Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

供花

2014/01/06 10:37:13
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私が己の身を食らった話をしよう。

それが死であるにせよ、幾分それに近いとはいえ春の目覚めを担保された仮死であるにせよ、虫たちはみな思い思いの眠りについていて、私は独りだった。
生きている虫たちは翅を振り回し、足を摺り、蜜を啜り、草を食み、交尾をし、始終何がしかの音を熟れた空気の中に溶かし込んでいるが、眠ってしまえば静かなものだ。
……いや、少々他人行儀な言い方だったかもしれない。
かの虫たちはみな私の同胞であって、彼らの放つのを騒音のように言うのはおかしなことだ。
これは私の本心ではない。
ただ取り残された気持ちになった時には、いつかの賑やかな空気を思い出して拗ねた言葉が蒼褪めた唇の端から滴り落ちることもあることを、あなたはきっと分かってくれるだろう。
今は冬だ。冬なのだ。
だからどうか許して欲しい。

同胞たちが眠りについて、私がどうしてつかないのか。
雪の寒さに煮られて、地面のスープに成り果てることは私にとっても当然の成り行きのように思える。
春が私の肩を揺さぶる覚醒の時まで、私はもちろん微睡んでいよう。
臆病風に吹かれたというのなら、それは全くの誤解だ。謂われなき侮蔑だ。
私は己の身体の弱さも心の弱さも熟知しているつもりだが、これはそういった性格のものではない。
ああ、いかにも、私は何度も眠りにつこうとした。
樹の洞に、腐葉土の溜まり場に、草陰に、水辺に、地中に、私が寝床にしようと試みた幾つもの仮死がある。
泥酔が、磨耗が、倦怠が、私を導いてくれることを期待した。
いや、いや……推して知れ。
何もかもが愚かな戯れの累積だ。

私を取り残して同胞たちは次々に眠りに旅立った。
その頃には私もこれをすべて見ることが私の役割なのだと悟っていた。
地上から音が失われていった。
雪が湧き出し、遺骸を煮詰めた。
穴を通って土の中へ、洞を抜けて樹の中へ、それは隅々まで入り込んで煮尽くした。
私は足を雪に浸して歩いて回った。
疲労は脳髄の衰弱へと成り果て、私を休ませるようには一向に働かなかった。
私はただ破けた傘を差し、ふらつきながら彷徨う道化であった。

日が昇り、沈んだ。
その時になって私は初めて微睡んだ。
久方ぶりの眠りだった。
樹に身体を預けて、私は己の夢を見た。
それを待っていたかのように、死にゆく幾万もの虫たちの夢が明滅して私の方にやってくるのが見えた。
夜の森の中をあらゆる方向から夢の群れが照らし、私に注いだ。
私の夢は同胞たちの夢を受け入れた。
それはむしろ私の夢でもあったのだ。

いつしか私は目覚めた。
森からは音という音が消えていた。
……いや、違う。
最後の一匹が私に向かってふらふらと飛んできた。
衰耗の音が私の鼓膜を震わせた。
私が両膝をつくと、虫は私の目の前に降り立ち、雪でその身を煮た。
最後の羽音が森に吸い込まれて消えた。
私は両手で遺骸を掬い、口の中に入れた。

歯が翅を擦り、舌が肢を撫ぜた。
虫の夢が溶け出し、私の夢と混ざり合った。
虫の身体が唾液に溶けて、私の身体と混ざり合った。
しかし結局のところ、それは最初から私の身体であったのだ。

……ああ、そうだ、今は冬だ。
そして今や、すべての虫たちの夢が、私の胎の中で解き放たれるその時を待っている。
こんにちは。
古戦場マイク
コメント



1.絶望を司る程度の能力削除
寂しいですね…
2.電柱治削除
煮る、という表現が味を出してますね
3.名前が無い程度の能力削除
生き様を詠んだ詩というべきか、詩のような生き様というべきか