「私……私、蓮子が好きなの。恋愛対象として、貴方が好き」
「奇遇ね。私もよ」
「ん?」
「ん?」
二人はともに首を傾げ、顔を見合わせる。
「ちょっと待ってね。さっきのは私の願望が生み出した、聞き間違いかもしれない。もう一回言うわ」
「うん、いいよ」
「私、蓮子が好きなの。性愛対象として貴方が好き」
「なんか前と微妙に違わない? より踏み込んだ表現になった気がする」
「答えはどっちなの!」
「そりゃさっきと一緒よ。私もメリーと同じ気持ちだけど?」
「んん?」
おかしい。
メリーの予想ではこの後、重度のノンケな蓮子に平手打ちを食らって、しばらく距離を置かれて。
それでもメリーとの絆を失いたくない蓮子が、出戻ってきて色々やって同性愛に慣れる訓練とかして元の鞘に戻る、という筈だったのだが。
結構、いやとんでもなく拍子抜けした。
「……」
「……」
二人の中で時間が止まる。カッチッチ。カッチッチ。なでなで。カッチッチ。それでも現実の時刻は、秒針によって刻まれて続けていた。
今は、夕方六時。ちなみに時計の針が動く音に混じっていた妙な擬音は、蓮子がメリーの尻を撫で回した音である。
両想いと判明した今、もはや何の遠慮もしないようだ。
「じゃあ、やっちまうか。寝食も忘れて、大人の秘封倶楽部になろう」
「いやいや。いやいや蓮子。私にも心の準備があるわ」
「そうなの?」
「そうよ。私、すっごくドキドキしたんだからね。嫌われたらどうしよう、大事な友達を失ったらどうしようって」
「おいおい。私の頭の中は、とっくにメリーの尻肉でいっぱいなのよ? 正直そんな難しいこと言われても、下心にかき消されて何言ってんのかよく分かんないよ?」
あっれぇ? 蓮子って私よりガチじゃない?
というか、なんで急に人格が品質劣化してるんだろう?
メリーの中で何かが音を立てて崩れていく。
「私、蓮子はずっとノーマルだと思ってたんだけど」
「馬鹿ねぇ。私が最近大学で、何の研究してるか分かる? 全ての異性愛者を、同性愛者にする薬よ?」
「そんな危ない研究してたの!?」
「しかも今のところ完成度は99%で、後は薬品名をつけるだけで終わり」
「捨てろ」
メリーは蓮子が自慢げに見せびらかしていたビーカーを、大急ぎで床に叩きつける。こうして人類は救われた。
「なんてことすんのよ。適当に合成したら偶然生まれた薬だから、二度と作れないんだけどそれ」
神聖な研究室の床を、如何わしい薬物で汚していいのだろうか。しばし考え込むメリーであったが、とりあえず今は蓮子との関係構築に専念することにした。
「んっと、晴れて私の恋が成就したところで。お願いがあるの」
「なあに? もっと尻を触って欲しいのかい? 教授も呼んで手伝わせようかい?」
「蓮子は私のどこが好きになったのか、聞いてみたい」
「……んー。そうねえ。肌が白いところとか、彫りが深いところとか、蒙古斑の無いところかな」
白人全般の特徴だった。
「何よそれ。外人なら何でもいいって言うの?」
「どうなんだろう。ちょっと考えさせて」
蓮子は腕を組んで唸り始めてしまった。メリーには彼女を殴る権利がある。
「ああ、そうそう。思い出した。そもそも第一印象から好みだったわ」
「ふーん。それは、私が外国人だったから?」
「違う違う。なんだか雰囲気に陰があったんだよね。その儚げな感じが良かったからさ」
「ふ、ふうん」
「メリーはどうなのよ。私のどこを好きになったの?」
「私の場合も、第一印象が、その……」
「良かったの?」
「良かったっていうか、不自然に最高だった」
『はじめまして! 私蓮子! あんためっちゃ可愛いな! 金をやろう! そして私と風呂入ろう!』
「あれは一発で惚れるでしょ。好意むき出しにも程がある」
「そうだったっけ? そういえば私、そのあと一分間に二十回くらいのペースでメリーの容姿褒めてたね」
「むしろどうやって嫌えと」
逆にここまでやられて、どういう理屈で蓮子がノンケだと思い込んでいたのか。
「なんだか私、消化不良だわ」
「お腹痛いの? お尻さすってあげようか?」
「違うわ。そうじゃないの。蹴るぞ。……私、ノンケな蓮子に冷たくあしらわれたり、でも頑張って振り向かせようとしたり、喧嘩したり仲直りしたり、そういうの、色々シミュレートしてたの。そしてちょっと憧れてたの」
「つまり、メリーは私とSMがしたいんだね」
「私達、いきなり色んなものを飛び越えて、ガチガチの両想いになっちゃったから。物足りないっていうかさ」
「要するに、ラブラブになる前の、駆け引き期間も体験してみたかったってこと?」
「大体そんな感じ、かも。今のままだと、せっかく一生懸命トレーニングしたのに、周りの選手が棄権したせいで、走る前から一位が決定しちゃったランナーみたいな……とにかくもやもやするの。蓮子のために考えた口説き文句とか、全部無駄になっちゃったし」
「わかった。そういうことなら、付き合ってあげる。今から私、あえてメリーにはそっけない態度で接するね。そこから改めて、両想いになるまでを二人で体験していこっか」
「……ありがとう」
やっぱり蓮子は、優しい。メリーの思い出作りのためだけに、こんなごっこ遊びの真似事に付き合ってくれるなんて。
「あー私メリーのお尻とかぜんっぜん興味ないわー! でもそっけなく揉んでみるわー! 今すっごく揉みしだいてるけど恋愛感情とか一切ないわー!」
「おい」
何かが違う。致命的に違う。
「頭大丈夫かお前? これだからジャップはイエローでモンキーなんだよ。ふざけんな。本気出せよ」
「はい。ごめんなさい。二度としません。許してください」
「じゃあ、もう一回最初からやって」
「うっし。全力でいくよ」
蓮子は大きく息を吸ってから、
「あー私メリーの胸とかぜんっぜん興味ないわー! でもそっけなく揉んでみるわー! 今すっごく揉みしだいてるけど恋愛感情とか一切ないわー!」
部位を変えればいいという問題ではない。
「オーケー。理解したわ。蓮子に演技は期待しない」
「私も自分に出来ることは、メリーの身体を触ることだけなんじゃないかと思えてきたわ」
それしか能の無い女の行く末は、刑務所ではないか?
「変に何かを演じようとしなくていいから。もうデートに付き合ってくれたらそれでいいよ」
「そんなじれったいこと言ってないで、とっととホテル行こうぜホテル」
「順序と純情について考慮して欲しいわね」
「女同士の恋愛はパワーだぜ」
さっきから蓮子のキャラが別の人になってる気がする。
「……とりあえず、ここ出よう。デートの行き先はもう決めてあるの。繁華街がいいわ」
「どうせならおまわりさんのいない所でデートしようよ」
蓮子がこんな女だからこそ、交番が沢山ある場所を選んだのである。
「来ちゃったねえ、街に」
「来ちゃったねえ」
「で、この後の予定は本来どうなってたの?」
「えっと……蓮子が通りすがりの格好いい男の人に見惚れて、それを見た私が落ち込むってシチュを予想してた。やっぱり男の人が好きなんだ、すわ恋敵出現か、みたいな」
「男? 何それ食えんの? 悪いけど、メリーの尻しか見てなかった」
まさか恋敵が自分の尻になるとは。
「話題、変えよっか。なんだか頭おかしくなりそう」
「じゃあメリーのお尻について語り明かそうじゃない」
メリー本人とメリーの尻について語りたいという。蓮子しか得をしない。
「ねえ、さっきからさ。私の体だけが目当てなの?」
「はぁ? そんな訳ないでしょ。単にメリーと本格的に両想いになって以来、初めてのデートなので、緊張して空回りしてるだけよ。ほら足なんてすっごい震えてるし」
「うわっ、携帯のバイブみたいに振動し続けてる!? 蓮子って実は私より純情なんじゃないの!?」
「ぶっちゃっけ、気合だけで立ってる状態。恥ずかしくて顔もまともに見れないから、視線をメリーのお尻に固定してようやく意識を保ってるレベル」
「尻に対する執着の理由が判明した!?」
日本人は他人の目を見て話すのが苦手だと聞いていたが、ここまで酷いだなんて。
でも臀部や胸元を見て話すのが得意な人は多い気がする。なんて国だろう。
メリーはちょっぴり祖国が恋しくなった。
「たかがデートでこんなに怖気づくなんて。これで私が蓮子を振ったりしたら、どうなっちゃうんだろうね」
「お、おおおお落ち着け、私はメリーにフラれても自殺しかしない」
「ごめん、私が悪かった」
日本は自殺率の大変高い国でもあったことを思い出し、メリーは咄嗟に蓮子を抱き寄せる。
なんら後ろめたいニュアンスのない、母性から生じた行動であった。
「どうしよう、背徳的なニュアンスしか感じない……」
「蓮子の感性は腐ってるわね」
「……」
「蓮子?」
「さっきのもっかい言ってみて」
「え? ……蓮子の感性は腐ってるわね」
「もっと強く、罵るような表現を織り交ぜて」
「クソ蓮子の感性は腐り切ってるわね。脳みそに防腐剤添加したら?」
「いい……!」
蓮子が口をだらしなく開けて、ぽわんとした表情をし始めたため、何かを感じ取ったメリーは咄嗟に離れた。
「メリー? どうしたの? 今のところ完璧にエスコートしてる筈の私から、なぜ離れるの?」
「際限なく突っ込みたいところだけど、初デート記念でマイルドに言ってあげるね。私、駄目なの。これ以上の蛮行は駄目。神様が見てらっしゃるから」
「神……? メリーってそういう人だっけ? 信じてるのは科学と私だけじゃないの?」
もう蓮子の事はあまり信じていない。
「だって、私の国ってキリスト教国家だし。大分リベラルな人が増えてきたけど、それでもやっぱり偏見は残ってるよ。たまに同性愛者を襲撃する変な団体とか出るし。日曜日にミサへ出るたび、ああ、私って神様に許されない恋しか出来ないんだわ。罪なんだわって自覚させられたもの」
「その辺の感覚は、あんまり分からないなぁ。私は生まれも育ちも、ほぼ無宗教の日本だもの」
「でしょうね」
「ていうかメリーのお家って、もしかして割と敬虔なクリスチャン?」
「ええ。親が熱心なカトリック」
「そっか。なおさら大変だね」
「うん」
「やっぱり正装してお祈りとかするの? シスターさんっぽい格好もしたことある? もしその時の写真残ってたら焼き増ししてくんない?」
「……」
この分だと、高校まではキリスト教系の全寮制に通っていて、聖歌隊に所属していたメリーは聖職者チックな服装をするのが珍しくなかった、と明かすのは止めておいた方がいいだろう。
「あんまりこの件で茶化さないでね。信仰と恋愛の両立は、私にとって重要な問題なんだから。夜な夜な蓮子のことを思っては、神様ごめんなさいって涙してたのよ」
「その話、もっと詳しく」
「え? ……夜な夜な蓮子のことを思っては、神様ごめんなさい、女の子なのに女の子でドキドキしてしまう私は悪い子です、って泣いてたんだけ、ど」
「も、もっとこう、淫靡に。フランス書院文庫みたいな感じで」
「えっと、せっかく神様に頂いた女の体で、女の子に興奮してしまう私はとってもいけない娘です。ごめんなさい。でも止まらないんですって、夜な夜な一人で枕を濡らしながら、蓮子のことを考えてました……」
「グッジョブ! じゃあ今度は、アメリカ書院文庫みたいな感じで」
「OH! せっかくマイゴッドに頂いた女の体で、女の子に興奮してしまう私はとってもマザーファッカー! ソーリー。でも止まらないんですって、夜な夜な一人で枕を濡らし……って、アメリカ書院なんて文庫レーベルは存在しないでしょうが!」
「おお、いいノリ突っ込みだ」
こうではなかった。今頃、切なくも儚いガールズラブストーリーを展開している予定だったのに。
「……ね。キスしよっか」
「尻に!?」
「(もう突っ込みすらしてあげない)この状態から雰囲気をロマンスに戻すには、もはやキスでもしないと無理でしょう! ほら蓮子! 目を閉じて!」
「シューコー」
「!?」
蓮子が鞄から取り出して使用し始めたのは、携帯用の酸素スプレーである。
主にスポーツ選手が激しい運動の後、回復のため緊急的に吸引するものだが、ごく稀に目の前の美少女メリーにどきまぎし過ぎて呼吸の仕方を忘れた時、なども活躍する。後者の用途で使うのは後にも先にも蓮子だけだが。
「ごめんごめん。メリーとのキスを意識したら、緊張して窒息しかけちゃって。こんな事もあろうかと、用意しといて良かったわこれ」
「……」
「シューコー。コーホー」
こんなベイダー卿みたいな音を放つ女と、唇を重ねる勇気もフォースもメリーには無かった。
「キスはまた別の機会にしましょう」
「別の機会って、明日?」
「どうしてそう思えたの」
「じゃあ二時間後かな」
この蓮子、プラス思考すぎる。
「ひょっとしてわざと? わざとふざけてるよね、そうだよね絶対だよね」
「確かにわざと茶化しているけれど、それはそれとしてキスはするべきではないかと感じる」
「はっ。なーにがわざとじゃない、よ。そうやっていつもいつも私が靴下で満足さ……ん? わざとなの?」
「うむ。それはともかくこの流れはキスをする流れだと思う」
「なんで? 私のことからかってるの? それって私が外人だから? それとも私が白人だから?」
「どちらも同じような意味では」
「とにかく理由を聞かせてよ!」
往来のド真ん中で、同性相手にキスをするか否かで揉めた末に、金切り声を上げて胸倉に掴みかかるメリー。そして蓮子は未だに尻を撫でまわしてくる始末。
一体、自分達が通行人から見てどのような性癖に映っているかなど、考えたくもなかった。
考えたくなかったので、心で感じてみた。「ガチレズ過ぎるので逆にバラティ番組のドッキリにしか見えない、セーフ」と心が答えてくれた。安心した。
「さあ答えなさい!」
「どうしたのメリー、まるで自分の中で羞恥心をかき消す言い訳を見つけたので勢いを取り戻したかのような顔してるよ」
「一字一句その通りだ! さあ言え! なんでさっきから悪ふざけする!」
「え、私凄い。じゃなくて、ええと、だってさ、その……ほら」
「ほら?」
蓮子は今日、初めてメリーの目を見て言った。
「なんだかメリーは自分が女を好きなことに後ろめたさを持ってるみたいだし、放っといたら思いつめて身投げしかねないじゃん。だからもうメリーと一緒にいる間はずっと道化に徹するよ。笑って嫌なことは全部忘れればいいよ。笑えなくて、私を軽蔑したとしても全然構わないよ。自分よりもバカでスケベな人間がいるって分かったら安心するでしょ! 私はメリーの前じゃ駄目な所を一切隠さないよ ! それで嫌われたって構わないよ! メリーの精神的健康のためなら私の恥も恋もどうにでもなれって感じ!」
「意外にシリアスな理由でボケかましてたのね……」
「単に真面目な態度を取って嫌われたら、もう後が無いから怖くて悪ふざけキャラを作っている感もある」
「へたれ?」
「嫌だあああー! 大真面目に素を出した末にフラれるのだけは嫌だああー!」
「落ち着いて! 落ち着いてよ蓮子!」
「嫌だあああー!」
「落ち着け。殴るぞ」
「はい」
「あら、急にしおらしくなったじゃない」
コーカソイドの腕力を用いて、全力で華奢なアジア人女性を締め上げているからである。
「蓮子の気持ちはよーっく分かったわ」
「そ、そっか。私がどれだけメリーのお尻を撫でることで癒されているか、ようやく理解してくれたんだ」
「そこは永遠に理解するつもりがない」
ふぅ、と一呼吸置き。
「いいわ。さっきの蓮子の本音に対する、私なりの回答がこれよ」
「嫌だぁ……やっぱり私はフラれるんだぁ……むぐ!?」
蓮子の口が、柔らかな唇で塞がれた。
紳士的ロリコンさんを以てしても百合展開に落ち着く秘封倶楽部のガチレズっぷりは異常。
最近またあなたの動きが活発化してきているようで嬉しいです。
おかえり!
ここで爆笑したw
地の文メインのあなたが読みたい。
と、一人夜中ににやにや
台本というよりこれはもう漫才。漫談。でも猥談。