ある夏の午後。
秦こころは、冷やしていたスイカを取りに小川のほとりまで来ていました。
それは知り合いの農夫にもらったもので、昼になったら食べようと朝から水に浸けていたのでした。
ちょうど木の陰になっている浅瀬をのぞきこみます。
「……あれ?」
しかしこころは首を傾げてしまいます。
それもそのはず。網に入れて動かないようにしていたスイカがどこにもなかったのです。
よく見れば網には大きな穴があいています。
「大変! 流されたんだわ!」
こころはスイカを追いかけるために川を下りはじめました。
◆
「やい、あらわれたな。お面のやつ。あたいと勝負しろ!」
スイカを探して川を下っていくと、こころは知り合いの氷精に出会いました。
ふだん彼女とは「サイキョーの称号」を奪い合う間柄なのでしたが、今はそんなことをしている場合ではありません。
「私は忙しいんだよ♪ 邪魔しないでよ♪」
こころは楽しみのお面をかぶって言いました。
このお面をかぶるといつも楽しくなってしまうのです。
言っていることと態度の違いに、氷精は首をかしげました。
「おまえヘンだぞ。頭うったのか」
「そうだ、あなたにききたいことがあるんだ」
こころは氷精の言葉は気にせず、よいことを思いついたと手をうちました。
「この川をスイカが流れていかなかった? 私はそれを追ってるの!」
「えっ、そうなの」
「そうなの。なんとか見つけなくちゃいけないんだけど……♪」
こころは楽しそうに心配しました。
それを聞いていた氷精は、ううむと首を傾げながら考えだします。一生懸命思い出そうとしているのです。
「……だめ。覚えてない」
「そんなあ♪」
「でもここに無いならもっと先じゃないの」
氷精は川下を指差しました。
そうかもしれない、とこころは楽しそうに納得します。
「わかった。もっと先を探してみる。ありがとうね♪」
「いいって。いいって」
氷精は照れたように手を振りました。
ついさっきまでこころと戦おうとしていたことは忘れているようです。
彼女と別れたこころは、またスイカを探して川を下りはじめました。
◆
「うええええん。私のスイカぁ、どこへ行っちゃったのぉ……」
こころは泣きながら川を下っていきます。
つけているのは悲しみのお面。その名の通り悲しい気持ちになるお面です。
「うええええん……」
「あらあら。どうしたのですか」
川の中からおっとりとした声が聞こえてきました。
水面に目をやると、一匹の人魚が顔を出しています。
「何か悲しいことでもありましたか。どうして泣いているの」
「実は……」
こころは現れた人魚に事情を説明しました。
話が終わると、彼女も悲しそうな顔になっていきます。
「そうだったの。それは残念でしたね」
「だから……私っ……スイカをっ……見つけなきゃ……」
こころはいよいよ悲しくなってきました。
そんなこころを見て人魚は慌てました。
「も、もしかして私はスイカを見ているかもしれません!」
「本当?」
「はい。先ほどこの川を流れていきました。……でも、もう食べない方がいいと思いますよ」
それはなぜ? とこころは尋ねます。
「川を流れていくうちに岩に当たったのか、もう形が崩れていました」
「えっ、そんな……」
「私が見たときからそうなっていましたよ」
こころは人魚の話を聞いてがっくりと肩を落とします。
しかし次にはとても嬉しそうな声を上げました。
「だ~いじょ~ぶ! 少しくらい崩れていても問題な~し!」
「あら。どうしたの」
「こっちに流れていったんだね? 探してみるよ!」
こころはそう言って人魚と別れると、またスイカを探して川を下っていきました。
◆
こころは嬉しそうに鼻唄をうたいながら川を下っていました。
つけているのは喜びのお面。これをつけていると、どんなときでも嬉しくなってしまうのです。
「ふふん、ふふん、ふ~ん」
「なんだいお前は。やけに嬉しそうじゃないか」
こころは急に話しかけられても嬉しくなりました。
声の方を見ると、赤い服を着た女の人が生首を腕の中で転がしています。
「あなたはだあれ。なんだか頭と体が離れているように見えるけど」
「私はろくろ首さ。今はこうして自分の頭を洗っているんだ。あなたもやってみるかい」
「ごめんなさい。お面はつけ変えられるけど私の首は取れないの」
「不便な体だ」
ろくろ首はごろごろと生首を転がしながら言いました。
あんなに回してどうやって喋っているのかしら、とこころは少し不思議に思いました。
「ところであなたは私の探し物を見ませんでしたか」
こころは嬉しそうに言いました。
「探し物って?」
「スイカです。川で冷やしていたら流されてしまったのです。大きさは……そう、あなたの生首くらい」
「気持ちの悪い例えだね」
ろくろ首は生首を自分の体にくっつけました。
もったいぶって首を傾げます。
「知っているかもしれない」
「本当ですか」
「ああ。さっき流れてきたんだ。でもあなたが言うほど大きくはなかったね。例えるなら……そう、赤ちゃんの生首くらい」
「気持ち悪い例えだわ」
こころはにこにこして言いました。
「川上から流れてきて、もっともっと下っていったよ」
「じゃあこっちね。行ってみるわ」
「たぶん別のスイカだと思うけどね」
こころはろくろ首と別れると、またスイカを探して川を下っていきました。
◆
もっともっと下っていくと、川べりで水面をのぞいている狼女がいました。
こころは彼女に話しかけます。
「こんにちわ! 狼女さん!」
「やあ、知らない誰か。何をそんなに怒っているの」
「怒ってなんかいません! 私は普通です!」
こころはイライラしながら言いました。
怒りのお面をつけているのです。
「あなたがそう言い張るなら信じるけど………。ところで何をしに来たの」
「探し物をしているのです! でも見つからないのです!」
「やっぱり怒っているじゃないか」
本当は怒っていないのに、このお面をつけると怒っている風になってしまいます。
こころは何だか悪いことをしているような気持ちになりました。
「狼女さんは何をしていたのですか!」
「私? 歯を磨いていたんだよ。やっぱり狼は歯が命だからね」
「何かおいしいものでも食べていたの!?」
「ふっふっふ。それはね……」
じゅるり、と狼女は舌舐めずりをしました。
こころはそんな彼女の口元から赤い汁が流れたのを見ました。
「ま、まさか私も食べる気なんですか!」
こころは怒りながら言いました。本当は怖くて仕方がないのに、お面のせいでやっぱり怒ってしまうのです。
「いいや。もうさっき食べたからね。それに私は菜食主義者なんだ」
「本当ですか!?」
「本当だとも。……じゅるり」
狼女はまた舌舐めずりとしました。
「そ、そういえばあなたは私の探し物を見ませんでしたか。この川を下りながらずっと探しているんですが!」
こころは勇気を振り絞って狼女に尋ねました。
「ふうん。何を探しているの」
「スイカです!」
「えっ、スイカ!?」
狼女は突然大きな声を出しました。
聞いていたこころはびっくりしてお面を外してしまいます。お面のない彼女は無表情です。
「川上で冷やしていたものが流れてしまったのです。私はなんとしてもスイカを見つけないといけません」
「へ、へえ。そうなんだ。でもスイカなんて一度流されたらなかなか見つけられないよ。もう諦めたほうがいいんじゃないかな」
「でも見つけないと大変なことになるのです」
こころは無表情のまま言い切りました。
なにか理由でもあるの、と狼女は不思議に思って尋ねます。
「あのスイカは畑を荒らす妖怪や妖精を懲らしめるためのもので、中には“下剤”が入っていたのです。スイカをくれたおじさんが途中で気づいて教えてくれて、私はそれを回収しようと思っているのです。もし流れたスイカを誰かが食べたら大変なことに……」
「……」
それを聞いた狼女は真っ青な顔をしました。
……翌日、こころは妙なうわさを耳にしました。お腹を壊した氷精と人魚とろくろ首と狼女が、永遠亭の前で列を作っていたというのです。
いっせいにお腹を“下す”なんて不思議なこともあるものだなと思いながら、こころは何も入っていない美味しいスイカにかじりついたのでした。
輝針城、体験版メンバーのみなのが残念に思える程、すらすらと読めて面白かったよ。
お見事!
実に感情豊かなこころちゃんがベネでした。