Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『夜明け迄、この夢、胡蝶の夢 #1』

2014/03/19 22:43:36
最終更新
サイズ
11.98KB
ページ数
1
 




 心の強さが何よりも肝心なのだと、物部布都は何度もそう彼女に語った。

 霊廟の重い石扉は、時間をかけて何遍も何遍も力を籠めなければ開かなかった。もちろん内から閉めるときも同じだけの体力を使う。再び扉が完全に閉じたことをきちんと確認してから、蘇我屠自古は持ち込んだ松明に火を灯した。息はもうすっかり上がっていて、両手は傷だらけだった。
 ここは外とは全く違う臭いに満ちている。濃厚な死がここには揺蕩(たゆた)っている。風に流され水へ溶けて地に染みて、常ならば消えていくはずの、死んだ人間の命がまるまる遺っている。霊廟の最奥に位置するこの小部屋には、風水に基づいた形式で棺がふたつ鎮座していた。そして屠自古の正面、入ってきた扉と向かい合ったところには、さらに奥の部屋へと進むための扉がある。その先にはもうひとつの棺があるはずだった。霊廟に備えられたみっつの棺のうち、この部屋のひとつと奥部屋のひとつはすでに埋まっている。

 布都の横たわる棺を覗き込む。屠自古の胸が弱々しく、けれど早鐘のように鳴った。布都が「死んで」からもうすぐ2年が経とうとしているのに、その身体は腐る気配を見せなかった。本当に、ただ眠っているだけのように見えた。

 尸解術を成すためには、心の強さが何よりも肝心なのだと、布都は屠自古に何度もそう言った。そして必ず、こう付け加えるのだった。お主には無理だ、と。

『我が物部の一族を裏切ると決めたとき、主は止めた。例え戦乱の火種だからとはいえ、血を分けた親きょうだいを見殺しにすることに、胸は痛まないのか。そう言ったな。それが主の弱さだ。情に流され昔日を捨て切れない、屠自古らしい答えだ。主の誇れる、我にはない強さだよ。しかし、だからこそ、我我に付き従って尸解などしてはならぬのだ。太子様が復活なされるのは、餓鬼の蔓延る世の末。人が人を喰らう地獄ぞ。主が篤すぎる情はきっと足枷となり、主を苛む。肝心なのは強き心なのだ。太子様のためにすべてを擲(なげう)つこと厭(いと)わぬ、鋼のように強い心が』

 布都の言葉に嘘はない。彼女は豊聡耳神子のため、本当に全てを捧げた。身も心も、自分の一族の命も、そしてついには自分自身の命さえも。ときに怜悧(れいり)な策士であり、またあるときには滑稽な道化でもあった布都の心は、屠自古にはもう遠すぎて分からなかった。

 厳重に封印を施された、奥への扉へと目をやる。そしてその向こうで布都と同じように「死んで」いるはずの神子を、屠自古は想う。
 物心ついたころから、3人はずっと一緒だった。好みも考えもそれぞれ違ったけれど、家柄に相応しくないお転婆ぶりは似通っていた。友というよりは、姉妹に近かったように思う。神子が一番上の姉で、自分が末娘だ。屠自古のわがままに布都が怒り、神子がその間を取り持つ。その関係が心地良かった。野山を泥だらけになって走り回ることがはばかられるような年齢になっても、少女たちの友誼は変わらず続いていた。

 ずっといつまでも、それが続けばいい。屠自古の願うことはただそれだけだった。政治や宗教の難しいことは分からないけれど、3人でずっといられれば、それで良かった。
 そして、ただそれだけのことを、布都は拒んだ。神子までもそれに同調した。2人は口を揃えて言うのだった。屠自古には無理だ、と。

 空いている自分の棺を覗き込む。そこに横たわる、自分の姿を想像する。背筋が震えた。それが喜悦によるものか、それとも恐怖によるものか、屠自古には判別ができなかった。
 最後の最後まで屠自古は2人に抵抗し、自分の尸解術のために棺と祭壇を準備することを認めさせた。みっともない駄々だと分かっていても、3人がずっと一緒にいられる方法はもうそれしか思いつかなかった。
 あとは、丹を飲んで棺に横たわるだけだ。この日のための薬金の服用を、屠自古はずっと続けてきたのだ。

 ふと、祭壇の壷が気になった。自分の魂を宿らせる、死を肩代わりするための依り代だ。棺の頭側にあるそれを、指先で撫でた。すると、堅い感触を跳ね返してくるはずのそれが、ぐにゃりとへこんだ。
 屠自古は驚愕とともに立ち上がる。霊廟と共に作らせた大事な壷が、なんと生焼けであった。何百年の後か分からない復活のときまで、これでは保つはずがない。神子の密命によって徴用されたのは、腕も身元も確かな職人たちだ。焼けていない壷を用意するなど、そんな失態はあり得ない。

 激情とともに屠自古は布都を睨む。こんなことができるのはこいつしかいなかった。屠自古の尸解を認めたように装って、ぎりぎりのところに罠を仕掛けていたのだ。この壷は、神子と布都の秘術が掛けられた無二の代物だ。2人がいない今、もはや代わりは他にない。
 布都の瞼が開いて、ぎょろりとこちらを見返した。いや、錯覚だ。そう見えただけだ。彼女は死んでいるのだから。それでも、布都の言いたいことは痛いほどに理解できてしまった。

『今ならば、まだ間に合う。主は引き返せ。人として生き、人として死ぬのだ。それが蘇我屠自古にとって、いちばんの幸せなのだから』

 息苦しいのは、風の巡らない小部屋にいるからだろうか。壁の杭に刺した松明はまだ燃え盛っていた。今ならまだ、引き返せる。あの重い石扉を開けて、朝が来る前に山を下りて家へと帰ればいい。そして薬金の服用も止めて、何食わぬ顔で生きていくのだ。そうすればいつしか毒も抜け、屠自古はただの娘へ戻る。それを考えると、少女の瞳から涙が溢れてきた。悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 どのくらいの間、そこで立ち尽くしていただろう。ふっ、と松明の炎が絶えた。再び訪れた漆黒の闇の中、屠自古が感じるものは心の臟が脈打つ音だけだった。丹砂のせいで弱りきった、小さい音をただ、聞いていた。
 己が胸は、何のために鳴っているのだろう。それに想いが至ったとき、屠自古の答えは決まった。

「やって、やんよ」

 彼女は懐に隠していた丹を口の中へ放り込み、僅かな唾液だけで何とか飲み下した。酷い味には慣れたつもりだったが、舌に残る苦味はこんなときに限っていつまでも消えなかった。
 棺の中へと、半ば倒れ込むようにして入る。意識が途絶えるまでの間、自分を圧し潰しそうな暗闇の中で、屠自古はずっと自分に言い聞かせていた。大丈夫だ。壷は壊れたりしない。少なくとも霊廟が造られてから今まで、壊れることはなかったのだから。自分もきっと、神子や布都とともに、尸解仙となって復活できる。そうして、いつまでも、3人で過ごすんだ。ずっと一緒に、生きていくんだ。

 やがて、霊廟からは一切の呼吸が消え失せた。蘇我屠自古は、部屋を満たす死の一部となった。
 そして千年あまりの時が流れた。生焼けの壷は、あっさりと溶け崩れてしまっていた。





     ◆     ◇     ◆





 陽の高いうちは暖かかった風も、街が真っ赤に染まるころにはすっかり冬の温度まで下がっていた。春はそこまで近づいているけれど、冬の方もまだ東京の覇権を明け渡すつもりはないようだった。大気圏という戦場で何千年も続いてきた、結末の分かりきった争いの痕跡は、大空に描かれる雲の形となって現れる。その青と白を見上げた花々が戦況に応じて蕾を膨らませ、そしてそれを見た私たちはきっとまた春の戦勝を知るのだろう。それを喜ばない人はいない。冬が嫌いな人はいても、春が嫌いな人など見たことがない。ビルディングばかりの東京には、春の勝利を教えてくれる草花は少ないけれど、それでも吹き抜ける風は街だけでなく皆の心をも暖めていく。

 そうやって明るい方へ移ろっていくはずの季節が、しかし今年だけは、不穏な空気に満たされていた。陽気に浮かれるはずの人々は、いま別の理由で浮き足立っていた。
 曰く、『じきに世界が終わるのだ』と。

「見えたぞ、あれだ」

 私の少し前を歩く那津が、東南の空を指さした。先頭を行く星さんもそちらを見上げる。私も2人に釣られて空を見たけれど、人間の目と妖怪の目では作りからして違うのか、一面の橙色の空からは何も見つけられなかった。

「今に桜子さんにも見えるようになりますよ。帚星の髭はずんずん伸びるんです。大きなやつだと、空の端から端まで髭が届くくらい」

 星さんは両の腕を大きく広げて見せた。那津は空を見上げたまま、深い深い溜息を吐いた。

「私も帚星なら何度も見たけどね。これほどまでに忌々しいと思ったことはないな。あれのせいで、私たちはこんな重労働を強いられている」
「まぁまぁ那津、そう言わずに」

 窘(たしな)める星さんには申し訳ないけれど、私も那津の言葉に内心同意する。
 私たちは重い荷物を背負って、白蓮寺へと戻る途中だった。運んでいるのは買い付けた自転車のゴムチューブである。星さんの伝手を辿って、問屋からありったけを卸してもらったのだ。手に入っただけでも幸運といえるかもしれない。何せ今、東京中の自転車屋からゴムチューブは姿を消している。買い占めているのは私たちだけではないのだ。

 那津が暮れなずむ空に見つけたのはハレー彗星だ。76年の周期で太陽を公転する彗星である。この春空に現れるそれは、大空をまたぐ大彗星となることが確実視されていた。
 通常の星の動きを無視して現れる帚星は、昔から凶兆として畏れられてきた。人々の恐怖が政変や革命として現実のものになった例も歴史上には散見される。けれど、天文学者たちが彗星の謎と仕組みを科学的に解明していくにつれ、得体の知れないものに対する不安は消えていった。そのはずだった。

 今回のハレー彗星の接近では、地球がハレー彗星の尾の中を通過するという。すると俄かに、こんな流言が人々の間に広まった。

―― 彗星の尾を地球が通過するとき、地上の空気が5分間、完全に消滅してしまうらしい。

 出所も知れないその噂は、瞬く間に日本全土を駆け巡った。人々は窒息の恐怖に脅え、空気を蓄えられるものを片端から買い漁った。自転車のゴムチューブもそのひとつである。手に入れやすく手頃な値段であるため、誰もが真っ先に飛びついたわけだ。

「まったく馬鹿馬鹿しい」

 那津の不平は止まらない。妖怪とはいえ自分は非力だからと言い張ったため、彼女が負う荷物は私よりも軽かった。

 私たちがゴムチューブを手配したのは、もちろん自分で使うためではない。チューブの値段が高騰してしまったせいで手に入れることのできなかった、貧しい人々に配るためだ。星さんも那津も、そして私だって、彗星が空気を奪い去るだなんていう根も葉もない噂を信じてはいない。

「でも、これで救われる人がいるのです。それならば力と手間を惜しむべきではない。聖がもしここにいたら、きっとそう仰るでしょう」
「それはそうだけどね、あの問屋ときたら随分足下を見たじゃないか。おかげでうちの家計は……あぁ、もう考えたくもない」

 太陽が沈みきってしまうと、夕焼けの赤は引き潮のように西へ消えていく。先ほど那津が指さしたあたりにはもう、藍色の夜が居座っている。今なら私にも見えるかもしれない。そう思って目を凝らしてみたけれど、今度は逆に光りだした星が多すぎて、どれが帚星なんだかまったく分からなかった。
 しばらく私は空と睨めっこを続けていたけれど、結局ハレー彗星は見つけらなかった。諦めたその頃にはもう、ふたりはとっくに先へと歩いて行ってしまっていた。

「世界の終わり、ねぇ」

 残された格好になった私は独りごちてみるものの、全く想像がつかない。形あるもの必ず終わりがあるのだろうけれど、この世の最後などという大仰なものは、私の頭では思い描けなかった。

 2人を追って歩き出す。この辺りはもう勝手の知れた道だ。白蓮寺で暮らし始めてそろそろ半年になろうとしている。妖怪騒ぎを解決することにもすっかり慣れてしまった。人間でない者は今や東京のそこかしこで息を潜めている。世界の滅亡などどこ吹く風、と彼らは異変を謳歌している。もはや東京は私の慣れ親しんだ街ではない。魑魅魍魎の跋扈する異界なのだ。

 だから、彼女を見つけたときも、それが人間でないことはすぐに分かった。

 その少女は、脇道の壁にもたれた格好で座り込んでいた。それも両脚を真っ直ぐ前に投げ出して、かなり行儀の悪い座り方である。その姿に、私が最初に連想したのは操り人形だった。彼女が両手をだらりと垂れ下げたまま空を見上げている姿は、打ち捨てられた人形のようにも見えたのだ。
 後に、その連想が間違っていなかったことを私は思い知るのだが。

「あんた、こんなところで何をしてるの?」

 私は思わず声をかけていた。ここは人の多く住む住宅地である。そんな中でぼうっとしている人外の者を見過ごすことはできなかった。近づいてみても、彼女は身動きひとつしない。大きな瞳は、瞬きすらせずに星を見つめていた。額に貼り付けられた、何やら複雑な印が刻まれた紙片だけが、冷たい風に吹かれて揺れていた。
 ひょっとして本当に人形なのか。あまりにも動かないのでそう私が考え始めたとき、少女の頭がぐるりと動いて私を見た。突然のことだったので、私は無様に一歩後ずさった。

「 ―― うたを、うたってる」

 少女の声は、ぼろぼろのヴァイオリンを無理矢理弾いたような音だった。

「よしかが、うたを、うたっているんだ」
「うた……?」

 私がその言葉の真意を計りかねていると、彼女は急に立ち上がった。手も脚も曲げることなく、まるで誰かに持ち上げられたような、不思議な動きだった。直立した彼女は、私よりも頭ひとつ分背が低い。私を真っ直ぐ見据えるその瞳は泥沼を思わせた。

「……何よ、私の顔に何か付いてる?」
「お前、巫女だな」

 ぶるり、とひとつ震えてしまったのは、闇とともに勢力を盛り返す冬風のせいだけではあるまい。なぜ分かったのだろう。私はまだ、博麗に「変身」してはいないのに。

「よしかには、巫女が必要なんだって。巫女がいれば、よしかの願いはきっと叶う」
「ヨシカ、それがあんたの名前なの?」

 その問いに、少女は答えない。ゆっくりと首を傾げながら、それでも淀んだ瞳は私を見つめ続けている。星の巡りのように顔は回っていき、やがて生きた人間には不可能な角度へ達した。ごきり、と何かが砕けるような音がした。

「じゃあ、またな。ごきげんよう」

 別れの挨拶とともに、彼女は目の前から消えた。高く跳び上がったのだ、と理解したときにはもう、少女の姿は屋根の向こうへ消えていた。取り残された私は、闇が辺りを覆い尽くすまで、しばし呆然としたまま動けなかった。

 それが、私と宮古芳香との出会いだった。
 世界の終わりなんて信じていなかった私は、そのときはまだ知る由もなかった。
 彼女が、本当に世界を救うだなんてことを。




 
投稿作のまとめリンクをブログの方に作りました。

http://urumeiwashi.blog49.fc2.com/blog-entry-61.html

2014/03/24追記 筆者体調不良のため、26(水)は休載させていただきます。
うるめ
http://urumeiwashi.blog49.fc2.com/blog-entry-61.html
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
二次でよく見るアホな面しかないのとは違って設定に近いこれはいい布都
2.名前が無い程度の能力削除
僵尸から始まる恋愛があるのなら、僵尸に救われる世界だってきっとあるさ・・・
箒星 世界終焉 巫女 夜明け
うん、さっぱり予想つかん
3.名前が無い程度の能力削除
毎回本当に楽しみにしてます