最近、妹のスキンシップが度を越しているように思う。
『お姉ちゃん、大好き!』と言いながら後ろから抱き付いてくるのはまだいい。こっちが包丁とか持ってなければ。
しかし、だ。
『お姉ちゃんちゅっちゅ』とか言いながらほっぺたにキスしてきたり、『お姉ちゃんぺろぺろ』とか言って人の首筋なめたりするのは一体誰が教えたんだ。
――そのたびに、妹をきちんと叱ってきたわたしであるが、まぁ、基本的には、彼女のやることは許している。
何といってもたった一人の家族。その家族が愛情ゆえに甘えてきてるのだから、これは許すしかないだろう。
……なのだが。
世の中、いい加減、『限度』ってものがある。
今回ばかりは、それを、妹に叩き込まなくてはならないだろう。
――というわけで。
「こぉぉぉぉぉいぃぃぃぃしぃぃぃぃぃぃっ!」
「あれ? どうしたの? お姉ちゃん。そんな大きな声出して。あと、顔、真っ赤だよ。お熱?」
「違うわっ!」
どがんっ、と踏み下ろした足が、足下の石畳を叩き割る。
……小柄で細い見た目のわたしだが、勘違いしてもらっちゃ困る。こう見えて、わたしだって妖怪だ。身体能力は、人間は言うに及ばず、そこらの獣ですら凌駕する。
まぁ、それはさておき。
わたしの瞳は、室内をざっと一瞥する。
部屋の中、ソファの上で余裕の表情でお茶飲んでる我が妹――こいしの手元にある、それを見て、わたしは絶叫した。
「何だって人のぱんつ脱がしたのあなたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え?」
「『え?』とか言って『いきなりどうしたのお姉ちゃん、そんな当たり前のこと』みたいな顔しないでちょうだいっ!?」
わたしの上げた声は、半分くらい、悲鳴になっていた。
――事の起こりは、今から15分ほど前。
街中にて、旧知の知り合いと立ち話をしていた時、ひゅう、と風が吹いたことが原因だった。
舞い上がるスカート。慌てて、わたしはその裾を押さえたのだが、その中身はばっちり見えてしまっただろう。
ああ、こりゃからかわれるだろうなと思いつつ、相手の反応をうかがったのだが、
『ああ、さとり。何だっけ、それ? ノーパン健康法だったっけか。あたしも地上で聞いたよ。
あれ、ほんとに元気になんのかねぇ?』
まず、その一言で『えっ?』と思った。
『……その……さとり?
あなたの趣味……とか、そういうものについては、特に何も言わないけど。それならせめて、ミニスカートはやめたほうがいいわよ……?』
と、なぜか顔を赤くしつつ視線をそらす彼女の言葉に『……はい?』と目を点にした。
『さとりさんも、なかなか大胆だねぇ』
『さとりちゃん、風邪引かないでなの』
その二人の言葉に、わたしは疑問への好奇心を隠すことが出来ず、己のスカートの下を触って――。
――そして、真実に気付いた。
あれ? 朝、服を着替える時に身に着けるの忘れたっけ?
――だの。
お、おかしいな。あれ? さっきまでは確かに……。
――だの。
しまいにゃ、『そんなバカな!?』と驚愕して。
そもそもこういうことやらかす輩は誰だと頭の中の記憶をフルサーチして、0.1秒で犯人見つけ出し、家にとって返ってみれば。
……やっぱり原因は彼女だった。
「……」
こいしの手元には、わたしのぱんつ。
それを彼女は不思議そうなものを見るような目で眺めていた後、おもむろに、『……お姉ちゃん』と重たい口調で口を開く。
「な、何?」
その、微妙に深刻そうな口ぶりに、思わず身構えてしまう。
「わたし、古明地こいしは、お姉ちゃんが大好きです」
「え、ええ……そう。ありがとう……」
「お姉ちゃんは、やっぱり、身の丈にあった格好をしている方がかわいいと思うの」
「それは絶妙にわたしをバカにしてるわね」
「だからね、お姉ちゃん。お姉ちゃんはかわいい格好をしてないとダメなの。
かわいくない古明地さとりは古明地さとりじゃない。それは、古明地覚なの!」
何その最終決戦で『心を隠している奴は心をさらけ出したら弱いよ』って主人公にアドバイスしそうな名前。
「だから、お姉ちゃん!
最近、寒いからって毛糸のぱんつなんて穿いてたらダメ! かわいくない! そう思って脱がしました。あと無意識がこいしちゃんに『お姉ちゃんのぱんつを脱がせ……! ぱんつを脱がせ……!』って囁いてたからつい」
「あなた『無意識』って言えばなんでも許されるとか思ってるでしょ!?」
女性にとって、下半身への冷えは大敵だ。
それでなくとも、今年の冬は寒い。毛糸のパンツを穿いていることで何が悪いだろうかいいや悪くない。
確かに見た目的にばばくさいし、ちょっと自分でもどうかなとは思っていたけれど、だからってスカートの中を他人に見せる趣味はないし、健康こそ第一なのだから、背に腹は代えられないではないか。
ともあれ、わたしは彼女へと歩み寄ると、その右手に持ったぱんつを取り返し、さっさと装着する。
……のだが。
「……あれ?」
穿いた瞬間、腰から布地の感触が消えた。
「ふっ……甘いよ、お姉ちゃん。
この、『無意識パンツぁー』こいしの前で、ぱんつを穿いていられるとは思わないことだね……」
右手の人差し指に人のぱんつ引っ掛けて、ひゅんひゅん回しながらしたり顔で言う彼女。
わたしは思わず無言になり、とりあえず、部屋の本棚からなるべく分厚い辞典を取り出すと、その角でこいしの頭を一撃した。
あふん、という悲鳴を上げて気絶するこいし。
「……この子は……」
一体、どこでそんな変な知識を得て、それを趣味へと昇華させたのか。
ともあれ、これは厄介だ。彼女が『わたしのぱんつを脱がす』ことへの興味を失わない限り、永遠に、わたしのぱんつは狙われ続ける。
それはすなわち、今回のように、人前でスカートの中身を全力全開にしてしまう危険性が上がると言うこと。
ましてや、彼女が地上にいる生きる迷惑、天狗連中と結託しようものなら、わたしのプライバシーは風前の灯、ボム切れ状態残機0で目の前に弾幕迫った状態に置かれてしまう。
「これは……何とかしないと……」
わたし、古明地さとりはその時、人生初めての、そしてきっと、最初で最後となるであろう『ぱんつ攻防戦』の火蓋が切って落とされたのを感じていた。
――挑戦、その1――
こいしは厄介だ。
何が厄介かというと、彼女は自分の名前通り、自分の存在を炉端の石程度の存在に落とし込むことで気付かれずに相手に接近すると言うスキルを備えている。
どんなに警戒していようとも、気付かれぬままに背後を取られてぱんつを脱がされてしまえばそれまで。
つまり、『脱がされないように警戒する』ことは最初から意味をなさない。
ならば、『脱がされないようにする』しかない。それは物理的な手段だ。
「ちっ」
後ろから、小さな舌打ちがした。
振り返っても、誰もいない。
だが、今の声はこいしの声だ。間違いない。
自分の腰に手を当ててみる。ぱんつはまだ無事だ。
わたしのとった対策その1。それは、ガーターを装備すると言うこと。だが、普通にガーターを装備したところで意味はない。
普通、下着をつける順番は、ガーター→ぱんつ、である。わたしは、これを逆にしたのだ。
つまり、普通に下着を下ろそうとしても、ぱんつが途中で引っかかって脱げなくなるのだ。こいしのターゲットは、わたしのぱんつに集中している。
あの子の集中力はすさまじい。一つのことに視点を定めたら、それ以外のものは一切、目に入らなくなる。
しかし、それがあの子の弱点でもある。今のあの子に『ガーターを脱がしてからぱんつを脱がす』と言う視点はないのだ。
ちなみに、この手段は、とある紅の館のメイド長がこんな風にドジって装備して、トイレで大パニックを起こしたと言うトラウマを覗かせてもらったことで編み出した。なお、彼女がその後、どうなったのかは、彼女の名誉のために伏せておく。
「どうやら、案外早く、決着はつくようね……」
こいしは物事に没頭するのも早いが飽きるのも早い。
わたしのぱんつを脱がせないことがわかれば、あっさり、別のことに興味を移すだろう。そして、これまでの経験からいくと、その期間は半日から一日程度だ。
つまり、あと数時間、ぱんつを死守すれば、わたしはこいしに勝利することになる。
――姉の威厳、思い知ったか!
……と、わたしはこの時まで思っていた。
「のぉっ!?」
次の瞬間、いきなり足の動きを制限されて、その場にすっ転んで床に顔面強打するまでは。
「なっ……!? 何が……!」
わたしは慌てて腰に手を当てる。布の感触がない。
まさか、脱がされた!? いや、しかし、どうやって!?
一瞬の逡巡。困惑。そして気付く。
「ふふふ……甘いね、お姉ちゃん。
ぱんつは何も、完全に脱がす必要はないんだよ……」
勝ち誇ったこいしの声。
――! そうか! そういうことか!
わたしは自分の足――その、膝の辺りの感触に気付く。
「全部脱がさず、あえて足に引っ掛けたまま残すのも、ぱんつの醍醐味だよ!」
どこかから現れたこいしが、腕組みして倣岸不遜な態度でわたしを見下ろしつつ、『どがしゃぁぁぁぁぁん!』と背中に輝く稲光背負って、んなたわけたことを宣言した。
……そう。
わたしのぱんつは、ちょうど膝の上までずり下ろされていた。それがわたしの足の動きを制限したのだ。
そして、わたしのとった手段は、自爆にも近い結果を生み出した。
すっ転んだことでスカートがまくれ上がってしまったのだ。
こいしはにやりと笑い、『さらば、お姉ちゃん!』とどこかへ消えてしまった。この分だと、わたしがぱんつを元の位置に戻した瞬間、また襲い掛かってくることだろう。
「くっ……!」
まさか、ぱんつを脱がすと言う、その行為そのものに意味を持たせて行動を起こしてくるとは思わなかった。
これは、まさに、わたしの完敗だろう。何も全部脱がす必要はない――ぱんつが元ある位置にない、それこそが重要――彼女は、わたしにそれを宣言していったのだ。
「おのれ……!」
……この勝負、わたしの敗北である。
――挑戦、その2――
しかし、先日のこいしの宣言で、彼女がわたしのぱんつを脱がす、それ自体に意味を持たせていると言うのがわかったのは不幸中の幸いだった。
つまり、物理的に脱がせない状態というのは、こいしにとってまさしく脅威であることが判明したのだから。
「これならどうかしら……?」
わたしが用意してきた第二の手段。それは、この『鉄壁のぱんつ』である。
厚さ1センチの鉄板で作られたこのぱんつは、一度、装着した後、鍵をかけてしまえば、絶対に脱がすことの出来ない究極の鉄壁さを持っている。
下手に脱がそうと手を出せば、その対象に向けて指向性のある高圧電流を流して不埒ものを撃退すると言う機能までついている。
ちなみに、これを貸してくれたのはパルスィさんだった。彼女に事情を話したところ、『……あんた、すごく大変ね』とものすごく同情された挙句、これを貸してくれたのだ。なお、何で彼女がこんなものを持っていたのかはわからない。
なお、これを借りた際、パルスィさんは『絶対に鍵をなくさないように』とわたしに厳命していた。理由など……言う必要もないだろう。
「……っ」
ふわっ、と一瞬、風が舞った。
わたしのスカートがふわりとまくれ上がるのがわかる。だが、それはそれだけだ、ということも。
しかし、普段なら『風さんのいたずら』ですますことが出来るそれも、今は違う。
恐らく、今のはこいしの仕業だろう。わたしに悟られないよう、気配を殺して接近し、スカートめくりを仕掛けていったのだ。
次の、わたしの対策を確認するために。
敵情視察を欠かさない、その慎重さと周到さ、まずはほめてやるべきか。
だが、これでこいしもわかっただろう。わたしのこの鉄壁の防御は、いかなる手段をもってしてもかいくぐることは出来ないことを。
この城壁を乗り越えることは、いかなこいしとて不可能であることを――!
……そう思っていたのは、その時までだった。
――ごとん。
「……え?」
金属の落下する音。
慌ててその場から飛びのけば、そこには、先ほどまで、わたしの下半身をガードしてくれていた鉄壁のぱんつが落ちていた。
そんな!? なぜ!?
「ふっふっふ……」
振り返る。
その視線の先――不敵に笑い、佇むこいしの手元に光る、一本の針金。
「お姉ちゃん、ピッキング、って知ってる?」
「なっ……!?」
もちろん、その手段でも、あのぱんつの鍵は外せないようになっている。
専用のキーでなければ、決して、鍵は外れない――そう、パルスィさんは言っていた。
なのに、どうして!?
「残念だったね、お姉ちゃん。
このこいしちゃんに常識は通用しない。鍵穴の無意識に働きかけて、針金の無意識を操り、ロックの無意識を外す! こいしちゃんに外せない鍵なんてないんだよ!」
背中に砕ける波頭を背負って、彼女は勝利宣言した。
無意識ってつきゃ何だってありの妹。……どうやら、わたしは、未だ、彼女の奥深さを知ることが出来ていなかったようだ。
「もう諦めるんだね、お姉ちゃん。こいしちゃんには勝てない!」
わーはははは、とか笑いつつ、彼女の姿は、またどこへともなく消えていった。
……なるほど。完敗だ。
まさか、ここまで自分の能力……というか、特性を使いこなしてわたしのぱんつを狙ってくるとは思っていなかった。
こうなってくると、わたしに用意されている選択肢はあまりにも少ない。
物理的にぱんつを脱がせないようにする。その手段は間違っていない。というか、それしかない。
だが、それに至るまでの道のりを、彼女はことごとく潰してくる。このわたしに敗北を味わわせるために、徹底的に。
どうすればいい……? どうしたら、こいしを上回ることが出来る……?
考えろ、考えるのよ、さとり……!
悩むわたし。
――そんなとき、ふと、天啓が降りてくる。
そう。
こいしが狙っているのは、『わたしのぱんつを脱がす』こと。
そして、それを物理的に達成できなくすると言う、わたしの対策は間違ってないと言う事実。
ならば――これしかないっ!
「勝負よ……こいしっ!」
――挑戦、その3――
動揺の気配が伝わってくる。
世界の無意識に溶け込んだこいしが、明らかに、困惑しているのがわかる。
彼女は今、どんな気持ちだろうか。
まさか、あれだけの勝利宣言をしておきながら、敗北を認めるなんてことは出来ないと意地になっているのだろうか。
それとも、わたしの究極の選択肢を前に、絶望すら感じているのだろうか。
――やり取りは一瞬。
「……お姉ちゃん……」
姿を現したこいしは、がっくりと、その場に膝を突いた。
彼女はこの時、わたしの前に敗北を認めたのだ。
わたしは彼女を振り返る。
「残念だったわね、こいし。わたしはあなたの姉よ。姉として、妹に負けるなんてこと、あると思ってた?」
勝ち誇るのはわたしの番。
こいしは歯噛みし、しかし、現実を前に認めざるを得ないその事実の存在に、何も答えることは出来なかった。
「甘かったわね、こいし。
確かに、あなたの数々の手段、作戦、それは見事だった。だけど、あなたは根本的な、そして決定的なことを忘れていたわ」
「……うん、そうだね……」
「そう……」
風が、わたしのスカートをなでていく。
膝丈下のロングスカートがふわりとなびく。
「あなたは、忘れていた。
『そもそも最初から穿いていなければぱんつを脱がすことなど、絶対に出来ない』と言うこの事実を……」
そう。
それがわたしの辿り着いた、究極の答え。
ぱんつを脱がすことが目的であるのなら、そもそもぱんつを穿いていなければいい。
パルスィさんはアドバイスをしてくれていた。『せめてミニスカートはやめたら?』と。
風のいたずら程度では、絶対に見えないレベルのロングスカートを装備し、ぱんつを穿くことを放棄する――それによって、こいしに脱がされなくとも、見える危険を完璧に排除する。
わたしの勝ちだ。
「……」
そして、わたしはふと思う。
……わたしゃ、何やってんだろうな、と……。
いや、待て、そもそも冷静になるな。冷静になっちゃダメだ、古明地さとり。これはわたしとこいしとの一騎打ちの勝負。いやそもそも勝負の対象がおかしいとか、そういう大前提はさておいて。わたしは勝った。完膚なきまでにこいしを打ち負かした、それでいいじゃないか。
だから冷静になるな、『若い身空でノーパンで堂々とドヤ顔で勝利宣言してる自分』を外から見るな、自分!
「ふふっ……そうだね……。やっぱり、お姉ちゃんはすごいな……。
まだまだ、こいしちゃんはお姉ちゃんに勝てないよ……」
限りない葛藤に置かれるわたしなど何のその。
やたら晴れ晴れとした笑顔と、すっきりした声音で、こいしは敗北を宣言した。
ようやく、これで、『わたしのぱんつを脱がす』事をやめてくれるだろうと確信できる気配。わたしはほっとする。冷静になっちゃダメだ、ダメなんだけど、これで平穏が戻って来るんだ、と。
わたしはこいしに手を差し伸べて、彼女の手をとった。
こいしはわたしを見て、かわいらしい笑顔で微笑む。
そして、言った。
「お姉ちゃんも、こいしちゃんと一緒だね!」
――と。
……あれ?
そういえば、こいしの服を洗濯するとき、一度もこいしの下着を見てないような……?
……………………………………え?
あれ……おかしいな……? 何かずれてるぞ……? あれ……? えっと……………………………………あれ?
『お姉ちゃん、大好き!』と言いながら後ろから抱き付いてくるのはまだいい。こっちが包丁とか持ってなければ。
しかし、だ。
『お姉ちゃんちゅっちゅ』とか言いながらほっぺたにキスしてきたり、『お姉ちゃんぺろぺろ』とか言って人の首筋なめたりするのは一体誰が教えたんだ。
――そのたびに、妹をきちんと叱ってきたわたしであるが、まぁ、基本的には、彼女のやることは許している。
何といってもたった一人の家族。その家族が愛情ゆえに甘えてきてるのだから、これは許すしかないだろう。
……なのだが。
世の中、いい加減、『限度』ってものがある。
今回ばかりは、それを、妹に叩き込まなくてはならないだろう。
――というわけで。
「こぉぉぉぉぉいぃぃぃぃしぃぃぃぃぃぃっ!」
「あれ? どうしたの? お姉ちゃん。そんな大きな声出して。あと、顔、真っ赤だよ。お熱?」
「違うわっ!」
どがんっ、と踏み下ろした足が、足下の石畳を叩き割る。
……小柄で細い見た目のわたしだが、勘違いしてもらっちゃ困る。こう見えて、わたしだって妖怪だ。身体能力は、人間は言うに及ばず、そこらの獣ですら凌駕する。
まぁ、それはさておき。
わたしの瞳は、室内をざっと一瞥する。
部屋の中、ソファの上で余裕の表情でお茶飲んでる我が妹――こいしの手元にある、それを見て、わたしは絶叫した。
「何だって人のぱんつ脱がしたのあなたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え?」
「『え?』とか言って『いきなりどうしたのお姉ちゃん、そんな当たり前のこと』みたいな顔しないでちょうだいっ!?」
わたしの上げた声は、半分くらい、悲鳴になっていた。
――事の起こりは、今から15分ほど前。
街中にて、旧知の知り合いと立ち話をしていた時、ひゅう、と風が吹いたことが原因だった。
舞い上がるスカート。慌てて、わたしはその裾を押さえたのだが、その中身はばっちり見えてしまっただろう。
ああ、こりゃからかわれるだろうなと思いつつ、相手の反応をうかがったのだが、
『ああ、さとり。何だっけ、それ? ノーパン健康法だったっけか。あたしも地上で聞いたよ。
あれ、ほんとに元気になんのかねぇ?』
まず、その一言で『えっ?』と思った。
『……その……さとり?
あなたの趣味……とか、そういうものについては、特に何も言わないけど。それならせめて、ミニスカートはやめたほうがいいわよ……?』
と、なぜか顔を赤くしつつ視線をそらす彼女の言葉に『……はい?』と目を点にした。
『さとりさんも、なかなか大胆だねぇ』
『さとりちゃん、風邪引かないでなの』
その二人の言葉に、わたしは疑問への好奇心を隠すことが出来ず、己のスカートの下を触って――。
――そして、真実に気付いた。
あれ? 朝、服を着替える時に身に着けるの忘れたっけ?
――だの。
お、おかしいな。あれ? さっきまでは確かに……。
――だの。
しまいにゃ、『そんなバカな!?』と驚愕して。
そもそもこういうことやらかす輩は誰だと頭の中の記憶をフルサーチして、0.1秒で犯人見つけ出し、家にとって返ってみれば。
……やっぱり原因は彼女だった。
「……」
こいしの手元には、わたしのぱんつ。
それを彼女は不思議そうなものを見るような目で眺めていた後、おもむろに、『……お姉ちゃん』と重たい口調で口を開く。
「な、何?」
その、微妙に深刻そうな口ぶりに、思わず身構えてしまう。
「わたし、古明地こいしは、お姉ちゃんが大好きです」
「え、ええ……そう。ありがとう……」
「お姉ちゃんは、やっぱり、身の丈にあった格好をしている方がかわいいと思うの」
「それは絶妙にわたしをバカにしてるわね」
「だからね、お姉ちゃん。お姉ちゃんはかわいい格好をしてないとダメなの。
かわいくない古明地さとりは古明地さとりじゃない。それは、古明地覚なの!」
何その最終決戦で『心を隠している奴は心をさらけ出したら弱いよ』って主人公にアドバイスしそうな名前。
「だから、お姉ちゃん!
最近、寒いからって毛糸のぱんつなんて穿いてたらダメ! かわいくない! そう思って脱がしました。あと無意識がこいしちゃんに『お姉ちゃんのぱんつを脱がせ……! ぱんつを脱がせ……!』って囁いてたからつい」
「あなた『無意識』って言えばなんでも許されるとか思ってるでしょ!?」
女性にとって、下半身への冷えは大敵だ。
それでなくとも、今年の冬は寒い。毛糸のパンツを穿いていることで何が悪いだろうかいいや悪くない。
確かに見た目的にばばくさいし、ちょっと自分でもどうかなとは思っていたけれど、だからってスカートの中を他人に見せる趣味はないし、健康こそ第一なのだから、背に腹は代えられないではないか。
ともあれ、わたしは彼女へと歩み寄ると、その右手に持ったぱんつを取り返し、さっさと装着する。
……のだが。
「……あれ?」
穿いた瞬間、腰から布地の感触が消えた。
「ふっ……甘いよ、お姉ちゃん。
この、『無意識パンツぁー』こいしの前で、ぱんつを穿いていられるとは思わないことだね……」
右手の人差し指に人のぱんつ引っ掛けて、ひゅんひゅん回しながらしたり顔で言う彼女。
わたしは思わず無言になり、とりあえず、部屋の本棚からなるべく分厚い辞典を取り出すと、その角でこいしの頭を一撃した。
あふん、という悲鳴を上げて気絶するこいし。
「……この子は……」
一体、どこでそんな変な知識を得て、それを趣味へと昇華させたのか。
ともあれ、これは厄介だ。彼女が『わたしのぱんつを脱がす』ことへの興味を失わない限り、永遠に、わたしのぱんつは狙われ続ける。
それはすなわち、今回のように、人前でスカートの中身を全力全開にしてしまう危険性が上がると言うこと。
ましてや、彼女が地上にいる生きる迷惑、天狗連中と結託しようものなら、わたしのプライバシーは風前の灯、ボム切れ状態残機0で目の前に弾幕迫った状態に置かれてしまう。
「これは……何とかしないと……」
わたし、古明地さとりはその時、人生初めての、そしてきっと、最初で最後となるであろう『ぱんつ攻防戦』の火蓋が切って落とされたのを感じていた。
――挑戦、その1――
こいしは厄介だ。
何が厄介かというと、彼女は自分の名前通り、自分の存在を炉端の石程度の存在に落とし込むことで気付かれずに相手に接近すると言うスキルを備えている。
どんなに警戒していようとも、気付かれぬままに背後を取られてぱんつを脱がされてしまえばそれまで。
つまり、『脱がされないように警戒する』ことは最初から意味をなさない。
ならば、『脱がされないようにする』しかない。それは物理的な手段だ。
「ちっ」
後ろから、小さな舌打ちがした。
振り返っても、誰もいない。
だが、今の声はこいしの声だ。間違いない。
自分の腰に手を当ててみる。ぱんつはまだ無事だ。
わたしのとった対策その1。それは、ガーターを装備すると言うこと。だが、普通にガーターを装備したところで意味はない。
普通、下着をつける順番は、ガーター→ぱんつ、である。わたしは、これを逆にしたのだ。
つまり、普通に下着を下ろそうとしても、ぱんつが途中で引っかかって脱げなくなるのだ。こいしのターゲットは、わたしのぱんつに集中している。
あの子の集中力はすさまじい。一つのことに視点を定めたら、それ以外のものは一切、目に入らなくなる。
しかし、それがあの子の弱点でもある。今のあの子に『ガーターを脱がしてからぱんつを脱がす』と言う視点はないのだ。
ちなみに、この手段は、とある紅の館のメイド長がこんな風にドジって装備して、トイレで大パニックを起こしたと言うトラウマを覗かせてもらったことで編み出した。なお、彼女がその後、どうなったのかは、彼女の名誉のために伏せておく。
「どうやら、案外早く、決着はつくようね……」
こいしは物事に没頭するのも早いが飽きるのも早い。
わたしのぱんつを脱がせないことがわかれば、あっさり、別のことに興味を移すだろう。そして、これまでの経験からいくと、その期間は半日から一日程度だ。
つまり、あと数時間、ぱんつを死守すれば、わたしはこいしに勝利することになる。
――姉の威厳、思い知ったか!
……と、わたしはこの時まで思っていた。
「のぉっ!?」
次の瞬間、いきなり足の動きを制限されて、その場にすっ転んで床に顔面強打するまでは。
「なっ……!? 何が……!」
わたしは慌てて腰に手を当てる。布の感触がない。
まさか、脱がされた!? いや、しかし、どうやって!?
一瞬の逡巡。困惑。そして気付く。
「ふふふ……甘いね、お姉ちゃん。
ぱんつは何も、完全に脱がす必要はないんだよ……」
勝ち誇ったこいしの声。
――! そうか! そういうことか!
わたしは自分の足――その、膝の辺りの感触に気付く。
「全部脱がさず、あえて足に引っ掛けたまま残すのも、ぱんつの醍醐味だよ!」
どこかから現れたこいしが、腕組みして倣岸不遜な態度でわたしを見下ろしつつ、『どがしゃぁぁぁぁぁん!』と背中に輝く稲光背負って、んなたわけたことを宣言した。
……そう。
わたしのぱんつは、ちょうど膝の上までずり下ろされていた。それがわたしの足の動きを制限したのだ。
そして、わたしのとった手段は、自爆にも近い結果を生み出した。
すっ転んだことでスカートがまくれ上がってしまったのだ。
こいしはにやりと笑い、『さらば、お姉ちゃん!』とどこかへ消えてしまった。この分だと、わたしがぱんつを元の位置に戻した瞬間、また襲い掛かってくることだろう。
「くっ……!」
まさか、ぱんつを脱がすと言う、その行為そのものに意味を持たせて行動を起こしてくるとは思わなかった。
これは、まさに、わたしの完敗だろう。何も全部脱がす必要はない――ぱんつが元ある位置にない、それこそが重要――彼女は、わたしにそれを宣言していったのだ。
「おのれ……!」
……この勝負、わたしの敗北である。
――挑戦、その2――
しかし、先日のこいしの宣言で、彼女がわたしのぱんつを脱がす、それ自体に意味を持たせていると言うのがわかったのは不幸中の幸いだった。
つまり、物理的に脱がせない状態というのは、こいしにとってまさしく脅威であることが判明したのだから。
「これならどうかしら……?」
わたしが用意してきた第二の手段。それは、この『鉄壁のぱんつ』である。
厚さ1センチの鉄板で作られたこのぱんつは、一度、装着した後、鍵をかけてしまえば、絶対に脱がすことの出来ない究極の鉄壁さを持っている。
下手に脱がそうと手を出せば、その対象に向けて指向性のある高圧電流を流して不埒ものを撃退すると言う機能までついている。
ちなみに、これを貸してくれたのはパルスィさんだった。彼女に事情を話したところ、『……あんた、すごく大変ね』とものすごく同情された挙句、これを貸してくれたのだ。なお、何で彼女がこんなものを持っていたのかはわからない。
なお、これを借りた際、パルスィさんは『絶対に鍵をなくさないように』とわたしに厳命していた。理由など……言う必要もないだろう。
「……っ」
ふわっ、と一瞬、風が舞った。
わたしのスカートがふわりとまくれ上がるのがわかる。だが、それはそれだけだ、ということも。
しかし、普段なら『風さんのいたずら』ですますことが出来るそれも、今は違う。
恐らく、今のはこいしの仕業だろう。わたしに悟られないよう、気配を殺して接近し、スカートめくりを仕掛けていったのだ。
次の、わたしの対策を確認するために。
敵情視察を欠かさない、その慎重さと周到さ、まずはほめてやるべきか。
だが、これでこいしもわかっただろう。わたしのこの鉄壁の防御は、いかなる手段をもってしてもかいくぐることは出来ないことを。
この城壁を乗り越えることは、いかなこいしとて不可能であることを――!
……そう思っていたのは、その時までだった。
――ごとん。
「……え?」
金属の落下する音。
慌ててその場から飛びのけば、そこには、先ほどまで、わたしの下半身をガードしてくれていた鉄壁のぱんつが落ちていた。
そんな!? なぜ!?
「ふっふっふ……」
振り返る。
その視線の先――不敵に笑い、佇むこいしの手元に光る、一本の針金。
「お姉ちゃん、ピッキング、って知ってる?」
「なっ……!?」
もちろん、その手段でも、あのぱんつの鍵は外せないようになっている。
専用のキーでなければ、決して、鍵は外れない――そう、パルスィさんは言っていた。
なのに、どうして!?
「残念だったね、お姉ちゃん。
このこいしちゃんに常識は通用しない。鍵穴の無意識に働きかけて、針金の無意識を操り、ロックの無意識を外す! こいしちゃんに外せない鍵なんてないんだよ!」
背中に砕ける波頭を背負って、彼女は勝利宣言した。
無意識ってつきゃ何だってありの妹。……どうやら、わたしは、未だ、彼女の奥深さを知ることが出来ていなかったようだ。
「もう諦めるんだね、お姉ちゃん。こいしちゃんには勝てない!」
わーはははは、とか笑いつつ、彼女の姿は、またどこへともなく消えていった。
……なるほど。完敗だ。
まさか、ここまで自分の能力……というか、特性を使いこなしてわたしのぱんつを狙ってくるとは思っていなかった。
こうなってくると、わたしに用意されている選択肢はあまりにも少ない。
物理的にぱんつを脱がせないようにする。その手段は間違っていない。というか、それしかない。
だが、それに至るまでの道のりを、彼女はことごとく潰してくる。このわたしに敗北を味わわせるために、徹底的に。
どうすればいい……? どうしたら、こいしを上回ることが出来る……?
考えろ、考えるのよ、さとり……!
悩むわたし。
――そんなとき、ふと、天啓が降りてくる。
そう。
こいしが狙っているのは、『わたしのぱんつを脱がす』こと。
そして、それを物理的に達成できなくすると言う、わたしの対策は間違ってないと言う事実。
ならば――これしかないっ!
「勝負よ……こいしっ!」
――挑戦、その3――
動揺の気配が伝わってくる。
世界の無意識に溶け込んだこいしが、明らかに、困惑しているのがわかる。
彼女は今、どんな気持ちだろうか。
まさか、あれだけの勝利宣言をしておきながら、敗北を認めるなんてことは出来ないと意地になっているのだろうか。
それとも、わたしの究極の選択肢を前に、絶望すら感じているのだろうか。
――やり取りは一瞬。
「……お姉ちゃん……」
姿を現したこいしは、がっくりと、その場に膝を突いた。
彼女はこの時、わたしの前に敗北を認めたのだ。
わたしは彼女を振り返る。
「残念だったわね、こいし。わたしはあなたの姉よ。姉として、妹に負けるなんてこと、あると思ってた?」
勝ち誇るのはわたしの番。
こいしは歯噛みし、しかし、現実を前に認めざるを得ないその事実の存在に、何も答えることは出来なかった。
「甘かったわね、こいし。
確かに、あなたの数々の手段、作戦、それは見事だった。だけど、あなたは根本的な、そして決定的なことを忘れていたわ」
「……うん、そうだね……」
「そう……」
風が、わたしのスカートをなでていく。
膝丈下のロングスカートがふわりとなびく。
「あなたは、忘れていた。
『そもそも最初から穿いていなければぱんつを脱がすことなど、絶対に出来ない』と言うこの事実を……」
そう。
それがわたしの辿り着いた、究極の答え。
ぱんつを脱がすことが目的であるのなら、そもそもぱんつを穿いていなければいい。
パルスィさんはアドバイスをしてくれていた。『せめてミニスカートはやめたら?』と。
風のいたずら程度では、絶対に見えないレベルのロングスカートを装備し、ぱんつを穿くことを放棄する――それによって、こいしに脱がされなくとも、見える危険を完璧に排除する。
わたしの勝ちだ。
「……」
そして、わたしはふと思う。
……わたしゃ、何やってんだろうな、と……。
いや、待て、そもそも冷静になるな。冷静になっちゃダメだ、古明地さとり。これはわたしとこいしとの一騎打ちの勝負。いやそもそも勝負の対象がおかしいとか、そういう大前提はさておいて。わたしは勝った。完膚なきまでにこいしを打ち負かした、それでいいじゃないか。
だから冷静になるな、『若い身空でノーパンで堂々とドヤ顔で勝利宣言してる自分』を外から見るな、自分!
「ふふっ……そうだね……。やっぱり、お姉ちゃんはすごいな……。
まだまだ、こいしちゃんはお姉ちゃんに勝てないよ……」
限りない葛藤に置かれるわたしなど何のその。
やたら晴れ晴れとした笑顔と、すっきりした声音で、こいしは敗北を宣言した。
ようやく、これで、『わたしのぱんつを脱がす』事をやめてくれるだろうと確信できる気配。わたしはほっとする。冷静になっちゃダメだ、ダメなんだけど、これで平穏が戻って来るんだ、と。
わたしはこいしに手を差し伸べて、彼女の手をとった。
こいしはわたしを見て、かわいらしい笑顔で微笑む。
そして、言った。
「お姉ちゃんも、こいしちゃんと一緒だね!」
――と。
……あれ?
そういえば、こいしの服を洗濯するとき、一度もこいしの下着を見てないような……?
……………………………………え?
あれ……おかしいな……? 何かずれてるぞ……? あれ……? えっと……………………………………あれ?
馬鹿を大まじめにやる話、大好きです