「茨華仙さま、実は少々、お話が」
「言わずともわかりました。サンタクロースのお手伝いですね?」
「さすがは茨華仙さま。その洞察力と聡明な判断力、感服いたします」
こいつ私のこと馬鹿にしてんじゃなかろうか、と茨華仙こと茨木華扇ちゃんは思った。
自分の前に立っている女――どこからどう見ても赤と白のおめでたいもこふわ冬の衣装を身にまとう邪仙、霍青娥を見て、『サンタクロース』以上のものを想像するものなど……いやまぁ、いないとは言わないが、ほぼいないだろう。
「もうそろそろ、サンタさんの季節でございます。
わたくし、このたび、道教の布教も兼ねまして、とある恵まれない子供たちを引き取り、育てている孤児院の方とお知り合いになりまして」
「そのような施設があったのですか」
「いかな理想郷、いかな平等とはいえ、厳然たる上下は存在します。
身分しかり金銭しかり。
そうしたものを調整することが出来るのは、文字通りの神様のみでしょう」
それは皮肉か、はたまた本心か。
ともあれ、華扇は『まぁ、話だけでも』と、青娥に椅子を勧める。
青娥は、『よいしょ』と背中に背負ったでっけぇ袋を床の上に置いて、ふぅ、と息をついた。
「申し訳ございません。実はこの中身、結構重たいもので」
「何を持って来たのですか?」
「お洋服やおもちゃ、お菓子、それから孤児院の運営に必要な金品などなど。色々です」
「貴女、意外と裕福ですね」
「あら、そうでもありません。
お洋服やおもちゃ、お菓子などは手作りですし、金品などはちょっとした錬金術で生み出しましたから」
「……仙人ってそういうことできましたっけ?」
「『仙人が作った御守』なんて、霊験あらたかで、よく売れると思いませんか?」
なるほど、と華扇はうなずいた。
相変わらず、生活力の高い女である。
「お手伝いを願いたいのですが」
「それについては問題ありません。わかりました」
「さすが茨華仙さま」
にっこり微笑んだ青娥は、『衣装はどちらに致しましょう』と服を取り出した。
まず一つが、セパレートタイプのツーピースサンタクロースコスチューム。
へそ出し、ノースリーブ、超ミニスカ、やたら胸元開いてるなどなど。華扇は即座に、それを受け取ってゴミ箱に放り込んだ。
次に取り出されたのは、サンタクロースのお供、トナカイの着ぐるみである。
華扇はそれを受け取ると、「じゃあ、これで」と言った。
ちなみに、以前、彼女がハロウィンの際に身に着けた、でっかいかぼちゃの着ぐるみこと『かぼちゃん』は子供たちに大人気であり、『かぼちゃん、かぼちゃん!』と彼らは大喜びしたものである。
「それでは参りましょう」
今回は色んな意味で、物事がスムーズに進む。
その展開に、何となく違和感を感じつつも、『まぁ、それならそれでいいかな』と大局に流される華扇ちゃんであった。
「わははははは! この孤児院は、我ら悪の組織ミョーレンGが乗っ取った!
さあ、子供たち! 今年一年の行いを御仏の前に述べ、さらけ出し、一年の反省をすると共に未来明るい次の年の目標と誓いを立てましょう!」
――やっぱり物事ストレートに終わるわけなかった。
華扇が青娥に連れられて行った孤児院には、やたら露出度の高い黒の衣装(法衣をイメージして作ったらしい)を身にまとうお寺の住職さん、聖白蓮がノリノリで悪の組織の首領をやっていた。
「はーい!」
「ねえねえ、これでいいの?」
「あ、これはね、こうじゃなくて……そうそう! 字がお上手ねぇ」
「ミョーレンGのお姉ちゃん、僕も書けたー!」
何かものすごい人気である。
ちなみにその場にいるのは、聖白蓮と、そのお手伝い役として、こういうことにゃノリノリで参加する村紗水蜜と封獣ぬえ。さらに奥の方では、『みんなでお歌を歌いましょう』と雲居一輪がピアノを弾き、リード役として幽谷響子が子供たちに囲まれている。
「あら、青娥さん。こんにちは」
「ごきげんよう。
皆さん、とても楽しそうですわね」
「はい。
実は先日、青娥さんがいらした後に、命蓮寺の方々がいらっしゃってくれまして。
こんなに楽しい催しごとを開いてもらえて、とても感謝しております」
悪の組織っつー設定はどこ行ったのか知らないが、ともあれ、ミョーレンGは子供たちに受け入れられて大人気であった。
そうこうしていると、『がおー! 悪い子は食べちゃうぞー!』と虎の着ぐるみ着た寅丸星が現れ、悲鳴を上げて逃げ惑う子供たちを追いかけている。
孤児院の院長先生曰く、『虎さんに頭をかんでもらうと、来年は無病息災で過ごせるんです』と話していた。
それって虎じゃなくて獅子舞だろ、と華扇ちゃんは内心でツッコミを入れる。
「あ、こけた」
そしてやっぱり、ドジっ虎星ちゃんがずでんとすっ転び、その裏方として黒子の衣装を纏っていたナズーリンがそそくさと、彼女を引っ張って立ち上がらせている。
「わーん! おばあちゃん、怖いー!」
「おばあちゃん、おばあちゃーん!」
「ほっほっほ。
大丈夫じゃよ。あの虎さんはの、ほれ、悪い子にしか襲い掛からないんじゃ。
お前たちはいい子じゃろう? 大丈夫、大丈夫」
そしてやっぱり、こういう場では子供たちに大人気のおばあちゃん、二ッ岩マミゾウが怯える子供たちを優しく慰めている。
何かもう、色々カオスであった。
「こちら、クリスマスのプレゼントでございます。
季節に似合わぬ俗なものもございますが、孤児院の運営には必要と思いまして。ご了承ください」
「いえいえ。
いつもいつも、本当にありがとうございます。
いや、上白沢先生から青娥さんのことをお伺いした時は、『まさか、そのような高名な仙人さまが』と職員一同、驚き緊張したものですが、このように子供たちに親しいお方だとは。
本当に、感謝しております。ありがとうございます」
院長先生は、年齢なら70歳くらいの優しい印象を漂わせるおばあちゃんであった。
彼女は青娥から受け取った俗なもの――熨斗袋にやまと入れられた金銭に、何度も何度も青娥に向かって頭を下げている。
青娥は、見なくてもわかるくらい、この施設に受け入れられているようである。
『そこまでだ、悪党ども!』
いきなり、その場に朗々とした声が響き渡る。
『罪なき子供たちへの狼藉、見過ごすことは出来ぬ!』
その声の直後、
「正義の味方、ハーミットレッド参上!」
がらっ、と窓を開けてハーミットレッドこと豊聡耳神子が現れた。
すっげーかっこ悪い。
が、子供たちは『ハーミットレッドだー!』と大喜びであった。
「ふぎゅっ」
左手から悲鳴がした。
振り向くと、全身真っ黒になった少女が暖炉の中から這い出してくるのが見える。どうやら着地に失敗したらしい。
「げほっ、げほっ!
――ハーミットシルバー参上!」
一応、かっこ悪い登場をごまかすためなのか、びしっとハーミットシルバーこと物部布都がポーズを決めた。
ただし、今の彼女はハーミットブラックであった。
「だー、もー! ちょっと動かないでよ!」
奥の方から孤児院の職員の女性に手ぬぐい借りて、ハーミットグリーンこと蘇我屠自古がやってくる。
それでぐりぐり顔を拭かれて、『う~』とむずがるハーミットシルバー。
そしてこの時、青娥たちの後ろの入り口から、「青娥、言われたものを持って来たぞ!」と宮古芳香がお手伝いにやってくる。彼女は、青娥と同じように大きな袋を抱えており、それの口を開くと、たくさんのプレゼントが溢れ出す。
「現れたな、ハーミットレンジャー!
しかし、この孤児院はすでに我々、ミョーレンGのもの!
クリスマスなどという異国の祭りに興ずることなく、真に仏を信仰するもの達の家となったのだー!」
わはははは、と笑う聖白蓮。すっげーノリノリだった。
何かものすごい楽しそうな彼女に触発されたのか、村紗とぬえ(多分、手下役)が『いくぞー!』とハーミットレンジャーに向かっていく。
「子供たちの楽しみ、サンタさんからのプレゼントをなくしてしまおうとするお前達の悪事は許さない!
覚悟しろー!」
と、孤児院内にて始まる『ハーミットレンジャーVSミョーレンG~クリスマスを取り戻せ!~』のステージ。
子供たちは、皆、楽しそうに『ハーミットレンジャーがんばれー!』『ミョーレンGをやっつけろー!』と声を上げている。
ちなみに、サンタクロースの衣装をまとう青娥に気付いた子供たちは、「サンタさんだ!」「サンタさん、プレゼントちょうだい!」と目をきらきら輝かせて青娥に駆け寄り、華扇の元には『トナカイさん、トナカイさん!』と、やっぱり笑顔の子供たちが集まってくる。
「……何これ私は何をどうしたらいいの……」
楽しそうに笑い、はしゃぐ子供たちを眺めながら、一人、ぽつりとつぶやく華扇ちゃんであった。
「本日はありがとうございました」
笑顔の院長先生と孤児院の職員に見送られ、ハーミットレンジャーとミョーレンG一同が孤児院を去っていく。
ちなみに劇の最後は、そこに現れる第三の敵、『インチョーセンセー』を倒すためにハーミットレンジャーとミョーレンGが互いに手を取り、『うわーやられたー』と『インチョーセンセー』が倒れると言う展開であった。
なお、『インチョーセンセー』を演じる院長先生は、御年75歳であるということであった。にも拘わらず、聖白蓮すら『くっ……! 手ごわい……!』とリアルに苦戦させる薙刀術の使い手であったことを追記しておこう。
「本日はご協力いただき、ありがとうございました」
「いえいえ。
いきなりお話が来た時は、何事かと驚きましたが。
このようなご依頼であれば、いつでもお受けいたします。こちらこそ、ありがとうございました」
青娥がぺこぺこ白蓮に頭を下げ、白蓮も、『子供たちが笑顔になってよかったです』と、また青娥にぺこぺこ頭を下げている。
「さて、そろそろ帰りましょうか。青娥さん」
「はい、そうですわね。
本日はありがとうございました、華扇さま」
「何かもう……面倒なことにつき合わせてすいませんでした……」
「ああ……いえ……」
屠自古に肩を叩いて慰めてもらって、色々、内心は複雑な華扇ちゃんであった。
笑顔の青娥。笑顔の命蓮寺と廟の一行。
そして、何よりも、子供たちのあの笑顔。
総合すると、『何かもうわけわかんないけどきれいに収まったし、子供たちは楽しそうだったからいいや』ということになってしまう、そんな一日の出来事であった。
「しかし、子供たちは嬉しかったでしょうね。
こんな風に楽しませてくれる人たちが来てくれて」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「彼らに、本物のサンタクロースが来てくれるのが、何よりも幸せなのでしょうけど」
トナカイの着ぐるみが空を向く。
傍目に見るとすげぇ滑稽だが、その中身の人の視線は、どこか寂しそうだった。
サンタクロース。
その正体など、言わずともわかっている。
あの子供たちには――、
「そうですね。本当のクリスマスには、あの子達は、もっと大喜びするでしょう」
「え?」
「あら、ご存じないのですか? 華扇さま。
サンタクロースご本人って、幻想郷にもいらっしゃるんですよ」
「ええっ!?」
――何ともはや、意外な事実であった。
青娥はころころと笑いながら、「華扇さまでもご存じないことがあったのですね」と、割と本気で驚いているようだった。
「先日、妖怪の山の一角に、小さな小屋を見つけたんです。
伺ってみますと、中にはサンタクロースさんが」
白いひげ、恰幅のいい体格、優しい笑顔。そして何より、紅白のおめでたい衣装。
それを身にまとう老人が、青娥を見て、『おや、こんなところに何の用かね?』と尋ねてきたのだと言う。
「お話を伺いますと、サンタクロースさんは、世界中、あちこちにいらっしゃるとのことで。
この幻想郷にも、この時期だけ、結界を越えてやってきているそうです」
「……そんな事実が」
「サンタクロースさんは仰っておられました。
『サンタというのは、子供たち、みんなの心の中に、いつまでもいるんだよ』と。
それが親御さんであれば、子供たちのサンタクロースは、彼らの父親、母親ということになります。
しかし、中にはそれがかなわぬ子供たちもいるでしょう。
そうした子供たちに、『わしは、彼らの本物のサンタさんにはなれぬが、子供たちのサンタさんとしてプレゼントを届けておるのだよ』と仰っておられました」
そこでちらりと、青娥は後ろを見る。
後ろ――布都が、『そろそろサンタさんの季節ですね! 太子さま! 靴下を用意しましょう!』と笑顔に顔を輝かせている。
どうやら、彼女もサンタクロースを『信じている』子供のようだ。
「もちろん、よい子も悪い子も、裕福な子もそうでない子も、わけ隔てなく、全ての子供たちに対して、彼らはプレゼントを配って歩いているそうです。
『幻想郷も、そろそろこのシーズンじゃからのぅ。今から準備で大忙しじゃよ』と、サンタクロースさんは笑っておられました」
青娥はそう言って、『本日はありがとうございました』と華扇に頭を下げ、神子たちを連れて去っていく。
それを見送ってから、華扇はやれやれと肩をすくめた。
「それなら、こんな大騒ぎ、する必要なかったんじゃないの? 全くもう」
そんな彼女の見上げる空は、いつも通りの星空で。
――どこか遠くから、『しゃんしゃんしゃん』という鈴の音が聞こえたような気がするのだが。
それはきっと、気のせいだろうと、苦笑するのだった。
「言わずともわかりました。サンタクロースのお手伝いですね?」
「さすがは茨華仙さま。その洞察力と聡明な判断力、感服いたします」
こいつ私のこと馬鹿にしてんじゃなかろうか、と茨華仙こと茨木華扇ちゃんは思った。
自分の前に立っている女――どこからどう見ても赤と白のおめでたいもこふわ冬の衣装を身にまとう邪仙、霍青娥を見て、『サンタクロース』以上のものを想像するものなど……いやまぁ、いないとは言わないが、ほぼいないだろう。
「もうそろそろ、サンタさんの季節でございます。
わたくし、このたび、道教の布教も兼ねまして、とある恵まれない子供たちを引き取り、育てている孤児院の方とお知り合いになりまして」
「そのような施設があったのですか」
「いかな理想郷、いかな平等とはいえ、厳然たる上下は存在します。
身分しかり金銭しかり。
そうしたものを調整することが出来るのは、文字通りの神様のみでしょう」
それは皮肉か、はたまた本心か。
ともあれ、華扇は『まぁ、話だけでも』と、青娥に椅子を勧める。
青娥は、『よいしょ』と背中に背負ったでっけぇ袋を床の上に置いて、ふぅ、と息をついた。
「申し訳ございません。実はこの中身、結構重たいもので」
「何を持って来たのですか?」
「お洋服やおもちゃ、お菓子、それから孤児院の運営に必要な金品などなど。色々です」
「貴女、意外と裕福ですね」
「あら、そうでもありません。
お洋服やおもちゃ、お菓子などは手作りですし、金品などはちょっとした錬金術で生み出しましたから」
「……仙人ってそういうことできましたっけ?」
「『仙人が作った御守』なんて、霊験あらたかで、よく売れると思いませんか?」
なるほど、と華扇はうなずいた。
相変わらず、生活力の高い女である。
「お手伝いを願いたいのですが」
「それについては問題ありません。わかりました」
「さすが茨華仙さま」
にっこり微笑んだ青娥は、『衣装はどちらに致しましょう』と服を取り出した。
まず一つが、セパレートタイプのツーピースサンタクロースコスチューム。
へそ出し、ノースリーブ、超ミニスカ、やたら胸元開いてるなどなど。華扇は即座に、それを受け取ってゴミ箱に放り込んだ。
次に取り出されたのは、サンタクロースのお供、トナカイの着ぐるみである。
華扇はそれを受け取ると、「じゃあ、これで」と言った。
ちなみに、以前、彼女がハロウィンの際に身に着けた、でっかいかぼちゃの着ぐるみこと『かぼちゃん』は子供たちに大人気であり、『かぼちゃん、かぼちゃん!』と彼らは大喜びしたものである。
「それでは参りましょう」
今回は色んな意味で、物事がスムーズに進む。
その展開に、何となく違和感を感じつつも、『まぁ、それならそれでいいかな』と大局に流される華扇ちゃんであった。
「わははははは! この孤児院は、我ら悪の組織ミョーレンGが乗っ取った!
さあ、子供たち! 今年一年の行いを御仏の前に述べ、さらけ出し、一年の反省をすると共に未来明るい次の年の目標と誓いを立てましょう!」
――やっぱり物事ストレートに終わるわけなかった。
華扇が青娥に連れられて行った孤児院には、やたら露出度の高い黒の衣装(法衣をイメージして作ったらしい)を身にまとうお寺の住職さん、聖白蓮がノリノリで悪の組織の首領をやっていた。
「はーい!」
「ねえねえ、これでいいの?」
「あ、これはね、こうじゃなくて……そうそう! 字がお上手ねぇ」
「ミョーレンGのお姉ちゃん、僕も書けたー!」
何かものすごい人気である。
ちなみにその場にいるのは、聖白蓮と、そのお手伝い役として、こういうことにゃノリノリで参加する村紗水蜜と封獣ぬえ。さらに奥の方では、『みんなでお歌を歌いましょう』と雲居一輪がピアノを弾き、リード役として幽谷響子が子供たちに囲まれている。
「あら、青娥さん。こんにちは」
「ごきげんよう。
皆さん、とても楽しそうですわね」
「はい。
実は先日、青娥さんがいらした後に、命蓮寺の方々がいらっしゃってくれまして。
こんなに楽しい催しごとを開いてもらえて、とても感謝しております」
悪の組織っつー設定はどこ行ったのか知らないが、ともあれ、ミョーレンGは子供たちに受け入れられて大人気であった。
そうこうしていると、『がおー! 悪い子は食べちゃうぞー!』と虎の着ぐるみ着た寅丸星が現れ、悲鳴を上げて逃げ惑う子供たちを追いかけている。
孤児院の院長先生曰く、『虎さんに頭をかんでもらうと、来年は無病息災で過ごせるんです』と話していた。
それって虎じゃなくて獅子舞だろ、と華扇ちゃんは内心でツッコミを入れる。
「あ、こけた」
そしてやっぱり、ドジっ虎星ちゃんがずでんとすっ転び、その裏方として黒子の衣装を纏っていたナズーリンがそそくさと、彼女を引っ張って立ち上がらせている。
「わーん! おばあちゃん、怖いー!」
「おばあちゃん、おばあちゃーん!」
「ほっほっほ。
大丈夫じゃよ。あの虎さんはの、ほれ、悪い子にしか襲い掛からないんじゃ。
お前たちはいい子じゃろう? 大丈夫、大丈夫」
そしてやっぱり、こういう場では子供たちに大人気のおばあちゃん、二ッ岩マミゾウが怯える子供たちを優しく慰めている。
何かもう、色々カオスであった。
「こちら、クリスマスのプレゼントでございます。
季節に似合わぬ俗なものもございますが、孤児院の運営には必要と思いまして。ご了承ください」
「いえいえ。
いつもいつも、本当にありがとうございます。
いや、上白沢先生から青娥さんのことをお伺いした時は、『まさか、そのような高名な仙人さまが』と職員一同、驚き緊張したものですが、このように子供たちに親しいお方だとは。
本当に、感謝しております。ありがとうございます」
院長先生は、年齢なら70歳くらいの優しい印象を漂わせるおばあちゃんであった。
彼女は青娥から受け取った俗なもの――熨斗袋にやまと入れられた金銭に、何度も何度も青娥に向かって頭を下げている。
青娥は、見なくてもわかるくらい、この施設に受け入れられているようである。
『そこまでだ、悪党ども!』
いきなり、その場に朗々とした声が響き渡る。
『罪なき子供たちへの狼藉、見過ごすことは出来ぬ!』
その声の直後、
「正義の味方、ハーミットレッド参上!」
がらっ、と窓を開けてハーミットレッドこと豊聡耳神子が現れた。
すっげーかっこ悪い。
が、子供たちは『ハーミットレッドだー!』と大喜びであった。
「ふぎゅっ」
左手から悲鳴がした。
振り向くと、全身真っ黒になった少女が暖炉の中から這い出してくるのが見える。どうやら着地に失敗したらしい。
「げほっ、げほっ!
――ハーミットシルバー参上!」
一応、かっこ悪い登場をごまかすためなのか、びしっとハーミットシルバーこと物部布都がポーズを決めた。
ただし、今の彼女はハーミットブラックであった。
「だー、もー! ちょっと動かないでよ!」
奥の方から孤児院の職員の女性に手ぬぐい借りて、ハーミットグリーンこと蘇我屠自古がやってくる。
それでぐりぐり顔を拭かれて、『う~』とむずがるハーミットシルバー。
そしてこの時、青娥たちの後ろの入り口から、「青娥、言われたものを持って来たぞ!」と宮古芳香がお手伝いにやってくる。彼女は、青娥と同じように大きな袋を抱えており、それの口を開くと、たくさんのプレゼントが溢れ出す。
「現れたな、ハーミットレンジャー!
しかし、この孤児院はすでに我々、ミョーレンGのもの!
クリスマスなどという異国の祭りに興ずることなく、真に仏を信仰するもの達の家となったのだー!」
わはははは、と笑う聖白蓮。すっげーノリノリだった。
何かものすごい楽しそうな彼女に触発されたのか、村紗とぬえ(多分、手下役)が『いくぞー!』とハーミットレンジャーに向かっていく。
「子供たちの楽しみ、サンタさんからのプレゼントをなくしてしまおうとするお前達の悪事は許さない!
覚悟しろー!」
と、孤児院内にて始まる『ハーミットレンジャーVSミョーレンG~クリスマスを取り戻せ!~』のステージ。
子供たちは、皆、楽しそうに『ハーミットレンジャーがんばれー!』『ミョーレンGをやっつけろー!』と声を上げている。
ちなみに、サンタクロースの衣装をまとう青娥に気付いた子供たちは、「サンタさんだ!」「サンタさん、プレゼントちょうだい!」と目をきらきら輝かせて青娥に駆け寄り、華扇の元には『トナカイさん、トナカイさん!』と、やっぱり笑顔の子供たちが集まってくる。
「……何これ私は何をどうしたらいいの……」
楽しそうに笑い、はしゃぐ子供たちを眺めながら、一人、ぽつりとつぶやく華扇ちゃんであった。
「本日はありがとうございました」
笑顔の院長先生と孤児院の職員に見送られ、ハーミットレンジャーとミョーレンG一同が孤児院を去っていく。
ちなみに劇の最後は、そこに現れる第三の敵、『インチョーセンセー』を倒すためにハーミットレンジャーとミョーレンGが互いに手を取り、『うわーやられたー』と『インチョーセンセー』が倒れると言う展開であった。
なお、『インチョーセンセー』を演じる院長先生は、御年75歳であるということであった。にも拘わらず、聖白蓮すら『くっ……! 手ごわい……!』とリアルに苦戦させる薙刀術の使い手であったことを追記しておこう。
「本日はご協力いただき、ありがとうございました」
「いえいえ。
いきなりお話が来た時は、何事かと驚きましたが。
このようなご依頼であれば、いつでもお受けいたします。こちらこそ、ありがとうございました」
青娥がぺこぺこ白蓮に頭を下げ、白蓮も、『子供たちが笑顔になってよかったです』と、また青娥にぺこぺこ頭を下げている。
「さて、そろそろ帰りましょうか。青娥さん」
「はい、そうですわね。
本日はありがとうございました、華扇さま」
「何かもう……面倒なことにつき合わせてすいませんでした……」
「ああ……いえ……」
屠自古に肩を叩いて慰めてもらって、色々、内心は複雑な華扇ちゃんであった。
笑顔の青娥。笑顔の命蓮寺と廟の一行。
そして、何よりも、子供たちのあの笑顔。
総合すると、『何かもうわけわかんないけどきれいに収まったし、子供たちは楽しそうだったからいいや』ということになってしまう、そんな一日の出来事であった。
「しかし、子供たちは嬉しかったでしょうね。
こんな風に楽しませてくれる人たちが来てくれて」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「彼らに、本物のサンタクロースが来てくれるのが、何よりも幸せなのでしょうけど」
トナカイの着ぐるみが空を向く。
傍目に見るとすげぇ滑稽だが、その中身の人の視線は、どこか寂しそうだった。
サンタクロース。
その正体など、言わずともわかっている。
あの子供たちには――、
「そうですね。本当のクリスマスには、あの子達は、もっと大喜びするでしょう」
「え?」
「あら、ご存じないのですか? 華扇さま。
サンタクロースご本人って、幻想郷にもいらっしゃるんですよ」
「ええっ!?」
――何ともはや、意外な事実であった。
青娥はころころと笑いながら、「華扇さまでもご存じないことがあったのですね」と、割と本気で驚いているようだった。
「先日、妖怪の山の一角に、小さな小屋を見つけたんです。
伺ってみますと、中にはサンタクロースさんが」
白いひげ、恰幅のいい体格、優しい笑顔。そして何より、紅白のおめでたい衣装。
それを身にまとう老人が、青娥を見て、『おや、こんなところに何の用かね?』と尋ねてきたのだと言う。
「お話を伺いますと、サンタクロースさんは、世界中、あちこちにいらっしゃるとのことで。
この幻想郷にも、この時期だけ、結界を越えてやってきているそうです」
「……そんな事実が」
「サンタクロースさんは仰っておられました。
『サンタというのは、子供たち、みんなの心の中に、いつまでもいるんだよ』と。
それが親御さんであれば、子供たちのサンタクロースは、彼らの父親、母親ということになります。
しかし、中にはそれがかなわぬ子供たちもいるでしょう。
そうした子供たちに、『わしは、彼らの本物のサンタさんにはなれぬが、子供たちのサンタさんとしてプレゼントを届けておるのだよ』と仰っておられました」
そこでちらりと、青娥は後ろを見る。
後ろ――布都が、『そろそろサンタさんの季節ですね! 太子さま! 靴下を用意しましょう!』と笑顔に顔を輝かせている。
どうやら、彼女もサンタクロースを『信じている』子供のようだ。
「もちろん、よい子も悪い子も、裕福な子もそうでない子も、わけ隔てなく、全ての子供たちに対して、彼らはプレゼントを配って歩いているそうです。
『幻想郷も、そろそろこのシーズンじゃからのぅ。今から準備で大忙しじゃよ』と、サンタクロースさんは笑っておられました」
青娥はそう言って、『本日はありがとうございました』と華扇に頭を下げ、神子たちを連れて去っていく。
それを見送ってから、華扇はやれやれと肩をすくめた。
「それなら、こんな大騒ぎ、する必要なかったんじゃないの? 全くもう」
そんな彼女の見上げる空は、いつも通りの星空で。
――どこか遠くから、『しゃんしゃんしゃん』という鈴の音が聞こえたような気がするのだが。
それはきっと、気のせいだろうと、苦笑するのだった。
もう独自に幼学校(建前:道教道場)作ってハーレムしちゃえよ