Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

お祝い

2013/10/02 22:19:29
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 秋らしく、涼しい夜だった。
「邪魔しているよ」
 境内の一角に胡坐をかく、二人組がいる。夜も更けているというのに、その二人の後ろ姿は、夜闇の中でもくっきりと浮かび上がって見えた。
 呼びかけてきたのは、二人組のうちの片方である。もう片方は、じっと夜空を見上げたまま、振り返りもしなかった。
「何の連絡もよこさずに、すまないね」
「別にいいわよ。どうせ何の予定もないからね」
 博麗霊夢は、にべもなく言った。本心である。夕食も済ませ、一人酒でも楽しもうかと考えているところだった。
 夜空に月はなく、雲が疎らに漂っている。星明りも、これでは少々頼りない。
 それでも、二人組の片方――洩矢諏訪子は、何も言わずに夜空を仰いでいた。遠くを眺めるように、じっとしている。どんな表情をしているのかは、霊夢には見えなかった。
「珍しいわね」
「神様二人がこんな所に居ること、かしら?」
 からかうように答えたのは、諏訪子ではない。
 八坂神奈子は、霊夢に振り返った姿勢のまま、かすかに表情を動かした。どうやら笑ったらしい。まだ霊夢の目は、星明りだけの夜闇には、慣れていなかった。
 霊夢は、曲がりなりにも神様である二人へと歩み寄る。靴が玉砂利を踏む、じゃりじゃりとした音が響いた。それにようやく気付いたかのように、諏訪子も振り返る。
 何も言わずに、諏訪子は手を掲げた。挨拶のつもりのようだった。同じような仕草を、霊夢も返した。
「まあ、珍しいとは思ったわ」
 二人の傍らに、霊夢は座った。
 ご丁寧にもゴザが敷かれてあったが、それについては何も言わなかった。
「山の上でも、夕涼みはできるでしょうに」
「うちの神社でもいいんだけどね」
 諏訪子が言った。
「ほら、ここって近いんでしょう?」
「何がよ?」
「外の世界さ」
 諏訪子の言葉を補うように、神奈子が口を開いた。
「だから、届くと言うべきか、或いは聞こえると言うべきか。そういうのも、あるんじゃないかと思ってね」
「はっきりしない物言いね、あんたにしては珍しい」
「まあ、私にも思うところはあるんだよ。勿論、私だけじゃなく、諏訪子にもね」
 神奈子の顔が、また動いた。曖昧な微笑みを浮かべたのが、霊夢にもはっきりと見て取れた。言葉だけでなく表情まで曖昧であるように、靈夢には思えた。
 諏訪子は、すでに霊夢から顔を逸らし、夜空をじっと見上げている。
「折角だ。ちょっと耳を済ませてみるかい?」
 神奈子が言った。その顔は、諏訪子と同じ方角を向いている。
「どうせ暇なんでしょう?」
「その言い方は、ちょっと違うんじゃない? 博麗神社は、うちの神社なんだけれど」
「硬いこと言わない」
 霊夢も、夜空を見上げてみる。
 聞こえてくるのは、虫の鳴き声くらいだった。そういう意味では、静かな夜である。秋らしい夜だった。涼しい気配は漂っているが、肌寒いほどではない。過ごしやすい空気は、夕涼みには最適だった。
 酒宴には持って来いの夜だと、霊夢は思った。
 途端に、唇が寂しくなってきた。
 傍らを見ると、神奈子と諏訪子の顔が並んで見えた。はっとするほど、静かな表情をしている。普段から、何かと騒がしく過ごすことの多い二人にしては、珍しいことだった。
 引き結んだ唇を、霊夢は舌で湿らせた。
 唇が寂しいと思ってしまった自分を、霊夢は束の間、恥じた。
「珍しいと言えばさ」
 その気恥ずかしさを誤魔化すように、霊夢は言った。
「あんたら、今年は珍しく静かだったわよね」
 二人は、夜空から霊夢へと向き直った。静かな表情のまま、何も言わないでいる。
「特に騒動らしい騒動も、引き起こさなかったし。精々、小さな催しをしたくらいだった。色々と動き回っていた頃と比べると、やっぱり珍しいとは思ってね」
「さっきも言ったとおりよ」
 神奈子が言った。
「私にも諏訪子にも、思うところがあるのさ」
「思うところねえ」
「今年は色々とあったからねえ」
 目を細めながら、神奈子は息を吐いた。
「色々とあった」
「ま、私たちは除け者みたいなものだけれどね」
 諏訪子が、けろりと言った。静かな表情はすでに消えており、人を食ったような笑みを浮かべている。
「だから、神奈子の言った〝色々〟にも、全然関わってないのさ。ここに来て、こうして耳を済ませてみるのは、単なる好奇心みたいなものだね。例えるなら、野次馬根性丸出しの、デバガメってところかな?」
「諏訪子、そういう言い方は止めなさい。私たち、仮にも神様でしょうが」
 嗜めるように、神奈子は言った。それに対して、諏訪子はけけけと人の悪い笑い声を上げただけだった。場の空気が緩んでいくのが、霊夢には手に取るように分かった。
 部屋に戻り、一升瓶を担ぐ。お猪口は三つ用意した。
 境内の一角に戻っても、神奈子と諏訪子は胡坐をかいていた。霊夢が酒を持ってきたことにも、驚いた様子はない。ただ、お猪口を受け取る時には、静かにお礼の言葉を述べていた。
「あんた、途中でお酒が飲みたいって思ったでしょう?」
 いきなり諏訪子が言った。霊夢の目を覗き込みながら、人の悪い笑みを浮かべている。
「こういう夜だもの、仕方がないよね」
「うるさいわね。そのお猪口、取り上げるわよ」
「おっと、そいつはご勘弁」
「まあ、こういう夜に酒が欲しくなるのも当然さ。なにより」
 お猪口に酒を注ぎながら、神奈子が言った。
「今夜はお祝いだからね」
「ああ、確かに」
 お猪口を片手に、諏訪子が言った。
「今夜はお祝いだね。そして、お祝いにはお酒がつきものさ」
 示し合わせたように、二人は顔を見合わせて、笑った。
 訳が分からず、霊夢は首を傾げかけて、やめた。目の前の神様二人にからかわれるのは、何となく癪だった。そしてそれ以上に、今はお酒が楽しめれば良いと思った。
 秋らしく、涼しい夜である。
 虫の鳴き声が聞こえる中に、酒宴の姦しい声が響き渡った。神様二人は、先ほどまでの静けさが嘘のような騒がしさで、お猪口を傾けながら笑っている。
 それを眺めながら、霊夢は息を吐いた。
 こういうのも悪くないかな。
 そう思って、夜空を見上げた。
 
「何事のおわしますをば知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」
「いきなりどうかしましたか、幽々子様」

 ご読了、誠にありがとうございました。
爪影
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http://tumekage.blog.shinobi.jp/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
そうか、西行の歌ですね(ググった
時事ネタということでもあり。
この神様達は、もっといろんな相手に絡んでほしいですね、創想話的に。
2.名前が無い程度の能力削除
同じく西行でググりました
こんな神様たちが伊勢神宮にもいたのかもしれませんね