「はたてさん、はたてさん。ちょっといいですか?」
「何?」
「おなかがすきました」
「蹴飛ばすわよ」
「そんなこと言わずに。ご飯、作ってくださいよ。
あ、ほら。ここにおなかを空かせた子がもう一人」
「誰が『おなかを空かせた子』ですか」
「椛さんはおなかがすいてないんですか?」
「すっごくすいてます」
「……あんたらね」
妖怪の山の一角にある、小さな庵。
ここは、妖怪の山で働く天狗たちにとっての憩いの場の一つ。
「最近、はたてさん、煮物の腕を上げましたね」
「お酒を少し使うのがポイントね。具が柔らかくなるの。味が沁みやすくなるわ」
「はたてさん、おかわり!」
「はいはい。
……っていうか、丼3杯とかさすがね。椛」
そこには、ちょっとした生活設備も整えられており、その気になれば、ここで生活できるくらいの施設であった。
こんな施設が、山のあちこちにある。
そこに、射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛の姿がある。
「いやいや、はたてさんは料理上手で困る」
「何で困るのよ」
「太っちゃいます」
「運動しなさい」
ぴしゃりと言うはたての前に並んでいる料理は、前二人のものよりちょっぴり量が少ない。
澄ました顔をしているが、どうやら彼女、ダイエット中のようだ。
一方、そんなことなどからっきし気にしない椛はでっかい丼抱えて幸せそうにご飯を頬張っている。
「で? 用事は何よ?」
「え?」
「あんた、まさか、『ご飯食べさせてください』が用事じゃないでしょうね?」
と、ジト目で文をにらむはたて。
こっそり視線をそらす文の後頭部をひっぱたいてから、「全くもう」と彼女は怒る。
「あんた達も、一応、女でしょ?
何で料理くらい自分で作れないわけ?」
「い、いやいや。私だって努力してますよ、ほんと!」
「缶詰と即席めん以外のものを作れないくせにでかい口叩くな!」
「私は食べる専門です」
「……あんたは早く、いい人見つけなさいよ」
威張りつつも丼4杯目のお代わりを所望する椛に、はたてはため息混じりにつぶやく。
ともあれ、
「……で?」
「あ、あ~、いえ。その……えーっと……何だったかな……」
にらむはたてからそろそろ視線を逸らし、手元のメモ帳の中身を確認する文。
本気で、はたてに『ご飯食べさせてください♪』以外の用事を用意してないことが丸わかりであった。
はたてはため息つきつつも、「今度から、そういう用事がある時は素直に言いなさいよ」と肩をすくめる。
何だかんだ、面倒見のいい彼女である。
「あ、あーそう。これこれ。これです、これ」
「そんな、いかにも『今、考え付きました』みたいなことしなくていいから」
「いや、ほんとですって」
胡散臭そうにそれを見るはたて。
文は、メモ帳のページを広げると、
「これ。これ見てください」
「何これ」
「この前の一件。その時に出てきた妖怪の話を早苗さんから聞いて集めたんですけれど」
「うん」
「はたてさん、デザートありませんか?」
「あるわよ。
はい、みかんのゼリー」
「わーい、頂きまーす」
椛を適当にあしらいつつ、はたては視線をメモ帳の中の文章に向ける。
「『九十九弁々』と『九十九八橋』ねぇ?」
「新たな付喪神の一人……ああ、二人なのですが、彼女たち、面白いことに『楽器』の付喪神なのです」
「プリズムリバーだっけ? 彼女たちと同じね」
「和製の楽器と洋風の楽器。違いはありますけどね」
「で?」
「はたてさん、突撃取材、してきません?」
「わたし一人で?」
「私はあいにくと、別の方の突撃取材で忙しくて。
そこで、ライバルたるはたてさんに、ここは塩を送っておこうかと」
「ひっぱたくわよ」
「あいてっ」
言う前に行動に移す。これが幻想郷の美徳である。
はたては「あのねぇ」と一言。
「あんた、ライバル相手にそんな手加減してもらえて嬉しいと思うわけ?」
「私は嬉しいですよ?」
「……」
「たらされる情報には何が何でも食いつくのは、新聞記者として悪いことではないはずです」
どこからもたらされるものだろうと、情報は情報。
その真偽はともかくとして、得られたものは自分の利益と考えて迅速取材。
新聞記者の鑑とでも言うべき取材根性であるが、はたては、『文とは考え方が違うのね』と、改めてそれを認識する。
「わたしはねぇ、文――」
「それに、はたてさん、最近、新聞出してないじゃないですか。
早く新聞出してくださいよ。じゃないと、勝負にならないでしょ?」
「……言ったわね?」
と、あっさりと文の挑発に乗ってしまう辺り、はたてもはたてなのであるが。
「面白いじゃない。
じゃあ、この二人、わたしが取材してきてあげるわ。
あんたの新聞より売れちゃったらごめんなさいね?」
「ふっふ~ん。そんなことないですよ。私だって特ダネ掴んでるんですから。
負けませんよ~だ」
「言ってくれるじゃない……」
にらみ合う二人。
その間に、熱く激しい火花と竜巻と砕ける波頭が浮かび上がる中。
「あ、このゼリー、冷たくて美味しいな~。
使ってるみかんがいいのかな。さっすがはたてさん」
と、我関せず、デザートまできれいさっぱり完食する椛であったとさ。
「あんにゃろ……。
さては、相手の居場所を掴むのがめんどくさいからわたしに押し付けたわね……」
さて、それから何日か後。
幻想郷のあちこちを飛び回るはたては、そんなことを呻いていた。
今回の取材対象である『九十九姉妹』であるが、その行方は杳として知れない。
相手はどこにいるのか。そもそも、どこを根城にしているのか。
あちこち、色んなところで聞き込みをするのだが、その誰もが『知らない』の一言であった。
一応、当時の『事件』当事者である博麗の巫女などにも話を聞いたのだが、『そんなところまで興味ないから知らない』とすげなく切り捨てられている。
さて、困った。
空の上でぴたりと足を止めて、腕組みして悩む。
「ここで諦めたら、文の奴に何言われるかわかんないわ」
しかし、諦めるつもりはないらしい。
寒風吹きすさぶ空の上。あったかいもこふわジャケットとふんわかマフラー装備で完全防寒の彼女は、『ストッキングを厚いものに履きかえるようにしよう』と思いつつ、辺りを見回す。
「……お?」
――と。
その瞳が、とある人影を捉えた。
もう少し目を凝らしてみると、間違いない。
「らっき!」
はたては加速した。
一気に、周囲の景色が後ろに流れていき、目的の人物の前へと、彼女は舞い降りる。
「ごきげんよう。お嬢様方」
気取った仕草で一礼して、視線を、彼女は二人へと向ける。
「あら」
「変わった方がいらしたわ」
――間違いない。
この至近距離で見れば、間違うはずもない。
とある里の一角にまぎれ、どっから持って来たのかわからないが、真っ白なテーブルとチェアに腰掛け、優雅なティータイムを楽しんでいる彼女たち。
九十九姉妹当人、確定である。
「何かご用?」
その姉の方、九十九弁々が問いかけてくる。
「失礼。
わたし、こういうもので」
はたては懐から名詞を取り出した。
天狗一同の間で、『自己紹介の手間が省けて便利』と配られているものである。
ちなみに、文は『自己紹介も情報入手の手段』として、この名詞は使用していない。
「あら。
お姉さま、天狗だそうですよ」
「鼻の高いいやみな連中と言う話も聞いていたけれど、実物は、かわいらしいお嬢さんなのね」
……なんかやりにくいな。
はたては思った。
相手から漂うのは、所謂『上流階級』の『エレガント』なお嬢様。
幻想郷には会話などのやりにくい連中がごろごろいるが、この手のタイプはあまり見ない。
自らを『ハイソな夜の貴族』と名乗るのはちんまいお嬢様程度であるし、この手の『気取った連中』というものには、はたてはあまり、接したことはなかった。
「実は本日、お二方に対して、色々と聞きたいことがありまして。
取材に応じていただけると嬉しいのですが」
「まあ、どうしましょう。
とても準備が間に合いません」
「いいのではないでしょうか、お姉さま。
たまにはこのような戯言に付き合ってみるのも」
――かちんときた。
しかし、それは言葉にも態度にも出さず、はたては『ご協力いただき、感謝します』と礼をする。
「何が聞きたいのかしら? 天狗のお嬢様?」
尋ねてくるのは九十九八橋。
こちらを信用してないのが丸わかりな、言葉の端々に嫌味なとげを載せて来ている。
ケンカっ早いものなら早々に腹を立ててドンパチが始まっているだろう。
だが、そこははたても新聞記者。『えっとですね――』と相手の言葉を流しつつ、
「質問事項はいくつか。
特にあなた方を侮辱したり、プライドに触れたりするものはございませんので」
そのいやみにはいやみを返す。
八橋の目が細められ、くすくすと、口許から笑みがこぼれる。
「いいでしょう。
こうした取材を受けることなんて、一生涯、そう何度もあることではございませんから。
そのお話し、お受けいたしましょう」
弁々が二人の間に割って入った。
八橋はそこで己を引っ込め、はたては内心で小さく肩をすくめる。
そうして、文と同じく『取材モード』に自分を切り替え、話を切り出すはたてであった。
「さて……と」
取材も終わり、『ありがとうございました』とその場を去って。
はたては上空で、九十九姉妹の行動を監視していた。
取材の最中も、八橋はちくちくとこちらを挑発し、ケンカを売ってくる。弁々はそれをたしなめつつ、はたての我慢を嘲笑うような逆撫で行為をかましてくる。
慇懃無礼にも程がある連中だ。『仕返し』をしてやろうと考えたのである。
「お、動いた」
九十九姉妹が行動を開始する。
自宅に戻るのか、それとも、どこかに足を運ぶのか。
彼女たちに悟られない距離を保ちつつ、その後をついていく。
天狗の能力、『よい目』『よい耳』『よい鼻』は、こういう時に役に立つ。
「あいつらの居所を突き止めて、徹底的に取材攻勢をかけてやるわ。
天狗を敵に回したことを後悔させてやる」
一日二日は寝られない日々を送らせてやる、とはたては宣言する。
九十九姉妹は里を離れて飛んでいく。
やがて、その足は妖怪の山とはまた違う山々の中へ。
その一角――人の目に触れることのない、深い木立の向こう側にある、小さな建物の中に、彼女たちの姿は消えた。
「……あれが家? それとも、住居の一つかしら」
妖怪たちに『住所』は存在しない。
自分に縁の深い場所に留まり、そこを『居場所』とするものはいるが、基本、妖怪と言うのは風来坊だ。
幻想郷のあちこちに、自分のねぐらを持っている妖怪は、そう珍しくはない。
ともあれ、それが九十九姉妹の『家』の一つであろうと、はたては看破した。
気配を探らせないように、静かに、そして迅速に、その建物の裏手側へと舞い降りる。
「窓は……これか。あったあった」
外の明かりと空気を取り入れるために開けられている、小さな窓。
そこに忍び寄り、室内の様子を伺う。
――いた。
あの姉妹は、リラックスした雰囲気を携えて、室内の椅子に腰を下ろしている。
だが、室内に家具らしきものはほとんど存在しない。やはり、ここは彼女たちの『住所』ではないようだ。
「どれどれ……?」
壁に耳を当てる。
天狗の耳は、どんなに小さな音であろうとも、己の興味のある音を拾い上げる。
河童の高性能集音機にすら勝るとも劣らない、彼女の耳に聞こえてきたのは――、
「あーもー疲れたー。
お姉ちゃーん。八橋、疲れたー」
「あらあら。八橋ったら。うふふ」
……先ほどまでの『ハイソ』で『エレガント』な要素など欠片もない声であった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃーん。
あの天狗、態度悪かったねー。八橋、あーいうのきらーい」
「まあ、八橋。そういうことを言ってはいけないわよ。
天狗だってお仕事なのだもの。
多少、不快になってしまっても、ちゃんと受け止めてあげないと」
「お姉ちゃん、やっさしーい。八橋、お姉ちゃん、だーい好きー」
「まあまあ。うふふ」
「……えーっと」
よし、ちょっと整理しよう。頭の中。
はたては手にしたメモ帳をぺらぺらめくって、先ほど、あの二人から取材した情報をまとめていく。
何の妖怪か。
この前、異変に参加した理由は。
あなた達の目的は。
何がしたいのか。
これからどうするのか。
などなど。などなど。などなど。どなどな。あ、違う。
「……よし」
それを飲み込んでから、また室内に目を向けて、ついでに耳を傾ける。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、そろそろお風呂はいろー。
八橋が洗ってあげる!」
「あら、ありがとう。
じゃあ、お礼をしないといけないわね。今夜は何が食べたいの?」
「八橋ねー、お魚! お魚食べたい!」
「お魚? それじゃ、美味しいお魚を買ってこないといけないわね」
「あと、今日、お姉ちゃんと一緒に寝たい!」
「今日、じゃなくて『今日も』でしょう?」
「えへへ~」
「……別人?」
九十九八橋。
こちらに徹底的にいやみを飛ばしてくる『油断ならない奴』。
だが、今、はたての前にいるのは姉の弁々に甘えまくっている少女八橋。
あ、そうか。九十九八橋じゃなくて『少女八橋』だから別人なんだ。きっとそうだ。
はたてはそう結論づけた。
一方の九十九弁々。
彼女は、先ほどまでのエレガントさは保ちつつも、ごろごろ喉を鳴らして甘えてくる八橋にでれっでれである。
こっちも九十九弁々じゃなくて『少女弁々』だから、多分、別人なんだろう。
うん、そうだ。絶対そうだ。
「それじゃ、八橋。
お姉ちゃんは、ちょっとお魚を買ってくるから。その間に、お風呂の用意をして、ご飯の準備をしておいてね」
「は~い!
お姉ちゃんの美味しいご飯、楽しみ!」
「あら、ありがとう」
「お姉ちゃん、行ってらっしゃ~い!」
「あっ、やばい!」
――と、思って移動しようとしたときには、もう遅い。
「ごきげんよう。天狗の記者さん。
聞き耳はよくないわね」
はたては弁々に見つかってしまう。
もしかしたら、弁々は、はたての存在に気付いていたのかもしれなかった。
だから、『出かけてくる』と言って席を立った――そう考えてもおかしくないだろう。
「見られてしまったわね」
くすくすと笑う弁々。
彼女は「少し、場所を変えましょう」と優雅な所作で歩いていく。
はたてはどうするか、瞬間、迷った後、彼女の後についていくことにする。
逃げるだけならどうとでもなる。何せ、彼女は天狗だ。付喪神ごときの足で追いつけるほどのろまではないのだ。
「八橋、かわいいでしょう?」
森の中を歩きながら、弁々は言う。
「へっ?」
「かわいいわよね?」
「あ、えっと……」
「か・わ・い・い・わ・よ・ね?」
「……は、はい」
笑顔で脅迫してくる弁々に、半ば無理やり、首を縦に振らされる。
「でしょう!?」
そこで弁々は、なぜかはたてに迫ってくる。
「とってもかわいいの!
お姉ちゃん、お姉ちゃん、って私の後をついてきて! まるでカルガモの赤ちゃんみたい!
それでね、それでね! あの子の何がかわいいかというと、もう全部! 全て! 丸ごと愛してるわ! 食べちゃいたいくらい!
笑顔がかわいいし、仕草もかわいいし、何をするにもかわいいし!
あ、この前、こんなお話があるのよ! 私がね、お料理を作ってあげたんだけど、あの子ったら苦手なものがあるのに、それもしっかり全部食べて、『お姉ちゃん、美味しかったよ』って!
私を悲しませないようにしたのね! こんないじらしさもあるの! かわいいでしょう!? ね!?」
「……………………」
「幻想郷で一番かわいい妹よ! 私の自慢だわ!
あんなにかわいい妹、他にいる!? いないでしょう! 私ったら幸せ者!」
はたては妖怪として永く生きてきて、初めて、『人格が変わった』相手を目の前にしていた。
目をきらきら輝かせ、両手を組んで力いっぱい精一杯、妹のことを自慢してくる彼女。
こういう輩をなんと言ったか。頭の中のメモリをフル活用する。
「だけど、普段からお姉ちゃんぺたぺたなままでは妖怪としての威厳は保てないでしょう?
私が、あの子に教えたのよ。品のある振る舞い、って。
あの子ったら、ちゃんと、私が教えた通りに出来るようになって。すごいわね。すごいと思うでしょ? ね!」
「……」
『品のある』というよりは、『とげの突き刺さる』振る舞いだったような気がするが、弁々自体がそういう態度で他人に接しているので、色々勘違いしているのだろう。
今更、それを指摘したところで、絶対に矯正が効かない程度に。
「だからね、家では思いっきり甘えることを許しているの!
もう、毎日毎日、私にべったりなのよ! お姉ちゃん大好き、って!
ああ、もう、その言葉だけで、私は生きていけるわ!」
「……えーっと」
「あら、どうかされて?」
そこで瞬間、エレガントな弁々に戻る。
人間(こいつは人間じゃないが)、変わり身って早いなぁ、とはたては思った。
「あの、貴女へのインタビューで聞いたと思うんだけど」
「ええ」
「あなた達って、本当の姉妹じゃないって言っていたような……」
「あら、そんなこと」
ふふっ、と笑う弁々。
そうして、さらっと髪の毛をかきあげ、絶妙な角度に視線と態勢を保ち、優雅に腕を組みながら言う。
「あなたはこんな言葉を知っている?
『血のつながらない妹ほど素晴らしいものはない』」
「……………………」
んな言葉、今、初めて聞いた。
初めて聞いたが、まぁ、そういうことなのだろうとはたては納得した。
「何かご質問があれば、今後も受け付けます。
お時間を取らせてしまいましたわね。ごめんなさい」
うふふ、と優雅に笑う弁々は、その優雅さそのままでふぅわり空に舞い上がり、『それでは、八橋がおなかをすかせていますので』とぺこりと一礼して去っていく。
それを見送ったはたては、何かものすごい虚脱感と疲れに襲われ、『……帰って寝よう』と、ぽつりと呻いたのだった。
「はたてさ~ん。新聞、出来ましたか~?」
「……ごめん。今月は落とすわ」
「えー? せっかく、いいネタを紹介したのに。
自分の中に隠すだなんてもったいないじゃないですかー」
「はたてさん、このおにぎり、美味しいですね!」
後日、妖怪の山の庵にて。
はたてはテーブルの上に突っ伏したまま、文の追及を受けている。
一方の椛は、『今日は手抜き』とはたてから渡されたおにぎりを『今まで食べたおにぎりで一番美味しい』と笑顔でもぐもぐ頬張っている。
「いや、その……。
……ねぇ、文。あんたさ、多分、わたしより変なことには詳しいと思うから、あえて聞くけどさ」
「はい」
「『血のつながらない妹ほど素晴らしいものはない』って言葉、知ってる?」
「知ってますよ。早苗さんがよく言ってますから」
「同類か」
つまるところ、九十九弁々とはそういう奴で、九十九八橋というのは、こういう奴だったということである。
エレガントな姉に憧れ、甘えまくる子供っぽい妹。
外に一歩出れば、そろってエレガントに勘違いした四方八方に優雅にケンカを売る姉妹。
しかして、その実態は――。
「……幻想郷って、何でこんな奴らばっかり集まってるのよ……」
――幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは、残酷なことである。
誰かがそんなことを言っていたような言っていないような気がして、はたては、『何かもうね?』な感覚をいやと言うほど味わっていたのだった。
「何?」
「おなかがすきました」
「蹴飛ばすわよ」
「そんなこと言わずに。ご飯、作ってくださいよ。
あ、ほら。ここにおなかを空かせた子がもう一人」
「誰が『おなかを空かせた子』ですか」
「椛さんはおなかがすいてないんですか?」
「すっごくすいてます」
「……あんたらね」
妖怪の山の一角にある、小さな庵。
ここは、妖怪の山で働く天狗たちにとっての憩いの場の一つ。
「最近、はたてさん、煮物の腕を上げましたね」
「お酒を少し使うのがポイントね。具が柔らかくなるの。味が沁みやすくなるわ」
「はたてさん、おかわり!」
「はいはい。
……っていうか、丼3杯とかさすがね。椛」
そこには、ちょっとした生活設備も整えられており、その気になれば、ここで生活できるくらいの施設であった。
こんな施設が、山のあちこちにある。
そこに、射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛の姿がある。
「いやいや、はたてさんは料理上手で困る」
「何で困るのよ」
「太っちゃいます」
「運動しなさい」
ぴしゃりと言うはたての前に並んでいる料理は、前二人のものよりちょっぴり量が少ない。
澄ました顔をしているが、どうやら彼女、ダイエット中のようだ。
一方、そんなことなどからっきし気にしない椛はでっかい丼抱えて幸せそうにご飯を頬張っている。
「で? 用事は何よ?」
「え?」
「あんた、まさか、『ご飯食べさせてください』が用事じゃないでしょうね?」
と、ジト目で文をにらむはたて。
こっそり視線をそらす文の後頭部をひっぱたいてから、「全くもう」と彼女は怒る。
「あんた達も、一応、女でしょ?
何で料理くらい自分で作れないわけ?」
「い、いやいや。私だって努力してますよ、ほんと!」
「缶詰と即席めん以外のものを作れないくせにでかい口叩くな!」
「私は食べる専門です」
「……あんたは早く、いい人見つけなさいよ」
威張りつつも丼4杯目のお代わりを所望する椛に、はたてはため息混じりにつぶやく。
ともあれ、
「……で?」
「あ、あ~、いえ。その……えーっと……何だったかな……」
にらむはたてからそろそろ視線を逸らし、手元のメモ帳の中身を確認する文。
本気で、はたてに『ご飯食べさせてください♪』以外の用事を用意してないことが丸わかりであった。
はたてはため息つきつつも、「今度から、そういう用事がある時は素直に言いなさいよ」と肩をすくめる。
何だかんだ、面倒見のいい彼女である。
「あ、あーそう。これこれ。これです、これ」
「そんな、いかにも『今、考え付きました』みたいなことしなくていいから」
「いや、ほんとですって」
胡散臭そうにそれを見るはたて。
文は、メモ帳のページを広げると、
「これ。これ見てください」
「何これ」
「この前の一件。その時に出てきた妖怪の話を早苗さんから聞いて集めたんですけれど」
「うん」
「はたてさん、デザートありませんか?」
「あるわよ。
はい、みかんのゼリー」
「わーい、頂きまーす」
椛を適当にあしらいつつ、はたては視線をメモ帳の中の文章に向ける。
「『九十九弁々』と『九十九八橋』ねぇ?」
「新たな付喪神の一人……ああ、二人なのですが、彼女たち、面白いことに『楽器』の付喪神なのです」
「プリズムリバーだっけ? 彼女たちと同じね」
「和製の楽器と洋風の楽器。違いはありますけどね」
「で?」
「はたてさん、突撃取材、してきません?」
「わたし一人で?」
「私はあいにくと、別の方の突撃取材で忙しくて。
そこで、ライバルたるはたてさんに、ここは塩を送っておこうかと」
「ひっぱたくわよ」
「あいてっ」
言う前に行動に移す。これが幻想郷の美徳である。
はたては「あのねぇ」と一言。
「あんた、ライバル相手にそんな手加減してもらえて嬉しいと思うわけ?」
「私は嬉しいですよ?」
「……」
「たらされる情報には何が何でも食いつくのは、新聞記者として悪いことではないはずです」
どこからもたらされるものだろうと、情報は情報。
その真偽はともかくとして、得られたものは自分の利益と考えて迅速取材。
新聞記者の鑑とでも言うべき取材根性であるが、はたては、『文とは考え方が違うのね』と、改めてそれを認識する。
「わたしはねぇ、文――」
「それに、はたてさん、最近、新聞出してないじゃないですか。
早く新聞出してくださいよ。じゃないと、勝負にならないでしょ?」
「……言ったわね?」
と、あっさりと文の挑発に乗ってしまう辺り、はたてもはたてなのであるが。
「面白いじゃない。
じゃあ、この二人、わたしが取材してきてあげるわ。
あんたの新聞より売れちゃったらごめんなさいね?」
「ふっふ~ん。そんなことないですよ。私だって特ダネ掴んでるんですから。
負けませんよ~だ」
「言ってくれるじゃない……」
にらみ合う二人。
その間に、熱く激しい火花と竜巻と砕ける波頭が浮かび上がる中。
「あ、このゼリー、冷たくて美味しいな~。
使ってるみかんがいいのかな。さっすがはたてさん」
と、我関せず、デザートまできれいさっぱり完食する椛であったとさ。
「あんにゃろ……。
さては、相手の居場所を掴むのがめんどくさいからわたしに押し付けたわね……」
さて、それから何日か後。
幻想郷のあちこちを飛び回るはたては、そんなことを呻いていた。
今回の取材対象である『九十九姉妹』であるが、その行方は杳として知れない。
相手はどこにいるのか。そもそも、どこを根城にしているのか。
あちこち、色んなところで聞き込みをするのだが、その誰もが『知らない』の一言であった。
一応、当時の『事件』当事者である博麗の巫女などにも話を聞いたのだが、『そんなところまで興味ないから知らない』とすげなく切り捨てられている。
さて、困った。
空の上でぴたりと足を止めて、腕組みして悩む。
「ここで諦めたら、文の奴に何言われるかわかんないわ」
しかし、諦めるつもりはないらしい。
寒風吹きすさぶ空の上。あったかいもこふわジャケットとふんわかマフラー装備で完全防寒の彼女は、『ストッキングを厚いものに履きかえるようにしよう』と思いつつ、辺りを見回す。
「……お?」
――と。
その瞳が、とある人影を捉えた。
もう少し目を凝らしてみると、間違いない。
「らっき!」
はたては加速した。
一気に、周囲の景色が後ろに流れていき、目的の人物の前へと、彼女は舞い降りる。
「ごきげんよう。お嬢様方」
気取った仕草で一礼して、視線を、彼女は二人へと向ける。
「あら」
「変わった方がいらしたわ」
――間違いない。
この至近距離で見れば、間違うはずもない。
とある里の一角にまぎれ、どっから持って来たのかわからないが、真っ白なテーブルとチェアに腰掛け、優雅なティータイムを楽しんでいる彼女たち。
九十九姉妹当人、確定である。
「何かご用?」
その姉の方、九十九弁々が問いかけてくる。
「失礼。
わたし、こういうもので」
はたては懐から名詞を取り出した。
天狗一同の間で、『自己紹介の手間が省けて便利』と配られているものである。
ちなみに、文は『自己紹介も情報入手の手段』として、この名詞は使用していない。
「あら。
お姉さま、天狗だそうですよ」
「鼻の高いいやみな連中と言う話も聞いていたけれど、実物は、かわいらしいお嬢さんなのね」
……なんかやりにくいな。
はたては思った。
相手から漂うのは、所謂『上流階級』の『エレガント』なお嬢様。
幻想郷には会話などのやりにくい連中がごろごろいるが、この手のタイプはあまり見ない。
自らを『ハイソな夜の貴族』と名乗るのはちんまいお嬢様程度であるし、この手の『気取った連中』というものには、はたてはあまり、接したことはなかった。
「実は本日、お二方に対して、色々と聞きたいことがありまして。
取材に応じていただけると嬉しいのですが」
「まあ、どうしましょう。
とても準備が間に合いません」
「いいのではないでしょうか、お姉さま。
たまにはこのような戯言に付き合ってみるのも」
――かちんときた。
しかし、それは言葉にも態度にも出さず、はたては『ご協力いただき、感謝します』と礼をする。
「何が聞きたいのかしら? 天狗のお嬢様?」
尋ねてくるのは九十九八橋。
こちらを信用してないのが丸わかりな、言葉の端々に嫌味なとげを載せて来ている。
ケンカっ早いものなら早々に腹を立ててドンパチが始まっているだろう。
だが、そこははたても新聞記者。『えっとですね――』と相手の言葉を流しつつ、
「質問事項はいくつか。
特にあなた方を侮辱したり、プライドに触れたりするものはございませんので」
そのいやみにはいやみを返す。
八橋の目が細められ、くすくすと、口許から笑みがこぼれる。
「いいでしょう。
こうした取材を受けることなんて、一生涯、そう何度もあることではございませんから。
そのお話し、お受けいたしましょう」
弁々が二人の間に割って入った。
八橋はそこで己を引っ込め、はたては内心で小さく肩をすくめる。
そうして、文と同じく『取材モード』に自分を切り替え、話を切り出すはたてであった。
「さて……と」
取材も終わり、『ありがとうございました』とその場を去って。
はたては上空で、九十九姉妹の行動を監視していた。
取材の最中も、八橋はちくちくとこちらを挑発し、ケンカを売ってくる。弁々はそれをたしなめつつ、はたての我慢を嘲笑うような逆撫で行為をかましてくる。
慇懃無礼にも程がある連中だ。『仕返し』をしてやろうと考えたのである。
「お、動いた」
九十九姉妹が行動を開始する。
自宅に戻るのか、それとも、どこかに足を運ぶのか。
彼女たちに悟られない距離を保ちつつ、その後をついていく。
天狗の能力、『よい目』『よい耳』『よい鼻』は、こういう時に役に立つ。
「あいつらの居所を突き止めて、徹底的に取材攻勢をかけてやるわ。
天狗を敵に回したことを後悔させてやる」
一日二日は寝られない日々を送らせてやる、とはたては宣言する。
九十九姉妹は里を離れて飛んでいく。
やがて、その足は妖怪の山とはまた違う山々の中へ。
その一角――人の目に触れることのない、深い木立の向こう側にある、小さな建物の中に、彼女たちの姿は消えた。
「……あれが家? それとも、住居の一つかしら」
妖怪たちに『住所』は存在しない。
自分に縁の深い場所に留まり、そこを『居場所』とするものはいるが、基本、妖怪と言うのは風来坊だ。
幻想郷のあちこちに、自分のねぐらを持っている妖怪は、そう珍しくはない。
ともあれ、それが九十九姉妹の『家』の一つであろうと、はたては看破した。
気配を探らせないように、静かに、そして迅速に、その建物の裏手側へと舞い降りる。
「窓は……これか。あったあった」
外の明かりと空気を取り入れるために開けられている、小さな窓。
そこに忍び寄り、室内の様子を伺う。
――いた。
あの姉妹は、リラックスした雰囲気を携えて、室内の椅子に腰を下ろしている。
だが、室内に家具らしきものはほとんど存在しない。やはり、ここは彼女たちの『住所』ではないようだ。
「どれどれ……?」
壁に耳を当てる。
天狗の耳は、どんなに小さな音であろうとも、己の興味のある音を拾い上げる。
河童の高性能集音機にすら勝るとも劣らない、彼女の耳に聞こえてきたのは――、
「あーもー疲れたー。
お姉ちゃーん。八橋、疲れたー」
「あらあら。八橋ったら。うふふ」
……先ほどまでの『ハイソ』で『エレガント』な要素など欠片もない声であった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃーん。
あの天狗、態度悪かったねー。八橋、あーいうのきらーい」
「まあ、八橋。そういうことを言ってはいけないわよ。
天狗だってお仕事なのだもの。
多少、不快になってしまっても、ちゃんと受け止めてあげないと」
「お姉ちゃん、やっさしーい。八橋、お姉ちゃん、だーい好きー」
「まあまあ。うふふ」
「……えーっと」
よし、ちょっと整理しよう。頭の中。
はたては手にしたメモ帳をぺらぺらめくって、先ほど、あの二人から取材した情報をまとめていく。
何の妖怪か。
この前、異変に参加した理由は。
あなた達の目的は。
何がしたいのか。
これからどうするのか。
などなど。などなど。などなど。どなどな。あ、違う。
「……よし」
それを飲み込んでから、また室内に目を向けて、ついでに耳を傾ける。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、そろそろお風呂はいろー。
八橋が洗ってあげる!」
「あら、ありがとう。
じゃあ、お礼をしないといけないわね。今夜は何が食べたいの?」
「八橋ねー、お魚! お魚食べたい!」
「お魚? それじゃ、美味しいお魚を買ってこないといけないわね」
「あと、今日、お姉ちゃんと一緒に寝たい!」
「今日、じゃなくて『今日も』でしょう?」
「えへへ~」
「……別人?」
九十九八橋。
こちらに徹底的にいやみを飛ばしてくる『油断ならない奴』。
だが、今、はたての前にいるのは姉の弁々に甘えまくっている少女八橋。
あ、そうか。九十九八橋じゃなくて『少女八橋』だから別人なんだ。きっとそうだ。
はたてはそう結論づけた。
一方の九十九弁々。
彼女は、先ほどまでのエレガントさは保ちつつも、ごろごろ喉を鳴らして甘えてくる八橋にでれっでれである。
こっちも九十九弁々じゃなくて『少女弁々』だから、多分、別人なんだろう。
うん、そうだ。絶対そうだ。
「それじゃ、八橋。
お姉ちゃんは、ちょっとお魚を買ってくるから。その間に、お風呂の用意をして、ご飯の準備をしておいてね」
「は~い!
お姉ちゃんの美味しいご飯、楽しみ!」
「あら、ありがとう」
「お姉ちゃん、行ってらっしゃ~い!」
「あっ、やばい!」
――と、思って移動しようとしたときには、もう遅い。
「ごきげんよう。天狗の記者さん。
聞き耳はよくないわね」
はたては弁々に見つかってしまう。
もしかしたら、弁々は、はたての存在に気付いていたのかもしれなかった。
だから、『出かけてくる』と言って席を立った――そう考えてもおかしくないだろう。
「見られてしまったわね」
くすくすと笑う弁々。
彼女は「少し、場所を変えましょう」と優雅な所作で歩いていく。
はたてはどうするか、瞬間、迷った後、彼女の後についていくことにする。
逃げるだけならどうとでもなる。何せ、彼女は天狗だ。付喪神ごときの足で追いつけるほどのろまではないのだ。
「八橋、かわいいでしょう?」
森の中を歩きながら、弁々は言う。
「へっ?」
「かわいいわよね?」
「あ、えっと……」
「か・わ・い・い・わ・よ・ね?」
「……は、はい」
笑顔で脅迫してくる弁々に、半ば無理やり、首を縦に振らされる。
「でしょう!?」
そこで弁々は、なぜかはたてに迫ってくる。
「とってもかわいいの!
お姉ちゃん、お姉ちゃん、って私の後をついてきて! まるでカルガモの赤ちゃんみたい!
それでね、それでね! あの子の何がかわいいかというと、もう全部! 全て! 丸ごと愛してるわ! 食べちゃいたいくらい!
笑顔がかわいいし、仕草もかわいいし、何をするにもかわいいし!
あ、この前、こんなお話があるのよ! 私がね、お料理を作ってあげたんだけど、あの子ったら苦手なものがあるのに、それもしっかり全部食べて、『お姉ちゃん、美味しかったよ』って!
私を悲しませないようにしたのね! こんないじらしさもあるの! かわいいでしょう!? ね!?」
「……………………」
「幻想郷で一番かわいい妹よ! 私の自慢だわ!
あんなにかわいい妹、他にいる!? いないでしょう! 私ったら幸せ者!」
はたては妖怪として永く生きてきて、初めて、『人格が変わった』相手を目の前にしていた。
目をきらきら輝かせ、両手を組んで力いっぱい精一杯、妹のことを自慢してくる彼女。
こういう輩をなんと言ったか。頭の中のメモリをフル活用する。
「だけど、普段からお姉ちゃんぺたぺたなままでは妖怪としての威厳は保てないでしょう?
私が、あの子に教えたのよ。品のある振る舞い、って。
あの子ったら、ちゃんと、私が教えた通りに出来るようになって。すごいわね。すごいと思うでしょ? ね!」
「……」
『品のある』というよりは、『とげの突き刺さる』振る舞いだったような気がするが、弁々自体がそういう態度で他人に接しているので、色々勘違いしているのだろう。
今更、それを指摘したところで、絶対に矯正が効かない程度に。
「だからね、家では思いっきり甘えることを許しているの!
もう、毎日毎日、私にべったりなのよ! お姉ちゃん大好き、って!
ああ、もう、その言葉だけで、私は生きていけるわ!」
「……えーっと」
「あら、どうかされて?」
そこで瞬間、エレガントな弁々に戻る。
人間(こいつは人間じゃないが)、変わり身って早いなぁ、とはたては思った。
「あの、貴女へのインタビューで聞いたと思うんだけど」
「ええ」
「あなた達って、本当の姉妹じゃないって言っていたような……」
「あら、そんなこと」
ふふっ、と笑う弁々。
そうして、さらっと髪の毛をかきあげ、絶妙な角度に視線と態勢を保ち、優雅に腕を組みながら言う。
「あなたはこんな言葉を知っている?
『血のつながらない妹ほど素晴らしいものはない』」
「……………………」
んな言葉、今、初めて聞いた。
初めて聞いたが、まぁ、そういうことなのだろうとはたては納得した。
「何かご質問があれば、今後も受け付けます。
お時間を取らせてしまいましたわね。ごめんなさい」
うふふ、と優雅に笑う弁々は、その優雅さそのままでふぅわり空に舞い上がり、『それでは、八橋がおなかをすかせていますので』とぺこりと一礼して去っていく。
それを見送ったはたては、何かものすごい虚脱感と疲れに襲われ、『……帰って寝よう』と、ぽつりと呻いたのだった。
「はたてさ~ん。新聞、出来ましたか~?」
「……ごめん。今月は落とすわ」
「えー? せっかく、いいネタを紹介したのに。
自分の中に隠すだなんてもったいないじゃないですかー」
「はたてさん、このおにぎり、美味しいですね!」
後日、妖怪の山の庵にて。
はたてはテーブルの上に突っ伏したまま、文の追及を受けている。
一方の椛は、『今日は手抜き』とはたてから渡されたおにぎりを『今まで食べたおにぎりで一番美味しい』と笑顔でもぐもぐ頬張っている。
「いや、その……。
……ねぇ、文。あんたさ、多分、わたしより変なことには詳しいと思うから、あえて聞くけどさ」
「はい」
「『血のつながらない妹ほど素晴らしいものはない』って言葉、知ってる?」
「知ってますよ。早苗さんがよく言ってますから」
「同類か」
つまるところ、九十九弁々とはそういう奴で、九十九八橋というのは、こういう奴だったということである。
エレガントな姉に憧れ、甘えまくる子供っぽい妹。
外に一歩出れば、そろってエレガントに勘違いした四方八方に優雅にケンカを売る姉妹。
しかして、その実態は――。
「……幻想郷って、何でこんな奴らばっかり集まってるのよ……」
――幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは、残酷なことである。
誰かがそんなことを言っていたような言っていないような気がして、はたては、『何かもうね?』な感覚をいやと言うほど味わっていたのだった。
こういう○○バカの話を書いたら、あなたに敵う作家はいないなぁと最近思ふ。