霊夢が鍵をくれた。
かと言って、色っぽい話でも、何か特別な意味があるわけでもない。部屋にある小物入れを探っていると、こぼれてきたそれを、霊夢は拾い上げて、「ああ」と言ったのだ。
「離れがあったのよ。昔」
「昔?」
「うちの母親が作ったやつみたい。今はもう取り壊してるけどね。私の母も――私がそうしているみたいに――若い時は、神社の中で不用心に暮らしてたみたい」
どうやら、無警戒という自覚はあったらしい。実際、霊夢は不用心だ。特別大切なものはないし、お金なんかも箪笥の隅に隠してあるだけだ。泥棒とか入ってきたら、とは考えないらしい。実際、毎日のように入り込んでいるのに、全く警戒する様子がない。一度くらい、何か盗んでやった方が良いのかな? そうは思っても、ここには私にとって価値のありそうなものはない。いらないものを盗んだって、仕方がないし、何より、霊夢自身が盗まれたところで気付きさえしないだろう。それで、黙って、霊夢の話の続きを聞いた。
「でも、私ができて、そうしたほうがいいのかな、って、村の人に頼んで、離れを作ってもらった、らしいわ。それで、鍵をかけて、その中で暮らすようにした」
「それで? 今はないみたいだが」
「私が大きくなった頃、妖怪と遊んでて壊したわ」
「そんなこったろうと思った」
「元々、ここは何かと色々起こるんだから。何か作ったって、すぐ壊れるのよね。神社だって倒壊するし」
ふうん、と言って、私は鍵を外の光にかざしてみた。ちょっと鉄をいじって作った、みたいな、ちゃっちい出来の鍵だ。この程度なら、私ならもっと良いものが作れるだろう。
「あげるわ」
「はあ?」
「いらない、というか、そんなのあるの、今まで知らなかったわ。魔理沙、そういうつまらないもの好きでしょ。あげるわ」
「いらないぜ。というか、どう考えても厄介払いだろ。そんなんで貰っても仕方ないぜ」
そうは言ったものの、私は霊夢にそれを放り投げて返してから、こっそりと霊夢が置き去りにした隙を狙って、それを拾い上げてポケットに入れた。たまには泥棒してやらないとな。
鍵を持って帰った次の日、私は、鉄と木、それから八卦炉を持って、庭先に座り込んだ。少し、錠前のことについて勉強もした。鍵を内部に突っ込むと、とっかかりのついた鉄の板がある。それに鍵の出っ張りが引っかかって、開き、留め金が外れる仕組みになっている。錠前は買って使ったことはあっても、仕組みは知らないものだ。改めて調べてみると、勉強になった。
木と鉄を使って金型を作り、溶かした鉄を流し込む。高温の作業をするのは、八卦炉の得意分野だ。溶けた鉄で眼をやられないように、ゴーグルをつけて作業をする。オレンジ色した焼けた鉄を見ていると、なんだか不思議な気分になる。木で作った外枠に、穴をあけた鉄の板をはめ込んで、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤し、穴から通した鍵が、ぴったりとはまって、枠組みの中で、錠前がかちりと外れる。きちんと動くのを確かめて、「よし」と頷き、外枠を鉄で作った。今度はただの鉄の板だから簡単だ。中に鉄の板を入れて、溶接して固めた。鍵穴に鍵を突っ込むと、かちり、と心地よい音がして、鍵が外れた。かちり、かちり。何度か繰り返すと、満足感がして嬉しかった。
錠前を作ったら、どうせなら、と思って、今度は簡単な小箱を作った。宝箱みたいに、きれいな箱にしよう、と思って、鉄と木を組み合わせたにした。彫刻なんかを入れてもいいかな、と思ったけど、どうにも私にはそういうセンスがない。どちらかというと実用性があるほうが好きだ。
その代わり、うるしを塗って、木の部分はてかてか光るようにした。鉄の部分も、ごしごし磨いて、無骨な鉄も光って、少しは見られるようになった。小箱には、錠前がぴったりはまる鉄の穴をつけておいた。
これで、完成だ。霊夢のところから鍵を盗んでから、まる一日かかった。家の中に持って行った私は、出来映えにほれぼれした。美術品とはとても呼べないが、日用品としては充分な出来だ。盗んだものはもう私のものだから、これは私のものにしてしまってもいいが、私はその箱を、霊夢にくれてやることにした。小箱があんまり綺麗だから、自分一人のものにすると、勿体ないと思ってしまったのだ。霊夢に自慢する代わりに、霊夢にくれてやろう。そう思った。
霊夢に小箱をくれてやると、「あら綺麗ね。ありがと」と言ってくれた。小箱のあとに、錠前と鍵を渡そうと思ったが、やっぱりやめた。錠前は、あとでこっそりと、小箱のところに置いておいた。
単純な思いつきだ。霊夢がもし小箱を大事に使うなら、きっと大切なものを入れるだろう。そのあとで、小箱に錠前が付けられることに気付き、何も考えずに、錠前をつけてしまうかもしれない。それから、鍵がないことに気付くと、私に尋ねるだろう。ねえ魔理沙、あの錠前の鍵だけど、渡してもらったかしら? 渡してもらったかもしれないけど、なくしてしまって……その時になって、私は霊夢の前に鍵をかざしてみせるのだ。『鍵はここだぜ。返してほしかったら、お願いするんだな』そう言うと霊夢は意地を張るだろう。ふん、そんならいいわよ……それから、やっぱり大切なら、ねえお願いよ魔理沙、とお願いしに来るかもしれない。それとも、小箱を壊してしまうだろうか? 霊夢は乱暴だから、それくらいする気もする。それとも、力尽くで取り返そうと、弾幕を撃ちまくってくるかもしれない。それならそれもいいだろう。
何にしても、面白いことになればいい、と思ったのだ。それに、錠前は霊夢のところにあり、鍵は私のところにある……そういう思いつきと、それを秘しているという隠し事が、心持ち、心地よかったのだ。
霊夢は何も知らず、小箱のふたを、くぱくぱ、開いたり閉じたりして、遊んでいた。
いつだってごっちゃになるもので。
かわいいなあ。
レイマリ最高!