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ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『密室少女の悲愴 #2』

2014/01/15 22:23:57
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「ちょっと、この紅茶、薄過ぎるわ。取り替えて」
「またか!」

 パチュリーが突き出したカップに、那津の額の青筋はより一層険しくなった。

「これでもうダメ出しも3杯目だ、いい加減にしてくれ!」
「いい加減にしてほしいのはこっちよ。いつになったらまともな淹れ方を覚えてもらえるのかしら?」

 ベッドにて起こしていた身体を横たえつつ、小さな魔女はしっしっと手を振る。

「だいたい、紅茶の淹れ方の基本が書いてある本を貸したでしょう。ちゃんと読んでいるの?」
「あぁ、読んでるさ。まだうちのご主人様がね」
「あの人に渡したの、一昨日よ。まだ読み終わっていないなんて」
「ご主人様は一度本を読み出すと、一言一句全部を丸暗記するまで離さないんだよ! まったく、たかが紅茶のために300頁の専門書、それも英語の本だなんて」

 私としては、星さんが英語を読める方が意外だったけれど。そう言えば今朝方に星さんは「もうすぐ読み終わりますよ」と言っていたので、あれは一通り目を通し終わるという意味かと思っていた。洋書を暗唱できるほどの読み込みを3日で終わらせるとは、色んな意味で化け物である。

「『たかが』? 今あんた、『たかが紅茶』って言ったわね? いいかしら、そもそもティータイムっていうのは ―― 」
「はいはい、やめやめ」

 放っておくといつまでも続きそうだったので、私は2人の間に割って入った。

「具合はどうなの、パチュリー」
「だいぶ良くなったわ」

 枕へ頭を沈めて、彼女は瞼を閉じる。口さえ開かなければ、魔女だってただの幼子と変わりない。ぱっちりした目鼻立ちは日本人離れしており、大人しくしている限りは可愛いものだ。

「でもこの枕、匂いは何とかならないかしら。蕎麦殻だっけ、どうもこれは私、好きになれないのよね」

 ……そう、大人しくしていれば。
 彼女の口からは、二言目には文句が飛び出してくる。先程の紅茶の件だってそうだ。彼女を泊め始めてから3日間。喘息の発作が治まってからこっち、私たちはもうずっと振り回されっぱなしである。

「気に入らないのならいつでも出ていくといい。引き留めやしないさ。調子は良くなったんだろう。旅の邪魔をして悪かったな」
「もちろん、じきにそうするつもりだけど。……あ、ちょっと桜子、本を取って。表紙が緑色に金縁のやつを」

 自分の旅行鞄を指して、パチュリーはそう言った。彼女自身が入ってしまいそうなほどに大きな鞄だ。もっとも、その中身はほとんどが本だった。何度もこうして本を取り替えさせられているが、中を覗く度に違う本が入っているように思えるのは気のせいだろうか。

「ありがと。うん、迷惑ついでに、もうひとつ頼まれてほしいのだけど」

 手渡した本は、あの夜のようにひとりでにめくれていく。そして見開きいっぱいに魔法陣の描かれた頁が開かれると、模様をなぞるようにふわりと、昼間でも分かる光の粒(つぶ)が立ち昇った。

「あなたたちに手伝ってほしい。『ヴワル』へと至る道を開くのを」





     ◆     ◇     ◆





 パチュリーは両親を知らない。物心ついたときには、彼女は膨大な魔法書で構成された空間の中にいたのだという。彼女を育てて世話をしたのは、消えた両親が部屋の至るところに残していった無数の魔法たちだった。食事の世話から文字の読み書きの指導、はては服の着替えや洗濯まで、全て魔法がやってくれたというわけだ。

「え、それじゃあ」
「私の両親は、もうこの世にはいないのでしょうね。あそこまでしていったということは」

 彼女に伝えられた教えはただひとつ。『この部屋の全ての本を読み終えたとき、外に出ることができる』ということだけ。そしてそれを達成したのがおよそ1年ほど前のことなのだという。本から得た知識さえあれば、世界のどこででも魔女として生きていける。それがパチュリーの得た自負だったし、顔も知らぬ両親から引き継いだ才能だった。

「けれど、外に出た私を待っていた世界は、もう魔法なんて必要としていなかった。機械に科学に人間原理。私の声なんて、誰にも届きはしなかった」

 それならば、世界を変えればいい。魔法を必要とする誰かを探せばいいのだ。そう考えた彼女が目指すことにした世界。それが『ヴワル』なのだという。

「べ、別世界ってまた大げさな。この世以外の世界って何よ。あの世?」

 私は半信半疑だったが、那津は意外にも深く頷いていた。

「此岸(しがん)や彼岸の他にも、異世界というのはたくさんある。人間は自分たちの世界にしっかりと足を着ける道を選んで、今や他の世界の存在など忘れてしまったが……。我々のような人外にしてみれば、位相の違う世界間の往来は特別でも何でもない」

 急に話が胡散臭くなってきた。空を飛ぶ巫女になってしまった私に言えたことではないかもしれないが。

「賽子(さいころ)を想像して頂戴。いま私たちは一の目がある面に立っている」

 パチュリーが指を振ると、本に記された魔法陣の上に、本当に賽子が浮かび上がった。もちろん実物ではない。魔法光が空中に影を投げているのだ。

「あなたのような人間は、この賽子に他の目があることすら知らない。でもその事実を知る者ならば、適切な手段を踏むことで、自分が立っている面を二にも三にも四にも変えることができる」
「はぇ~」

 くるりくるりと賽子は回る。説明されてもよく分からなかったけれど、私はとりあえず曖昧な返事でパチュリーに先を促した。

「ヴワルはそういった異世界の一つ。遙か昔、大魔導士が創世した特殊な都市空間だと言われているわ。その特色は『ありとあらゆる本が収蔵された世界』であるということ」
「ありとあらゆる、本?」
「えぇ。門外不出の秘伝書だろうが、誰かの個人的な備忘録だろうが、ヴワルにはこの世に存在する全ての本があるそうよ。たとえ失われてしまった本であっても、その複製をヴワル自身が作成して自らへと収めるという」

 もはや夢物語だ。彼女が思い描いた空想の話をしているのではないか、なんて勘繰りたくなる。

「君の目的は、その世界にある『失われた本』というわけか」

 しかし那津は全く疑っていないようだ。それどころか、パチュリーの話に興味を持った様子である。

「で、手伝ってほしいというのは?」
「この東京に転移陣を展開するのよ。都市空間であるヴワルへの道を開くには、依代(よりしろ)となる都市が必要なの。それも十分に妖気の集まった街がね」
「なるほど、君が東京へ来た理由はそれか」

 魔法光が、今度は街並みを投影し始めた。どうやら東京の全域図のようだ。

「今や東京は、世界で最も幻想に近い都市よ。ヴワルを召還するのに、これ以上の条件はないわ」

 幻想都市、幻想京。あの日言われた言葉が頭の中に甦(よみがえ)る。見た目こそ変わらないものの、東京はもはや私が親しんだ街とは全く違う性質を持っている。
 本の上に浮かぶ東京が平べったく圧されて地図となり、5つの光が点(とも)った。

「巨大な正五芒星を描くように、5つの地点に術式を行使する。都市の幻想度に月の位置。この条件さえ満たされていれば、目指すヴワルはそう遠くない」

 那津は頷きながら、視線を少しだけ尖らせた。

「なるほど、君の話は分かった。しかし、魔法陣の設置なら君ひとりで十分じゃないか? 私たちに魔法の心得はないし、そもそも手伝うことができないよ」
「それは私がやるわ。現にもう術式は3つ設置済み。頼みたいのはボディーガードよ」

 ぱたんと本を閉じ、パチュリーは溜息を吐く。

「あとちょっと、ってところで厄介なのに絡まれてね。危険はうろついてる怪物くらいかと思ってたんだけど、妖怪退治屋も相手欲しさにここに集まってきているみたい」
「退治屋?」

 私は思わず聞き返していた。白蓮寺の3人の他にそんな存在がいるとは思わなかった。那津に視線で問いかけてみるけれど、彼女にとっても初耳らしい。

「何だか妙ちくりんなヤツだったわ。金髪の女で、あぁ桜子、あなたと同じくらいの年格好だった。たぶん日本の人じゃないでしょうけど……。とにかく、そいつがいきなり現れて、私を退治しようとしてきたわけ」

 何とか襲撃をかわしたものの、急な激しい運動が祟って喘息の発作を起こしてしまったそうだ。
 襲撃に脅えながらでは、まともに魔法陣の展開はできない。迅速に目的を達成するために、パチュリーは対抗戦力となりそうな私たちに目を付けたというわけだ。

 理屈はとりあえず理解した。理解はしたが、けれどこの生意気娘に良い様に使われるようで何だか癪だ。

「私の一存じゃ決められないから、星さんに聞きなさいよ。もっともあの人も忙しいから、きっとダメだって ―― 」
「その『本』というのは、たとえば巻物のようなものも含まれるのかい?」

 せっかく諦めさせようとしていたのに、那津が私の話を遮った。この鼠、我儘魔女の話を信じた上に協力するつもりか。

「そこまではちょっと……。まぁ、知識の収集がヴワルの存在意義なんでしょうし、準ずるものも含むのかも」
「ふむ」

 顎を抓(つま)みながら那津は少しの間だけ思案して。

「私たちもヴワルとやらに同行していいなら、協力しよう」
「交渉成立ね。よろしく」
「ちょ、ちょっとちょっと」
「何だい? ご主人様は私が説得するよ」
「本気で引き受ける気? デタラメな作り話かもしれないのに」
「魔女がそんな嘘を吐いてどうするって言うんだ、人間じゃあるまいし」

 肩を竦めながら、那津がこちらを振り返る。

「失われた書物が何でもある世界。そこに行けるのなら、是非とも回収しておきたいものがある」
「何よ」
「白蓮寺の経伝さ。寺が焼かれたとき、どれもこれも焼け落ちてしまったから、とっくに諦めていたんだけど」

 回収手段があるなら話は別だ。そう言う那津に、私は言い返すことができなかった。星さんと那津が東京に来る前の顛末は私も聞いている。酷い話だと思う。そう思うだけに、この話を持ち出されると抗弁し辛い。

「出発は明日にしましょう。あと一晩あれば体調は整いそうだから」

 本を私に差し出したパチュリーは無愛想に言った。自分の身体のことだというのに、どこか他人事のような口調だ。

「それと」
「まだ何か?」
「紅茶。さっき言ったでしょ、淹れ直してって」

 魔女がベッドサイドを指差す。窓辺に置かれたカップからは、もう湯気さえ立っていない。
 那津が嘆息しながらソーサーを持ち上げたとき、ドアが開いた。

「お待たせしました。本にあった通りに淹れてみたんですが」

 今までソーサーがあった場所に、星さんが満面の笑みで置いたのは。

「……何よ、これ」
「ですから紅茶を、本に書いてあった淹れ方で」
「そうじゃなくて、どうして湯呑みなのかって聞いてるのよ」

 香りからすると中身は紅茶なのだろう。しかしその液体が収まっているのは、カップではなく来客用の茶碗だった。どこだったか、名のある釜の逸品ではあるが。

 星さんは目を丸くする。パチュリーが何を怒っているのか分からないのだろう。

「ティーカップが見当たらなかったもので。まぁ良いじゃないですか、入れ物なんて何だって」
「良くはないでしょう。一体どこに湯呑みで紅茶を飲む馬鹿が……」
「まぁまぁ、とりあえず飲んでみてください」
「え、ちょっと、手渡さないでよ。熱っ! 熱いって!」

 抗議を受け流され、湯呑みを無理矢理持たされた魔女は、不承不承といった顔で紅茶を啜る。
 2秒後、堅く鋭かったその眦(まなじり)が緩む。ほうと息を吐いた後、まるで大切な宝物を掌に隠すように、湯呑みを持ち直して再び啜った。

「……悪くないわ」

 その言葉に星さんは微笑み、私と那津はやれやれと首を竦めたのであった。




 
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
パチュリーの子供っぽさがいい感じ。
続き頑張ってください。
2.名前が無い程度の能力削除
ロリパチュリーだ、いえー!
3.名前が無い程度の能力削除
毎回楽しみにしてます!
4.名前が無い程度の能力削除
ロリパチェひゃっほう!