しいはずなのだが……何なのだろう、この、すさまじい脱力感は。
華扇のいい笑顔が、またそれに追い討ちでボディーブロー食らわしてくる。
じわじわ続くダメージから抜け出せず、霊夢は一言、つぶやいた。
「……このダメ仙人」
――と。