まいった、やってしまった。
起床したばかりの比那名居天子は、現状を知って頭を抱えた。
発端は昨日の就寝直前にある。
その日も衣玖とスキマから顔を出してきた紫を巻き込んで、萃香と酒盛りをしたのだ。
天子がぐでんぐでんに酔っ払ってきた辺りで衣玖が潰れたので、その場はお終いとなり天子も家に帰ったのだが、酔っ払ってる状態とありやることなすことテキトーだった。
例えば部屋を間違ってにゃんにゃんしてる両親の現場に遭遇したり。
例えば寝るときに面倒なんで普段着のままで寝入ったり。
例えば寝るときに邪魔だった緋想の剣を、そこらへんに放り投げちゃったり。
その、なんだ、うん。
落ちた。
緋想の剣が、タンスの裏に。
「堕ちた緋想の剣って書くとちょっとかっこよくない?」
ボソッと呟いた後でまた頭を抱える。あかん、二日酔いで頭がバカになってる。
ガンガン痛む頭で、ひとまず現在の状況を整理しようとする。
タンスは部屋の角に接するよう設置されており、緋想の剣はその背面の隙間に堕ちた、じゃなくて落ちた。
狭い隙間から奥を覗き込むと、立てかけるように落ちている緋想の剣が、埃にまみれながらもぼんやり光っているのがなんとか見えた。
幸いにもタンスの横側には物を置いていないので、そこから何かしらのアクションができる。
タンスの裏に落ちたものを取るのに便利なものといえば銀の戦車だが、残念ながら天子はスタンド使いではないしデッサンも狂ってはいない。でも胸のデッサンは狂って欲しいかな!
ともあれ、どうしようか迷った天子は、とりあえずスタンダードに横から隙間に手を突っ込んでみた。
「うぉー、とどけぇー」
間抜けな唸り声を上げながら、壁とタンスの間を進ませていく。
間に挟まれて動かしにくかったが、そこは天人の馬鹿力で無理やり突っ込ませた。
しかしそんな小さな隙間に手を突っ込ませると、体勢的に隙間を覗けなくなる。
すると当然ながら予期せぬことも起こる。
コトン
「あっ」
慌てて手を引き抜いてタンスの裏を覗き込む。
そこには倒れてより奥深くへ、入り込んでしまった緋想の剣の姿が。
「うがぁー!?」
深くだけに不覚、なんちって。
ふざけたことを考える頭を自分で叩く。余計にこめかみがズキズキと痛んだ。
しかしこれほどまで深淵にハマってしまった緋想の剣を取り戻すには、正攻法では無理だろう。
さてどうしようかと考えて、最初に浮かんだのが衣玖と萃香の姿だった。
衣玖なら羽衣を器用に動かして剣を取ったりできそうだし、萃香ならチビ萃香を作って取って貰えばいい。
「……いや、やっぱり却下で」
妙案だと自分でも思うが、最終的な答えは否だった。
その案自体が問題なのではない、きっと上手くいくだろうが嫌な理由は他にある。
天子が誰かを連れてくると、親が物凄く騒ぎ出すのだ。
『あなた、あなた、天子がお友達を連れてきたわ!』
『うおおおおおお、今夜はお赤飯じゃー!!!』
せっかくだから私の家で飲もう、天子がそう誘ったら人前で思いっきり騒がれて、顔を真っ赤にしたのは記憶に新しい。
もう同じようなことは二度とごめんだ。
「あー、ここらへんで紫が出てきたら楽なのになぁー」
こっそりやってきたところで剣を取ってもらい、そのままこっそり返せば特に騒がれることもなく終わるだろう。
しかしあのスキマババア、出て欲しくないときは顔を出す癖して、出て欲しいときには一向に現れない。
天子が暇になったときに来なくて、さて寝ようとしたときに来たりする。
「何やってんのよアイツ、スキマの事件はあんたの十八番でしょうが。助けてゆかえも~ん」
支離滅裂な言葉に、だんだん自分でも何を言っているのか判らなくなってくる。
一度寝なおしたから冷静に考えたほうが良いだろうに、切羽詰った天子はそんな発想も出てこない。
とにかく誰にも頼ることの出来ないことの状況、こうなれば自分の能力で解決するしかない。
この自分の大地を操る能力でもって……もって……
「地面操ってどうすれば良いってのよ……」
今この場においてはまったくの無力だった。
できることといえば要石でタンスを破壊して剣を取り出すくらいか。いくらなんでも乱暴すぎる。
「何かいい手はないかな……」
そう言って部屋を見渡すと、いい手が見つかった。
自作の猫の手だった。
それももふもふの毛皮に柔らかな肉球、鋭い爪の付いた猫の手だ。
個人的には凄く便利で気持ち良いが、友人に試してもらった時は一様に「爪が痛い」と不評を買った品だ。カラーは白で近々一般販売予定。握手権付き。
「今度こそとどけぇー」
棒の先に付いた猫の手を隙間に差し込む。
鋭利な爪で緋想の剣を引っ掛けて取り出そうとした。
ギギィーッ
「ひいっ!?」
何かザラザラした硬い黒板的なものを爪で引っ掻いた音が! って言うかようなじゃなくてほぼまんまな音が!
走る悪寒、腕に立つ鳥肌、何気に開いていたスキマから届いてくる「きゃっ」という紫の悲鳴――って、覗いてたのなら手を貸せよ。
「……封印!」
これは危険すぎる、修正が必要だ。
とりあえずベッドの下に押し込もうとしたけど、こっそり隠し持ってた官能小説が傷つきそうだったので、机の下に放り込んだ。
さて、緋想の剣に話を戻そう。
一応もう一度、今度は注意深く辺りを見渡してみたけど紫のスキマは発見できず。チッ、悔しいが本気で隠密行動をされると見つけられない。
「あーもう、タンスの位置ずれちゃったし……」
音に驚いた拍子にタンスが動いて壁との隙間が大きくなっていた。
これで几帳面なところもあるので、タンスを元の位置に丁寧に戻そうと――
「…………あっ」
タンスに手をかけた天子は、そのまま両手に力を込めると衣服がパンパンに詰まったタンスを持ち上げて、壁から離した。
広くなった空間から、埃まみれになった緋想の剣を取る。
「人間じゃ持ち上げられないような重いタンスも、天人ならこんなに楽々!」
天人って凄い、天子は改めてそう思った。
うん、頭痛いしもっかい寝よう。
「ぷくくっ、何で中々それに気付かなっ……ふふふっ」
でもその前にあのババアはシメときたいなーと、顔だけ出した紫を前に緋想の剣を握り締めるのだった。
起床したばかりの比那名居天子は、現状を知って頭を抱えた。
発端は昨日の就寝直前にある。
その日も衣玖とスキマから顔を出してきた紫を巻き込んで、萃香と酒盛りをしたのだ。
天子がぐでんぐでんに酔っ払ってきた辺りで衣玖が潰れたので、その場はお終いとなり天子も家に帰ったのだが、酔っ払ってる状態とありやることなすことテキトーだった。
例えば部屋を間違ってにゃんにゃんしてる両親の現場に遭遇したり。
例えば寝るときに面倒なんで普段着のままで寝入ったり。
例えば寝るときに邪魔だった緋想の剣を、そこらへんに放り投げちゃったり。
その、なんだ、うん。
落ちた。
緋想の剣が、タンスの裏に。
「堕ちた緋想の剣って書くとちょっとかっこよくない?」
ボソッと呟いた後でまた頭を抱える。あかん、二日酔いで頭がバカになってる。
ガンガン痛む頭で、ひとまず現在の状況を整理しようとする。
タンスは部屋の角に接するよう設置されており、緋想の剣はその背面の隙間に堕ちた、じゃなくて落ちた。
狭い隙間から奥を覗き込むと、立てかけるように落ちている緋想の剣が、埃にまみれながらもぼんやり光っているのがなんとか見えた。
幸いにもタンスの横側には物を置いていないので、そこから何かしらのアクションができる。
タンスの裏に落ちたものを取るのに便利なものといえば銀の戦車だが、残念ながら天子はスタンド使いではないしデッサンも狂ってはいない。でも胸のデッサンは狂って欲しいかな!
ともあれ、どうしようか迷った天子は、とりあえずスタンダードに横から隙間に手を突っ込んでみた。
「うぉー、とどけぇー」
間抜けな唸り声を上げながら、壁とタンスの間を進ませていく。
間に挟まれて動かしにくかったが、そこは天人の馬鹿力で無理やり突っ込ませた。
しかしそんな小さな隙間に手を突っ込ませると、体勢的に隙間を覗けなくなる。
すると当然ながら予期せぬことも起こる。
コトン
「あっ」
慌てて手を引き抜いてタンスの裏を覗き込む。
そこには倒れてより奥深くへ、入り込んでしまった緋想の剣の姿が。
「うがぁー!?」
深くだけに不覚、なんちって。
ふざけたことを考える頭を自分で叩く。余計にこめかみがズキズキと痛んだ。
しかしこれほどまで深淵にハマってしまった緋想の剣を取り戻すには、正攻法では無理だろう。
さてどうしようかと考えて、最初に浮かんだのが衣玖と萃香の姿だった。
衣玖なら羽衣を器用に動かして剣を取ったりできそうだし、萃香ならチビ萃香を作って取って貰えばいい。
「……いや、やっぱり却下で」
妙案だと自分でも思うが、最終的な答えは否だった。
その案自体が問題なのではない、きっと上手くいくだろうが嫌な理由は他にある。
天子が誰かを連れてくると、親が物凄く騒ぎ出すのだ。
『あなた、あなた、天子がお友達を連れてきたわ!』
『うおおおおおお、今夜はお赤飯じゃー!!!』
せっかくだから私の家で飲もう、天子がそう誘ったら人前で思いっきり騒がれて、顔を真っ赤にしたのは記憶に新しい。
もう同じようなことは二度とごめんだ。
「あー、ここらへんで紫が出てきたら楽なのになぁー」
こっそりやってきたところで剣を取ってもらい、そのままこっそり返せば特に騒がれることもなく終わるだろう。
しかしあのスキマババア、出て欲しくないときは顔を出す癖して、出て欲しいときには一向に現れない。
天子が暇になったときに来なくて、さて寝ようとしたときに来たりする。
「何やってんのよアイツ、スキマの事件はあんたの十八番でしょうが。助けてゆかえも~ん」
支離滅裂な言葉に、だんだん自分でも何を言っているのか判らなくなってくる。
一度寝なおしたから冷静に考えたほうが良いだろうに、切羽詰った天子はそんな発想も出てこない。
とにかく誰にも頼ることの出来ないことの状況、こうなれば自分の能力で解決するしかない。
この自分の大地を操る能力でもって……もって……
「地面操ってどうすれば良いってのよ……」
今この場においてはまったくの無力だった。
できることといえば要石でタンスを破壊して剣を取り出すくらいか。いくらなんでも乱暴すぎる。
「何かいい手はないかな……」
そう言って部屋を見渡すと、いい手が見つかった。
自作の猫の手だった。
それももふもふの毛皮に柔らかな肉球、鋭い爪の付いた猫の手だ。
個人的には凄く便利で気持ち良いが、友人に試してもらった時は一様に「爪が痛い」と不評を買った品だ。カラーは白で近々一般販売予定。握手権付き。
「今度こそとどけぇー」
棒の先に付いた猫の手を隙間に差し込む。
鋭利な爪で緋想の剣を引っ掛けて取り出そうとした。
ギギィーッ
「ひいっ!?」
何かザラザラした硬い黒板的なものを爪で引っ掻いた音が! って言うかようなじゃなくてほぼまんまな音が!
走る悪寒、腕に立つ鳥肌、何気に開いていたスキマから届いてくる「きゃっ」という紫の悲鳴――って、覗いてたのなら手を貸せよ。
「……封印!」
これは危険すぎる、修正が必要だ。
とりあえずベッドの下に押し込もうとしたけど、こっそり隠し持ってた官能小説が傷つきそうだったので、机の下に放り込んだ。
さて、緋想の剣に話を戻そう。
一応もう一度、今度は注意深く辺りを見渡してみたけど紫のスキマは発見できず。チッ、悔しいが本気で隠密行動をされると見つけられない。
「あーもう、タンスの位置ずれちゃったし……」
音に驚いた拍子にタンスが動いて壁との隙間が大きくなっていた。
これで几帳面なところもあるので、タンスを元の位置に丁寧に戻そうと――
「…………あっ」
タンスに手をかけた天子は、そのまま両手に力を込めると衣服がパンパンに詰まったタンスを持ち上げて、壁から離した。
広くなった空間から、埃まみれになった緋想の剣を取る。
「人間じゃ持ち上げられないような重いタンスも、天人ならこんなに楽々!」
天人って凄い、天子は改めてそう思った。
うん、頭痛いしもっかい寝よう。
「ぷくくっ、何で中々それに気付かなっ……ふふふっ」
でもその前にあのババアはシメときたいなーと、顔だけ出した紫を前に緋想の剣を握り締めるのだった。
頭が足りないのはお酒のせいだから仕方ないとしても、手の長さが足りないのは……天子ちゃんは可愛いなぁ!
うっかり緋想の剣落としちゃう天子ちゃんかわいい
そんな儚い希望鼻で笑ってやるから怒りに任せて俺のことを殴ってくれ天子!
って言いたいくらい天子可愛いわ。