「……さて。どうしましょうか」
ピンク頭が特徴のお団子仙人、茨華仙こと茨木華扇ちゃんは、今、すごく困っていた。
人里にやってきた彼女。
特に何をすることもなく、里を歩く彼女を、彼女が仙人と知る人々は崇め奉り、『仙人さまじゃ、ありがたやありがたや』と拝み倒されて。
そんな彼らに笑顔を向けながら里の中を歩いていると、ふと目に付いた『甘味処』の旗。
――おなかが鳴ったのを、彼女は覚えている。
だが、今日、彼女はお金を持っていなかった。
もっと具体的に言うと、今月は『お金を使わないようにしよう月間』なので、彼女はお金を持ち歩かないことにしていた。
仙人とは、俗世から離れた高潔な存在である。
俗世の穢れそのものである『貨幣』など、本来は手にすることも許されないのだ(と書くとあまりにも語弊がありすぎるのであれだが、とりあえず、仙人はお金をあまり持ち歩かないのは事実である)。
しかし。
しかしだ。
彼女は見てしまったのだ。
『本日限定! 特製ミラクルあんみつ! 先着10名様限り!』
――彼女は、甘いものが好きである。
どれくらい好きかというと、ある機会をきっかけに目覚める前は、そうでもなかったのに、今ではこれがないと仙人やってらんねぇ、ってくらいに好きである。
彼女は言う。
『私が悪いわけじゃない! あまりにも美味しい甘いものが悪い!』
――と。
自他共に厳しくあらねばならない仙人にとってあるまじき発言であるが、仙人とて一個の生き物。
そして生き物は、あらゆる面において、『欲』をその原動力としている。
生きるということすら『生きたい』という欲から来るものなのだ。
欲を全て捨て去ることは、己の命を放棄するということにつながる。
仙人は世俗を捨て、穢れを捨ててこそ成るものであるが、結局、『生き物』としての縛りから逃れることは出来ないのだ。
彼女もまた、同じであった。
その旗を見た瞬間、彼女の中で、何だかよくわからないものが論争をしていたのを覚えている。
以下は、その時の『華扇ちゃん会議』の一部始終である。
華扇ちゃんA:『いけません! 今月は、お金を使わない月間! お金を使わず、世を捨て去ることで、仙人としての格を高める修行の月なのですよ!』
華扇ちゃんB:『しかし、だからといって、今、ここにあるチャンスを捨て去るのはどうかと……』
華扇ちゃんC:『けど、そもそも、お金を持ってないのに?』
華扇ちゃんD:『グッズとの出会いは一期一会。手に取ったら、迷わずレジに持っていけ、と。
あの緑色の巫女のこの発言は、まさに的を得ているわ』
華扇ちゃんC:『いやそもそも字が違うんだけど』
華扇ちゃんA:『ともあれ、いけません! 見なかったことにして通り過ぎるのです!』
華扇ちゃんB:『ですが! あの文字が見えないのですか!? 本日限定ですよ! しかも先着10名様!
この機会を逃したら、二度と食べられないとしたら!?』
華扇ちゃんA:『くっ……! し、しかし、ここでこらえてこその仙人! 耐えろ、耐えるのよ、華扇!』
華扇ちゃんC:『いや、だから、食べるのはいいかもしれないけど、お金はどうするのよ。物々交換でもするの?
今日、お団子の中に肉まんとか入れてきてたっけ?』
華扇ちゃんD:『いや、これ、食べ物じゃないから』
華扇ちゃんC:『じゃあ、お金の都合が出来ないなら無理じゃない』
華扇ちゃんB:『大丈夫! 人間、なせばなる!』
華扇ちゃんC:『だからって物理法則無視するのは……』
華扇ちゃんD:『いっそのこと、その辺りで何かを売ってお金を稼ぐってどう?
お説教を1時間100円とかで。お一人様』
華扇ちゃんC:『ああ、それいいね。採用!』
華扇ちゃんB:『さあ、3対1です! 民主主義の鉄則、多数決! あなたはこれに逆らうのですか!?』
華扇ちゃんA:『それ多数決じゃなくて数の暴力だからね!?
っていうか、それでいいの!? 仙人として!』
華扇ちゃんB:『我々は、仙人である前に、一個の……えー……人間? なのですっ!』
華扇ちゃんA:『強引に持論押し通す割には疑問符出てるのね!?』
華扇ちゃんD:『だって、まだ具体的に正体言われてないし』
華扇ちゃんC:『大体、予想がついてるって話だけど、その瞬間までは、仙人とは人間である、っていう原則を崩すのはよくないよね』
華扇ちゃんA:『そこ! メタい話禁止!』
華扇ちゃんB:『さあ、突撃しましょう、華扇! 大丈夫! きっと何とかなるわ!』
華扇ちゃんA:『ならないからね!? なったらだめだからねむしろ!? いや、ちょっと、あ、こら! あなたたち! 離しなさい!』
華扇ちゃんC:『まあまあ』
華扇ちゃんD:『これはこれで』
華扇ちゃんA:『よくないっ! 全然、よくないっ! 何も話はまとまって……こらー!』
そして、今。
彼女は、すげー困っていた。
「……どうしましょうか」
もう一度、彼女はつぶやく。
手元のお金は、あんみつの値段には遠く届かない。
しかし、もう、『あ、すみません。ちょっと用事が。ごめんあそばせ、おほほほほ』が出来ない状態である。
目の前にあるのは、空っぽの入れ物。割と丼サイズ。
……はい。ミラクルあんみつ、とってもおいしゅうございました。
上品な甘味が印象的な、最上級のあんこ。
もっちもち、そしてふっわふわの白玉。
つやつやとろとろのソフトクリーム。
甘酸っぱい、季節の味を届けてくれるフルーツ。
それらを彩るシロップ。
おいしゅうございました。
というか、店に入って注文した時点で、『ミラクルあんみつ終わりでーす!』と、店員の少女が声を上げたのは、忘れられない。
自分は、英断を下したのだ。
ぎりぎり最後の一人になれたのだ。
華扇は、その瞬間、幸せであった。
そしてやってきたミラクルあんみつのあまりの美味しさに、彼女は幸せをかみ締めていたのだ。
だが、どんな幸せな時間も、やがて終わりが来る。
終わりが来たとき、彼女は現実と向き合わねばならない。
「入れ物おさげしまーす」
「あ、はい。どうも」
「こちら、サービスのお茶です。ごゆっくり」
店員の少女が、空っぽの入れ物を店の奥に提げていく。
……さて。
これでもう逃げられない。
もう一度、現実を確認してみよう。
ミラクルあんみつのお値段>>>>超えられない現実>>>>手持ち金
「……どうしよう」
手段はある。
たとえば、『すいません。実はお金がありません』と素直に店主に向かって頭を下げること。
この店の店主は気前がよく、また、何度も店に足を運んでいた華扇とは、ある意味、顔なじみである。
だから、『何だ、そうか。じゃあ、お金、取りに戻ってくれよ。仙人さま』と言ってくれる可能性はとても高い。
そう。家に帰れば、お金はあるのだ。
だが、しかし。
それをした瞬間、彼女に対する『仙人としての評価』は地に落ちるだろう。
『えー、華扇さま、お金も持たずにあんみつ食べたのー? 信じらんなーい☆』
『ってゆーかー、それってありえないよねー☆』
『ちょっとくらい我慢すればいいのにねー☆』
『ねー☆』
……自分で想像して、こいつら殴りたくなってきた。
しかし、ぐっと我慢する。
彼女たちの言い分は正しいのだ。
お金も持たずに店に入る愚かな仙人は、侮蔑と軽蔑の対象となる。
彼女たちは、正しい。
いやそもそも『こいつら誰だよ』なのだが、それはさておく。
「……やはり、ここは素直に頭を下げるしか」
その他にも『食い逃げ』や『一発芸やって見逃してもらう』『高速で御守作って速攻で売る』などを考えたが、どれも現実的ではない。
自分に嘘をつくのはよくない。嘘は仙人にとって、最も忌むべき行為の一つだ。
――よし。決めた。
華扇は決意する。
愚かな自分を叱咤するために。
その無様をさらすことで、己を改めて律するために。
『ちゃんと、ごめんなさい、って言おう』
――と。
椅子から立ち上がり、店の奥へと向かおうとする。
その時、であった。
「あら、華扇さま」
店の入り口から、聞きなれた声がした。
刹那、彼女は高速で振り返る。
そこに立つのは、青い髪の邪仙、霍青娥。
「ごきげんよう、華扇さま。お茶のお時間をお邪魔してしまいましたか?」
「い、いいえ! そのようなことは!」
「まあ、そうですか。
――ああ、すみません。ご一緒してよろしいですか?」
「は、はい!」
店の中へと入ってきた青娥は、店員の『いらっしゃいませー』の声を聞きながら、華扇の対面に腰掛けた。
彼女は、普段見慣れぬ、右手に持った鞄を床に置く。
にこにこと微笑む青娥は、『そうですねぇ』とメニューを見て悩んだ後、
「ご注文は?」
「特製もなかセットをくださいな。
ああ、華扇さまもどうぞ」
「え? あ、ああ、いえ、私は……」
「いえいえ。遠慮なさらずに。
実はわたくし、今日はずいぶん、お金を持ってきてしまいまして」
にっこり笑う青娥に押される形で、『……あの、では、おまんじゅうください』と、改めて椅子に腰掛けた後、控えめに注文してしまう。
「――と、申し上げましても、このお金、そこで受け取ってきたものなのです」
「受け取って?」
「先日、宝くじを買いまして。
それが当たったんですよ」
「すごいですね」
幻想郷で、たまに行なわれる庶民の娯楽、それが『宝くじ』。
当たるとお金や食べ物、生活必需品などと交換できるこれは、『一口100円から』という手軽さも相まって、庶民に浸透してきているものである。
ちなみに文化を持ち込んだのは、やっぱりというか何というか、また守矢か、であった。
「帰ったら、廟のもの達を連れて、紅魔館で一番美味しいディナーにいこうかと。
予約も致しました」
「そうだったんですね」
「ですから、華扇さま。ここはわたくしのおごりですわ」
その瞬間、華扇の視界がクリアになり、青娥の背後から後光が差した。
まさか、普段、『ええい、こいつは一体どうにかならんのか!』と頭悩ませている『淑女』が『女神』に見える日が来るなど、思ってもみなかった。
だが、しかし、待て、華扇。落ち着くんだ。
今、ここで注文している品物に、あの『ミラクルあんみつ』は含まれていない。
会計の時にばれる! そうなったらどうする!?
『あら、華扇さま。すでにご注文をなさっていたのですね。それもわたくしに支払わせるのですか……ふぅん』
……想像してへこんだ。
あの青娥に見下されるというか、養豚場の豚を見るような目で見られると、かなりきっつい。
色んな意味で。
「……あら?」
「え?」
その時、青娥が、目ざとくそれに気付いた。
テーブルの上に、すでに置かれていた伝票。
それを手に取った青娥は、『あらあら』と声を上げる。
「お茶のお時間を邪魔してしまいましたね」
「へ? あ、い、いえ、それは、その……」
「それでは、そのお詫びに。
こちらもわたくしの支払いでよろしいでしょうか?
それでなくとも、普段から、華扇さまにはご迷惑をおかけしていますし、また、お世話になっております。
その恩義を返すのに、この程度ではあまりにも安っぽいかもしれませんが」
……まさか。
まさか、このようなことがあるとは。
何の疑いを持たれることもなく、このようにスムーズに、危機を乗り切ることが出来るとは。
まさにこれこそ奇跡!
起きないから奇跡と言われるが、そうではない。
奇跡とは、起きるものであり、起こすものなのである!
だからそのドヤ顔やめろ緑巫女あっちいけ!
「それにしても、まさか、こんな大金が手に入ってしまうなんて。
逆に困ってしまいますよね」
「何等が当たったんですか?」
「驚かないでくださいね。2等です」
「……ってことは、まさか」
「はい。こちらの鞄の中身は、全部、お金です」
「……すごいですね」
「ええ。奇跡というのはあるものです」
とりあえず、頭の触角(若芽?)をぴこぴこ動かしながらでけぇ胸張ってドヤ顔かましている緑の巫女を、華扇は脳内の片隅へと押しやった。
こんなことが、まさか現実にあるとは、彼女自身も思っていなかった。
何万分の一の確率で存在する『大当たり』を彼女は引き当てたのだ。
「どうして、私にそんな施しを?」
もぐもぐ、お饅頭食べながら、華扇は尋ねる。
青娥は上品な仕草でもなかをもぐもぐとしてから、
「先ほども申し上げましたけれど、普段からお世話になっている、そのお返しです」
「あなたの世話をした覚えはないのですが……」
「いいえ。そのようなことはございません。
華扇さま、己を卑下するようなご発言はおやめになったほうがよろしいかと。
そのお言葉は、ご自分は当然として、聞くものをも傷つけてしまいますから」
にっこり微笑む青娥の笑顔を見て、華扇は『なるほど』と納得した。
つまり、これこそ、『日頃の行いのおかげ』だったのだ。
基本、青娥に対してツッコミしかしてなかったような気がするが、それはともかくとして、情けは人のためならず、巡り巡って自分の元に返ってくるものだったのだ。
此の世でなす、どのような行いも、必ず誰かが見ている。お天道さまがみてるのだ。
正しい行いには正しい報いが、必ずあるものなのだ。
仙人となって、幾年月。まさか、そのような常識すら、己は認識していなかったとは。
彼女はまさに、心洗われる想いを、今、感じていた。
「それにしても、このもなか、美味しいですね」
「ええ。このお饅頭も」
「まあ。うふふ。
そうだ、華扇さま。今度、お茶を致しませんか? ご一緒に」
「ええ。いいですよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そんな感じで、仙人二人の笑顔の会話は進む。
何だかよくわからないが、周囲に『幸せオーラ』を放つ彼女たち。
その神々しさは、彼女たちを信仰しない者たちにすら『ありがたやありがたや』とひれ伏させる程度の能力なものであったのだ。
「それでは、華扇さま。わたくしはこれで」
「ええ。ありがとうございました。
次は、私がお金を全部、出しますので」
「いいえ。これはわたくしの好意ですから」
「好意には好意を返すものです」
「……確かに。
深いお言葉、ありがとうございます。華扇さま。
それでは」
礼儀正しく、折り目正しく一礼して、青娥は去っていった。
それを手を振って見送っていた華扇は、視線を、どこへとも知れぬ空の彼方へと向ける。
そして一言、つぶやいたのだった。
「……助かった」
――と。
ピンク頭が特徴のお団子仙人、茨華仙こと茨木華扇ちゃんは、今、すごく困っていた。
人里にやってきた彼女。
特に何をすることもなく、里を歩く彼女を、彼女が仙人と知る人々は崇め奉り、『仙人さまじゃ、ありがたやありがたや』と拝み倒されて。
そんな彼らに笑顔を向けながら里の中を歩いていると、ふと目に付いた『甘味処』の旗。
――おなかが鳴ったのを、彼女は覚えている。
だが、今日、彼女はお金を持っていなかった。
もっと具体的に言うと、今月は『お金を使わないようにしよう月間』なので、彼女はお金を持ち歩かないことにしていた。
仙人とは、俗世から離れた高潔な存在である。
俗世の穢れそのものである『貨幣』など、本来は手にすることも許されないのだ(と書くとあまりにも語弊がありすぎるのであれだが、とりあえず、仙人はお金をあまり持ち歩かないのは事実である)。
しかし。
しかしだ。
彼女は見てしまったのだ。
『本日限定! 特製ミラクルあんみつ! 先着10名様限り!』
――彼女は、甘いものが好きである。
どれくらい好きかというと、ある機会をきっかけに目覚める前は、そうでもなかったのに、今ではこれがないと仙人やってらんねぇ、ってくらいに好きである。
彼女は言う。
『私が悪いわけじゃない! あまりにも美味しい甘いものが悪い!』
――と。
自他共に厳しくあらねばならない仙人にとってあるまじき発言であるが、仙人とて一個の生き物。
そして生き物は、あらゆる面において、『欲』をその原動力としている。
生きるということすら『生きたい』という欲から来るものなのだ。
欲を全て捨て去ることは、己の命を放棄するということにつながる。
仙人は世俗を捨て、穢れを捨ててこそ成るものであるが、結局、『生き物』としての縛りから逃れることは出来ないのだ。
彼女もまた、同じであった。
その旗を見た瞬間、彼女の中で、何だかよくわからないものが論争をしていたのを覚えている。
以下は、その時の『華扇ちゃん会議』の一部始終である。
華扇ちゃんA:『いけません! 今月は、お金を使わない月間! お金を使わず、世を捨て去ることで、仙人としての格を高める修行の月なのですよ!』
華扇ちゃんB:『しかし、だからといって、今、ここにあるチャンスを捨て去るのはどうかと……』
華扇ちゃんC:『けど、そもそも、お金を持ってないのに?』
華扇ちゃんD:『グッズとの出会いは一期一会。手に取ったら、迷わずレジに持っていけ、と。
あの緑色の巫女のこの発言は、まさに的を得ているわ』
華扇ちゃんC:『いやそもそも字が違うんだけど』
華扇ちゃんA:『ともあれ、いけません! 見なかったことにして通り過ぎるのです!』
華扇ちゃんB:『ですが! あの文字が見えないのですか!? 本日限定ですよ! しかも先着10名様!
この機会を逃したら、二度と食べられないとしたら!?』
華扇ちゃんA:『くっ……! し、しかし、ここでこらえてこその仙人! 耐えろ、耐えるのよ、華扇!』
華扇ちゃんC:『いや、だから、食べるのはいいかもしれないけど、お金はどうするのよ。物々交換でもするの?
今日、お団子の中に肉まんとか入れてきてたっけ?』
華扇ちゃんD:『いや、これ、食べ物じゃないから』
華扇ちゃんC:『じゃあ、お金の都合が出来ないなら無理じゃない』
華扇ちゃんB:『大丈夫! 人間、なせばなる!』
華扇ちゃんC:『だからって物理法則無視するのは……』
華扇ちゃんD:『いっそのこと、その辺りで何かを売ってお金を稼ぐってどう?
お説教を1時間100円とかで。お一人様』
華扇ちゃんC:『ああ、それいいね。採用!』
華扇ちゃんB:『さあ、3対1です! 民主主義の鉄則、多数決! あなたはこれに逆らうのですか!?』
華扇ちゃんA:『それ多数決じゃなくて数の暴力だからね!?
っていうか、それでいいの!? 仙人として!』
華扇ちゃんB:『我々は、仙人である前に、一個の……えー……人間? なのですっ!』
華扇ちゃんA:『強引に持論押し通す割には疑問符出てるのね!?』
華扇ちゃんD:『だって、まだ具体的に正体言われてないし』
華扇ちゃんC:『大体、予想がついてるって話だけど、その瞬間までは、仙人とは人間である、っていう原則を崩すのはよくないよね』
華扇ちゃんA:『そこ! メタい話禁止!』
華扇ちゃんB:『さあ、突撃しましょう、華扇! 大丈夫! きっと何とかなるわ!』
華扇ちゃんA:『ならないからね!? なったらだめだからねむしろ!? いや、ちょっと、あ、こら! あなたたち! 離しなさい!』
華扇ちゃんC:『まあまあ』
華扇ちゃんD:『これはこれで』
華扇ちゃんA:『よくないっ! 全然、よくないっ! 何も話はまとまって……こらー!』
そして、今。
彼女は、すげー困っていた。
「……どうしましょうか」
もう一度、彼女はつぶやく。
手元のお金は、あんみつの値段には遠く届かない。
しかし、もう、『あ、すみません。ちょっと用事が。ごめんあそばせ、おほほほほ』が出来ない状態である。
目の前にあるのは、空っぽの入れ物。割と丼サイズ。
……はい。ミラクルあんみつ、とってもおいしゅうございました。
上品な甘味が印象的な、最上級のあんこ。
もっちもち、そしてふっわふわの白玉。
つやつやとろとろのソフトクリーム。
甘酸っぱい、季節の味を届けてくれるフルーツ。
それらを彩るシロップ。
おいしゅうございました。
というか、店に入って注文した時点で、『ミラクルあんみつ終わりでーす!』と、店員の少女が声を上げたのは、忘れられない。
自分は、英断を下したのだ。
ぎりぎり最後の一人になれたのだ。
華扇は、その瞬間、幸せであった。
そしてやってきたミラクルあんみつのあまりの美味しさに、彼女は幸せをかみ締めていたのだ。
だが、どんな幸せな時間も、やがて終わりが来る。
終わりが来たとき、彼女は現実と向き合わねばならない。
「入れ物おさげしまーす」
「あ、はい。どうも」
「こちら、サービスのお茶です。ごゆっくり」
店員の少女が、空っぽの入れ物を店の奥に提げていく。
……さて。
これでもう逃げられない。
もう一度、現実を確認してみよう。
ミラクルあんみつのお値段>>>>超えられない現実>>>>手持ち金
「……どうしよう」
手段はある。
たとえば、『すいません。実はお金がありません』と素直に店主に向かって頭を下げること。
この店の店主は気前がよく、また、何度も店に足を運んでいた華扇とは、ある意味、顔なじみである。
だから、『何だ、そうか。じゃあ、お金、取りに戻ってくれよ。仙人さま』と言ってくれる可能性はとても高い。
そう。家に帰れば、お金はあるのだ。
だが、しかし。
それをした瞬間、彼女に対する『仙人としての評価』は地に落ちるだろう。
『えー、華扇さま、お金も持たずにあんみつ食べたのー? 信じらんなーい☆』
『ってゆーかー、それってありえないよねー☆』
『ちょっとくらい我慢すればいいのにねー☆』
『ねー☆』
……自分で想像して、こいつら殴りたくなってきた。
しかし、ぐっと我慢する。
彼女たちの言い分は正しいのだ。
お金も持たずに店に入る愚かな仙人は、侮蔑と軽蔑の対象となる。
彼女たちは、正しい。
いやそもそも『こいつら誰だよ』なのだが、それはさておく。
「……やはり、ここは素直に頭を下げるしか」
その他にも『食い逃げ』や『一発芸やって見逃してもらう』『高速で御守作って速攻で売る』などを考えたが、どれも現実的ではない。
自分に嘘をつくのはよくない。嘘は仙人にとって、最も忌むべき行為の一つだ。
――よし。決めた。
華扇は決意する。
愚かな自分を叱咤するために。
その無様をさらすことで、己を改めて律するために。
『ちゃんと、ごめんなさい、って言おう』
――と。
椅子から立ち上がり、店の奥へと向かおうとする。
その時、であった。
「あら、華扇さま」
店の入り口から、聞きなれた声がした。
刹那、彼女は高速で振り返る。
そこに立つのは、青い髪の邪仙、霍青娥。
「ごきげんよう、華扇さま。お茶のお時間をお邪魔してしまいましたか?」
「い、いいえ! そのようなことは!」
「まあ、そうですか。
――ああ、すみません。ご一緒してよろしいですか?」
「は、はい!」
店の中へと入ってきた青娥は、店員の『いらっしゃいませー』の声を聞きながら、華扇の対面に腰掛けた。
彼女は、普段見慣れぬ、右手に持った鞄を床に置く。
にこにこと微笑む青娥は、『そうですねぇ』とメニューを見て悩んだ後、
「ご注文は?」
「特製もなかセットをくださいな。
ああ、華扇さまもどうぞ」
「え? あ、ああ、いえ、私は……」
「いえいえ。遠慮なさらずに。
実はわたくし、今日はずいぶん、お金を持ってきてしまいまして」
にっこり笑う青娥に押される形で、『……あの、では、おまんじゅうください』と、改めて椅子に腰掛けた後、控えめに注文してしまう。
「――と、申し上げましても、このお金、そこで受け取ってきたものなのです」
「受け取って?」
「先日、宝くじを買いまして。
それが当たったんですよ」
「すごいですね」
幻想郷で、たまに行なわれる庶民の娯楽、それが『宝くじ』。
当たるとお金や食べ物、生活必需品などと交換できるこれは、『一口100円から』という手軽さも相まって、庶民に浸透してきているものである。
ちなみに文化を持ち込んだのは、やっぱりというか何というか、また守矢か、であった。
「帰ったら、廟のもの達を連れて、紅魔館で一番美味しいディナーにいこうかと。
予約も致しました」
「そうだったんですね」
「ですから、華扇さま。ここはわたくしのおごりですわ」
その瞬間、華扇の視界がクリアになり、青娥の背後から後光が差した。
まさか、普段、『ええい、こいつは一体どうにかならんのか!』と頭悩ませている『淑女』が『女神』に見える日が来るなど、思ってもみなかった。
だが、しかし、待て、華扇。落ち着くんだ。
今、ここで注文している品物に、あの『ミラクルあんみつ』は含まれていない。
会計の時にばれる! そうなったらどうする!?
『あら、華扇さま。すでにご注文をなさっていたのですね。それもわたくしに支払わせるのですか……ふぅん』
……想像してへこんだ。
あの青娥に見下されるというか、養豚場の豚を見るような目で見られると、かなりきっつい。
色んな意味で。
「……あら?」
「え?」
その時、青娥が、目ざとくそれに気付いた。
テーブルの上に、すでに置かれていた伝票。
それを手に取った青娥は、『あらあら』と声を上げる。
「お茶のお時間を邪魔してしまいましたね」
「へ? あ、い、いえ、それは、その……」
「それでは、そのお詫びに。
こちらもわたくしの支払いでよろしいでしょうか?
それでなくとも、普段から、華扇さまにはご迷惑をおかけしていますし、また、お世話になっております。
その恩義を返すのに、この程度ではあまりにも安っぽいかもしれませんが」
……まさか。
まさか、このようなことがあるとは。
何の疑いを持たれることもなく、このようにスムーズに、危機を乗り切ることが出来るとは。
まさにこれこそ奇跡!
起きないから奇跡と言われるが、そうではない。
奇跡とは、起きるものであり、起こすものなのである!
だからそのドヤ顔やめろ緑巫女あっちいけ!
「それにしても、まさか、こんな大金が手に入ってしまうなんて。
逆に困ってしまいますよね」
「何等が当たったんですか?」
「驚かないでくださいね。2等です」
「……ってことは、まさか」
「はい。こちらの鞄の中身は、全部、お金です」
「……すごいですね」
「ええ。奇跡というのはあるものです」
とりあえず、頭の触角(若芽?)をぴこぴこ動かしながらでけぇ胸張ってドヤ顔かましている緑の巫女を、華扇は脳内の片隅へと押しやった。
こんなことが、まさか現実にあるとは、彼女自身も思っていなかった。
何万分の一の確率で存在する『大当たり』を彼女は引き当てたのだ。
「どうして、私にそんな施しを?」
もぐもぐ、お饅頭食べながら、華扇は尋ねる。
青娥は上品な仕草でもなかをもぐもぐとしてから、
「先ほども申し上げましたけれど、普段からお世話になっている、そのお返しです」
「あなたの世話をした覚えはないのですが……」
「いいえ。そのようなことはございません。
華扇さま、己を卑下するようなご発言はおやめになったほうがよろしいかと。
そのお言葉は、ご自分は当然として、聞くものをも傷つけてしまいますから」
にっこり微笑む青娥の笑顔を見て、華扇は『なるほど』と納得した。
つまり、これこそ、『日頃の行いのおかげ』だったのだ。
基本、青娥に対してツッコミしかしてなかったような気がするが、それはともかくとして、情けは人のためならず、巡り巡って自分の元に返ってくるものだったのだ。
此の世でなす、どのような行いも、必ず誰かが見ている。お天道さまがみてるのだ。
正しい行いには正しい報いが、必ずあるものなのだ。
仙人となって、幾年月。まさか、そのような常識すら、己は認識していなかったとは。
彼女はまさに、心洗われる想いを、今、感じていた。
「それにしても、このもなか、美味しいですね」
「ええ。このお饅頭も」
「まあ。うふふ。
そうだ、華扇さま。今度、お茶を致しませんか? ご一緒に」
「ええ。いいですよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そんな感じで、仙人二人の笑顔の会話は進む。
何だかよくわからないが、周囲に『幸せオーラ』を放つ彼女たち。
その神々しさは、彼女たちを信仰しない者たちにすら『ありがたやありがたや』とひれ伏させる程度の能力なものであったのだ。
「それでは、華扇さま。わたくしはこれで」
「ええ。ありがとうございました。
次は、私がお金を全部、出しますので」
「いいえ。これはわたくしの好意ですから」
「好意には好意を返すものです」
「……確かに。
深いお言葉、ありがとうございます。華扇さま。
それでは」
礼儀正しく、折り目正しく一礼して、青娥は去っていった。
それを手を振って見送っていた華扇は、視線を、どこへとも知れぬ空の彼方へと向ける。
そして一言、つぶやいたのだった。
「……助かった」
――と。
真仙人だった頃のあの華扇ちゃんはもうおらんのやな…
華扇ちゃんはお金よりも、甘味禁止月間作った方が良いのでは......
華扇ちゃんも見習ったらどうでしょう?
↓
スイーツには勝てなかったよ…。