「あ、いらっしゃいませー。百発百中結婚相談所にようこそ。そちらにおかけ下さい」
「あー、うぃっし。ふー」
黒い髪がつやつやの天狗が、いかにも営業用の笑顔でこっちを向いた。なかなかにできそうな顔をしているじゃない。
名刺を差し出す速度も、幻想郷一位クラスと言われるだけあって、ブラック企業はだしだ。
「わたくし、チーフソーシャルケアサポートマネジメントオフィサーの射命丸と申します。今日はどういったご用件ですか?」
「まあ、その、アレよ。ってかここに来る目的なんて一つしかないじゃない」
「あ、はーん。そうですねー、ええ、ええ」
え、なにその相槌は。
「結婚?」
「ええ結婚」
にやっと口角を上げる。何故か小指を立てたこぶしを前に持ってきた。たぶんそのサインを出す場面ではない。
「大丈夫ですよ、当店では九分九厘、見事ご成立となっておりますから」
「へー、それはすごいじゃない」
「残り、九割一厘のお客様は残念ながら」
「いやいや、尺貫法じゃないの? 割合で九分九厘は使わないでしょ?
そんなんじゃ五分五分とか後の九割はなんなのって話になるじゃない」
店をかえるべきかしら。
「お任せ下さい。当店は相談、紹介、服飾、お見合い、披露宴、友人代表代行、浮気調査、離婚調停、
全てのケアをサポートしております」
「え、ここ結婚相談所じゃなかったっけ? そんなことまでやるの?」
「もちろんカントリーマアムもサポートしております」
「は?」
「もちろんカントリーマアムもサポートしております」
え、なんかやばいとこ来ちゃった?
「で、ご相談は」
「ええ、ちょっとまーなに、その。アタシ、結界の維持とか疲れたし、そろそろね、ほら、代替わりとかしたいじゃない」
「あー、あー、あー。紹介のほうで」
「そう。なんかいい人いないかしらねー」
あまり期待はできなさそうだが、まあ店内は整っているし、店員以外は意外とまともかもしれない。
「ではですね、こちらの河童開発高速SQL電算機システムを使って、最適のご相手をご紹介するので、
まずあんたのごプロフィールを作成いたしますから、こちらの紙にご記入下さい」
「あんたのごプロフィールって、丁寧にする場所間違ってると思うけどね」
射命丸、ずいぶん変わったわね。やっぱ新聞やめちゃったのが相当効いているのかしら。
「博麗霊夢、二十六歳、っと」
紙に書くと同時に、文が鍵盤のようなものを指で器用に打っていく。
「えー、博麗霊夢 twenty six years of age」
「なんでそこ英語なのよ」
「2バイト文字に対応していないからです」
「なにそれ」
「で、次に住所をお願いします」
「えーと、南西の境界近くの、博麗神社」
「アーハハハハハハハ! アーッハッハッハッハッハッハッハ!! ハッハハハハハハハハハハハ!」
突然口元に手を当てた文が大笑いし始めた。涙まで浮かべている。
「何がおかしいのよ」
「フフフフフフ、ごめ、フフ、ごめんなさい、ブフフフフッ! でも、神社って……ドラエモンみたい。フハハハハッ!」
「いや意味がわからないんだけど」
こいつ、まあ妖怪なんて元々頭おかしいやつばっかりだったけど、ここまでとは思わなかったわ。
「ごめんなさい、ご職業は、あ、無職でしたね」
「巫女やってるから、巫女」
「はいはい」
なによ! 誰が幻想郷を今まで守ってきたと思ってるのよ。そりゃ最近は妖怪退治をするやつが増えたから、
目に見える活躍は減ってきたけれども、境界がなけりゃあんたらなんて消し飛んでるのよ。
「ん、なにこの職業のSMKって」
「スーパーメディアクリエイターです」
「いや巫女っつったでしょ私。紙にも巫女って書いてあるでしょ。大体クリエイターはCから始まるんじゃないの」
「え、なに言ってるんですか?」
呆れたような顔になっている。呆れるのはこっちでしょ!
「だから私は」
「いけません。いまどき職業はシビアに見られますからねー」
「いや、巫女って結構トップクラスにいい職業じゃない?」
「天狗の次くらいですね」
「天狗は職業じゃないでしょ」
また一人で笑い出した。本当にどうなってるんだこいつは。今すぐ妖怪の山のてっぺんに打ち上げるべきかしら。
「ちなみに私はフルタイムワーカーです。あなたはパートタイマーですらありません。どこで人生を間違えたのですか?」
「余計なお世話よっ!」
ヒヒッと下品な笑いが漏れる。完全にとさかに来た。
「えー、次にスリーサイズをお願いします」
「なんでそんなの言わなきゃいけないの? 今まで聞かれたことないわよ」
「では、今まで身体測定の結果を一人で見てニヤニヤしていたわけですね?」
「ニヤニヤって……ニヤニヤしてはいないけど、まあそうよ」
「変態ですね」
「うるさいっ!」
くそっ、すぐに椅子を蹴飛ばして出て行きたいのに、タイミングよく次の台詞をかぶされて出るに出れない!
「バストは?」
「75」
「私は81です。ウェストは?」
「60」
「私は58です。ヒップは?」
「86」
「私は88です」
「……いや、あんたの情報はいらないんだけど」
「私が全て勝っていたので念のためにお伝えしました」
どや顔がむかつく! こいつ新聞購読っていうカードがなくなると恐ろしく態度でかいわね。
「妖怪と比べられても、勝つの最初から無理に決まってるじゃない」
「ですね。でもあなたは悔しいでしょう?」
「ええ悔しいわよ」
「私には胸は勝てない」
「ええ勝てないわよ」
「腰も勝てない」
「ええ腰も尻も私の負けよ! なんなの? もう帰るわよ」
立とうとしたら腕を引っ張られて椅子に戻った。薄い尻が痛い。
「待ってください。ダメダメダメです。後もうちょっとのところなんだから」
「いやもういいわよ」
「私だってこの300ケルビンのところでイワナが取れるって頑張ってるんですよ?」
「え、なにそれ」
「イワナ、書かなかった?」
「そういうのはよそでやりなさいよ! もっと他にこっちでそういうのあるでしょ。ミラクルフルーツとかライスシャワーとか」
「え、なに言ってるんですか?」
だからなんで呆れたような顔になってるのよ!
「だいたい300ケルビンって何よ。熱過ぎじゃない」
「あっやっやっやっやっ! あーーっやっやっやっやっ! あーーーーっやっやっやっやっ!」
「え、なにそれ。笑い声?」
「300ケルビンって室温ですよ、ククッ」
「え……あっ! く、くぅ~! ファーレンハイトと間違えたのよ! わざとよ!」
「さすが寺子屋中退は格が違いますね」
「一回行って眠かったから帰っただけよ! 大体巫女に神事以外の知識なんて要らないじゃない」
突然文が目をつぶって立ち上がり、右腕を綺麗に九十度に曲げて腰にあてた。そして左手で私を指差した。
「おまえをスーパーソニックマンにしてやろうか?」
「え?」
「おまえを蝋人形にしてやろうか?」
「ああ、閣下ね。あの人閻魔のところに行ってから見ないけど、元気にしてるのかしらね」
「で、聞き忘れてたんですけど、年収おいくら千円でしたっけ」
「えーっと」
頭の中で賽銭箱にお金が入っていた日を数える。休日は大体十五円が確実に入ってて、平日はまちまちだけど、
月のうち半分ぐらいはあるし、あとは年始の大型ボーナスを考慮すると、いくらくらいかしら。
「お賽銭によるわねえ」
「なるほど、オ サイセンニ ヨル、っと」
「やめなさい。半角カタカナは2バイト文字としてエンコードされると文字化けするのよ。ほら“・参象到嶼”になってる」
「え、なに言ってるんですか?」
「えっ、ふふっ、いや確かに。私もどう発音してるのかわからないけれども」
改めて画面を見る。私のプロフィールも大方完成した。
「うーん、やっぱりスーパーメディアクリエイターはやめない? スーパーメディアクリエイターで“年収:お賽銭による”って、
なんか悪い冗談みたいじゃない。Web投げ銭か、っての」
「は?」
「Web投げ銭か、っての」
「は?」
「そういうのがあるのよ。あんた私が散々話に付き合ってあげたのにそれは無いんじゃない?」
「私はそんなオワコン知りませんので」
「知ってんじゃん」
「まあまあ、では、この条件でインピーダンスマッチングを取りますと、あ、出ましたよ」
「検索って言いなさいよ。なんか無理やり合わせてるみたいじゃない」
「実際そうでしょう。あなたと結婚したい人なんていません」
「あ?」
「ん?」
「喧嘩売ってんの?」
「約0.23秒で二百万と百九十千件でましたね。もうすこし絞りましょうか」
お、意外に私と合う人多いんだな。って、二百万っていくらなんでも多過ぎじゃないの?
男女の出生率が一対一なのを考えると、四百万人以上の人が幻想郷に住んでるのね。
「相手の年収はいくらぐらいがよろしいですか?」
「うーん、そうねぇ、跡取りが欲しいから、私の稼ぎと合わせて家族三人暮らせるぐらいがいいわね」
「金で人を値踏みですか。最低ですね」
「あんたが聞いたんでしょ!? 大体、そんなに高い条件出した? 普通に暮らしていくって大変なのよ?
後々、大きな病気をしたり、何か予測できないことがあってお金がいるときって絶対来るのよ?
あんた誕生日問題って知らないの? 23人が集まる部屋の中で、誕生日が同じ組がいる確率は5割なのよ。
それと同じ方法で、一日に何度も発生し得る万が一の事態が、十年間一度以上起きる確率を計算してみなさい。ほぼ10割よ。
家族の生活のために相手に稼ぎを求めて、何が悪いって言うのよ」
「顔は小さめがいいですか?」
しれっと無視して次の条件を聞いてきた。こいつ縁談が決まった暁には焼き鳥にしてやるわ。
「顔って……、まあ大きいよりはそうね」
「脚はすらっと?」
「いや、男の人見るとき足とかあんまり見ないけど。私はがっしりしてるほうが好みね」
「脚はすらっと?」
「それしかいないんでしょ。わかったわ、まあ骨と皮みたいなんじゃなければ、すらっとしてていい」
「しっぽの方は」
「は?」
「いやだからしっぽの方は? このお方なんてどうです? 一本きりっと尻尾が立ってますが」
そういうと、ねずみ色の服を着て、ねずみ色の髪をした、ねずみ色の耳を持つ妖怪の写真を見せてきた。
「いやこれ、無縁塚に住んでるねずみでしょ? っていうか妖怪だし女じゃない」
「じゃあこちらは」
「これあんたのとこの見張り隊のやつじゃない! しっぽはいらないのよ、しっぽは!」
「一本のしっぽはいらないと」
ったく本当になんなのよ。まあしっぽがついてるやつを外せば、妖怪は出てこないでしょう。
「この方とか。かなりしっかりした家柄で、安定したご職業にもついておられますし、何よりとっても素敵な方ですよ」
「そう」
「くりくりした目玉、知性を感じさせる顔つき、まだお若いのに、妖術その他特殊な戦闘技術、様々な自然科学に関する学問を修め、
しかし、ときに守るべき人のために強くなれる心も持ち合わせています」
「へぇ、よさそうじゃない。見せなさいよ」
検索して出てきた沢山のレコードの中から、一つの行を選択する文。表示されたのは案の定、良く見知った顔だった。
「ほら、この方なら文句ないでしょう。二本ですよ二本」
「いやこれ私の知り合いの身内だから」
「お、決まりましたか。では完成品が実はこちらにあります。どうぞ橙さん、入ってきて下さい!」
そう言うとしばらくして、事務所の後ろの扉が開いた。シックな黒のシャツとタイトスカートをはいた黒猫が、
お盆にお茶を二つのせて現れた。
「こんにちは霊夢。文さんすみません、奥の整理でこっちに気付かなくて、お茶を出すのが遅れてしまいました」
そう言うと、私と文の前にそっとお茶を置く猫。書類が邪魔で私のところにお茶を置くときは、
きちんと“こちらから失礼します”とひとこと。一体なんでこんな作法を知っているんだろう。妖怪としてはまったく無駄だろうに。
「こらこら、橙さん、今日は霊夢さんはお客様として入ってきやがったから、もっと丁寧に応対しなければダメですよ」
舌打ちしながら言いやがったわね。文が吐き捨てた台詞を聞いて、困った顔の橙が私を見た。
「申し訳ありません、霊夢様。本日はご来店いただきありがとうございます。どのようなご用向きでしょうか」
さすが、いつもあのバカ丁寧な親バカ狐に教育されているだけあって、できているわね。あいにくお呼びではないけれど。
「実はですねえ、霊夢さんがお嫁さんを探していまして、色々考えていただいたところ、橙さんがいいとおっしゃって」
言ってない。少なくとも私に猫とやる趣味は無い。橙が持っていたお盆を落とした。からんからんと大きな音が響く。
「む、無理です。私ストレートですから」
橙が顔を真っ青にして答える。大丈夫、私もあんたと結婚する気はさらさら無い。そこの天狗の妄言だ。
「そうは言っても、あの霊夢さんを見てください。獲物を狙う猛禽類の目つきですよ」
橙が体を両手で抱きしめるようにしてかばった。完全に私は恐怖の対象か。
「ほんとに無理です。ストレートなんです! ほんっとストレートなんです!」
「逃げられませんよ橙さん。相手は霊夢さんですよ。妖怪に彼女から逃れるのはほぼ不可能です。
もう霊夢さんの頭の中の橙さんはゆで卵の如し。ちゅるううぅぅんと剥かれてその柔肌をじっくり堪能されてしまっていますよ」
「う、うぇ」
完全に泣きが入っている。この場にバカ狐がいたら狂乱していることだろう。
「ほら、霊夢さんがその幼い膨らみをなめまわすように見ていますよ。あ、目が動きました。
スカートにくっきりと現れた脚のラインもお好みのようですね。橙さん、もっと指を口にくわえて首をかしげるような感じで」
橙の手を取って口に近づけた文をぶったたいた。世界の神ですら文を殴る権利を欲しがっただろう。そのくらい最低な狼藉だった。
「痛いですねぇ」
「霊夢、もしかして、霊夢は私を守ってくれたの?」
静かにうなずいてやる。橙はもうひとつ、私がストレートかどうかをたずねてきたが、もちろん首を縦に振った。
とたんに橙の顔が明るくなる。この無邪気そうな顔を見ていると、藍があんなに入れ込むのもわかる。
橙だったら嫁にするのもありかもしれないわね。少し想像して、キスをするのを考えてみたら、やっぱり気持ち悪くて無理だった。
そもそも橙は子供だしね。実年齢じゃ私のほうが年下だけどね。見た目と中身がね。
「ありがとう霊夢」
「安心するのはまだ早いですよ橙さん。私はレズです」
“!?”
「あ、文さん……私、私ストレートだから」
「私はレズです」
「どんなことがあってもストレートだから!」
「それでも私はレズです」
「無理です」
「私もあなたを諦めるなんて無理です」
「い、いや! 手に持ってるのは何!?」
「ねこじゃらしです」
文はねこじゃらしで橙の首筋、袖口から見える手首、スカートのすぐ下の太ももを次々襲っていく。
橙は泣きながら体を捩じらせている。くすぐったいよりも恐怖のほうが優先しているようだ。助けるべきなのかな。
「やめて! 猫じゃらしはそんなことに使うものじゃないです! んんっ!」
恐怖に顔は凍りつき、次々に涙をこぼす橙。いくら妖怪とはいえ、少しかわいそうになってきた。
そのとき私が巫女であることを思い出した。私の仕事は不埒な妖怪退治である。
「文、あんたを退治するわ」
「どうしてです? 私は遊びでない本気の戦闘をしているわけではありません。そして私は橙さんともめているわけではありません。
私は橙さんを揉んでいるんです」
後光が発しているようないきいきとした笑顔に、私は何も言い返せなかった。
「しかし、あんたがレズだったとは知らなかったわ。男好きそうな顔してるのに」
「偏見は止めてください。それとレズというのは良くない言い方です。ビアンと言ってください」
あんたが言ったんでしょうが。突っ込みそうになったが、時間の無駄なので止めた。
「さて、私の結婚相手が見つかったところで、閑話休題と行きましょうか」
「橙を離してあげなさいよ」
泣きながらもがく橙があわれだ。橙はこっちをすがるように見つめているが、文には言葉が届かなかったらしい。
「ダメですよ。だいたいストレートとかの単語を知ってる時点でこの子もきっと」
「決め付けはやめなさい」
「あ、次のが見つかりましたよ」
そう言ってずいぶんアップの写真を見せ付ける。なるほど、凛々しい顔つき、筋の通った鼻、いかにも知的な表情。
金色の髪も素敵な、だからもうしっぽから離れろって言ってるでしょ。
「無理」
「そんなこといわないでくださいよ。傷つきますよきっと」
「だいたい、橙と結婚するつもりなら、こいつを薦めるとあんたと私が姉妹になるわよ」
「え、なに言ってるんですか?」
まったくもって馬鹿の言う言葉はくだらない、といった顔でこっちを向く文。思わずカウンターを合わせそうになった。
「まあ確かにね、あんたが選んだ中では頑張ったほうだと思うわよ。ほんと首から上だけ見ると、
男に見えるぐらいかっこいいもんね。でも女でしょ?」
「確かめたんですか?」
「いや、確かめたことは無いけどね。うちで毛が散るのやだから、宴会の後でも風呂入らせたことないし」
「匂いフェチですか」
「違う。話の本題はそこじゃなかったわよね? 第一あんな憎らしい胸部をしてるのに男なわけないでしょ」
「そうですよね、で、こちらが藍さんの現在の旦那様になります」
そういってまた写真を見せてきた。こちらも金髪で、ところどころに黒いエクステが付いている。
なるほど、藍に負けないほど凛々しくて、顔のつくりも整っている。藍より少し柔らかな表情で、鼻がちょっと低いかしら。
「どうですか、この方で決めませんか?」
「え、これ寺の本尊よね」
「はい」
「付き合ってるんだ、藍と」
「はい」
「なんで私に薦めようと思ったの?」
「はい」
「しかしよく紫も聖も許したわね。特に紫なんて生活できなくなるんじゃないの?」
「聖さんは神も仏も妖怪も平等と言っておられますしね。紫さんも意外なことに本人の意思を尊重したそうです」
「へー」
なんだかすごいわね。それにしてもなぜわざわざ女同士で。でも妖怪なんて、種族の差に比べたら、
性別の差なんてたいしたことないか。
「では、星さんで決定ということで」
「いやいやいや、無理だから。私知り合いの女寝取る気はないからね。私も女だし。あと動物系で攻めるの止めてくれる?
正直宴会に来るやつに遠慮して公言してなかったんだけど、私獣臭がすっごく苦手なのよ」
「で、ちょっと見てくださいこの写真」
そういうと藍と星の見つめ合っている写真を表示した。
「で、画面の下を隠します」
ちょうど文の腕が二人の胸から下を隠し、顔だけが見えるようになった。
「こうしてみると、BLにしか見えませんよね。百合なのにBL。くっくくくくくく、くはっはっはっは!」
「あんまり笑わないでよ。二人がかわいそうじゃない」
「霊夢さんは見えませんか?」
「ぶふっ、まあ、ね、見えるけれども」
でしょう、といって文はまた大笑いした。誘われて私も笑ってしまった。橙が怒ったが、
文のテクニックによってすぐさま元通り泣きだした。
「しかし、せっかくしっぽアレルギーの霊夢さんのために星さんお薦めしたのに」
「いや、付き合ってるんでしょ。無理じゃない」
「あ、次が出ましたよ」
そう言って新たな写真を見せてくる。赤い髪で花のような笑顔。かわいいおさげが深緑のワンピースに良く似合う。
「もう猫はいいわ。っていうか別にここに探しに来なくても、どっちの猫も神社に来るし」
「こんなにかわいいのに」
「あんたが黒猫好きだっていうのは良く伝わったわ。私も猫はかわいいと思うけど、どっちかって言うと妖怪でないほうがベターね」
「霊夢さん、けもなーレベル高いですね」
口を覆って体を引く文。意味はわからないが、馬鹿にされていることはわかる。
「なにそれ」
「ジェイ3、動物でもいける人のことですわ……る」
「いや、何を勘違いしてるのか知らないけど、私は女も動物もいけないから。かわいいとは思うけど」
やっぱりろくでもない意味だった。
「アルトカルシフィリアですか」
「なにそのアクロフォビアみたいなのは」
「じゃあお燐さんの方でよろしかったですか?」
「何もよろしくないわよ」
「霊夢さんは猫で言ったら橙さん、星さん、お燐さんの誰が好きですか?」
「そうねえ、橙かしら。なんで聞いたの?」
「で、その情報を元に検索しまして、お次はこの方」
「次は誰かしら。お燐の紹介、ずいぶんあっさりだったわね」
小指で大きく音を立てて鍵盤を叩くと、目の前に現れたのはウサギだった。
「ねえ、せめてしっぽから離れましょう。そしたら順を追って、しっぽなし、人間、男とステップアップしていけばいいから」
「ちなみにこの方、かなり離婚歴があります」
「うさぎって一夜の恋とか多そうだしね。理由はなんなのよ。結婚する気はないけど、ちょっと興味あるわね」
「詐欺ですね」
「はぁ」
「結婚詐欺でかなりブイブイ言わせてたらしいです」
「それ紹介しちゃうんだ」
「霊夢さんだって相当の結婚詐欺師じゃないですか」
「え」
「聖さん泣いてましたよ」
「なにそれどういうことなの? まったく心当たりがないんだけど。
そんなことしたら寺に近づいたら殺されるじゃない。っていうか人里にも近づけないわよ。どうしたらいいのよ」
寺のやつらは要はただの聖ファンクラブだ。そのファンクラブ会員共を全員的にまわして無事で済むはずがない。
「いやーはっは。いやですねー、そんなこと私に聞かれても知りませんよ」
「あんたが何かやらかしたんじゃないでしょうね」
「えー、ちがいますよー」
瞳を上に向けて白目すれすれになり、片手でゲンコツを自分の頭に当てると同時に舌を出す。最高に人をイラつかせる仕草だ。
「でも、心当たりがないのなら、早めに行って疑いを晴らしたほうがいいですよ」
「疑いを晴らそうと言っても、相当難しいわよ。話聞いてくれないでしょ絶対」
「あーっやっやっやっや! あーっやっやっやっややややや!!」
また不気味な笑い声を上げた。怪鳥ってやつね。
「何よ」
「“そうとい”っても“そうとう”って、寒過ぎて笑えますよ! あーやっやっやっやっや!」
「いや、別に駄洒落じゃないから」
「だじゃれじゃだいからって、回文意識しました?」
「そんなこと意識するほど頭おかしくないから。あとそれ回文になってないから。あんたん中でどんなやつになってるのよ私は」
「箸の棒にもかからない人間が何を言ってるんですか」
「あ?」
「ん?」
「やんの?」
「お次はこちら!」
さっさと帰るべきだったのだろう。もういい。橙もどうでもいい。次こそ帰ろう。
「なんとすごいですよ。自営業で成功してまして、収入もなかなかのもの。家事もばりばりですし、芸も多彩。八方美人ですね」
「八方美人の使い方間違ってるわよ」
「想像してみて下さい。霊夢さんが妖怪退治から帰ってきて、お帰りなさい、ってはじけるような笑顔で言われるの」
「あー、いいわねー。私もペット飼おうかしら」
「それで血みどろになった霊夢さんを、やさしくタオルで拭いてくれる彼女」
「いや、血みどろにはならないわよ。遠距離攻撃が主体だし」
「暖かい食事のいい匂いが漂ってきて、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
「うーん、そっち系の話は結構好きなのよね。あくまでも聞くのとか話すのがね。あと女同士は無理よ。
あ、選択肢はもちろん“わたし”で」
玄関でエプロンをつけ正座で待つ妻。雨に濡れたミノを壁にかけながら今日の夕食を聞く。しかし妻の扇情的なその顔に、
思わず自分を抑えられず、玄関にそのまま押し倒してしまう夫。めくるめく大人の世界。
三河屋の付け入る隙もない愛の時間が始まるのだ。
「そういう生々しいこと打ち明けるの止めてくれませんか。幻滅するんで」
「あんたに言われたくないわよ。で、続きは?」
「そういうと彼女は覚悟を決めた表情で奥に引っ込み、数分後には芳香のする鶏がらスープが」
「やだそんなの。っていうか写真見ないでもわかるけどミスティアでしょあんたが言ってるの。
鶏がらとか、焼き鳥撲滅のために頑張ってるあいつに失礼だと思わないの? あんたも鳥同盟でしょ」
そういうと文は腐れ毛唐のような、両手の平を天に向け肩をすくめる、独特のポーズをとった。
「崇高なるカラス天狗とスズメを同列に扱うのは止めてくれませんかねぇ」
「そうね、カラスよりスズメのほうがかわいいもんね」
「ではミスティアさんで、ようやっと決まりましたね」
「いや決めてないけど」
「今ならなんと」
がばっと背筋を伸ばす文。思わず身を引いてしまった。
「なに?」
「ミスティアさんに決めると」
「うんまあ、決める気はないけど」
「そこの犬がついてきます」
指をさされて振り返ると、いつの間にか私の背後に白い犬がいた。ぐいっと歯を剥いている。フレーメン反応かなんかだろう。
「私今日から天狗大嫌いになったからいらない」
「さらにィ、耳ぐっしゃぐしゃのウサギがついてきます」
「耳は普通なほうがいいかな。まあそもそもついてこなくていいんだけど」
「さらにさらに! 泥棒に一発で泡を吹かせる、うるさくて小汚い犬もついきます」
「どこが小汚いのよ、今度良く見てきなさいよ。愛くるしいわよ。あんた猫派?
私黙ってたけど犬派なのよね。血を血で洗う戦争が始まるわね」
「さらにお買い得!」
動物園でもつくる気か。維持費で破産するわ。
「買い物じゃないから。あとイヌ科でも狐はそんなに私の好みじゃない」
「クモがついてきます」
「いらない」
「ホタルもついてきます」
「虫はほんとダメだから」
「そうやって妖種差別する。最低ですね」
「どこの人間が妖怪と付き合うって言うのよ」
「慧音さん全否定ですか」
ああ本当にうざったいわねえ。なんであたかも私は常識人ですみたいな顔してんのよ!
たまらず文にコンビネーションフックをお見舞いしてしまった。私としたことが、こんなやつに心を乱されるとは。
「二度もぶちましたね。父親にもぶたれたことないのに」
「あのさぁ、さっきから聞いてると、何度も誰かの台詞パクってるわよね? そういうのやめてよ」
「あー、あー、いけませんよ霊夢さん。パクリじゃなく、インスパイアが来てリスペクトやオマージュをしてしまっただけですから」
「どれも同じじゃない」
「なんにも知らないんですね」
鼻で笑う文。
「あんたのその憎らしい胸肉とぼんじりを削いでから、砂肝とこころを取り出して串焼きセット作ってあげるわ」
「あー! あー! あー! しちゃいましたね? ネタバレ」
「は?」
「私、まだゲームを買ってない人にネタバレする人、大嫌いなんですよね」
「いやなんのネタバレだか意味わかんないんだけど」
文がへどを吐き、何かもぞっと動いた。橙からあまり出してはいけないような声が漏れる。
「橙に当たるのは止めなさいよ」
「霊夢さんのせいじゃないですか」
「いやいや、あんたのせいでしょう。大体なんで女なのよ。冷静に考えなさいよ女とか全然無理じゃない。
おっぱいついてんのよ? どうせあれでしょう、男に嫌がらせされたとか、振られたとか、父親が厳しかったとか、
そんなのが原因で女に目覚めたんじゃないの? いい男でも引っ掛ければ正気になおるから。もう橙を離しなさい」
「霊夢さん、いくらなんでも失礼ですよ! 酷いです! あなたには人の心がわからないんですか!?」
ものすごい剣幕で怒る文。いつもの飄々とした感じは消え失せている。目に涙を浮かべているのを見ても、
相当感情的になっているようだ。もしかしてこれ、越えちゃいけない一線を越えてしまったのだろうか。
「う、悪かったわよ。今のは失言だったわ。あなたの気持ちを考えていなかった」
「統計調査でも、少なくとも百人に一人以上の割合で同性愛者は存在しています。それは何か嫌な思い出があったからとかではなく、
自然な、生まれつきのものなんですよ。あなたは生まれつきほっぺたにほくろがある人を笑いますか? そうではないでしょう?」
あまりにもっともな意見だった。何人も他人にとやかく言われながら生きるなんてことは、あってはならない。
私が無学だったというのは言い訳にならないだろう。現にこんなにも文を悲しませてしまった。
「そして、私も生まれつきのビアンです。ザ・ビアンオブビアンズと妖怪は呼びます」
「そ、そう」
「ボーン・トゥ・ビー・ビアン。それが私の定めでした。私は心から誇っているんです。
私は幼少期のトラウマで同性愛に目覚めたわけではありません。私は根っからの女好きです。
この世に生を受けたとき、私は七歩歩いて、右手で目の前にいた女性の胸を指さし、左手でやはり胸を指さしました。
ですが、男の方だって友人として付き合うには、楽しくて素敵な人が大勢います。男の方が嫌いなわけではありません。
もちろん複雑な過程があって同性愛に目覚めた方を、私が差別することもありえません。私は誇り高きビアンですから」
手を挙げて力強く断言する文。こいつにも、新聞以外のことでこんなにも熱くなることがあるんだ。
「私が悪かったわ。好きになる相手の性別なんかで、その人を悪く言ったりしてはいけない。
でも、同性愛は倒錯ではないけど、小児愛好は倒錯よね。あとセクシャルハラスメントというか強制わいせつは犯罪よ」
「私が橙さんのことをさっきから揉み荒らしていることについて言っているのですね……」
そういって文は悲しそうに眉をひそめた。まるでこの世の悲しみを全て負っているような悲壮な顔だ。
「橙はまだ六十歳くらいでしょう? 妖怪の世界で言ったら幼児みたいなものなんじゃないの?」
黙り込んでしまった。絶望の中に希望を見出したのか、文に抱かれる橙の目に、光が宿る。
「私が橙さんの様々な部位をこね繰り回したのは確かに犯罪です。
しかしそれは私個人が、やばいと思いましたが、情動を押さえられなかっただけであって、
決して他のセクシャルマイノリティの方々が私のような者だということではないのです。それだけは伝えておきたかった」
そう言って掲げた手を橙の胸元に滑り込ませようとした。もちろん橙に咬まれて、綺麗に二つ穴が開いた。
「言いたいことはそれだけ? やり残したことや、言い残したことはない?」
「ええ、もうやりました。胸ェいっぱいです……」
感無量といった表情だ。外からやかましく“御用だ御用だ”の声が聞こえてくる。扉が開いて、犬天狗の群れが入ってきた。
そして先ほどからいた白い犬が口を開く。名前は忘れた。
「文さん、こんな結果になるなんて残念です」
「ええ、私も本当にここが波の打ち寄せる高い崖の上でないことが残念でなりません」
そういうと文は涙を一筋たらしてうなだれた。文の顔が近づいてきて橙が硬直している。白い犬が文の頬を張った。
「最後に……本当に最後に。私は霊夢さんの胸鎖乳突筋が好きです。つまりせせりが好きです」
「なんで焼き鳥の部位で言い直したの?」
「ずっとあなたのことが好きだった。言い出せなかった私は臆病でしたね」
「文……」
「あなたに迷惑だってことは気付いていました。ただ、あなたのことを想っているだけで私は幸せでした」
「文、そうだったの」
「私は長い間妖怪らしい妖怪でしたから、誰かを、人のように、愛するときがくるなんて思いもしませんでした。
そして私は人がなぜ誰かを愛するのか、その理由が、ふとした瞬間に、すべからくわかってしまいました」
そういうと文は力なくこぶしをひざに落とし、さめざめと泣き始めた。橙は猫のようにするりと、文の太ももの上から脱出した。
「愛とは素晴らしいものでした。ただあなたを見るだけで、私の胸は高鳴り、あなたと過ごす全ての時間は、
私の中のかけがえのない大切な宝物でした。霊夢さんは知っていましたか? あなたと話す私の心の震えを。
そして知っていましたか? 私はあなたと会うとき、周りにどんな人がいようと、最初にあなたを見て、
最初に挨拶をしていたことを。私が霊夢さんを想う気持ちは一番なのです。そのこだわりはずっと守っていました」
文は私のことをそんなに想っていたのか。ほんの少しも気付かなかった。
あの人を食ったような――実際食べてるだろうけど――態度を取る文が、まさか私を好きになるなんて。
私は昔、小豆洗いから原稿用紙六枚に及ぶ恋文を受け取ったことを思い出した。
文、あんたは何度も新聞を持って私に会いに来て、いくつもの言葉を交わしたわね。なのに私はあんたの気持ちの、
百のうち一つもわからなかった。文、ごめんなさい。
「霊夢さん、これが最後です。そしてこれでもう全て終わりにします。霊夢さん、私とずっと一緒にいてくれますか?」
「ごめんなさい、無理。私、女無理だから」
文は亜米利缶スタイルで肩をすくめ、“やれやれ”と言った。良く見るとその手には橙の靴を持っていた。
橙の靴とはインファノフィリアのメタファーなのだ。やれやれ、私は決起した。
「そこの白犬、さっさとこのタンドーリチキンを連行しなさい」
犬が舌打ちしながらにらんできた。どうも天狗の世界では舌打ちがはやっているらしい。
「あと文、須くべしの誤用が気になる。須くってのは必須の須、する必要があるって意味だということを覚えて帰りなさい」
「知ってますよ。でもいいですか、鴨川会長ですらおそらく“全て”の意味で使っているのです。
もう“全からく”っていう単語を創る時期に来ていますよ」
「私も“新たしい”とかについてとやかく言うつもりはないけど、須くは気になるのよ」
「全然心が狭いですね」
「むしろあんたにここまで付き合ってんだから、私って相当心広いんじゃないの?」
「二重否定でない表現を避けないようにしましょう」
「だからいつ、私が、二重否定なんて使ったのよ! 大体なに言ってんのかわかりづらいのよ!」
「え、なに言ってるんですか?」
突然文が椅子から落ちた。転げた椅子がけたたましい音を立てる。白犬がキャプテン亜米利加のごとく盾を投げつけたのだ。
「そこには目の前に九匹の白狼天狗が文を囲むようにして全ての白狼天狗が地面に落ちた文を刀の峰越しに見据えている」
文が何事かぶつぶつと呟きだした。場が怪しげな雰囲気に支配される。
「ん、地面に落ちてるのに目の前にいるの? どういう状況?」
「壁壁壁、壁壁壁、壁壁壁」
「なに、なんなの」
「壁っ!」
「いや叫ばれても」
「壁、霊か、ククク……。これが、闇の波動……」
何かしら、これはなにかの病気? やけになったか、それともとうとう精神に異常をきたした?
「壁、文カ、追い詰めたぜ!」
「ちゃんと喋って文。あなたが何を言っているかわからないわ」
「壁っ!」
「もう、ダメみたいね」
「壁壁壁、壁壁壁、壁壁壁」
私は白狼天狗に目で合図を送った。見飽きたしっぽがわずかに揺れた。目を文に落とし、腕を掴んで引っ張っていこうとする。
「罠にかかりましたね。秘奥義“四次元四面楚歌”によってあなた方は気を逸らされた。
だからこそ私の呪文の詠唱に気付かなかった」
しまった。わかったときにはもう遅かった。いつの間にか、私は三方を壁に囲まれ、文と一対一になっていた。
文から逃げ出すには唯一、右手の方向の壁のない場所に逃げるしかない。だけれど、幻想郷一位クラスの文からは逃げられない。
「封印魔法“大体此様感”。唯一の出口に向かって走れば、私に背後から襲われる事態は避けられません」
その後、唯一の出口から、多数の白狼天狗が突入してきた。文はあえなく御用となった。
「あー、ひどいところだったわね。あ、なんだ向かいにも相談所あるじゃない。どれどれ」
「あ、いらっしゃいやせー。生馬目抜結婚相談所にようこそ。
わたくし、チープエグゼクティヴオフィサーの射命丸と申します。今日はどういったご用件ですか?」
「速いわね」
「あー、うぃっし。ふー」
黒い髪がつやつやの天狗が、いかにも営業用の笑顔でこっちを向いた。なかなかにできそうな顔をしているじゃない。
名刺を差し出す速度も、幻想郷一位クラスと言われるだけあって、ブラック企業はだしだ。
「わたくし、チーフソーシャルケアサポートマネジメントオフィサーの射命丸と申します。今日はどういったご用件ですか?」
「まあ、その、アレよ。ってかここに来る目的なんて一つしかないじゃない」
「あ、はーん。そうですねー、ええ、ええ」
え、なにその相槌は。
「結婚?」
「ええ結婚」
にやっと口角を上げる。何故か小指を立てたこぶしを前に持ってきた。たぶんそのサインを出す場面ではない。
「大丈夫ですよ、当店では九分九厘、見事ご成立となっておりますから」
「へー、それはすごいじゃない」
「残り、九割一厘のお客様は残念ながら」
「いやいや、尺貫法じゃないの? 割合で九分九厘は使わないでしょ?
そんなんじゃ五分五分とか後の九割はなんなのって話になるじゃない」
店をかえるべきかしら。
「お任せ下さい。当店は相談、紹介、服飾、お見合い、披露宴、友人代表代行、浮気調査、離婚調停、
全てのケアをサポートしております」
「え、ここ結婚相談所じゃなかったっけ? そんなことまでやるの?」
「もちろんカントリーマアムもサポートしております」
「は?」
「もちろんカントリーマアムもサポートしております」
え、なんかやばいとこ来ちゃった?
「で、ご相談は」
「ええ、ちょっとまーなに、その。アタシ、結界の維持とか疲れたし、そろそろね、ほら、代替わりとかしたいじゃない」
「あー、あー、あー。紹介のほうで」
「そう。なんかいい人いないかしらねー」
あまり期待はできなさそうだが、まあ店内は整っているし、店員以外は意外とまともかもしれない。
「ではですね、こちらの河童開発高速SQL電算機システムを使って、最適のご相手をご紹介するので、
まずあんたのごプロフィールを作成いたしますから、こちらの紙にご記入下さい」
「あんたのごプロフィールって、丁寧にする場所間違ってると思うけどね」
射命丸、ずいぶん変わったわね。やっぱ新聞やめちゃったのが相当効いているのかしら。
「博麗霊夢、二十六歳、っと」
紙に書くと同時に、文が鍵盤のようなものを指で器用に打っていく。
「えー、博麗霊夢 twenty six years of age」
「なんでそこ英語なのよ」
「2バイト文字に対応していないからです」
「なにそれ」
「で、次に住所をお願いします」
「えーと、南西の境界近くの、博麗神社」
「アーハハハハハハハ! アーッハッハッハッハッハッハッハ!! ハッハハハハハハハハハハハ!」
突然口元に手を当てた文が大笑いし始めた。涙まで浮かべている。
「何がおかしいのよ」
「フフフフフフ、ごめ、フフ、ごめんなさい、ブフフフフッ! でも、神社って……ドラエモンみたい。フハハハハッ!」
「いや意味がわからないんだけど」
こいつ、まあ妖怪なんて元々頭おかしいやつばっかりだったけど、ここまでとは思わなかったわ。
「ごめんなさい、ご職業は、あ、無職でしたね」
「巫女やってるから、巫女」
「はいはい」
なによ! 誰が幻想郷を今まで守ってきたと思ってるのよ。そりゃ最近は妖怪退治をするやつが増えたから、
目に見える活躍は減ってきたけれども、境界がなけりゃあんたらなんて消し飛んでるのよ。
「ん、なにこの職業のSMKって」
「スーパーメディアクリエイターです」
「いや巫女っつったでしょ私。紙にも巫女って書いてあるでしょ。大体クリエイターはCから始まるんじゃないの」
「え、なに言ってるんですか?」
呆れたような顔になっている。呆れるのはこっちでしょ!
「だから私は」
「いけません。いまどき職業はシビアに見られますからねー」
「いや、巫女って結構トップクラスにいい職業じゃない?」
「天狗の次くらいですね」
「天狗は職業じゃないでしょ」
また一人で笑い出した。本当にどうなってるんだこいつは。今すぐ妖怪の山のてっぺんに打ち上げるべきかしら。
「ちなみに私はフルタイムワーカーです。あなたはパートタイマーですらありません。どこで人生を間違えたのですか?」
「余計なお世話よっ!」
ヒヒッと下品な笑いが漏れる。完全にとさかに来た。
「えー、次にスリーサイズをお願いします」
「なんでそんなの言わなきゃいけないの? 今まで聞かれたことないわよ」
「では、今まで身体測定の結果を一人で見てニヤニヤしていたわけですね?」
「ニヤニヤって……ニヤニヤしてはいないけど、まあそうよ」
「変態ですね」
「うるさいっ!」
くそっ、すぐに椅子を蹴飛ばして出て行きたいのに、タイミングよく次の台詞をかぶされて出るに出れない!
「バストは?」
「75」
「私は81です。ウェストは?」
「60」
「私は58です。ヒップは?」
「86」
「私は88です」
「……いや、あんたの情報はいらないんだけど」
「私が全て勝っていたので念のためにお伝えしました」
どや顔がむかつく! こいつ新聞購読っていうカードがなくなると恐ろしく態度でかいわね。
「妖怪と比べられても、勝つの最初から無理に決まってるじゃない」
「ですね。でもあなたは悔しいでしょう?」
「ええ悔しいわよ」
「私には胸は勝てない」
「ええ勝てないわよ」
「腰も勝てない」
「ええ腰も尻も私の負けよ! なんなの? もう帰るわよ」
立とうとしたら腕を引っ張られて椅子に戻った。薄い尻が痛い。
「待ってください。ダメダメダメです。後もうちょっとのところなんだから」
「いやもういいわよ」
「私だってこの300ケルビンのところでイワナが取れるって頑張ってるんですよ?」
「え、なにそれ」
「イワナ、書かなかった?」
「そういうのはよそでやりなさいよ! もっと他にこっちでそういうのあるでしょ。ミラクルフルーツとかライスシャワーとか」
「え、なに言ってるんですか?」
だからなんで呆れたような顔になってるのよ!
「だいたい300ケルビンって何よ。熱過ぎじゃない」
「あっやっやっやっやっ! あーーっやっやっやっやっ! あーーーーっやっやっやっやっ!」
「え、なにそれ。笑い声?」
「300ケルビンって室温ですよ、ククッ」
「え……あっ! く、くぅ~! ファーレンハイトと間違えたのよ! わざとよ!」
「さすが寺子屋中退は格が違いますね」
「一回行って眠かったから帰っただけよ! 大体巫女に神事以外の知識なんて要らないじゃない」
突然文が目をつぶって立ち上がり、右腕を綺麗に九十度に曲げて腰にあてた。そして左手で私を指差した。
「おまえをスーパーソニックマンにしてやろうか?」
「え?」
「おまえを蝋人形にしてやろうか?」
「ああ、閣下ね。あの人閻魔のところに行ってから見ないけど、元気にしてるのかしらね」
「で、聞き忘れてたんですけど、年収おいくら千円でしたっけ」
「えーっと」
頭の中で賽銭箱にお金が入っていた日を数える。休日は大体十五円が確実に入ってて、平日はまちまちだけど、
月のうち半分ぐらいはあるし、あとは年始の大型ボーナスを考慮すると、いくらくらいかしら。
「お賽銭によるわねえ」
「なるほど、オ サイセンニ ヨル、っと」
「やめなさい。半角カタカナは2バイト文字としてエンコードされると文字化けするのよ。ほら“・参象到嶼”になってる」
「え、なに言ってるんですか?」
「えっ、ふふっ、いや確かに。私もどう発音してるのかわからないけれども」
改めて画面を見る。私のプロフィールも大方完成した。
「うーん、やっぱりスーパーメディアクリエイターはやめない? スーパーメディアクリエイターで“年収:お賽銭による”って、
なんか悪い冗談みたいじゃない。Web投げ銭か、っての」
「は?」
「Web投げ銭か、っての」
「は?」
「そういうのがあるのよ。あんた私が散々話に付き合ってあげたのにそれは無いんじゃない?」
「私はそんなオワコン知りませんので」
「知ってんじゃん」
「まあまあ、では、この条件でインピーダンスマッチングを取りますと、あ、出ましたよ」
「検索って言いなさいよ。なんか無理やり合わせてるみたいじゃない」
「実際そうでしょう。あなたと結婚したい人なんていません」
「あ?」
「ん?」
「喧嘩売ってんの?」
「約0.23秒で二百万と百九十千件でましたね。もうすこし絞りましょうか」
お、意外に私と合う人多いんだな。って、二百万っていくらなんでも多過ぎじゃないの?
男女の出生率が一対一なのを考えると、四百万人以上の人が幻想郷に住んでるのね。
「相手の年収はいくらぐらいがよろしいですか?」
「うーん、そうねぇ、跡取りが欲しいから、私の稼ぎと合わせて家族三人暮らせるぐらいがいいわね」
「金で人を値踏みですか。最低ですね」
「あんたが聞いたんでしょ!? 大体、そんなに高い条件出した? 普通に暮らしていくって大変なのよ?
後々、大きな病気をしたり、何か予測できないことがあってお金がいるときって絶対来るのよ?
あんた誕生日問題って知らないの? 23人が集まる部屋の中で、誕生日が同じ組がいる確率は5割なのよ。
それと同じ方法で、一日に何度も発生し得る万が一の事態が、十年間一度以上起きる確率を計算してみなさい。ほぼ10割よ。
家族の生活のために相手に稼ぎを求めて、何が悪いって言うのよ」
「顔は小さめがいいですか?」
しれっと無視して次の条件を聞いてきた。こいつ縁談が決まった暁には焼き鳥にしてやるわ。
「顔って……、まあ大きいよりはそうね」
「脚はすらっと?」
「いや、男の人見るとき足とかあんまり見ないけど。私はがっしりしてるほうが好みね」
「脚はすらっと?」
「それしかいないんでしょ。わかったわ、まあ骨と皮みたいなんじゃなければ、すらっとしてていい」
「しっぽの方は」
「は?」
「いやだからしっぽの方は? このお方なんてどうです? 一本きりっと尻尾が立ってますが」
そういうと、ねずみ色の服を着て、ねずみ色の髪をした、ねずみ色の耳を持つ妖怪の写真を見せてきた。
「いやこれ、無縁塚に住んでるねずみでしょ? っていうか妖怪だし女じゃない」
「じゃあこちらは」
「これあんたのとこの見張り隊のやつじゃない! しっぽはいらないのよ、しっぽは!」
「一本のしっぽはいらないと」
ったく本当になんなのよ。まあしっぽがついてるやつを外せば、妖怪は出てこないでしょう。
「この方とか。かなりしっかりした家柄で、安定したご職業にもついておられますし、何よりとっても素敵な方ですよ」
「そう」
「くりくりした目玉、知性を感じさせる顔つき、まだお若いのに、妖術その他特殊な戦闘技術、様々な自然科学に関する学問を修め、
しかし、ときに守るべき人のために強くなれる心も持ち合わせています」
「へぇ、よさそうじゃない。見せなさいよ」
検索して出てきた沢山のレコードの中から、一つの行を選択する文。表示されたのは案の定、良く見知った顔だった。
「ほら、この方なら文句ないでしょう。二本ですよ二本」
「いやこれ私の知り合いの身内だから」
「お、決まりましたか。では完成品が実はこちらにあります。どうぞ橙さん、入ってきて下さい!」
そう言うとしばらくして、事務所の後ろの扉が開いた。シックな黒のシャツとタイトスカートをはいた黒猫が、
お盆にお茶を二つのせて現れた。
「こんにちは霊夢。文さんすみません、奥の整理でこっちに気付かなくて、お茶を出すのが遅れてしまいました」
そう言うと、私と文の前にそっとお茶を置く猫。書類が邪魔で私のところにお茶を置くときは、
きちんと“こちらから失礼します”とひとこと。一体なんでこんな作法を知っているんだろう。妖怪としてはまったく無駄だろうに。
「こらこら、橙さん、今日は霊夢さんはお客様として入ってきやがったから、もっと丁寧に応対しなければダメですよ」
舌打ちしながら言いやがったわね。文が吐き捨てた台詞を聞いて、困った顔の橙が私を見た。
「申し訳ありません、霊夢様。本日はご来店いただきありがとうございます。どのようなご用向きでしょうか」
さすが、いつもあのバカ丁寧な親バカ狐に教育されているだけあって、できているわね。あいにくお呼びではないけれど。
「実はですねえ、霊夢さんがお嫁さんを探していまして、色々考えていただいたところ、橙さんがいいとおっしゃって」
言ってない。少なくとも私に猫とやる趣味は無い。橙が持っていたお盆を落とした。からんからんと大きな音が響く。
「む、無理です。私ストレートですから」
橙が顔を真っ青にして答える。大丈夫、私もあんたと結婚する気はさらさら無い。そこの天狗の妄言だ。
「そうは言っても、あの霊夢さんを見てください。獲物を狙う猛禽類の目つきですよ」
橙が体を両手で抱きしめるようにしてかばった。完全に私は恐怖の対象か。
「ほんとに無理です。ストレートなんです! ほんっとストレートなんです!」
「逃げられませんよ橙さん。相手は霊夢さんですよ。妖怪に彼女から逃れるのはほぼ不可能です。
もう霊夢さんの頭の中の橙さんはゆで卵の如し。ちゅるううぅぅんと剥かれてその柔肌をじっくり堪能されてしまっていますよ」
「う、うぇ」
完全に泣きが入っている。この場にバカ狐がいたら狂乱していることだろう。
「ほら、霊夢さんがその幼い膨らみをなめまわすように見ていますよ。あ、目が動きました。
スカートにくっきりと現れた脚のラインもお好みのようですね。橙さん、もっと指を口にくわえて首をかしげるような感じで」
橙の手を取って口に近づけた文をぶったたいた。世界の神ですら文を殴る権利を欲しがっただろう。そのくらい最低な狼藉だった。
「痛いですねぇ」
「霊夢、もしかして、霊夢は私を守ってくれたの?」
静かにうなずいてやる。橙はもうひとつ、私がストレートかどうかをたずねてきたが、もちろん首を縦に振った。
とたんに橙の顔が明るくなる。この無邪気そうな顔を見ていると、藍があんなに入れ込むのもわかる。
橙だったら嫁にするのもありかもしれないわね。少し想像して、キスをするのを考えてみたら、やっぱり気持ち悪くて無理だった。
そもそも橙は子供だしね。実年齢じゃ私のほうが年下だけどね。見た目と中身がね。
「ありがとう霊夢」
「安心するのはまだ早いですよ橙さん。私はレズです」
“!?”
「あ、文さん……私、私ストレートだから」
「私はレズです」
「どんなことがあってもストレートだから!」
「それでも私はレズです」
「無理です」
「私もあなたを諦めるなんて無理です」
「い、いや! 手に持ってるのは何!?」
「ねこじゃらしです」
文はねこじゃらしで橙の首筋、袖口から見える手首、スカートのすぐ下の太ももを次々襲っていく。
橙は泣きながら体を捩じらせている。くすぐったいよりも恐怖のほうが優先しているようだ。助けるべきなのかな。
「やめて! 猫じゃらしはそんなことに使うものじゃないです! んんっ!」
恐怖に顔は凍りつき、次々に涙をこぼす橙。いくら妖怪とはいえ、少しかわいそうになってきた。
そのとき私が巫女であることを思い出した。私の仕事は不埒な妖怪退治である。
「文、あんたを退治するわ」
「どうしてです? 私は遊びでない本気の戦闘をしているわけではありません。そして私は橙さんともめているわけではありません。
私は橙さんを揉んでいるんです」
後光が発しているようないきいきとした笑顔に、私は何も言い返せなかった。
「しかし、あんたがレズだったとは知らなかったわ。男好きそうな顔してるのに」
「偏見は止めてください。それとレズというのは良くない言い方です。ビアンと言ってください」
あんたが言ったんでしょうが。突っ込みそうになったが、時間の無駄なので止めた。
「さて、私の結婚相手が見つかったところで、閑話休題と行きましょうか」
「橙を離してあげなさいよ」
泣きながらもがく橙があわれだ。橙はこっちをすがるように見つめているが、文には言葉が届かなかったらしい。
「ダメですよ。だいたいストレートとかの単語を知ってる時点でこの子もきっと」
「決め付けはやめなさい」
「あ、次のが見つかりましたよ」
そう言ってずいぶんアップの写真を見せ付ける。なるほど、凛々しい顔つき、筋の通った鼻、いかにも知的な表情。
金色の髪も素敵な、だからもうしっぽから離れろって言ってるでしょ。
「無理」
「そんなこといわないでくださいよ。傷つきますよきっと」
「だいたい、橙と結婚するつもりなら、こいつを薦めるとあんたと私が姉妹になるわよ」
「え、なに言ってるんですか?」
まったくもって馬鹿の言う言葉はくだらない、といった顔でこっちを向く文。思わずカウンターを合わせそうになった。
「まあ確かにね、あんたが選んだ中では頑張ったほうだと思うわよ。ほんと首から上だけ見ると、
男に見えるぐらいかっこいいもんね。でも女でしょ?」
「確かめたんですか?」
「いや、確かめたことは無いけどね。うちで毛が散るのやだから、宴会の後でも風呂入らせたことないし」
「匂いフェチですか」
「違う。話の本題はそこじゃなかったわよね? 第一あんな憎らしい胸部をしてるのに男なわけないでしょ」
「そうですよね、で、こちらが藍さんの現在の旦那様になります」
そういってまた写真を見せてきた。こちらも金髪で、ところどころに黒いエクステが付いている。
なるほど、藍に負けないほど凛々しくて、顔のつくりも整っている。藍より少し柔らかな表情で、鼻がちょっと低いかしら。
「どうですか、この方で決めませんか?」
「え、これ寺の本尊よね」
「はい」
「付き合ってるんだ、藍と」
「はい」
「なんで私に薦めようと思ったの?」
「はい」
「しかしよく紫も聖も許したわね。特に紫なんて生活できなくなるんじゃないの?」
「聖さんは神も仏も妖怪も平等と言っておられますしね。紫さんも意外なことに本人の意思を尊重したそうです」
「へー」
なんだかすごいわね。それにしてもなぜわざわざ女同士で。でも妖怪なんて、種族の差に比べたら、
性別の差なんてたいしたことないか。
「では、星さんで決定ということで」
「いやいやいや、無理だから。私知り合いの女寝取る気はないからね。私も女だし。あと動物系で攻めるの止めてくれる?
正直宴会に来るやつに遠慮して公言してなかったんだけど、私獣臭がすっごく苦手なのよ」
「で、ちょっと見てくださいこの写真」
そういうと藍と星の見つめ合っている写真を表示した。
「で、画面の下を隠します」
ちょうど文の腕が二人の胸から下を隠し、顔だけが見えるようになった。
「こうしてみると、BLにしか見えませんよね。百合なのにBL。くっくくくくくく、くはっはっはっは!」
「あんまり笑わないでよ。二人がかわいそうじゃない」
「霊夢さんは見えませんか?」
「ぶふっ、まあ、ね、見えるけれども」
でしょう、といって文はまた大笑いした。誘われて私も笑ってしまった。橙が怒ったが、
文のテクニックによってすぐさま元通り泣きだした。
「しかし、せっかくしっぽアレルギーの霊夢さんのために星さんお薦めしたのに」
「いや、付き合ってるんでしょ。無理じゃない」
「あ、次が出ましたよ」
そう言って新たな写真を見せてくる。赤い髪で花のような笑顔。かわいいおさげが深緑のワンピースに良く似合う。
「もう猫はいいわ。っていうか別にここに探しに来なくても、どっちの猫も神社に来るし」
「こんなにかわいいのに」
「あんたが黒猫好きだっていうのは良く伝わったわ。私も猫はかわいいと思うけど、どっちかって言うと妖怪でないほうがベターね」
「霊夢さん、けもなーレベル高いですね」
口を覆って体を引く文。意味はわからないが、馬鹿にされていることはわかる。
「なにそれ」
「ジェイ3、動物でもいける人のことですわ……る」
「いや、何を勘違いしてるのか知らないけど、私は女も動物もいけないから。かわいいとは思うけど」
やっぱりろくでもない意味だった。
「アルトカルシフィリアですか」
「なにそのアクロフォビアみたいなのは」
「じゃあお燐さんの方でよろしかったですか?」
「何もよろしくないわよ」
「霊夢さんは猫で言ったら橙さん、星さん、お燐さんの誰が好きですか?」
「そうねえ、橙かしら。なんで聞いたの?」
「で、その情報を元に検索しまして、お次はこの方」
「次は誰かしら。お燐の紹介、ずいぶんあっさりだったわね」
小指で大きく音を立てて鍵盤を叩くと、目の前に現れたのはウサギだった。
「ねえ、せめてしっぽから離れましょう。そしたら順を追って、しっぽなし、人間、男とステップアップしていけばいいから」
「ちなみにこの方、かなり離婚歴があります」
「うさぎって一夜の恋とか多そうだしね。理由はなんなのよ。結婚する気はないけど、ちょっと興味あるわね」
「詐欺ですね」
「はぁ」
「結婚詐欺でかなりブイブイ言わせてたらしいです」
「それ紹介しちゃうんだ」
「霊夢さんだって相当の結婚詐欺師じゃないですか」
「え」
「聖さん泣いてましたよ」
「なにそれどういうことなの? まったく心当たりがないんだけど。
そんなことしたら寺に近づいたら殺されるじゃない。っていうか人里にも近づけないわよ。どうしたらいいのよ」
寺のやつらは要はただの聖ファンクラブだ。そのファンクラブ会員共を全員的にまわして無事で済むはずがない。
「いやーはっは。いやですねー、そんなこと私に聞かれても知りませんよ」
「あんたが何かやらかしたんじゃないでしょうね」
「えー、ちがいますよー」
瞳を上に向けて白目すれすれになり、片手でゲンコツを自分の頭に当てると同時に舌を出す。最高に人をイラつかせる仕草だ。
「でも、心当たりがないのなら、早めに行って疑いを晴らしたほうがいいですよ」
「疑いを晴らそうと言っても、相当難しいわよ。話聞いてくれないでしょ絶対」
「あーっやっやっやっや! あーっやっやっやっややややや!!」
また不気味な笑い声を上げた。怪鳥ってやつね。
「何よ」
「“そうとい”っても“そうとう”って、寒過ぎて笑えますよ! あーやっやっやっやっや!」
「いや、別に駄洒落じゃないから」
「だじゃれじゃだいからって、回文意識しました?」
「そんなこと意識するほど頭おかしくないから。あとそれ回文になってないから。あんたん中でどんなやつになってるのよ私は」
「箸の棒にもかからない人間が何を言ってるんですか」
「あ?」
「ん?」
「やんの?」
「お次はこちら!」
さっさと帰るべきだったのだろう。もういい。橙もどうでもいい。次こそ帰ろう。
「なんとすごいですよ。自営業で成功してまして、収入もなかなかのもの。家事もばりばりですし、芸も多彩。八方美人ですね」
「八方美人の使い方間違ってるわよ」
「想像してみて下さい。霊夢さんが妖怪退治から帰ってきて、お帰りなさい、ってはじけるような笑顔で言われるの」
「あー、いいわねー。私もペット飼おうかしら」
「それで血みどろになった霊夢さんを、やさしくタオルで拭いてくれる彼女」
「いや、血みどろにはならないわよ。遠距離攻撃が主体だし」
「暖かい食事のいい匂いが漂ってきて、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
「うーん、そっち系の話は結構好きなのよね。あくまでも聞くのとか話すのがね。あと女同士は無理よ。
あ、選択肢はもちろん“わたし”で」
玄関でエプロンをつけ正座で待つ妻。雨に濡れたミノを壁にかけながら今日の夕食を聞く。しかし妻の扇情的なその顔に、
思わず自分を抑えられず、玄関にそのまま押し倒してしまう夫。めくるめく大人の世界。
三河屋の付け入る隙もない愛の時間が始まるのだ。
「そういう生々しいこと打ち明けるの止めてくれませんか。幻滅するんで」
「あんたに言われたくないわよ。で、続きは?」
「そういうと彼女は覚悟を決めた表情で奥に引っ込み、数分後には芳香のする鶏がらスープが」
「やだそんなの。っていうか写真見ないでもわかるけどミスティアでしょあんたが言ってるの。
鶏がらとか、焼き鳥撲滅のために頑張ってるあいつに失礼だと思わないの? あんたも鳥同盟でしょ」
そういうと文は腐れ毛唐のような、両手の平を天に向け肩をすくめる、独特のポーズをとった。
「崇高なるカラス天狗とスズメを同列に扱うのは止めてくれませんかねぇ」
「そうね、カラスよりスズメのほうがかわいいもんね」
「ではミスティアさんで、ようやっと決まりましたね」
「いや決めてないけど」
「今ならなんと」
がばっと背筋を伸ばす文。思わず身を引いてしまった。
「なに?」
「ミスティアさんに決めると」
「うんまあ、決める気はないけど」
「そこの犬がついてきます」
指をさされて振り返ると、いつの間にか私の背後に白い犬がいた。ぐいっと歯を剥いている。フレーメン反応かなんかだろう。
「私今日から天狗大嫌いになったからいらない」
「さらにィ、耳ぐっしゃぐしゃのウサギがついてきます」
「耳は普通なほうがいいかな。まあそもそもついてこなくていいんだけど」
「さらにさらに! 泥棒に一発で泡を吹かせる、うるさくて小汚い犬もついきます」
「どこが小汚いのよ、今度良く見てきなさいよ。愛くるしいわよ。あんた猫派?
私黙ってたけど犬派なのよね。血を血で洗う戦争が始まるわね」
「さらにお買い得!」
動物園でもつくる気か。維持費で破産するわ。
「買い物じゃないから。あとイヌ科でも狐はそんなに私の好みじゃない」
「クモがついてきます」
「いらない」
「ホタルもついてきます」
「虫はほんとダメだから」
「そうやって妖種差別する。最低ですね」
「どこの人間が妖怪と付き合うって言うのよ」
「慧音さん全否定ですか」
ああ本当にうざったいわねえ。なんであたかも私は常識人ですみたいな顔してんのよ!
たまらず文にコンビネーションフックをお見舞いしてしまった。私としたことが、こんなやつに心を乱されるとは。
「二度もぶちましたね。父親にもぶたれたことないのに」
「あのさぁ、さっきから聞いてると、何度も誰かの台詞パクってるわよね? そういうのやめてよ」
「あー、あー、いけませんよ霊夢さん。パクリじゃなく、インスパイアが来てリスペクトやオマージュをしてしまっただけですから」
「どれも同じじゃない」
「なんにも知らないんですね」
鼻で笑う文。
「あんたのその憎らしい胸肉とぼんじりを削いでから、砂肝とこころを取り出して串焼きセット作ってあげるわ」
「あー! あー! あー! しちゃいましたね? ネタバレ」
「は?」
「私、まだゲームを買ってない人にネタバレする人、大嫌いなんですよね」
「いやなんのネタバレだか意味わかんないんだけど」
文がへどを吐き、何かもぞっと動いた。橙からあまり出してはいけないような声が漏れる。
「橙に当たるのは止めなさいよ」
「霊夢さんのせいじゃないですか」
「いやいや、あんたのせいでしょう。大体なんで女なのよ。冷静に考えなさいよ女とか全然無理じゃない。
おっぱいついてんのよ? どうせあれでしょう、男に嫌がらせされたとか、振られたとか、父親が厳しかったとか、
そんなのが原因で女に目覚めたんじゃないの? いい男でも引っ掛ければ正気になおるから。もう橙を離しなさい」
「霊夢さん、いくらなんでも失礼ですよ! 酷いです! あなたには人の心がわからないんですか!?」
ものすごい剣幕で怒る文。いつもの飄々とした感じは消え失せている。目に涙を浮かべているのを見ても、
相当感情的になっているようだ。もしかしてこれ、越えちゃいけない一線を越えてしまったのだろうか。
「う、悪かったわよ。今のは失言だったわ。あなたの気持ちを考えていなかった」
「統計調査でも、少なくとも百人に一人以上の割合で同性愛者は存在しています。それは何か嫌な思い出があったからとかではなく、
自然な、生まれつきのものなんですよ。あなたは生まれつきほっぺたにほくろがある人を笑いますか? そうではないでしょう?」
あまりにもっともな意見だった。何人も他人にとやかく言われながら生きるなんてことは、あってはならない。
私が無学だったというのは言い訳にならないだろう。現にこんなにも文を悲しませてしまった。
「そして、私も生まれつきのビアンです。ザ・ビアンオブビアンズと妖怪は呼びます」
「そ、そう」
「ボーン・トゥ・ビー・ビアン。それが私の定めでした。私は心から誇っているんです。
私は幼少期のトラウマで同性愛に目覚めたわけではありません。私は根っからの女好きです。
この世に生を受けたとき、私は七歩歩いて、右手で目の前にいた女性の胸を指さし、左手でやはり胸を指さしました。
ですが、男の方だって友人として付き合うには、楽しくて素敵な人が大勢います。男の方が嫌いなわけではありません。
もちろん複雑な過程があって同性愛に目覚めた方を、私が差別することもありえません。私は誇り高きビアンですから」
手を挙げて力強く断言する文。こいつにも、新聞以外のことでこんなにも熱くなることがあるんだ。
「私が悪かったわ。好きになる相手の性別なんかで、その人を悪く言ったりしてはいけない。
でも、同性愛は倒錯ではないけど、小児愛好は倒錯よね。あとセクシャルハラスメントというか強制わいせつは犯罪よ」
「私が橙さんのことをさっきから揉み荒らしていることについて言っているのですね……」
そういって文は悲しそうに眉をひそめた。まるでこの世の悲しみを全て負っているような悲壮な顔だ。
「橙はまだ六十歳くらいでしょう? 妖怪の世界で言ったら幼児みたいなものなんじゃないの?」
黙り込んでしまった。絶望の中に希望を見出したのか、文に抱かれる橙の目に、光が宿る。
「私が橙さんの様々な部位をこね繰り回したのは確かに犯罪です。
しかしそれは私個人が、やばいと思いましたが、情動を押さえられなかっただけであって、
決して他のセクシャルマイノリティの方々が私のような者だということではないのです。それだけは伝えておきたかった」
そう言って掲げた手を橙の胸元に滑り込ませようとした。もちろん橙に咬まれて、綺麗に二つ穴が開いた。
「言いたいことはそれだけ? やり残したことや、言い残したことはない?」
「ええ、もうやりました。胸ェいっぱいです……」
感無量といった表情だ。外からやかましく“御用だ御用だ”の声が聞こえてくる。扉が開いて、犬天狗の群れが入ってきた。
そして先ほどからいた白い犬が口を開く。名前は忘れた。
「文さん、こんな結果になるなんて残念です」
「ええ、私も本当にここが波の打ち寄せる高い崖の上でないことが残念でなりません」
そういうと文は涙を一筋たらしてうなだれた。文の顔が近づいてきて橙が硬直している。白い犬が文の頬を張った。
「最後に……本当に最後に。私は霊夢さんの胸鎖乳突筋が好きです。つまりせせりが好きです」
「なんで焼き鳥の部位で言い直したの?」
「ずっとあなたのことが好きだった。言い出せなかった私は臆病でしたね」
「文……」
「あなたに迷惑だってことは気付いていました。ただ、あなたのことを想っているだけで私は幸せでした」
「文、そうだったの」
「私は長い間妖怪らしい妖怪でしたから、誰かを、人のように、愛するときがくるなんて思いもしませんでした。
そして私は人がなぜ誰かを愛するのか、その理由が、ふとした瞬間に、すべからくわかってしまいました」
そういうと文は力なくこぶしをひざに落とし、さめざめと泣き始めた。橙は猫のようにするりと、文の太ももの上から脱出した。
「愛とは素晴らしいものでした。ただあなたを見るだけで、私の胸は高鳴り、あなたと過ごす全ての時間は、
私の中のかけがえのない大切な宝物でした。霊夢さんは知っていましたか? あなたと話す私の心の震えを。
そして知っていましたか? 私はあなたと会うとき、周りにどんな人がいようと、最初にあなたを見て、
最初に挨拶をしていたことを。私が霊夢さんを想う気持ちは一番なのです。そのこだわりはずっと守っていました」
文は私のことをそんなに想っていたのか。ほんの少しも気付かなかった。
あの人を食ったような――実際食べてるだろうけど――態度を取る文が、まさか私を好きになるなんて。
私は昔、小豆洗いから原稿用紙六枚に及ぶ恋文を受け取ったことを思い出した。
文、あんたは何度も新聞を持って私に会いに来て、いくつもの言葉を交わしたわね。なのに私はあんたの気持ちの、
百のうち一つもわからなかった。文、ごめんなさい。
「霊夢さん、これが最後です。そしてこれでもう全て終わりにします。霊夢さん、私とずっと一緒にいてくれますか?」
「ごめんなさい、無理。私、女無理だから」
文は亜米利缶スタイルで肩をすくめ、“やれやれ”と言った。良く見るとその手には橙の靴を持っていた。
橙の靴とはインファノフィリアのメタファーなのだ。やれやれ、私は決起した。
「そこの白犬、さっさとこのタンドーリチキンを連行しなさい」
犬が舌打ちしながらにらんできた。どうも天狗の世界では舌打ちがはやっているらしい。
「あと文、須くべしの誤用が気になる。須くってのは必須の須、する必要があるって意味だということを覚えて帰りなさい」
「知ってますよ。でもいいですか、鴨川会長ですらおそらく“全て”の意味で使っているのです。
もう“全からく”っていう単語を創る時期に来ていますよ」
「私も“新たしい”とかについてとやかく言うつもりはないけど、須くは気になるのよ」
「全然心が狭いですね」
「むしろあんたにここまで付き合ってんだから、私って相当心広いんじゃないの?」
「二重否定でない表現を避けないようにしましょう」
「だからいつ、私が、二重否定なんて使ったのよ! 大体なに言ってんのかわかりづらいのよ!」
「え、なに言ってるんですか?」
突然文が椅子から落ちた。転げた椅子がけたたましい音を立てる。白犬がキャプテン亜米利加のごとく盾を投げつけたのだ。
「そこには目の前に九匹の白狼天狗が文を囲むようにして全ての白狼天狗が地面に落ちた文を刀の峰越しに見据えている」
文が何事かぶつぶつと呟きだした。場が怪しげな雰囲気に支配される。
「ん、地面に落ちてるのに目の前にいるの? どういう状況?」
「壁壁壁、壁壁壁、壁壁壁」
「なに、なんなの」
「壁っ!」
「いや叫ばれても」
「壁、霊か、ククク……。これが、闇の波動……」
何かしら、これはなにかの病気? やけになったか、それともとうとう精神に異常をきたした?
「壁、文カ、追い詰めたぜ!」
「ちゃんと喋って文。あなたが何を言っているかわからないわ」
「壁っ!」
「もう、ダメみたいね」
「壁壁壁、壁壁壁、壁壁壁」
私は白狼天狗に目で合図を送った。見飽きたしっぽがわずかに揺れた。目を文に落とし、腕を掴んで引っ張っていこうとする。
「罠にかかりましたね。秘奥義“四次元四面楚歌”によってあなた方は気を逸らされた。
だからこそ私の呪文の詠唱に気付かなかった」
しまった。わかったときにはもう遅かった。いつの間にか、私は三方を壁に囲まれ、文と一対一になっていた。
文から逃げ出すには唯一、右手の方向の壁のない場所に逃げるしかない。だけれど、幻想郷一位クラスの文からは逃げられない。
「封印魔法“大体此様感”。唯一の出口に向かって走れば、私に背後から襲われる事態は避けられません」
その後、唯一の出口から、多数の白狼天狗が突入してきた。文はあえなく御用となった。
「あー、ひどいところだったわね。あ、なんだ向かいにも相談所あるじゃない。どれどれ」
「あ、いらっしゃいやせー。生馬目抜結婚相談所にようこそ。
わたくし、チープエグゼクティヴオフィサーの射命丸と申します。今日はどういったご用件ですか?」
「速いわね」
イワナコンボは卑怯。申し訳ないが故人をネタにするのはNG。古式な若葉な人をネタにするのは年齢が推測できるのでNG。
>「えー、博麗霊夢 twenty six years of age」
>「なんでそこ英語なのよ」
>「2バイト文字に対応していないからです」
整数型で入力しろやああああ!