「さて、とりあえずは散策から始めようかしら」
私は夜の地上に降り立った。
「………すごい……」
思わず、口から感想が漏れる。
幻想郷と全然違う。何から何まで違う。
地面から、建物から、何から何まで。
以前、何でも知ってた気になって、姉たちに外の世界についてべらべらと語った私。
それもほんの数秒で覆された。
外の世界は、夜なのに騒音で満ち溢れていた。
まるで、眠らない街。
「これが……人工の音?」
人々が賑わう雑踏。
見たことのない鉄の乗り物からする排気音。
壁に映像が映り、そこから音がする。
「なんて騒がしいの……」
ちょっと耳が痛くなってきたかな。
ギャップがありすぎるみたい。
「でも、こんなにたくさんの騒音があって。外の世界の音楽を聴いてみたいわ。」
でも、どこに行ったらいいのかしら……?
ちょっと怖くなる。
ポケットには、さっきゆかりさんにもらった薬が入っている。
帰りたくなれば、これを飲めばいい。
だから、大丈夫。
「よし、行くわよ!」
とりあえず、適当に道をぶらぶらしてみることにした。
今は何時かしら?
こんなに人がいるんだし、まだそう遅くはないと思うんだけど。
うう、それにしてもすごい人ね。
人の波に酔ってしまいそう………。
と。
街角から音の気配を感じる。
これは……うん、音楽だわ。
やっぱり騒霊だもん、音楽の気配を察知するのね。
人ごみに触れぬよう、上空を飛んでいく。
まもなく、気配の元である店までたどり着いた。
店の中から、振動が体に伝わるくらいの音が漏れている。
「どれどれ、ちょいと拝見しますか……」
店の中でまた、驚いた。
てっきり店の中では誰かが演奏しているのかと思った。
そうでなければ音楽を奏でることはできない。
それが常識だった。
「ここから音楽が……?」
音が出ているのは、私の身長くらいある大きな箱。
札には、『スピーカー』と書いてある。
「スピーカーって………聴衆のことね。どういうことかしら?」
その横には、さっきからぐるぐると回っている円盤がある。
薄っぺらくて、真っ黒な大きな円盤。
見てるうちに、なんとなく構造がわかった気がした。
「この円盤を引っ掻いて音を出しているのね。……不思議だわ。どうなっているのかしら……」
でも、私は気にしない。
前に誰かから聞いたことがある。
人間は、自分たちで使うものの構造をよく分からずに使っているんだと。
だから、本当に構造を理解した賢い人間はそれを開発したほんの一部の人間だと。
だから、私がわかんなくたっていいのよ。
「それにしても…………」
正直な話。
がっかりした。
はぁ、と息をつく。
もっと、私が聞いたことのないような音を期待していた。
外ではそういう音があるのに。
それを音楽にしようとは思わないのかしら?
スピーカーから聞こえる音楽は、聞いたことのある音色。
バイオリンとか。
トランペットとか。
ピアノとか。
太鼓とか。
歌まで付いているけど……。
この程度の歌なら、ミスティアちゃんの方がずっと上手い。
ものすごく声に波を持たせているのが気になったくらいだ。
「へぇ、演歌っていうのね………」
そのあとも、色々と見て回ったが。
「同じようなものしかないわ……」
形式が違うだけ。
使う楽器は同じようなもの。
ロックもあったり、ポップスもあったり。
でもそれは曲調の差。
「なんかこう、グッとくるものが欲しいわ……」
自分でもわからないけど。
下半身がモヤモヤするような、みぞおちもワクワクして、頭がクラクラするような?
…でも、やっぱりこんなものよね。
時代が変わっても、音楽に革命は怒らないのね……。
私は店を出て、夜の街をふらふらと彷徨う。
「はぁ、そろそろ帰ろうかしら………」
そんな諦めなムードが私を支配していた、その時である。
「……?この音は・・・」
街角から聞こえる、また違う音の気配。
私の体は、吸い寄せられるようにその音のもとへと赴く。
その店の看板にはこうあった」
「G…A…M…E…C…E…N…T…E…R…」
ゲームセンター。
と、そこにはそう書いてあった。
ゲームといえば、娯楽のことだ。
娯楽といえば、将棋や囲碁などのことだと思った。
…でも。
店の中から聞こえるそれは、とても囲碁や将棋の音とは思い難い。
いや、重要視すべきはそこじゃないわ。
「この音は……!」
好奇心に駆られて店に入ってみた。
私はそこで驚愕する。
ここに来てから驚きっぱなしだ。
ここで聞こえる音は、まさしく人工の音だった。
「すごい、波が一定……」
音には波があるけど、自然の音の波は常に不安定。
その不安定さが良いと思っていた。
でもこれは違う。
波形が一定。波の大きさも幅も。
こうした結果の音ももちろん異様だった。
「この音は自然界には存在しないわ……!」
人間が見つめる画面から、直接光が放たれており、それを平然と見つめ続ける人間。
私の目には激しく明滅しているように見えるが、人間は鈍感だからずっと光ってるように見えるのかしら。
でもそんなことよりも、音に感動した。
「………クラクラしてきちゃった」
激しい明滅の中にいるせいか、少し目眩がしてきた。
そろそろ出たほうがいいかな。
外に出ても、やはり騒音。
もうなんだか慣れてきちゃった。
誰か、この人口の音を音楽に取り入れようとする人間はいないのかしら……?
と、そこへ
「どうかしら?外の世界は」
空間が裂け、紫さんが出てきた。
「あっ、紫さん!本当に感動の連続で……」
「ほかにはなにか要望はあるかしら?」
えっ。
これで終わりじゃないの?
正直、これ以上は悪い気がするし……
「心配ないわ。貴方、もう当分拝むことができない外の世界にいるのよ?ここでやらなくてどうするのよ」
そう、か。
そうだね。紫さんの言うとおり。
また、気が変わらないうちの決めないと。
「さっきね、ゲームセンターという店で人工の音を聞いたの。誰かそれを音楽に取り入れる人はいないかが気になったんです」
私の意見に、紫さんはふむふむと頷く。
「そうねぇ……確かちょうど今頃、あなたが望むバンドが結成されてるのかしら…」
「本当ですか!?」
「でも、実行に移すのはもうちょっと後よ。ついてきなさい、もう少し先の時代に連れて行ってあげるわ」
「はい!」
もう少し先の時代。
そんなのアリ?
ちょっと信じられない。
私は時間旅行をしようとしてるのよ。
もう不安なんて感じないわ。目先にあるのは楽しみばかりなはずよ。
こうして私は、これから待っている出会いを胸に、時代を進んだ。