Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

筆繋ぎ

2013/10/30 17:59:01
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 拝啓 稗田阿求様

 あれほど厳しかった暑さもすっかり消え、山の紅葉がきれいに色づいた昨今ですが、いかがお過ごしでしょう。
 体の弱いあなたのことです、急に冷え込んだ空気に中てられて風邪をひいてはいないでしょうか。
 風邪は万病の元とも言います、決して軽視などはせず、どうかお体は大事になさってください。

 さて、先日は私の取材に快く応じて頂き、まことにありがとうございました。
 おかげさまで今号も読むものの知的好奇心を大いに満たすことのできる記事が掲載できたと、我が事ながら非常にうれしく思います。
 今日の幻想郷において阿礼乙女という存在は、この平穏を維持するためにも欠かせない存在であると存じております。
 今回の一件が多少なりともあなたの助けとなれば、これまた幸いです。

 ところで、先日珍しい菓子を手に入れました。
 『どーなつ』という、小麦粉を油で揚げて蜜をからめた甘いパンのような菓子です。
 なんでも西洋伝来の外の菓子とのことですので、あなたの好きな紅茶にもさぞ合うことでしょう。
 よろしければ近いうちに、今度は取材抜きのプライベートな場でゆっくりとお話もしたいと考えております。

 それでは紙幅の方も尽きてきましたので、本日はこの辺りで。
 重ね重ねになりますが、どうか体調には気をつけて。
 次に会うときは健やかな顔を見せていただけることを願っております。

 敬具 射命丸文





「阿求様。先日いらっしゃった天狗殿から、お手紙が届いております」
「あら、見せていただけますか?」

 とある秋の日の昼過ぎ、そよぐ風が体にしみるようになった頃。仲居が封書を片手に私の部屋を訪れた。
 山の紅葉で彩られた包み。見間違えるはずも無く、それだけで誰からの手紙かを察して受け取る。
 中身を開けば案の定、文さんから宛てられたものだった。ある意味らしいとも言えるかわいらしい丸文字が紙の上で踊っている。

「ふむふむ、先日の取材のお礼のようですね。どうやら記事になったようです」
「そうでございましたか。よろしければ明日にでも手に入れて参りますが?」
「お願いします。私もどのような内容になったのか、興味がありますから」

 まあ、こういっては何だが、記事そのものについてはあまり期待はしていない。何しろ天狗の新聞は内輪向け、そうでなくても多くは筆者のゴシップで彩られている。
 読み物としては面白いかも知れないが、情報源とするにはあまりにも主観が入りすぎていて、あくまで参考の粋を出ないのだ。
 それでも興味を持ったのは、その記事がおそらく私のことを取り扱ったものだから。彼女から見て私という存在はどのように映っているのか、そのことについてはとても関心があった。
 それこそ、妖怪から見る私という点と、彼女個人から見る私という点の両方で。

「ところで返事はいかがなさいましょうか」
「そうですね……明日、あなたが手に入れた新聞を読んでからにしましょうか」

 せっかくだし感想でも書いてあげよう。素の私らしく、多少の嫌味も交えつつ。
 心配する必要なんて何処にもない。何しろ私の彼女の仲なのだ、このくらいの刺激はあったほうがいい。
 それこそ徹頭徹尾真面目に返してしまっては無味乾燥が過ぎるというもの。

「さて、紅茶の用意をしましょう」

 まだ見ぬ未知の洋菓子にも少しだけ思いを馳せつつ、今日も私は机へと向かった。





 拝啓 射命丸文様

 先日はわざわざお手紙を頂き、まことにありがとうございました。
 お陰様で私の方も、日に日に訪れる冬の気配に負けることなく、今日もこうして健やかに筆を取ることができます。
 あなたの方こそ、妖怪の丈夫さなどにかまけず、寒さに素肌をさらさないようお気をつけください。

 先ほど、記事になった先の取材の話を拝見致しました。
 あなたらしい、ユーモア溢れる斬新な記事になっており、非常に楽しませて頂きました。
 肝心の私の知的好奇心を満たせたかどうかについては、まあ、おいておくことにしますが。
 それでもこの記事のおかげで、少しでも私に親しみやすさが生まれるのではないかと感じております。
 このことについても、お礼申し上げます。

 それとお茶の件ですが、そちらの都合がよろしい日に来ていただければと思います。
 妖怪というものは誰しも少なからず気分屋な部分があると存じておりますので、来たいと思った日に来ていただけるのがよろしいでしょう。
 こちらはいつ来ていただいても、自慢の紅茶を振舞わせていただきます。
 『どーなつ』とやらについても、楽しみにさせていただきましょう。

 それでは、近いうちにあなたの風が私の方へと吹くことを期待しております。
 どうか無理はなさらぬよう、心穏やかにお過ごしください。

 敬具 稗田阿求





「射命丸様、手紙を預かって来ましたよ」
「おや、椛。殊勝な心がけですね、優秀な犬で私は嬉しいです」
「今すぐ破り捨てていいですかね」
「冗談です。こちらに渡して頂けますか」

 椛からの白い目を受け流しつつ、封の施された包みを受け取る。
 シンプルな白一色の封筒だ、基本的に律儀な阿求の好みそうなものである。
 封を開き中身を広げれば、紙幅は彼女の流麗な筆文字で埋められていた。まだ生まれて十数年の癖になかなかの達筆である。

「ああ、稗田の方からの手紙でしたか」
「盗み見は感心しませんよ、椛」
「固いこと言わないでください。私にもあなたが外で余計なことをやってないか監視する義務があるんですよ」

 絶対嘘だ。なにしろ椛の尻尾は面白そうに左右にゆらゆらと揺れているのだから。上司に対し余りにも不遜な態度、全く持って困ったものである。
 だが、まあ、見られても困るものでもなし。ひとまず「しっしっ」と手だけ振って追い払うポーズだけを示し、手紙に集中。
 中身もなんともまあ、阿求らしい、嫌味ったらしさをたっぷりと含んだ内容となっていた。私の身の回りにはこんなやつしか居ないのかと思うと少しだけ悲しくなりそうだ。
 もっとも、そこまで悪い気はしないのも事実。むしろこのくらいの方が、こちらも気兼ねなく関われるというものである。生憎と私は、いついかなるときも天狗の肩書きを肩に背負うほど真面目では無かった。

「どうやらお茶に誘われているみたいですが、行くんですか?」
「無論。気が向いたときに行きますよ」
「はぁ……どうせ『無用な接触は避けるように』なんて言っても無駄なんでしょう」
「よくわかってるではないですか」

 くつくつと忍び笑いをしながら、私はとっておきの『どーなつ』を何処にしまっておいたか思い出していた。
 確かに妖怪というのはほとんどが気分屋だ、それは私自身も決して例外ではない。
 ただ、私は思い立ったが吉日を心情としている。すなわち、兵は拙速を尊ぶ様に。

「では、行って参ります、椛」
「はいはい。くれぐれも私たちには見つからないようにお願いします。こちらもいい加減面倒なので」
「ふふふ、心に留めておきましょう」

 大地を蹴り、風に乗り、ぐん、と加速。あっという間に大空へと舞い上がる。
 さて、新聞と紅茶と『どーなつ』を肴に、与太話でも咲かせるとしましょうか。









「お邪魔します阿求さん、清く正しく射命丸です」
「もう、いくらなんでも早過ぎますよ。すぐに準備しますから、とりあえずそこに座っていてください」
手紙は好きです。手書きのものには温かみがあります。
レポートや掌編なんかも良く手書きで書いています。
あとでPCに書き起こしなおさなければいけないのは玉に瑕ですが。

お読みいただきありがとうございます、あおみすでした。
あおみす
http://twitter.com/aomiscom
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
 拝啓 あおみす氏へ
 丁寧な書き出しから、最初は甘い作品かなと思ったのですが、そこは阿求も文もひと筋縄ではいきませんね。
 どちらもが食えない原作らしい人物として描かれていて、いつ軽口が高じて喧嘩になってしまうかと冷やひやしました。
 でも、その方が物語として面白いですよね。どちらも物を書くことに手慣れていますから手紙という題材も自然です。
 氏の作品を拝読していると、いつも目の付け所の大切さを学ばされ、今回もはっとするところがありましたね。
 楽しませて頂きました、ありがとうございます。
 敬具 名無し
2.名前が無い程度の能力削除
むしろ嫌味と皮肉の部分にこそ教養を感じさせる文面。らしいです。
3.奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです