「霊夢を私のものにするわ!」
お嬢様がいつも通り唐突に言い出した、とある春の日。
「まずはなつかせる必要があるわね……」
嫌な予感がしたけれど、逃げるわけにもいかない。
「そうだ。咲夜、餌付けをしなさい。あなたの料理はおいしいし、あの巫女はきっと飢えている。」
おいしいとは、光栄です。
「朝になったら、材料を持って作りにいくこと。全ては運命なのよ。」
はぁ……。他に仕事もあるのに。とは思えど表情には出さない。
「露骨に嫌そうな顔をしないでよ……。もう下がっていいわ」
+++
光輝きピンと立つ白米、豆腐の入ったお味噌汁、赤い焼き鮭に、ほうれんそうのおひたし、お漬け物。神社の見た目から勝手に和食派だと推理し作ってみた。
ちなみにうちは洋館だが和食も出る。全てはお嬢様の気分次第。
食事を取るのだろうと思われるキッチンの横の部屋の机にはまだこたつ布団がかかっており、見るだけですこし暑く感じさせられる。
ご飯が出来上がりそろそろ一時間が経とうとしていた。
日はじきにてっぺんに届くだろう。はぁとため息をつき、寝室の襖を開ける。
はだけた寝間着に、布団から大きくはみ出した手足……というよりもほぼ全身、なぜかまだ冬布団で暑そうだ。口はだらしなく開き、雨戸を開けてやると眩しいのかあがぁと謎の声をあげ腕で顔を隠した。
「起きてください」
「あぐ」
「起きてってば」
「んぁ………」
「……もう、帰ってもいいかしら」
「あ」
すんすんと鼻が動く。
「ごはん?」
「ええ、朝食がありますよ」
「たべる」
手も使わずバッと起き上がると虚ろな目のままふらふらと歩きだし炬燵に入った。
朝御飯には遅い朝御飯を前にセットしてやると口に運ぶ。ひとくち、食べるとぱっちりと目が開き勢いよく手が進む。
「おかわり」
ずいっとお茶碗がつき出される。突っ返してやろうか。
ぐいぐい。押し付けられて、仕方がないかと受けとりごはんをよそう。これで終わるようにと気持ち多めに。
「はい」
「ん。おいしい」
「そう、よかったですね」
全て食べ終わり手を合わせるとごちそうさまと小さく呟いた。
それには返事をせず熱いお茶を入れると、使い終わった食器を順番に下げる。
カチャカチャと食器の触れ合う音と、ぺたぺたという私の足音だけが場を支配する。
「で?」
唐突に声が聞こえてきた。食器を洗っていた手を止め振り返る。霊夢はお茶をすすりながらも視線をこちらに寄越していた。
「……なんですか?」
「それはこっちの台詞よ。朝起きたら怪しいやつがが朝御飯を用意してましたーって。罰ゲームかなにか?」
確かに嫌いな人のためにわざわざご飯を作るのは、ある意味罰ゲームかもしれないけれど。
「お嬢様の命令です」
「またよくわからないことを。何を企んでいるのよ」
「……………しらないですわ」
「今の間は何よ」
「まあ、悪いことを企んでいる感じはしないからいいわ。それと明日はもうちょっと遅く来てね」
「明日も来るってよくわかりましたね」
「勘よ」
「今日も早く来てたってことは」
「……勘よ」
「二度寝?」
「悪い?」
「……今日から三食作りに来ますので、よろしくお願いします」
はぁ。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、最近はどれほど逃げてしまったことか。
もしかしてその結果が現状なのかしら。
+++
その日から毎日、朝食を作り、霊夢を起こす。買い出しに出掛けて昼食を作り、時間を潰し、夕食を作り終えると館に戻り眠る。起きればお嬢様のお世話というせわしない生活が始まった。
しかし時々は変化があるもので。
「今日は買い出し一緒に行くわ。重いでしょ?」
「一人で平気です」
「そう言わずにさ、ほら」
無理矢理に買い物についてきたりだとか。
「いただきます」
「あら、ちゃんと言えるんですね」
「バカにしてるの?」
「いえ、そんなことは。ただの皮肉です」
初めは言わなかったいただきますが聞こえたり。
「今日から起こしてくれなくていいわ。自分で起きるから」
「どうしたの?急に」
「それは寝癖とか寝顔とか……ああ、もう!別にいいじゃない」
突然に自分で起きるなんて成長を見せたり。
……三日坊主どころか一日も起きれなかったのだけど。
「こたつ、まだしまわないの?」
「うん、面倒くさいから冬まで出しとこうかと」
「……しまいますね」
「ああ!やめてってば」
お嬢様の命令でやっていたはずなのに。
「アイスクリームが食べたい」
「そろそろ暑くなってきましたね」
「……作れって意味なんだけど」
「あなたの命令に従う気はないわ」
何て言いながら作ったり。
きっとこの巫女には心を開かせるような不思議な力があるのだろう。
二人並んで縁側で茶を飲む。熱々の緑茶、今日は茎茶なので甘味が強い、はず。
「飲まないの?」
熱くて飲めないなんてこの子に知られるのは嫌だ。なぜだかわからないけれども。時間を停めてお茶を吹いて冷ます。一口、うん、飲めるわ。時間停止を解除。
「……時間止めたでしょう」
「そんなことないわ」
お茶を飲む。おいしい。
「今日の夕飯はなにがいい?」
「そろそろ旬だし、鱧とか?梅肉がいいわ。あ、あと土瓶蒸しもいいわね」
「また面倒なものを……」
「酢味噌も嫌いじゃないんだけど」
「人の話を聞きなさい」
「あんたはどっちが好き?」
「……はぁ。私は……いや、食べて帰らないわよ」
生活していくうちに次第に打ち解けて。
だって、嫌いだったのに。
ほら、気が付くと、いつの間にか、きみのためになっていたんだよ。
面倒くさいなと思いながら作っていた料理が、いつの間にかリクエストを聞くようになり、気が付くと霊夢の笑顔を想像して作るようになっていた。
弱味を握られるのが嫌だと考えていたのが、気が付くと格好悪いところを見られるのが嫌に変わっていた。
話をするのも嫌で敬語を使っていたのが、敬語でなくなり、軽口を叩き合うようになっていた。
必要最低限しか顔をあわせなかったのが、夕食以外の食事を共にするようになっていた。
お嬢様に気に入られたこの子のことを大嫌いだったのに、いつのまにか変わっていた。
+++
「明日から行かなくていいわ」
初めはすぐ飽きるだろうなんて考えていたんだから予想はついたはずなのに、その言葉は突然だった。
「……なぜでしょうか」
「飽きた!」
あっさりとした答え。返事は、できなかった。なぜかはわかっている。でも認めたら終わってしまいそうで、口が動かなかった。
「今日行ったら明日からは料理をしに行かないって伝えてきてね」
はい、掠れて消えてしまいそうな声で返事をする。お嬢様に届いたかどうかなんて考えられなかった。
いつも通りに、神社に行き、朝食を作った。らしい。記憶が飛んでいて、そこまでショックを受けていたのかと自嘲する。
今日はパン。霊夢は和食でも洋食でも好きらしくどっちを作ってもおいしそうに食べてくれる。
こうして作るのも今日で最後か、もうちょっと気合いを入れて作ればよかったなとも思ったが材料の都合なんだから仕方がない。
昼食と夕食はちょっと豪華にしよう。
「おはよう」
声に驚いて振り返るといつもの服装で、眠たそうな顔をした霊夢がいた。自分で起きるなんて珍しい。
「お、おはよう」
「ん。今日は、パン?」
「ええ、ご飯がよかった?」
「ううん。ちょうどパンの気分だったのよ。ありがと。さ、食べよう」
いつもの座席につき、それぞれに手と手を合わせて、二人同時に。
「いただきます」
いつも通りに穏やかに時間は過ぎた。朝食を食べ終わって買い出しに出掛けて、昼食を食べて。何度も言い出そうとして、そっけなくあしらわれたらと思うと言い出せずに、夜が来た。
珍しく……初めて、夕食も食べて帰ると言ってみると霊夢はあっさり認めてくれた。
片付けを済ませ、机を挟んで座る。
湯飲みもその中のお茶も熱く、机に置いたままにして、少し冷めるのを待っていた。霊夢は普通に飲んでいるが、どうして平気なのかと疑問に思う。
「で、今日はどうしたの」
霊夢が急に口を開いた。両手で湯飲みを持って、目はふせている。表情は読めない。
湯飲みに伸ばしかけた手を止める。
「なにが」
平静を装って訊ねる。
「今日、様子がおかしかったから」
「……そう?」
「ええ」
今が言い出すチャンスだ、せっかく用意してくれたのだから言わないと。とは思うもやはり口は動かない。心臓はバクバクと動いている。明日から来ないからって言うだけでいいのに。
「言いたくないならいいわよ。言いたくなったら、言いなさい」
「今日で、最後なの」
俯いて、ゆっくりと、話し出す。
「なにが?」
「こうしてここに来ることが」
「……また、どうして急に」
「お嬢様が飽きられたからって。明日から行かないと伝えてこいと言われたの」
「……咲夜、顔を上げて」
促されて顔を上げると、向かいには霊夢の姿はなく、横に移動してきていた。
霊夢はへたくそに微笑んで、こちらに向かって両腕を広げている。
「ほら、おいで。」
本当に行ってもいいのか、躊躇していると、背中に手を回され勢いよく引き寄せられた。
霊夢の胸に顔がぶつかり止まる。
「そんなことくらいで泣きそうな顔すんな。ばーか」
抱きしめられた嬉しさよりも、「そんなこと」と切り捨てられたことに悲しくなった。離れようと霊夢の胸に手を付き離れようとする。ぐっと抱きしめられる力が強くなっただけで、離れられなかった。
「そんなことって、なによ」
「そんなことは、そんなことよ。」
肩を掴んで少し距離を開けられる。鼻が付きそうな距離で、目が合う。
妙な緊張感で、目をそらすと頭を固定されて目を合わせられた。
「そんなこと、よ」
「……っ、そんなに何回も言わなくてもいいじゃない」
「だって、あいつの命令じゃなくてもうちには来れるでしょう?」
その言葉は胸にじわじわと広がり、恐る恐る口を動かす。
「来て、いいの?」
「いつでも来ればいいじゃない」
「でも、迷惑じゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「だって」
どうして、そんなの、決まってる。
「だいきらい、だったの」
「うん、知ってた」
「霊夢」
「なに?」
「好きになっちゃったんだけど、また来てもいい?」
「咲夜ならいつでも大歓迎よ。ご飯おいしいし」
ご飯目当てか、とぽかりとたたくとごめんごめんと軽く謝られた。
「咲夜。好き」
そう言う霊夢の晴れやかな笑顔に、へにゃりといつもらしくなくだらしなく笑って。
うん。と頷いた。
二人が過ごす時間はまるでバニラアイスの甘さで。頬をくっつけて笑いあっていた。
お嬢様がいつも通り唐突に言い出した、とある春の日。
「まずはなつかせる必要があるわね……」
嫌な予感がしたけれど、逃げるわけにもいかない。
「そうだ。咲夜、餌付けをしなさい。あなたの料理はおいしいし、あの巫女はきっと飢えている。」
おいしいとは、光栄です。
「朝になったら、材料を持って作りにいくこと。全ては運命なのよ。」
はぁ……。他に仕事もあるのに。とは思えど表情には出さない。
「露骨に嫌そうな顔をしないでよ……。もう下がっていいわ」
+++
光輝きピンと立つ白米、豆腐の入ったお味噌汁、赤い焼き鮭に、ほうれんそうのおひたし、お漬け物。神社の見た目から勝手に和食派だと推理し作ってみた。
ちなみにうちは洋館だが和食も出る。全てはお嬢様の気分次第。
食事を取るのだろうと思われるキッチンの横の部屋の机にはまだこたつ布団がかかっており、見るだけですこし暑く感じさせられる。
ご飯が出来上がりそろそろ一時間が経とうとしていた。
日はじきにてっぺんに届くだろう。はぁとため息をつき、寝室の襖を開ける。
はだけた寝間着に、布団から大きくはみ出した手足……というよりもほぼ全身、なぜかまだ冬布団で暑そうだ。口はだらしなく開き、雨戸を開けてやると眩しいのかあがぁと謎の声をあげ腕で顔を隠した。
「起きてください」
「あぐ」
「起きてってば」
「んぁ………」
「……もう、帰ってもいいかしら」
「あ」
すんすんと鼻が動く。
「ごはん?」
「ええ、朝食がありますよ」
「たべる」
手も使わずバッと起き上がると虚ろな目のままふらふらと歩きだし炬燵に入った。
朝御飯には遅い朝御飯を前にセットしてやると口に運ぶ。ひとくち、食べるとぱっちりと目が開き勢いよく手が進む。
「おかわり」
ずいっとお茶碗がつき出される。突っ返してやろうか。
ぐいぐい。押し付けられて、仕方がないかと受けとりごはんをよそう。これで終わるようにと気持ち多めに。
「はい」
「ん。おいしい」
「そう、よかったですね」
全て食べ終わり手を合わせるとごちそうさまと小さく呟いた。
それには返事をせず熱いお茶を入れると、使い終わった食器を順番に下げる。
カチャカチャと食器の触れ合う音と、ぺたぺたという私の足音だけが場を支配する。
「で?」
唐突に声が聞こえてきた。食器を洗っていた手を止め振り返る。霊夢はお茶をすすりながらも視線をこちらに寄越していた。
「……なんですか?」
「それはこっちの台詞よ。朝起きたら怪しいやつがが朝御飯を用意してましたーって。罰ゲームかなにか?」
確かに嫌いな人のためにわざわざご飯を作るのは、ある意味罰ゲームかもしれないけれど。
「お嬢様の命令です」
「またよくわからないことを。何を企んでいるのよ」
「……………しらないですわ」
「今の間は何よ」
「まあ、悪いことを企んでいる感じはしないからいいわ。それと明日はもうちょっと遅く来てね」
「明日も来るってよくわかりましたね」
「勘よ」
「今日も早く来てたってことは」
「……勘よ」
「二度寝?」
「悪い?」
「……今日から三食作りに来ますので、よろしくお願いします」
はぁ。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、最近はどれほど逃げてしまったことか。
もしかしてその結果が現状なのかしら。
+++
その日から毎日、朝食を作り、霊夢を起こす。買い出しに出掛けて昼食を作り、時間を潰し、夕食を作り終えると館に戻り眠る。起きればお嬢様のお世話というせわしない生活が始まった。
しかし時々は変化があるもので。
「今日は買い出し一緒に行くわ。重いでしょ?」
「一人で平気です」
「そう言わずにさ、ほら」
無理矢理に買い物についてきたりだとか。
「いただきます」
「あら、ちゃんと言えるんですね」
「バカにしてるの?」
「いえ、そんなことは。ただの皮肉です」
初めは言わなかったいただきますが聞こえたり。
「今日から起こしてくれなくていいわ。自分で起きるから」
「どうしたの?急に」
「それは寝癖とか寝顔とか……ああ、もう!別にいいじゃない」
突然に自分で起きるなんて成長を見せたり。
……三日坊主どころか一日も起きれなかったのだけど。
「こたつ、まだしまわないの?」
「うん、面倒くさいから冬まで出しとこうかと」
「……しまいますね」
「ああ!やめてってば」
お嬢様の命令でやっていたはずなのに。
「アイスクリームが食べたい」
「そろそろ暑くなってきましたね」
「……作れって意味なんだけど」
「あなたの命令に従う気はないわ」
何て言いながら作ったり。
きっとこの巫女には心を開かせるような不思議な力があるのだろう。
二人並んで縁側で茶を飲む。熱々の緑茶、今日は茎茶なので甘味が強い、はず。
「飲まないの?」
熱くて飲めないなんてこの子に知られるのは嫌だ。なぜだかわからないけれども。時間を停めてお茶を吹いて冷ます。一口、うん、飲めるわ。時間停止を解除。
「……時間止めたでしょう」
「そんなことないわ」
お茶を飲む。おいしい。
「今日の夕飯はなにがいい?」
「そろそろ旬だし、鱧とか?梅肉がいいわ。あ、あと土瓶蒸しもいいわね」
「また面倒なものを……」
「酢味噌も嫌いじゃないんだけど」
「人の話を聞きなさい」
「あんたはどっちが好き?」
「……はぁ。私は……いや、食べて帰らないわよ」
生活していくうちに次第に打ち解けて。
だって、嫌いだったのに。
ほら、気が付くと、いつの間にか、きみのためになっていたんだよ。
面倒くさいなと思いながら作っていた料理が、いつの間にかリクエストを聞くようになり、気が付くと霊夢の笑顔を想像して作るようになっていた。
弱味を握られるのが嫌だと考えていたのが、気が付くと格好悪いところを見られるのが嫌に変わっていた。
話をするのも嫌で敬語を使っていたのが、敬語でなくなり、軽口を叩き合うようになっていた。
必要最低限しか顔をあわせなかったのが、夕食以外の食事を共にするようになっていた。
お嬢様に気に入られたこの子のことを大嫌いだったのに、いつのまにか変わっていた。
+++
「明日から行かなくていいわ」
初めはすぐ飽きるだろうなんて考えていたんだから予想はついたはずなのに、その言葉は突然だった。
「……なぜでしょうか」
「飽きた!」
あっさりとした答え。返事は、できなかった。なぜかはわかっている。でも認めたら終わってしまいそうで、口が動かなかった。
「今日行ったら明日からは料理をしに行かないって伝えてきてね」
はい、掠れて消えてしまいそうな声で返事をする。お嬢様に届いたかどうかなんて考えられなかった。
いつも通りに、神社に行き、朝食を作った。らしい。記憶が飛んでいて、そこまでショックを受けていたのかと自嘲する。
今日はパン。霊夢は和食でも洋食でも好きらしくどっちを作ってもおいしそうに食べてくれる。
こうして作るのも今日で最後か、もうちょっと気合いを入れて作ればよかったなとも思ったが材料の都合なんだから仕方がない。
昼食と夕食はちょっと豪華にしよう。
「おはよう」
声に驚いて振り返るといつもの服装で、眠たそうな顔をした霊夢がいた。自分で起きるなんて珍しい。
「お、おはよう」
「ん。今日は、パン?」
「ええ、ご飯がよかった?」
「ううん。ちょうどパンの気分だったのよ。ありがと。さ、食べよう」
いつもの座席につき、それぞれに手と手を合わせて、二人同時に。
「いただきます」
いつも通りに穏やかに時間は過ぎた。朝食を食べ終わって買い出しに出掛けて、昼食を食べて。何度も言い出そうとして、そっけなくあしらわれたらと思うと言い出せずに、夜が来た。
珍しく……初めて、夕食も食べて帰ると言ってみると霊夢はあっさり認めてくれた。
片付けを済ませ、机を挟んで座る。
湯飲みもその中のお茶も熱く、机に置いたままにして、少し冷めるのを待っていた。霊夢は普通に飲んでいるが、どうして平気なのかと疑問に思う。
「で、今日はどうしたの」
霊夢が急に口を開いた。両手で湯飲みを持って、目はふせている。表情は読めない。
湯飲みに伸ばしかけた手を止める。
「なにが」
平静を装って訊ねる。
「今日、様子がおかしかったから」
「……そう?」
「ええ」
今が言い出すチャンスだ、せっかく用意してくれたのだから言わないと。とは思うもやはり口は動かない。心臓はバクバクと動いている。明日から来ないからって言うだけでいいのに。
「言いたくないならいいわよ。言いたくなったら、言いなさい」
「今日で、最後なの」
俯いて、ゆっくりと、話し出す。
「なにが?」
「こうしてここに来ることが」
「……また、どうして急に」
「お嬢様が飽きられたからって。明日から行かないと伝えてこいと言われたの」
「……咲夜、顔を上げて」
促されて顔を上げると、向かいには霊夢の姿はなく、横に移動してきていた。
霊夢はへたくそに微笑んで、こちらに向かって両腕を広げている。
「ほら、おいで。」
本当に行ってもいいのか、躊躇していると、背中に手を回され勢いよく引き寄せられた。
霊夢の胸に顔がぶつかり止まる。
「そんなことくらいで泣きそうな顔すんな。ばーか」
抱きしめられた嬉しさよりも、「そんなこと」と切り捨てられたことに悲しくなった。離れようと霊夢の胸に手を付き離れようとする。ぐっと抱きしめられる力が強くなっただけで、離れられなかった。
「そんなことって、なによ」
「そんなことは、そんなことよ。」
肩を掴んで少し距離を開けられる。鼻が付きそうな距離で、目が合う。
妙な緊張感で、目をそらすと頭を固定されて目を合わせられた。
「そんなこと、よ」
「……っ、そんなに何回も言わなくてもいいじゃない」
「だって、あいつの命令じゃなくてもうちには来れるでしょう?」
その言葉は胸にじわじわと広がり、恐る恐る口を動かす。
「来て、いいの?」
「いつでも来ればいいじゃない」
「でも、迷惑じゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「だって」
どうして、そんなの、決まってる。
「だいきらい、だったの」
「うん、知ってた」
「霊夢」
「なに?」
「好きになっちゃったんだけど、また来てもいい?」
「咲夜ならいつでも大歓迎よ。ご飯おいしいし」
ご飯目当てか、とぽかりとたたくとごめんごめんと軽く謝られた。
「咲夜。好き」
そう言う霊夢の晴れやかな笑顔に、へにゃりといつもらしくなくだらしなく笑って。
うん。と頷いた。
二人が過ごす時間はまるでバニラアイスの甘さで。頬をくっつけて笑いあっていた。
御馳走様です。ありがとうございます。
幸せな気持ちになれました、ご馳走様でした。咲霊おしあわせに!
おぜうマジキューピット