霊夢さんのことが大嫌いだった。
新聞のネタになるから仕方がなく、通っていた。
「文、また来たの」
呆れた顔でため息をついて、でもお茶を入れて迎えてくれる。いつもの光景。
みんなに平等な博麗の巫女は、迷惑なパパラッチ天狗にも平等だった。
「今日も取材?」
ええ、そうですよ。
取材でもなくこんなところに来るはずがないでしょう。
後半は心の中で囁いた。チクリと胸が痛んだ気がした。
「あんたも暇人ね。何もないこんなところに毎日来るなんて」
ネタの宝庫ですから。
ここには大嫌いなあなたがいますし。
以前に霊夢さんに大嫌いだと言ったことがある。少し眉をしかめて、それで?と聞き返された。
ああ、この人は私に関心がないのだなと、思った。
ある日、霊夢さんは言った。
あんたは私が死んだら泣くの?
私は答えた。
泣くわけがないでしょう。……私はあなたが嫌いです。
霊夢さんはまた前と同じ顔をした。
残念ね。あなたの泣き顔が見てみたいわ。
霊夢さんは手を伸ばして私の頬に触れた。その感触になぜか視界がうるんだ。
一瞬だけですぐに視界は戻ったが、胸に圧迫感が残る。
私は、泣きませんよ。あなたのためなんかに。
自分に言い聞かすように、言った。その言葉にはなぜか力がなくて、悲しい気持ちになった。
+++++
「霊夢さん」
返事はない。
「大嫌いなんて嘘です」
返事は、ない。
私は泣いていた。声をあげずに、泣いていた。
嘘をついたことになるな、と頭の片隅でぼうっと考える。私は今、霊夢さんせいで泣いている。
いつもいつも鋭い霊夢さんは、ときどき鈍いのだ。
それこそ見逃してきた一瞬の泣き顔とか。
私の視界はときどき涙でぼけるのに、鋭いはずの霊夢さんはそれに気づけなかった。
今、私がこれだけ泣いているのに霊夢さんは気付かない。気付けない。
いつもの笑顔はどこかに忘れてきてしまったらしい。ふと鏡を見ると歪な泣き笑いが見えて、なんだここにあるじゃないかと思った。かがみの中に落とし物。笑顔を落としてしまって、今は拾い上げることなんてできない。
霊夢さんは気付かない。
「れいむ、さん」
霊夢は眠っている。
ぽたり、涙が落ちる。まるで霊夢が泣いてるみたいに涙が頬を流れた。
この気持ちも涙も全部、嘘なら。
(にせものなら良かったなぁ)
濡れた霊夢さんの頬を拭い、ゆっくりと唇を触れさせた。
涙は、止まった。
+++++
「文、どうしたの?」
「……あなたのことが大嫌いだったことを思い出していたの」
「そう。ねえ、今のあなたなら私が死んだとき泣いてくれるかしら」
「決して泣いたりなんてしないわ」
「どうして?」
「あなたのことを死なせたりしないから」
「いずれ、先に死ぬわ」
「なら私も一緒に」
「一緒に死にましょうか」
ああ、にせものじゃなくてよかった。
すきです。そう告げた日、私は泣いていた。
次作、楽しみにしています