全ての行動に理由を求めろ。私が私であるために。
行動に理由なんて要らない。それが私の行動理由。
太股を撫でる冷たい感覚で目が醒める。そこに見えるのは、暗い岩の天蓋。
川に半身を預けて眠るなんてどうかしていると自分でも思うが、それで心が落ち着くのだから仕方ない。そういうことにしてある。
この水の冷たさが、私が私であることを思い出させてくれる。妖怪、橋姫としての私に刻まれた最初の記憶。
それをなぞるだけで"らしさ"を強固にできるというのだから、単純なものである。
尤も、複雑すぎれば自己の保持すらままならなくなるのでそれは御免だ。手間がかからないに越したことは無い。
「(此処を行き来する奴らはアテにできないし…また鬼どもの観察、か)」
立ち上がって服の裾を絞りながら、これからの予定を考える。回顧だけでは糧にならない、だから嫉妬を貪らなければならない。
本来なら此処 ―地底街道へ続く橋― を訪れた奴らに狙いを定めるところなのだろうが、そんな物好きは滅多に現れない。
よって人気の多い場所へ出向かわざるを得なくなり、そしてそこにいるのは鬼なのだ。
「あぁ嫉ましい嫉ましい、日夜騒ぎ通せるその心が嫉ましい…」
そろそろ口に出すのも飽きてきた呪いの言葉を紡ぎながら、私は地底街へと歩を
進めようとして、足が動かなかった。
慌てて足元を見る。そこには膝の辺りを流れる瀬の流れだけ、おかしなものは何もない。…膝の辺り?そもそもこの川はここまで深かったか?
「これじゃあ、まるで淵…」
そう呟くのとほぼ同時に、異質な気配を感じた。顔を上げると、そこには一つの見慣れない影。
帽子まであつらえた水兵服と、身体に不釣合いなまでに巨大な錨。そして…敵意に満ちた眼差し。
「…貴方の仕業ね」
「………」
「その口、使い物にならないわけじゃ―」
質問への回答は、暴力的な手段で与えられた。…即ち、攻撃。そいつの持っていた錨が、突然私の足元から飛び出してきたのだ。
不意の一撃に私は対応できず、鉄塊を全身で受け止めさせられた。そのまま私の体は錨と共に川へと倒れこみ…深く、深く沈んでいく。
「(そんな、ここまで深い筈が、っ)」
更に、息つく暇も無く ―そもそも水中では呼吸出来ないが― 敵は追い討ちをかけてくる。ゆらり、と私の前に姿を現し、喉首に手をかける。
何とか反撃しようと試みるが、如何せん水中では思うように体を動かせない。そうこうしているうちにも気管を締め上げられ、意識が遠のいていく。
このままだと…確実に、溺れ死ぬ。だけどここからでは反撃の術は無い。つまり―
「…あぁ嫉ましい嫉ましい、水と共にある貴方が嫉ましい…」
私は新たな呪いの言葉を口からこぼれる泡に託し、賭けに出ることにした。
目に映るものは、全て敵だった。
理由なんて崇高なものは無い。ただ、この怒りを全力でぶつけるための相手が欲しい。
その後はどうするとか、考えようともしなかった。ある意味、今の私は妖怪らしいことをやっているのだろう。
「(私は…何がしたいんだ?)」
首を締め上げながら、ぼんやりと考える。目の前の彼女を殺して何になるというのだろうか。誰も喜びやしない?そんなことは分かってる。
それでも、私の手は彼女の首を掴んで離さない。代わりに思考を手放し、両の手に力を込める。つられて、彼女の唇が動いた気がした。
もっとだ。もっと力を込めて、確実に…
彼女と目があった。彼女は…笑っていた。それが引き金になった。
「(…っ、こいつは―!)」
首にかけていた手を片方だけ離し、もう一度錨を叩き込む用意をして―そこまでだった。
錨を掴むことは叶わず、代わりに与えられたのは背中に走る痛み。目の前の彼女は何もしてない筈なのに。じゃあ誰が?
思考が正解に辿りつくよりも早く、錨を掴む筈だった手を後ろから掴まれる。振り返った先にいたのは
「(…二人がかり、か)」
紛れも無く、"彼女"だった。
賭けに、勝った。息苦しさから解放され、体が瀬に落ちる。
さっきまで溺れそうになっていたのに落ちるなんて、不思議なこともあるものだ。
まぁ、大体の予想はつく。目の前で倒れてるこいつがそういう"技"を使ったんだろう。
そしてそこから抜け出せたのも、私の"技"のおかげだった。今、私の目の前にいる私。嫉妬のにおいを嗅ぎつける、忠実な飛び道具。
「お疲れ様。思ったよりも早く来てくれたわね」
そんなに私の嫉妬が根深かったのか。いや、橋姫としては喜ばしいことなのだが。そんなことを思いながら飛び道具を片付け、倒した相手を見やる。
「…さて。どうしたものかしらね、こいつは」
妖怪らしく殺してやるのもいいが、後始末のことを考えるといい選択肢とは言えない。
ただでさえ空気の流れが悪い場所で腐臭が漂うのは土蜘蛛の棲む縦穴の近くだけで十分だ。
かといってこのままにしておくわけにもいかない。鬼どもか、あるいは覚のところへ運ぶのが楽といえば楽だろうけど―
「…ぅ、あ…?」
…考えてる間に当事者が目を覚ましてしまった。さっさと誰かに押し付けるべきだったか。
「!お前は、っ…」
「無理して話そうとしないほうがいいわよ。人間だったら心臓に穴が開くくらいには深く穿っておいたから」
「人間だったら、か」
そう呟いて胸元を右手でなぞる。…心臓どころかそのまま突き抜けてるじゃないか。
「随分と大人しいわね。さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「…お前が開けた穴から零れ落ちたよ」
鼻で笑われた気がしたけど、聞かなかったことにする。本当にそうとしか思えないくらいに冷静になっていたから。
「(そうだ…私は。私"たち"は)」
人間に仇なすものとして封じられたんだ。と言うことは…ここが、地底?一輪やぬえも近くにいるのかな?
「…ところで」
そんなことを考えていると、声をかけられた。
「私は別に構わないけど、と前置きしてから聞くわ。いつまでそうしているつもり?」
「できることなら、すぐにでも立ち去りたいかな」
「その口ぶりだと、ここがどこかは分かってるみたいね。理由は…聞くまでも無く、よく視える」
「…視える?」
「えぇ。余計な感情が抜け落ちた今なら分かるわ、あなたの執念。濁ってて、とても綺麗な緑色」
何を言っているんだ、こいつは。怪訝な視線を返すと―彼女の口元が、歪んだ。
「護れなかったんでしょう?大切なモノ…それとも、ヒトだったかしら?」
「貴方の緑は持たざるものの緑。失くしたのか、奪われたのか、それとも始めから持っていなかったのか…
理由はどうあれ、貴方は自分に無いものを強く欲し、そして妬んでいる」
黙ったままこちらを睨む彼女を見下ろしながら、私は言葉を紡ぐ。水辺でくすぶる炎を焚きつける。
「人間には扱えない力、人間には与えられない命。真に妬まれるべきは貴方だと言うのに…贅沢なものね、それ以上何が欲しかったのかしら?」
彼女の口元が歪む。…そうだ、それでいい。お前の感情を、嫉妬を私に見せろ!
「…何が言いたい」
「答える必要はないわ。貴方の―」
「―"貴方の心を殺してしまえば、答えの意味すら分からなくなるもの"…ですか。随分とご立腹のようですね?」
「…あんたには関係ないでしょ。久々に外で出会ったかと思えばいきなり厭味を言われるなんて、私も落ちぶれたものね」
「分かりきっていたことでしょう?」
不意に姿を現したのは地底の主、古明地さとり。…相変わらず、神経の逆撫でが上手な奴。それが趣味だと言うのだからある意味尊敬ものだ。
「初めまして。私はこの地底の管理を任されている古明地さとりと申します…以後お見知りおきを、村紗水蜜さん」
「っ、…どうして私の名前を?」
「嫌われ者の特権、ですよ。…。なるほど、"共に地底へ封印されたはずの仲間が気になる"…ですか。
残念ですが、あなたのお仲間については私は存じ上げません」
彼女…村紗水蜜は黙ったまま口を開こうとしない。
「あなたのお手伝いをしたい気持ちはあるのですが…生憎、本来の仕事のほうで手一杯でして」
何を嘯いて…いや、少なくとも半分は間違っていないか。余計な口出しをするような場面でもないだろう。
…そう思って傍観をしていたのが運の尽きだった。
「そちらの橋姫に協力してもらうといいでしょう。あぁ見えてお人好しですから」
「「はぁ?」」
想定外の言葉を投げかけられて変な声を出してしまった。それはもう一人も同じだったみたいで。
「そうやって厄介ごとを体良く押し付けるつもりでしょうけど、私はお断りよ」
「では、よそ者である彼女を安心して預けられる相手が他にいるとでも?」
「…」
「あなたが適任、とは言いません。あなたが一番マシなのですよ、少なくとも私の見立てでは」
抗議の声を上げたが、あえなく潰されてしまったようだ。
「…では、私はこれで。お互い、相手の機嫌には気をつけてくださいね?」
そういってもう一人…古明地さとりは足早に立ち去ってしまった。残ったのは、私と、まだ名も知らぬ彼女と、微妙な雰囲気。
しばらくの間、二人揃って黙り込んでいたけど…私は静寂に耐え切れずに口を開いた。
「ねぇ。あなた、名前は?」
「それを聞いてどうするつもりなのよ」
「もう少し雑に呼んでやろうと思ってさ。お互いに窮屈でしょ?」
再び静寂が訪れたけど、5秒もしないうちにそれは破られた。
「…パルスィ。水橋 パルスィよ」
「パルスィ…呼びづらい、な。水橋でいい?」
「お好きなように。私も貴方のことは勝手に呼ばせてもらうわ…村紗」
「そりゃどうも」
本当なら、彼女と一緒にいる理由なんてどこにも無い。だけど私はそれを選んだ。
理由は私の外にあった。それでも私は私だと信じていた。
失くしたものを、求め合ったのかもしれない。何を失くしたかさえ分からないというのに。
行動に理由なんて要らない。それが私の行動理由。
太股を撫でる冷たい感覚で目が醒める。そこに見えるのは、暗い岩の天蓋。
川に半身を預けて眠るなんてどうかしていると自分でも思うが、それで心が落ち着くのだから仕方ない。そういうことにしてある。
この水の冷たさが、私が私であることを思い出させてくれる。妖怪、橋姫としての私に刻まれた最初の記憶。
それをなぞるだけで"らしさ"を強固にできるというのだから、単純なものである。
尤も、複雑すぎれば自己の保持すらままならなくなるのでそれは御免だ。手間がかからないに越したことは無い。
「(此処を行き来する奴らはアテにできないし…また鬼どもの観察、か)」
立ち上がって服の裾を絞りながら、これからの予定を考える。回顧だけでは糧にならない、だから嫉妬を貪らなければならない。
本来なら此処 ―地底街道へ続く橋― を訪れた奴らに狙いを定めるところなのだろうが、そんな物好きは滅多に現れない。
よって人気の多い場所へ出向かわざるを得なくなり、そしてそこにいるのは鬼なのだ。
「あぁ嫉ましい嫉ましい、日夜騒ぎ通せるその心が嫉ましい…」
そろそろ口に出すのも飽きてきた呪いの言葉を紡ぎながら、私は地底街へと歩を
進めようとして、足が動かなかった。
慌てて足元を見る。そこには膝の辺りを流れる瀬の流れだけ、おかしなものは何もない。…膝の辺り?そもそもこの川はここまで深かったか?
「これじゃあ、まるで淵…」
そう呟くのとほぼ同時に、異質な気配を感じた。顔を上げると、そこには一つの見慣れない影。
帽子まであつらえた水兵服と、身体に不釣合いなまでに巨大な錨。そして…敵意に満ちた眼差し。
「…貴方の仕業ね」
「………」
「その口、使い物にならないわけじゃ―」
質問への回答は、暴力的な手段で与えられた。…即ち、攻撃。そいつの持っていた錨が、突然私の足元から飛び出してきたのだ。
不意の一撃に私は対応できず、鉄塊を全身で受け止めさせられた。そのまま私の体は錨と共に川へと倒れこみ…深く、深く沈んでいく。
「(そんな、ここまで深い筈が、っ)」
更に、息つく暇も無く ―そもそも水中では呼吸出来ないが― 敵は追い討ちをかけてくる。ゆらり、と私の前に姿を現し、喉首に手をかける。
何とか反撃しようと試みるが、如何せん水中では思うように体を動かせない。そうこうしているうちにも気管を締め上げられ、意識が遠のいていく。
このままだと…確実に、溺れ死ぬ。だけどここからでは反撃の術は無い。つまり―
「…あぁ嫉ましい嫉ましい、水と共にある貴方が嫉ましい…」
私は新たな呪いの言葉を口からこぼれる泡に託し、賭けに出ることにした。
目に映るものは、全て敵だった。
理由なんて崇高なものは無い。ただ、この怒りを全力でぶつけるための相手が欲しい。
その後はどうするとか、考えようともしなかった。ある意味、今の私は妖怪らしいことをやっているのだろう。
「(私は…何がしたいんだ?)」
首を締め上げながら、ぼんやりと考える。目の前の彼女を殺して何になるというのだろうか。誰も喜びやしない?そんなことは分かってる。
それでも、私の手は彼女の首を掴んで離さない。代わりに思考を手放し、両の手に力を込める。つられて、彼女の唇が動いた気がした。
もっとだ。もっと力を込めて、確実に…
彼女と目があった。彼女は…笑っていた。それが引き金になった。
「(…っ、こいつは―!)」
首にかけていた手を片方だけ離し、もう一度錨を叩き込む用意をして―そこまでだった。
錨を掴むことは叶わず、代わりに与えられたのは背中に走る痛み。目の前の彼女は何もしてない筈なのに。じゃあ誰が?
思考が正解に辿りつくよりも早く、錨を掴む筈だった手を後ろから掴まれる。振り返った先にいたのは
「(…二人がかり、か)」
紛れも無く、"彼女"だった。
賭けに、勝った。息苦しさから解放され、体が瀬に落ちる。
さっきまで溺れそうになっていたのに落ちるなんて、不思議なこともあるものだ。
まぁ、大体の予想はつく。目の前で倒れてるこいつがそういう"技"を使ったんだろう。
そしてそこから抜け出せたのも、私の"技"のおかげだった。今、私の目の前にいる私。嫉妬のにおいを嗅ぎつける、忠実な飛び道具。
「お疲れ様。思ったよりも早く来てくれたわね」
そんなに私の嫉妬が根深かったのか。いや、橋姫としては喜ばしいことなのだが。そんなことを思いながら飛び道具を片付け、倒した相手を見やる。
「…さて。どうしたものかしらね、こいつは」
妖怪らしく殺してやるのもいいが、後始末のことを考えるといい選択肢とは言えない。
ただでさえ空気の流れが悪い場所で腐臭が漂うのは土蜘蛛の棲む縦穴の近くだけで十分だ。
かといってこのままにしておくわけにもいかない。鬼どもか、あるいは覚のところへ運ぶのが楽といえば楽だろうけど―
「…ぅ、あ…?」
…考えてる間に当事者が目を覚ましてしまった。さっさと誰かに押し付けるべきだったか。
「!お前は、っ…」
「無理して話そうとしないほうがいいわよ。人間だったら心臓に穴が開くくらいには深く穿っておいたから」
「人間だったら、か」
そう呟いて胸元を右手でなぞる。…心臓どころかそのまま突き抜けてるじゃないか。
「随分と大人しいわね。さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「…お前が開けた穴から零れ落ちたよ」
鼻で笑われた気がしたけど、聞かなかったことにする。本当にそうとしか思えないくらいに冷静になっていたから。
「(そうだ…私は。私"たち"は)」
人間に仇なすものとして封じられたんだ。と言うことは…ここが、地底?一輪やぬえも近くにいるのかな?
「…ところで」
そんなことを考えていると、声をかけられた。
「私は別に構わないけど、と前置きしてから聞くわ。いつまでそうしているつもり?」
「できることなら、すぐにでも立ち去りたいかな」
「その口ぶりだと、ここがどこかは分かってるみたいね。理由は…聞くまでも無く、よく視える」
「…視える?」
「えぇ。余計な感情が抜け落ちた今なら分かるわ、あなたの執念。濁ってて、とても綺麗な緑色」
何を言っているんだ、こいつは。怪訝な視線を返すと―彼女の口元が、歪んだ。
「護れなかったんでしょう?大切なモノ…それとも、ヒトだったかしら?」
「貴方の緑は持たざるものの緑。失くしたのか、奪われたのか、それとも始めから持っていなかったのか…
理由はどうあれ、貴方は自分に無いものを強く欲し、そして妬んでいる」
黙ったままこちらを睨む彼女を見下ろしながら、私は言葉を紡ぐ。水辺でくすぶる炎を焚きつける。
「人間には扱えない力、人間には与えられない命。真に妬まれるべきは貴方だと言うのに…贅沢なものね、それ以上何が欲しかったのかしら?」
彼女の口元が歪む。…そうだ、それでいい。お前の感情を、嫉妬を私に見せろ!
「…何が言いたい」
「答える必要はないわ。貴方の―」
「―"貴方の心を殺してしまえば、答えの意味すら分からなくなるもの"…ですか。随分とご立腹のようですね?」
「…あんたには関係ないでしょ。久々に外で出会ったかと思えばいきなり厭味を言われるなんて、私も落ちぶれたものね」
「分かりきっていたことでしょう?」
不意に姿を現したのは地底の主、古明地さとり。…相変わらず、神経の逆撫でが上手な奴。それが趣味だと言うのだからある意味尊敬ものだ。
「初めまして。私はこの地底の管理を任されている古明地さとりと申します…以後お見知りおきを、村紗水蜜さん」
「っ、…どうして私の名前を?」
「嫌われ者の特権、ですよ。…。なるほど、"共に地底へ封印されたはずの仲間が気になる"…ですか。
残念ですが、あなたのお仲間については私は存じ上げません」
彼女…村紗水蜜は黙ったまま口を開こうとしない。
「あなたのお手伝いをしたい気持ちはあるのですが…生憎、本来の仕事のほうで手一杯でして」
何を嘯いて…いや、少なくとも半分は間違っていないか。余計な口出しをするような場面でもないだろう。
…そう思って傍観をしていたのが運の尽きだった。
「そちらの橋姫に協力してもらうといいでしょう。あぁ見えてお人好しですから」
「「はぁ?」」
想定外の言葉を投げかけられて変な声を出してしまった。それはもう一人も同じだったみたいで。
「そうやって厄介ごとを体良く押し付けるつもりでしょうけど、私はお断りよ」
「では、よそ者である彼女を安心して預けられる相手が他にいるとでも?」
「…」
「あなたが適任、とは言いません。あなたが一番マシなのですよ、少なくとも私の見立てでは」
抗議の声を上げたが、あえなく潰されてしまったようだ。
「…では、私はこれで。お互い、相手の機嫌には気をつけてくださいね?」
そういってもう一人…古明地さとりは足早に立ち去ってしまった。残ったのは、私と、まだ名も知らぬ彼女と、微妙な雰囲気。
しばらくの間、二人揃って黙り込んでいたけど…私は静寂に耐え切れずに口を開いた。
「ねぇ。あなた、名前は?」
「それを聞いてどうするつもりなのよ」
「もう少し雑に呼んでやろうと思ってさ。お互いに窮屈でしょ?」
再び静寂が訪れたけど、5秒もしないうちにそれは破られた。
「…パルスィ。水橋 パルスィよ」
「パルスィ…呼びづらい、な。水橋でいい?」
「お好きなように。私も貴方のことは勝手に呼ばせてもらうわ…村紗」
「そりゃどうも」
本当なら、彼女と一緒にいる理由なんてどこにも無い。だけど私はそれを選んだ。
理由は私の外にあった。それでも私は私だと信じていた。
失くしたものを、求め合ったのかもしれない。何を失くしたかさえ分からないというのに。
待っているひとはここに居ます!
クッソマニアックな組み合わせを書いてくれてありがとうございます いえい!
全部を失って地底に突き落とされた、二人は境遇が似ていますね。似たもの同士は、惹かれもしますが反発もするものですから、このSSのような距離感はいい感じだと思いました。先が気になります