Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

桟橋残花

2013/10/12 08:58:30
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打ちては寄せて、水が舟にぶつかり彼岸の桟橋に停泊している死神の小野塚小町が乗っている木造舟を小さく揺らす。
今は夜、現世から切り取られたあの世の彼岸にも月の灯りは行き届いてる。
舟の上に寝転がっている彼女の寝顔も隠れることなく照らされている。
この寝顔を彼女の上司にでも見つかればいつも通りに大目玉をくらうことは間違いないのだが、それは心配はない。
何故ならばもう彼女の本日の業務は終わっているからだ。
彼女の名は小野塚小町。職業は死神といっても命を刈り取るような死神ではない。
ただ舟の上の小町は本日の業務を彼女なりにこなし、自分で労わっているところだった。
舟の中には酒瓶が三本転がっており、全部空になっている。どうやら飲み始めて随分と時間が経っていることがわかる。
酒瓶の他に雑誌類などが乱雑しており、彼女の性格が丸わかりであった。
そんな小町の役職は幻想郷の死者を三途の川を渡って、無事に彼岸へと連れてくること。
ただの船頭であり、殺伐とした業務をしてはいない。
加えて彼女のことを言うならば小町は話好きなので、死者の魂を運んでいる間は殆ど喋り続けている。
ただそれだけなのだが、どうにも彼女は仕事をするということが嫌いで仕事を放棄し遊びに行くことや、本物の舟を漕がずに舟をこぐことをしている。
そんな小町に最近不定期的に訪ねてくる者たちが現れた一人は藤原妹紅、一人は蓬莱山輝夜、一人は八意永琳。
最後の人物は滅多な事では訪ねてこないが前の二人は頻繁に小町の所へと訪ねてくる。
きっかけは随分と前の事で、妹紅が体の再生を待つ間に三途の川の周辺を歩き回っていたら偶然にも小町に出会ってしまったことだ。
そこから話が進み、今では知己の一人になっている。
訪ねてくる人物の共通点は不死者であり、肉体的に死ぬことはあっても魂は不滅である。
ただ半端な怪我をすると生き返るまでに肉体の再生が時間を喰ってしまい、その間は一時的に魂は三途の川へと移される。
そして再生が完了すると消えるように三人ともいなくなるのだ。
本来の生者のならば死んで三途の川に来た所で、もう魂という器に嵌められるのだが彼女たちは違う。
彼女たちは蓬莱人と呼ばれる特殊な人種であり、彼女らの本体は魂である。
これは蓬莱の薬を服用の結果であり、彼女らはもう肉体を捨てているからである。
ゆえに彼女らは死してなお肉体を具現化させ、死んだ状態で三途の川へと導かれる。
そんな彼女らとの話は小町の仕事が終わった後の楽しみの一つになっている。
仕事が終われば少しの間こうやって舟に乗って波に揺られながら、彼女らを待ちわびるのだ。

そして今日も一人彼女を訪ねてくる。



1,藤原妹紅

「やぁ、今日はお前さんかい」
「ああ、今日は派手に負けたよ。腹と胸を思いっきり刺された」
砂利を踏み鳴らしながら、舟へと乗り込んできたのは妹紅だった。
その顔は余り見ていて気分のいい顔ではなく、むくれていた。
どうやら負けてしまったという事が気に入らないらしい。
乱暴に座り込んだせいで、舟は少し左右へと揺れた。
水面には波紋が生まれ、広がっていく。しばらくの間は舟の揺れは小さくなったが、波にまだまだ揺らされている。
小町は仰向けの状態から半身を起こして、胡坐をかき背伸びをした。
「はは、喧嘩も良いけどたまには休むことも必要だよ」
「お前は少しは働いたらどうだ」
「おおぅ、そんな口のきき方をされるとは思ってなかった」
妹紅の鋭い眼光で睨まれ、小町は少しを腰を引いた。
どうやら輝夜との戦いで負けが込んでいてイラついている様子だ。
小町はそれをなだめる様に言ったのだが、突き返されてしまった。
思ってもいない言葉を浴びせられ、小町は頬を掻きながら申し訳なさそうに小さく笑った。
自分がサボタージュをするという風潮ががまさか知られているとは思っていなかったのだ。
普段から真面目な自分の何が原因でそんな風潮が生まれたのか皆目見当もつかない。
常日頃から三途の川と彼岸を熱心に行ったり来たりしている身なのにと内心小町は思ったが、いざ船に乗ると意識が朦朧としてくるから仕方ない。
しかし、言われっぱなしは余りに癪なので、小町は少し妹紅へ一つ苦言を投げつけることにした。
「だけどお前さん、そんなことだから心配されてるんじゃないかい」
「誰にだ?」
「慧音先生だよ」
「確かに心配はされるがお前に言われる筋合いはないだろう」
妹紅の口角が斜め下へと吊り下げられて、明らかに先ほどより不機嫌になったのが目にとれた。
どうやらあまり自分のことに踏み入られたくないようだ。
「いやいや、お前さんが死なないとは言えどもそうやって傷つく姿を見て心配するなという方が無理だろう。あの人は人一倍お人よしだからねぇ」
「慧音は必要以上に心配しすぎなんだよ。私の方が年上なのに」
妹紅は前のめりになり頬杖をついて、軽くため息を吐いた。
どうやら日頃から、心配されている節があるのだろう。
しかし上白沢慧音という人物を知っている者ならば、妹紅の振る舞いを見ていれば心配するなという方が無理なのだ。
人一倍面倒見がいい彼女がこんな今にも壊れそうな妹紅を放っておくはずがないのは目に見えている。
日頃から殺し合いをするなと妹紅に言っているはずなのだが、妹紅は聞く耳を持たない。
おかげで今日の様に血を血で洗う無駄な争いをし続けている。
不死者であるからもはや命の尊さなどないに等しいがやはりそれを傍から見ている側からしてみれば精神的にはあまりよろしくないのだ。
それ故に慧音は日々それに頭を痛めており近々実力行使もやむを得ないと最近考え始めたので、妹紅は背筋を冷やす思いを最近していた。
妹紅は「やだやだ」と小さくぼやいているが、小町はその様子を見て「やれやれ」と肩をすくめた。
「分かってないねぇ。……慧音先生は置いて行かれる側の人間だから心配しちまうのさ。たまには慧音先生の手伝いでもしてやったらどうだい?」
「手伝いねぇ。私がやれることなんて限られてるけど」
妹紅は少し唸って考えたが特にこれといって慧音にしてあげられることがないことに気が付いた。
もう何年も一緒にいるので、自分が慧音の仕事の手伝いをしたら悲惨になったことも経験済みだ。
子供らと遊ぶなどは得意分野ではあるが、それ以外はからっきしであった。
授業をすればいつの間にか雑談になり、事務作業をすれば消しゴムのカスで練けしを作る始末だ。
そんな自分が何をしてやれるかと自問をすれば川の波は帰ってこれども、返事は帰ってこなかった。
そういうこともあって慧音に何をしてやれることも出来ず、自宅で仕事をしているところに遭遇すると邪魔になるだろうと後ろめたさからその場を去ってしまうことが多々あった。
そんな心地悪い心情から抜け出すために輝夜との殺し合いを頻繁に行うようになったというところだ。
そしてそれを慧音が心配しての無限ループであり、悪循環に陥ってしまっているのだ。
何とも不器用な二人な事だと妹紅自身が痛感する。
妹紅は大きくため息を吐いた。
「いやいや、そこにいるだけでいいんだよ。慧音先生だってわかってるはずだよ」
「そのなら……してあげれるかな。うん」
いつかは、妹紅は慧音に置いて行かれる。それまでに何をすべきかをよく考えなければならない。
慧音の時間は妹紅と違い有限である。死なない身というのは常に後悔をしないように生きることが求められる。
そうでなければしばらくの間それを引きづり続けて、忘れたかと思えばちょっとした拍子でまた思い出してしまう。
それを避けるためには後悔のない道を突き進まなければいけない。
今一度妹紅は自分のできることとできないことを整理して、何ができるかを当てはめていく。
自分にできることだけを整理していくとそれならできそうだと思い、一人で勝手に納得をした。
「そうしな。いつかお前さんは決別しなきゃいけないんだ。そして慧音先生を送るのはあたいの仕事なんだから後腐れなく頼むよ」
「決別、か。今まで何人もの死を見てきたけど、慧音の死は見たくないなぁ」
「じゃあお前さんと一緒にしちまうかい?」
「それは絶対しない。だってこの体不自由だもの」
妹紅は頬杖をついたまま、今までの硬い表情から少し和らい表情へと変化した。
悩んでいたことが解決したのだから表情も柔らかくなる。それは何年生きようが変わらぬ人の習性だ。
不死者である妹紅も例外ではない。
「なら、ちゃんとできる限りそばにいてやるべきだね。無くなってから気づいたら遅いんだ。お前さんならわかるだろう」
「……明日にでも会いに行くかなー。最近会ってなかったしちょうどいいかも」
妹紅は頬杖を作るのをやめて、身体を後ろへ倒して手でそれを支え、天上の月を仰いだ。
月は地上で見るのと変わらず、今日も今日とて変わらずに夜を照らしている。
三途の川の水面は波も落ち着き、先ほどの様に舟を揺らすようなことは無くなった。
「よし! じゃあ、次にやることも決まったわけだし飲もうじゃないか!」
「ただ飲みたい口実をつけただけだろ」
「気にしない気にしない。ほらお前さんのだ」
小町はどこからか新しい酒瓶を取り出し開けて、転がっていた御猪口を手元に寄せ注いで妹紅へと渡した。
透明な液体が注がれ、その水面には天上の月を小さく映し出しては揺れている。
「おっと……もう少し大きいの用意してくれればいいのに」
「あたいは人と飲むときはこうやって話しながら、ちびちび飲むのが好きなんだよ」
小町は笑いながら自分の御猪口へと注ぐ。
妹紅は渡された御猪口の大きさを見て少し不満そうだ。
「話すネタはもうお互いに尽きてきたけど」
「何言ってんだい。お前さんは死なないだろ。永遠に終わりがないってことは永遠にネタが出続けるってことだ。話好きのあたいにとってはありがたいものさ」
小町はからからと笑い、御猪口を妹紅の胸の前に差し出して、妹紅もそれに合わせるように御猪口を差し出した。
「人を湧水扱いするな。まぁ、いいや。じゃあとりあえず」
「ああ、過去の恨みも未来への不安も忘れて」

そのまま二人とも杯をぶつけ、天へと掲げた。
御猪口からは透明な粒が数滴宙に舞い、月の光をプリズムの様に反射させる。
その光を浴びながらお互いに小さく呟いた。

「乾杯」
「乾杯」

波は小さく揺れている。



2.蓬莱山輝夜

「こんばんは」
「お? 今日はお嬢ちゃんか」
「ええ、妹紅に負けてしまったわ」
三途の川には雨が降っている。
雨はそこまで強くなく、小雨であった。
湿気もなくあっさりとした雨だ。
水面には雨粒がはじけ、無数の波紋を生み出している。
桟橋に止めてある船には急造の屋根が付いており、少しでも強い風が吹けば崩れ落ちそうなお粗末なものだった。
だが幸いにも風もなく雨も弱いため十分に雨は凌げていた。
輝夜はそのまま静かに桟橋から舟に乗り込んだ。
その揺れに誘発して波紋が小さくできたが、すぐに消え去った。
波は無く、ただ舟は静かに水面に浮いている。
輝夜は負けたというのに特にいつもと変わらない澄ました顔でいた。
「正確にいうと負けてあげたじゃないのかい?」
「あら鋭い」
輝夜は袂を口に持っていき、目を見開いた。
どうやら当てられたことが意外だったようだ。
冷静になって考えればわからないでもない考察ではあった。
輝夜は元来退屈しのぎで無茶な事を言い出す節がある。
つまり退屈しのぎさえできれば、結果は関係ない思考の持ち主だ。
それに輝夜の能力の永遠と須臾を操る能力さえあれば、所詮は地上の人間である妹紅など赤子の手をひねるよりも楽に捻り潰せてしまう。
そして付け加えるならば輝夜は月人であり、妹紅は地上の人間である。
同じ不死者であるのに月とすっぽん。
実力差は雲泥の差であり、輝夜は妹紅のレベルに合わせて殺し合いをしているのが妹紅と輝夜の殺し合いである。
「お嬢ちゃんは殺し合いというよりもただあいつとじゃれ合ってるだけだろ?」
「まぁね。妹紅との殺し合いなんかただの退屈しのぎよ。……それにしてもよくわかったわね」
「あたいもできる限り長く遊びたいって思うからねぇ。お嬢ちゃんはただ長くあいつと遊んでいたいだけのように見えただけの話さ」
小町は頬を染め、恥ずかしそうに頭を掻いた。
輝夜はそれを聞いて深くため息を吐いた。
自分はサボタージュをすることで有名な死神と同じ思考回路をしているのだと痛感させれたからだ。
日頃永琳に何かやりたいことは無いのかと聞かれることはあったが、特にいい返事を返すことができずにうやむやとしていた。
自分はやりたいことは恐らく探せばあるはずなのだけど、それに至るまでの情熱がないだけなのだと思い込んできた。
しかし、目の前のサボタージュ死神と同列であったと思い知らされたのだ。
ため息が出るのも仕方がない。
輝夜は両手で顔を覆い、大きくため息を一つまた着いた。
その様子を小町は見ていたが特に理解する様子はなく、首を傾げているだけだった。
「……その通りよ。本気を出せば妹紅なんてあっという間よ」
「あいつもなかなか厄介なものに吹っかけられたねぇ」
小町はカラカラと笑って、転がっていた酒瓶を取り出して御猪口へ注ぎ始めた。
一つの御猪口の八割は入ったところでそれを輝夜へと渡した。
輝夜は礼を一つ言ってそれを受け取る。ただまだ口にはしない。
御猪口を持った顔は渋い顔であり、これで口にしたらまずい酒になると思ったから飲みはしなかった。
弁明するために、不機嫌な顔のまま輝夜は小町が次の言葉を言う前に自分の言葉を投げつけた。
「違うわよ。向こうから突っかかって来たのよ」
「おや、そうだったのかい。てっきりお嬢ちゃんが向こうに吹っかけたのかと思ってたよ」
「冗談じゃないわ。あれとランデブーでもするなら永琳の実験を手伝う方がましよ」
そう、元はと言えば最初に輝夜に因縁をつけたのは妹紅の方であり輝夜は被害者なのだ。
ところが最近では自分が妹紅を追い回しているかのような風潮になってしまっている。
これが案外多くの人物に知れ渡ってしまっているからたちが悪い。
輝夜はそれをあまりよしと思っておらず、どうにかして弁解したいと常々思っている。
「ははは、手厳しいねぇ。けど羨ましいかな」
「何でよ?」
小町は輝夜の反論を真剣に受け取ってはいなかった。
その証拠にさっきまで空だった御猪口にはなみなみと酒が注がれていた。
輝夜はそれに「むっ」と来て、口の形を鋭角に変えた。
その様子を見て小町は抱腹してしまった。
「そうやって好きなときにあえて好きなときに時間を潰せる仲ってのはなかなかありゃしないよ。特にここに来る連中はもう会えない人ってのもいるしね」
目尻に溜まった涙を親指で拭いながら、小町は話を続ける。
それを聞いた輝夜は顎に手を当てしばらくの間考えていた。
小町も特に話を続ける様子も無く、ただただ黙っているだけだった。
二人の間には静寂が訪れ屋根にぶつかる雨粒の音がやけに大きく聞こえる時間がしばらく続いた。
「言われてみればそうかもね。ただ、あいつもあいつで最近は妙に大人しいときがあって以前よりもからかうのもなんだか飽きてきたのよね」
「それは向こうが大人になったってことだろうねぇ。いいことじゃないか」
「あら、不変である私たちが大人になるなんてあるのかしら」
「肉体は変わらずとも精神は日々成長するものさ。考え方が不変なんてあり得るわけないじゃないか。昨日が退屈だったら、明日はどうにかして楽しくしようと考えるだろ?だから肉体は成長が止まれど、精神は成長するんだよ」
「……そうね。じゃあ今日を楽しく過ごすために一杯付き合ってもらおうかしら」
「望むところさ」

二人とも杯を持ち、そしてぶつける。


「乾杯」
「乾杯」

小町の杯から溢れた滴は三途の川へと落ち、新たな波紋を作っていった。


            ◆


「小町起きなさい」
「うわぁああ!? 四季様いきなり何ですか!! もう営業は終わったからサボっても問題ないですよ!」
小町は秋風に吹かれ気持ちよく眠っていたところを叩き起こされた。
小町を起こしたのは上司である四季映姫・ヤマザナドゥ。
地獄の裁判長である。
日頃から大目玉をくらっている小町はその姿を見ただけで萎縮してしまうようになった。
そのせいか今の様に何もないときでも即座に臨戦状態になる癖がついた。
「違います。ただあなたがまだ帰路についていなかったので、ここまで来てみただけです」
「あー、そりゃ申し訳ないです。わざわざここまですいません」
「いいです。散歩がてら気分替えにもなりましたし」
小町は自分の都合で映姫にここまで足を運ばせたことを申し訳ないと思い、軽く頭を下げる。
「じゃああたいも帰ろうかね」
「待ちなさい小町」
舟から降り桟橋に立ち、下駄と足袋を履きそのまま踵を返して帰路に着くつもりだったが後ろから映姫に尻を悔悟棒で叩かれた。
普段なら情けない悲鳴でも上げるのだが、何分叩かれた場所が尻であったためそんな悲鳴は出る二も出なかった。
「なんですか四季様? あとなんであたいの尻叩いたんですか?」
「身長的に仕方ない事です。せっかくここまで来たのですから、少し私に付き合いなさい」
「付き合うたって、あたいは何も仕事以外で悪いことはしてませんよ?」
「その件については後日説くとして、説教ではありません。これです」
「ありゃ、四季様結構上等なものもってきましたね」
どこからか酒瓶を取り出し、小町へと渡す。
その酒瓶を見て小町は少し驚いた様子だった。
まさかこんないい酒が飲める日が来るという驚きとあの堅物の映姫が酒に誘うなどという驚きである。
堅物オブ堅物の映姫がこのような事をするのは天変地異が起こってもあり得ないと思っていた小町だが、そんなことが起こってしまい世の中分からないものだと改めて感心した。
「いいではありませんか。たまには肩の力を抜きたいのです」
「じゃあ、付き合いますよ」
小町は中々の上等の酒を手中に収めると、そのまま桟橋に座り込み、裸足を三途の川へと浸す。
映姫もそれに付き添うように小町の隣に座り、裸足になって足を浸す。
二人の間に御猪口を並べ、小町が酌をしようと思ったがその手を掴まれた。
「私が酌をしてあげましょう。ただし見返りとして酒の肴を何か提供しなさい」
「ギブアンドテイクですね」
「白黒きっちりつけるべきです」
どうやらただ酒の肴が欲しかったようだ。
地獄の裁判長も酔いたいときがあるのだろう。
小町は何を話せばいいものかと悩みながら、足を揺らす。
川の水面は小さく揺れ、平静を保っていた水面に変化を与えた。
映姫が酌を終えた時には小町の頭には一つ話のネタが上がった。
「そうですねぇ。じゃあ四季様に質問です」
「なんですか?」
「生きるってなんでしょうか?」
「随分と小町にしては哲学的な内容ですね」
「まぁ、少しは趣向を変えてみようかと」
しばらくの間映姫は黙り、小町もその様子を見て黙っていた。
もしかして地雷を踏んでしまったのではないかと内心少し不安であった。
下手をすれば酒の席で説教を喰らうかもしれない。そんなことが起きれば憂鬱な気分になってしまう。
それだけは嫌だなと思っていたが、小町にはもうどうすることもできず映姫が発する言葉を半分聞き流す体勢を取るしかなかった。
「……我々は生死に関することを生業としています。一日も何千の終わった命を見ることもあれば、たった一つの命を見ることだってあります。多くも少なからずも終わった命であり、その命には様々な出来事を体験してきた記憶があります。その記憶は他の生きている人間から植え付けられた記憶であるのです。人間は生きている限り他者を必ず傷つけてしまうのです。それはとても罪深いことであると私は日頃から思っています。生きている限りに人は悩み苦しみます。そして息を引き取り私の元で裁きを受けて、地獄へ落ちるか等が決まります。しかし、ある意味ではそこで『赦された』のではないでしょうか。生きている苦しみから解き放たれ、これからの自分がすることを決められ、過去に囚われずにただ前を向けばいいのですから」
「四季様長いですよぉー」
案の定長かった。すごい長かった。
五分間の間、映姫は喋り倒し小町の顔はうんざりとしていた。
途中から一人で飲んでやろうかと思ったが、やはり上司である映姫を手前にそんなことは許されないだろう。
もし飲み始めたら、その態度についての説教が始まる可能性が大いにある。
ならば、長ったらしい説教を聞くことが小町にとっては余計な波を立てないことが得策だったのだ。
しかし思った以上に精神を削られたのは言うまでもない。
「うるさいですね。振ったのはあなたでしょう」
「しかし、四季様。じゃあ永遠に生き続けるってことはどうなんでしょうか」
機嫌を損ねないようにとれとなく小町は、関連性のあるネタを投下した。
ここで機嫌を損ねては自分に火の粉が降りかかる。ならば払うのが上策だ。
そして何より、時々小町の元を訪れる不死者については映姫がどういう見解を持っているか知りたかった。
「永遠に生き続ける。それはとても罪深いことです。盛者必衰の理から外れ、ただそこに居つづけるのです。季節が変わり花が散るのが自然の摂理。しかしそこから逸脱し、いつの季節になってもそこに咲き続けている。それは普通の人物が見れば不気味な事です」
「なんとも救いがないですね」
小町は少しだけ悲しい顔をしながら、再び足を揺らす。
あの不死者たちは過去にどのような苦い経験を受けてきたのか。
一端の船頭である自分には想像もつきはしない体験をしてきたのだろうと思いを馳せた。
そんなことを思っていると映姫が小町へと反論をした。
「そうでもありません」
「おや?」
「ただそこにずっと居つづけているというのは、見る人が変わればずっと居てくれるという安心感を与えますから」
小町は普段の堅物の映姫にしては、機転がきくことに驚きを隠せなかった。
普段ならば白黒をつけたがるが、この回答の仕方はどちらとも取れない解答をしてきたのはあまりに映姫らしくなかった。
「もしかして四季様、酒の席になると頭が柔らかくなる体質ですか?それならずっとお酒を飲みながら仕事してくださいよ。あたいも楽になりそうですから」
「どんな体質ですか。それにそんなのだとさらに地獄は経済難に陥るでしょうが」
ただでさえ火の車なんだから、これ以上はやめてほしいと願う映姫であった。
そんなことが起きれば彼女の常備している薬がさらに増えるかも知れない。
ただ、永遠亭の財布は潤いそうなものだ。
「ちぇー、それならあたいもっと頑張ろうかと思ったんですが」
小町はそのまま後ろに倒れ込み、魂が抜け落ちるかのようなため息を吐いた。
映姫はそれを見て小さくため息を吐いた。
「甘えたこと言わないでちゃんと働く。それが今のあなたにできる善行です」
「はぁい四季様」
小町は体制を起こし、しばらくの間は項垂れたが映姫から肩を叩かれ御猪口を差し出された。
「しかし、今は酒の席。無礼講ですからこの程度にしておきましょう」
差し出した映姫の顔は、いつもよりかは少し柔らかく優しい顔だった。
彼女なりに小町への労いなのだろう。サボりはするけれど最低限度は働いているのだからそれぐらいはしてやろうという意思かもしれない。
「やった」
小町は嬉しそうにそれを受け取ると、映姫の杯に近づける。
仕事終わりの一杯、それも上等の酒をやっと飲めるのだから嬉しくなるのも無理もないかもしれない。

「では」
「ええ、明日の活力にさせていただきます」


「乾杯」
「乾杯」


乾いた音が三途の川の桟橋の上で響きあった。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
静聴→成長

妹紅は儚月抄の小説版などで退治屋をやっていたから、それなりに戦闘民族のハズですけどね。
しんみりとした雰囲気の酒盛りが良い空気感でした。