その日はもうずっと雨が降っていて止みそうもない日だった。昨晩から続く雨が地面に滲みこんで、ぬかるんでいた。
ただでさえうねっている髪は湿気のせいで余計にうねり、服は水分を吸って重い。おまけに梅雨の暑さに肌から染み出した汗が内側からも服を重たくした。
幽霊なのに汗をかくなんて面倒なことこの上ない。会ったことはないけれど、白玉楼のお姫様はいつも涼しい顔をしていると聞く。冥界に住んでるからかもしれないけれど。
「まいまいだ。ほら、つついたら逃げるよ。あはっ、目ん玉引っ込んだ!」
「まいまい……? これってかたつむりじゃないの」
「かたつむりのこと、まいまいっても言うんだよ」
道端にあじさいが咲いていた。ぬえはまるで、あじさいなんて見えてませんよという風にその上に乗っかっているかたつむりに夢中だったが。
ふぅん、ひとつ唸る。単純に関心した。無邪気に青羽で突き続ける彼女はどう見ても子どもにしか見えなかったから余計に。
「物知りね。私知らなかったわ」
「魔理沙に教えてもらったの」
「へぇ……知らなかったわ」
「言う機会なかったから」
誰かとの、私の知らないぬえの話だった。四六時中私とばかりいるなんて無理だけれど、私が知らないところで楽しそうにしているぬえの話は嫌いだ。
いっそのこと知らないままでいさせてくれればいいのに。しとしとと、雨が降る。じとじとと、心がくもる。
雨は嫌いだ。自分の汚い部分が染み出してきてしまう。いや、もしかしたらそれは私の本性なのかもしれない。
だとしたらきっと、それは水溶性なんだ。全て溶け出して流れ切っちゃえばいいのに。ぬえの無邪気な笑顔がじくじくと、私を蝕む。
「このあじさい綺麗ねー。少し持って帰ろっか、食卓に飾ろうよ」
「あら、かたつむりしか見てないと思ってたわ」
「失礼ね、花くらい愛でるわよ」
「摘んで短い命をことさら短くするのがぬえの愛で方なのね」
「道行く人妖に見るとも無しにスルーされるよりも短命でもじっくり見つめてあげたいんだけど」
腰をかがめて視線を私から完全にあじさいへとシフトしてしまう。ぬえの小さな背中が濡れている。さっきかたつむりを突いていたからだ。
手持無沙汰になった私は傘の柄を何度も握り直す。何度繰り返してもしっくり来ない。ぬえ。と呼んでみても返って来るのは生返事ばかり。
ぬえは雨露に濡れる大小さまざまなあじさいを物色して、その中から大きなものの茎をこきりと、折った。あ、本当に持って帰るんだ。
「はい、袋。そんなにあじさいばっか見てたら私、柳の下に立つわよ? ぬえずぶ濡れよ?」
「それシャレになんないからさ……ねぇ機嫌直してよ、あじさい、みなにとっても似合うと思うんだ」
「どういうことよ」
「淡いブルーで雨に濡れて光り輝いて見えるよ? このセーラーにもぴったり」
ぬえの顎下に手を差し込んで少しだけ上げて、私の目と視線をがっちり合う位置に変えた。察したぬえは背筋をしゃんと伸ばして再び私と同じ目線になる。
いたずらっぽく目を細めて、早く続きを言えと促してくる。やられた、嵌められた。よくハメられてるけど。
「花ばっか見てないでよ」
「目の前の華を見ろって?」
「いじわる」
「くるくるの髪も可愛いよ」
「……いじわるっ!!」
コンプレックスの髪に触れられて身がすくんだ。これだから雨の日は嫌なのに。好きなひとには自分が思う最も可愛い姿を見せたいもの。
水分を含んでいるから、けして指通りが良いとは言えない髪をゆっくりと梳いてくる。こしょばゆい。
「機嫌直してよ、みなぁ」
「髪の毛触るのやめてくれたら考える」
「じゃあちゅーする」
「ふふっ……髪にだけなの?」
「まさか」
あじさいばっか見てないで。他のひとの話なんてしないで。知ってる? あじさいの花言葉は『移り気』なのよ。
絡め取った舌の熱さと吐息の熱さが私をより暑くする。夏の晴天にはまだ程遠い。はやくはやく、どうせならもっと焦げるほどに熱くしてよ。
ただでさえうねっている髪は湿気のせいで余計にうねり、服は水分を吸って重い。おまけに梅雨の暑さに肌から染み出した汗が内側からも服を重たくした。
幽霊なのに汗をかくなんて面倒なことこの上ない。会ったことはないけれど、白玉楼のお姫様はいつも涼しい顔をしていると聞く。冥界に住んでるからかもしれないけれど。
「まいまいだ。ほら、つついたら逃げるよ。あはっ、目ん玉引っ込んだ!」
「まいまい……? これってかたつむりじゃないの」
「かたつむりのこと、まいまいっても言うんだよ」
道端にあじさいが咲いていた。ぬえはまるで、あじさいなんて見えてませんよという風にその上に乗っかっているかたつむりに夢中だったが。
ふぅん、ひとつ唸る。単純に関心した。無邪気に青羽で突き続ける彼女はどう見ても子どもにしか見えなかったから余計に。
「物知りね。私知らなかったわ」
「魔理沙に教えてもらったの」
「へぇ……知らなかったわ」
「言う機会なかったから」
誰かとの、私の知らないぬえの話だった。四六時中私とばかりいるなんて無理だけれど、私が知らないところで楽しそうにしているぬえの話は嫌いだ。
いっそのこと知らないままでいさせてくれればいいのに。しとしとと、雨が降る。じとじとと、心がくもる。
雨は嫌いだ。自分の汚い部分が染み出してきてしまう。いや、もしかしたらそれは私の本性なのかもしれない。
だとしたらきっと、それは水溶性なんだ。全て溶け出して流れ切っちゃえばいいのに。ぬえの無邪気な笑顔がじくじくと、私を蝕む。
「このあじさい綺麗ねー。少し持って帰ろっか、食卓に飾ろうよ」
「あら、かたつむりしか見てないと思ってたわ」
「失礼ね、花くらい愛でるわよ」
「摘んで短い命をことさら短くするのがぬえの愛で方なのね」
「道行く人妖に見るとも無しにスルーされるよりも短命でもじっくり見つめてあげたいんだけど」
腰をかがめて視線を私から完全にあじさいへとシフトしてしまう。ぬえの小さな背中が濡れている。さっきかたつむりを突いていたからだ。
手持無沙汰になった私は傘の柄を何度も握り直す。何度繰り返してもしっくり来ない。ぬえ。と呼んでみても返って来るのは生返事ばかり。
ぬえは雨露に濡れる大小さまざまなあじさいを物色して、その中から大きなものの茎をこきりと、折った。あ、本当に持って帰るんだ。
「はい、袋。そんなにあじさいばっか見てたら私、柳の下に立つわよ? ぬえずぶ濡れよ?」
「それシャレになんないからさ……ねぇ機嫌直してよ、あじさい、みなにとっても似合うと思うんだ」
「どういうことよ」
「淡いブルーで雨に濡れて光り輝いて見えるよ? このセーラーにもぴったり」
ぬえの顎下に手を差し込んで少しだけ上げて、私の目と視線をがっちり合う位置に変えた。察したぬえは背筋をしゃんと伸ばして再び私と同じ目線になる。
いたずらっぽく目を細めて、早く続きを言えと促してくる。やられた、嵌められた。よくハメられてるけど。
「花ばっか見てないでよ」
「目の前の華を見ろって?」
「いじわる」
「くるくるの髪も可愛いよ」
「……いじわるっ!!」
コンプレックスの髪に触れられて身がすくんだ。これだから雨の日は嫌なのに。好きなひとには自分が思う最も可愛い姿を見せたいもの。
水分を含んでいるから、けして指通りが良いとは言えない髪をゆっくりと梳いてくる。こしょばゆい。
「機嫌直してよ、みなぁ」
「髪の毛触るのやめてくれたら考える」
「じゃあちゅーする」
「ふふっ……髪にだけなの?」
「まさか」
あじさいばっか見てないで。他のひとの話なんてしないで。知ってる? あじさいの花言葉は『移り気』なのよ。
絡め取った舌の熱さと吐息の熱さが私をより暑くする。夏の晴天にはまだ程遠い。はやくはやく、どうせならもっと焦げるほどに熱くしてよ。
ムラサには梅雨が似合う気がする
いいぞ、もっといちゃつけ
虫や花にまで暗い気持ちを向けてしまう水蜜船長、これだけ愛されてぬえちゃんは幸せ者ですね。
そんな船長を軽快にかわして、しっかり気持ちを伝えるぬえも素敵! ぬえむらって好いものですね!