世はおしなべて蝉の太平天下である。今年はどうやら当たり年らしく、例年になく蝉の数が多い。最早幻想郷のどこに行ってもジリジリというけたたましい鳴き声から逃れることは出来ないのだ。人里では少年少女が虫籠いっぱいに詰め込んだ蝉を持って駈けずり回り、紅魔館では門番と蝉が格闘している横を妖精たちがこっそりとすり抜ける。博麗神社ではカラッと香ばしく揚げられた蝉が大皿いっぱいに盛られているが、張本人である巫女も含めて誰一人箸を付けようとしない。妖怪の山も例に漏れず、調子が悪くなってきた印刷所の輪転機や滝の音にも負けない位の騒音が鳴り響き、耳の良い一部の者達は一様にうんざりとした表情をしていた。真夏の厳しい暑さも相まって、幻想郷の不快指数は留まるところを知らず日に日に増していくばかりだ。
「そもそも外を出歩く輩が少ないので、哨戒の仕事が殆ど無くなるっていうのはありがたいんですけどね。それにしたって限度ってのがありますよ」
新聞のネタを求めて滝の麓の詰所に顔を出してみると、暇そうな椛が机の上に仕事中に集めたであろう蝉の抜け殻を積み上げていた。こちらには目もくれず茶色いピラミッドと格闘している彼女を横目に、勝手知ったる氷室から麦茶を拝借し誰の物だか分からないコップになみなみと注ぐ。ついでに自前の水筒もこっそりと補給しておく。
「まあそんな具合なもんなんで、残念ながら記事のネタになりそうなことはなーんにも起きてないですよ。え？これ？読者ももう蝉にうんざりさせられてるだろうし、こんなの記事にしてもウケないに決まってるじゃないですか」
かくの如き虚ろな目をされると普段煩い位に仕事しているのだからこんな時位は大目に見てあげようという気持ちにさせられてしまうではないか。それはそれとして、山でも異常な程に蝉が多いという事を読者に知らしめる為にもこの光景を一枚、パシャリ。巡り巡ってたまたまこれが上司の目に入って叱責されたとしても当方は一切責任を負わない所存である。
蝉と滝のオーケストラを背景に、本当に相手に聞こえてたのだか聞こえてなかったのだかよくわからないトラッシュトークを椛と楽しんでいたが、いい加減彼女を仕事に戻してやらないとこれがバレた時に私まで巻き込まれそうなので程々にして撤収。日が高くなるにつれて暑さと不快指数が増している昼下がり。なんだかネタも転がってなさそうだしこのまま我が家に帰ってシャワーでも浴びてだらだらと昼寝でもしてやろうかと考えていたところで、ここ最近見かけていないはたてのことを思い出したので少し寄り道をしてみようと方向転換してみることにした。
彼女の住むのっぺりとしたクリーム色の壁で統一された集合住宅の一室。表札も何も掲げられていない味気ないドアをノックしてみるも、何も反応は返ってこない。耳に入るのはただただ必死に鳴き続ける蝉の声だけ。ドアに背中を預けて座り込んでみると、ひんやりとした鉄が冷たくって気持ちよかったがそれも一瞬で温くなってしまった。がさごそと鞄をあさって見つけた水筒をそっと口に運んでみるも、先程入れた時の麦茶の冷たさはすっかり失われていた。先程の一瞬の期待や楽しみもどこかに行ってしまったかのようで、これも徒労に終わってしまいそうだと考えるとつい溜息が漏れてしまう。
「こんな日位、素直に部屋でだらけてれば良かったのに」
「文と違って私は忙しいの」
「ひゃっ！？」
見上げると、はたて。
「人の家の前で何やってるのよ。まったく」
「いやほら最近見てなかったしたまには、ね」
「それ三日前に遊びに来た時にも言ってたわよね」
「え？そうだったっけ」
「なんでそんなことも覚えてないのよ。はぁ……冷えたお茶でも飲んでく？」
「うん……」
蝉の鳴き声も、もう耳に入ってこない。どうやら暑さで呆けて頭が回ってないみたいだ。
「そもそも外を出歩く輩が少ないので、哨戒の仕事が殆ど無くなるっていうのはありがたいんですけどね。それにしたって限度ってのがありますよ」
新聞のネタを求めて滝の麓の詰所に顔を出してみると、暇そうな椛が机の上に仕事中に集めたであろう蝉の抜け殻を積み上げていた。こちらには目もくれず茶色いピラミッドと格闘している彼女を横目に、勝手知ったる氷室から麦茶を拝借し誰の物だか分からないコップになみなみと注ぐ。ついでに自前の水筒もこっそりと補給しておく。
「まあそんな具合なもんなんで、残念ながら記事のネタになりそうなことはなーんにも起きてないですよ。え？これ？読者ももう蝉にうんざりさせられてるだろうし、こんなの記事にしてもウケないに決まってるじゃないですか」
かくの如き虚ろな目をされると普段煩い位に仕事しているのだからこんな時位は大目に見てあげようという気持ちにさせられてしまうではないか。それはそれとして、山でも異常な程に蝉が多いという事を読者に知らしめる為にもこの光景を一枚、パシャリ。巡り巡ってたまたまこれが上司の目に入って叱責されたとしても当方は一切責任を負わない所存である。
蝉と滝のオーケストラを背景に、本当に相手に聞こえてたのだか聞こえてなかったのだかよくわからないトラッシュトークを椛と楽しんでいたが、いい加減彼女を仕事に戻してやらないとこれがバレた時に私まで巻き込まれそうなので程々にして撤収。日が高くなるにつれて暑さと不快指数が増している昼下がり。なんだかネタも転がってなさそうだしこのまま我が家に帰ってシャワーでも浴びてだらだらと昼寝でもしてやろうかと考えていたところで、ここ最近見かけていないはたてのことを思い出したので少し寄り道をしてみようと方向転換してみることにした。
彼女の住むのっぺりとしたクリーム色の壁で統一された集合住宅の一室。表札も何も掲げられていない味気ないドアをノックしてみるも、何も反応は返ってこない。耳に入るのはただただ必死に鳴き続ける蝉の声だけ。ドアに背中を預けて座り込んでみると、ひんやりとした鉄が冷たくって気持ちよかったがそれも一瞬で温くなってしまった。がさごそと鞄をあさって見つけた水筒をそっと口に運んでみるも、先程入れた時の麦茶の冷たさはすっかり失われていた。先程の一瞬の期待や楽しみもどこかに行ってしまったかのようで、これも徒労に終わってしまいそうだと考えるとつい溜息が漏れてしまう。
「こんな日位、素直に部屋でだらけてれば良かったのに」
「文と違って私は忙しいの」
「ひゃっ！？」
見上げると、はたて。
「人の家の前で何やってるのよ。まったく」
「いやほら最近見てなかったしたまには、ね」
「それ三日前に遊びに来た時にも言ってたわよね」
「え？そうだったっけ」
「なんでそんなことも覚えてないのよ。はぁ……冷えたお茶でも飲んでく？」
「うん……」
蝉の鳴き声も、もう耳に入ってこない。どうやら暑さで呆けて頭が回ってないみたいだ。