「……あら?」
その日、家への帰り道。
両手に荷物を持って歩く彼女の前に、さらに山盛りの何かを持って、重たそうにうんせうんせと歩く少女の姿。
その少女が、自分の見知った相手であることを確認して、彼女――早苗は、にやりと笑った。
そっと、気配を殺して少女の後ろに忍び寄り、「わっ!」と声をかけたのだ。
途端、
「にゃあっ!?」
少女はその場に飛び上がり、手にしたものを全部、地面にばら撒いてしまった。
彼女はくすくすと笑いながら、『ごめんなさいね、小傘ちゃん』と声をかける。
「び、びっくりした……って、驚かす側が驚かされてる!?」
小心者と言うわけではないのだが、見た目相応の精神年齢の少女――多々良小傘は、その場にがっくりと膝を突く。
「何をしてたの?」
彼女がばら撒いたもの――壊れた傘や靴、破れた服など――を拾い集めながら、早苗は尋ねる。
「あ、うん。
あのね、この子達が捨てられてたからおうちに持って帰るところなの」
小傘は驚かされたことはもう忘れたのか、早苗の質問に答えて、彼女と一緒に自分がばら撒いたものを拾い始める。
「そう、大変ね。
じゃあ、うちに来て、お菓子とか食べてく?」
「うん! お菓子、食べる!」
妙に早苗に懐いている少女は、そう言って、顔を輝かせたのだった。
「ふ~ん……」
「妖怪のやることはよくわからないな」
山の頂上の神社。
そこにおわす神様たちは、母屋の居間で、美味しそうにお団子頬張っている妖怪少女を見ながら言う。
「あんたも魔理沙と同じような趣味でもあんの?」
「魔理沙? どうして?」
「だってさ、これ、何の役にも立たないがらくたばかりじゃないか」
そう、神様の片割れ――諏訪子が言った途端、
「がらくたなんかじゃないよ!」
強い口調で、小傘は目の前の神様に向かって反論した。
その勢いに諏訪子は目を丸くして、『おっと』と思わず身を引いている。
「まだまだ、全部、使えるものばかりなんだよ!
だから、おうちに持って帰って、直してわたしが使うの!」
「妖怪というのは宵越しの銭を持たないからな」
そう、また神様の片方、神奈子が『悪かった』と謝罪して小傘にお団子を追加する。
すると小傘はころっと表情を変えて、『これ美味しい!』とお団子にかぶりつく。感情の変化がはっきりしていると同時に、気持ちの切り替えの早い娘である。
「けど、小傘ちゃん。
これ、全部、小傘ちゃんが一人で直して使うの?」
「え……? う、うん……」
小傘が持っていた『がらくた』は、それこそ山のようにどっさりだ。
どう考えても一人で使える量ではない――どころか、家の中に置いておくのも困難だろう。
小傘がどれほどの規模の家に住んでいるかはわからないが、この彼女、あちこちをふらふら出歩いて道行く人を驚かそうとする害のない妖怪である。そんな生活をしている彼女が、見事な豪邸に住んでいるとはとても思えなかった。
「よかったら、いくつかくれないかしら?
あ、ほら。このお鍋なんか、穴を塞げばまだ使えそう」
「うん! いいよ! 使ってあげて!
あ、ほら、これも! これなんかも!」
早苗がそう言うと、小傘は嬉しそうに顔を輝かせて、がらくたの中から『比較的マシ』と思われるものを取り上げて彼女へと押し付けていく。
あっという間に、早苗の脇にはがらくたの山が出来てしまった。
「けど……まだ一杯あるの?」
「うん、あるよ」
「そう……。それじゃ、使えないでほったらかしにしておくのもかわいそうね」
「えっ……?」
早苗のその一言に、『それには気付かなかった』と言う風に小傘が顔を変化させる。
そして、悲しそうな表情を浮かべ、『う~ん……う~ん……』と悩みだした。
――この彼女にも、何か理由があるのだろう。
それに感づいた早苗は、ぱん、と拍手を打つ。
「そうだ。
神奈子さま、諏訪子さま。フリーマーケット、やりませんか?」
「おっ、いいねぇ」
「そうね。里の方や天狗連中、河童連中に声をかけてきましょう」
「え? え?」
諏訪子がそれにすぐ同意し、神奈子がすっとその場を辞す。
何が起きているのかわからず、首をかしげる小傘に、『小傘ちゃんも手伝ってね』と早苗は声をかけるのだった。
「うわぁ……」
妖怪の山の麓。
そこに、見事な祭りの会場が出来ていた。
神奈子が天狗たちに交渉(と言う名の体のいい圧力だ)して、その日一日だけ解放された広い空間には、人間や妖が所構わず入り乱れ、あちこちで思い思いに店を開いている。
そこにはもちろん、早苗たちの見知った顔もいたりする。特に目立つのがとある道具屋の店主で、『……ふむ、これは……』と眼鏡を光らせ、掘り出し物を探していた。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん。これ……」
「ん? 小傘ちゃんは初めて?」
「う、うん……」
早苗に対して、なぜか心を許して懐いている少女は、隣の『お姉ちゃん』の手を握りながら、ぽかんとした顔を浮かべていた。
早苗は『フリーマーケットって言うのはね』としたり顔で解説を始める。
「色んな人が色んなものを持ち寄って、好き勝手にお店を開いたりすることなの。
いらないもの、使わないもの。その人にとってはそうかもしれないけど、他の人にとっては違うかもしれないでしょ?
そういうものを、まだ使えるものを捨ててしまうのはもったいないから。
それなら、有効活用してくれる人がいれば嬉しいじゃない」
「……」
祭りの会場を歩きながら早苗は言う。
左手側で、とある顔見知りの河童が『料理中に弾幕勝負が始まっても大丈夫! 弾幕でもスペカでも跳ね返せるホーロー鍋』を売っている。
「……すごい」
「こんなにたくさん、人がいるのを見るのは初めて?」
「う、うん」
普段、あまりひとけのないところにしか出没しない『妖怪』にとって、その光景はなかなか新鮮であったらしい。
あっけに取られている彼女を連れて、早苗は、その会場の一角へ。
「はい。これが小傘ちゃんのお店よ」
「あ……」
お店、というには粗末かもしれない。
しかし、広げられたシートの上には、小傘が拾い集めてきたがらくた達がきれいに修復され、まだまだ使える姿となって並んでいる。
片隅には『雑貨のお店 多々良堂』と書かれた木の札が置かれていた。
「おー、早苗。この辺りのやつ、なかなか売れ行きいいよ」
「諏訪子さま、店番、ありがとうございます」
「んじゃ、あたしは祭りを見て回ってくるかね。
あ、神奈子の奴が実行委員に呼ばれて飛んで行ったよ。何でも『殺人光線を放つテレビ』を売ってる戯け者がいたとか何とか」
「またまた冗談を」
と早苗が言った次の瞬間、祭りの会場の彼方で『かっ!』と光が走り、直後、鈍い爆音が響いてきた……ような気がした。
「そんじゃね~」
笑顔を引きつらせる早苗とは対照的に、諏訪子はからからと笑いながら、ひょいと立ち上がってどこかへと歩いていってしまう。
「え、えーっと……。
そ、それじゃ、小傘ちゃん。お店、頑張ろうか……」
「うん!」
引きつり笑顔の早苗とは打って変わって、笑顔を輝かせる小傘が『自分のお店』に座って、『お客さん、まだかなまだかな』という顔で辺りを歩く人々を見つめている。
彼ら、彼女らは、かわいらしい少女に『お店に来てください』と言う視線を向けられて、『……ここで買わなければ男(女)が廃る!』と次々に小傘に『これください!』と声を掛け始めた。
「ありがとうございます! 大切に使ってくださいね!」
「もちろんです!」
「大切にします!」
「あなたのようなかわいらしい少女のお願い、聞かないわけには参りませんわ!」
次から次へと、『がらくた』達は売れていく。
それを嬉しそうな笑顔で見送る小傘。
――つと、早苗は小傘に尋ねてみた。
「ねぇ、小傘ちゃん。どうして、こんな風に、色んなものを集めてるの?」
「んっと……。
この子達がかわいそうだなぁ、って思って」
「かわいそう?」
「うん。
まだ使えるのに……まだまだ頑張れるのに捨てられて……。捨てた人は、もうこの子達のことなんて忘れて、新しい子達と一緒にいるんだな、って思って。
この子達は、自分を使ってくれる人のことが大好きで、もっともっと一緒にいたいって思ってたのにね……。大切な人に忘れられてしまうの、すごくかわいそうだな、って……。
だからね、そうじゃないんだよ、あなた達のこと、わたしが忘れないでいるからね、って。
この子達のこと、わたしが、ずっとずっと覚えていてあげるから、って。寂しくなんかないんだよ、って……言ってあげたくて」
てへへ、と笑う彼女。
その顔は、とてもかわいらしい、彼女の笑顔だった。
――ああ、と早苗は思う。
そういえば、この子も、誰かに『忘れられた』ものだったっけ、と。
誰かに忘れられて、捨てられてしまう悲しさ、寂しさ、切なさ。そんなものを全部、知っている傘が、こんな風に妖怪になったものだったっけ、と。
「……そう」
「だからね、今、すごく嬉しいんだ。
また新しい人が見つかってよかったなって。また、誰かに使ってもらえるんだな、って。
……ちょっとだけ羨ましいけどね」
そこで少しだけ、彼女の声のトーンが落ちる。
そっと、早苗は、彼女の頭の上に手を載せた。
「……お姉ちゃん?」
「大丈夫。小傘ちゃんのことは、わたしが、ずっと忘れないでいてあげるから」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
そんな早苗の笑みと声に、少女の頬に、涙一筋。
それを服の袖で拭いて、彼女ははちきれんばかりの笑顔で笑った。
『ありがとう』の想いを顔一杯に浮かべる彼女に早苗も笑顔で応え、「さあ、頑張って、もっとたくさん売りましょう!」と拳を突き上げる。
小傘はそれに『おー!』と小さな拳で応えて、にこにこ笑顔を往来に向ける。
人妖問わず、その笑顔に吸い寄せられて小傘の元へやってきて。やがて、『完売』の札が下がったのは、それから少し後のことだった。
――誰かに忘れられた『もの』の集まる小さなお店。
『彼ら』は皆、自分をいつまでも覚えてくれている人を、いつまでも待ち続けています。
『彼ら』の小さな願いをかなえてくれませんか?
ぜひとも、一度、『雑貨のお店 多々良堂』まで足をお運びください――
(多々良堂 窓口受付 守矢神社より)
その日、家への帰り道。
両手に荷物を持って歩く彼女の前に、さらに山盛りの何かを持って、重たそうにうんせうんせと歩く少女の姿。
その少女が、自分の見知った相手であることを確認して、彼女――早苗は、にやりと笑った。
そっと、気配を殺して少女の後ろに忍び寄り、「わっ!」と声をかけたのだ。
途端、
「にゃあっ!?」
少女はその場に飛び上がり、手にしたものを全部、地面にばら撒いてしまった。
彼女はくすくすと笑いながら、『ごめんなさいね、小傘ちゃん』と声をかける。
「び、びっくりした……って、驚かす側が驚かされてる!?」
小心者と言うわけではないのだが、見た目相応の精神年齢の少女――多々良小傘は、その場にがっくりと膝を突く。
「何をしてたの?」
彼女がばら撒いたもの――壊れた傘や靴、破れた服など――を拾い集めながら、早苗は尋ねる。
「あ、うん。
あのね、この子達が捨てられてたからおうちに持って帰るところなの」
小傘は驚かされたことはもう忘れたのか、早苗の質問に答えて、彼女と一緒に自分がばら撒いたものを拾い始める。
「そう、大変ね。
じゃあ、うちに来て、お菓子とか食べてく?」
「うん! お菓子、食べる!」
妙に早苗に懐いている少女は、そう言って、顔を輝かせたのだった。
「ふ~ん……」
「妖怪のやることはよくわからないな」
山の頂上の神社。
そこにおわす神様たちは、母屋の居間で、美味しそうにお団子頬張っている妖怪少女を見ながら言う。
「あんたも魔理沙と同じような趣味でもあんの?」
「魔理沙? どうして?」
「だってさ、これ、何の役にも立たないがらくたばかりじゃないか」
そう、神様の片割れ――諏訪子が言った途端、
「がらくたなんかじゃないよ!」
強い口調で、小傘は目の前の神様に向かって反論した。
その勢いに諏訪子は目を丸くして、『おっと』と思わず身を引いている。
「まだまだ、全部、使えるものばかりなんだよ!
だから、おうちに持って帰って、直してわたしが使うの!」
「妖怪というのは宵越しの銭を持たないからな」
そう、また神様の片方、神奈子が『悪かった』と謝罪して小傘にお団子を追加する。
すると小傘はころっと表情を変えて、『これ美味しい!』とお団子にかぶりつく。感情の変化がはっきりしていると同時に、気持ちの切り替えの早い娘である。
「けど、小傘ちゃん。
これ、全部、小傘ちゃんが一人で直して使うの?」
「え……? う、うん……」
小傘が持っていた『がらくた』は、それこそ山のようにどっさりだ。
どう考えても一人で使える量ではない――どころか、家の中に置いておくのも困難だろう。
小傘がどれほどの規模の家に住んでいるかはわからないが、この彼女、あちこちをふらふら出歩いて道行く人を驚かそうとする害のない妖怪である。そんな生活をしている彼女が、見事な豪邸に住んでいるとはとても思えなかった。
「よかったら、いくつかくれないかしら?
あ、ほら。このお鍋なんか、穴を塞げばまだ使えそう」
「うん! いいよ! 使ってあげて!
あ、ほら、これも! これなんかも!」
早苗がそう言うと、小傘は嬉しそうに顔を輝かせて、がらくたの中から『比較的マシ』と思われるものを取り上げて彼女へと押し付けていく。
あっという間に、早苗の脇にはがらくたの山が出来てしまった。
「けど……まだ一杯あるの?」
「うん、あるよ」
「そう……。それじゃ、使えないでほったらかしにしておくのもかわいそうね」
「えっ……?」
早苗のその一言に、『それには気付かなかった』と言う風に小傘が顔を変化させる。
そして、悲しそうな表情を浮かべ、『う~ん……う~ん……』と悩みだした。
――この彼女にも、何か理由があるのだろう。
それに感づいた早苗は、ぱん、と拍手を打つ。
「そうだ。
神奈子さま、諏訪子さま。フリーマーケット、やりませんか?」
「おっ、いいねぇ」
「そうね。里の方や天狗連中、河童連中に声をかけてきましょう」
「え? え?」
諏訪子がそれにすぐ同意し、神奈子がすっとその場を辞す。
何が起きているのかわからず、首をかしげる小傘に、『小傘ちゃんも手伝ってね』と早苗は声をかけるのだった。
「うわぁ……」
妖怪の山の麓。
そこに、見事な祭りの会場が出来ていた。
神奈子が天狗たちに交渉(と言う名の体のいい圧力だ)して、その日一日だけ解放された広い空間には、人間や妖が所構わず入り乱れ、あちこちで思い思いに店を開いている。
そこにはもちろん、早苗たちの見知った顔もいたりする。特に目立つのがとある道具屋の店主で、『……ふむ、これは……』と眼鏡を光らせ、掘り出し物を探していた。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん。これ……」
「ん? 小傘ちゃんは初めて?」
「う、うん……」
早苗に対して、なぜか心を許して懐いている少女は、隣の『お姉ちゃん』の手を握りながら、ぽかんとした顔を浮かべていた。
早苗は『フリーマーケットって言うのはね』としたり顔で解説を始める。
「色んな人が色んなものを持ち寄って、好き勝手にお店を開いたりすることなの。
いらないもの、使わないもの。その人にとってはそうかもしれないけど、他の人にとっては違うかもしれないでしょ?
そういうものを、まだ使えるものを捨ててしまうのはもったいないから。
それなら、有効活用してくれる人がいれば嬉しいじゃない」
「……」
祭りの会場を歩きながら早苗は言う。
左手側で、とある顔見知りの河童が『料理中に弾幕勝負が始まっても大丈夫! 弾幕でもスペカでも跳ね返せるホーロー鍋』を売っている。
「……すごい」
「こんなにたくさん、人がいるのを見るのは初めて?」
「う、うん」
普段、あまりひとけのないところにしか出没しない『妖怪』にとって、その光景はなかなか新鮮であったらしい。
あっけに取られている彼女を連れて、早苗は、その会場の一角へ。
「はい。これが小傘ちゃんのお店よ」
「あ……」
お店、というには粗末かもしれない。
しかし、広げられたシートの上には、小傘が拾い集めてきたがらくた達がきれいに修復され、まだまだ使える姿となって並んでいる。
片隅には『雑貨のお店 多々良堂』と書かれた木の札が置かれていた。
「おー、早苗。この辺りのやつ、なかなか売れ行きいいよ」
「諏訪子さま、店番、ありがとうございます」
「んじゃ、あたしは祭りを見て回ってくるかね。
あ、神奈子の奴が実行委員に呼ばれて飛んで行ったよ。何でも『殺人光線を放つテレビ』を売ってる戯け者がいたとか何とか」
「またまた冗談を」
と早苗が言った次の瞬間、祭りの会場の彼方で『かっ!』と光が走り、直後、鈍い爆音が響いてきた……ような気がした。
「そんじゃね~」
笑顔を引きつらせる早苗とは対照的に、諏訪子はからからと笑いながら、ひょいと立ち上がってどこかへと歩いていってしまう。
「え、えーっと……。
そ、それじゃ、小傘ちゃん。お店、頑張ろうか……」
「うん!」
引きつり笑顔の早苗とは打って変わって、笑顔を輝かせる小傘が『自分のお店』に座って、『お客さん、まだかなまだかな』という顔で辺りを歩く人々を見つめている。
彼ら、彼女らは、かわいらしい少女に『お店に来てください』と言う視線を向けられて、『……ここで買わなければ男(女)が廃る!』と次々に小傘に『これください!』と声を掛け始めた。
「ありがとうございます! 大切に使ってくださいね!」
「もちろんです!」
「大切にします!」
「あなたのようなかわいらしい少女のお願い、聞かないわけには参りませんわ!」
次から次へと、『がらくた』達は売れていく。
それを嬉しそうな笑顔で見送る小傘。
――つと、早苗は小傘に尋ねてみた。
「ねぇ、小傘ちゃん。どうして、こんな風に、色んなものを集めてるの?」
「んっと……。
この子達がかわいそうだなぁ、って思って」
「かわいそう?」
「うん。
まだ使えるのに……まだまだ頑張れるのに捨てられて……。捨てた人は、もうこの子達のことなんて忘れて、新しい子達と一緒にいるんだな、って思って。
この子達は、自分を使ってくれる人のことが大好きで、もっともっと一緒にいたいって思ってたのにね……。大切な人に忘れられてしまうの、すごくかわいそうだな、って……。
だからね、そうじゃないんだよ、あなた達のこと、わたしが忘れないでいるからね、って。
この子達のこと、わたしが、ずっとずっと覚えていてあげるから、って。寂しくなんかないんだよ、って……言ってあげたくて」
てへへ、と笑う彼女。
その顔は、とてもかわいらしい、彼女の笑顔だった。
――ああ、と早苗は思う。
そういえば、この子も、誰かに『忘れられた』ものだったっけ、と。
誰かに忘れられて、捨てられてしまう悲しさ、寂しさ、切なさ。そんなものを全部、知っている傘が、こんな風に妖怪になったものだったっけ、と。
「……そう」
「だからね、今、すごく嬉しいんだ。
また新しい人が見つかってよかったなって。また、誰かに使ってもらえるんだな、って。
……ちょっとだけ羨ましいけどね」
そこで少しだけ、彼女の声のトーンが落ちる。
そっと、早苗は、彼女の頭の上に手を載せた。
「……お姉ちゃん?」
「大丈夫。小傘ちゃんのことは、わたしが、ずっと忘れないでいてあげるから」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
そんな早苗の笑みと声に、少女の頬に、涙一筋。
それを服の袖で拭いて、彼女ははちきれんばかりの笑顔で笑った。
『ありがとう』の想いを顔一杯に浮かべる彼女に早苗も笑顔で応え、「さあ、頑張って、もっとたくさん売りましょう!」と拳を突き上げる。
小傘はそれに『おー!』と小さな拳で応えて、にこにこ笑顔を往来に向ける。
人妖問わず、その笑顔に吸い寄せられて小傘の元へやってきて。やがて、『完売』の札が下がったのは、それから少し後のことだった。
――誰かに忘れられた『もの』の集まる小さなお店。
『彼ら』は皆、自分をいつまでも覚えてくれている人を、いつまでも待ち続けています。
『彼ら』の小さな願いをかなえてくれませんか?
ぜひとも、一度、『雑貨のお店 多々良堂』まで足をお運びください――
(多々良堂 窓口受付 守矢神社より)