Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

すくってみたら

2013/07/28 20:20:28
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※このSSは東方創想話の「すくへない話」の続編の様な物です。
 上記の作品はオリキャラ物なので、そういった物が苦手な方は避けたほうが良いです。以下本編


 時には珈琲を嗜みながら、本を読んでみることもある。勿論ブラックで。でも啜ってみるとやっぱり砂糖を入れようかと思う。
 苦いじゃないか。もういちど口に含むと、諦めて砂糖を瓶の奥から一匙入れる。もう一度啜ると。まだ苦い。もう一匙入れよう。
 再び瓶の奥に匙を入れた。今度は中々匙が砂糖に届かない、そろそろ砂糖も補充しないといけない頃合いだ。
 ぼんやりと砂糖を買う算段をしつつ奥の砂糖をひっかいて掬う。
「あっ」
 指先で匙を持っていた為か、かき集めた砂糖を持ち上げた所で手が滑って匙ごと床に落としてしまった。
 
 匙が跳ね返って乱雑に置いてある本の隙間に姿を消す。
 床には真っ白な砂糖がまぶされた。
 このままじゃその内に蟻が集ってきてしまうだろう。床を蠢く黒い粒を想像して身震いした。
 私はそんな状況にはさせまいと箒で外に掃き出し、床を乾拭きする頃にはもう優雅な読書の時間を嗜む気持ちもすっかり失せた。
 匙も見あたらない、後で香霖堂でも買ってこよう。

 外に出て伸びをして気分転換に励んでいると笹が目に入った。
「七夕の時の笹、まだ片付けてなかったんだよなあ」
 ミルキーウェイのお供にと、竹林から適当に形が良いのを二本ほど取ってきたのだが、七夕が終わると家の横に置いたままにしていた。すっかり枯れている。
 折角だから何か使おうと思ったのだが、まだ使えていない。正直なところ視界をチラつくだけの物と化している。
 そこで私は釣り竿でも作ろうと思いついた。変にこらずに作れるし、気分転換にも程良い作業だ。

 刃物で早速枝を払い、糸だけで簡単に二本作れた。針も手製で作ったが、思った以上に立派にできた。会心の出来で今度は早速試してみたくなる。
 夕食は久々に魚だ。と一人意気込んで家を後にした。気分転換の域を超えてしまったが、よくあることだ。

 幻想郷はあまり釣りをする人が居ない。釣り場を探そうにも危険な妖怪に出くわす可能性を考えれば自ずと人は減る。そのためあまり釣りに適した場所がよく分からない。
 噂では霧の湖も良いが、昼間は霧が有ってあまり見通しが良くないし。見てて景色が詰まらないのも嫌で少し上流に行くことにした。
 山に入ろうかという辺りの川の流れが比較的穏やかな所で始めることにした。餌はそこらの石をひっくり返して見つけたミミズだ。
 さあ釣り竿を振ろうとしたとき、見知った奴が川上の方から歩いてきた。青い服は緑の景色を背景にしてもはっきり見える。出会い頭からどことなく呆れた顔をしたのも、見間違うことはない、香霖だ。
 じっと見ているとあっちも黙って私の隣まで来ると口を開いた。

「やあ魔理沙、こんなとこじゃあまり釣れないよ」
 どうしていきなり水を差すような事を言うのか。私は気にせず竿をしならせ仕掛けを水中に入れた。
「釣り竿を自作してみたから試してるだけだ」
「へぇ……それなら僕も試してみようかな」
 香霖は少し考えてそう言うと、置いてあったもう一つの竿を取った。
 軽く振ったり回したりしてすると、私の捕まえたミミズを勝手に使って糸を水に垂らした。

「人の物使う時は許可くらい取るもんだ」
「魔理沙には言われたくないな」
「というか釣れないって言ったくせに何でやり始めるんだよ」
「ちょっと今日は遠出して物を拾いに行ったから、休憩がてら釣りに興じる。その行為自体に興がある」
 おそらく香霖も気を遣ってくれているのだろう。私の家に恩があるからか、時々訳もなく私に付き合ってくれることがある。不本意なのだが。
 しばらく駄弁りながら魚が掛かるのを待っていたが、香霖の読みは正しく、竿がしなる事はなかった。
「釣れないな。こんなに待っているのに」
「釣りは魚との駆け引きだ。こっちの身勝手では釣れないもんさ」
「てっきり魚と正面から勝負できる物かと思ったが、駆け引きとは寂しいもんだな」
「何を言っているんだか、釣りはその駆け引きを楽しむものだよ。そもそも道具を使ってる時点でフェアでもないし、釣り具より凶悪な道具だってある。かといって逆に素手で捕まえるのも難しい。だからこそ釣りは面白い」
「ふむ……私は網でも作った方が良かったかな。しかし商売もさながら釣りの様だな、私も香霖堂では駆け引きをしてるし」
「金払わない奴と駆け引きの要素が何処にあるのか」

―チッチッチッ―
 香霖がため息混じりに応じると、何処からともなく音が聞こえてきた。
 虫の音の様な、何かが擦れる様な、そんな音だった。音は少しの間を空けつつもリズムを取るように鳴っている。
 私と香霖は顔を見合わせると、静かに周りを見回してみたが今一つ出所が掴めない。

─チッチッ──

「なんだこの音は、時限爆弾か?」
「それは勘弁して欲しいな。こういう単調な音が聞こえてくるのは大抵無害な妖怪だよ。なに、バックミュージックと考えれば悪くない」

―チッチッチッチチチ―

 正直あまり心地良いものでもない。というか音楽じゃないだろうこれは。
「香霖はちょっと趣味が悪いよな」
「何をぶっきらぼうに……僕はそんな白黒の服しか着ない方が趣味悪いと思うよ」
「いや、青よりはいくらかマシだろう」
「いいや、僕の服は拘りを持っているんだ。魔女は白黒が妥当だとか適当な理由じゃない」
 む、それは私なりの拘りの表現なのに、そういわれると少し頭にくる。
「拾ってきた物ばっか売ってるくせに何が拘りだ。しかも店の物が非売品だらけだし、何も売れないぞ」
「物が売れないのは買う気のない君たちが来るからだ、客なら僕の店の拘りをちょっとは理解して欲しいよ」
 香霖は再びため息を付いた。そう言えばさっきから溜息しかさせて無い。世話にはなっているし、ちょっと口が悪すぎたかな。

「私たちだって拘りがあって香霖堂に来ているさ」
 香霖のセンスは置いておいて、あの店には確かに学ぶべき所も、商品も、他にはない。無論、香霖に色々頼める所も含めて。
 なんて話をしていると、本当にあの音が背景に溶け込んでくるから不思議なものだ。
「……そうかな、まあ僕は僕の考えを言っているだけださ。年寄りっぽくなってしまって悪いね」
「気にするな、弾幕でなら売られた喧嘩を買っても良いんだぞ」
「それも非売品かな」
「ずるい」



―バシャーン!―


 突然帽子が目の所までずり落ちてきて目の前が真っ暗になった。
 それと同時に頭の上から腰掛けた岩へと水がどばどばと流れるのを感じだ。
「わあああ!?」
 変な声が出た。どうやら大量の水を浴びせられたらしい、帽子のおかげで息は苦しくなかったのが幸いだ。
 バケツ二杯程の水が瞬く間に流れてやがて辺りは静まりかえった。

「……香霖大丈夫か?」
 帽子を取って周りを確認する。香霖の方も水を喰らった様で、青い服は水に濡れ濃色を増し、眼鏡が行方不明だった。
「大丈夫じゃないね、いったい何なんだ……」
 香霖は上を向いた。私も上を向いたが特に何もなかった。妖精でも飛んでいたらとっ捕まえて解決だが、そういう物では無いらしい。
 水は真上と言うより被さってきたように感じたがよく分からない。
 ともあれ香霖も水を掛けられただけで大した事はなさそうだった。


 文字通り水を差された私たちは引き上げることにして、香霖堂で休憩していた。
「はぁ、なんだったんだろうなありゃ」
 私は拭く物を借りて頭や手足を拭いた。服も軽く叩いて水気を吸わせる。香霖は着替えを用意すると言ったが、見た目はあまり汚れてもないし面倒だったのでそれは遠慮した。

「これだから山は嫌なんだ。天狗や河童は自分勝手で、他も訳の分からない奴が多い。今回はどうせ河童か最近来たという舟幽霊の仕業だろう。よく悪さしてるとも聞くし」
「命蓮寺のあいつか、そう言えば聖の目を盗んで色々してるとか……」
「河童はもう少し上流の方にいるだろうし、僕は舟幽霊の仕業じゃないかと思う。まったく、野蛮なのは嫌いだね」
 香霖は後になって益々と憤りを感じているようだった。予備の眼鏡を掛けると、馴染まないのか顔を渋めた。
「まあまあ、その内私と霊夢で犯人を捕まえてやろう」
 私が言うと、香霖はやや気持ちを抑えたようで、任せるよと付け足し、何か考えているようだった。

「この釣り竿は香霖にやるよ、売っても良いぞ」
 しばらく店の物を物色した後、私は土産を置いていくことにした。倉庫にあっても無駄に埃を被りそうなだけだし、何より今日は疲れて持って帰るのも億劫だった。
「……ありがたく頂いておくよ」
 香霖はそんな思惑を悟ったのか、私の元まで来て手から釣り竿を受け取った。



 それから一週間ほどが経つと、霧の湖や川辺で災難に遭うという噂は広まっていた。魚が釣れないとか、川が荒れてるのを見たという話だ。しかも三日前程辺りから、川に寄ったら病気に成るとか、受ける被害が悪化している。
 私もその数日の間によしなし事があり本腰が入れられなかったが、少しあの場所に立ち寄ってみた限り、水の中に何かがいる気配はなかった。移動する奴と考えるべきか、もっと別の何かか。
 どうにも腑に落ちず、神社に赴いて事件について話すことにした。
 縁側に座って二人で作戦を練るべく話を進める。

「で、霊夢。最近の噂は聞いているか」
「水辺で災難に遭うって奴よね、解決したと思ったんだけど……一杯食わされたかも」
「数日前に比べて何だか事件が凶悪になっているしな」
「うーん、やっぱり怪しいのはあいつよねぇ」
 そう言った霊夢は何故か底なしの柄杓で肩を叩いていた。頓珍漢な事件にでも巻き込まれたのか。
 まさか実は死んでいて舟幽霊に成っているという事は無いだろう、無いよな?無いと思う。

「なんで私の足撫でてるの?」
「念のため」
「とにかく、あいつをとっちめないとね」
 霊夢は手を払いのけるように足を振って、その勢いのまま縁側から降りた。

「命蓮寺の船長か?」
「犯人かは分からないけど、絶対に何か知ってるんだから」
「そういやさっき解決したと思ったと言っていたな、何かそれらしい事があったのか」
「うーん、船霊っていう水難避けの変な女の神様が居たのよ。それで話したらそいつが男と女が一緒にいるのを妬んで水掛けてたって話。
 そいつはもう居ないんだけど……船霊を見つけたのはあいつだったのよ」
 霊夢は底なし柄杓の柄を人差し指の上に立てた。ゆらゆらと揺れる柄杓を手で動かしてバランスを取る。

「人の恋路を邪魔する奴が居たと言うことか」
「めんどくさい奴よ……そういや霖之助さんも掛けられたとか言ってた様な」
 あ、そうか。あの時水を掛けられたのはそういう……。
 人の恋路とか言った手前、口に出しにくくなってしまった。
「まあ水難避けの神様が居なくなったら水難が増えたなんて、洒落にならないな」
「今思えば船霊が居たから被害も抑えられていたのかも……」
「とにかく村紗が怪しいのは分かった。探しに行こうぜ」
「そう、ねっ」
 霊夢は柄杓を上に放ると、今度はぱっと中辺りを掴んだ。ちょっと得意げに。


 二人で順当に命蓮寺に向かったが村紗の姿は何処にも居なかった。しかも誰に聞いても行方を知らないという。
 ここ数日出歩いているそうだ。聖は怒っていたが、他の面々からすると心配するようなことでは無いらしい。
「どうする?」
「あいつが何か知ってるのは間違いないのよ。探すしかないでしょう」
「適当に当たってみるか」

 二手に分かれて探すことにした。私は中有の道と山を調べて回ったが、姿はまったく見あたらない。帰りに川沿いに居るのを見たという話が河童から出てきたのでその言葉に従い見たという場所に来てみたが結局居なかった。

「うーむ、犯人は村紗なのか」
 飛んで香霖と水を被ったところから霧の湖まで、じっくりと見た。霧の湖は相変わらず霧が沸いていて、良くは見えない。もしかしたら中に居ることもあるかもしれない。
 私は霧の中に突っ込んでみた。霧の付近は妖精やら、精霊やらが多い。そいつらは適当にいなすとして、霧は日の光を抑え、少しひんやりとしているし、気持ちはいい所だ。
 だがこう視界が悪いと人探しは難しい、私は湖上をふらふらとさまよったが誰かが居る気配は全くなかった。下を見ると魚が泳いでいた。今度は釣りじゃなくて網で取ろうかな。
 手応えのない霧の中、仕方なく空へと翻す。

 そのまま命蓮寺まで来たがまだ村紗は戻っていなかった。同じく捜索から帰った霊夢と一緒に、勝手に上がり込んでしばらく待ってみたががとうとう夜になっても戻ってこない。
 やむなく私たちは見かけたら神社に行くようにと伝言を頼み、解散して帰路に着いた。


 もう夜も更けていて、空を飛ぶの些か勇気が居る。こんな事ならもっと早く戻っておけば良かったな。
 足早ならぬ箒早に家に戻り、扉を開けるために魔法の明かりを灯すと、家の前に予想外の人物が待っていた。

「遅い!いつまで家空けてるんだよ、泥棒に入られても知らないよ」
 村紗が底の抜けた柄杓でこっちを指していた。思わず後ろを振り返ってみたが誰も居なかった。
 ちょっと横にずれてみたら柄杓もこっち向いた。
「貴女よ、貴女。ちょっとお願いがあるから一日待ってたのに待てど暮らせど来やしないんだから」
 どうやら私を待っていたようだ。一日すれ違い状態だったとは、何という骨折り損か。どっと疲れが襲ってくる。
 しかし、お願いというのは客ということか。そうなると取り敢えず聞きたいことは後にして先に事情を聞いてみるのが先決だ。
 私はもやもやとしつつも中に通して魔法の燭台を灯した。珈琲を暖めなおして出す、使い回しだが別に良いだろう、どうやったって死にはしないし。
「あ、砂糖も欲しい」
 しぶしぶ砂糖の壷を開けたがあまり入ってなかった。仕方ないので秘蔵のおやつだった金平糖を二粒渡すと洒落てると誉められた。
「それで、何だよお願いってのは。かくまって欲しいとかか?それとも逃走ルートの確保とか?」
「私は犯人じゃないって。もう、どいつもこいつも……私は明かりを借りたいんだ」
「明かり?」
 私は燭台を手に取ったが村紗は無言で首を振った。
「もっと大きくて広範囲の明かりが要るんだ。10秒くらいで良いから」
「大きいってどのくらいだよ」
「今から霧の湖が半分位照らせたら良いかな」
「半分って本気かそれは」
「勿論」
 霧の湖は莫大な大きさと言うわけではないが、流石に闇夜を打ち負かして半分照らすと成ると並の事ではない。
「せめて理由を教えてくれよ」
「ようやく犯人が霧の湖に居ることが分かったんだよ。かといって昼間は霧が出てて話にならないし、あそこの霧は風が吹いてもびくともしやしない上に、風が強いと探すのも難しい。だから霧の少ない夜に捕まえたいのさ」
 どうやら真犯人とやらが別にいるらしい。そうなら私もそいつを拝んでみたいもんだが。
 私が好奇心と使う材料を頭の秤に乗せてみても尚決めあぐねていると、村紗がわざとかボリボリと音を立てて金平糖を食べていた。
「珈琲に入れないのかよ」
「まあいいじゃん。それよりさ、本当は真犯人が気になってるんでしょ、乗りかかった船と思ってさ」
 結局、好奇心が勝った。
「分かったよ、そのかわり今度はお前の船に無理矢理乗り込むからな。後悔しても知らないぞ」


 今度は村紗と二人で霧の湖まで来た。霧の湖は日が出ると霧が出始めるらしいが、夜の方が視界が悪いのは人間としてどうしようもない。
 私は魔法を掛け合わせたディープエコロジカルボムに使う魔廃・マジカル産廃再利用ボム・グラウンドスターダストを沢山持ってきた。爆発すると妙に光るし少し残るから適材だろう。
 それを霧の湖の上に何本か縄を張って適当な間隔に結んだ。さらにその魔廃ができるだけ多く爆発する様に導火線で付ける。
 まあ魔廃はあくまで補強的な意味で、本命は私のマスタースパークなのだが。取り敢えず最初に多くの廃棄物を巻き添えにして全体を見やすくという作戦だ。

「という事でいいな。近隣及び湖の住人の事は考えてないけど」
 説明すると村紗はうんうんと頷いた。紅魔館に何か言われそうなのが面倒だが、その時はその時だ。
「いいね、犯人の場所は分からなくもないんだ」
 村紗は湖の上に陣取り、私は湖畔から魔廃に向けて八卦炉を構える。ねらいを定めて。
 出力全開で放った。

 轟音と共に放たれた魔砲は魔廃等に直撃した。
 きゅぼっ。という不思議な音と共に霧の湖は閃光に包まれる。想像以上の光に思わず目を瞑った。
 でも顔を背けるとマスタースパークも変な方向に行きかねない。格好はできる限り崩さないようにした。
「そこだー!」
 という村紗の声が光の向こう、微かに聞こえた。

 その後も時間を置いて魔廃が光を放ち、三十秒ほどでマスタースパークを止めた。
 暫く目をシパシパと瞬かせて、馴らした。目を閉じても白い閃光が瞼の裏に張り付いている。目を軽くこすったりしてようやく視界が澄んで滲みが晴れるような気がして。暗くなった湖をみた。
 かといって真っ暗だと何も見えないので持ってきていたランタンを灯した。

「こりゃあ盛大だったねぇ、探索するための光なのに私も目が痛いよ」
 気が付くと村紗が大きな錨を担いで立っていた。
「我ながらやりすぎたかな、だが捜し物もパワーが肝心というだろう」
「言わないよ」
 村紗は笑うと錨を目の前に下ろした。錨の先には良く分からない網状のごちゃごちゃとした何かが絡まっていた。
「なんだこりゃ。これが犯人なのか」
「錨に引っかけてすくい上げたんだ。犯人はこの網霊だ」
「アミダマ?」

 村紗はその場に座るとそのぐちゃぐちゃした網霊とやらをつついた。
「そう、昔は網自体を祀っていたんだよね。それが網の魂、即ち網霊ってわけ。海の神様は何かっていうと直ぐ天罰紛いの事するから、今回も全部それだったんだよ。これでようやく私の疑いも晴れるってもんだ」
 村紗はふうと息をもらした。何だかんだ濡れ衣は人も妖怪も嫌らしい。
「網の神様だったとはな。こんなぞんざいに扱っていいのか?」
「本当は粗末にするといけないけど。既に人間に忘れられて、こんな状態なわけだし。散々暴れまくってもう力もなさそうだから、いいよ」
 私も網霊に触ってみた。所々破れていて、とても網として使えるものじゃない。見たこと無いが、海藻のようなものがこびり付いている。
 確かに力があるようには見えなかった。

「でも何で急に悪さし始めたんだよ、幻想郷に元々居たんじゃないのか」
「外から来たんじゃないかな。私も聞いた話だけど、最近祀ること自体少なくなったらしいし。昔は船霊と網霊はセットで祀られていたんだけどね」
 船霊というのは霊夢が言っていた奴か。あれは水難避けだったか……。
「祀るったってこんな祟り神もどきじゃそりゃ信仰もなくなるだろうになぁ」
「海に関する神様ってのは荒々しくもあるのは珍しくないよ。龍神だって海を荒らすこともある。網霊は大漁祈願の神様だったんだ。
 釣りに対して網で行う漁はそれこそ絶大な効果をもたらしたし、一度作れば労力も少なくて済むしね。網への感謝と言い換えても良い」
 そう言えば魚が中々取れないという話もあったか、あれは漁を司る神だからこその霊験だったようだ。どうせなら私に大漁をもたらしてくれれば良かったのに。
「確かに、釣りは大変だからなぁ……じゃあなんで信仰がなくなったんだろうな」
「たぶんライバルが多かったんだ。結局人なんて移ろいやすい生き物だから、恵比寿や金比羅にでも鞍替えしたんだろう、あっちの方がみてくれも良いし神っぽい。
 それに船霊も大漁祈願がされるようになったりね。いつしか人は大漁祈願が主の網霊の事を忘れてしまったようだ」
 村紗は呆けた様な顔で星の無い夜空を見上げていた。

 来るべくして幻想郷に来た類のものらしい。だが……
「幻想郷に来ても漁網への信仰は薄いからな、此処にも居場所は大して無かったというわけか。忘れられるしかないというのも少し可哀想な話だ」
「こういうのは使ってる人が祀るもんだし、私達にはどうしようもないよ。外の世界は進歩が凄いらしいから、網もさぞ進歩してるんだろう、そうすると昔の網はお役御免さ」
「神様としては似たご利益の奴に負け、道具としてももう時代錯誤というわけか……信仰なんてどれでも一緒なら、今までので良いのにな」
「いやいや、新しい物があったらそっちを使いたく成るのも人の性だって。網霊ですら古い中でもまだ痕跡が残っている方で、人と同じように神は日々死につつ、産まれている。そういうモノなのさ」
 そういうものなのだろうか。
 道具の神としては網を使っている奴が、網が凄いのではなく、作ったり使う人間が偉いと思ったらもう信仰はされないかもしれないな。
 神と言っても苦労する奴は苦労しているようだ。私の周りの神は苦労してそうな奴らばかりだが。
 
「じゃあこの網霊はどうするんだ」
「燃やすしか無いんじゃないの、中途半端に残すのもまた厄介の元」
 村紗は錨から網霊を外すとランタンの前にべしゃっと置いた。
「……こんな濡れてちゃな」
「ご自慢の火力で焼き払ってよ」
「うーん、心配だなあ。しかしこう見えて神様なんだろ、罰当たらないか」
「平気平気、死んでも案外楽しいこと有るから」
「それ平気じゃなかった時の話だろ」
「これはもう只の網だよ。こうして人に正体を見破られたんだからね、少なくとも目にしてる奴を祟るような力はないって」
「湖の下だったから神秘性があったというわけか。確かに見てしまえば変哲のない草臥れた道具だな」

 じっと網霊の方をみていると何かがランタンの灯に揺らめいているのが見えた。思わず手に取ってみる。
「なんだこりゃ」
「眼鏡?」
 船霊にさらわれた香霖の眼鏡だった。
「知り合いのだ……こいつが見つけてくれたのかな」
 川で落としたけど湖まで流れてきていたようだ。はてさて偶然巻き込んだのだろうか、それとも落とし物と知ってか……何にせよこれは香霖に渡しておくか。
 私は帽子の中にそっと眼鏡をしまうと、村紗が不満そうな顔で急かしてきた。
「同情するなよ、私は犯人扱いされたんだから。こいつだって恨んでるだけの存在なんて虚しすぎるだろ」
「そりゃそうかもしれんが……」
 神様燃やせというのも寝覚めが悪い。しかし実際問題、この神が幻想郷や外の世界ではどうにも出来ないと言うのなら、それも致し方がないことだ。
 私は悩んだ。末に私はこう答えを出した。

「こいつ私が持って帰っちゃ駄目か?」
「はぁ?こいつはまだ人間恨んでるよきっと。こいつはいっその事完全に忘れられるべきだ」
「でももう悪さするほどじゃないんだろう」
「そりゃ今だけの話で、また何か有ったらどうするんだよ」
 村紗はやや声を荒げている。
「その時は私がちゃんと始末を付けるからさ。報酬代わりにくれよ」
 呆れたという顔でこっちを見てくる。自分でも何をしようという気はなかったが、今ここで焼くべき物では無かった気がした。
 恐らく気まぐれと蒐集癖のなせる業。ただ、単に忘れるべきものと言われるとそれは違うような気がする。
 眼鏡を拾った網なんて、忘れたらもったいないし。

「まあ良いけどさ、何かあったらさっさと焼いてよね。また疑われたら困る」
 村紗は押し負けてくれた。
 適当に紐などを片づけ、家に戻る準備をする。村紗は錨から網霊を外すと、焦げた鏡を湖に捨てていた。何でも網霊の位置を教えてくれたお守りらしい。
 その後さんざん念を押して何かあったら捨てろ言われた。
 幸い、紅魔館から刺客が出て来て乱闘騒ぎとはならなかったのは幸い。


 数日後、賢明にあの事件は収まったと言いふらし。噂はなくなった。霊夢には諸々を説明したが網霊の最終的な待遇には不安を抱いていた。
 今のところは網霊も悪さをすることはなく、大人しく家の片隅に眠っている。
 今日は香霖堂に件の眼鏡を返しに寄り、その際に事の顛末をすべて香霖に話してみた。一応村紗が犯人でないことは伝えねばと。


 カラン、と音を立てて扉を開けると霊夢と香霖が居た。霊夢は暇そうにぼーっと商品を見ていた。
 どうやら今日の香霖はあまりつれないらしい。
「いらっしゃい」
「あら、魔理沙も来たの」

 取り敢えず霊夢と香霖に網霊の事を話した、霊夢は相変わらず不満そうにしていたが、香霖は少し食いついた。
 
「網霊か。網霊は大玉やアンバ様という別名で、網に付ける浮きや大杉の信仰だと聞いていたが……それとはだいぶ違うようだね。原初の信仰のようだ」
 香霖は話を聞いて考えが間違っていた事よりも、網霊という存在に興味がある様子だ。

「とにかく、忘れられたのが腹立たしかったらしい」
「忘れられたのがねえ……忘れられたほうが幸せかもしれないのにね」
「そうか?私は忘れてほしくはないけどな」
「周りの人は兎も角、忘れて貰えないのも辛いかもしれないわよ」
 霊夢はそう言うとぼんやりした手つきで持っていた御幣を弄った。どうやら船幽霊よろしくの底なし柄杓は卒業したらしい。
「そういえば村紗も忘れるべきとは言っていたな……」
「人間は全てを記憶することは出来ないからね、皆から忘れられそうな物ならいっそ忘れてやったほうがその物の為になる」
「そんな物かなぁ」
「救いとしての死というのもあるもんさ」
 それは、あんまり認めたくないなあ。
「船霊は人と船を守っていたし。網霊も大漁は人の繁栄を守る物なのに、忘れられそうに成る事自体、どうなのかしら」


「ふむ、船霊も網霊も、そういう神じゃないよ」
 香霖は少し考えるとふっと笑った。
「船霊も網霊も昔は船自体、網自体を祀る大陸の信仰だったんだ。道具に感謝する気持ちは何時しか使う人間を守る物へと変わってしまったらしい。
 道具は換えが幾らでも効く、そういう時代になるとどうしても道具よりも人の方が大切になる。
 でも結局船は高価だから、船霊は船が健在であれという本来の信仰の一部を残している……皆サイフの中身は忘れられないんだろう。そんな中今回のような事が起こってしまったわけだ」

「うーん。結局、人間は必要なものしか選ばないって事かしら」
 香霖は一通り喋り満足したのか、霊夢の言葉に軽く相槌を打つと、私達が居るにも関わらず本を開いて読み始めた。なんてやつだ。
 私は眼鏡を帽子から取り出して香霖の読んでいた本の上に置く。

「おい、今日はこれを返しにきたんだ」
「何これ、あんまり品のない眼鏡ね」
「僕のか。ありがとう」

 香霖が取ろうとしたので、素早く眼鏡を取り上げて手の届かないところに置いた。
「何のつもりだい、魔理沙」
「ただで返すわけにはいかないぜ、ちょっと匙が欲しいんだが。交換しないか?」
「取り引きというわけか」
「駆け引きと言ってくれ」
 香霖は店の食器の類がある一角から、匙が沢山入った箱を持ってきた。どれでも好きなのを持っていいよ、と言うと眼鏡を取ってさっさと本を読み始めた。
 実は香霖堂にある食器は質が良い。しなやかな流線型の匙、装飾の施された匙、どれも流し見にできない綺麗な逸品揃いだ。でも私は食器に拘らないのでごく普通の物を貰うことにする。
 霊夢も物欲しげな眼差しでじっと見ていたが、香霖は無情にも箱を元よりも奥に仕舞った。多分、品のないと言われたのを気にしてる。
 香霖からは本が読みたいというオーラが出ていたので、また遊びにくると声をかけて私たちは帰った。


 網霊は誰からも選ばれなくなってしまったのだろうか。心から亡くなる、それが神の死に違いない。
 忘れられるもの、忘れられたいもの、忘れられないもの、忘れるべきもの、忘れて欲しくないもの。
 そして、忘れるべきでないもの。神というのはあやふやで、そんな言葉が似合う連中なんだ。


「ここ最近は色々あって疲れたな、今日の残りはゆっくりするか」
 家で一人、予定を発表する。ゆっくり珈琲を飲みたい気分。
 今日は初めから砂糖を入れるつもりだ、砂糖の瓶を空ける。
 この数日の間に補充をしたから雪のような滑らかな砂糖でいっぱいだった。
 その中にさっき貰った匙を入れて、砂糖を掬ってカップに入れる。
 ふと思い出す、そういえば初めにあった匙は何処にやったっけ。
 確か落としてほったらかしだ。四つん這いになって辺りを探してみる。
 物を押しのけ、本をどかすと、ようやく見つけた。
 水溜の水を出して丁寧に洗っても、見てくれはちょっとくすんだ銀色だ。だがもちろん使える。

 ふとまた網霊の事が頭をよぎった。こんな風に、失われた信仰は死というよりきっと物陰に隠れているだけに思う。
 捨てる神あれば拾う神ありなんて諺もあるけれど、捨てられた神様は誰が拾って上げられるのだろうか。
 それはきっと神じゃなく人と呼ばれる物なんだ。
 残念ながら、私は網霊を拾ったのではなく、ただ置いてあるだけなのだが……。
 そういう意味で拾う事は中々難しい。香霖は案外高度な事をしているのかもしれないな。

 洗った匙は良く拭いて砂糖の瓶に入れた。
 冷めた珈琲を本を読みながら喉に流し、二杯目を淹れる。
 さて、砂糖を入れよう。

 再び砂糖の瓶を開けると、手が止まる。
 二つの匙があっても、結局どちらかしか使えない。
 そう、瓶の中の匙は一つで十分だった。
これだけで完結出来るようにしたかったのですが、ちょっと厳しい気がしたので注を。また怪しい使い方。
「すくへない話」と一緒にちょっと考えてた話を膨らませた物で、やっぱりオマケというか、後付の話です。
でも所々雑になってる気がするのは、優柔不断さが出てしまうのか。読んで下さった方が居たら感謝です。
ことやか
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
素敵な話でした。
海に関する妖怪は村紗以外あまり見ないので、村紗には悪いけど濡れ衣という形で登場させる手法は上手いなと思いました。
現代人は、もっとモノに対しての見方を改めるべきだよね。
2.名前が無い程度の能力削除
素敵な話でした。
海に関する妖怪は村紗以外あまり見ないので、村紗には悪いけど濡れ衣という形で登場させる手法は上手いなと思いました。
現代人は、もっとモノに対しての見方を改めるべきだよね。
3.ことやか削除
>>1-2
村紗ももう少し自分のこと話せれば良かったんですけども……。
モノにとっては必要最低限、よりも、モノが少ないほうが幸せかもしれませんね
4.名前が無い程度の能力削除
へらずぐちと快明な言葉の応酬がよいね。
それと魔理沙はよく物を見ている。当然作者さんも。
毎回一つの視点を持ち、時には拾い、時には捨て。この視点が多分作者の良点。今作は正にそんな作者の作風を体現した如く。

>そう、瓶の中の匙は一つで十分だった。
この話の締めとして至高の一行。
5.名前が無い程度の能力削除
河童以外ではあまりない水の怪異に関する話で、楽しく読ませていただきました。
網霊に関しては道具に対する価値観の変化以外にも様々な背景、解釈がありそうですが……。
湖には夜霧もあるのではと思いましたが、霧の湖ではないようですね。釈迦に説法でした。
6.奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
7.ことやか削除
>>4 やや、私のことまで。とても嬉しく思います。割り切れないだけかもしれませんが
   やっぱり扱ってる物が物なので、色々思えたら素敵ですね

>>5 網霊は仰るとおりかも、。アンバ様だと人手不足等も有る様です。
  一応霧の湖のつもりでして!求聞史紀の霧の湖が昼間になると霧に包まれるというのを
  広めに解釈。でも阿求クオリティ…更に考えてみれば朝か夕でも……?そういうツッコミも大歓迎です

>>6 いつもありがとうございます
8.名前が無い程度の能力削除
そういえば匙もすくう物、今の霧雨魔法店には使用予定のないすくう物が二つ。

伏線をきっちり回収して行く手腕にはただただ舌を巻くばかり。
9.名前が無い程度の能力削除
今回も面白かった
10.ことやか削除
>>8
色んな意味ですくってほしいですね。似た物同士というかなんというか・・・。
伏線なんて立派な物か分かりませんが、嬉しいです。読んで下さってありがとうございます~

>>9 そう言っていただけると、とても励みになります~
11.名前が無い程度の能力削除
神様も妖怪も忘却により消え、思い出された時に復活するのでしょう