Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

無言坂

2013/05/08 13:22:07
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 戻られぬ 人の歩むぞ 無言坂

           (詠み人しらず)








 朝霧。

 
 川辺。
 叢。

「慧音」
 藤原が呼ぶのに慧音は顔を上げ、そのしゃがんでいる方へ顔を向けた。
(ふぅ)
 内心で息を吐き、藤原のいる方へ向かう。その足もとにあったのは予想のとおり、というより、慧音がさっきまで見ていたものと同じようなものだった。
 死体。
「ひどいな」
 慧音は首をふって、男口調を出しながら、(無意識にだ)見下ろすとなく見下ろした。酷い。
(まったく……)
 悪態をつきながら、いったい何に悪態をついているのかわからず、軽く頭を振る。気がつくと、藤原の声が、途切れ途切れに聞こえた。
「大丈夫?」
「ええ」
 答えつつ、慧音は藤原の横にしゃがんだ。気配を察知して、村の警護衆たちが、何人か集まってくる。
 後ろでがやがやと騒がしくささやき立て、向こうで見つけられた二つの死体の処置に当たっていた、何人かが、先の死体の処理(といっても、一つ一つ、ずたのような袋に放り込んで口を縛るだけだ。まだ小さく幼い妖怪なので、作業も楽に進むのだろう。だからどうしたというわけでもないが)を一段落させて、こちらの死体の回収に当りはじめた。
「すまない、いや、すみません。後の処理を頼みます」
「ああ。ご足労かけてすまんかったな」
 いえ、と返して、慧音は先に死体を持ち上げはじめた荷台の列に続いて、後ろについてくる藤原と歩き始めた。
「……それで、どうです?」
「うん。まぁ、ひどいね。あんまり口にしたくない様子が残ってて、吐き気がしそうだ。ま、それは関係ないけどね」
「人間の仕業だと?」
「うん。十中八九間違いないだろう。遺体のいたるところに刺さってたのは、見る者が見ればわかると思うけれど、退魔の道具ね。昔見たことがあるし、実際に使われたこともある。まぁ私には効かなかったけれどね。ただあのくらい小さいものなら、刺されただけで動けなくなり、力を入れるとその部分に激痛が走る。昔、退魔の坊さまに同行してたとき聞いたことがあるけど、力の弱い者の動きを封じる道具の一つだ。これが何本も何本も体中に刺さってた。妖怪はいくら弱くてもあれくらいじゃ死なないが、死なないだけでひどい様子だろうね。だが、それを意図的に行った上で、――着衣の様子なんかも見ると、おそらく何度も何度も犯されてる」
 聞きたくもない話を聞かされて、慧音はやや顔を曇らせた。とはいえ、藤原に悪気がないのは分かっているので、大人しく続きを聞く。
「昔、こういうのは見たことがあるわ。恨みとかそういうのじゃなくて、一方的に楽しんでるっていうのかな……うん、間違いなく人間の仕業ね。それも複数人。ちかくの里の人間を洗えば、犯人はすぐ知れると思うけど、どうかしらね」
 藤原の言葉に「そうですね」とうなずきを返しながら、この一件に関する胸の内での重いわだかまりを憎く思いつつ、慧音は帰路の列を、ぎしぎしと歩いた。


 実際、犯人はすぐに割れた。


 三日後だ。

 近く(現場の、ということだ)の里の住人を洗った結果、もっとも疑わしき、と思われた男は、里役や慧音たちの問いに、すぐ是と答え、あまりの潔さに対応を迷った現場の者たちに、しかし、その相応の処置として、一時監禁状態に置かれる納屋を兼ねた村外れの廃屋に、その身を置かれた。その質疑には、村役の代理執行を兼ねて、慧音が充てられた。
 彼女自身、半妖の身であるという負い目を少々表ざたにするほどには負い目に置いていたから、こういう事の役は気の乗らない、進まない任だったが、それを察してか、補佐に藤原がついてくれた。
(無論、本来あるべきではないことだけれどね)
 そういう経緯で、今しがた連れてこられたばかりの、今回の事の下手人と、藤原を隣に控えさせて、慧音は向かいあっていた。
(普通の男だ)
 どこを見てもそれらしい、たとえば、慧音が先日朝もやの中で見たような、歯は全てへし折られ、鼻はなく目もなく、その頭髪もあちこちがほぼ戯れ、愉しみながらとわかる程度にむしられ、むき出しの皮膚が裂き傷、切り傷、それに上から押し当てられたあざと傷口を広げる指(というのは藤原が当てたことだ)と、それから痛々しい火傷とそして、思う存分に痛めつけられて本来の大きさの倍以上にふくれあがった赤や薄紫色の肌、腹、足、股。
(考えなくていい)
 慧音はいくら妖怪といえども、と己が思う気持ちを隠して、目のまえの男に向けて言うべき台詞をいくつか浮かべた。
「では、お話をお聞かせ願いましょう」
「折角だが、それがし、お話したことは、ここに連れてこられる前に言ったことで全てでございます」
「それでは済まない者もいるのです。あなたのやったことは、いえ、あなたとその他の何人かがやったことは、事の中身を超えて、大変なことだ」
 慧音は吐息したくなるような心地で言った。
 無論、これで妖怪たちと人間たちの関係云々、とは言わない(この里ではそれほど問題になることではない)が、それではスジの通らないこともある。
(そんなもの、この里にはいらないんだけれど。人間もヒマ人ということなのかしら)
「済まないが、あなた方にここでお話することは何もございませぬ。この件を主導したのは私一人。それも、それもすでに言ったと思われるが、私共、裏街道の筋の者が商売として常習的にやっていたこと。人間の里の中にそうした願望を持つ者がいて、そうしてこの商売が必要とされるように」
「よろしいでしょう、それ以上はお聞きしなくても結構」
「あら、せっかくだから言わせてさしあげては? 何やら言いたいこともあるようですしね」
 慧音は感情の昂りを抑えかけた目をはっとこらし、急に生じた気配と声に、うかつにもその殺気を向けた。そのときだ。ちょうど「慧音!!」と、藤原の声と、横から生じた寒気に肌が総毛立つのと、視界がどん!! と横に突き動かされ、誰かの腕に抱えられて、自分が何かを逃れるのとが、全て同時に起こったのは。
(何を――)
 全て一瞬だった。
 ずるり、という音を聞いたような気がした。だが、錯覚だったらしい。
 再び目をむけると、そこには口からたぱ、たぱ、と血を流して絶句したままの顔で刀を振り上げた男と、その口のなかから突きでたどろどろに肉片と血とちぎれた血の管をまとった黒い少女の腕と、その少しはなれたところ、男の刀の刃が向けられた先で扇子を口元にあてた少女――八雲紫の怪我一つない不気味な笑みの浮かんだ顔と、そして一番近い視界に入ってくるのは、藤原が自分を横にだきしめて、それを避けさせているその有様だった。
 間。といえるかどうか。
「くぉ」と、うめきのような声をあげて、男が倒れ、(支えを失ったためだ。ちなみに、その体の中から体を支えていた紫の手は、今は心臓(に見えた。なぜかそれだけは、はっきりと)を握った手を口に運び、あん、と小さな口を上品に開くと、大人のこぶしほどもある心臓を、まるでもち菓子のように、ずるりと一口で口に吸いこんでしまった)
「八雲紫!!」
 だん、と視界が揺れ、急に支えを失った体が視界を金髪の妖怪から外す。
 その寸前に見えたのは、紫に飛びかかったような藤原が、途方もない速さと力で、そのえり元を握り、しめ殺すようにくりあげたことだ。むろん、紫は顔色も変えない。
(止め――)
「何故殺した!!」
 先ほどの映像を一瞬想起した慧音の心の声を、現実の声がかき消した。一方の紫は、何一つ動じない顔で、藤原の殺しかねない形相と声色とをぬらりとかわし、笑っている。その口からは血の筋一つ垂らしていない。
「なぜ殺した、と言われると、あなたは何も分かっていないわけではないのね。では、説明をして差し上げましょう。それは、私が妖怪であり、あの者は罪を犯した人間、いえ、直球で言わせてもらえば、「死ぬ価値さえもない人間」であったから。だから取って食ったのですよ。私が」
「なら私の肝も喰ってみるか」
「あなたの肝は今は食べるときではない」
「八雲殿――」
「郷の掟に従ったまでですよ、私はね。何ら反することはしていない。そう、あの男はもう死ぬ価値のない人間でした。だから刀を与え、私に斬りかからせた。虚ろな心を持った者の心のスキマに入り込むことなど容易なこと。しかし、それでも納得できないというのならお話しましょうか? ちょっとしたお話をね。何、簡単なことですよ。あの男は妖怪に愛する者を殺され――それもひどく酷く殺され、犯され、嗤われ、なぶられ、体中には無数の切り傷、刺し傷、それも死ににくいところを選んで何度も何度も執拗にくりかえし、最後には生きたままじわじわと体のあらゆるところをけずりとって食われ、森の入り口に捨てられて、傍目には何だかわからないものにされ、それを知り、男は妖怪を憎みました」
「それは――八雲殿、なぜ私どもにそれを知らせていただけなかったのです」
「女にもそうされざるを得ない理由があったのですよ。殺された女も、また同じように妖怪をうとみ、憎み、心底嫌い、例のあの「商売」、定例のように、夜の影、昼の影で行われる妖怪なぶりを主催していたのですよ。そう、今回、まさにあの男がやっていたようにね。多くの顔も名も隠しあう仲の人々をば集め、まだ力の弱い妖怪をとらえたと聞いて、密かに裏で流し、宴の肴を用意し、手引きし、自らも参加していた。もちろん、女には、そのような商売に手を染める理由があった。昔、戯れにたちの悪い者に捕まり、妖怪の集まる中で辱めを受け、体の一部も取られ、手ひどい仕打ちを受けた。もちろん、その者たちは、妖怪でしたので、人間に渡すことなく、掟に従い罰しましたが、もちろん女の恨みはそれで消えるようなものではなく、その憎しみは、常識の垣根も崩させ、自らをただの死ぬ価値もない人間。生きている価値のない人間に、何の感慨も無く貶めさせた。彼女が妖怪の力の無いのがなぶられるのを見るとき、それはきっと何も感じていなかったのでしょう。まぁそのあげくが達磨人形。片目の無いがらくたになって、あられもない人としての死に様とはいえない死に様をさらさせた。――しかし過去の行いは行い、また、事実としても喰われるべくして喰われる人間が、攫われ襲われ喰われたのですから、私としてもお咎めするわけにはいきませんでした。たとい、それが親が子を殺された溜飲を下げるのに参加していたのだとしても。女が、何度も何度も同じ行いで金を巻き上げ稼いでいたのだとしても、また、その行いに妖怪反対派の数人が関与し、参加していたのだとしても、それだけ」
 紫は首を締め上げる藤原の両の手にも顔色ひとつ変えずに続けた。
「あとは言わなくてもわかるでしょう? まぁ、もっともあの男は、女が死ぬ前からやはり同じように、同じような商売に手を染める間柄だったようですけど」
「だから喰われても黙認したって? あんたのいう幻想だのなんだのってのはそういうことか! あ!? そういう理屈でものごとを誤魔化して、捻じ曲げて、覆い隠す、なんら外の世界と変わらないことが」
「やめてください!」
 慧音は藤原に、声だけで制止をかけた。歩み寄ってまで、次の言葉を吐く気にはなれなかった。藤原を見ながら言うことも。
「妹紅。……八雲殿が正しい」
「……」
 目をそらしたまま、横面に突き刺さるような藤原の気を感じながら、しばらく黙っていると、藤原が八雲紫から手を離すのが感じられた。そのまま出ていく。
「妹紅」
「慧音。ごめん。今のお前とは話したくない」
 言って、藤原はすたん、と、腐れかけの木戸を閉め、廊下を鳴らして出ていった。すたん! と、外の戸が閉められ、足音が外の砂利道をかみしめる音までがはっきりと聞こえた。そこまで黙っていたのに気づかなかったわけではないが、慧音はようやく顔をあげた。
 紫の姿は無くなっていた。男の死体も。ただ、間違いで残された一滴の血の跡が、なぜか新しく、朽ちた畳に鈍く映えていた。


 静寂。

 
へっくしゅん
三元豚
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なんだろうなあ。けっこう凄絶なのに、静かだ。
2.名前が無い程度の能力削除
おもしれぇ
3.奇声を発する程度の能力削除
雰囲気好き