Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

二つ目を閉じて二つ目を飽く

2013/01/26 23:15:15
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私がひとつ目を閉じてから、お姉ちゃんはふたつ目を開けた。互いに心を違えることなく、ただ声を棄てていた日には、お姉ちゃんはひとつ目で私を見ていた。紫色の眼はふたつどちらも、伏せられ役目を忘れていた。折角きれいな、何よりきれいなお姉ちゃんの眼差しは、たったひとつ目グロテスクな目に、つとめを奪われ隠されていた。みっつ目で私は開くを待って、待ち侘びすぎて待ちくたびれて、ついにひとつを休めてしまった――なんて理由じゃ決してないけど、確かに私はふたつ目で尚、今も同じくお姉ちゃんを見ている。閉じてしまったひとつ目に、どんな仕掛けがあったのか、お姉ちゃんのひとつ目は私の言葉をまったく、ひとつも拾わなくなった。心の中で胸の内で、つぶやきささやく私の声は、喉を使って示さなければ、もう伝わらなくなっていた。

「ただいま」

さびしいなんて、かなしいなんて、おこがましいこと思いもしない。繰り返すなら、お姉ちゃんはふたつ目を開けたのだ。音なく覚るひとつ目を、私の前では閉じて忘れて仕舞って棄てて、待ち望んだ紫を気だるげに私にむける。「おかえりなさい」と静かに笑う。「今日何をしたの」と尋ねてくれる。こんなさいわい、ほかにはない。

「えっとね……」

互いを違えず知ることなんか、一遍たりとも好まなかったし、一片たりとも価値がなかった。ひとつ目を閉じて開かれたふたつ目、二人の唇、それから心。前よりずっと会話が増えた。笑顔も増えた。楽しいことや嬉しいことは、増えれば余り、余ればあふれ、あふるるものはこぼれて落ちる。身振り手振りで示すかたわら、小ぶりな私の指の隙間から、憶えに記したものたちがぽろりぽろりと逃れて落ちる。そしてそれは、落としたことや落としたものへ、わずかながらに影をも落とす。

「そう。私と遊んだのね。それは、楽しかったかしら」

大きく頷いた私を見て、お姉ちゃんはふたつ目を閉じる。「それはよかったわ」、声は小さく、どこか遠い。
 いや、いや、それはいや。みっつ目を閉じられてしまったら、その薄い口を閉じられてしまったら、私はどうやってもお姉ちゃんのことがわからなくなる、心が閉じる。まるで私か、お姉ちゃんか、どちらか片方足元から、足元の下のどこかへと、落ちたみたいに遠くなる、あらがえないほど遠くなる。ついさっきまでの明るい気持ちが、ふたつ目の色とあわせて沈んでいく。落ちていく、何もかも。

「お姉ちゃん」

 ざわざわ、胸を恐怖が撫でる、地の底のそのまた底から、孤独が這いのぼってくる。こうなるといつも泣きたくなって、苦しくなって体がすくむ。だから私はいつものように、頼み込むように焦りをにじませ、声をしぼってぶつけるように、お姉ちゃんにしがみつく。光の骸が濡らした指で、傷つけるために爪を立て、地上の空にしみをつくった。空の青の、そのまた下のかばねの白の、更に奥にある生命の色。

「私はお姉ちゃんが好きよ」

お姉ちゃんの胸に顔を埋めて、私もふたつ目、みっつ目を閉じる。何も見えないなら、本当に何も見えなくなればいい。映らない身が不在を説くなら、映らないことを映さなければいい。そうして不安と引き換えに手に入るのは、安心ではなく得心だった。たやすく閉じてしまえるからこそ、私はふたつ目を残したのね。私達の目はそれぞれどれも、閉じるために開いている。忘れるためにおぼえている。

「こいし」

けれど私は思い出しもする。すべて閉ざして拒んで逃げる、私のみっつ目、私自身を、いつも抱きしめる細い腕、降り落ちて来る細い声を。

「私はあなたが好きよ、こいし。とても大切な私の妹」

 だきしめる力がぬけて、だきしめられる力が増した。私から不安をとりあげるのも、こうして安心をさずけるのも、すべてお姉ちゃんの気持ちひとつ、私の知るところには何もない。私のなかにある私の自由は、すべてお姉ちゃんにあずけてある。
 閉じた心、閉じた瞳、私の錠は私ではなく、お姉ちゃんこそが持っている。私が閉じても、貴女が開く。

「誰と遊んでも、誰を好きでも、構わないの、構いやしない。けれどこれだけ、ひとつだけ、最後は私に「ただいま」を言ってね」

 私はちゃんと言ったのに、遊び相手も思う相手も、お姉ちゃんだと伝えたのに、お姉ちゃんはわからないことを言う。誰かは誰か。誰そ彼か。薄暗い部屋、ここから出ないこの人の薄い色をしたふたつ目は、落ちる日を見たことがあるのかしら。影を恐ろしく思ったことが、お姉ちゃんにはあるのかしら。ひとつ目は閉じたまま、ふたつ目を開けど、顔を上げることが叶わない私はお姉ちゃんの何をも見ることはできない。じわりと広がる黒いしみしか、私のふたつ目はうつさない。

「おねがい」

 けれど、ふたつ目、みっつ目、視界の何をも得られずとも、声は聴こえる、耳が覚る。願い乞うお姉ちゃんの言葉は、身体をつたって震わせて、私の体に響いて落ちる。互いに正しいことなど棄てて、お姉ちゃんが私を求めている。
 楽しいことも幸せなことも、あふれてこぼれるその瞬間に、透けた雫に姿を変える。熱を持った目頭がお姉ちゃんの服を濡らしたように、お姉ちゃんからあふれた幸せが、私の背中を熱く湿らせる。そうそれは、きっと幸せ。

「おねがい、おねがい……」

 ひとつ目を閉じて、ふたつ目を閉じて、私もお姉ちゃんも互いにふたつ目の今、もう喉を使って言葉を紡がなければ、互いに違えるばかりなのに。声も言葉も失くしてしまって、喉は無意味な嗚咽を漏らす。要らないもの、要らない目、ふたつ目にすら飽いたのに、それでも閉ざしていないのは、「ただいま」を言うために、ここに帰ってくるために、ここから出て行くためだけに。言葉を作れど形を得ず、無言はそのまま怠慢となって、お姉ちゃんの声を細くする。
 せめて心を伝えようと、お姉ちゃんの腕を振り切り面を上げた。無意味と知りながらひとつ目を、そうっと両手で覆い隠した。見上げるふたつ目を、ふたつ目が見下ろす。私のふたつ目は何も語らず、お姉ちゃんのふたつ目をツと伏せさせた。お姉ちゃんのふたつ目は何も拾わず、私のふたつ目に湿り気を呼んだ。

 うずめられた静謐を打ち破って、「ごめんなさい」と音が響いた。
お邪魔します。古明地言葉遊び雰囲気文。
たんらららん、な調子で書きましたのでそんな感じでたんらららんで。
お読みくださり、ありがとうございます。

>>1 さま

肉を切らせて骨を断つ(?)策士なこいしちゃんです。広く感じていただいたようでうれしいです。

>>2 さま

遠い遠い未来でもそんな日が来るならと思うこともありますがその時はその時でまた別の感覚を得てそうですね。
四箱
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
眼を閉じたのって、こいしのさとりに対する独占欲なのかもしれませんね。
拝読してふと、そんなことを思いました。
2.名前が無い程度の能力削除
いつかこいしの目が開く日がきますようにって
祈りたくなった