Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

period

2013/10/11 21:21:00
最終更新
サイズ
12.75KB
ページ数
1

分類タグ

……石畳の上に空気は冷たい。
大気すべてが悪意を持った重さとなって乗りかかっているのか、神子は身を震わせた。
冷気の原因はこれやもしれぬ。
目をやった足下に転がる一つの死体。
微かに耳に届いていたヒュウヒュウという風が隙間を通るような音が聞こえなくなると同時に、上下する胸の動きも消えていた。そうして生きた証を失った体は、つい先ほど死体となった。
ぱっくりと割れた腹からは捲れた皮膚の内より臓が顔を出しててらてらと光っている。
白かった装束はやまとの美しい夕日よりもより赤く染めぬかれ、鮮やかな花を咲かせた。動かないからだの上で、大輪の花はまだにじりにじりとその辺縁を広げていた。
生きていた。つい、先ほどまで。

まずはその胸に耳を当ててみる。――鼓動は、無い。
次にその目玉を覗き込む。――動きは、無い。見開かれた瞳孔が虚空をとらえるのみ。

……大丈夫。無事、死んでいる。

両足を綺麗にそろえ、両の手を胸の上で組ませる。それからようやく、死体の目蓋を閉じさせた。

「君の死は、絶対無駄にはしない……」

その顔には動かぬ決意と冷たい視線が宿っていた。




******************************************




「というわけでして、これからも懇意にぜひぜひよろしくお願いしますね、博麗の巫女さん。あ、巫女って言うと私の名前に似てますね。巫女、神子……やだなあ、なんだか照れ」
「出てけ」
開口一番、霊夢をして出てけと言わしめた客人の名は豊聡耳神子という。
先日は私の復活によりどうもお騒がせいたしました。まあまあ、神霊たちも悪気があったのではないのです。私のような高貴な者の復活に魅せられ引き寄せられただけなのです。どうか、許してあげて。神子からの、お・ね・が・い。
玄関口でそう言う神子を見て霊夢はすぐにお祓い棒を取り出したが、神子の部下の物部布都が菓子折りを土産に携えているとみるや、手のひらを返して家にあげた。
だというのに、布都の努力の甲斐なく、神子は早くも本日二度目の博麗神社出禁を食らいそうになっている。
「まあまあ霊夢、そう邪険にしてやるなよ。なにせソイツは復活したてだ。久しぶりに自由に動けてハイテンションなんだ。許してやれ」
白黒の魔法使い、霧雨魔理沙はそういいながらちゃぶだいの上のせんべいを手にした。ばりばりと噛み砕きながらしゃべるのでぽろぽろとせんべいのかけらがこぼれ落ちる。
「そうですよー霊夢さん。それになんといってもあの聖徳太子なんですよこの方多分!そんな有名人と仲良くできるなんて……センザイイチグーのチャンスです逃しちゃいけません!!」
緑色の巫女、東風谷早苗はそう力説する。湯呑を手にしたままぶんぶんと腕を振るがお茶が零れ落ちないのは奇跡の無駄遣いだ。
「……あんたらも、いつからいたのよ……」
魔理沙にしろ早苗にしろ、霊夢は家にあげてやった記憶がない。勝手にやってきて勝手に茶をしばいていたらしい。玄関先で一言挨拶をくれた分、神子や布都の方が客としてはずっとマシだ。
まったく……油断もスキもありゃしない……。
そうひとりごつ霊夢の顔は、だからといって別段嫌というわけでもなく、ただ呆れた表情を浮かべるだけだった。

「いやしかし。霊夢の家には初めて来させていただきましたが……」
神子は茶を一口飲み下すと、きょろきょろと視線を巡らせた。
「いやはやまったく。薄いわね」
「ええ?出がらしじゃないわよ」
「お茶じゃなくて。空気よ。この場所に流れる空気」
「はあ?」
「ここは本当に神社なのかしら。本当に、神の気が薄い」
「それはそうだぜ。なにせ霊夢は自分がまつってる神様の名前も知らないくらいだ」
「なに……おぬし、それでも本当に巫女か」
口をはさんだ魔理沙の言葉に、布都までが呆れ顔で霊夢を見た。
「魔理沙、余計なことを……。巫女よ。生粋の博麗の巫女さんよ。巫女以外の何にも見えるってのよ」
霊夢はそういってせんべいに手を伸ばす。
「……呆れた。霊夢、そもそも巫女に限らず、信仰に携わる職とは、血縁だというだけでこなせるものではありません。ここは、ちょっと、お灸をすえる必要があるようね。ちょうどここには巫女が3人いるわけだし……。神道について説くいい機会だわ」
「ええっあなた、道教の仙人さんじゃないですか」
自分にまで矛先が向いたことに早苗は非難の声を上げる。
「それはそれ。これはこれ。私は生前、仏の道、神の道、タオの道、すべてに携わりましたわ」
「さすがは太子様であらせられるな!!」
「まあ、神の道に関しては、布都の方が詳しいけれど……って、どこに行くのです?」
そろりと立ち上がり部屋から出て行こうとしていた魔理沙に神子は声をかけた。
「いや、普通の魔法使いの魔理沙さんには関係ない話だろ?そも、私が巫女だったのは吸血鬼の妹と戦った時だけだぜ」
「なるほど一理あります。ですが霊夢の親友として話を聞くくらいは……」
「じゃああとで霊夢から聞くとするよ、じゃあな!」
そう言うと魔理沙は颯爽と部屋から出て行った。
「まあ、いいでしょう。では、神道とは何か。神社とは何か。しっかりと説いてあげましょう」
霊夢と早苗はあきらめの表情を示し、布都は顔に喜色を浮かべた。




「ひー危ない危ない。お説教には付き合っている暇はないんだぜ」
颯爽と飛び出した魔理沙は漆喰の壁に立てかけた自分の箒を手に取った。
「……ん?」
魔理沙が手に取った自分の箒。その隣に、長さにして拳10個分、といったくらいだろうか。一振りの剣が立てかけられていることに魔理沙は気づいた。
「んー?なんでこんなところに剣があるんだ?霊夢のやつ、こんなもん持ってたか……?でもなんか見覚えあるような……」
じーっと眺めて、そこで魔理沙ははたと気づいた。
そうだ。豊聡耳神子がいつも腰に下げていた剣だ。
「ははーん……邪魔になるから外してったか……それとも霊夢に上がるなら置いてけとでも言われたのかな?」
じろじろ。魔理沙は無遠慮に剣を眺める。
豊聡耳神子……ふざけたやつではあるが、早苗の話によるとどうも外の世界ではずいぶんご高名な御方であらせられたらしい。
だったらば。
彼女の佩くこの帯刀も、さぞかし名のあるものに違いない。
そう思うとどうしても心に浮かぶ、もやもやと湧き上がる感情。
魔理沙は神社の漆喰に立掛けられた拳にして十ほどの長さの剣をまじまじと、しかし何気ない風を装いチラチラ見た。ちょん、剣に手を触れる。そして手を離してしばらく剣を見つめる。
それから、きょろきょろと周りを見回した。

「……なぁに、ちょっと……借りるだけだぜ」

即断即決。行動は素早く。

鞘をむんずと掴み持ちあげると、ずしりとした重みが腕に伝わる。
頭に乗せた三角帽の中から糸紐を取り出すと、素早い動きで鞘を己の箒に結わえつけた。
「さぁて……急ぐぜ」
箒にまたがり、ふわり、空に浮かぶ。
次の瞬間、巻き上がった砂埃が地面に落ちて視界が晴れるころ、とうに魔理沙はそこにはいなかった。




「だからね、霊夢。そもそも信仰とは……」
博麗神社の一室では、いつ終わるともしれぬ神子の説教が続いていた。
4人の前にあった湯呑はすでに湯気を出すこともなく、冷めた茶を入れ替えるタイミングも見いだせずに霊夢はうんざりとした顔を隠そうともしない。
「……ねえ、早苗」
「……はい、霊夢さん」
霊夢はこしょこしょと小声で隣の巫女に声をかけた。即座に神子の視線が飛んできて、二人は口をつぐむ。
(なんとかしなさいよ!)
霊夢は目線で隣に座る早苗にそう伝える。
(なんとかっていっても……うぅん)
早苗は恐る恐る、手を挙げた。
(お、行け、早苗!)
「あの……神子さん、ひとつ、いいですか?」
「あら、質問?感心ね。なにかしら?」
神子の長い説教にとりあえずの区切りがつく。霊夢はひとまずほっと胸をなでおろした。
「あの。全然神道とか今までの話と関係なくて恐縮なんですけど……」
「ふむ。つまり早苗は私の話を聞いていなかった、と」
「いやまあ、はは……。でもちょっと、いままでずっと疑問がありまして。せっかくの機会ですから、尋ねさせていただきたいな、って」
「まあ、いいでしょう。なにかしら?」
「はい。あの、神子さん。神子さんは以前、私と初めてお会いしたときに、物部氏が滅んだところに立ち会ったとおっしゃってましたけど……。それ、どういう意味なのです?」
瞬時、神子の動きが止まった。
「あら……私は、そんなことを言ったかしら?」
「ええ。おっしゃってましたよ」
「そうだったかしら。ええと、それはですね。かの物部と蘇我のいくさの際、私も参戦していました。なので、私も物部の滅ぶところを目の当たりにしました、と。つまりそういう意味……」
「それではおかしいぞ太子様!違うであろう!いくさのあとでも、物部たる我が生きておる!」
神子の言葉に、隣で聞いていた布都が割って入った。
「……布都」
「太子様、覚えておらぬのか?ならば我が答えようぞ!早苗よ、簡単なことである。おそらく太子様がそのようにおっしゃった意味はこうだ。物部氏最後の一人を葬ったのが、ほかならぬ太子様であらせられるからだ!」
「布都」
「え……?それって………………神子さんが、手を下したんですか?」
「その通りである!」
「……と、いうことは……」
早苗はちらりと神子を見た。神子は目を合わせようとしない。
「……神子さんは、布都さんのご親族を……」
「早苗。違う違う。太子様が葬ったのは、我の親兄弟などではないぞ!」
「??」






「さてさて……拝見させていただきますかね♪」
人間最速のスピードで魔法の森までひとっとび。家に帰り自室に引き篭ると、早速魔理沙は紐を解き剣を手に取った。
「なるほど。こいつは銅か。重いはずだぜ」
日々意味もなくかき集めている鉄くずから想起される重量とはちょっと違うなあと自宅までの道中飛びながら思っていたが、なるほど納得。
そして魔理沙は、きらきらと輝く金色の金具に彩られた柄を持つとおそるおそる、鞘から剣を引き抜いた。
引き出された刀身はまばゆいばかりの光を放つ相当の業物。

…………の、はずだった。

「……なんなんだ、コレ…………?」
ざりざりざり、剣を引くや耳に届くのは気に障る摩擦音。顔を顰めながら、横倒しにした剣の柄をゆっくりと引っ張った。鞘とこすれ、刀身からは茶色の錆がぽろぽろと零れ落ちる。こぼれた錆が自室の床を汚すことも魔理沙には気に入らない。そうしてすっかり刀身をすべてあらわにすると、魔理沙はがっくりと肩を落とした。
「これは……さすがに、酷いな」
まるで長年放置された遺跡から発掘されたもののようだ。ぼろぼろと刃はこぼれ、多少でも衝撃を与えると瓦解してしまいそうであった。
「……アイツ、こんなもん後生大事に持ち歩いてるのか??」
本当のところならばいじくりまわしいろいろ調べ上げたいところであるが、当の宝物がこの保存状態である。変に動かして壊してしまっては神子に言い訳もできない。
しかたない、と魔理沙はもう一度刀身をゆっくり、引き抜く時よりも慎重に鞘に収めた。







「満足していただけました?」
「おう神子。おはよう。何がだ?」
日は改め、場所は再び博麗神社境内。
今日も今日とて、魔理沙は博麗神社に遊びに来ていた。神子はといえば、なぜか神社の石畳の下から這い出てきた。魔理沙にとってはもう見慣れた光景なので、特に驚きもしない。
「予想とは違ったでしょ?」
「だから、何がだよ」
神子に問い詰められる魔理沙は、神子の剣を盗んだことなどすでに頭の外であった。
「これのことですよ」
神子は己の腰に佩いた剣をとんとん、と叩いた。
瞬時、魔理沙の顔が青くなり、それから、気まずそうに目をそらして、 あー と一言発する。
それからもう一度神子に向き直ると、何のことだ?ととぼけてみせた。
「ごまかそうとしても無駄です。そも、君と初めて出会ったときからわかっていました。君はこれに対して並々ならぬ興味を抱いていましたね。そして、君がこれを盗み、失礼なことにも落胆し、再び私に見つからないようにそっと返しに来ることも、すべて、初めて出会った時からわかっていたことです」
「あー……?何言ってるんだ?」
「魔理沙。初めて会った時に言いましたよね?私は、人間の十の欲を見ることで、人間の過去現在未来、すべてを知ることができます。……もしかして、ハッタリだと思われていたのかしら」
そう言ってくすりと笑ってみせる神子であるが、魔理沙が見るに、その瞳は、笑っていない。
「……………」
魔理沙は大きな三角帽のふちをきゅっと握ると、顔を隠すかのように帽子を深くかぶりなおした。
「………ちょっと、借りただけだぜ」
「そうですね。でも、だったら、ひと声かけてくれればよかったのに。見せて減るものでもないし……いえ、ちょっと刀身が減るかしら」
魔理沙もご存じのとおり、こんな様子ですからね。神子はそう付け加えた。
しばらく帽子のつばを持ってもじもじとしていた魔理沙だったが、とうとう耐えかねて帽子を脱ぎ、頭を垂れた。
「……すまなかった。ごめん」
「……わかってくれれば、いいのです。欲に忠実なのが、人間たるものです」
「……なあ、神子」
「はい。わかっています。君が次になんと言うか」
「じゃあ教えてくれよ」
「何故こんななまくら……とすら呼べない、錆びて使い物にならない剣を後生大事に佩いているのか、ですね。まあ、強いて答えるならば、戒めですかね」
「戒め??」
「……君ももっと自分を戒めて生きた方がよいかと思いますよ。いくら生が短い人の身とはいえ、刹那的に生きると言うのは……」
「あー!タンマタンマ!!説教は閻魔と仙人だけにしてほしいぜ!」
「私も仙人なんだけどね。まあ、いいでしょう。今日は霊夢さんに神道をやめて改宗しないかとお誘いに来ただけです。さあ、霊夢さん!」
神子に呼びかけられ箒で落ち葉を集めるふりをしていた霊夢は露骨に顔をしかめてみせる。
「貴女のわざと私のわざを競わせて、互いに高めあうのです!どうですか、素敵でしょう?神のいない神社を掃除するよりも楽しいわよ!」
熱血に霊夢に食って掛かる神子を魔理沙は内心己から矛先がそれたことにほっとしながら見送った。




***************************



……石畳の上に空気は冷たい。
大気すべてが悪意を持った重さとなって乗りかかっているのか、神子は身を震わせた。
冷気の原因はこれやもしれぬ。
目をやった足下に転がる一つの死体。
微かに耳に届いていたヒュウヒュウという風が隙間を通るような音が聞こえなくなると同時に、上下する胸の動きも消えていた。そうして生きた証を失った体は、つい先ほど死体となった。
ぱっくりと割れた腹からは捲れた皮膚の内より臓が顔を出しててらてらと光っている。
白かった装束はやまとの美しい夕日よりもより赤く染めぬかれ、鮮やかな花を咲かせた。動かないからだの上で、大輪の花はまだにじりにじりとその辺縁を広げていた。
生きていた。つい、先ほどまで。

死体を見下ろすことに飽いたか。神子は剣を鞘に収めた。
たっぷりと付いた血糊が溢れて、鞘と柄の間からとろりと垂れた。
剣を収めた鞘を腰から解き壁に立てかける。神子は死体の前にしゃがみこんだ。

まずはその胸に耳を当ててみる。――鼓動は、無い。
次にその目玉を覗き込む。――動きは、無い。見開かれた瞳孔が虚空をとらえるのみ。

……大丈夫。無事、死んでいる。

両足を綺麗にそろえ、両の手を胸の上で組ませる。それからようやく、神子は死体の目蓋を閉じさせた。

「ありがとう布都。君の死は、絶対無駄にはしない……」

神子の顔には動かぬ決意と冷たい視線が宿っていた。
since A.D.587
ししゃも
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
一読、嫌いな感じじゃない。
もっと書き込むか省くか、さらに煮詰めてもよかったかもしれません。
2.名前が無い程度の能力削除
好みの雰囲気の作品ですね。
この作品単体だとあっさりしすぎているので、この話に続きがあるといいですね。
3.奇声を発する程度の能力削除
この雰囲気好きです
4.名前が無い程度の能力削除
大望と欲望と陰謀が渦巻く政治の世界は、時に血に塗れます。
神子のカリスマが感じられる作品でした。