私は、散歩が好き。地底でも地上でも、とにかく一人で歩き回るのが好き。
散歩って言うのは、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなの。独りで静かで豊かで……なんかいい。
そんなわけで、今日は地霊殿の中を適当に散策する。
気まぐれに、目的もなく、ふわふわふらふらと、そんな感じに。
見慣れた家の中で、いつの間にか飾られた知らない花瓶を見るのは楽しい。
見慣れた家の中で、掃除のし忘れを発見するのも楽しい。
見慣れた家の中で、古びた場所に気付くのも楽しい。
見慣れた家の中でさえ、私の想定と異なる部分があるのが楽しい。
だから私は散歩が好き。
別に窓枠の埃とかそういうのを見て、「掃除がなってないわね」とかお燐に向かってお姑さんごっこをする気はない。毛頭ない。
でも、指先でキュッと撫でて、埃が溜まってて、「ふふ、ここ掃除があまい」って独りごちるのは好き。
そういえば、この前お燐の部屋に行ったら、珍しく少し汚れてた。
「お燐、いつ掃除するの?」
「今でしょ!」
焦らせたつもりはないのだけど、急いで掃除してた。ごめんね。そういうつもりじゃなかったの。でもその反応ちょっと嬉しかった。
続いてお姉ちゃんの部屋に行ったら、これまた結構汚れてた。だから同じ事言ってみることにした。
「お姉ちゃん、掃除は?」
「燐でしょ!」
「ひどいね!」
やる気ゼロでした。寝不足っぽかったから、まぁ良しとしましょう。閻魔様に渡す書類の締め切りが近いのだとか。
最後にお空の部屋に行ったら、うん、まぁ、散らかってた。これは想定通りだった。
「お空、いつ掃除するの?」
「あ、こいし様。お腹空きました」
会話にならないのは想定外だったよ。
……ううん。ごめん、ちょっと想定してた。
仕方ないのでポケットに入ってた杏仁豆腐味の唐揚げをあげた。喜んでくれたみたいだった。
くすくす。
とまぁそんなわけで、散歩が好きなの。みんなのことを見れるから好き。
今日は仕事明けでお姉ちゃん寝不足だろうけど、今は閻魔様のとこに書類届けてるはずなので、気楽なもの。まず遭遇しない。
寝不足の姉に付き合うのは疲れるから嫌だ。姉のことは嫌いじゃないけど、寝不足か酔っ払っている姉はどちらかと言えば調伏したい。だって、お姉ちゃんって酔っ払うと、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりも、理性が不足する。
ということで、平和な我が家を、私は安全安心安定を持って闊歩していたのである。
あまり油断してると死亡フラグな気がしないでもないけど、気にしない。
「あ、ここの廊下綺麗。あとでお燐褒めよう」
ちょっと嬉しくなってトトトと駆け足。
そして我が家最大のロングストレートに到着する。綺麗な廊下が長く続いている。とても幸せな気持ちになる。
「すごい。朝のお吸い物くらい綺麗だ」
でもお吸い物より味噌汁の方が好きだなぁ。
そんなことを考えながら廊下を歩く。あまりに綺麗だから歩くだけで汚しはしないか少し心配になったけど、どうやら足跡は残っておらず無事な様子。一安心。
安堵の息を吐きながら、廊下の真ん中辺りまで歩くと、途端に五月蠅い音が前方から響き出した。
「……お燐、が走ってる音じゃないけど……えっと、まさか」
この日、この状況、この空気。
……今一番会いたくない、最愛の姉の最悪の醜態。それを想像してげんなりする。
「お姉ちゃんが、暴れてるんじゃ」
言い掛けると、突如姉が曲がり角を壁を蹴って曲がり、こっちへ向かって駆けてきた。
「ぴょっ!?」
突然の出現と乱暴なカーブと、普段忙しなくしていると「何をそんなに焦る必要があるんですか」と小馬鹿にしつつ見下してくる姉とは思えない行動とに、思わず変な悲鳴が出てしまった。
姉は私の横を駆け抜けていく。
寸前に一瞬頬にキスをされた。直後に手で拭った。
しかし、何故姉は走っているのだろう。そう思った時に、ふと気付く。走ってる音が、前方からまだする。
「待ちなさい!」
その声が響くや否や、両足から火花を散らすブレーキを決めつつ映姫さんが現れた。
一旦停止をしてから再度駆け出す。そして私に気付くと、改めて映姫さんはブレーキを掛けて立ち止まった。
「……こいしですか。お久しぶりです。すみませんが、少し力を貸して貰っていいですか?」
映姫さんは軽く会釈をしてから、丁寧に私にお願いをしてくる。
想像は付く。たぶん、姉が悪い。
「こちらこそお久しぶりです全力で力を貸しますのであの姉をどうにかしてください」
私にとっての調伏対象になっている姉に容赦はしない。してはいけない。
「ところで姉は一体どんなご無礼を働きましたか」
訊ねると、一瞬映姫さんの顔が般若に見えた。
「……私の大事な、大事な大事な大事な大事な……源氏物語の写本を、ジョジョの奇妙な冒険の文庫版にすり替えやがったんです」
「そ、それは……コメントしづらい。何故、そんな」
どこにツッコミを入れたら良いのか判らない。
しかし、ほんと、何故そんなことを。そして、その文庫本はどこから仕入れたのか。
「追いかけながら聞きましたが、源氏物語が読みたかったから借りたけれど、悪いから別のを置いておいた、とのことです」
「迷惑だな我が姉ながら!」
「本当に、どれだけ心配したことか……」
映姫さんの震える拳がとても怖い。私悪くないのに土下座したくなる。
「あの……ちなみに、肝心の源氏物語は?」
「運び出される前にどうにかさとりを発見して取り戻しました。今は、取り敢えずお仕置きをするのみです」
「それはよかった」
本音が漏れた。
いや、でも、あの丈夫で頑強な姉がお仕置きされる方が、稀少な本の弁償よりずっとマシ。
「四季様ぁ。やっと追いつきましたよ」
あれ。なんで小町さんまで。
お姉ちゃん、映姫さん以外にもなにやらご迷惑を?
「小町。鎌はどうしました?」
「へ? 走って追うのに邪魔だったので置いてきましたけど」
「そうですか……」
……斬る気でしたね、お姉ちゃんを。
「では仕方がありません。小町、あなた拳は丈夫でしたね」
「……は、はぁ……殴るんですか? 下手人」
「ええ」
妹の前でサラッと会話するものだなぁ……
「え、えっとぉ、あれでも普段はもうちょっと真面目なお姉ちゃんなので、あの、ほんの少しでいいので、お手柔らかに」
「判っているわ。百叩きで済ませるつもりよ」
……拳で?
「それはそれとして。さとり! 聞こえていますね! 早く出てこないと、あなたの大好きな妹を連れて行きますよ!」
「返しなさい、それは私の嫁よ」
妹です。あと「それ」って言うな。
しかし、そんな私の気持ちを口にする前に、映姫さんがザッと立ち塞がる。
その顔が……洒落にならないくらい怖かった。
「今まで、報告書にあなたとあなたの妹との恋愛小説を書いてきたことは目を瞑ってきました」
そんなものを!? 報告書に!?
「このさとりにあるのはシンプルなたったひとつの思想だけよ。『こいしを愛でる』。方法や過程は想定しうる限り全てやり尽くすわ」
迷惑きわまりない!
「それはいいでしょう。この際。もう。けれどあなたは、私の本にまで手を出した。大事に大事に読み続けている私の本を持ち出した。あなたが寝不足なのは重々承知しています。けれど、私も書類整理で忙しい。あなた以上に忙しい自負がある」
映姫さんが手にしている悔悟の棒が、メキメキという音を立てている。
「……なので、私も機嫌が悪い。あなたの行いを流すだけの度量が、今の私にはありません。そして、今私が断罪すると、手加減できる保証がないので、小町に代理断罪をして頂きます」
それで小町さん居たんだ!?
あわわ。
逃げたい。でもほんのり姉が心配なので、逃げるに逃げられない。
「いいですか、さとり。あなたの罪は一つ。シンプルな一つの答えです。あなたは私を怒らせました」
血走った映姫さんの目が、真っ赤に、真っ赤に!?
「えっと……ん? あぁ……もしかして、オラオラ?」
お姉ちゃんがウザい!
「小町、そのさとりはちょっとおかしいから、油断なくためらいなく、逃がさない内にのめしなさい」
「ふっ相変わらず容赦がないわね、映姫様」
ニヒルに笑う姉に、小町さんが拳を向ける。
「えっと、恨みはないけど、いくよ、拳骨。キッチリ百回」
小町さんが拳を引く。と同時に、映姫さんがチッチッと指を振り、指先で大きな十字架を描く。
「判決。死刑」
その映姫さんのかけ声と共に真顔の小町さんから繰り出される、無数の拳。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
それを受けて叫ぶ我が姉。
「すごい、ぼっこぼこに殴られてるのになんて雄々しい叫び声!」
ちょっと感動した。
でも基本的にウザい。
そのあっという間の仕置きが終わったと思うと、姉はその場に崩れ落ちた。見た感じ無傷だった。
「四季様。こんなんでいいかな」
「だいぶスッとしました。そのくらいで勘弁してあげましょう」
と言いながら、すっかり落ち着いた顔の映姫さんはお姉ちゃんに近付いて、屈み込んで
「えい」
ぺちり
悔悟の棒で軽く頭を叩いた。
……なんか可愛い!
「よく寝て、前後不覚になるのはお止めなさい。それが、あなたにできる善行です。妹に心配を掛けてはいけませんよ」
キュンってした。今。
「……善処します」
「よろしい」
そうしてすくりと立ち上がると、私に映姫さんは私に一礼した。
「それでは私は戻ります。さとりを自室で寝かせてあげてください。あと、お仕事ご苦労様でしたと、お伝え下さい。恐らく起きたら今までのことは忘れるでしょうから」
「あ、え、あ、はい!」
そうして、最後に笑顔を見せてから、映姫さんは小町さんを引き連れて帰って行った。
「はぁ……かっこいいなぁ、映姫さん」
「お仕事がんばったお姉ちゃんも褒めて欲しい」
体力切れをおこしたのか、びくんびくんしてる姉がちょっと見た目面白い。かっこよくはないけど。
「うん、お疲れ様。それじゃ、お姉ちゃんはお部屋で寝ようね」
「えぇ、そうするわ。一緒に寝ましょう」
「お断りだ」
「zzzzz」
「早っ!? 部屋で寝てよ!」
めんどくさい姉が廊下で寝ためんどくさい!
仕方ないので、背負って姉の部屋に運ぶ。放る。襟を掴まれて私もベッドに倒れ込む。この野郎……!
倒れ込んでみると、ベッドとお姉ちゃんがあったかかったから、仕方ない、私も少しだけごろんすることにする。
あぁ。孤独気分が台無しだわ。
落ち着いてて冷ややかな姉と、賑やかでめんどくさくてかっこよくない姉。普段無理してるから、こんな風にハメが外れるとこんな風になってしまうのかも知れない。
そして無理をしているというのなら、それはやっぱり、私の所為なのかもしれない。
「いつもありがとうね、お姉ちゃん。でも、あまり無理しないでね」
「……大好きよこいし」
「うん。私も」
私は散歩が好き。一人になれるから好き。
……一人になると、私を大切に思ってくれている人のことがよく見えるから、好き。
散歩って言うのは、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなの。独りで静かで豊かで……なんかいい。
そんなわけで、今日は地霊殿の中を適当に散策する。
気まぐれに、目的もなく、ふわふわふらふらと、そんな感じに。
見慣れた家の中で、いつの間にか飾られた知らない花瓶を見るのは楽しい。
見慣れた家の中で、掃除のし忘れを発見するのも楽しい。
見慣れた家の中で、古びた場所に気付くのも楽しい。
見慣れた家の中でさえ、私の想定と異なる部分があるのが楽しい。
だから私は散歩が好き。
別に窓枠の埃とかそういうのを見て、「掃除がなってないわね」とかお燐に向かってお姑さんごっこをする気はない。毛頭ない。
でも、指先でキュッと撫でて、埃が溜まってて、「ふふ、ここ掃除があまい」って独りごちるのは好き。
そういえば、この前お燐の部屋に行ったら、珍しく少し汚れてた。
「お燐、いつ掃除するの?」
「今でしょ!」
焦らせたつもりはないのだけど、急いで掃除してた。ごめんね。そういうつもりじゃなかったの。でもその反応ちょっと嬉しかった。
続いてお姉ちゃんの部屋に行ったら、これまた結構汚れてた。だから同じ事言ってみることにした。
「お姉ちゃん、掃除は?」
「燐でしょ!」
「ひどいね!」
やる気ゼロでした。寝不足っぽかったから、まぁ良しとしましょう。閻魔様に渡す書類の締め切りが近いのだとか。
最後にお空の部屋に行ったら、うん、まぁ、散らかってた。これは想定通りだった。
「お空、いつ掃除するの?」
「あ、こいし様。お腹空きました」
会話にならないのは想定外だったよ。
……ううん。ごめん、ちょっと想定してた。
仕方ないのでポケットに入ってた杏仁豆腐味の唐揚げをあげた。喜んでくれたみたいだった。
くすくす。
とまぁそんなわけで、散歩が好きなの。みんなのことを見れるから好き。
今日は仕事明けでお姉ちゃん寝不足だろうけど、今は閻魔様のとこに書類届けてるはずなので、気楽なもの。まず遭遇しない。
寝不足の姉に付き合うのは疲れるから嫌だ。姉のことは嫌いじゃないけど、寝不足か酔っ払っている姉はどちらかと言えば調伏したい。だって、お姉ちゃんって酔っ払うと、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりも、理性が不足する。
ということで、平和な我が家を、私は安全安心安定を持って闊歩していたのである。
あまり油断してると死亡フラグな気がしないでもないけど、気にしない。
「あ、ここの廊下綺麗。あとでお燐褒めよう」
ちょっと嬉しくなってトトトと駆け足。
そして我が家最大のロングストレートに到着する。綺麗な廊下が長く続いている。とても幸せな気持ちになる。
「すごい。朝のお吸い物くらい綺麗だ」
でもお吸い物より味噌汁の方が好きだなぁ。
そんなことを考えながら廊下を歩く。あまりに綺麗だから歩くだけで汚しはしないか少し心配になったけど、どうやら足跡は残っておらず無事な様子。一安心。
安堵の息を吐きながら、廊下の真ん中辺りまで歩くと、途端に五月蠅い音が前方から響き出した。
「……お燐、が走ってる音じゃないけど……えっと、まさか」
この日、この状況、この空気。
……今一番会いたくない、最愛の姉の最悪の醜態。それを想像してげんなりする。
「お姉ちゃんが、暴れてるんじゃ」
言い掛けると、突如姉が曲がり角を壁を蹴って曲がり、こっちへ向かって駆けてきた。
「ぴょっ!?」
突然の出現と乱暴なカーブと、普段忙しなくしていると「何をそんなに焦る必要があるんですか」と小馬鹿にしつつ見下してくる姉とは思えない行動とに、思わず変な悲鳴が出てしまった。
姉は私の横を駆け抜けていく。
寸前に一瞬頬にキスをされた。直後に手で拭った。
しかし、何故姉は走っているのだろう。そう思った時に、ふと気付く。走ってる音が、前方からまだする。
「待ちなさい!」
その声が響くや否や、両足から火花を散らすブレーキを決めつつ映姫さんが現れた。
一旦停止をしてから再度駆け出す。そして私に気付くと、改めて映姫さんはブレーキを掛けて立ち止まった。
「……こいしですか。お久しぶりです。すみませんが、少し力を貸して貰っていいですか?」
映姫さんは軽く会釈をしてから、丁寧に私にお願いをしてくる。
想像は付く。たぶん、姉が悪い。
「こちらこそお久しぶりです全力で力を貸しますのであの姉をどうにかしてください」
私にとっての調伏対象になっている姉に容赦はしない。してはいけない。
「ところで姉は一体どんなご無礼を働きましたか」
訊ねると、一瞬映姫さんの顔が般若に見えた。
「……私の大事な、大事な大事な大事な大事な……源氏物語の写本を、ジョジョの奇妙な冒険の文庫版にすり替えやがったんです」
「そ、それは……コメントしづらい。何故、そんな」
どこにツッコミを入れたら良いのか判らない。
しかし、ほんと、何故そんなことを。そして、その文庫本はどこから仕入れたのか。
「追いかけながら聞きましたが、源氏物語が読みたかったから借りたけれど、悪いから別のを置いておいた、とのことです」
「迷惑だな我が姉ながら!」
「本当に、どれだけ心配したことか……」
映姫さんの震える拳がとても怖い。私悪くないのに土下座したくなる。
「あの……ちなみに、肝心の源氏物語は?」
「運び出される前にどうにかさとりを発見して取り戻しました。今は、取り敢えずお仕置きをするのみです」
「それはよかった」
本音が漏れた。
いや、でも、あの丈夫で頑強な姉がお仕置きされる方が、稀少な本の弁償よりずっとマシ。
「四季様ぁ。やっと追いつきましたよ」
あれ。なんで小町さんまで。
お姉ちゃん、映姫さん以外にもなにやらご迷惑を?
「小町。鎌はどうしました?」
「へ? 走って追うのに邪魔だったので置いてきましたけど」
「そうですか……」
……斬る気でしたね、お姉ちゃんを。
「では仕方がありません。小町、あなた拳は丈夫でしたね」
「……は、はぁ……殴るんですか? 下手人」
「ええ」
妹の前でサラッと会話するものだなぁ……
「え、えっとぉ、あれでも普段はもうちょっと真面目なお姉ちゃんなので、あの、ほんの少しでいいので、お手柔らかに」
「判っているわ。百叩きで済ませるつもりよ」
……拳で?
「それはそれとして。さとり! 聞こえていますね! 早く出てこないと、あなたの大好きな妹を連れて行きますよ!」
「返しなさい、それは私の嫁よ」
妹です。あと「それ」って言うな。
しかし、そんな私の気持ちを口にする前に、映姫さんがザッと立ち塞がる。
その顔が……洒落にならないくらい怖かった。
「今まで、報告書にあなたとあなたの妹との恋愛小説を書いてきたことは目を瞑ってきました」
そんなものを!? 報告書に!?
「このさとりにあるのはシンプルなたったひとつの思想だけよ。『こいしを愛でる』。方法や過程は想定しうる限り全てやり尽くすわ」
迷惑きわまりない!
「それはいいでしょう。この際。もう。けれどあなたは、私の本にまで手を出した。大事に大事に読み続けている私の本を持ち出した。あなたが寝不足なのは重々承知しています。けれど、私も書類整理で忙しい。あなた以上に忙しい自負がある」
映姫さんが手にしている悔悟の棒が、メキメキという音を立てている。
「……なので、私も機嫌が悪い。あなたの行いを流すだけの度量が、今の私にはありません。そして、今私が断罪すると、手加減できる保証がないので、小町に代理断罪をして頂きます」
それで小町さん居たんだ!?
あわわ。
逃げたい。でもほんのり姉が心配なので、逃げるに逃げられない。
「いいですか、さとり。あなたの罪は一つ。シンプルな一つの答えです。あなたは私を怒らせました」
血走った映姫さんの目が、真っ赤に、真っ赤に!?
「えっと……ん? あぁ……もしかして、オラオラ?」
お姉ちゃんがウザい!
「小町、そのさとりはちょっとおかしいから、油断なくためらいなく、逃がさない内にのめしなさい」
「ふっ相変わらず容赦がないわね、映姫様」
ニヒルに笑う姉に、小町さんが拳を向ける。
「えっと、恨みはないけど、いくよ、拳骨。キッチリ百回」
小町さんが拳を引く。と同時に、映姫さんがチッチッと指を振り、指先で大きな十字架を描く。
「判決。死刑」
その映姫さんのかけ声と共に真顔の小町さんから繰り出される、無数の拳。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
それを受けて叫ぶ我が姉。
「すごい、ぼっこぼこに殴られてるのになんて雄々しい叫び声!」
ちょっと感動した。
でも基本的にウザい。
そのあっという間の仕置きが終わったと思うと、姉はその場に崩れ落ちた。見た感じ無傷だった。
「四季様。こんなんでいいかな」
「だいぶスッとしました。そのくらいで勘弁してあげましょう」
と言いながら、すっかり落ち着いた顔の映姫さんはお姉ちゃんに近付いて、屈み込んで
「えい」
ぺちり
悔悟の棒で軽く頭を叩いた。
……なんか可愛い!
「よく寝て、前後不覚になるのはお止めなさい。それが、あなたにできる善行です。妹に心配を掛けてはいけませんよ」
キュンってした。今。
「……善処します」
「よろしい」
そうしてすくりと立ち上がると、私に映姫さんは私に一礼した。
「それでは私は戻ります。さとりを自室で寝かせてあげてください。あと、お仕事ご苦労様でしたと、お伝え下さい。恐らく起きたら今までのことは忘れるでしょうから」
「あ、え、あ、はい!」
そうして、最後に笑顔を見せてから、映姫さんは小町さんを引き連れて帰って行った。
「はぁ……かっこいいなぁ、映姫さん」
「お仕事がんばったお姉ちゃんも褒めて欲しい」
体力切れをおこしたのか、びくんびくんしてる姉がちょっと見た目面白い。かっこよくはないけど。
「うん、お疲れ様。それじゃ、お姉ちゃんはお部屋で寝ようね」
「えぇ、そうするわ。一緒に寝ましょう」
「お断りだ」
「zzzzz」
「早っ!? 部屋で寝てよ!」
めんどくさい姉が廊下で寝ためんどくさい!
仕方ないので、背負って姉の部屋に運ぶ。放る。襟を掴まれて私もベッドに倒れ込む。この野郎……!
倒れ込んでみると、ベッドとお姉ちゃんがあったかかったから、仕方ない、私も少しだけごろんすることにする。
あぁ。孤独気分が台無しだわ。
落ち着いてて冷ややかな姉と、賑やかでめんどくさくてかっこよくない姉。普段無理してるから、こんな風にハメが外れるとこんな風になってしまうのかも知れない。
そして無理をしているというのなら、それはやっぱり、私の所為なのかもしれない。
「いつもありがとうね、お姉ちゃん。でも、あまり無理しないでね」
「……大好きよこいし」
「うん。私も」
私は散歩が好き。一人になれるから好き。
……一人になると、私を大切に思ってくれている人のことがよく見えるから、好き。
好かったです。