Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底のてんてん

2013/07/04 22:21:26
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「相変わらずここは淀んでるなぁ」


 頭上から呑気な声が聞こえたが、私は眉ひとつ動かさない。橋の欄干にもたれたまま、腕を組んだまま顔を上げない。
 いつもの事だ。楽しげに空を飛んで行くやつがいればいちゃもんをつけに行く。話しかけられたら無視する。
 何故か。嫌がらせのためだ。
 今まではこんな事をする必要もなかった。必要も、用事もなかった。
 こいつが来てからだ。おめでたい頭のこいつと、紅白のたいへんおめでたいカラーをした巫女が来てから、地底と地上の行き来がやや活発になった。
 ……そもそもの原因は鼻の高い神様が余計な事をしたかららしいけど。まぁ、そのへんの事情はどうでもいい。鼻の高い地霊殿の主が気を病もうが私には関係がない。
 私に直接関係のある事は、この橋の交通量が増える事。橋の交通量が増えると……どうしようか。通行料でも取ってやろうか。

 呑気な声は続く。
「橋姫様よ、通っていいかい。黙って通っても祟りはないかえ」
 おちょくる声はあくまで楽しげだ。
「祟られるのが怖ければ通行料を置いて行きなさい」
「うっかり、今の地上と地底のカワセ・レートを知らないんだ。一弾幕いくらだい?」

 身構える気配。私は初めて顔を上げた。
 黒々とした地底の空。そこにキラキラとエフェクトをまき散らしながら箒にまたがって飛行する人間がある。人間は懐からビンを取り出した。
「あんたの命」
 私は笑って、橋を蹴って飛び立った。





 眼をつむると、網膜に光が焼き付いている。
 眼を開けても同じだった。地底の暗い空には焼き付いた憎たらしい星々を投影できる。
 橋に寝転がってそんな遊びに取り組んでいると、
「おはようさん」
 星を遮って覗きこむ顔。稲穂色の髪。人懐っこい笑顔を浮かべた土蜘蛛、黒谷ヤマメだった。
「おめでたいやつが来たわ」
「おめでとう。私も遭ったよ」
 ヤマメはどっこいしょ、と私の傍らに腰を下ろした。
「パルスィもやられちゃったか」
「災難だわ」
「滅茶苦茶だねぇ」
 滅茶苦茶だった。あのビンはおおかたの予想通り、爆弾だった。弾幕で私の移動を制限してからぽいっと爆破され、墜落した次第である。

「……でも、楽しいなぁ」
 ヤマメは鼻にかかった笑みを漏らした。
「そこそこね」
 同調する。私も、弾幕ごっこは好きだった。橋の交通量が増えれば遊びには事欠かないだろう。ヤマメも地底と地上を結ぶ洞窟に住んでいるので、私と同じような具合なのだろう。騒がしいのは苦手だからほどほどにしておいて欲しいけれども。

「宴会やるんだってさ」
 彼女の言っていた事だ。私を事も無げに撃ち落とした彼女は「宴会やるから来たけりゃ来いよ」とだけ言って去っていった。もしかして地底の連中を誘いに来たのか、と苦笑を覚えるしかなかった。
「騒がしいのは苦手だわ」
「どうする?」
「苦手なんだってば」
「行かないの?」
「お酒は好きだけど」
「どうするの?」
「どうしようね」
「パルスィが行かないなら私もいいかなぁ」
 私は身を起こした。
「私とあんたって、そんなに仲良かったっけ?」
「ええ? 一緒に宴会行くぐらいはいいじゃん」
 ヤマメはおどけたように肩をすくめた。
 私は鼻を鳴らして、寝転がりなおす。
「……星はしばらく見たくないわね」
「そう? たまに見に行くけど綺麗なもんだよ」
「私はべつに」
 私もまれに地上には出る。けど、光の点々なら弾幕がある。弾幕でなくても、飛べば旧都を満たす暖色の光が見える。私はこっちの景色の方が好きだ。
「……まぁ、私も光の点々なら弾幕の方が好きだねぇ」
 ヤマメは何を心得たのか、頷いた。
 私も。何を心得たでもなく、頷き返した。
「……騒がしいのは苦手。星を見たいわけじゃない。でも飲みたい。なら地底で、二人で呑んだら事足りる……かも。しれないわ」





 飲み屋はどこも乱痴気騒ぎが大好きな妖怪で埋まっている。静かに呑むなら家しかない。
 というわけで、焦げた体を引きずって、お酒とつまみの類を仕入れて私の家に帰ってきた。
 他人をうちに入れた事はあんまりない。今回ヤマメを呼んだのは完全な気まぐれだった。疲れていたのと、私が宴会に行かないとヤマメも行かないとかなんとか言い出したから。
 しばらく益体もない事を話したり話さなかったり。私は別に楽しいお話が出来るわけでもないが、ヤマメがそれで気を削ぐ様子もないようなので、私も存分に楽しいお話をせずに済んだ。
 私がヤマメをややほったらかしにして瓶ビールを開けていると、

「緑の大玉と桜弾幕のやつ。あれ、綺麗だよね」
 お猪口を揺らしながらヤマメが言う。
「花咲爺」
「ああ、それに肖ったのかい」
 華やかなる仁者への嫉妬、シロの灰。桜弾幕と緑の大玉といえばそれだろう。今日も人間の魔法使いとの弾幕ごっこで使用したスペルだ。
「趣味が悪いわね」
「そう?」
 誰でも知っている童話だろう。財宝を掘り当てる犬を持っている老夫婦に嫉妬して、隣人が犬を連れ去り、最終的に殺してしまう。結局何が言いたいのかよくわからない童話である。最後に隣人は処罰を受けるが、老夫婦の悲しみとは何の結びつきもない。そんな童話を模したスペルが綺麗だなんて、趣味が悪い。
「そこまで言わなくても」
 ヤマメはへらへらと笑っている。
「……ヤマメ、今日はどうしたの」
 全く、要領を得ない。もともと呑気なやつだけど、宴会の事といい、花咲爺のことといい。今日は特に顕著だった。流石に心配になる。頭が。

「いやね、綺麗だと思って」
 こちらを見た。へらへらと笑っている。私は背中に薄ら寒いものを感じる。
「気持ち悪い」
「……気持ち悪いやつばっかだよ。地の底の妖怪なんて」
 ヤマメは笑みを浮かべたまま、少し傷ついたように眉根を寄せた。
「ごめんね」
「てきとーな謝り方をするなぁ」
 今度はからからと笑った。表情がくるくる変わるところは、この妖怪の見ていて飽きないところだった。

「あんたもそうさ。気持ち悪い妖怪の一派だ」
「謝って」
「ごめんねぇ」
 語尾を伸ばすその言葉が気持ち悪かった。ヤマメ自身も予想していたより気持ち悪い声が出たのか、クスクスと笑いを押し殺している。

「でもね、綺麗なんだよ」
 ヤマメは繰り返す。そこにどんな意味が込められているのか、
「綺麗なんだよ」
 私は感づき始めていたけれど。
「あんたは地味だわ」
「そうだねぇ。羨ましいんだよね。その髪。私のはちょっとくすんでるから」
「でも明るい」
「妬ましいかい?」
「別に。適材適所って、あるでしょ。仮に私がそんな性格を手に入れたって気持ち悪いだけだわ」

「妬んでよ」
 ヤマメはうつむく。何が悲しいのか、眉を落としたようだった。
「嫌よ」
 私は拒絶する。何が悲しいのか、ヤマメはお猪口を持つ手を膝に下ろした。
「あんたも気持ち悪い地の底の妖怪の一派よ。あんたに地上の星空は似合わない」
 何が悲しいのか、ヤマメは既に涙目になっていた。一体、何が悲しいのか。



「あんたは私といっしょでなきゃ困るんだから」
 私はその顎をひっつかんでこちらに向けた。
パルヤマを ください
マグロおう
コメント



1.西枇削除
分り易くて、尚且つ微笑ましい。
良いパルヤマでした。
2.奇声を発する程度の能力削除
良いパルヤマでした