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ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『科学世紀の妖怪都市 #8』

2013/12/19 00:59:38
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『浅草に大巨人出現、ビルディングへ被害』
『謎の巨人は列強の新兵器か』

「……やはり、こうなりますよね」

 翌日の白蓮寺。星は独り呟いて、手元の新聞を机の上へと投げた。紙同士が擦れる乾いた音がした。東京の主要紙は、こぞって昨夜の騒ぎを一面に持ってきている。本来なら、妖怪騒動など荒唐無稽と断じられて三面にすら取り上げられない。しかし多数の証言や実際の破壊痕などが、事件に事実性を与えていた。

 妖怪の反逆。唐傘妖怪がそう言っていたことを星は思い返す。科学の全盛によって追いやられた妖怪たちの、これは復讐なのだと、小傘はそう啖呵を切っていた。その思考自体は星にも分からないことはない。彼らはそれほどまでに窮しているのだ。白蓮だって、今の妖怪たちの境遇を見ればきっと胸を痛めるだろう。

「でも何故、今この東京で?」

 漏れ出た呟きは、白い壁へ届く前に虚空へと溶けていく。

 妖怪は人間を襲い、その驚異とならなければ存在できない。不思議に対する人間の内なる恐怖こそが、妖怪の根元であるからだ。
 しかしその不思議も科学によって説明されてしまえば、人間はもう恐怖しない。そこに妖怪は生まれ得ない。

 帝都東京は科学都市である。住まう人々は皆、科学原理を信じて生きている。仮に騒動を起こしたとしても、それに何らかの説明 ―― 例えば先の新聞記事にあるような、列強の新兵器だとか ―― がついてしまえば、それは妖怪の手柄にはならない。
 ゆえにここは、そういった騒動を起こすのには最も向いていない場所のはずなのである。

 思案を止め、星は水差しの水で唇を湿らせた。いずれにせよ、これからは忙しくなりそうだった。妖怪騒ぎは、ひとつ起こればそこから連鎖が始まる。きっと東京の妖怪たちはこれに乗じて暴れ出すだろう。それに対処できるのは恐らく、この白蓮寺の二妖と ――

「あの」

 声に視線を上げると、宇佐見桜子がぴょこんと頭を下げるところだった。

「おはようございます。ぐっすり眠れましたか」
「えぇ、ありがとうございます……。あの、ところで」

 彼女の声はどこか歯切れが悪い。

「着物、なんですけど」
「あぁ。あなたの着ていたものなんですけれど、巫女服から女学生服にいつの間にか変わってまして。あの巫女装束は、恐らく霊的な力の込められた特別なものなのでしょう。あれがどこに行ったかまでは、私にはちょっと」
「そ、そちらではなくて、ですね」

 伏せ気味のその顔が、何故か赤い。
 風邪でも引いていなければいいが、と星は思った。

「下着、換わってて、あのその」
「あれは汗で随分酷いことになっていたので、今洗濯中ですよ。それは那津に買ってきてもらった新しいやつですので……あ」

 そこで星は思い当たる。桜子の顔が赤いのは、きっと照れているのだろう。年頃の娘が、自分の預かり知らぬ間に違う下着を着けていることに気づいたら、当然のことだ。

「あはは、心配ありませんよ。洗っているものはちゃんとお返ししますし、着替えさせたのは私ですし」

 だから星は良かれと思って、桜子にきちんと説明したのだが。
 その応えに桜子は顔を真っ赤にして、自らの身をかき抱き、か細い声で呟いた。

「あ、あなたが……? 私の、下着、を?」
「えぇ。あなたのような方を着替えさせることは、結構よくあるんですよ」

 妖怪退治をしていると、病人を看る機会もしばしばあるのである。

「女の子の下着を、よく着替えさせるんですか!?」
「女の子とは限りませんが……。あれ、どうされました?」

 星が一歩近寄ると、桜子は一歩後ずさる。

「涼しい顔して、とんでもない痴漢だわ……」
「ちか、っていや私は、え?」

 引き留めようと手を伸ばした星の顔面に、柔らかいものが投げ付けられた。椅子に備え付けてあった座布団だ。

「帰らせてもらいます! あと警察にも連絡を入れないと」
「け、警察!? どうしてですか」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさい!」

 思わず星は言われた通りに、略式の敬礼のようなポーズで考えた。何やら重大な誤解が生じているような気がする。

「えと、私、捕まるようなことは何も」
「まだ言うの? 常識的に考えれば分かることでしょう」
「そんなこと言われましても」
「あくまでもしらばくれるつもりね。これはますます通報しなきゃ」
「熱くなっているところ申し訳ないけどね。うちのご主人様をあまりいじめないでもらえるかな」
「そう、それにこれよ! 私よりちっちゃい娘に自分を『ご主人様』とか呼ばせてるなんて」
「いやこれには訳が……。あ、那津。お帰りなさい」

 桜子の剣幕にすっかり小さくなりながらも、星は戻ってきた那津を労(ねぎら)った。那津は頭に手を当ててひとつ溜息を吐く。

「桜子君、だっけ? 君もすっかり回復したようで何よりだよ。昨日の今日でこの喧しさとは、どうやら君の霊力は並ではないようだ」
「レイリョク……。いやそんなことよりも、あなたも一緒に警察行くわよ。どんな弱みを握られてるのか知らないけど、こんな変態野郎の傍にいることは」
「あぁ、君は多分、ひとつ勘違いをしているんだろうけども。まぁそれよりもだ」

 桜子の脇をすり抜けるようにして部屋に入った那津は、新聞紙の積み重なる机の上へ、さらにもう一紙を投げた。

「ちょっと様子を探ってみたけどね。二人に伝えておきたいことがある。桜子君には追加でもうひとつあるんだけど……。まずはとりあえず、その新聞を見てほしい」
「号外、ですか。個人発行のようですが……」

 一面の半分を占めた大きな写真が目を惹く新聞だった。裏面記事すらない、一枚片面刷りである。刊名は「文々。新聞」。星も聞いたことがない新聞だった。

 ブレの強い写真が写しているものと、その見出しの内容を理解して、星は息を呑む。
 横から新聞を覗き込んだ桜子が呟いた。

「これ、もしかして私? あとこっちは、あの唐傘……」

 一面の報道写真は、巫女と妖怪の空中戦を捉えている。そしてそれを飾り立てる見出しの文句がまた過激だった。

『帝都の怪奇騒動への唯一の希望、妖怪退治の巫女あらわる!』

―― 神無月××日深夜、浅草にて塵より成る巨人「塵塚怪王」がひと暴れし、ビルや路面に甚だしい損害を与えしめた。この事件は他紙も大きく報ずるところであるが、当新聞の敏腕記者はその直前、空中にて相対する不可思議な存在を写真へ収めることに成功していた。ここに写っているのは暴れる唐傘妖怪と、そして長らく日本でその姿を見ること叶わなかった、妖怪退治を生業とする巫女である。巫女は件の巨人をも成敗しようとしていた、との情報もあり、文々。新聞は継続して調査を行う所存だ。 ――

「わ、凄い。私、新聞なんて載ったの初めて」
「そうか、良かったな。普通なら喜ばしいことかもしれないが、今回ばかりは少しマズい」

 那津が記事本文のさらに先を指し示す。その箇所を読んだ星と桜子の目が点になった。

―― 当新聞の取材によれば巫女の正体は、東京大学にて教鞭を取る宇佐見教授の御令嬢、桜子氏である。 ――

「え、何で? どうして名前までバレてるの?」
「そこは分からない。だが今、君の家には東京中の新聞記者が押し掛けてる。この目で見てきたが、そりゃもう酷いものだった」
「そんな……」
「この新聞、今や東京中に貼り出されていてね。ネタに飢えてる記者連中にとっちゃ御馳走だったことだろう」

 那津は立てた指をちっちっと振った。

「だから忠告する。いま君が家に戻ることはお勧めしない。この事件、一筋縄ではいきそうにないからね」
「……でも私、他に行くところなんて」
「ここに暫くいるといい。うちのご主人様だって反対しないはずさ……そうだろう?」

 そこで初めて桜子は、自分が星の肩に手を置いて新聞を覗き込んでいたことに気が付いたらしい。随分と派手に後ずさりして、少女は憎むべき女の敵を指さした。

「嫌よ! どうしてこんな変態男と一つ屋根の下で……」
「あぁ。君へ追加で伝えたいこと、というか誤解を解いておきたい点はそこなんだけどね」

 那津は星の背中をぽんぽんと叩いた。毘沙門天代理は、今日一番の深刻な顔で落ち込んでいた。巨大妖怪を前にしていたときの威容など、欠片もない。
 どこかの誰かを小馬鹿にした微笑みで、鼠は言った。

「うちのご主人様は、女だ、これでも」





     ◆     ◆     ◆





 あまりにもあんまりな失態に、私は星さんにただただ平謝りした。彼女は私が頭を下げる度、「気にしてませんから」と気丈に繰り返したが、その表情はどう見ても気にしていた。あの後、那津に「私ってそんなに男っぽいんですか?」と尋ねていたのが聞こえてしまい、私の覚える気まずさはさらに強くなったのであった。

 那津が鼠に命じて家族への言伝を運んでくれるというので、私は事の次第を手紙に認(したた)めた。といっても、自分でも何が何だか分かっていない事態である。とりあえず、あの新聞記事は大体真実であること、そしてしばらく家には帰らないことを書いた。最初の内は不安なまま筆を走らせていたが、書き終える頃には私はむしろわくわくしていた。考えようによっては、気の進まないお見合いをうやむやにできたわけだ。少しくらい両親に心配をかけたって構いやしない。むしろ私にはそれくらいの復讐は許されるはずだ。心の内にちょっぴり芽生えた反抗心はそう言っていた。

 さらに一夜が明けて、私はひとり街へ出た。どうしても行っておきたい場所があったのだ。

「……あの新聞、本当にどこにでも貼ってあるわね」

 私と小傘の空中戦を捉えた文々。新聞は、もはやどっちを向いても視界に入るくらい至る所に掲示されていた。あの新聞は個人刊行だろう、というのが星さんと那津の共通見解だった。でもこれを一人で貼るというのは流石に無理じゃないだろうか。風のごとく東京中を飛び回らなければ不可能だ。

「ここね」

 目的地に着いた私は、手近な壁新聞の一枚を引っぺがす。そして重い扉を引いた。
 喫茶店『COIN』は、一昨日と何ら変わらない不思議な空間だった。唯一違う点を挙げるとすれば。

「いらっしゃい」

 あの翠色の店主が、最初からカウンターの中に立っていたことだ。

 自分の心音が耳障りなほど大きく響く。扉を開けて3秒、私は意を決してカウンター席へ向かった。そして店主の真向かいに座り、しっかと視線をぶつけ合わせる。

 初めはきょとんとしていた店主だったが、やがてふっと噴き出し、微笑んだ。

「まずは、おめでとうと言っておくわ。無事に生き延びられたことにね」
「無事って……」
「はい、ご褒美」

 ことりとカップが置かれる。中で漆黒の液体が揺蕩っている。
 口を付けることを躊躇していると、店主はついに破顔した。

「警戒されちゃってるのかしら? 大丈夫、普通の珈琲よ」
「あなたも、八雲紫も、人間じゃないわけね」

 私は前のめりになって彼女へ詰め寄った。相手のペースに乗るわけにはいかない。
 店主は紅玉色の視線を私から逸らさない。

「御名答」
「そしてきっとこの新聞を書いた奴も、そう」

 先程引っぺがした文々。新聞をカウンターに広げる。

「この私と小傘を撮った写真。撮影者は『私たちと同じ高度で』撮っている。空を飛ぶカメラマンでもいなきゃ無理な構図よ。というかそもそも、夕間暮れのあの時間帯、地上から私たちを見つけられる人間がいるとは思えない」
「成程ねぇ」

 人ならざる者たちが、こぞってこの事件を大きくしようとしている。私にはそのように思えてならなかった。

「八雲紫って、一体何者なの? というか、この新聞もそいつが書いたんじゃないの?」

 喪服の婦人のことを、きっと彼女は知っているはずだ。そして私の身に彼女が何をしたのかということも。それを聞きに、私はここへ来たのだ。

「……紫は」

 ちゃっかり自分の分まで珈琲を入れていた店主が、音を立てずに黒い液体を啜る。

「『幻想京計画』を推し進める者、それ以上でもそれ以下でもない。そしてその計画のために、博麗の巫女が必要だった。あなたは幸か不幸か、白羽の矢を立てられたというわけね」
「その『幻想京計画』って、一体何?」
「さぁ、私も詳しくは知らない。全貌を把握しているのは紫だけでしょうね。ただ、彼女はこう言っていたわ ―― 」

―― これは、史上最大の葬祭よ。

 葬祭。その言葉が私にはぴんと来なかった。そういえば、あの唐傘は「反逆だ」と言っていた。いずれにせよ、一昨日の一件で終わりではないことは間違いないだろう。あれはただの始まりに過ぎないのだ。

 喉がからからだった。珈琲で渇きを鎮める。すっとした苦味が、私の頭を少し覚めさせる。

「私に何をさせようっていうのか、全然分からないけど」

 もう既に、腹は括っていた。
 巻き込まれた立場だが、それでも意地というものがある。

「あんたたちの思い通りには、なってやらないから」
「それは心強いわ」

 白蓮寺は、妖怪騒ぎがまだまだ起こるだろうと踏んでいる。そしてそれを、あの二人は治めるつもりである。
 私はそれを手伝うことにした。しばらく厄介になるわけだから働かなければならないし、私にはともに戦える力がある。八雲紫が何のために私を博麗の巫女にしたのか知らないが、せっかく手に入れたものは有効に使いたかった。

 店主がカップをソーサーに置く。やっぱり音はしない。

「でもね、ひとつだけ言っておく。私は別に紫の仲間じゃない。むしろあいつがぎゃふんと言うところを見たいとすら思っているわ。だからあなたが私の敵でない限り、私はあなたの味方をしてあげる」

 それは向日葵のような、力強い笑顔だった。私はすっかり気圧されてしまい、その言葉の真意を測りかねた。カップに視線を落とす。黒い液面には何も映らない。

「風見幽香よ。ひとつよろしくね、宇佐見桜子さん」

 差し出された手を、思わず握り返してしまった。ひんやりとした掌がとても心地良かった。

 これ以上の情報はもう得られそうにない。私はそう踏んだ。奢りだという珈琲の代金を一応置いて、店を辞そうとしたところで、幽香が私を呼び止めた。

「せっかくだし、見て行ったらどう? コインの裏側」
「はぁ」

 言われた意味も分からぬまま、曖昧に頷いてしまう。

 するとその瞬間、店内の雰囲気が一変した。暖かみのある照明がどろりと濁り、辛うじて循環していた空気の流れが澱みだす。あちこちからぱちぱちと音がしている。壁が鳴っているのだ。空間が歪んでいき、喫茶店内のあちこちにゆらめく影が生じる。世界が、裏返っていく。

「コインのように、何事にも裏があるわ。この帝都にだってそう。人間が覆い隠して忘れようとしていた、裏側がね」

 異様な空気に圧されて、私は一歩後ずさった。背中が扉へと当たる。と思ったら、その扉が勢いよく開いた!

 途端に、私の両脇を沢山の者たちが駆け抜ける。形容し難い獣のような者。道具に手足が生えたような者。角の生えた小鬼、巨大な目玉、牙を剥く化け猫。無数の妖怪たちが、扉から外へと飛び出していった。
 私はその激流に抗えず、そのまま外へ押し出されて尻餅をつく。妖怪たちは、空も地面も壁も、我が物顔で跋扈していく。

 車の前に八つ脚の化生が飛び出すと、それに驚いた運転手がハンドルを切って車が横転した。
 窓硝子に張り付いた軟体妖怪を見て、ビルの中にいた女性が卒倒した。
 空を高速で飛び交う火の玉を、歩道から親子連れが呆然と見上げていた。
 巨大な舌を自在に操る妖怪に、舐められた通行人が逃げ惑っていた。

「きっとまたいらっしゃい、新米巫女さん」

 その声に我に返ると、喫茶店の扉が静かに閉まるところだった。バタンとわざとらしい音を立てて、扉はそれっきり沈黙してしまう。

 辺りはすっかり大混乱に陥っていた。何かが割れる音がそこここから聞こえてくる。カバンやステッキなどで妖怪に応戦する者もいるが、まるで歯が立っていない。

 私は立ち上がる。何をすべきかは、もう分かっていた。

 地を蹴ると、私の身体を暖かい春の風が包む。その風は桜色の光とともに、私を一度ほどいてから、すぐに再構成を行った。
 陰陽玉、紅白の巫女服、そして桜色のタイ。それらは素早く顕現して、私を全ての頸木から解き放つ。

「巫女だ! 新聞に出てた巫女だ!」

 誰かがそう叫んだころには、陰陽玉の最初の一撃で、私は手近な小鬼を昏倒させていた。
 妖怪と人間、無数の視線がこちらを向いた。時間の流れが、一瞬だけ止まる。

「あんたたち、まとめて退治してやる!」

 私の宣戦に、辺りの全ての妖怪たちが、狙いをこちらへと定めた。四方八方から次々と、純粋な悪が飛びかかってくる。
 認識時間が引き伸ばされ、周囲の全てがスロウモーになる。その中を陰陽玉が縦横無尽に跳ね回りながら、次々と妖怪を打ち倒していく。



 この瞬間から、世界有数の科学都市東京は、異界たる妖怪都市へと完全に変貌したのだ。




 
 
次回、第2章「密室少女の悲愴」は、来年1/8より連載開始予定です。
 
うるめ
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
もしかしてこの話は完全にパラレルワールドなお話なのかな。
「密室少女」一体何処の誰なんだ!
章立てたプロットが有り区切りがハッキリすると、読者も冗長を不安にせず安心して読めますね。まだまだ物語は黎明、どんな役者が物語に関与してくるか楽しみですね。掴みは成功しているのではないでしょうか。
2.名前が無い程度の能力削除
毎回コメントは出来ませんが楽しく読ませていただいてます。新年の更新も今から待ち遠しいです。良いお年を
3.名前が無い程度の能力削除
葬祭、ね。このお祭りで引っ張り出した、東京に残るすべての怪異を、いっぺんに忘れさせるということでしょうか。話が大掛かりになってきて、良い感じです。
4.名前が無い程度の能力削除
毎週楽しみにしてます